第23章
『なぁロリセちゃん!!本当なのかそれ!?』
あのあと、俺とロリセちゃん、アスベルとシング、ヒスイとコハクは真偽を確かめるため、慌ただしくプランスールを出て行った。
『悪い。アスベルさんとライさん病み上がりなのに付き合わせて。でも伝令聞いてたら、ますます探してたヤツの特徴と一致し過ぎて』
転移の思念術でユーライオ近くの街道に転移して、そのままその女の子がいたと言う所まで走る。
『いや、それは構わない。まだこの辺りは暴星魔物がいるから、俺も力になれるし、本調子ではないとはいえ少し身体も動かさないと』
アスベルは暴星魔物がその視界に入ったと同時に、その音速の抜刀術で最低限の動作で離れた場所から音もなく鞘から剣を抜き放ち、その空間ごと相手を切り裂いた
『アスベルあんま無理すんなよ。回復したとはいえ………』
俺は一応、アスベルよりかは回復力はあるので、イネスからサポートを任されて同行している。ヒスイとコハクも同様である。
アスベルの抜刀術は、直接敵に届かせることが出来るので奇襲には持ってこいだし、付いてきてくれた前衛でも随一の速さを誇るシングも容赦なくゼロムを破壊していく。
『ライもね!!……その子たちきっとこの世界の地理にまだ疎いだろうし手助けは必要だよ。【美人が困ってたら絶対に助けろ、胸の大きな美人が困っていたら死んでも助けろ】ってジィちゃんに言われたからね!ロリセは美人だから助けなきゃ!』
シングに釘を刺されることは珍しくないがシングの素の性格である
レイヴンやとある世界のアホ神子が言ったら十中八九セクハラになるが、これはシングの本心、そして亡き祖父から叩き込まれた教訓である
胸の大きな美人がどうのは置いておくとして、シングは本当に悪気はない。そう、絶対にないのである
『あたしが美人とか絶対ねぇよ!!』
やはり言われ慣れてないのだろう。
『このバカの言うことは気にするなよロリセ。』
ヒスイが隙を見せてしまったライのフォローに回る
『おっと!サンキューなヒスイ!』
『テメェはテメェで最近気ィ抜きすぎなんだよ馬鹿ライ。』
まさかヒスイに言われるとは思わなかった
そんな会話を繰り広げながら街道を走り抜けているとまたしても魔物が飛び出してくる。蜂の魔物とゼロムの生き残り。
俺とロリセちゃんは、装備していた相棒を相手に向ける。
そして
容赦なくそのトリガーを同時に引いた。
ロリセの銃弾とライの高圧縮された光の束が、ゼロムを暴星魔物ごと貫き、穿った
コハクはバトンから炎の思念を放ち、その場のゼロムを焼き尽くす
『ギャァアァァァア!!!!』
耳障りな断末魔と共に、目の前の魔物は塵も残さず灰となり消え去った
『よし!このまま駆け抜けよう。』
敵の気配はまだ僅かだが残っている。そしてちらほらと地面に散らばっている破片はおそらくゼロムの物であろう。
ロリセちゃんはスッと地面に散らばっている破片をそのしなやかで、しっかりと銃を握ってきた手で拾い上げた
そのゼロムの破片を見つめる
『…確かに何かしら叩き壊したような凹みがあるな。』
アスベルとシングはその近くにあった魔物の死骸を見ていた
『…こっちは真っ二つに切り裂かれた魔物だね。』
コハクの一言に、アスベルもその魔物の死骸を見つめながら、抜き放ったままの剣を鞘に収めた
『あぁ。俺と同じぐらいの剣の長さによる一撃だな。そっちのゼロムには叩き壊したような凹み、こっちの魔物は剣で切り裂いた傷痕か。見つかったのも1人じゃないという事は確かなようだ』
確か、女の子の他にもう一人男の子がいたと言う話である。
『…やっぱあの二人しか考えられねぇ。このゼロムの凹み方、間違いなくアイツが付けた傷だ……』
ロリセはその凹み方には馴染みがあるようで、そう呟いた
『なぁ、みんな。この先には何があるんだ?』
アスベルの質問に俺とシングは顔を見合わせる
『この先には、【娯楽都市ユーライオ】って街がある。その名前の通り闘技場や色々な娯楽施設がある街だ。多分、この暴星魔物とゼロムと魔物の死骸もその方向に続いてる。ロリセちゃんの探し人がいるとすれば………』
シングに視線を向ける
『うん。ユーライオは人通りも多いから、何かしら情報が入ると思うよ。アーメスさん辺りならその辺り詳しいかもしれない。』
アーメス、という名前を聞いて俺は眉を顰めた
『…あー。アーメスね。うん。』
俺は頭をガシガシと掻いた。
『アーメスか。またあいつの力を借りることになるのは俺も癪なんだけどよ。』
男性陣の反応を見たロリセは、何となくそのアーメスという男がどんな男なのか薄々と察してしまったようである
『だ、大丈夫だよロリセ。アーメスさん悪い人じゃないんだけど、ちょっと癖が強めっていうか……』
これ以上空気が重たくならないようにコハクはフォローへと回る
『…あー。コハクさん。いいよそれ以上は。ったく、何処にも似たような奴っているんだな』
ロリセもなにか思い出したのか、眉間のシワが少し深くなったのだった。
◆◇◆◇◆◇
ユーライオはその名の通り闘技場や賭博施設が併設されている娯楽都市である
近くにはパライバの別荘がある湖に囲まれた街のシャルロウがあり温泉宿があるグースと並んで有名な観光地の一つのユーライオ。
年に一度、近くに見える勇者の塔キングクロスで行われるお祭りは有名である
先程出た名前のアーメスは以前コハクの勇気のスピルーンを巡り、その塔の最上階で死闘を繰り広げた。それは記憶に新しい
俺たちは早速アーメスがよくいるホテルの地下にあるバーへと足を伸ばした。
今は昼間なので、まだバーは営業時間ではないらしく、未成年のシングたちもすんなりと入れた
そこに居るであろう新緑の髪を携えた横顔は憂いを帯び、コーヒーを優雅に啜っていた
黙っていれば普通に美しい男である。俺達の気配に気付き、眼の前の男はカチャリと静かにコーヒーカップを置いて微笑んだ
『……おや。ユーたち。この状況でよくここまで来れましたね。』
相変わらずだなと、俺達は思った
『そっちこそまだしぶとくやってるようじゃん?』
極自然に、ライはアーメスの向かい側に座る。それを見たアーメスはおかげさまで、と微笑みながら他の皆にも座るように促した
『何にしますか?長くなりそうなので、お好きな物を』
店員が人数分の水の入ったグラスを持ってくる
テーブルと仕切りの間に立て掛けられているメニュー表をアーメスはツイ、と引っ張った。
『オレ達はのんびりお茶しに来たわけじゃないんだがな。』
肩をすくめたヒスイに苦笑しつつ、とりあえず小腹が減ったので、サンドイッチと飲み物を頼んだ。
ちなみにテイクアウト出来るので、残っても特に問題はない
『まぁそう言わずに。ここまで来るのにカロリーを消費しているはずでしょう。何せここまで来る街道は魔物とゼロムだらけだ。大丈夫ですよ。毒なんてもう仕込みませんから』
まだ若いシングたちは代謝もいいので、腹も減るだろうしな
『で、早速本題に入りたいんだが、人を探している。』
ライが切り出し、アーメスはやはり、と相槌を打った
『人探し、ですか。確かにこの数ヶ月、例の天変地異で行方不明者も出ていますからね。……まさか貴方たちの仲間、ですか?』
『いや、オレたちじゃないよ。彼女の知り合いなんだ』
シングはロリセの方へと視線を向ける
『そちらの美しいレディは?』
行く先々でロリセは綺麗と言われる。ロリセはもはや軽くため息をつくしか出来なかった。どこに行っても大体、綺麗だとか可愛いとかよく言われるのだ。可愛いは、あいつ担当だっての、と内心毒づいた
『彼女の知り合いでな。この世界のこの辺りに落ちたって情報がカルセドニーのところにさっき届いたんだ。何か知らない?』
ライが質問すると、なるほど、とアーメスは1つ頷き、控えていたマスターに資料を持って来るように言った。しばらくして奥からマスターが大量の紙束を持ってきた。かなりの量である。
『その探し人の特徴を教えて頂けますか、美しいレディ』
『………そういうのもういいです』
そう告げると、ロリセは探している二人の特徴を淡々と告げていった。
しばらくアーメスは考えたのち、一枚ずつファイルに閉じられた物から【リル=ラルファンダ】と【クレイド=アスフェル】のリストを取り出した。
『…ビンゴだったな。』
ヒスイの一言に、ロリセは黙ってその行方不明者のリストを見ていた。間違いなく彼女たちの名前がそこにはあった
『この情報はどこで?』
コハクが気になっていたことを聞く
『情報を持って来ていたのは、【黒猫の魔法使い】ですよ。あ。それと、もう一つ』
黒猫の魔法使い、という新たな単語に一同は首を傾げた
そんな俺達を愉快そうに見つめ、アーメスは続ける
嫌な予感しかしない
『この辺りの魔物たちは、シェヘラ砂漠の奥にある次元の歪みを守っているようです。近々そのシェヘラ砂漠に有志を募って討伐隊が派遣されます。しかし、その魔物の巣には暴星魔物と呼ばれる凶暴な魔物がいる。』
それを聞いて俺達は戦慄した
『まさか、それってあの掲示板に貼ってあるやつですか?』
黙っていたアスベルは視線の先にある貼り紙を見ていたらしく、それを指差していた
『さすが、異世界の聡明な二代目領主(リーダー)ですね。その通りです』
その貼り紙は最近貼られた物なのかまだ真新しかった
『これがその有志を募って魔物の討伐隊を派遣するっていうチラシ?』
コハクもアスベルの横に並び、そのチラシを見上げた
サラリとその美しい黒髪が重力に従い流れる
『…でもおかしくない?砂漠には暴星魔物とゼロムがいるんだよ?タダでさえ危険な場所にそんな』
シングの疑問は最もである
『ははー。聡いなシング。俺が留守の間、この世界任せても大丈夫そうだ。』
ライがその長い足を組み直しながら言う
『…アスベルさん、コハクさん。そのチラシ多分、いや、十中八九、黒だ。』
ロリセはさも不機嫌そうに答えた
アーメスは深いため息をついた
『その通りですよ、レディ・シュトラウス。謝礼金として帝国側が設定した額より、法外な値段設定ですよ。』
ユーリたちが聞いたらブチ切れそうな話である
『…マリンがそんなことをやるとか有り得ねぇからな。……アーメス。お前の頼みは何だ』
正当な取引と判断したライがコーヒーを啜りながら問うた
『簡単な話ですよ。取り返しのつかないことになる前に彼らを止めて貰いたいのです。エストレーガの帝国軍にその法外な額をつけた裏切り者がいる。』
結晶騎士団の次は帝国の内通者かよ、ともう呆れ果ててものも言えない
『で。その依頼に俺達に何の見返りが?』
コハクたちはライの一段、落とした声音に、アーメスを見る
『その、レディ·シュトラウスのフレンドのラルファンダ氏とアスフェル氏が、シェヘラ砂漠へと向かう討伐隊の中にいると聞いたのですよ。そもそも暴星魔物、でしたか?ゼロム含めて一般人が太刀打ち出来る相手ではないでしょう?ラルファンダ嬢とアスフェル卿は違うんでしょうけど。』
それを聴いてロリセは黙り込んだ
アーメスからの依頼を受けたその後、その裏切り者の人間を申し出ついでに、軽く締めてやった。
………のだがもう既にシェヘラ砂漠へ向かった者もいるので後を追って止めてやってほしいと言われた。もちろん報酬は用意するとも
そんな仲介人にほとほと呆れ果てながらも、金はいらないと跳ね除けた
仲間を助けに行くのに、そんな見返りはいらないのだと
そして一行は再び、シェヘラ砂漠へと足を運ぶことになった。
【シェヘラ砂漠入口前】
『この先は砂漠だからな。油断した奴から消えてくぞ』
ライが砂漠の入口を睨めつけながら言った
『シェヘラ砂漠かぁ。コハクのスピルーンを取り返すための旅をしてたときに、コハクのスピルーンの反応を追ってこの場所に来たら、まさか巨大サンドワームがコハクのスピルーンを呑み込んでるなんて思わなかったよなぁ』
シングが言うとコハクが
『本当にそうだよね。喜びのスピルーン……あのときそれを取り戻して、皆と生きて再会出来て本当によかったって、みんな揃って大泣きしちゃったんだよね』
懐かしそうに会話をしているのをヒスイが見ながら
『そうだったそうだった。あの時のライの機嫌の悪さったらなかったぜ。』
今でも機嫌が悪い気がするのは気の所為ではないと思うとアスベルとロリセは思った
『砂漠と火山みたいな暑い場所だけは、ライ本当ダメだもんね』
コハクがくすくす笑いながら言う
『あー。本当何で魔物たちはこんなくっっそ暑い砂漠なんぞに陣取ってんだろうな』
ライは砂漠の入口を相変わらず睨みつけたまま言った
『俺は別に大丈夫だけど、ライはいつも通りに固有結界で熱を遮断しちゃえばいいんじゃない?ジルファの力で出来るんだよね?』
シングの言葉にライはいつも通りに、仲間を護る固有結界を張ろうとしたのだが
あれ?
