第24章

朝霧八雲はこの日、ライに言われて神聖帝國騎士団が経営しているという研究施設に潜入していた

この場所は、セレナやミレイシアのような純粋なエディルレイドとは違う人工的にエディルレイドを作るための施設の1つだ。

この研究所の本部はシスカたちの世界の煌珠楽園(エディルガーデン)という所にあるのだが、そのエディルガーデンはかなり昔に、クーたちが沈めていたりする。


【フィアズーフ=エクリロール】

通称【フィロ】。

普通の人間の女性の身体に人工核石を埋め込み、身体の一部を武器にして戦うという存在を創り出す。所謂使い捨ての駒

あろうことか神聖帝國騎士団はそんなことすら平然とやってのけていたということだ。

何とも胸くそ悪い話しだと八雲は身を隠しながら思った

八雲は気になってここに来る前、この研究を認可したのはシリスなのではとライに聞いてみたが、彼はそれを完全に否定していた

【この研究を認可したのはあの頭がガチガチのシリスではないのかと言われそうだが、アイツはそういったことは許せないような人間だと思う】と。


そしてその研究の本部があるエディルガーデンがクーたちにより落とされたのちどうなったのか定かではないが、何の因果なのかたまたまその施設を見つけたライが八雲に潜入捜査を指示してきた


表向きには、シスカたちがエディルレイドの保護のための仕事と、闇取引で売られそうになっているエディルレイド、捕まった女性たちの保護なのだがそれだけでは済みそうにないのが難しいところである


その囚われたエディルレイドと女性の中に、かつてライたちと剣を交えたレイリアとマリアノがいると、再会したゼルファイナとシィムに言われたのだ。

施設は破壊することも視野にあるらしいがその時の状況次第だとシスカに言われたばかりだ

ここしばらく、ずっとこの施設にいる時にそのための準備をしていた。

そこで出逢ったアークエイル所属のエディルレイドと調査員は優秀である

施設側の理不尽のせいで、今もなお普通の人間の女性やエディルレイドがこうした迫害にあっているのは、この世界の汚いところだった

一応原界にはミレイシアを置いてきてはいるのだが、対エディルレイドプレジャー用に、ミレイシアは連れて来るべきだったかも知れないと少しだけ後悔した

普通の人間相手ならまだしも、相手がエディルレイドと契約した人間ならば話は別なのだ

エディルレイドの攻撃は基本的にエディルレイドしか防げなかったりする

まぁ中には例外もいる。アークエイルのシスカだ。

今はアークエイルと契約している煌珠狩人(エディルレイドハンター)のヴォルクス=ハウンドとは銃火器とその拳で立ち向かったらしいのだが。
まぁこの話は置いておくとしよう

