第24章

◆◇◆◇◆◇

海辺でキャンプを張った翌日、ライはカルナスへと足を運んでいた。

ここはカルナスのレクリエーションルーム。そこの中央に設置されている円卓テーブルには艦長のエッジ、副艦長のレイミ、様子を見に来たライと合流したフェイズ、来葉がいた

『…じゃあやっぱり、カルナスが落ちたのは操縦ミスなんかじゃなくて』

来葉の言葉にエッジは頷いた

『あぁ。外部からの攻撃だ。基本的にカルナスは座標を入力後、ワープドライブシステムを使って目的地の惑星がある場所に飛ぶんだ。座標さえ分かれば、あらゆる惑星圏へと飛ぶことが出来るし、ほとんどオート移動だから操縦をミスることは基本的にないと言える』

レイミは紅茶と手作りのクッキーをテーブルに置く

『おかしいと思いました。ミュリアさんが操縦を失敗するはずはないと。基本的に戦闘時以外は、オート操作のカルナスです。今回みたいな外部からの攻撃でないと落ちたりはしない』

緑髪の耳の長い整った顔立ちのエルダー人の青年、フェイズは書類に目を通しながら言った。持っている書類は破損部の照会一覧である。

『エイルマットにも言われたなぁ【お前たちは機械に頼りすぎだ】って』

エッジはその時のことを思い出しボヤいた

エイルマットはこのカルナスの乗組員でもあった。フェイズが一時不在時、代わりに彼の席に座り、カルナスの攻撃機構で敵の一団を落とした事も何度もある。

今でもたまにカルナスへ来てくれる。

エッジたちと自分が死ぬまで、最期まで仲間とも言ってくれたのである

今は別の惑星での任務についているのだが、白兵戦も得意なフェイズと同じエルダー人

その長い銀髪と、長い耳、巨大なレーザーサイズ、光の力で敵を切り裂く大鎌を携えている様から【死神】と呼ばれている男だ

ライも【死神】と呼ばれる男を一人知っていたがエイルマットとは別の者である

あの時に胴体着陸を実行したのもミュリアだ。カルナスの操縦を彼女が失敗をすることもまたないであろう

『…フェイズとエッジが言ったように墜落した原因は外部からの攻撃だということは確定だな。あとは落とした犯人だが』

ライはフェイズに貰った破損部分の照会一覧を見る。

幸いメインエンジンはクルーたちの努力でほとんど傷はついていなかった。

カルナスの防衛機構を一手に引き受けるのはレイミ。

彼女が咄嗟に電磁バリアを張ったのが功を奏したようだ。

『今、本部に頼んで被弾した惑星圏での航行履歴を調べてもらってるけどこの状況だとちょっと時間がかかりそうなの』

レイミは不機嫌そうに頬杖をついている。

『機嫌直せよレイミ。レイミは悪くないんだから』

エッジはレイミの頭を優しく撫でた。

彼女の機嫌はそのうち直るとは思うが、確かにこの状況では犯人が分かるまで当分かかりそうである

『そうだ。あと一つあった。お前らが協力してくれるのは助かるけどさ、法律的には大丈夫なのか?』

エッジたちの時間軸では、宇宙暦12年(西暦2098年)に締結され、未だに文明の発達していない惑星を保護するための条約がある

カルナスのような艦を製造できる技術力を持つ人間たちが、まだ発展途上の惑星に干渉することは原則として禁じられている。【未開惑星保護条約】という条約が存在するのである

高レベルの文明の接触は、その星の歴史そのものに大きく干渉してしまう可能性が高いためであり、銀河連邦に所属している人物および勢力は、たとえ誰であろうと【明確なる生命の危機に瀕した場合】を除いては、この条約を守ることが義務付けられている。

軍人及び民間人問わずである 

緊急時以外に違反すると連邦評議会にかけられ、終身刑になることもあるというものだ

『レイミ、報告を』

エッジがレイミへと視線を向ける

『はい。この件について、本部に連絡したところ、今は非常時かつ、条約には抵触しないから問題ないって許可も出たわ。協力出来ます』

『むしろこれで違反だどうのってなる方がおかしいと僕も思います。』

フェイズは山のように重ねられた星型のクッキー1枚をとり、齧った。レイミの作る菓子は確かに美味しいのだが、張り切りすぎて作り過ぎることも多い。

その場合はエッジが犠牲になる場合と、クルーで分けるかのどちらかだ。クルーで分けたとしても大体余るレベルである。

『あぁ。そのとおりだ。どこもかしこもこんな状況だし。これは生物が明確に生命の危機に瀕してる場合に値すると見なされたんだろう。……と、言うわけだから僕達、銀河連邦も協力させてもらうよ。』