ライはもう一度、固有結界を張ろうと思念力を集中させるが
『……おかしい』
ライが呟いたのを仲間たちは見逃さなかった
『どうした?』
ヒスイが不思議そうに問いかけた
『…………結界が発動しない』
その言葉を聴いて、仲間たちは目を張った
『え?本当に?』
シングだ
『うん。おかしいな……』
ライがもう一度固有結界の術式を起動しようとするが、いつも固有結界が完成する時に感じるあの暖かさは感じない。
【……………どういうことだッッッ!?!?】
この場にいた全員のスピリアが同じことを思った
そんなライを見て軽くため息を吐いた親友の痛い視線を感じながら、ライは嫌な汗が背中から流れるのを感じた
『…………………灼熱地獄で結界なしだと、ポンコツになるお前からソレ奪ったら何が残るんだよ』
ヒスイの一言にやっと戻りかけていたメンタルがまた砕けて行くのを感じた
付き合いが長いだけあり、親友であるヒスイは毎回ライには容赦がないのだ
ライがこういう時はいつもガラドがフォローしてくれていたのだが、今回は男手が必要なプランスールの瓦礫の撤去作業を手伝っているので、フォローは期待できなかった。
『お兄ちゃん、そんな言い方………でも本当にどうしちゃったのかな……』
コハクのフォローはありがたいのだが、これでは全員を暑さから護ることが出来ない。
『皆さん、聞こえますか!?』
どうしたものかと考えていたら、突然全員の頭の中に聞き覚えのある声が響いた
『!!この声は?』
こめかみを抑えながら、アスベルは首を傾げた
『……もしかしてリチア?』
シングも感じたらしい頭に直接響いた声は確かにリチアの物だった
『どうしたリチア!?トラブルか!?』
酷く焦っているリチアの声音を聞いたヒスイに当のエメラルドの髪の少女は、安堵の息が漏れた
『あぁ無事に繋がった!……試して見るものですわね。……今、リルハの力をお借りして皆さんへわたくしの思念術を使い、直接チャンネルを繋いでいます。』
それを聞いたアスベルとロリセ以外は瞠目した。
『そんなことして大丈夫なの!?また白化が進行したりはしない!?』
コハクの不安そうな声を顕にした質問に、ライもこめかみから冷や汗が流れてくるのを感じながらも、耳を傾けた
『ありがとうコハク。……その事なんですが、今はリルハにライが前もって渡してくれていた術式が刻まれた思念石、更にシュテルンの龍神の魔力を探知する能力もお借りして、ライの中にいるジルファを仲介地点とし、わたくしの声を届けているから少しなら大丈夫。』
思念力の消費もそれで抑えているので、クンツァイトの中にある彼女の身体にはそんなに影響はないらしいのだが、長くなるとリルハの方に負担がかかるので、どのみち永続的には使えないのだろう。
そうなるとリチアと直接話すのは、クンツァイトのスピルメイズにスピルリンクするか、またはリルハに身体を借りるしかなさそうである。
もしリチアの身体にリチア自身のスピリアが戻り、前のように表に出てきてしまったら、白化がまた進行してしまう可能性があるからだ
『……ったく。お前はいつもいつも危なっかしいんだよやることが。変わんねぇよな本当』
ヒスイが頭をガシガシと掻きながらまたため息をついた。
その顔も微妙に赤が差していたが。
『すみません。……ヒスイもありがとう。…………それで、取り急ぎ報告が。皆さんが今いるであろうシェヘラ砂漠に次元の歪みがあると、クンツァイトが感知したのです。』
次元の歪み、と聴いて全員は顔を見合わせる。
『次元の歪みの話なら、アーメスから』
今は穏やかな砂漠の方向にライは視線を向けた。
『でしたら話は早いですわ。それで審議の結果、ライの防御壁を作り出すような固有結界の思念術式の類が、その歪みのせいで一時的に使えなくなっているのでは、とリタが』
正に今置かれている状況の通りである
『…その通りだリチア。流石リタだな。何度も挑戦してみたが全く発動しなくなってる』
ライがそれには答えた
『……やっぱりね……。だから、出来るだけ救助活動は短時間にしたほうがいいと思うわ。何人の冒険者が砂漠にいるかもわからないし、ロリセの探し人が砂漠の奥まで行ってないことを祈るしか。あと褒めても何も出ないわよ。』
リタだ。
それを聴いてロリセは
『リタちゃんの言うとおりだな。片方は砂漠みたいなところでもあんまし関係ねぇんだが、問題はもう片方。そいつはあたしと同じ雪国のシャルストラ出身だから、暑いのは苦手』
『なら早く助けに行かないと……。ライの固有結界が発動しないなら、なおさらだ』
辺りを警戒しながらアスベルが言う
『あまり時間は無さそうだな。』
ヒスイが砂漠に視線を向けた
『次元の歪みがあるほぼ近くに、何人かいるようです。シェリアから預かった技術者の仲間、パスカルさんでしたか?その方から頂いたパーツでクンツァイトのレーダー機能を拡張しました』
『その機能で、最短ルートを計測したものをライの端末に今、送っておいた。活用してくれ』
機械的なクンツァイトの声が聞こえたあとに、ライがいつもジャケットの内ポケットに忍ばせている携帯型ノートパソコンが振動した。
その携帯型ノートパソコンには原界のワールドマップと訪れた場所が記録されている。
ライはその携帯型ノートパソコンをすぐに開いた
するとシェヘラ砂漠のマップ上、ほぼ中央に赤いマーカーが複数、紫のマーカーを取り囲むように展開している
その周りに青いマーカー2つと、白いマーカー複数の表記があった
『赤いマーカーは敵勢力、紫のマーカーは次元の歪みを示すもの、青いマーカーは味方の識別信号、白いマーカーはその他の人間よ。白いマーカーは恐らく騙されたっていう冒険者たちじゃないかしら』
リタからレクチャーを受けながら、画面をよく見れば複数【LOST】と書かれた文字があった
『この【LOST】のマークはひょっとして』
ライの質問に一呼吸置いたクンツァイトがリタとリチアに変わり答える
『あぁ。生命活動が感じられない存在の表記だ。人間か魔物かは行ってみないと分からないらしい』
ライはその【LOST】の文字を視線で辿る。
『…この【LOST】の文字、中央に向かって伸びてるな。多分、これを辿っていけばリルたちのところに辿り着くんじゃねーかな』
ロリセがそう答える
『……よし。行こう!』
シングの合図で一行は改めてシェヘラ砂漠へと足を踏み入れた
ただし砂漠は広い。足場も悪いので、反応のある中央までには時間がかかりそうだ
◇◆◇◆◇
砂漠に入った途端に立ち込める熱気は空気を吸い込めば呼吸器は焼けそうで呼吸がし辛いレベルだ。
40℃を超す過酷な環境の中、更に暗くならないうちに一刻も早く救助活動をしなければならない
そんな砂漠の中に足を踏み入れ、しばらくしてそれは見えた
『…ここにも暴星魔物の死骸が…』
アスベルの足元に見えたそれは、僅かに砂を被っており、その暴星魔物、コミスデーモンは倒れていた
『こうして見ると、暴星魔物って本当に不気味な存在だね』
シングの一言にヒスイは
『ゼロムも同じようなもんだろ。それにしてもまぁ見事に破壊されてんな。』
花の形をしたゼロムは基本的に炎に弱いはずなので、このゼロムがここにいるのは少しおかしいとライは思ったが次元の歪みがあるのだから、そこから何が出てももう驚かないが
『それにしても信じられない。こんな凶暴な魔物がいる砂漠に一般の冒険者を放り込むなんて。』
コハクの最もな意見にアスベルは無言で立ち上がる
『そうだな。早く皆を救出しないとだな』
『とりあえずオアシスもあるからまずはそこまで頑張ろう!』
ジリジリと照り付ける太陽に焼かれ、乾いた砂は熱を放つ。それが蜃気楼となり周りも少しだけ見にくい
このシェヘラ砂漠、またの名を【落命の荒野】と言うそれは、汗が一筋流れ落ちるたびに、命も一つ失われると言う曰く付きの場所である。
この前プランスールにむけてここを通り抜けたらしいリョウたちもここはヤバいと口々に言っていた。
ライたちは安全策を取り、近くの抜け道を通っていた時にルーシィはシュテルンと契約した。
この落命の荒野は、一匹のサンドワームが100人のキャラバン隊をひと飲みしたという話もある
そのサンドワームはシングたちが倒したのだが、別の世界にもサンドワームは存在するという話を出逢った仲間たちから聴いたこともあるので、異世界のサンドワームが次元の歪みを通り抜け、再び相見えると言う可能性が無きにしもあらずな状況である
このシェヘラ砂漠を陣取っている魔物たちがやたら統率を取れているのがライは余りにも不自然すぎると思っていた
襲い来る魔物を切り捨て、打ち抜き、焼き尽くしながら一歩ずつ進む
戦闘の度に汗が一滴、また一滴と滴り落ち、その乾いた砂漠の砂を濡らしていく
もうどれだけ歩いたかは考えるのが面倒だと思いつつ、途中のオアシスで休憩を挟んで、オアシスの水を水筒の中身に詰める。
頭の中にマップを叩き込みつつ、その記憶を頼りに前へと進んでいく。
あまり近づいてはいないような気がする。いや、そんなことはないと思いたい。だんだんと人の気配は濃くなってきているし先程よりも視界に入る魔物の死体が増えてきている。近い、そう思った時に変化は起きた
------キィィィ
そう。遠くから余りにも聞き覚えのあり過ぎる鳴き声が聞こえた
『‥‥ん?今誰か何か言ったか?』
アスベルの質問にこの場にいる全員は首を横に振った
『いや、明らかに今の人間の声じゃねぇだろ。』
ロリセの一言に確かに、とアスベルは相槌を打った
『警告!動体反応検知。………この反応はまさか!』
クンツァイトの声と大きな地鳴りが聞こえたのはほぼ同時だった
『な、何だ!!?』
地鳴りで揺れる砂漠で何とか踏ん張りながら、ヒスイの声が響いた
『…こ、この感覚はまさか!!』
勢いよく砂と共に飛び出して来たのは巨大なミミズのような魔物だった
『さっ、サンドワーム………!!!?』
ライたちの目の前に現れたのは一度倒したはずであろうサンドワームだった
『……確かにサンドワームっぽいがよく見ろ。俺らが倒したサンドワームとは形状もデカさも異なる』
