第2章

帝都ザーフィアスのシザード武具店ではひとりの少女が店番をしていた
銀の髪を高い位置で結わえ、店の帳簿をつけていたのはエルリィである

そんな昼下がり、来訪者は突然その店のドアを開いた
ベルの音が店内に響き渡る

『いらっしゃいませー。どういったご用件でしょう?』
『こんにちは。シザード武具店はここで宜しいでしょうか?』

黒い髪を後ろで短くし、少し長めの前髪から覗く漆黒の瞳、スーツとネクタイを身につけたまだ年若いライと同い年ぐらいの青年がそこにはいた

『はい。そうですが。お名前よろしいですか?』
『申し遅れました。僕は朝霧八雲と言います。』

そういうと八雲は懐から名刺を取りだし、エルリィに差し出した

『ご丁寧にありがとうございます。私はエルリィ=シザードです。』
『よろしくお願いいたします。店長さんですか?』
『いえ。店長は私の父なんです。』

すると八雲はなるほど、とひとつ頷いた

『娘さんでしたか。一人で店番なんてすごいですね。うちの社長にも見習わせたい………』
『いえ、なれていますから……』

八雲はにこりと微笑んだ

『それで、どういったご用件でしょうか?父がいないので今は注文を受けるしかやってなくて……』
『いえ、違うんです。実はこの手紙を貴女に渡してくれとある人物からの依頼でして』

エルリィは八雲の言葉に耳を疑った

『手紙?私に?』
『はい。そうです。これなんですが………』

すると八雲は、懐から封筒を取りだし、エルリィに差し出した。宛先はたしかにエルリィ宛である。

エルリィは戸惑いながらも
それを受けとるが、その字に見覚えがあった

エルリィは慌てて裏を確認した

差出人はエルリィのよく知る金髪の彼

フレン=シーフォからだった

『フレンから!?めったに手紙なんてくれないあいつがどういった風の吹き回し…………』

『やはりお知り合いでしたか。貴女に渡してくれと頼まれたのです。大事なことだから急いで欲しい、と』
フレンは確かダングレストに向かったはずだが、このタイミングで手紙を寄越すということは任務が終わったのだろうか。それとも別件か?