エッジは目の前のクッキーの山を見て、少しだけ引いていたが、いつものことなのだろう。特に文句を言わずにクッキーを食べた

『レイミちゃん、このクッキー、ディオネのみんなにもあげたい。良かったら今度一緒に作ってもいいかな?』

来葉の言葉にレイミは来葉の側に近寄る

『もちろんよ来葉。ふふ。あの人にもあげたいんでしょ?』

あの人、と聞いて来葉ちゃんは顔を赤くした。

なるほど。来葉ちゃんももう大人だ。そういった存在はいるであろう

来葉ちゃんは誰が見ても美人だと思うし、いい子だ。そんな彼女の恋人になったものはどれだけ前世で徳を積んだのだろうかと思うレベルである 

………話は逸れたが、とにかくエッジたち銀河連邦はこのまま俺たちに協力してくれるということも確認出来たからひとまず安心だ

『なら今後の方針はほぼ決まったね。僕たちとライは、ロリセの回復を待って、このカルナスで惑星ディオネへと発進。ディオネに到着次第、来葉の仲間と協力者の安否を確認後、必要ならば協力体制を取り、神聖帝國騎士団の行方を探る。こんな感じかな?』

『あぁ。組織名がわかったとはいえ、あちらの戦力は未知数だ。仲間は多いに越したことはないし、可能な限り情報を集めて、最善策を取りたい。………あとこのカルナス、今は輸送艦でもあるよな?………薬草類を栽培するような場所も欲しいと思わねぇ?せっかく色々面白そうなレシピ教えて貰ったんだし。』

俺の言葉に、この場にいた全員は頷いた

『あー。一応、備蓄してる食料や薬品はあるけど無尽蔵でもないしね。』

エッジも難しい顔をしている

『その場所その場所で採れる薬草類や鉱石類も違うから、それを採取するのが結構楽しみなのよね。バッカスさんに任せたら鉱石類も採取できるし』

エッジやレイミたちカルナスのクルーはそういう知識にも詳しい。

一度星の海に出て、惑星へ踏み入ったあとの生活は自給自足で、その場で資材や材料等を手に入れてサバイバルなんていつものことらしい。

『ディオネに行くなら、補給は必要だもんね。この艦には寝室、シャワールーム、お手洗い、洗濯機、洗面台も一通りあるけど、自販機くんに置いてる回復薬類も無限で出るわけじゃないし。』  

【自販機くん】
このカルナスのクルーのエッジとサラ、バッカスで発明した自動販売機だ。レクリエーションルームに3台置いてある

他にもジュークボックスや回復パネルも設置している。

カルナスでの長い船旅で、全ての生活を賄えるよう、クルー全員で協力している結果である


来葉から聞こえた声に、ライが、あ、と1つ思い出した声を出す。

『これ俺の考えなんだけど、聞いてくれる?』

ライの言葉にエッジたちはライに視線を向けた

『馬鹿なッ!!!』

研究所内に男の声が響き渡る
この研究施設の頭取の声だ
見た目はガマガエルのような太った男

男は目の前で起こっていることに我を失い掛けている

『こんな小僧共に施設の被検体の魔物もフィロも全て倒されて!!我が研究所の面目丸つぶれではないか!!』

男の目の前には、ロイド、ゼロス、ジーニアス、しいな、八雲、同契したゼルファイナとレイリアが立ちはだかっていた

『あらあら。流石の貴方も私たちすべてを相手にするのはなかなか骨が折れるようですわね、頭取さん』

レイリアの言葉に男はハッと我に返る

『き、貴様はオルガブレイドの氷の魔女!!!?何故お前がここ……にッ!?