今まで黙っていたライがヒスイの肩を支えにしながら前に出た
『ライ、無理すんな、って冷てっ!?お前めちゃくちゃ体温低くね?』
『…結界が使えないからな。すまん。思念術で自分の体温ギリまで下げてる』
『な、なるほど。』
つい納得してしまったコハクだった
割と自殺行為な気もするが、集中していないとすぐに動けなくなるこの身体が憎い
しかし自分のことに集中していたせいで、ここでライは大きな失敗にまだ気づいていなかった
『……邪魔しようってんなら……サンドワームだろうが、暴星魔物だろうが、ゼロムだろうが……消す……』
ロリセのその声音にこの場にいた全員は各々の武器を手にサンドワームへ向かい合った
『皆!あれを見て!』
シングが何かに気づいたかのように指を指した
シングが指を向けた方角。そこにあったのはポッカリと空いた一つ穴。いつの間にか出来ていたその穴は少しだけ奥に続いていた。
『皆さん!あの穴の向こう!おそらくあれは意図的に開けられたものです!あの穴の向こうから、次元の歪みの反応が!!』
リチアの声に全員は顔を見合わせた。
『……つまりはここの次元の歪みを閉じるためには、このデカ物潰さねぇとダメってことか。』
その赤い巨大な口、口の周りには鋭い牙。そこから流れてくる鳴き声は、飢えを満たそうとする狩人そのものである
『…ライ、このサンドワーム、私たちが倒したヤツとは違うって言ったよね』
コハクは解放したソーマ、エルロンドをくるりと回しながらサンドワームを見る
『……あぁ。恐らく次元の歪みを通ってここに流れ着いた異世界のサンドワームだろ。』
ジリジリと照り付ける太陽に焼かれながら、答える。ゆらゆらと揺れる陽炎、少しずつ天候も荒れてきた
恐らくそろそろ砂嵐が起こるだろう。今日は少しだけ風も強いので、微量の砂嵐が舞っている。
敵は巨大サンドワームと小さめの子ワーム。この砂漠にはよくいる魔物である
『ここまで来るのに、石飛ばされて割と全員苛ついてたよな。鬱憤を晴らすためにサンドバッグにでもなってもらうか。』
ロリセの一言に全員が口元に笑みを浮かべた
『それ賛成。俺ってば借金と仕返しは倍返しが原則って決めてるんだよなぁ』
砂漠の暑さと、道中の石の洗礼でライも色々と我慢の限界も来ていた
『へっ、久しぶりに見たぜその顔。まぁこちとらサンドワームこれで4回目だからな。』
少しだけ余裕を取り戻してきたライの隣にヒスイは並んだ
『前はオレとアスベルで引き受けるよ!アスベルの抜刀術で隙を作りながら、オレが切り込むから!』
『わかった。だけどキツくなったら声をかけてくれ!俺も前に出る』
シングも盾からアステリアを引き抜き、アスベルも新しくなった抜刀術に特化した型の剣を抜く。
『アスベル、どうだ新しい剣は』
道中何度か魔物と戦うこともあったのでアスベルは、新しくなった刃こぼれ1つしていない剣を見る
『何度か抜刀術も使ってみたけど、すごくしっくり来てるよ。ありがとうライ』
そいつは良かったとふと微笑む。
『オレたちが倒したサンドワームとは大きさも気配もケタ違いだけど、不意を突かれなければいけそうだね。行くぞ、4度目のサンドワーム!!』
シングの気合の声と共に、4度目のサンドワーム戦は始まった
やはり目の前のサンドワームもその巨体を生かし、巣穴に潜り込みながら攻撃してくる。一度隠れられたら何処から来るかも予想はしづらいのである
『このミミズ野郎!何度も同じパターンが通用すると思うなよ!』
穴から出てきたサンドワームの真上には、アイスニードルが展開している。 ヒスイが水の思念術をサンドワームが砂にいる間に放っていた。
その無慈悲な氷の一撃はサンドワームを貫いた
ギィィィィ!!
と耳障りな鳴き声と共に、サンドワームは叫んだ
『やっぱり水に弱いみたい!!』
コハクは周りの子ワームをバーンストライクで焼き払いながら親ワームを見上げる
『今回はライも役に立ちそうだな』
ヒスイの言葉に眉を寄せながら、ライはフリーズランサーを放つ。
周りのミニワームたちが割と厄介なので、ライは射程内にいるサンドワームと一緒にミニワームごとフリーズランサーで貫いた
ソーマリンクを通じて、アイコンタクトでライの意思を汲み取った機動力のあるコハクが一気に前に詰める。
『火旋輪!!!』
火の思念力を纏わせたエルロンドをコハクはミニワームたちに高速で投げ飛ばし、一掃した
『ピギィぃィィ』
甲高い断末魔を響かせ、ミニワームたちは焼き尽くされるのを見やりながら、ライは次の詠唱に入る
『やっぱり流石だな。連繋も完璧だ。俺も負けてられないな』
アスベルがそれを見て、サンドワームに向き直った
『ライがこうやってソーマリンクを通じて指示を飛ばしてくれることもあるから、俺たち前衛は安心して背中を預けられるんだ!行くぞ、屠龍閃!!』
刃に纏った炎で下から上にアステリアを振り抜き、シングはそのサンドワームの巨体に傷を負わせた。
最初のヒスイの思念術が利いているのか、サンドワームの動きは徐々に鈍くなってきている。狙うなら今しかないだろう。
『シング、ロリセちゃん、アスベル!一応相手の動きを止める方向で試してみる』
それを聞いた3人がライに振り返る
『砂に潜られたら、銃だと狙いがつきにくいからな。頼んだライさん』
この場所での戦いも最低限に済ませたいのが全員今思っているところである。
『わかった!アレだね!!』
シングの言葉にライは再び思念力の構築を開始する
『ライ!手伝うぞ!』
今まで中距離から抜刀術を放っていたアスベルがそう打診する
『サンキュー!』
アスベルとシングが肩を並べてサンドワームへと走り出した
『シング、アスベル、気をつけて!』
コハクの声を後ろに。
ヒスイは思念術の詠唱を始めた
ロリセも二人の邪魔をサンドワームがしないようにその銃口でサンドワームを撃ち抜いていく
何となくだが、機嫌が悪いような気がして、ライは少しばかり不安を覚えた。
面倒なことになる前にちゃちゃっと終わらせなきゃだな
『氷姫に抱かれて凍て付きやがれ!!!…………インブレイスエンド!!!』
ヒスイのインブレイスエンドはサンドワームを直撃した。地面からバキバキと音を立てて、氷の棺はその巨体を飲み込んで行く
『………ブラッディハウリング!』
ライはサンドワームを氷の棺ごと迸る闇の奔流で飲み込んだ
そのまま闇の奔流はサンドワームを拘束、それを逃すまいと前衛のアスベルが気を溜めた後に前方一直線に巨大な炎の塊を容赦なく放つ。
アスベルの最大奥義の【覇道滅封】
その射程は無限と言っていいだろう。
さらにアスベルは2発目を放ったのち、前方に移動し、斬り上げながら灼熱波をぶちこんだ
グラリとダウンしそうになるのをサンドワームは堪えたがその焔の一撃は囮だ。
更にシングが追撃して、獅子の闘気を放った先にいたのはロリセだった
『バッチリ射程範囲内。』
刹那、その砂漠に乾いた銃声が鳴り響いた
サンドワームの死骸を後ろに、ライたちはその亀裂があるという一つ穴に足を踏み入れた
『以前来たときもこの一つ穴はあったのか?』
『俺達の知る限りじゃなかったはずだぜ。』
アスベルの質問にライは淡々と答える。砂の上よりはだいぶ涼しいこの一つ穴は、先程リチアが言った通り人為的に掘削されたものである。この場には何もなかったはずなのに、その掘削された道は割と奥まで続いていた。
地面を見やると、点々と紅い雫、恐らく血液だろうそれが続いているのを目を細めて見つめる
『この血痕、奥に続いてるね。』
恐らく冒険者の誰かのであろう。奥から人の気配もある
なかなかに広いこの空洞に何をしようとしていたのか。
そういえばライは以前、とある聖隷と業魔から聴いたことが何故か頭によぎった
こういった砂漠や、火山がある場所は大地を流れる自然の力の源でもあると
地脈が集中している場所を地脈点と呼び、地上で生まれる精霊のような類はこの地脈点から生まれると
特に力が底に潜っていく場所を地脈浸点、逆に底から力が噴き上がってくる場所を地脈湧点と呼ぶらしい
例を上げると、この世界ではバメル火山になるのかもしれないが、この世界には精霊の類はいない。
そう思考していると、ロリセがある一点を見つめていた
『……あっちか』
ロリセはそのまま気配がある方へと足を運んだ
一歩、一歩、また一歩足を運ぶ。
周りを物珍しそうに見ている仲間たちはさておき、ライは目の前を歩く少女の呼吸が少し荒くなっているのに気付く
ロリセちゃん、とライが呼ぶより先に洞窟内に声が響いた
『ロリセ……?』
振り返るとそこには金の美しい髪を揺らして、髪をサイドで止めている可愛らしい少女が立っていた
『ロリセ?ロリセだよね!?』
金髪の少女は手に持っていた恐らく水筒であろうそれを落として、ロリセに駆け寄る
『…り『うわぁあぁあぁんロリセぇぇぇぇえ!!!』
ロリセが名前を言い終わる前に金髪の少女はロリセに思いっきり泣きながら抱き着いた
その拍子に金髪の少女が持っていた水筒はそのまま派手に音を立てて尖っていた岩まで転がっていったのを見つめながら
『…どうやらアーメスの話は当たりだったみたいだな』
ライの横でヒスイが言う
『みたいだな。』
ライはその落ちてしまった水筒を拾い上げる。幸い傷が軽くついただけで中身は無事のようだ。
『ロリセ!ロリセ良かった!今まで何処にいたの!?亀裂にクレイドと落ちて行方不明って聞いてどうしてるのかずっと心配してたの!何処もわるいとこない?こんな砂漠越えて、体調大丈夫!?』
『ちょ、ま、リル苦しい、苦しい、まとめて話すからはな』
『リル?今の音何だ?』
更に奥の通路からもう一人、男性の声が響いた
『あ!クレイド!』
更に奥の方から男性の声が聞こえ、クレイド、と聞いてライはふとアーメスから聴いた名前を思い出した
クレイドって確か
そしてコピーしてもらっていた顔写真と目の前に出て来た男性と金髪の少女の写真を見比べた
『…ええと。ひょっとしてリル=ラルファンダさんとクレイド=アスフェルさん?』
