第25章

【ミッドガンド聖導王国】

約100年前にアスガード戦国期に終止符を打ち、大陸を統一した。

王国の紋章は、王冠を被り立派な髭を生やした初老の男の横顔の紋章が描かれている。

大陸と無数の諸島で構成されており、造船・航海技術が発展している国である

国土は『領』と呼ばれる管轄区ごとにまとめられ、領ごとの気候の差は文化体系にも表れている。

ただ、近年では世界的に寒冷化が進んでおり、北方では雪が降っていたりもする

交易が盛んだが、海洋部は気候と海流の変動が激しいため、交易船は決められた航路を使っているが、それを利用して交易船を狙う海賊もいる世界

最盛期には総人口120万人を誇ったが、開門の日以降、人間や動物が魔物へと変貌してしまうという奇病、【業魔病】によって人口は激減し、7年の間に国民の半数以上が死亡。

その後は業魔を討伐する組織【聖寮】の成立によって、人々の生活圏は都市レベルで確保され、人口減少には歯止めがかかっているようだ。

現在人口は都市部に集中しているが、王国の管理から外れた辺境民も一定数存在しているとされている。

数年前まではミッドガンド王国という国名であった。

国の興りは、約300年前のクローディン・アスガードによる複数領の平定による。
降臨の日の後に現在の聖寮を取り仕切る【アルトリウス・コールブランド】が非常時独裁権により軍事・政治面を掌握すると、国名もまた改称されたらしい

【ミッドガンド聖導王国】と【聖寮】は非常に密接な関係にある。

しかし、業魔の脅威から救ってくれた聖寮の存在は、王国民たちにとって英雄であり、街によっては王国以上の影響力を及ぼしている。

『……ミッドガンドに来るのも久しぶりだよなぁ。』

ここは自然が豊かなミッドガンド領の街道、【中央幹線ダーナ街道】という街道である

【王都ローグレス】と【交易の中心地ゼクソン港】を繋ぐ街道だ。

緑溢れる大地に咲く花々、近くを流れる小川の音にそよぐ風の香り

このダーナ街道はとても美しい場所なのだ。

ライとセレナ、そしてジルファの目的地はそのゼクソン港。ここに約束をしている者たちがいる

『とはいえ、やっぱり魔物が多いわね。』

セレナは辺りを見渡しながらそう言った

『まぁ、災厄の時代真っ只中みたいなもんだしな。』

この辺りは、聖寮を総括している導師【アルトリウス・コールブランド】と【聖主カノヌシ】の加護のせいか、全くと言っていいほど被害はない。


『…それより…何かしら、この奇妙な感覚…気を抜いたら意識を持ってかれそう』

魔物と業魔を倒し、ゼクソン港へと足を踏み入れる。

ちなみに身分証明書の類に関しては、正規ではなく、裏ルートで手に入れたものなのだが、今回用事があるのはその裏組織とつながりのある者たちである

『…前来たときは、こんな奇妙な感覚はなかったな。アイツらに聞いてた例のカノヌシとかいう存在のアレかも』

『…なるほどね。この港は比較的聖主の御座に近いから余計かしら』

『…多分』

しかしこの状況でも、この世界の人間たちは逞しいという他ない

交易の中心地というのもあり、港が賑わっているからだ

数々の出店、宿屋に酒場。出店には新鮮な果物や食材、鮮魚、野菜も豊富だ。ここは港街でもあるので、魚は鮮度も大違いである


あまり人間が好きではないセレナも、今日はライと一緒なのでそこまで張り詰めているようなこともない。

『セレナ、ここに来たのも久しぶりだし、約束の時間にはまだあるから少し店も見て回ろうぜ』

ライの提案に、しばらく考えた後セレナは微笑んだ

『…そうね。ここはまだ神聖帝國騎士団の監視区域外みたいだし、私も久しぶりに買い物がしたい』

『…オレは先にベルベットとライフィセットのところに行ってる。お前らが来てるってことを連中に知らせておかねぇと。』

この世界で活動するときは、ジルファは対魔士のように霊応力に長けた人間にしか見えないように、ジルファは自身の存在の認識を変換している

つまりは、この世界にいる聖隷として自分の存在と魔力をそういう風に書き換えているのだ

おそらく彼らがこの世界にあまり手が回せれていないのは、業魔や魔物の被害が少なからず出るということ、そしてこの世界が貿易の要となる、そして何よりアルトリウス・コールブランドを敵に回したくないというような理由であろう