頭取のすぐ横にある培養液が入った培養機の中には、改造されたエディルレイドの女性が眠っていた。

元々純粋なエディルレイドの力を更に強力にするための人体実験がここでは行われていた。


これはもう500年以上前の話、レンがまだ幼かった頃の話であるのだが

その500年前に、一人のエディルレイドの女性が故郷を人間の男性との結婚を機に出たのである

その女性、レンの親友だった娘と、レンは必ず彼女に会いに行くと約束をしたのだ

その友人と村の子供たちと花畑で遊んでいた際、盗賊の男どもに襲われたこともあった

レンの友人のその女性もその盗賊の男に性的暴力を奮われそうにもなったのだ。

これがレンが人間嫌いである主な理由である

その時、助けてくれた男とレンの親友の彼女は結婚を機に、アルクヴォーレという故郷の村を出た 

15歳になって、レンはやっとエディルガーデンというエディルレイドの楽園と言われている場所へ行けることになる。

しかしその道中、なぜかは分からないが追っ手に封印されて、何百年も眠っていたらしい。

クーと出逢ったのは更にそれよりも先である。

更にずっと先の未来で、空賊として活動していたクーがたまたま彼女の封印を解いたのが切っ掛けで、クーはレンと契約。

色々あってやっとエディルレイドの楽園と言われているエディルガーデンへと辿り着き、レンの親友のシアと再会したのだが……

そこで見たのは、あまりにも酷い現状であった

兵器と化したレンの親友の娘をレンとクーは。

とにかくそのエディルガーデンで行われていたとされる実験。

フィロ、強化改造された純粋なエディルレイドたち。

そして愛する人間を失い、失意の中で兵器と化してしまったレンの親友の名前は、シアと言った

その名残である研究の施設の1つがここである

道中にあったのは寒い地域でないと咲かない花。

雪晶華【ネージュフルール】という百合に似た花だ。

レンは襲い来るフィロたちをパートナーのクーと捌きながら、二人で研究施設を走っていた。そう。何故か二人でだ

『ちっくしょーーー!!シスカたちとはぐれちまった!!俺こんなのばっか!!』

『…………………………仕方ないよ。だって道フクザツ過ぎて、頭がく、クラクラ、するもん』

『だ、大丈夫かレン!?』

『なんとか。』

そんな会話を続けながら、フィロと魔物の混成部隊を倒していく。

力加減を間違えれば、恐らくこの施設ごと仲間共々真っ二つになると思うので気は抜けないのである

レンは世界に七つしかない七煌宝樹【しちこうほうじゅ】と呼ばれる者である

その力故、敵から何度も狙われてきたし、幼い頃は村に馴染めず、同じエディルレイドの仲間にも石を投げられ、冷たい目を向けられてきた過去。

ここに来る道中で見たのがネージュフルールだった。

シアが一生懸命に育てていた花だった。

ネージュフルールを見ているとどうしてもシアのことを思い出す。

シアは七煌宝樹でも、レンはレンだと言ってくれた。

そしてクーとレンがいるのは菜園エリアのようである

そこにはたくさんの美しい花々とネージュフルール。

どう繁殖させたのかは分からないがそれは確かにあった

『……ネージュフルール……こんなにたくさん……』

辺りを甘い香りが包み込む

百合に似た花のネージュフルール。その美しさは何百年経っても変わらなかった

レンは胸を襲う悲しみをギュッと飲み込み、今は亡き友のことを想う

―――レン。核石(いし)を隠すのはいけないことじゃないわ。……でも

よく覚えておいて、レン…

世の中には悪い人間だっている。

どんなに表面上いい人に見えても

彼らは核石を見たら欲に囚われ、あなたを傷つけるかもしれない

だから私達の核石は決して人間に見せてはダメ。

心からあなた自身を大切に思ってくれる人にだけ

『……大切に……思ってくれる人…』

レンはクーの方を見る

目の前の青年は辺りをキョロキョロしながら出口を探している

『おっ、、、レン、あっちが出口みたいだぜ!もう少しだ!』

一度同契を解いて力を温存することにしたようである。レンも同契しっぱなしだし、敵の気配も消えた。

割と疲れるので一端小休止だ


『うん』

ねぇシア

私も大切な人を見つけられたわ

シアがまだ生きてたら

おめでとうって 

よかったねって

言ってくれた?