水を差すようなことはやりたくないのだが、念の為に確認をしておかなくてはならないので遠慮がちに聞いてみる
『え?そうだけど、なんで俺らのこと?』
クレイドの方は特に気にするでもなく答えてくれた
『俺達、貴方たちと一緒に行った冒険者と貴方たちの救助を依頼されてここまで来たんです。』
シングが事情を説明すると、リルとクレイドはなるほどと相槌をとった
『あぁそうだ。魔物が増えて困ってるって言うから、オレとリルはその依頼主に言われて冒険者の手伝いにきたら』
リルとクレイドの話はこうである
このシェヘラ砂漠に依頼主に言われた通りに魔物を退治しにきたら、見たことのない魔物たちに襲われてここまで何とか逃げてきたと。
この洞窟内はまだ魔物には侵攻されてはなく、この先に何やら奇妙な亀裂を見つけたと。
『その亀裂の近くでよく魔物に襲われなかったな?』
ヒスイである
『魔物が遭遇する前に、黒猫を連れた魔法使いっぽい女の子に出逢って、その亀裂から魔物が出ないようにするための結界石みたいなものを貰ったの。そのおかげで』
ここでもまた黒猫を連れた魔法使いの名前が出て来た。
『今その亀裂は?』
ライは気になって聞いてみる
『あぁ。その亀裂は普通の方法じゃ閉じれないから、亀裂を閉じれる人が来るまで待ってろって。でもいくら待っても誰も来ないから、そろそろユーライオにクレームつけに行こうとしたところにあんた達が来て』
そのクレイドの言葉を聞いて、ライは軽くため息をついた
『……あの女……安請け合いしやがって』
ライは頭を抱えた
その後彼女たちの案内の中で聴いた話、冒険者たちが外のサンドワームと魔物たちのせいで、帰れずにいたのでここで救援を待っていたということである。
そこそこある広さの空洞は、奥にしっかり湧き水からなる湖もあり充分飲料水としては問題のない成分が検知されたので一先ずは腹を壊すことはないだろうと確認も取れた。そしてやはり何人か怪我人も出ていた。
◆◆◆◆◆
『ええっ!?この依頼黒だったの!?そんなぁ……』
リルは肩をガクリと落としてそう言った
『マジか。これで何度目だよ』
クレイドも頭を押さえてため息をついた
『……と、まぁ。そういうことだリル、クレイド。つーわけで、ここから一番近い街のプランスールに案内すっからついてきて欲しいんだけど』
ロリセは思ったとおりの反応だと言わんばかりに淡々と用件を告げた。
『それは構わないけど』
『…それはここの亀裂を閉じてからだ。クレイドさんとリルさんたちは、こいつらとここで待っててくれ。』
『一人で大丈夫なのか?』
アスベルの言葉に、俺は平気だよ、と一言残して更に奥へと進んでいった。
積もる話もあるだろうし、俺は俺の為すべきことを。
◆◇◆◇◆◇
カツン、と一つだけ足音が響き渡る。あの空洞から更にだいぶ奥、それは静かに鎮座してあった
周りにはシュテルンを解放した時にもあった結晶の森。龍神を封印していたであろう結晶の森だ
俺は周りに誰もいないことを確認して、ジルファを呼び出した
『…シュテルンを解放した時と同じ空間だ』
ジルファはその結晶を見つめながら口を開いた
『…簡単に言うと、龍神が力を行使したあとに出来る結晶だな。例えるならこの世界にある思念石ってあるだろ。それと同類』
思念石の類ならば、この世界の共通の知識であるのだが
『つまり、ここに何らかの属性の龍神が封印されてた、ってことだよな。』
足元には無造作に散らばる結晶の破片。
それは仄かに熱を帯びていた。この砂漠の思念力の影響なのかはわからないがその結晶はまるで焼却炉で肉を焼かれ出て来た白骨のようにハッキリと形を残していた。
『碌でもない属性の持ち主、何人か心当たりがある。ガルデニアで屍人兵を操っていた龍神の操神かな。』
そういえばガルデニアでかなりの数の屍人兵を相手にしたのを思い出した。あの時はシスカやユーリたちの機転で逃げ切ることができたんだった。
しかしここに封印されていたと思われる龍神の操神龍カシェール。呼べばいいのか、そいつは既に神聖帝國騎士団側にいる。シュテルンの母親であるブラジェレもだ。恐らく操神に操られている、と、沙羅から聴いた。
『…(思ったより厄介そうだとは思っていたが)』
俺は自身の手の中に、思念力の塊をつくり出す
その塊は目の前にポッカリと穴を開けている現象とは真逆の性質の思念力の塊である。
黒猫の魔法使いがこれ以上この亀裂が開かないようにと、自身が練り上げた魔力で出来た鎖でその亀裂に干渉し、縛り付けるという魔法だ。
『…いいのかライ。これ以上お前がこの戦いに関わるとなると、待っているのはマシな未来じゃねーぞ。折角出来たかわいい嫁さんも大事な仲間も……もしかしたら失うことになるかも知んねぇんだぞ』
その言葉を後ろに、俺は目の前の亀裂をその鎖ごと破壊した。
しばらく拮抗した後、亀裂はみるみる収束していき、程なくしてガラスの割れるようなけたたましい音と共に閉じられ
、洞窟内にその音は激しく反響する
砕け散るその破片を無感情に見つめながら俺はジルファに向き直った
『バカ言ってんじゃねぇぞ。こっちはお前の手を取った時点で覚悟はもう決まってんだ。今更ここへ残れってのは無理な相談だぜ。……それに』
ふと視線をズラすとそこにあったのは煙を立てた自分の手のひら
『……シリスのことか』
そう。シリスがあちら側にいる以上、これはもうジルファたち龍神だけの問題ではないのだ。
あいつが何を考え、あちら側についたのかは皆目検討もつかないが、生真面目なあの男のことだ。何かしらの理由があることは確かであろう
『あの男は、俺が叩きのめす。シリスは俺にしか対応出来ねぇからな。だからジルファは……』
『…あー…それ以上はもういいわ。別にオレがいなくても母さんがアイツみっちり扱いてるみたいだしどうとでもなるだろ。母さん、アイツに元の力を取り戻させようとしてるみたいだから』
『なるほどな。だから最近よく疲れた顔してんだな。……アイツが元の力を取り戻したら余計手がつけらんなくなりそうだけど』
『まぁそれはアイツ……リョウ次第だな。』
ジルファはそう言うと珍しく苦笑していた。確かリョウとジルファは……
そう考えながら元きた道を戻っていると
『ロリセ!!!』
酷く慌てた声が谺した。その声がした方向にジルファと俺は走って戻る
声が聞こえた俺たちは嫌な予感をヒシヒシと感じながら仲間たちが待っているであろう場所へと戻った
『おい今のコハクか!?……一体どうし……』
目の前で起こっていた光景
そこにいたのはクレイドの腕の中で、その美しい瞳は固く閉ざされ、気を失っていた黒髪の少女だった
見たところ外傷は全くない。しかしここでライはあることを思い出す
今まで気を張っていた彼女はこちらから見ていても、割と無茶しがちな性格だった
先程のサンドワームとの戦闘でもこの熱砂の中、顔色一つ変えず……いや、何かしら兆候はあったはずだ
それを見落としていた。
『限界が来ちゃったんだ!!聞いてたと思うけど、ロリセはデスホーネットのせいで身体中の組織が変化しちゃって、体温調節がまともに出来ない身体になってる。そんな中こんな熱い砂漠を越えてここまで……』
リルの言葉に俺はすぐに、状況を理解した。
そしてこの場にいる対象を捕捉する。
数は俺らを合わせて40。この程度なら転送術式でプランスールまでは一瞬だった
多分今なら使える
俺は皆に言うが早いか、転送術式を起動してこの場の全員をプランスールへと送り届けたのだった。
あのあと、俺とロリセちゃん、アスベルとシング、ヒスイとコハクは真偽を確かめるため、慌ただしくプランスールを出て行った。
『悪い。アスベルさんとライさん病み上がりなのに付き合わせて。でも伝令聞いてたら、ますます探してたヤツの特徴と一致し過ぎて』
転移の思念術でユーライオ近くの街道に転移して、そのままその女の子がいたと言う所まで走る。
『いや、それは構わない。まだこの辺りは暴星魔物がいるから、俺も力になれるし、本調子ではないとはいえ少し身体も動かさないと』
アスベルは暴星魔物がその視界に入ったと同時に、その音速の抜刀術で最低限の動作で離れた場所から音もなく鞘から剣を抜き放ち、その空間ごと相手を切り裂いた
『アスベルあんま無理すんなよ。回復したとはいえ………』
俺は一応、アスベルよりかは回復力はあるので、イネスからサポートを任されて同行している。ヒスイとコハクも同様である。
アスベルの抜刀術は、直接敵に届かせることが出来るので奇襲には持ってこいだし、付いてきてくれた前衛でも随一の速さを誇るシングも容赦なくゼロムを破壊していく。
『ライもね!!……その子たちきっとこの世界の地理にまだ疎いだろうし手助けは必要だよ。【美人が困ってたら絶対に助けろ、胸の大きな美人が困っていたら死んでも助けろ】ってジィちゃんに言われたからね!ロリセは美人だから助けなきゃ!』
シングに釘を刺されることは珍しくないがシングの素の性格である
レイヴンやとある世界のアホ神子が言ったら十中八九セクハラになるが、これはシングの本心、そして亡き祖父から叩き込まれた教訓である
胸の大きな美人がどうのは置いておくとして、シングは本当に悪気はない。そう、絶対にないのである
『あたしが美人とか絶対ねぇよ!!』
やはり言われ慣れてないのだろう。
『このバカの言うことは気にするなよロリセ。』
ヒスイが隙を見せてしまったライのフォローに回る
『おっと!サンキューなヒスイ!』
『テメェはテメェで最近気ィ抜きすぎなんだよ馬鹿ライ。』
まさかヒスイに言われるとは思わなかった
そんな会話を繰り広げながら街道を走り抜けているとまたしても魔物が飛び出してくる。蜂の魔物とゼロムの生き残り。
俺とロリセちゃんは、装備していた相棒を相手に向ける。
そして
容赦なくそのトリガーを同時に引いた。
ロリセの銃弾とライの高圧縮された光の束が、ゼロムを暴星魔物ごと貫き、穿った
コハクはバトンから炎の思念を放ち、その場のゼロムを焼き尽くす
『ギャァアァァァア!!!!』
耳障りな断末魔と共に、目の前の魔物は塵も残さず灰となり消え去った