と、いうわけで(どういうわけだ)八雲はシスカから受け取ったエディルレイドの能力を完全に封じる道具である封煌符という者で渡り合ってきている。

【多分フィロさんズには効かないでしょうけど】と、前もって断られてしまったが

何分女性ばかりのフィロたちなのでやりづらいことこの上なかった。

自身にも姉である氷雨、妹のまりかがいるのであまり酷いことはやりたくないのだ。

あと弟は多分、今頃前の上司であった男に捕まっている頃だと思う。

すまん翔(かける)、姉貴、かわいい妹よ。もしかしたら、俺もう帰れないかもしれない。みんなの好きだった店のケーキ食わせてやるって約束して出てきたのに。

八雲が身を隠しながら研究施設のマップを確認している時、その声は急に響いた

『おいおい同胞。何この世の終わりみてぇな顔してんのよ。』

あまりにも軽薄な声。そしてあまりにも聞き慣れた声である

目の前のバンダナで長髪の男と、その横には同じ色のバンダナを頭につけ、漆黒の長く艷やかな後ろ髪を切り揃えた長身の女性がいた。

闇に紛れて活動することに特化した二人は、以前八雲の恩人へと犯したことなど何のそのという態度で現れた

この依頼をアークエイルと自分に持ち掛てきた張本人たちだ。

『あぁ、あなたたちですか。ゼロスさんとしいなさんは?』

至極忌々しげに八雲は眼の前の男、ゼルファイナ=スカーレットに視線を移した

『嫌われているな、マスター』

感情のあまり籠もらない声でゼルファイナのパートナーのシィムは言った

『本当それな。……まぁ無理もねぇけどさ。』

『僕は貴方のこと許した訳ではありません。よくもうちの先輩をあんな目に』

何とも見上げた忠誠心だとゼルファイナは思った。

彼がたまに発するこの突き刺すような殺気。流石元イタリアの巨大マフィアの人間である。

『悪かったって。が、今は仕事中だ。その殺気隠した方がいいぜ。……あの2人なら職務を全うして今こっちに合流してる途中』

うっかり感情的になってしまった自分を制し、八雲はグッと言葉を飲み込んだ

『おーおー。相変わらず仲良しだねぇお前ら。』

もう一つ軽薄な声が聞こえた。

その声の持ち主の男は美しい真紅の髪を揺らし、その瞳は蒼い色。淡い桃色の装束は一目で上等なものだというのが分かる

『何処がだよアホ神子。まぁ八雲も今は抑えときな』

もう一つは女性の声だ。その女性は黒髪を後ろで結わえ、その装束は紫色の忍装束。頼りになる姉御肌の彼女は潜入に長けたミズホの民の現在の頭領である

『ゼロスさん、しいなさん、ご無事で?』

『まぁこのアホ神子とゼルのおかげでね。エディルレイド、だっけ?なかなかとんでもない強さだねぇ』

手持ちの札を弄びつつ、しいなは言った

『俺さま的にはかわいい娘いっぱいで最高の気分〜♪モチベもバッチリ。しばらく野郎共に埋もれて仕事してたからな。やっぱ癒やしは必要だわ』

この個性的な面々が今回の仕事仲間である

ちなみに人選したのはリフィルとシスカだ。侵入に長けたしいなは大いに助かっている。

いや、しかし人選間違えてないか。こんな女性しかいないところにゼロスを連れてくるとかと、普通に八雲は思ったが言わなかった。

ゼルファイナはエディルレイド戦ならばかなりの経験者だし、ライを追い込んだ実力は認めたくないが本物である

ゼロスもいつもはこんな調子だがやるときはやってくれるし、女性の扱いは不本意でもあるがプロ。

その証拠にここまで遭遇してきたここの施設の護衛のフィロと男性の兵士たちは伸び切っている。

男性たちの方はフィロたちより重傷のような気がするが、、、

現在、シスカたちアークエイルは離れた位置で様子見をしつつ、何があっても対応出来るように、同じくエディルレイド戦に場馴れしているローウェンとキーア、クーとレンを待機させているのだ

クーとレンは最後の切り札なので基本的にはキーアとローウェンが戦闘を担当している状態だ。キーアのために大量の食料も準備している。

キーアの回復方法がとにかく食べることなので、戦闘が終われば資金の消費も激しいのだ

全くこのアホ神子は……。と、しいなは肩を竦めた

『とりあえず揃ったので作戦内容をもう一度確認しましょう。』

ドサリ、と警備が倒れた音を確認したのち、八雲たちは空き部屋へと場所を移した

『シスカさんとゼルファイナさんたちからの依頼は【地下に囚われている被験体と闇取引に使われるエディルレイド、及びレイリアさんとマリアノさんの救出と保護。】セキュリティを解除する班と地下の被験体とエディルレイド及び、レイリアさんたちを救出する組に別れ、被験体とエディルレイド、レイリアさんたちを救出したのを確認したのち、施設の状況次第でどうするか決める。……ここまでで質問は?』

場馴れしている幹部クラスはやはり違うなとゼルファイナは思った

『特にはないねぇ。こういうのは初めてじゃないし』

しいなである

しいなとゼロスはロイドたちと一緒に旅をしていた時に人間牧場という施設を破壊し爆破してきたのでこういった荒事はなれている

『施設攻略とか、ロイドたちと旅してた時以来だな。あのときはリフィル様にプレセアちゃん、コレットちゃんもいたから楽しかった』

ゼロスは、ロイドたちを誰よりも信頼していた

現在ロイドたちは統合された世界で頑張っている。

コレットは神子として次元の歪みを通り流れ着いたものたちの受け入れを、リーガルもレザレノの会長としてコレットたちの支援を、プレセアもそれを手伝って魔物の討伐と簡単な寝床の準備などもしているし、足りない食器類を木こりとしての腕を活かして、いちから作っているのだ。