『ありがとうございます。後で読んでおきます。』
『よろしくお願いします。受け取りのサインをお願いします。』

エルリィは受領書に自身の名前を書いて、八雲に渡した

『ありがとうございました。では私はこれで』

踵を返し、出口に向かう八雲

『ご苦労様でした。』

それを見送ったあと、エルリィはもう一度封筒に目をやった

『……本当、どういった風の吹き回し…………』


たまには顔を見せてよね

エルリィは胸に芽生えた痛みに気付かないフリをして、目の前の糊付けされた封をペーパーナイフで開封したのだった。

◆◇◆◇

その日は、帝都ザーフィアスにある騎士団本部に眼鏡の女性騎士は来ていた

最近多発している魔物による被害について、少々気になることがあったからだ

『…ええっと、最近の報告書は、と………』

ここはザーフィアスが擁する騎士団の資料庫になっており、あらゆる資料が保管されている場所だ。
普段は騎士団長や限られた者しか入ることが許されていない場所である

そんなとこに何故かはわからないが眼鏡の女性騎士ことリョウ・ウバルチフはいた
普段は騎士団長のフレンの許可を得て入ってはいるのだが

その名実ともに、現騎士団長であるザーフィアスの下町の有名人の彼は、今は生憎と留守である
確か、ダングレストという街に行くと彼の副官のソディアから聞いたのである。

━━━━━なので、当然許可など取っていなく長居はあまりおすすめはしないのだが、リョウはこの資料庫にいた

『リョウ、何をやっているのですか?』

資料を持ち出し、出ようとしたところ女性の声が響いた。とは言っても、彼にしてみれば聞きなれた声である

『あら。エリル。ちょっと調べものをね』
『ひょっとして最近多発している、魔物の襲撃の件ですか?』
『そうそう。さすがエリル』

リョウが素直にそう言うと、エリルは少し頬を染めて『そんなことはありません』と頭をふった。

彼女の名前はエリアルト=ロスト
リョウ隊の副官の女性である


軍人であるが堅苦しいような性格ではなくかなり人当たりも良い性格である。
しかし、以前は冷徹と冷酷の2文字を冠する中尉とも呼ばれていた。

冷徹冷酷な性格は作り物で軍の中で女だからと舐められないようにするためのものであったのだが

最近多発している魔物の件は、エリル自身も何度かリョウや隊のものと討伐に出向いたことは何回かある

しかし、この件に関してはフレンも目下調査中である

騎士団長である彼が本部を離れるのもどうかと思われるが、彼は騎士団長に就任する前から前線に自ら出て剣を振るうことが多かったし、彼の親友である黒髪長髪の青年、ユーリ・ローウェルも、ギルド【凜々の明星(ブレイブヴェスペリア)】の一員として世界をあちこち飛び回っている

情報ならいくらでも手に入りそうではあるが今回リョウがここに来たのはちゃんとした理由があってのことだった

『実は正式に上層部からこの件に関して任務に出るよう、依頼がきてね。フレンが手を回したのかはわからないけど、僕たちのとこに回ってきたんだ』
『なるほど、だからこんなとこに一人でね。』

リョウは訝しげに視線を向けてくるエリルに苦笑しながら頭をかいた

『しかし、貴女が離れるとなるとここの警備はどうするのですか?フレン騎士団長も、貴女がいるからこの街を離れてダングレストに向かったのでしょう?』

『その件なんだけど、もうすぐカリィも帰ってくるしエリルとカリィで僕の隊を動かしてくれれば構わないよ。困った時には、ガウスさんとこに相談に行くようにして』

エリルはそれを聞いて、少し眉間にシワを寄せたがやがて渋々と溜め息をついた

『わかりました。まぁ貴女にきた任務なんですから、断るわけにもいかないのでしょう?』

『なはは……まぁ、そういうこと…』

昔からこの女は困っている人がいると助けてしまうお人好しであり、一度言い出したら聞かない性格だとは熟知している

それは多分、異世界に飛ばされたとしても変わらないだろうし、変えようともしないのだろう

リョウの隊は少数精鋭だが、その誰もが実力は折り紙つきであるのでザーフィアスの警備には事足りる

この間配属された新人の娘も若いながらに頑張っているので、これは新人の育成には持ってこいかもしれない

『しばらくザーフィアスを頼むよ』
『了解しました。……出発はいつに?』
『明日の朝からにしようとは思っているんだ。ガウスさんに頼んでいた剣も明日の朝には出来上がるようだからね』
『ガウスさんのとこで剣を受け取って、その足で、ですね』