『よし!このまま駆け抜けよう。』
敵の気配はまだ僅かだが残っている。そしてちらほらと地面に散らばっている破片はおそらくゼロムの物であろう。
ロリセちゃんはスッと地面に散らばっている破片をそのしなやかで、しっかりと銃を握ってきた手で拾い上げた
そのゼロムの破片を見つめる
『…確かに何かしら叩き壊したような凹みがあるな。』
アスベルとシングはその近くにあった魔物の死骸を見ていた
『…こっちは真っ二つに切り裂かれた魔物だね。』
コハクの一言に、アスベルもその魔物の死骸を見つめながら、抜き放ったままの剣を鞘に収めた
『あぁ。俺と同じぐらいの剣の長さによる一撃だな。そっちのゼロムには叩き壊したような凹み、こっちの魔物は剣で切り裂いた傷痕か。見つかったのも1人じゃないという事は確かなようだ』
確か、女の子の他にもう一人男の子がいたと言う話である。
『…やっぱあの二人しか考えられねぇ。このゼロムの凹み方、間違いなくアイツが付けた傷だ……』
ロリセはその凹み方には馴染みがあるようで、そう呟いた
『なぁ、みんな。この先には何があるんだ?』
アスベルの質問に俺とシングは顔を見合わせる
『この先には、【娯楽都市ユーライオ】って街がある。その名前の通り闘技場や色々な娯楽施設がある街だ。多分、この暴星魔物とゼロムと魔物の死骸もその方向に続いてる。ロリセちゃんの探し人がいるとすれば………』
シングに視線を向ける
『うん。ユーライオは人通りも多いから、何かしら情報が入ると思うよ。アーメスさん辺りならその辺り詳しいかもしれない。』
アーメス、という名前を聞いて俺は眉を顰めた
『…あー。アーメスね。うん。』
俺は頭をガシガシと掻いた。
『アーメスか。またあいつの力を借りることになるのは俺も癪なんだけどよ。』
男性陣の反応を見たロリセは、何となくそのアーメスという男がどんな男なのか薄々と察してしまったようである
『だ、大丈夫だよロリセ。アーメスさん悪い人じゃないんだけど、ちょっと癖が強めっていうか……』
これ以上空気が重たくならないようにコハクはフォローへと回る
『…あー。コハクさん。いいよそれ以上は。ったく、何処にも似たような奴っているんだな』
ロリセもなにか思い出したのか、眉間のシワが少し深くなったのだった。
◆◇◆◇◆◇
ユーライオはその名の通り闘技場や賭博施設が併設されている娯楽都市である
近くにはパライバの別荘がある湖に囲まれた街のシャルロウがあり温泉宿があるグースと並んで有名な観光地の一つのユーライオ。
年に一度、近くに見える勇者の塔キングクロスで行われるお祭りは有名である
先程出た名前のアーメスは以前コハクの勇気のスピルーンを巡り、その塔の最上階で死闘を繰り広げた。それは記憶に新しい
俺たちは早速アーメスがよくいるホテルの地下にあるバーへと足を伸ばした。
今は昼間なので、まだバーは営業時間ではないらしく、未成年のシングたちもすんなりと入れた
そこに居るであろう新緑の髪を携えた横顔は憂いを帯び、コーヒーを優雅に啜っていた
黙っていれば普通に美しい男である。俺達の気配に気付き、眼の前の男はカチャリと静かにコーヒーカップを置いて微笑んだ
『……おや。ユーたち。この状況でよくここまで来れましたね。』
相変わらずだなと、俺達は思った
『そっちこそまだしぶとくやってるようじゃん?』
極自然に、ライはアーメスの向かい側に座る。それを見たアーメスはおかげさまで、と微笑みながら他の皆にも座るように促した
『何にしますか?長くなりそうなので、お好きな物を』
店員が人数分の水の入ったグラスを持ってくる
テーブルと仕切りの間に立て掛けられているメニュー表をアーメスはツイ、と引っ張った。
『オレ達はのんびりお茶しに来たわけじゃないんだがな。』
肩をすくめたヒスイに苦笑しつつ、とりあえず小腹が減ったので、サンドイッチと飲み物を頼んだ。
ちなみにテイクアウト出来るので、残っても特に問題はない
『まぁそう言わずに。ここまで来るのにカロリーを消費しているはずでしょう。何せここまで来る街道は魔物とゼロムだらけだ。大丈夫ですよ。毒なんてもう仕込みませんから』
まだ若いシングたちは代謝もいいので、腹も減るだろうしな
『で、早速本題に入りたいんだが、人を探している。』
ライが切り出し、アーメスはやはり、と相槌を打った
『人探し、ですか。確かにこの数ヶ月、例の天変地異で行方不明者も出ていますからね。……まさか貴方たちの仲間、ですか?』
『いや、オレたちじゃないよ。彼女の知り合いなんだ』
シングはロリセの方へと視線を向ける
『そちらの美しいレディは?』
行く先々でロリセは綺麗と言われる。ロリセはもはや軽くため息をつくしか出来なかった。どこに行っても大体、綺麗だとか可愛いとかよく言われるのだ。可愛いは、あいつ担当だっての、と内心毒づいた
『彼女の知り合いでな。この世界のこの辺りに落ちたって情報がカルセドニーのところにさっき届いたんだ。何か知らない?』
ライが質問すると、なるほど、とアーメスは1つ頷き、控えていたマスターに資料を持って来るように言った。しばらくして奥からマスターが大量の紙束を持ってきた。かなりの量である。
『その探し人の特徴を教えて頂けますか、美しいレディ』
『………そういうのもういいです』
そう告げると、ロリセは探している二人の特徴を淡々と告げていった。
しばらくアーメスは考えたのち、一枚ずつファイルに閉じられた物から【リル=ラルファンダ】と【クレイド=アスフェル】のリストを取り出した。
『…ビンゴだったな。』
ヒスイの一言に、ロリセは黙ってその行方不明者のリストを見ていた。間違いなく彼女たちの名前がそこにはあった
『この情報はどこで?』
コハクが気になっていたことを聞く
『情報を持って来ていたのは、【黒猫の魔法使い】ですよ。あ。それと、もう一つ』
黒猫の魔法使い、という新たな単語に一同は首を傾げた
そんな俺達を愉快そうに見つめ、アーメスは続ける
嫌な予感しかしない
『この辺りの魔物たちは、シェヘラ砂漠の奥にある次元の歪みを守っているようです。近々そのシェヘラ砂漠に有志を募って討伐隊が派遣されます。しかし、その魔物の巣には暴星魔物と呼ばれる凶暴な魔物がいる。』
それを聞いて俺達は戦慄した
『まさか、それってあの掲示板に貼ってあるやつですか?』
黙っていたアスベルは視線の先にある貼り紙を見ていたらしく、それを指差していた
『さすが、異世界の聡明な二代目領主(リーダー)ですね。その通りです』
その貼り紙は最近貼られた物なのかまだ真新しかった
『これがその有志を募って魔物の討伐隊を派遣するっていうチラシ?』
コハクもアスベルの横に並び、そのチラシを見上げた
サラリとその美しい黒髪が重力に従い流れる
『…でもおかしくない?砂漠には暴星魔物とゼロムがいるんだよ?タダでさえ危険な場所にそんな』
シングの疑問は最もである
『ははー。聡いなシング。俺が留守の間、この世界任せても大丈夫そうだ。』
ライがその長い足を組み直しながら言う
『…アスベルさん、コハクさん。そのチラシ多分、いや、十中八九、黒だ。』
ロリセはさも不機嫌そうに答えた
アーメスは深いため息をついた
『その通りですよ、レディ・シュトラウス。謝礼金として帝国側が設定した額より、法外な値段設定ですよ。』
ユーリたちが聞いたらブチ切れそうな話である
『…マリンがそんなことをやるとか有り得ねぇからな。……アーメス。お前の頼みは何だ』
正当な取引と判断したライがコーヒーを啜りながら問うた
『簡単な話ですよ。取り返しのつかないことになる前に彼らを止めて貰いたいのです。エストレーガの帝国軍にその法外な額をつけた裏切り者がいる。』
結晶騎士団の次は帝国の内通者かよ、ともう呆れ果ててものも言えない
『で。その依頼に俺達に何の見返りが?』
コハクたちはライの一段、落とした声音に、アーメスを見る
『その、レディ·シュトラウスのフレンドのラルファンダ氏とアスフェル氏が、シェヘラ砂漠へと向かう討伐隊の中にいると聞いたのですよ。そもそも暴星魔物、でしたか?ゼロム含めて一般人が太刀打ち出来る相手ではないでしょう?ラルファンダ嬢とアスフェル卿は違うんでしょうけど。』
それを聴いてロリセは黙り込んだ
アーメスからの依頼を受けたその後、その裏切り者の人間を申し出ついでに、軽く締めてやった。
………のだがもう既にシェヘラ砂漠へ向かった者もいるので後を追って止めてやってほしいと言われた。もちろん報酬は用意するとも
そんな仲介人にほとほと呆れ果てながらも、金はいらないと跳ね除けた
仲間を助けに行くのに、そんな見返りはいらないのだと
そして一行は再び、シェヘラ砂漠へと足を運ぶことになった。
【シェヘラ砂漠入口前】
『この先は砂漠だからな。油断した奴から消えてくぞ』
ライが砂漠の入口を睨めつけながら言った
『シェヘラ砂漠かぁ。コハクのスピルーンを取り返すための旅をしてたときに、コハクのスピルーンの反応を追ってこの場所に来たら、まさか巨大サンドワームがコハクのスピルーンを呑み込んでるなんて思わなかったよなぁ』
シングが言うとコハクが
『本当にそうだよね。喜びのスピルーン……あのときそれを取り戻して、皆と生きて再会出来て本当によかったって、みんな揃って大泣きしちゃったんだよね』
懐かしそうに会話をしているのをヒスイが見ながら
『そうだったそうだった。あの時のライの機嫌の悪さったらなかったぜ。』
今でも機嫌が悪い気がするのは気の所為ではないと思うとアスベルとロリセは思った
『砂漠と火山みたいな暑い場所だけは、ライ本当ダメだもんね』
コハクがくすくす笑いながら言う
『あー。本当何で魔物たちはこんなくっっそ暑い砂漠なんぞに陣取ってんだろうな』
ライは砂漠の入口を相変わらず睨みつけたまま言った
『俺は別に大丈夫だけど、ライはいつも通りに固有結界で熱を遮断しちゃえばいいんじゃない?ジルファの力で出来るんだよね?』
シングの言葉にライはいつも通りに、仲間を護る固有結界を張ろうとしたのだが
あれ?