ジーニアスとリフィルもハーフエルフとしての知識と、魔術に長けた力、リフィルは学者としての豊富な知識と経験を生かして尽力している。

リフィルは遺跡が絡むとアレだが、その知識は確かだし言語能力も豊富だ

ロイドもマルタやエミルと共にあちこち飛び回っているらしいのであまり逢えてはいないのだが、定期的に連絡は取っているらしい

ちなみにゼルファイナがここにいるのは、レイリアとマリアノと共に今はアークエイルを雇い主にしているからである

シスカとローウェンに正式にアークエイルとして働かないか?と問われたらしいのだが、二人はそれを拒否

理由としては簡単だ。神聖帝國騎士団の配下にされてしまった自分たちのギルドの仲間たちを見捨てる訳にはいかないという理由だからだ。

だから前の雇い主の神聖帝國騎士団の人間たちには自分たちを死んだという風に偽装している。

まぁ元々はシリスが雇い主なのでそのうちバレてしまうのは明白なのだがしばらくは大丈夫だろうとライも言っていた

八雲もライとシリスの因縁はかなり昔から知っていたし、恐らくシリスのことを一番分かっているのはライなのでそのあたりはどうとでもすると

少し心配なのは否めないのだが、悪いようにはならないと信じたいと思う。

『救出班はゼルとゼロス、解除班はあたしと八雲だね。』

『また野郎と組むのかよ。まぁシィム様がいるからいいけど』

『その辺りは任せてくれ』

武器化したゼルの相棒のシィムが言った

『仕方ないだろ?機械の扱いあたしはリフィルみたいに得意じゃないし、八雲が解除してる間の護衛頼まれてんだしサ。それにマリアノとレイリアが捕まってんだろ?ゼルが行かないわけにはいかないからね』

しいなの的確なツッコミに八雲は苦笑した

『わりぃな、頭領殿。あとテセアラの神子サマ、これ終わったらいい場所教えてやっからさ。付き合ってくれよ』

『やったぜ俺さま頑張る』

何とも切り替えの速い男である。単に女好きなだけなのだが

『もういいですか?そろそろ時間ですし』

まぁシィムがいる限りはゼロスもモチベーションは保てるだろう。八雲は改めてセキュリティの解除の手順を反芻した

◆◇◆◇◆◇

地下に潜ったゼルとゼロスは雨漏りの音を聞きながら奥を目指している

地下は案の定牢獄になっており、ほとんどもぬけの殻なのだが、奥の方からは確かに気配はした。

ゼルの手にはシスカが改造したエディルレイドを感知するための装置がある

複数の反応があるのはこの奥からである

どんなエディルレイドがいるのかは分からないのだが、前もって登録された識別番号でシィムとマリアノの反応は追える。それを辿れば救出目標も自ずと発見出来るであろうと 

『それにしてもお前あのライをしばらく再起不能にしたんだってな。流石に驚いたわ』

道すがら、理性を無くした実験動物にされていた魔物たちを切り裂きながらゼロスは言った。

ゼロスはこの魔物たちを眉を顰めながら見つめていた。まるで天使化していた際に、心を失って敵意のある者は防衛本能のまま容赦なく吹き飛ばしていた頃のコレットのようだと。