もしかしたら、アルトリウスが討たれるのを待っている可能性、というのもあるかもしれないが

貿易の要となっている以上、この世界に被害が出るようなことはないと思いたい。

『じゃあ、頼むよ』

そうライが答えると、ジルファはひらひらと片手を振りながら、港の方へと歩いていった

『で、セレナは何処から見たいなーとかある?』

セレナに聞いてみると、セレナはまたしばらく考えたのち

『…彼に気を遣わせてしまったかしら。後でお土産もっていかないとね。』

長い藍色の髪を揺らし、微笑むセレナ。ライにしか見せない表情だ

『…いつものホットドッグでいいだろ』

かわいいな、と思いながらライははぐれないようにと彼女の手を自然と握った。するとセレナもなんの躊躇いもなくそのライの手を握り返し、束の間のデートが始まったのだった

お互い二人きりは久しぶりなので、恐らく二人共頬が少し熱いのは気のせいではない。

『…………今日は少し暖かいな』

◆◇◆◇

ゼクソン港の船着き場。

いつものあの黒いロングコートは何かと目立つのでそれを着てウロウロするなとライに言われている。

目立たないように人気のない倉庫に入り、異空間に突っ込んでいたこの世界に合わせた服を取り出し着替える

中途半端に伸びた父親譲りの紫掛かった黒髪を無造作に後ろで縛るための結紐は、明らかに可愛らしい色合いの女性用のシュシュにすり替えられていた。

多分だがプランスールですり替えられた。

何かしら彼女は顔を見せたあとは、ジルファにいたずらを施して自分が身を置いている世界の軍人の彼の専属医の職務に戻っていく。  

今の彼女の職はその軍人の彼の専属医であるが、明妃がカシェールたちの手から逃れたときに訪れた世界はとある平行世界の横浜だった。 
何故か上条たちの学園都市とほど近い場所にあったポートマフィアの高層ビルの前に倒れていたらしい。

色々とあってしばらくそのポートマフィアに世話になっていたせいか、こういったことを吹き込んだのは太宰治という明妃がポート・マフィアに拾われたとき、現役でマフィアの最年少幹部を勤めていた、美女と心中したいと常に宣っている男だろう