『…………っ』

『……!レン』

じわり、とレンの視界が滲む

そんな彼女のか細い身体をクーは抱き寄せた

『……ごめんね。クー。……先に進まないといけないのに……シスカたち待ってるよね……』

『……いいよ。俺もシアの事思い出してたところだったから』

ネージュフルールに包まれた菜園はレンの故郷のアルクヴォーレにあったシアの菜園を嫌でも思い出させる

あそこでいつもシアと逢っていた。
キースと言う変な人間(レン談)の男も一緒だったが

キースとシアが結婚して、エディルガーデンへと向かったのである

シアはいつもカンデラ苺のケーキと紅茶を振る舞ってくれていたのだが、カンデラ苺のケーキ。これがまたド甘くて不味かったらしい

そればかり食べていたせいで、レンは甘い物が大嫌いなのである

それもまた幼き日の思い出でもあるのだが

思い出の花は今もなお咲き誇っている

この施設をこのまま爆破してしまうのは勿体ない。

程なくして、この施設の重鎮たちはアークエイルによって捕縛されるであろう。

どうにかしてこの美しいあの菜園を思わせるここを保護出来ないだろうかと。レンもクーも同じことを思っていた。

2人がお互いの名前を呼んだのはほぼ同時であった

『………クー?』

『……いやいや、レンからどうぞ』

『……………面倒くさい』

『えぇ……冷たい……。オレとレンが思うこと多分同じだと思うのにな〜』

『………』

『ここでの一件が落ち着いたらさ。ここのこと、ライ辺りに頼んでみようぜ!もしかしたらいい案を出してくれるかもだし!』

それはつまり

『……この施設を、ライに投げるってこと?』

投げる。割と雑な言葉だがそうである

『だってあいつ、色々研究とかしてるとか言ってたじゃん?それに、確かライのおばさんがガーデニングが得意だって言ってたし。この菜園、すっげぇ綺麗だし、レンとシアの大切な思い出の花のネージュフルールがこんなに咲いてるんだ。……ここの人間を捕縛したらこの菜園にある植物を世話する奴いなくなるし、何か薬草っぽいのもあるし。ブルーベリィとか……ブラックベリィもあるな。……それにさ、こんな綺麗なトコ見ちゃったら焼くなんてとてもできねーだろ?』

真っ直ぐなクーの言葉と瞳に、レンは胸が暖かくなるのを感じた。いつもそうだ。クーは自分より先に想っていることを言ってしまう。レンは何度もそんな彼に助けられてきたのだ。

そんな彼の言葉を無碍にはしたくなかった。

『……うん。そうだね。言ってみよう。』

『へへ!じゃあ決まりだな!よーし!なら早く皆と合流しようぜ!レーダー借りてっから、きっとすぐ合流できるさ!』

レンとクーはどちらからともなく手を繋いで歩き始めた。

◇◆◇◆◇

『クーさん!レンさん!ご無事でしたか!?』

扉を超えた先、そこにいたのはレーダーの通り、ローウェンとキーア、シスカの3人だった

『おう!なんとかな!』

『……よかった。魔物と混戦になっちゃってはぐれたときはどうなるかと想ったよ!』

ローウェンの心底安堵した様子に、クーはニッと笑った

シスカはレンにハグをしようとしたが、レンはそれをヒラリと交わしていた。その拍子に派手に鼻の頭から転けてしまっていたのを、キーアは面白そうに見ていた

『そんなことより、八雲たちは大丈夫なのか?』

クーがそう訪ねてみる

『はっ!そうでした!この先です!』

シスカは何とか立ち上がる。腫れてしまった鼻の頭が何とも痛々しいがかまってはいられない。

『…シスカ何かトナカイみてぇだな!』

『うっさいわ!』  

『まぁまぁ。あ、っ、キーア僕の髪食べないで、あーーーっ』

お腹をすかせてしまったキーアがまたローウェンの長い髪を齧っていた。まるで猫のようである

レンはそんな一行を見ていたが、ふとほほえみを浮かべたのだった

『プレジャーのゼルファイナとレイリアを殺せ!それ以外の侵入者共々、生きてここから出すな!!』

頭取の指示とともに、生き残っていたフィロと護衛をしていた魔物とフィロと、雇われた傭兵団までもがこの中央研究室へと突入してきた

『…おいおい、マジかよ……』

ロイドとジーニアスは背中合わせで敵を見ている

『……これは……やむを得ませんわね。』

レイリアは軽くため息をついた

『…んー…あんまし手荒な真似はしたくなかったんだけどな〜』

マリアノの声が、レイリアの氷のレイピアから聞こえた。

『…あっ!あのガマガエル逃げやがった!!追わねぇと!』


『……この状況じゃ無理……あっれ八雲!!?』

いつの間にかこの場からいなくなっていた八雲に気づいたが遅かった。

元々の影の薄さはこういう時に役立てることをボルサリーノ帽を被った晴れのアルコバレーノから指導してもらっていた。

さて、どうするかと考えていたら突然その声が響いた

『……そこまでですっっっ!!!』

聞き覚えのある声だ。どうやら無事たどり着けたようで何よりである

上の通路には、見覚えのあるピンクのキノコ、ではない。帽子をつけた少女と、紅いジャケットの少年。その手の中には翠緑の大剣。その横には長身のポニーテールを靡かせその両の手には二刀一対の曲刀と鎖鎌を携えた男がいた