『龍神の契約してるあの兄さんのことね。いや、オレも結構ギリだったぜ。結局は標的にされてる龍神様にやられた訳だし』

ゼルファイナはあの時のことを思い出しながら言った

『まぁあれは仕方ない。マスターは肝心な所で気を抜く癖があるから。』

容赦ない的確なシィムの突っ込みにゼルは黙り込んだ

『どっひゃー。シィムさま割とキビシー。でもそういうの嫌いじゃないけど』

リフィルも冷徹なところもたまにあるのだが、それも全ては教え子のロイドたちが道を誤らないためにしていることである

『マスターは調子に乗り過ぎだし、神子、お前も似た者同士な気がするぞ。』

あまりにも的確すぎる観察眼にゼロスは少々萎縮してしまった

そんな二人を見て、シィムは苦笑した

『人より少し長く生きているといらないところばかり増えてしまうな。まぁ、これから会う彼女たちにご教授してもらえ。』

『……ご教授って楽しいことならいいけど、痛いのは勘弁だぜ〜』

背中に冷たい汗をかきながらゼロスは言った。

そんなくだらない会話をしていると、大きな扉に辿り着いた。セキュリティのためにロックがかけられている扉だ。

目標はこの先の区画に幽閉されている。

『一旦ここで打ち止めだな。下手に手を出したら何が起きるか分かんねぇし。』

コンコンと重厚感ある扉を軽くノックする。普通ならこういう厳重な施設にはカードキーなりパスコードなり色々と仕掛けられているはずだが、この施設にはそれがない。

この施設は、研究区画、セキュリティを管轄しているセキュリティ区画、現在ゼロスたちがいる監獄がある区画と別れている。

まずは八雲たちがセキュリティ区画の中央部分を押さえる必要があるのだ。

『どうしたんだ神子サマ。さっきから難しい顔してっけど』

ゼルの声にはっと我に返りゼロスはいつもの調子で答えた

『えっ?これから見る新たなハニーたちと出逢うわけだから俺さまドキドキ的な』

『バッカ。オレにそういうの通じねぇだろ。シィムの言う通り似た者同士らしいしな。オレら』

ゼルの言葉にゼロスは

『…………ちょっっと嫌なこと思い出しちまってな〜。まぁあんま気にすんな』

少しだけ墓穴を掘ってしまったようなので、ゼルファイナは話題を切り替えることにした

『…そういえばそろそろ後続班と合流の時間だったな。基本的に隙を見せない神子サマが心を許して信頼してる連中に興味が湧いた』

それを聞いたゼロスはしばらく考え込んだのち

『あー。まぁ、どこにでもいる単純熱血な連中よ?まぁすぐわかるでしょーよ』

そう言っていると、天井にある通気口がバコッと音を立てて落ちてきた。

◇◆◇◆◇◆

『それにしても異世界でもこんな胸くそ悪い実験してる連中はいるもんなんだね。全く反吐が出るよ』

しいなと八雲がいるこの場所はセキュリティを一括に制御する区間にある制御棟である。

地下の方より、だいぶ警備も厳重なのでしいなと八雲の気配を遮断できるような者たちが一番制御棟の掌握には適任だとリフィルが言っていた

『…そうですね。僕もそう思います。』

八雲はメインコンピュータにアクセスして、この施設全てのセキュリティシステムを掌握するために忙しなく両手を動かしている

しいなはそれを興味深そうに見つめる

八雲が広げたノートパソコンにはあらゆる世界の何万通りもある、文字の羅列。当然しいなには一部を除いて読めるものは限られているのだが

『これ、全部リフィルがやってた……何なんだいこれ』

『…ここのセキュリティシステムにアクセスするためのパスワードみたいなもんですね。ここからこのセキュリティシステムにアクセス出来るパスワードを探します。………とりあえずそれっぽいキーワードを組み合わせて、数万通りのパスワードを生成してみました』