『………太宰か。うちの妹に変なこと吹き込んだの……自殺志願者のロクデナシめ………』

まぁシュシュくらいならまだマシな方である。

蓋の空いたベトベトのスライムを入れてきた時は流石にキレたが

中也に相談したら笑われそうだと思ったが、太宰の名前を聞いた途端、中也は太宰に対する嫌がらせ計画を快く引き受けてくれたこともあった

太宰がマフィア時代から、中也と太宰は仲がいいのか悪いのか分からない関係である

喧嘩をしていたと思えば、有事のときは協力し、双黒と恐れられていた時期もあった。

武装探偵社とポート・マフィアは因縁浅からぬ関係だからなのだが。

探偵社の社長の福沢諭吉とポート・マフィアの首領の森鴎外が旧知の仲のせいである

かわいらしい淡い桃色のシュシュを忌々しげに見つめたあと、潮風で髪がベタベタになるのは誰であれ嫌なので、ジルファは仕方なくそれを使って髪を縛った

来葉やレイミが前に言っていたのだが、彼女たちの世界で活動する時にはパーカーを着て欲しいと強請られたこともあった。

何度か来葉とレイミ、明妃、来葉の兄の政人(まさひと)、その親友の元騎(もとき)と一緒に遊びに行ったこともある。

その時に買ったパーカーも異空間に突っ込んでいたりもする。

割と動きやすいのでジルファ自身も気に入ってはいる。

…………の、だが、まさか結紐がシュシュに変わっているとは思わなかった訳だが

『まぁいいか。』

軽くため息を付きながらも、ジルファは船着き場にある一際目立つ船、というよりは海賊船規模の船を見つけた

目的地はそこである

◆◇◆◇◆

その海賊船はそこにあるのが当たり前で、彼女はそこから見える景色は嫌いではなかった。

故郷の村の紅葉がきらめく森の向こうに岬があり、そこから見える海をよく病弱な弟と見ていたからだ

死んだと思っていた弟は、義兄の策略で彼女の敵となってしまった。

この戦いは私怨だ。

今まで一緒にここまで歩んで来た今ではすっかり悪友になってしまったものたち。言葉には出さないが彼女は大切に思っていた

割とならず者の集まりでもあるから、全員がそう思っていても、絶対に口にはしないだろう。何人かは。

そんな彼らの顔を一人ずつ思い浮かべると、つい口元を緩むのを感じる。すぐに引き締めたが

【アイフリード海賊団】の船【バンエルティア号】の舳先で、彼女【災禍の顕主】こと【ベルベット・クラウ】はその長い美しい黒髪を靡かせ、海を見つめていた。

『ベルベットーーー!!』

聞き覚えのある声にゆっくりと振り返ればぴょこぴょこと頭の天辺にあるアホ毛を揺らして、慌てた様子で駆けてくる少年を視界に入れる。

同時にトン、と踵を鳴らして舳先から降りた

『どうしたのよフィー。妙に慌ててるけど』

一定の距離を保って、ベルベットはフィーと呼ばれた少年ことライフィセットを一瞥すれば、『むぅ』と、彼はその小さな口を尖らせた

『その呼び方、やっぱ恥ずかしいよ』

少し頬を染めながらライフィセットは言ったが、ベルベットにとって今、目の前にいる彼は、弟のライフィセットと同じ名前を授けたものではあるが、また違う存在のライフィセットで、弟であるラフィと区別するためにフィーと呼んでいるだけなのだが。


『かわいいじゃない、フィーって呼び方。あたしは気に入ってるけど。それで?えらく慌ててたようだけど、何かあった?』

改めてライフィセットにベルベットは聞いてみる

『あ!そうだ!あのね、ザマル鍾洞に知らない魔物がウヨウヨ出たって血翅蝶の人から聞いたんだ。かなりの数らしくて、ストーンベリィに行く途中のアルディナ草原にたまに出てきては道行く人たちに悪さをしてるって』

ザマル鍾洞といえば、ストーンベリィという農村があるアルディナ草原の遥か南に位置する業魔の巣になっている鍾乳洞である。

あの辺りにはドラゴン種も棲息しており、ストーンベリィに行くまでに割と苦労した記憶もある。そんな場所に業魔と魔物が出現したらしい

『ザマル鍾洞のあるアルディナ草原の周辺って、確か甲種警戒業魔の縄張りじゃなかった?クジャクみたいな。』 

『うん。あのときは急いでたからその業魔は倒せてなかったと思う。資金集めとかで甲種とは何回か戦ったけど……』

と、なると可能性的には現在この世界を騒がせているもう一つの厄介事か

いや、基本的に自分たちが厄介事を起こしているようなものなのでこれには語弊があるが

ベルベットたちが気にしているのは、あちこちで地震が起き、出来た亀裂からこの世界の人間ではない者や魔物が増えたという血翅蝶からの情報だ

それを気にして、今アイゼンとアイネが酒場へと赴いている

エレノアとロクロウは買い出し、マギルゥは相変わらず何処かフラフラしているのであろう

来客が来たらいけないので、ベルベットとライフィセットは留守番である

アイネはこのアイフリード海賊団に所属している元対魔士の料理人である

歳は22だったか。

ボウガンによる遠距離攻撃と風と火の聖隷術も使う。

相棒の聖隷の名前は【ルミス】というライフィセットと同じぐらいの年齢の風の聖隷。

ルミスは性格は明るいが風属性の聖隷であるので、風のように気まぐれな女の子なのである。  

ザビーダがアイフリードを追っている途中に、メルキオルがザビーダを足止めするために、立ちはだかったことがあるらしい。

アイネの父母は共に対魔士であったのだが、【緋の夜】に業魔となり、当時討伐にやってきていたテレサに討伐され、彼女をひどく憎んでいる節があった。

テレサを闇討ちするため、親の後を継いで聖寮の対魔士として一時期聖寮にいたのだが、メルキオルとアルトリウスの企みを聞いてしまったうえ、テレサの暗殺に気付いたオスカーに不本意ながらも追い詰められることになり