リョウは小さく頷き、手に抱えた資料を一瞥した

ごく最近に魔物の襲撃があったのは確かアスピオ付近だったか
あそこには、リョウやフレンと以前一緒に、旅をした天才魔導少女のリタ・モルディオがいたはずだ。

ザーフィアスを出ると、デイドン砦がある。

あの砦には、キャラバン隊や他の街からの冒険者もよく立ち寄るしなにかしら情報は集まるかもしれない。

そうと決まれば今日中に回復手段や必要なものを買いそろえなければならない
正式な任務だしそれぐらいなら経費で落とせるだろう。

そういえば、つい先日旅だってしまったライはどうしているだろうか

確か商談でノール港に行くと言っていたような

あそこには駐屯地もあるので立ち寄ってみるかとリョウは思った

準備をしようと自室に戻ろうとしたその時だった

急に帝都全域にサイレンが鳴り響く。

魔物の襲撃を知らせるサイレンだ。

『噂をすれば、だ。エリル、いくよ!』
『ええ!』

リョウとエリルは会話もそこそこに駆け出したのだった


鳴り響くサイレン

逃げ惑う人々

ザーフィアスの一部に魔物が入り込んできたと報告を受けたリョウとエリルは自身の獲物を手にザーフィアス内を駆け回っていた

何かあったらいけないと、ライがリョウの剣が完成するまでのスペアとして渡されたのがこの剣だった

本当に彼の直感能力には脱帽である

聞く話、昔からライはこういったことに偉く敏感であった。何故かはわからないが危機探知能力でもあるのかねとかいつか苦笑混じりに話されたことがあった

『当たりすぎだっての……』

自分の横でぼやく上官の相棒に、エリルは首をかしげたが、すぐに前をまた向いて魔物たちをなぎ払っていった

エリルは格闘術を得意としており、その身のこなしはその辺りの格闘術師を軽く凌ぐほどの実力の持ち主である

親友であるエルリィとはよく組手という名の訓練をしているとこを何度も見かけたこともあった

ガウスの娘であるエルリィは両親から戦う術を叩き込まれており、彼女もまたそこらのゴロツキなどあっという間に片してしまうほどだ

幼い頃から幼馴染みであるフレンや、その親友のユーリと共に下町で暮らしていたとあって、かなり度胸のある娘に成長した

ユーリがいないあいだに、何度も下町を守っていたこともあり、性格が似てきたんじゃないかとフレンは嘆いていた。

フレンはエルリィが前線で戦うことに何故かよく反対しており、その彼とよく言い争っていたことも少なくはなかった

彼が気付いてるかどうかはわからないが、何故かエルリィに関しては過剰に反応しているのだ

理由は定かではないが、とにかくフレンはエルリィが前線に立つことが嫌らしい。まぁ幼い頃から一緒に育ってきて妹みたいに思っているフシがあるのかもしれないが、エルリィもエルリィであのガウスとエミリアの娘なのであの性格は親譲りなのだろう。

『ほんとに最近多いな………虎牙破斬!!』

『明らかに意図的に送りこまれているようにしか見えないです。魔神脚!!』

エリルが足から衝撃波を放ち、敵を吹き飛ばしていく。その隙をついてリョウは魔物をその剣で切り裂く

魔物は断末魔を上げたのち、その屍を霧散させた

見事なコンビネーションである
そろそろ魔物の親玉が出てきてもおかしくないと思っていたが、そう思った瞬間、下町の方から魔物と思われる咆哮が響き渡った。しかし、その咆哮は凡そザーフィアスにいる魔物の声ではないと二人は顔を見合わせた

『下町か………』
『……なにか……ありますね』

二人は下町に続く坂道を一気に下り始める

噴水横丁と呼ばれる場所、そこに魔物はいた。しかし、そこにいた魔物はテルカ・リュミレースに分布している種族ではなかった

虎のような体毛の色で、肩からは長い角が這えていた

とある星だけに生息するライガという固有種だった

『!?なんでテルカ・リュミレースにいるはずのないライガがここに!?』
『おかしいですね』

するとライガの群れがこちらに気付いたのか、二人に標的を変えてその瞳をギラつかせた

『くる!!』
エリルは構えの動作に入り、リョウもまたその剣を構え直した

咆哮とともに、二人に鋭い牙と爪を向けて飛び掛かってくる
それをリョウは剣で、エリルは装備している手甲で牙を受け止めた。そしてその長くすらりとした足でライガを吹き飛ばす

爪を剣で受けたまま、リョウとライガはしばらく競り合ったのち押し勝ったのはリョウだった。
ライガはくるりと空中で一回転したのち、スタッと降り立ち、目の前の獲物のリョウにその鋭い瞳を向けた

『このライガたち、元いた世界のやつらより強い?』
『環境が全く違うし、その世界に合わせた体なのかも』

だがしかし、勝てない相手ではなさそうだ

再びライガたちがリョウとエリルに向かってくる

次で決める…………!!

二人はリズムを合わせて同時に地を蹴った

すれ違い様、剣と爪、拳と牙が交じり合い火花を散らした

沈黙

どれぐらいそうしていたかはわからないが、先に崩れたのはライガの方だった

ライガは音をたてて霧散して空気へと返っていった

『ふぅ。とりあえずこれで終わりでしょうか?』

砂埃を払うエリルに、そうだね、とリョウが返そうとしたがまだ息があったのかライガが最後の力を振り絞り、エリルに襲いかかった

『エリル!!!』
『っ!!』

エリルが構えを取ろうとするが遅い。ライガの爪はすぐそこまで迫ってきていた

間に合わない!!!