しいなはそれを聴いて目を見開いた

『さっき会話しているうちにかい!?速いねぇ……。リフィルもすごいけど、アンタも凄すぎるよ』

それはどうも、と八雲は再び自身のノートパソコンに視線を落とした

『あっ。』

適当に上から順に入力すること数分

目の前の画面に【ALL CLEAR】の文字が出ていた。

『当たってしまいました。』

よくもまぁ簡単に言うなとしいなは素直に思った

『あとはセキュリティシステムを解除してくだけですね。…………温いな』

最後に一言聞こえた気がしたが、しいなは何も言わなかった

流石に元巨大マフィアにいた幹部直属の男だとしいなは思うが、それは次の瞬間打ち砕かれることになる

『貴様らここで何をしている!!?』

お決まりの台詞と共に出てきたのは数人の兵士だった

しいなは特に驚くでもなく、持っていた札を素早く構えた

『来たねぇ、ロクでなし。悪いがこっちは取り込み中サ。黙っててもらえるかい?…まぁ無理だろうけども』

『かかれ!!』

そんな掛け声と共に兵士たちはしいなと八雲に襲いかかった

『やらせないよ!!』

そう言ってしいなは懐から、一枚の札を取り出した

『……蒼冷めし永久氷結の使徒よ。契約者の名において命ず、出でよ、セルシウス!!』

こちら側の戦力はしいなしかいないので、格闘技が得意なセルシウスを呼び出し、余剰兵力を増やす戦法である

『この女、召喚士か!!』

『そういうこと。………さぁ行くよセルシウス!』

主であるしいなの指示と共に、セルシウスとしいなは兵士たちを相手にすることにした

◆◇◆◇◆◇

『ゼロス、生きてるか?』

通気口を派手にぶっ壊して現れたのは鳶色の跳ね髪を揺らし、真紅の衣装を纏った青年と

『ゼロスが簡単に死ぬわけないでしょ。ゴキブリ並みの生命力だしね』

もう一人は銀髪の髪が印象的で、水色の服に特徴的な模様が描かれた衣装を纏ったまだ若い少年だった

『何かがきんちょの方から一言余計なこと聞こえた気がするんだが。意外と速かったな、ロイド、ジーニアス』

ロイドとジーニアスと呼ばれた二人はにっこりと微笑んだ

『気のせいじゃない?………ここまで来るのに案内人がいたからね』

ジーニアスの言葉に微妙に不服そうにしていたゼロスだが、ジーニアスの案内人という一言に、ゼルファイナとゼロスは顔を見合わせた

『ところで囚われてる人たちはこの先なんだよな?』

固く閉ざされた扉をロイドは見上げながら言う

『そーそー。今セキュリティの解除待ち。そのあと八雲としいなもこっちに合流する手筈だ』

『そっか。ならここで待機だな』

『ゼロスとゼルファイナさんが周辺の警備兵たちを縛ってくれてたから楽に潜入出来たね。』

ジーニアスの言葉にロイドはそうだな、と微笑んだ

しばらく扉の前で二人を待っていたら二人分の足音とともに気配が近づいてきた

『みなさん、ご無事で!』

八雲の隣にはしいなとセルシウスも一緒である

『しいな!セルシウスも!』

ロイドが二人に気付いて手を振った

『ジーニアス、ロイド!無事にここまで来れたようだね。よかったよー』

しいなもつい笑顔になってしまう

『ロイドばっかズルい〜。しいな、俺様にも何か言ってよ〜』

ゼロスのいつものそれにしいなはさも面倒くさそうにため息だ

『…アンタのことは最初から心配してなかったサ。』

そんなやり取りを後ろにやりながら、八雲は早速目の前にある重たい扉を視界に入れた

扉の前には煌珠たちの力を封じるための封煌符が嵌め込まれており、更に複雑怪奇な術式が刻まれている

『えーと。確かこの術式はあの世界の……』

八雲は持ってきていたパソコンを開いて、確認をした

そこにはとある異世界の術式があった。
解除するための術式を手早く入力していくと、何重にも重ねがけされた術式が解除されていく

『…八雲さん、仕事早いってよく言われない?』

ジーニアスがその作業を横で見物しながら言う

『ふふ。ジーニアスくんならこんなのすぐ覚えられるよ。』

『本当?ねぇ、それ、教えてくれない?まだこういった術はたくさんあるって姉さんにも聴いてさ。……もし役に立てるなら少しでも頭脳班の仕事を手伝いたいんだボク。』

『ええ、もちろん。ディオネに行くまでまだ日付はありますからその間に教えてあげるよ。』

『本当に!?ありがとう、八雲さん!』

嬉しそうにしているジーニアスを見て

『……あんなに人間嫌いだったガキンチョがあそこまで八雲に懐くなんて、人は変わるもんだなぁ』

ゼロスの言葉にジーニアスは彼を見た

『勘違いしないでよ。今でも人間は嫌いだよ。だけど、ロイドたちや八雲さんは好きだから。それに…変わったのは、ゼロスもじゃないか。』

『まぁ。お前らのために、割と体張れるくらいにはな』

それを聞いていたロイドが

『難しいこと考えるなって。皆が皆、それぞれ自由に生きれるならそれが一番だろ?』

あの旅で変わったのはゼロスやジーニアスだけではない。ロイドやコレットのおかげでみんな変わったのだ。

本当にロイドとコレットには感謝しかなかった

そして重苦しい音と共に、目の前の扉は開かれた

『さぁ、こっからは気合い入れていこうぜ!』

ロイドの一言に、全員頷いた

そんな目の前の協力者たちを、ゼルファイナとシィムは見つめていた
◆◇◆◇

場所は少しだけ変わって、ここは橋上聖都プランスールである


あの後、ライたちは倒れたロリセと救助した冒険者たちを救護院と聖堂へと搬送した

ライから事の顛末を聞いて、フリットはロリセのベッドを確保してくれていた

『…相当無理をしていたようだね。精神的疲労にくわえて、体温が乱高下し過ぎて意識が消えたようだ。……砂漠だと体温自体上がりやすいから……彼女の場合、34から39とか40までの体温の乱高下が数十秒単位で起こっているんだ。見てご覧』