その時に聖寮から抜け、【理】の外に出たため裏切り者として今も追われる立場なのである

メルキオルとアルトリウスの企みを知ったばかりに、アイネの処刑をオスカーに命じたのがメルキオルだった。
その後、傷だらけでさ迷っていたところアイフリードに拾われ、そのままバンエルティア号の乗組員になった。

その時に意思を封じられたルミスは一時期聖寮に囚われるが、ベルベットたちが聖寮を掻き回してくれている間に、アイフリードの行方を探しているアイゼンと、タバサから情報を得た末にマギルゥと同じくロウライネでルミスに真名を刷り込み直し、彼女の奪還に成功した。

料理が得意なので、ベルベットたちがバンエルティアに乗る前までは、厨房を一手に引き受けていた。
突如行方を眩ましたアイフリードの手がかりをアイゼンたちと探している傍ら、バンエルティア号の乗組員たちの食事を一人で準備していたので、ベルベットが来てくれてすごく助かっている。

……のだが、アイネが元対魔士と知ったベルベットに、かなり警戒されるもあまり気にしてない模様。

『当たり前のことだし』と言われたことはあったが

と、いうより、ベルベットは彼女が元対魔士ということを気にしているわけではなく、アイネに自身の姉であるセリカと重ねてしまうことがたまにあるという

そんなベルベットとも少しずつ距離を縮めていき今に至る。同じく両親を失った境遇を持つエレノアには親近感を覚えているらしく、よく一緒にいたりする

アイゼンは彼女がベルベットたちが来るまで、バンエルティアで唯一の女だしと信頼はあれど気にかけている節もあるとかないとか。

ベンウィック他、バンエルティア号の乗組員は彼女が元対魔士であることは知っている上で一緒にいることになる

アイネに関してはこんな感じだ。

『あっ。おーい!ジルファーーー!!』

ライフィセットの声に、はっと我に返り、ベルベットはライフィセットが腕を振っている方向へと視線を向けた

そこにいたのは黒髪を一つに無造作にまとめた赤眼の男のジルファだった

『よぉライフィセットにベルベット。居残りかい?』

『まぁね。ジルファ久しぶり。ロクロウとエレノアは買い出し、アイネとアイゼンは酒場、マギルゥとビエンフーは散歩じゃないかな。多分この街から出てないとは思うけど』

ライフィセットの丁寧な説明にジルファは相変わらず元気だなと思った

『酒場の方にはライとセレナが行ってると思うが、まだ時間はあるから寄り道でもしてっかもな。オレが先に来ちまったみたいだし』

『わざわざご苦労さま。』

ベルベットの声がしてふとベルベットに視線を向ける。

だいぶ穢れの方が溜まって来ている。

『……お前も色々大変だな。』

そのベルベットに視線を向けた途端、ジルファには見えてしまったのが彼らの行く末である

『……。あんたまた視たわね?』

『視たくて視てるわけじゃねぇよ。……っとに、お互いろくな力じゃねぇな。喰魔として生かされていたのは切っ掛けに過ぎなかっただけで、ベルベット、お前もやっぱ人間だったって訳なのかね。』