必死に手を伸ばそうとするが届かない
遅れて肉を切り裂く嫌な音が響き渡った

またしてもその場を沈黙が支配した
なにかが崩れ落ちる音がした

まさかと思い、おそるおそるエリルが目を開くとそこには飛び散った血が地面に滴り落ちていた。

自分ではない。

『大丈夫ですか!!隊長、副隊長!!』

ライガを突き刺したのは、自分たちよりそれほど年の変わらない少年だった。手にあるのは2本の剣

見間違えるはずがなかった

『カリィ!!!』

エリルがさも驚いたようにその名前を呼んだ

『わ、わ、わ!!だ、大丈夫ですかお二人とも!?』

もう1つ響いた声は女性の声だった
その姿を見つけたリョウは、思わず自分の目を疑った

『アイリス!!もどったのか!』

アイリス、と呼ばれた少女は『は、はい!』と返事をしたのち慌てて二人に駆け寄り手をかざした

『聖なる活力、ここに!ファーストエイド!!』

アイリスはエリルとリョウの傷を治療始めた

『はぁ……よかった、間に合って………帰ってきたらザーフィアス中魔物で溢れ帰っていてびっくりしましたよ』

カリィ、と呼ばれた目を半分髪で隠した少年は愛刀についたライガの血を振り払い、鞘にしまう

『ザーフィアスが危ないときいて急いで帰ってきたんですよ』

アイリスは二人の治療を終えて安堵の溜め息をついた

この二人は、リョウの部下であるカリィ=ローズとアイリス=リナリアである

カリィはリョウ隊の小隊長を務める男で騎士団では珍しい双剣使いだ

オルニオンの警護のために半年間不在だった

カリィはリョウの初めての部下である。ちなみに、リョウが小隊長時代の時もリョウの下にいたので、一番長く一緒にいるかもしれない。

この男はえらくリョウに心酔している。過去に何があったのかは分からないが、口を開けば二言目には【隊長】が出る男だ。

少女の方はアイリス=リナリア。

彼女はリョウ隊の新米の騎士だ
今はまだ、魔術の修行中だがいずれは隊の役に立ちたいと思っている

リョウから補助術を勧められて特訓中で攻撃術も習得を目指しているという努力家の少女だ

完全記憶能力も持っている

これでリョウの部隊の主戦力は揃ったことになる

リョウの部隊は先述の通り、少数精鋭であるようにフレンが指示をしたのだった

リョウはとりあえず一段落ついたことに安堵し、破壊された下町を見渡した。幸い大きな損害はなく、多少古い建物が壊れただけですんだ。

これも恐らく、一番に下町に駆け付けたエルリィのおかげであろうとリョウは思った

あとでザーフィアスを出るまえに、彼女の好きなクラブハウスサンドでも差し入れようと頭の隅で思った

『そういえば隊長、任務が正式に出たんですよね。今回の件の』

さすがに情報が早いと思った

『あ、うん。そうだけど誰から聞いたの?』

リョウが聞くと、アイリスがばつが悪そうな顔をした

『ライさんです。途中クオイの森で逢って……』
『クオイの森!?いや、だって待って。ライは確かノールに………』
『え?そうなんですか?』

アイリスがキョトンとした顔でリョウを見つめ返した

おかしすぎる。確かにライはノールに行くと言っていた
しかもライが町を出てすでに4日は経過している
まだクオイにいるとは考えにくいのだが、いったいどういうことだろうか。まさかデイドン砦で足止めを喰らってクオイを抜けたか?

しかし今はデイドン砦に草原の主はいない上に、普通に門は開いているので行き来は自由である

あまりにも不自然すぎるライの行動にリョウは少しだけ不安を覚えたのだった

『疑うようで悪いんだけど、それほんとにライだった?そっくりさんとか言わないよね?』
『なっ!?俺たちが隊長に嘘つくはずないじゃないですか!!』
『そ、そうですよ!!確かにあれはライさんでした!!ケガしてたけど……』

それを聞いてリョウはまたしても目を見開いた

『ライがケガ…………?まさかライほどの実力者がこの辺りの魔物に失態を晒すとは思えないんだけど…………』

なんとも不自然な話である
これは調べてみる必要がやはりあるのかもしれない。

一抹の不安はやはり拭いきれずに、リョウは複雑な表情を浮かべたのだった
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