フリットはベッドの横に置いてあるカルテを手に取った。

ライはそれを視界に入れる。  
確かに体温の変動が数十秒単位で起こっているのが確認出来た

低体温や、高体温はそれだけで昏睡状態のような意識障害の原因になるらしい

常人だと普通は死ぬであろうが、なぜかは分からないが、回復力が高いらしい

こういう場合は、数時間ほどよい温度環境のとこで休息が必要なのだ


『今は涼しくしたこの病室で栄養剤を投与している。直に目を覚ますだろう。……とはいえ、しばらく絶対安静だからね。』

『……はい。ありがとうございました。先生』

静かに寝息を立てているロリセを見ながら、リルとクレイドはフリットに礼を言う。

当面の生活資金の確保のためにアルバイトをしているシェリアがタオルと着替えを持ってきたのを横に見ながら、ライはそっと病室から出ていった。

ロリセはシェリアとリル、クレイドに任せれば大丈夫だろう。

救護院を出たところに待っていたのはアスベルとペリドットだった

『ロリセの方は大丈夫なの?』

ペリドットの質問を聞きながら、アスベルとライ、ペリドットは夕暮れの三日月浜へと続く長い坂道を降る

『…しばらくは絶対安静だってさ』

ライは救護院を出る前に、クレイドに呼び止められ、ロリセのこの体質のことは出来れば口外しないで欲しいと頼まれた。
あまり口外すると、ロリセが嫌がるからと。

『無理もないな。この前、ロリセと少しだけ話をしたけど明らかに顔色が良くなかったし』

アスベルはこの襲撃の前にロリセと話したらしい。そこでリルとクレイドのことも聞いたのだろう

『……そっか。カルナスが動くようになるまで、まだ当分かかるだろうし、休む時間ならあるから大丈夫だよ。みんな連戦で疲れてるだろうし、今はしっかり休まなきゃな。』

『それはライもだろ。アンタはいっつもギリギリまで働くんだし?』

『うっ。……みんなはどうしてる?』

痛い所を幼馴染みに突かれつつ、しばらく歩いていけば、三日月浜にたどり着いた。目の前に広がるプランス海峡は今日も変わらず穏やかだ。

砂漠帰りの俺とアスベルには丁度いい避暑地なのである

そろそろ日が沈みそうな頃合い、ペリドットが夕方の見回りを終えたらしく、アスベルと一緒に救護院に赴いたところに俺が出てきたらしい。

『治癒術が使える連中は、重傷患者から先に治療に当たってくれてるよ。……あ、これ、シルヴィアさんとローズからの差し入れ。シルヴィアさん特製のソルティライチシロップと、ローズが焼いたパン!』

聖堂は怪我人で溢れかえっているし、治療の邪魔にならないようにと、何人かはそれぞれの用事を済ませたあと、この三日月浜にキャンプを張ることになっている。

腹ごしらえのあとで、キャンプファイヤーを張るために薪も俺の家から拝借してきた。

別にそこまでやらなくてもいいと、カルセドニーには言われたのだが、ルーシィとリルハちゃん曰く『折角海があるんだし、昼は泳ぎたいし、夜は星を見ながら海キャンプとかしたい!!』と言われたらしい。

ロリセちゃんが元気になったら、バーベキューパーティーと花火もやろうという話になった

確かにこの三日月浜はそれなりの広さはあるからバーベキューパーティーや花火くらいなら出来るだろう。仲間との親睦も更に深めたいと思っているのはルーシィとリルハちゃんだけではないらしい

『おっ。パン焼き立て!ローズのクロワッサンサンドは久しぶりだな。ベーコンエッグある?』

『ライはクロワッサンサンドのベーコンエッグ好きだもんね〜』

『…いい匂いだ……腹減ってきた……』


アスベルがそのバスケットから薫ってくるパンの香りに幸せそうな顔をしている。

バスケットに入っていたのは、焼き立てのクロワッサンに野菜やハム、たまごサラダとベーコン、ポテトサラダをサンドしたクロワッサンサンド、チーズパン、ウィンナーロール、カレーパン。

カットされたフルーツ数種類。

紙袋に入っていた物は、シルヴィア特製のソルティ・ライチシロップと3本の水筒。水出し紅茶と、キンキンに冷えた水、麦茶があった。

水はソルティ・ライチシロップの希釈用だ。これで薄めれば最高の水分補給と塩分補給になるし、麦茶も水分補給に最適の飲み物だ。本当にありがたい。

携帯できるマグカップを取り出し、俺とアスベルとペリドットはまずソルティ・ライチシロップをマグカップに好きな量入れる。

発汗による塩分補給のためと、三日月浜で状況整理という名の間食タイムである

『あ、そうだ。その軽傷の人たちは適当に休んだあとここを立って、例の詐欺集団にカチコミするってさ。』

『か、カチコミ!!?それ大丈夫なのか?』

アスベルはチーズパンを割りながら言う。中から溢れてきたトロトロのチーズが見えた。これもまた美味しそうである。

『状況知ってるヒスイとコハク、アーメスもいるからバカなことにはならないと思うけどなあ。』

俺はサクサクのクロワッサンサンドを齧りながら嘆息した。

◆◇◆◇◆◇

『レイリ、マリアノ、無事か?』

再び研究施設に移り変わる。

扉を抜けた先はそのまま地下への階段が続いており、それを辿っていくと突然灯りが見えた。不思議に思いながらも足を踏み入れれば、そこにはまた豪奢な空間があった

牢獄のはずなのに、そこは驚くほど整えられており、そのフロアだけ居住区と化している。

足元には高級そうな絨毯、通路の所々には、調度品の花瓶もある

ロイドたちはその様子に虚をつかれたのか目を見開いている

ゼルファイナたちがいる部屋は、そんな一室だった

『思ったより早いですわね。流石アークエイルというところかしら。』

高級ソファに優雅に腰を掛けているレイリアは微笑んだ

『どういうこと?確かここ研究施設なんだよね。あくどい実験もしてるって聞いたけど』

ジーニアスの質問は最もである。 

『ええそうよ。それはここまでの道中の状況が全てだと思う。……でもここは、何だかとっても快適で贅沢。それは、純粋なアタシみたいなエディルレイドは貴重だからって理由だけど、完全に嘘。あいつらこうやって何も知らない幼いまだ子供と言える時から、アタシたちエディルレイドを懐柔して、逆らえなくしてきたんだワ』