『…なっ、ま、まさか、貴様らは……!!』

傭兵団の頭らしき男が、その者たちを見上げた

『エディルレイド完全保護協会、アークエイル只今推参!!……公序良俗違反、鋒煌珠虐遇罪(ほうこうじゅぎゃくぐうざい)その他諸々によりこの研究施設は完全に封鎖しました!!無駄な抵抗など考えずに法のもとで裁きを受けるのです!!』

シスカの口上で、目の前の者たちは次々と捕縛されていくのであった

そしてここは抜け道の地下である

頭取の男は護衛数名を連れて、その地下を走っていた

ここまで私腹を肥やしてきたそのツケは、頭取の体格にも出て来ている。

前に銃を構えた男と、頭取の背中を支えながら逃げている男。頭取は激しく息を切らしながら逃げている

正にこの男の末路にふさわしい惨めな姿であった

『く、くそ……!何故ここにあんな小僧共が!!ここはあらゆる角度から見ても決して見付からないと【あの方】は言っていたではないか……!!』

どう吠えても負け犬の遠吠えなので、全く説得力はないのだが男は屈辱に満ちた表情で何とかこの地下を逃げようとしていた

多大な資産を賭けて、この研究施設を立ち上げ、順風満帆、自分はその研究で稼いだ金で贅沢し放題という生き方をしてきた。そのツケが今、正に迫ってきていた

何とかしてここを抜け出し、【あの方】に庇護を申し出、新しい研究施設を貰う。金ならいくらでも余っている。この研究を続けられるならば、どんな負債を払ってでも続けたい。そう思っていた矢先であった