ライはもう一度、固有結界を張ろうと思念力を集中させるが
『……おかしい』
ライが呟いたのを仲間たちは見逃さなかった
『どうした?』
ヒスイが不思議そうに問いかけた
『…………結界が発動しない』
その言葉を聴いて、仲間たちは目を張った
『え?本当に?』
シングだ
『うん。おかしいな……』
ライがもう一度固有結界の術式を起動しようとするが、いつも固有結界が完成する時に感じるあの暖かさは感じない。
【……………どういうことだッッッ!?!?】
この場にいた全員のスピリアが同じことを思った
そんなライを見て軽くため息を吐いた親友の痛い視線を感じながら、ライは嫌な汗が背中から流れるのを感じた
『…………………灼熱地獄で結界なしだと、ポンコツになるお前からソレ奪ったら何が残るんだよ』
ヒスイの一言にやっと戻りかけていたメンタルがまた砕けて行くのを感じた
付き合いが長いだけあり、親友であるヒスイは毎回ライには容赦がないのだ
ライがこういう時はいつもガラドがフォローしてくれていたのだが、今回は男手が必要なプランスールの瓦礫の撤去作業を手伝っているので、フォローは期待できなかった。
『お兄ちゃん、そんな言い方………でも本当にどうしちゃったのかな……』
コハクのフォローはありがたいのだが、これでは全員を暑さから護ることが出来ない。
『皆さん、聞こえますか!?』
どうしたものかと考えていたら、突然全員の頭の中に聞き覚えのある声が響いた
『!!この声は?』
こめかみを抑えながら、アスベルは首を傾げた
『……もしかしてリチア?』
シングも感じたらしい頭に直接響いた声は確かにリチアの物だった
『どうしたリチア!?トラブルか!?』
酷く焦っているリチアの声音を聞いたヒスイに当のエメラルドの髪の少女は、安堵の息が漏れた
『あぁ無事に繋がった!……試して見るものですわね。……今、リルハの力をお借りして皆さんへわたくしの思念術を使い、直接チャンネルを繋いでいます。』
それを聞いたアスベルとロリセ以外は瞠目した。
『そんなことして大丈夫なの!?また白化が進行したりはしない!?』
コハクの不安そうな声を顕にした質問に、ライもこめかみから冷や汗が流れてくるのを感じながらも、耳を傾けた
『ありがとうコハク。……その事なんですが、今はリルハにライが前もって渡してくれていた術式が刻まれた思念石、更にシュテルンの龍神の魔力を探知する能力もお借りして、ライの中にいるジルファを仲介地点とし、わたくしの声を届けているから少しなら大丈夫。』
思念力の消費もそれで抑えているので、クンツァイトの中にある彼女の身体にはそんなに影響はないらしいのだが、長くなるとリルハの方に負担がかかるので、どのみち永続的には使えないのだろう。
そうなるとリチアと直接話すのは、クンツァイトのスピルメイズにスピルリンクするか、またはリルハに身体を借りるしかなさそうである。
もしリチアの身体にリチア自身のスピリアが戻り、前のように表に出てきてしまったら、白化がまた進行してしまう可能性があるからだ
『……ったく。お前はいつもいつも危なっかしいんだよやることが。変わんねぇよな本当』
ヒスイが頭をガシガシと掻きながらまたため息をついた。
その顔も微妙に赤が差していたが。
『すみません。……ヒスイもありがとう。…………それで、取り急ぎ報告が。皆さんが今いるであろうシェヘラ砂漠に次元の歪みがあると、クンツァイトが感知したのです。』
次元の歪み、と聴いて全員は顔を見合わせる。
『次元の歪みの話なら、アーメスから』
今は穏やかな砂漠の方向にライは視線を向けた。
『でしたら話は早いですわ。それで審議の結果、ライの防御壁を作り出すような固有結界の思念術式の類が、その歪みのせいで一時的に使えなくなっているのでは、とリタが』
正に今置かれている状況の通りである
『…その通りだリチア。流石リタだな。何度も挑戦してみたが全く発動しなくなってる』
ライがそれには答えた
『……やっぱりね……。だから、出来るだけ救助活動は短時間にしたほうがいいと思うわ。何人の冒険者が砂漠にいるかもわからないし、ロリセの探し人が砂漠の奥まで行ってないことを祈るしか。あと褒めても何も出ないわよ。』
リタだ。
それを聴いてロリセは
『リタちゃんの言うとおりだな。片方は砂漠みたいなところでもあんまし関係ねぇんだが、問題はもう片方。そいつはあたしと同じ雪国のシャルストラ出身だから、暑いのは苦手』
『なら早く助けに行かないと……。ライの固有結界が発動しないなら、なおさらだ』
辺りを警戒しながらアスベルが言う
『あまり時間は無さそうだな。』
ヒスイが砂漠に視線を向けた
『次元の歪みがあるほぼ近くに、何人かいるようです。シェリアから預かった技術者の仲間、パスカルさんでしたか?その方から頂いたパーツでクンツァイトのレーダー機能を拡張しました』
『その機能で、最短ルートを計測したものをライの端末に今、送っておいた。活用してくれ』
機械的なクンツァイトの声が聞こえたあとに、ライがいつもジャケットの内ポケットに忍ばせている携帯型ノートパソコンが振動した。
その携帯型ノートパソコンには原界のワールドマップと訪れた場所が記録されている。
ライはその携帯型ノートパソコンをすぐに開いた
するとシェヘラ砂漠のマップ上、ほぼ中央に赤いマーカーが複数、紫のマーカーを取り囲むように展開している
その周りに青いマーカー2つと、白いマーカー複数の表記があった
『赤いマーカーは敵勢力、紫のマーカーは次元の歪みを示すもの、青いマーカーは味方の識別信号、白いマーカーはその他の人間よ。白いマーカーは恐らく騙されたっていう冒険者たちじゃないかしら』
リタからレクチャーを受けながら、画面をよく見れば複数【LOST】と書かれた文字があった
『この【LOST】のマークはひょっとして』
ライの質問に一呼吸置いたクンツァイトがリタとリチアに変わり答える
『あぁ。生命活動が感じられない存在の表記だ。人間か魔物かは行ってみないと分からないらしい』
ライはその【LOST】の文字を視線で辿る。
『…この【LOST】の文字、中央に向かって伸びてるな。多分、これを辿っていけばリルたちのところに辿り着くんじゃねーかな』
ロリセがそう答える
『……よし。行こう!』
シングの合図で一行は改めてシェヘラ砂漠へと足を踏み入れた
ただし砂漠は広い。足場も悪いので、反応のある中央までには時間がかかりそうだ
◇◆◇◆◇
砂漠に入った途端に立ち込める熱気は空気を吸い込めば呼吸器は焼けそうで呼吸がし辛いレベルだ。
40℃を超す過酷な環境の中、更に暗くならないうちに一刻も早く救助活動をしなければならない
そんな砂漠の中に足を踏み入れ、しばらくしてそれは見えた
『…ここにも暴星魔物の死骸が…』
アスベルの足元に見えたそれは、僅かに砂を被っており、その暴星魔物、コミスデーモンは倒れていた
『こうして見ると、暴星魔物って本当に不気味な存在だね』
シングの一言にヒスイは
『ゼロムも同じようなもんだろ。それにしてもまぁ見事に破壊されてんな。』
花の形をしたゼロムは基本的に炎に弱いはずなので、このゼロムがここにいるのは少しおかしいとライは思ったが次元の歪みがあるのだから、そこから何が出てももう驚かないが
『それにしても信じられない。こんな凶暴な魔物がいる砂漠に一般の冒険者を放り込むなんて。』
コハクの最もな意見にアスベルは無言で立ち上がる
『そうだな。早く皆を救出しないとだな』
『とりあえずオアシスもあるからまずはそこまで頑張ろう!』
ジリジリと照り付ける太陽に焼かれ、乾いた砂は熱を放つ。それが蜃気楼となり周りも少しだけ見にくい
このシェヘラ砂漠、またの名を【落命の荒野】と言うそれは、汗が一筋流れ落ちるたびに、命も一つ失われると言う曰く付きの場所である。
この前プランスールにむけてここを通り抜けたらしいリョウたちもここはヤバいと口々に言っていた。
ライたちは安全策を取り、近くの抜け道を通っていた時にルーシィはシュテルンと契約した。
この落命の荒野は、一匹のサンドワームが100人のキャラバン隊をひと飲みしたという話もある
そのサンドワームはシングたちが倒したのだが、別の世界にもサンドワームは存在するという話を出逢った仲間たちから聴いたこともあるので、異世界のサンドワームが次元の歪みを通り抜け、再び相見えると言う可能性が無きにしもあらずな状況である
このシェヘラ砂漠を陣取っている魔物たちがやたら統率を取れているのがライは余りにも不自然すぎると思っていた
襲い来る魔物を切り捨て、打ち抜き、焼き尽くしながら一歩ずつ進む
戦闘の度に汗が一滴、また一滴と滴り落ち、その乾いた砂漠の砂を濡らしていく
もうどれだけ歩いたかは考えるのが面倒だと思いつつ、途中のオアシスで休憩を挟んで、オアシスの水を水筒の中身に詰める。
頭の中にマップを叩き込みつつ、その記憶を頼りに前へと進んでいく。
あまり近づいてはいないような気がする。いや、そんなことはないと思いたい。だんだんと人の気配は濃くなってきているし先程よりも視界に入る魔物の死体が増えてきている。近い、そう思った時に変化は起きた