レイリアの向かい側に座っている白いフードの少女のマリアノはオレンジジュースを持っていた。

『奴ら、クルシスと何ら変わらないじゃないかい!』

『………………………』

ジーニアスも複雑そうな顔をしている。かつて友と思っていた、いや、今でも思っている。

あのハーフエルフの彼をジーニアスは思い出した

『他の人たちは?』

ロイドがそんな親友を見て、他にも囚われている人たちのことを口にした

八雲はマリアノの手首につけられていたエディルレイドの能力を封ずる文字が書かれたブレスレットを取り外す

『ありがと。他の子は上にある実験室に連れてかれたワ』

『この先の階段から直接研究区域まで出れますわ。案内します』

見張りをしていたしいなが、問題なしと合図を送り、八雲たちはその階段から研究区域へと足を踏み入れる

ここに来るまでに、八雲がセキュリティシステムのアンドロイドの動きを停めていたので、道中は自分たちが起こした暴動で解放された魔物たちが、今までの恨みを晴らすかのごとく、研究員たちを攻撃しているのを横に、八雲たちは目的の施設まで走り抜けた

ジーニアスを襲ってきた魔物を八雲は素早く腰のホルスターから銃を引き抜き、その魔物を青い水のような炎を纏った弾丸で打ち落とした。

それをまともに受けた魔物、ウルフはまるで眠らされたかのようにその場へと倒れた

『今のは?』

ホルスターに再び銃を仕舞う八雲を見ながらロイドが問う

『雨の炎の【鎮静】の効果です。この銃弾は特殊でして。分かりやすく説明すると、この銃から放たれる弾丸に触れた相手の動きを鈍くする、みたいな感じです』

八雲はとある地球圏にある巨大マフィアの協力者でもある財団の頭目の幹部の部下の一人でもあった。
相方の女性がいたのだが、彼女とはしばらく逢っていない

『…いや、しかし、これは鈍くなるどころか完全に意識飛ばしてるぜ?』

ゼロスは魔物を突きながら言う

『…そういった力なんですよ、この炎の属性は。僕の知ってる6人の幹部の一人には、5属性の炎を操る人もいますからこんなのは序の口です』

それでも充分強いと思う、とここにいる全員は思った

『確か、八雲さんは格闘技も使えたよね。じゃあ今まで対峙してきた相手はその雨の炎を纏った拳で鎮静してたってこと?』

ジーニアスの質問に八雲は正解です、と微笑んだ。

『…へー。よくわかんねぇけどすげぇってことだよな!』

ロイドの言葉に、ジーニアスは話聞いてた?と、突っ込んだ

いつもの光景である。

『お話はそれくらいにしたほうがよさそうだよ』

マリアノの声に全員はそちらに視線を向ける

そこには、身体の一部を武器へと変化させたフィロたちが立ち塞がっていた

よく見てみると、彼女たちの形態は様々だった。ある者は手をカマキリのような腕へと変化させた刃、またある者は背中に羽根をはやした有翼体、蜘蛛のような姿のフィロ。あまりにも酷い人体実験により身につけた悲しき力。

『…間にあわなかったのかい!?』

『いーや。ミズホの頭領。こいつらの身体をよく見てみろ。懐かしい紋章が見えるな、レイリア』

ゼルファイナの言うとおり、彼女たちの身体には見知った紋章があった

【オルガブレイド】の紋章。つまり

『…私たちを始末しに来た、ということかしら』

マリアノは被っていたフードを剥いだ。

『つまりは私達が生きてるってことがあちらには筒抜け?』

シィムである。

『…あのろくでなしが情報操作ミスるとは思えないのでそれはないと思います』

『それライが聞いたら怒るよ。』

いや、彼女たちの場合、一矢報いることなど考えてはいないだろう

所詮、彼女たちは使い捨ての駒だ。救われることもなければ救うこともないと思っているのだろう

ただ、命令され、邪魔者を排除しろと言われたならば、その命令に従う。彼女たちにはそれしか生きる道は残されていないのだから

何故か。

成果を挙げれば、本物になれると聞かされているからだ

成果を挙げれば、本物のエディルレイドになれると

有り得ないのに


『…本当に…こうするしかないんだよな』

ロイドは二刀を抜き放ち

『腹の石みたいなのを砕けば砂のように消える。』

しいなだ

『…まぁ可哀想だけど仕方ないよね』

ジーニアスも懐から集中用のけん玉を取り出す

『やりづれぇったらねぇよな全く。俺様、基本、女の子には超〜〜優しい〜〜んだけど〜』

ゼロスだ

『甘いこと言ってたらあっという間にぶっ飛ばされんぞ。相手は女性とはいえ大量生産(マスプロ)の兵器だ。まぁここで倒してもどうせ次が出来るだけだけだがな』

ゼルファイナはシィムと同契(リアクト)して、その手に漆黒の大剣を握った

『全くおもしろくもないですわね。いいでしょう。少しお仕置きが必要そうですわ』

敵を凍て付かせるための力を振るうためにマリアノはレイリアの腕に握られた

辺りが凍りつく程の力を迸らせる彼女は、相棒を護るための冷たき氷の刃

『動きを止めれば勝利です!ロイドくん、ジーニアスくん、あまり構えすぎないで大丈夫ですよ。………後のことはあの人たちがやってくれるでしょう。
貴女たちも……もう疲れましたよね?………せめてこのすべて洗い流す雨の炎で安らかに眠ってください。』