あぁなんて最悪なんだ。
あの子供たちが乗り込んでこなければ。

ひとり、胸のサイズが割と好みのくノ一は生かしておいてやっても良かったかもしれない。

あの美しい白い肌に、あの擬煌珠を埋め込み、私物と化してやろう。あの強気に満ちた表情が崩れる様はとくと美しいだろうと。そう思っていたのだが

『がはッ!!!』『ぐぅっ!!』

突然、短い悲鳴が地下道に谺した

頭取は何が起きたのか分からなかった

足元を見てみると、たった今まで自分を護衛していた男二人が伸びていた。

それを確認するが早いか、頭取の耳に1つ聞こえる音を認識できた

足元からよく響く踵の音は、その者が身につけている革靴の音だ。一目で上等なものだと頭取は思うと同時に、これは死神の足音だと思った

そこにいたのは、闇に紛れて活動するための漆黒のスーツを身に纏った若い男である

『……き、きさまは……一体何処からッ……何故この研究施設が分かった……』

一歩ずつ、一歩ずつ、その足音は迫ってくる。若い男は何も答えない。ただその漆黒の瞳は頭取を見つめるだけだった

八雲はこういう任務は初めてではない

あそこにいた時、割とこういう潜入任務は多かった

大体こういう任務に赴き、頭を狩るときは同じことを言われる

『何が望みだ!!?金か、名誉か!?』

あぁやはりなと

八雲は無言を貫き通す

『……金ならある!金があるなら何でも望みを叶えられる!』

こういう輩は、決まって命乞いをする時にはこう言ってくる。なので八雲はいつもこう答える

『……そんなもの必要ありませんよ。裁くのは僕ではないんで。』

八雲は懐から銃を引き抜いた

それを見た目の前の男は絶望感の滲み出た表情で八雲を見上げた

情けなく尻もちをつく。後ろは行き止まりだ。もう逃げ場はない

『…諦めて法のもとで裁きを受けてください。』

にこりとほほえみながら、八雲は男の肩に銃口を突きける

『やめろ、やめてくれ……やめ………』

『何も命を取ろうなんて思っちゃいませんから大丈夫ですって。そんなことしたら依頼主に怒られちゃうので。』

ぎりぎりと銃口を肩口に押し付け、八雲はその撃鉄とロックを外し、引金に指を添え

『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』

肥えた男の断末魔を煩わしく思いながら、八雲はその引金を引いた

パンッ!!と小気味良い音が止んだと同時に、男の意識は闇に沈んだのであった

◆◇◆◇◆◇

捕縛された研究員たちを無感情でみつめながら、八雲は報告書をパソコンで制作していた。

八雲が男に打ち込んだのは、雨の炎を纏った弾丸であった

雨の炎の特性は、鎮静なので体内に行き渡れば自然と意識を飛ばすことも出来るのである

保護されたエディルレイドと女性たちはアークエイルの本部へと護送され、エディルレイドには宿舎を、捕まっていた女性は精密検査ののち、異常がなければすぐにでも解放されるとのことだ

このあとのことは、シスカたちに任せれば解決である。

報告書を打ち込んでいた八雲の側に複数の気配が現れる。八雲は一度手を止める

『……これからどうなさるんですか?』

八雲はゼルファイナたちに視線を向けた

『今の雇い主はシリスじゃなくてアークエイルだからな。……神聖帝國の奴らのところよりかは居心地がよくてね』

ゼルファイナだ。

『そうですわね。私たちはこのままアークエイルと行動しながら、囚われている仲間の救助の手立てを考えたく思いますの』

『拾った情報は、八雲くん経由でライくんたちへも送り届けるのだワ』

マリアノも笑顔だ

『…そうだな。』

シィムも微笑んだ

『ありがたいです。それなりに先輩なら払いもいいですから、その辺りはご安心を。それと、ここの施設は先輩か連邦の方に譲渡しようと思って。』

『そうなのか?何でまた。』

『クーくんが、この菜園にレンちゃんとその御友人の思い出の花がたくさん咲いていたと教えてくれたんです。役に立つ薬草類も栽培してあるらしくて、足りない薬やデスホーネット対策のワクチンを作る拠点にしてもいいんじゃないかと』

『確かにライくんやミュリアちゃんなら薬剤の量産もできますわね。エッジくんの今の艦は輸送艦でもありますし、これからの戦い、傷を治すことの出来る物の類はいくらあっても困りませんもの。』

ライたちはエッジたちと協力体制を取ったことで、新しい薬やボムのような火薬系のレシピも大量に教えてもらったらしい

ブルーベリィやブラックベリィは食品にもなるので大助かりだ

『…なら、先輩とミュリアさん含めるカルナスのメンバーにそう申請してみますね。確か今の時間はカルナスで会議してるはず。』

『丁度いいじゃん。受けてもらえば、クードとメザーランス嬢も喜ぶな。シスカたちに言ってみるわ』

『なら僕は先輩に連絡を。そちらはよろしくおねがいします。』

ゼルファイナとシィムは休憩しているクーたちがいるトレイラーのところへと戻っていった。

シスカたちが待機しているトレーラーはすぐ近くにある。

『おや、ゼルファイナさんとシィムさん。どうかなさいましたか?』

ちょうどクーとレンも一緒にシスカたちと話をしていたところだった。

レンの方は椅子に座っており、その肩にはブランケットを羽織っている。
夕方近くなってきたので、風邪を引かないようによくこのブランケットを羽織っているらしい。レンのお気に入りでもある