『……元、だけどね。でも、あんたのその未来視の能力も似たようなもんよね。お互い様よ』

ジルファがここまで彼らを気にかけているのは、自分にもベルベットと同い年の妹の明妃がいるからである。

それに唯一の存在を失ったベルベットの気持ちも、また分かるからである。

ライフィセットは黙って二人の会話を見守っていた。だが、その表情に恐れや不安はない。

ベルベットや仲間たちは何があっても自分が守ると決めたからだ

例え近い将来、自分たち聖隷の存在の可視化が不可能になることが決まっていようとも。

アイゼンも、ライフィセットも、ザビーダも、ビエンフーも、そしてルミスも全て覚悟した上で、聖主カノヌシと導師アルトリウスを討つと決めたから。

今更後戻りなど誰がするものか

メイルシオに残して来た、力を貸してくれた喰魔たちのためにもあとには引けないのだ

『ライフィセット、お前も後悔ないように生きろよ?でないと、オレみたいにろくな大人にならねぇぞ。』

『みんなにも同じこと言われたばっかりだなぁ。でも、うん。そうだね!僕は僕だもん!大丈夫だよ、ベルベットもみんなも僕が絶対に守るから。』

『頼もしいわね、頼りにしてるわよ。フィー』

『うん!任せてよ!』

◆◇◆◇◆

―酒場―

『それで?その甲種が発見された場所、アルディナ草原の先にあるザマル鍾洞に大量の業魔が発生している、ということだな?』

ゼクソン港の酒場には金髪の長身の30代前後の男と銀色の髪を後ろで留めた聖寮のジャケットを着た女性が客から話を聞いていた

『あぁそうなんだよ。あそこのアルディナ草原には孔雀型の甲種がいるにも関わらず、ザマル鍾洞から大量の業魔と猿の魔物がたまに出てきてはその甲種と睨み合ってるって感じでよ』

あの辺りは、甲種警戒業魔のクジャクオウという業魔が縄張りにしている

『甲種に喧嘩売るとかどんだけ喧嘩っ早い業魔なのかしら……』

男の横にいる銀髪の女性のアイネ・セルヴァトロスは頭を抱えた 

『最近はこんな異常のせいか、魔物や業魔も気が立っているんだろう。あの辺りはいい心水の出来るベリー畑のあるストーンベリィがある。奴らが睨み合っている周辺とは距離があるとはいえ、気になるな。』

金髪の男、アイゼンはそう言った

アイフリード海賊団の副長を務めるアイゼンは地の聖隷だ。ここまで来るときに度々地面が割れかかっている所も見て取れたので、それも不安要素の一つでもある。
地面の亀裂に飲み込まれ、行方不明者も出ているので、いくら四聖主を叩き起こした影響も少なからずあるとはいえ、これは有り得ない現象であった

『どうにかなりませんかね対魔士様。これじゃあ安心してストーンベリィ方面へ荷運びも出来やしないですよ』

アイネに懇願する瞳で、店主の横にいた酒場の女将もそう言っている

『……分かりました。他の対魔士たちにも声をかけて討伐の依頼をしてみます。元々こことストーンベリィとアルディナ草原は私の管轄でしたし、困っている住民は放っておけませんから』

『ありがとうございます対魔士様!』

そう答えて、アイネとアイゼンは酒場を出た

『安請け合いしすぎだぞお前は』

アイゼンは酒場を出て開口一番にそう言うものの、アイネは元々こんな性格なのでいつものことだが半分は諦めている

『そういう副長もこの案件は普通の対魔士や兵士じゃどうしようもないって分かってる癖に。それにストーンベリィは私の故郷なの知ってるでしょ。』

『…分かっている。』

そうは言ってくるものの、アイゼンは最終的には仲間の意思を尊重してくれるのである。
だから自分も乗組員もアイゼンについて来たのだ

『…話ついた?』

バンエルティア号が停泊している港に向かう途中、もう一人の声がして、アイゼンとアイネは声のした方へと視線を向ける

『…お、ライ!うん。こればっかりは他の対魔士や傭兵団には難しいだろうから、正式に対魔士として引き受けて来ちゃった。……待たせた?』

いや、大丈夫だよ、とライはセレナと一緒に座っていたベンチから腰を上げる。横でセレナは先程買ったサンドイッチを食べていた。

『【元】対魔士だろう?』

そんなアイゼンの突っ込みにアイネは、あはははと頰を掻く 

『まぁいい。……アルディナ草原で甲種と他の魔物が睨み合っていると聞いた。放って置いたらどうなるかわからんからな。もしかしたらお前たちが探している次元の亀裂というものが近くにあるのかも知れない。ストーンベリィで少し情報も集めてみるべきだろう』


ホットドッグの紙を折り畳みながら、ライはそんな微笑ましいアイゼンとアイネの方に視線を向けた

『ストーンベリィかぁ。あそこは自然も豊かだし、いい心水の元になる果物が採れるもんなぁ。イネスやおっさんたちに手土産にしようと思ってんだけどさ、いい心水知ってる?』