出来るならば彼女たちも親元へと帰してやりたかったがそれは難しそうである

そう言って八雲は銃に弾丸を込め、銃口を彼女たちに向けた

『先輩!せーんぱい?』

研究所すぐ近くの待機場所で、【エディルレイド完全保護協会アークエイル】のシスカはもの思いに耽っていた

『…何ですかローウェン。ただでさえファルク総監の目を盗んでここにいるのに、あまりうるさいとバレますよ。バーグレット指揮官の保護下とはいえ』

エリートから下働きに降格させられたシスカたちは当時協力してくれていたはぐれアークエイルであり、アークエイルの総監であるファルクの個人的懐刀のバーグレットとそのパートナーのエディルレイドのエンディーの指揮下でシスカたちは働いている。

バーグレットとエンディー。彼らはこの研究施設に侵入し、調査をしていた協力者だ。

『あっ、すみません。バーグレット指揮官が噛んでる時点でもう無理だと思いますが。』

『知ってますよ。ところでそのバーグレット指揮官とお目付けのエンディーさんは?』

『辺りの捜索とか言いつつ、また何処かでサボってんだろ。エンディーがいるならそろそろ戻ってくるとは思うけどさ』

レンと待機していたクーもトレイラーから出てきた

『時間通りですね、クーさん。レンさんは大丈夫ですか?』

『……しっかり寝たから大丈夫』

軽くあくびをしているレンだが、しっかり力の回復は出来たようだ

そろそろ研究施設の方から合図が出る頃だと思うが、作戦にトラブルは付き物である。

『………ちっとマズいかもしんねーな』

そうしていると、突然茂みから声が響いた。バーグレットである

『バーグレット指揮官。やっぱサボってたんですね』 

『大丈夫ですわ。うちの人には一発入れておきましたから』

エンディーだ。よく見ればその洒落たサングラスのすぐ近くにビンタされたような跡があった。おそらくエンディーが説教した跡であろう。

『そんなことより、マズいって何がよ。中は八雲たちが占拠したはずよね』 

ポテチを頬張りながらキーアが問う

『想定より、フィロたちの数が多いんです。八雲さんやしいなさん、ゼロスさんはともかく、ロイドさんとジーニアスさんは少しやり辛いかもしれませわね』

『…だから、予定より早く突入することも頭に入れとけ。まぁ臨機応変にってこったな』

煙草を吸いながら、バーグレットは研究施設を見つめた。

複雑そうな表情をしていたローウェンにシスカは視線を向けた

『…大丈夫ですか?ローウェン?辛いなら無理しなくて大丈夫ですよ』

シスカの声に、ローウェンはハッと我に返る

『…はい、大丈夫です。いつでも行けます』

ローウェンはレンとクーたちと旅をしていたときに、フィロの一人であった少女に恋心を抱いていた

紫のお下げで、大きなメガネが印象的な可愛らしい少女。

そのフィロも同じく、人体実験で生まれた兵器であった。

その娘を敵の幹部であったグラディアスという男に殺されたのだ。彼らの目の前で

『フィロちゃんみたいな子を……これ以上増やさないためにも!』

『おっ。やる気じゃん!ま、あんま気張んなさんな。あたしがフォローするからさ。』

キーアはローウェンの背中をバシン!!と叩いた

『痛い……!!!………でもありがとう、キーア』

涙目でローウェンはキーアを見るが、その表情は先程よりも幾分緩んだようである

そうこうしていると、研究施設の方から派手な爆発音が響いた

『……!!!』

一斉に研究施設の方を見る。そこにあったのは、狼煙の代わりに挙げることになっていたジーニアスのマナの奔流だ

『ジーニアスさんの合図ですね!突入しますよ!!』

シスカの号令。

【羽ぐくもり ねきひたぶいて 契り籠ん】

バーグレットとエンディーは研究施設からそこそこ離れた場所に陣取っている

エンディーの武器形態がスナイパーライフルなので草木が多い場所に身を隠す必要がある。エンディーとバーグレットは研究施設の一番安全な場所に隠れている研究所の所長がターゲットである

同契したのは保険だが

中に行ったシスカたちなら大丈夫だと思っているので彼らの出番は無い

『さて。奴さんはどう出るかねぇ』

ニヒルな笑みを浮かべながら、研究所所長の捕縛計画は始まった
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