------キィィィ
そう。遠くから余りにも聞き覚えのあり過ぎる鳴き声が聞こえた
『‥‥ん?今誰か何か言ったか?』
アスベルの質問にこの場にいる全員は首を横に振った
『いや、明らかに今の人間の声じゃねぇだろ。』
ロリセの一言に確かに、とアスベルは相槌を打った
『警告!動体反応検知。………この反応はまさか!』
クンツァイトの声と大きな地鳴りが聞こえたのはほぼ同時だった
『な、何だ!!?』
地鳴りで揺れる砂漠で何とか踏ん張りながら、ヒスイの声が響いた
『…こ、この感覚はまさか!!』
勢いよく砂と共に飛び出して来たのは巨大なミミズのような魔物だった
『さっ、サンドワーム………!!!?』
ライたちの目の前に現れたのは一度倒したはずであろうサンドワームだった
『……確かにサンドワームっぽいがよく見ろ。俺らが倒したサンドワームとは形状もデカさも異なる』
今まで黙っていたライがヒスイの肩を支えにしながら前に出た
『ライ、無理すんな、って冷てっ!?お前めちゃくちゃ体温低くね?』
『…結界が使えないからな。すまん。思念術で自分の体温ギリまで下げてる』
『な、なるほど。』
つい納得してしまったコハクだった
割と自殺行為な気もするが、集中していないとすぐに動けなくなるこの身体が憎い
しかし自分のことに集中していたせいで、ここでライは大きな失敗にまだ気づいていなかった
『……邪魔しようってんなら……サンドワームだろうが、暴星魔物だろうが、ゼロムだろうが……消す……』
ロリセのその声音にこの場にいた全員は各々の武器を手にサンドワームへ向かい合った
『皆!あれを見て!』
シングが何かに気づいたかのように指を指した
シングが指を向けた方角。そこにあったのはポッカリと空いた一つ穴。いつの間にか出来ていたその穴は少しだけ奥に続いていた。
『皆さん!あの穴の向こう!おそらくあれは意図的に開けられたものです!あの穴の向こうから、次元の歪みの反応が!!』
リチアの声に全員は顔を見合わせた。
『……つまりはここの次元の歪みを閉じるためには、このデカ物潰さねぇとダメってことか。』
その赤い巨大な口、口の周りには鋭い牙。そこから流れてくる鳴き声は、飢えを満たそうとする狩人そのものである
『…ライ、このサンドワーム、私たちが倒したヤツとは違うって言ったよね』
コハクは解放したソーマ、エルロンドをくるりと回しながらサンドワームを見る
『……あぁ。恐らく次元の歪みを通ってここに流れ着いた異世界のサンドワームだろ。』
ジリジリと照り付ける太陽に焼かれながら、答える。ゆらゆらと揺れる陽炎、少しずつ天候も荒れてきた
恐らくそろそろ砂嵐が起こるだろう。今日は少しだけ風も強いので、微量の砂嵐が舞っている。
敵は巨大サンドワームと小さめの子ワーム。この砂漠にはよくいる魔物である
『ここまで来るのに、石飛ばされて割と全員苛ついてたよな。鬱憤を晴らすためにサンドバッグにでもなってもらうか。』
ロリセの一言に全員が口元に笑みを浮かべた
『それ賛成。俺ってば借金と仕返しは倍返しが原則って決めてるんだよなぁ』
砂漠の暑さと、道中の石の洗礼でライも色々と我慢の限界も来ていた
『へっ、久しぶりに見たぜその顔。まぁこちとらサンドワームこれで4回目だからな。』
少しだけ余裕を取り戻してきたライの隣にヒスイは並んだ
『前はオレとアスベルで引き受けるよ!アスベルの抜刀術で隙を作りながら、オレが切り込むから!』
『わかった。だけどキツくなったら声をかけてくれ!俺も前に出る』
シングも盾からアステリアを引き抜き、アスベルも新しくなった抜刀術に特化した型の剣を抜く。
『アスベル、どうだ新しい剣は』
道中何度か魔物と戦うこともあったのでアスベルは、新しくなった刃こぼれ1つしていない剣を見る
『何度か抜刀術も使ってみたけど、すごくしっくり来てるよ。ありがとうライ』
そいつは良かったとふと微笑む。
『オレたちが倒したサンドワームとは大きさも気配もケタ違いだけど、不意を突かれなければいけそうだね。行くぞ、4度目のサンドワーム!!』
シングの気合の声と共に、4度目のサンドワーム戦は始まった
やはり目の前のサンドワームもその巨体を生かし、巣穴に潜り込みながら攻撃してくる。一度隠れられたら何処から来るかも予想はしづらいのである
『このミミズ野郎!何度も同じパターンが通用すると思うなよ!』
穴から出てきたサンドワームの真上には、アイスニードルが展開している。 ヒスイが水の思念術をサンドワームが砂にいる間に放っていた。
その無慈悲な氷の一撃はサンドワームを貫いた
ギィィィィ!!
と耳障りな鳴き声と共に、サンドワームは叫んだ
『やっぱり水に弱いみたい!!』
コハクは周りの子ワームをバーンストライクで焼き払いながら親ワームを見上げる
『今回はライも役に立ちそうだな』
ヒスイの言葉に眉を寄せながら、ライはフリーズランサーを放つ。
周りのミニワームたちが割と厄介なので、ライは射程内にいるサンドワームと一緒にミニワームごとフリーズランサーで貫いた
ソーマリンクを通じて、アイコンタクトでライの意思を汲み取った機動力のあるコハクが一気に前に詰める。
『火旋輪!!!』
火の思念力を纏わせたエルロンドをコハクはミニワームたちに高速で投げ飛ばし、一掃した
『ピギィぃィィ』
甲高い断末魔を響かせ、ミニワームたちは焼き尽くされるのを見やりながら、ライは次の詠唱に入る
『やっぱり流石だな。連繋も完璧だ。俺も負けてられないな』
アスベルがそれを見て、サンドワームに向き直った
『ライがこうやってソーマリンクを通じて指示を飛ばしてくれることもあるから、俺たち前衛は安心して背中を預けられるんだ!行くぞ、屠龍閃!!』
刃に纏った炎で下から上にアステリアを振り抜き、シングはそのサンドワームの巨体に傷を負わせた。
最初のヒスイの思念術が利いているのか、サンドワームの動きは徐々に鈍くなってきている。狙うなら今しかないだろう。
『シング、ロリセちゃん、アスベル!一応相手の動きを止める方向で試してみる』
それを聞いた3人がライに振り返る
『砂に潜られたら、銃だと狙いがつきにくいからな。頼んだライさん』
この場所での戦いも最低限に済ませたいのが全員今思っているところである。
『わかった!アレだね!!』
シングの言葉にライは再び思念力の構築を開始する
『ライ!手伝うぞ!』
今まで中距離から抜刀術を放っていたアスベルがそう打診する
『サンキュー!』
アスベルとシングが肩を並べてサンドワームへと走り出した
『シング、アスベル、気をつけて!』
コハクの声を後ろに。
ヒスイは思念術の詠唱を始めた
ロリセも二人の邪魔をサンドワームがしないようにその銃口でサンドワームを撃ち抜いていく
何となくだが、機嫌が悪いような気がして、ライは少しばかり不安を覚えた。
面倒なことになる前にちゃちゃっと終わらせなきゃだな
『氷姫に抱かれて凍て付きやがれ!!!…………インブレイスエンド!!!』
ヒスイのインブレイスエンドはサンドワームを直撃した。地面からバキバキと音を立てて、氷の棺はその巨体を飲み込んで行く
『………ブラッディハウリング!』
ライはサンドワームを氷の棺ごと迸る闇の奔流で飲み込んだ
そのまま闇の奔流はサンドワームを拘束、それを逃すまいと前衛のアスベルが気を溜めた後に前方一直線に巨大な炎の塊を容赦なく放つ。
アスベルの最大奥義の【覇道滅封】
その射程は無限と言っていいだろう。
さらにアスベルは2発目を放ったのち、前方に移動し、斬り上げながら灼熱波をぶちこんだ
グラリとダウンしそうになるのをサンドワームは堪えたがその焔の一撃は囮だ。
更にシングが追撃して、獅子の闘気を放った先にいたのはロリセだった
『バッチリ射程範囲内。』
刹那、その砂漠に乾いた銃声が鳴り響いた
サンドワームの死骸を後ろに、ライたちはその亀裂があるという一つ穴に足を踏み入れた
『以前来たときもこの一つ穴はあったのか?』
『俺達の知る限りじゃなかったはずだぜ。』
アスベルの質問にライは淡々と答える。砂の上よりはだいぶ涼しいこの一つ穴は、先程リチアが言った通り人為的に掘削されたものである。この場には何もなかったはずなのに、その掘削された道は割と奥まで続いていた。
地面を見やると、点々と紅い雫、恐らく血液だろうそれが続いているのを目を細めて見つめる
『この血痕、奥に続いてるね。』
恐らく冒険者の誰かのであろう。奥から人の気配もある
なかなかに広いこの空洞に何をしようとしていたのか。
そういえばライは以前、とある聖隷と業魔から聴いたことが何故か頭によぎった
こういった砂漠や、火山がある場所は大地を流れる自然の力の源でもあると
地脈が集中している場所を地脈点と呼び、地上で生まれる精霊のような類はこの地脈点から生まれると
特に力が底に潜っていく場所を地脈浸点、逆に底から力が噴き上がってくる場所を地脈湧点と呼ぶらしい
例を上げると、この世界ではバメル火山になるのかもしれないが、この世界には精霊の類はいない。
そう思考していると、ロリセがある一点を見つめていた
『……あっちか』
ロリセはそのまま気配がある方へと足を運んだ
一歩、一歩、また一歩足を運ぶ。