『…いや、ここの施設のことなんだが』

『あれ。もしかしてお二人もですか』

も、とは。シスカの言葉に、眉を顰めるゼルファイナにローウェンが言った

『今、クーとレンちゃんにこの施設で見たもののことを聞いてたんだ。この施設をライか連邦の方に任せたいって話だったりする?』

『何だよ、もう話してたのか。余計なお世話だったかね』

無造作に伸びた髪をガシガシとゼルファイナは掻きながら言った

『いえ。そんなことはありませんよ。ライさんなら悪用することはないと思いますし。問題はうちの上司……まぁライさんだからなぁ……』

『おいシスカ。そのことについてファルクに連絡取ってやったぞ』

『Σ仕事早っ!!それで総監とクルス補佐官は何と?』

『ファルクもクルスも20年後のライから、ここの施設をこの時代のライに受け渡すようにとラブレターが入ってたようだぜ。』

バーグレットの言葉にシスカは驚いていた。無理もない。あの鬼と言われているファルクが従ったのである。当たり前といえば当たり前だ

理由が気にはなるが、ライのことだ。アークエイルの機密情報までも知っていたので逆らわないほうが無難だと思ったのだろう。賢明な判断だ

一体どこまで手を回しているのかは分からないが、これは従った方がいいと思った。

そのことをクーとレンに話したらふたりとも嬉しそうにしていた。

保護対象のレンの要望は出来るだけ叶えてあげたいと思っているし、彼女とパートナーのクーが言うのだ。これでいいとシスカは思った。

◆◇◆◇◆◇

『今お前がいる施設を俺と連邦に?』

報告を聞いていたライが八雲に疑問を投げた

『ええ。貯蔵はいくらあっても困らないと思うので。勿論常にこの施設にいろって訳じゃないです。ちゃんと正規の保護官も留守の間は配属させるって。………人件費諸々はアークエイルが負担してくれるそうで。』

『八雲!グッドタイミング!ちょうどその話をしていたところなんだ!うちのカルナスは輸送艦でもあるから、被災地に物資を届ける分やカルナスの補充の拠点にさせてもらえるなら願ったり叶ったりさ。でも…………こちらとしては費用の援助もやらせてほしいと思う。』

横ではエッジがレイミと話を聞いていた。レイミもうんうん、と頷く。

『それにしても……チェン大人の次はアークエイルのお偉方から施設を譲られるとはねぇ……。』

軽くため息をつくライである。

『ならOK出してもいいですか?後ろでレンちゃんとクーくんがそわそわしてて』

苦笑している八雲である

『…ん。分かった。俺はちょっとミッドガンドに行く用事ができたから、用事が終わったら顔見せるよ。エッジたちに卸せる商品探しに行くことにしたんだ。その施設の情報、後で俺の端末に座標と一緒に写真入れといてくれ。』

『ミッドガンドですか。彼らに示した期日そろそろですし、あそこもそれなりに資材があり、自然も豊かですもんね。わかりました。後ほど報告書と写真と一緒に座標も書いたのも入れておきます。』

そう言って、お互いに通信を切った

『ライはなんて?』

キーアが煎餅をバリバリ食べながら聞いてきた。

『はい。了承も得ました。クーくん、レンちゃん。ここの施設の保護決まったよ。』

『ありがとうな!よかったな、レン!』

『……うん。ありがとう。八雲』

『良かったね、レンちゃん。八雲もありがとう』 
 
ローウェンも自分の事のように微笑んだ

『ここを譲渡するなら、設備の安全確保も必要ですが、これはまたライさんとエッジさんと合流した後でいいでしょう。

それとは別に私達は私達で保護したエディルレイドさんたちと女性の方々の護衛諸々がまだ残ってますね。……クーさんとレンさんはどうしますか?』

シスカの問いかけに2人は顔を見合わせた

『俺は残るけど……。護衛なら多いに越したことはないし、元々一緒にいたんだしな。………あっ!レンは大丈夫か?疲れてないか?』

『うん。まだ大丈夫。クーが残るなら、パートナーである私も一緒じゃないといざというとき対応出来ないもん。』

そんなこんなでレンとクーは残るようである

『後始末は元々は俺とエンディーとロイドたちでやる予定だったから、俺の部下であるシスカ、ローウェン、キーアは当然だが……クーとメザーランス嬢も残るなら無理しない程度に手ぇ貸しちゃくれんかね?』

バーグレットの言葉にクーは胸を張り得意気に笑っていた

『おー。任せとけ!頑張ろうなレン!』

『うん。クーと一緒なら大丈夫。』

へへと、クーは照れくさそうに頬をかいた。微笑ましい光景である。

『なら、八雲さんは先に宿へ。後始末の戦力はもう充分ですし、中に行けばゼルさんたちもいます。先に宿へ戻って、待機しているコレットさんやリフィルさん、プレセアさん、リーガルさんと一緒に救出された方々のケアをお願いしたいのですが。
……今日は冷え込むらしいので、ホットミルクやココアを振る舞ってあげてください。あっ!でも、リフィルさんは厨房に入れてはいけませんよ!』

わりと心配性のシスカに八雲は苦笑した

『あははは。わかりました。リーガルさんが料理上手なので適任ですね。………なら先輩に色々送る書類も作らないとダメなんでお言葉に甘えさせてもらおうかな。リーガルさんに頼んで、後で夕ご飯の差し入れします。』

『差し入れ!!?やった!!!』

目を輝かせたキーアが喜んだ

『まだ食べるの!!?』

ローウェンのツッコミが炸裂したところで、八雲はシスカたちと一端別れたのであった
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