アイゼンにそう言うと、ふむ、とアイゼンはしばらく考えたのち色々と教えてくれた。

『全くこのお宝マニア共め』

『いいじゃない。男の子って感じで』

そんな話で盛り上がるアイゼンとライを、呆れながらも見守るアイネとセレナであった。

『あっ皆さん!!』

もう一人聞き覚えのある声が響いた

特徴的な鮮やかな赤毛をツインテールにしたアイネと同じく対魔士の制服を着た少女エレノアである。

『なんだなんだ?心水の話か?オレも混ぜてほしいんだが』

背中に大太刀を背負った侍風の黒髪の男はロクロウ。アイゼンとアイネたちと行動をしている夜叉の業魔の男である

『ロクロウ、エレノア!ごめんね、買い出しありがとう!』

アイネがロクロウとエレノアが抱えた袋を見て声をかけた

『いえ、お安い御用ですよ。ロクロウがいたから助かっちゃいました。ありがとう、ロクロウ』

『いや、流石に1人じゃ荷物が多いだろうと思ったからな。ライもセレナも久しいな。息災そうで安心したぞ。』

ロクロウとエレノアは買い出しに出ていたようである

『そっちもな。あとはマギルゥとビエンフーか?』

ライがこの場にいないマギルゥとビエンフーの名前をあげる

『どうせその辺りをウロウロしてるんじゃない?そろそろ私達もバンエルティア号に戻ろうか?』

エレノアの袋を半分ライが持つ。ロクロウにアイネが少し持つよ、と受け取っていた袋の中には新鮮な食材が詰まっていた

他愛ない会話をしながら歩くと、バンエルティア号への道程はあっという間だ

『あっ。みんな帰って来たよ!みんな、おかえりーーー!!ライとセレナはいらっしゃいだね!』

ライフィセットがその小さな身体にある手を振って皆を迎え入れた。

『……かわいい……』

セレナが思わず呟いた言葉に全肯定のライであった。

『遅いぞ主ら。待ちくたびれたわい』

ライフィセットとベルベット、ジルファの横にいたのは奇抜な衣装と帽子を被ったマギルゥだ

『エレノア様、おかえりなさいでフ〜!』

ビエンフーはエレノアの顔を見て物凄く鼻の下が伸びていた

『…ビエちゃん鼻の下伸びすぎよ』

ビエちゃんはアイネの聖隷のルミスがつけたビエンフーのあだ名である。

よくビエンフーとライフィセットとルミス、そしてモアナは一緒に遊んでいることが多い。

元気な子供がすくすく成長していく様は長いようであっという間だと常日頃から思っていたライは、幼い頃のフレオとローズを思い出していた

気づけば身長も伸びて、フレオも最近は顔つきが大人びて来ているし、また身長が伸びた気がする。ローズは更に美人になってきている。

ローズはなき母親のシトリンにそっくりにもなってきたようにも思える。

と、まぁメンバーが揃ったところで本題に入ろう

『……アルディナ草原の甲種と魔物の睨み合いに、ザマル鍾洞のゾンビの群れ……同時期に隣り合った領地でアクシデントが続くのは怪しすぎるな。』

船に荷を詰め込みながら、出港準備の最中、ライはそう言った

『あのあたりは目の前のダーナ街道のまだ先だけど、この港があるせいでそれなりに人も通るから心配で』

アルディナ草原には寄れる港がないので、ダーナ街道を徒歩で抜けて向かうことになる。

仕事を受けてしまった手前、断る訳にはいかないので、このまま荷を積んだらライたちはダーナ街道から王都ローグレスのタバサのところに顔を出し、情報をもらい、一泊した後にアルディナ草原からストーンベリィを目指すことになった。

今からストーンベリィ方面を目指すとなれば丸3日ほどかかってしまうからである。夜通し歩くのも検討されたが、いつ地震が起きるかわからないので、強行策はよくないという判断である

『とにかく、まずはローグレスで情報を集めてみるべきだろうな。血翅蝶の酒場を目指すぞ』

ベンウィック達に見送られ、一路ローグレスへと足を運んで見ることになった



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