周りを物珍しそうに見ている仲間たちはさておき、ライは目の前を歩く少女の呼吸が少し荒くなっているのに気付く
ロリセちゃん、とライが呼ぶより先に洞窟内に声が響いた
『ロリセ……?』
振り返るとそこには金の美しい髪を揺らして、髪をサイドで止めている可愛らしい少女が立っていた
『ロリセ?ロリセだよね!?』
金髪の少女は手に持っていた恐らく水筒であろうそれを落として、ロリセに駆け寄る
『…り『うわぁあぁあぁんロリセぇぇぇぇえ!!!』
ロリセが名前を言い終わる前に金髪の少女はロリセに思いっきり泣きながら抱き着いた
その拍子に金髪の少女が持っていた水筒はそのまま派手に音を立てて尖っていた岩まで転がっていったのを見つめながら
『…どうやらアーメスの話は当たりだったみたいだな』
ライの横でヒスイが言う
『みたいだな。』
ライはその落ちてしまった水筒を拾い上げる。幸い傷が軽くついただけで中身は無事のようだ。
『ロリセ!ロリセ良かった!今まで何処にいたの!?亀裂にクレイドと落ちて行方不明って聞いてどうしてるのかずっと心配してたの!何処もわるいとこない?こんな砂漠越えて、体調大丈夫!?』
『ちょ、ま、リル苦しい、苦しい、まとめて話すからはな』
『リル?今の音何だ?』
更に奥の通路からもう一人、男性の声が響いた
『あ!クレイド!』
更に奥の方から男性の声が聞こえ、クレイド、と聞いてライはふとアーメスから聴いた名前を思い出した
クレイドって確か
そしてコピーしてもらっていた顔写真と目の前に出て来た男性と金髪の少女の写真を見比べた
『…ええと。ひょっとしてリル=ラルファンダさんとクレイド=アスフェルさん?』
水を差すようなことはやりたくないのだが、念の為に確認をしておかなくてはならないので遠慮がちに聞いてみる
『え?そうだけど、なんで俺らのこと?』
クレイドの方は特に気にするでもなく答えてくれた
『俺達、貴方たちと一緒に行った冒険者と貴方たちの救助を依頼されてここまで来たんです。』
シングが事情を説明すると、リルとクレイドはなるほどと相槌をとった
『あぁそうだ。魔物が増えて困ってるって言うから、オレとリルはその依頼主に言われて冒険者の手伝いにきたら』
リルとクレイドの話はこうである
このシェヘラ砂漠に依頼主に言われた通りに魔物を退治しにきたら、見たことのない魔物たちに襲われてここまで何とか逃げてきたと。
この洞窟内はまだ魔物には侵攻されてはなく、この先に何やら奇妙な亀裂を見つけたと。
『その亀裂の近くでよく魔物に襲われなかったな?』
ヒスイである
『魔物が遭遇する前に、黒猫を連れた魔法使いっぽい女の子に出逢って、その亀裂から魔物が出ないようにするための結界石みたいなものを貰ったの。そのおかげで』
ここでもまた黒猫を連れた魔法使いの名前が出て来た。
『今その亀裂は?』
ライは気になって聞いてみる
『あぁ。その亀裂は普通の方法じゃ閉じれないから、亀裂を閉じれる人が来るまで待ってろって。でもいくら待っても誰も来ないから、そろそろユーライオにクレームつけに行こうとしたところにあんた達が来て』
そのクレイドの言葉を聞いて、ライは軽くため息をついた
『……あの女……安請け合いしやがって』
ライは頭を抱えた
その後彼女たちの案内の中で聴いた話、冒険者たちが外のサンドワームと魔物たちのせいで、帰れずにいたのでここで救援を待っていたということである。
そこそこある広さの空洞は、奥にしっかり湧き水からなる湖もあり充分飲料水としては問題のない成分が検知されたので一先ずは腹を壊すことはないだろうと確認も取れた。そしてやはり何人か怪我人も出ていた。
◆◆◆◆◆
『ええっ!?この依頼黒だったの!?そんなぁ……』
リルは肩をガクリと落としてそう言った
『マジか。これで何度目だよ』
クレイドも頭を押さえてため息をついた
『……と、まぁ。そういうことだリル、クレイド。つーわけで、ここから一番近い街のプランスールに案内すっからついてきて欲しいんだけど』
ロリセは思ったとおりの反応だと言わんばかりに淡々と用件を告げた。
『それは構わないけど』
『…それはここの亀裂を閉じてからだ。クレイドさんとリルさんたちは、こいつらとここで待っててくれ。』
『一人で大丈夫なのか?』
アスベルの言葉に、俺は平気だよ、と一言残して更に奥へと進んでいった。
積もる話もあるだろうし、俺は俺の為すべきことを。
◆◇◆◇◆◇
カツン、と一つだけ足音が響き渡る。あの空洞から更にだいぶ奥、それは静かに鎮座してあった
周りにはシュテルンを解放した時にもあった結晶の森。龍神を封印していたであろう結晶の森だ
俺は周りに誰もいないことを確認して、ジルファを呼び出した
『…シュテルンを解放した時と同じ空間だ』
ジルファはその結晶を見つめながら口を開いた
『…簡単に言うと、龍神が力を行使したあとに出来る結晶だな。例えるならこの世界にある思念石ってあるだろ。それと同類』
思念石の類ならば、この世界の共通の知識であるのだが
『つまり、ここに何らかの属性の龍神が封印されてた、ってことだよな。』
足元には無造作に散らばる結晶の破片。
それは仄かに熱を帯びていた。この砂漠の思念力の影響なのかはわからないがその結晶はまるで焼却炉で肉を焼かれ出て来た白骨のようにハッキリと形を残していた。
『碌でもない属性の持ち主、何人か心当たりがある。ガルデニアで屍人兵を操っていた龍神の操神かな。』
そういえばガルデニアでかなりの数の屍人兵を相手にしたのを思い出した。あの時はシスカやユーリたちの機転で逃げ切ることができたんだった。
しかしここに封印されていたと思われる龍神の操神龍カシェール。呼べばいいのか、そいつは既に神聖帝國騎士団側にいる。シュテルンの母親であるブラジェレもだ。恐らく操神に操られている、と、沙羅から聴いた。
『…(思ったより厄介そうだとは思っていたが)』
俺は自身の手の中に、思念力の塊をつくり出す
その塊は目の前にポッカリと穴を開けている現象とは真逆の性質の思念力の塊である。
黒猫の魔法使いがこれ以上この亀裂が開かないようにと、自身が練り上げた魔力で出来た鎖でその亀裂に干渉し、縛り付けるという魔法だ。
『…いいのかライ。これ以上お前がこの戦いに関わるとなると、待っているのはマシな未来じゃねーぞ。折角出来たかわいい嫁さんも大事な仲間も……もしかしたら失うことになるかも知んねぇんだぞ』
その言葉を後ろに、俺は目の前の亀裂をその鎖ごと破壊した。
しばらく拮抗した後、亀裂はみるみる収束していき、程なくしてガラスの割れるようなけたたましい音と共に閉じられ
、洞窟内にその音は激しく反響する
砕け散るその破片を無感情に見つめながら俺はジルファに向き直った
『バカ言ってんじゃねぇぞ。こっちはお前の手を取った時点で覚悟はもう決まってんだ。今更ここへ残れってのは無理な相談だぜ。……それに』
ふと視線をズラすとそこにあったのは煙を立てた自分の手のひら
『……シリスのことか』
そう。シリスがあちら側にいる以上、これはもうジルファたち龍神だけの問題ではないのだ。
あいつが何を考え、あちら側についたのかは皆目検討もつかないが、生真面目なあの男のことだ。何かしらの理由があることは確かであろう
『あの男は、俺が叩きのめす。シリスは俺にしか対応出来ねぇからな。だからジルファは……』
『…あー…それ以上はもういいわ。別にオレがいなくても母さんがアイツみっちり扱いてるみたいだしどうとでもなるだろ。母さん、アイツに元の力を取り戻させようとしてるみたいだから』
『なるほどな。だから最近よく疲れた顔してんだな。……アイツが元の力を取り戻したら余計手がつけらんなくなりそうだけど』
『まぁそれはアイツ……リョウ次第だな。』
ジルファはそう言うと珍しく苦笑していた。確かリョウとジルファは……
そう考えながら元きた道を戻っていると
『ロリセ!!!』
酷く慌てた声が谺した。その声がした方向にジルファと俺は走って戻る
声が聞こえた俺たちは嫌な予感をヒシヒシと感じながら仲間たちが待っているであろう場所へと戻った
『おい今のコハクか!?……一体どうし……』
目の前で起こっていた光景
そこにいたのはクレイドの腕の中で、その美しい瞳は固く閉ざされ、気を失っていた黒髪の少女だった
見たところ外傷は全くない。しかしここでライはあることを思い出す
今まで気を張っていた彼女はこちらから見ていても、割と無茶しがちな性格だった
先程のサンドワームとの戦闘でもこの熱砂の中、顔色一つ変えず……いや、何かしら兆候はあったはずだ
それを見落としていた。
『限界が来ちゃったんだ!!聞いてたと思うけど、ロリセはデスホーネットのせいで身体中の組織が変化しちゃって、体温調節がまともに出来ない身体になってる。そんな中こんな熱い砂漠を越えてここまで……』
リルの言葉に俺はすぐに、状況を理解した。
そしてこの場にいる対象を捕捉する。
数は俺らを合わせて40。この程度なら転送術式でプランスールまでは一瞬だった
多分今なら使える
俺は皆に言うが早いか、転送術式を起動してこの場の全員をプランスールへと送り届けたのだった。