第19章

橋上聖都プランスールはプランス海峡の上に橋を築き、島と島を繋いだ上に街を作った都市である

このプランスールには、結晶騎士団の本拠地である『サンテクス大聖堂』を中心に、孤児たちを養う施設の孤児院も併設されており、サンテクス大聖堂の横には救護院もある

マクス帝国の帝都エストレーガと共に、この世界の軍事の覇権を担っているのが、この世界の2つの2大都市【帝都エストレーガ】と【橋上聖都プランスール】だ。この世界の物資の輸出や輸入を中心にしているのは【交易の街ヘンゼラ】だ。

この世界の大商人のチェン大人が実権を握っている街である。ライの取引先の最大手だ。

結晶騎士団は主にソーマを使って、この世界の住民を脅かすゼロムとデスピル病を鎮めるというのが主な仕事だ。数年前までエストレーガの帝国軍とプランスールの結晶騎士団は犬猿の仲だった。

しかし数年前の緋色の髪の魔王との戦いの最中に皇帝陛下のパライバがデスピル病を患い、ゼロムに取り込まれるという事件が発生した。

それ以降、お互いにお互いの非を認め合い、少しずつこの世界も平穏へと導かれていく筈だった。

そんな世界へとユーリたちは足を運び入れ、プランスールの正門から街を見渡し、真正面から見えたのは巨大な大聖堂であった。

あれがこのプランスールを治めている【結晶騎士団】の総本山【サンテクス大聖堂】である。初めて訪れた面々はその大聖堂の大きさにただただ圧倒されていたのだった。

『……被害は……まだ少ないみたいだな』

ヒスイの言葉にみんなは頷いた


少々破損箇所は見受けられるが、目立った怪我人はいないようである

恐らく重症患者は救護院と大聖堂に収容されているのだろう

『…間に合ったみたいだな。これで戦いの準備も充分にできる』

カルセドニーが言うと、カルセドニーに気付いた結晶騎士団の騎士が駆け寄ってきた

『カルセドニー!それにライも!よく無事で……また大所帯になったな』

騎士の突っ込みに苦笑しながらライとカルセドニーは今の状況を確認する

『暴星魔物とゼロムの混成部隊はどうなっている?』

『あぁ。【落命の荒野】と【ラジーン洞窟】を隔ている街道があるだろう?その外れに群れを作り度々プランスールを襲ってきている。アスベルとシェリアのおかげでいまのところはこれといった目立った被害はないが……とはいえ、怪我人は増える一方だよ』

騎士の言葉にアスベルはばつが悪そうに

『すみません、俺たちがもう少ししっかりしていれば……』

『そんなことはないよ。君たちのおかげで被害は最小限に留められているんだ。誇ってもいい』

騎士の言葉に、アスベルは『ありがとうございます』と頭を下げた

『それとライ、フリット先生が心配していた。お前に限って万が一はないだろうが、息子を心配しない親なんていないぞ。あとでちゃんと顔を見せてやれよ』

騎士の言葉に『あぁ。』と短く返事をして頭をガシガシとまた掻いた

『僕たちはフレン殿とエステリーゼ様を連れて、聖堂に一度戻るぞ。今後について話をしたい』

カルセドニーの言葉にフレンが

『わかった。こちらの世界の騎士団のことも少し気になっていたんだ。僕とエステリーゼ様はカルセドニー隊長と聖堂にいくけど……』

フレンは仲間たちを見やる

『宿はどうする?先に取っておく?』

エルリィの言葉にカルセドニーがふと思い出したことを口にした。

『…今、宿は怪我人や放浪者にも解放されているんだ。この大所帯では逆に治療の邪魔になりかねない。……もしよければ結晶騎士団の拠点のサンテクス大聖堂の敷地内にある騎士たちの宿舎に部屋を用意するが』

プランスールに入ってすぐ

これだけ大きな大聖堂であり、結晶騎士団の本拠地である

宿舎の部屋はいくらでも空いていると騎士が補足した。アスベルとシェリアもその場所を間借りしているとのことだ。騎士専用の大浴場以外に、一般専用に開放されている大浴場もあるし、宿舎のどの部屋にも綺麗なバスルームは併設されているので、暖かい湯にも入れるとのことだ。

『じゃあ、お言葉に甘えましょうか。』

そう言ったのはエステルである。

『だな。宿は落ち着けそうにねぇしな』

そうユーリは頷いた。

この場にいる全員、異論はないようである

『俺はちょっと一回家に帰るよ。何かあればすぐに言ってくれ』

『わたしもライといくわね。』

セレナとライはここで一度別れるようだ

『わかった。聖堂のお前の部屋はそのままにしてあるからいつでも帰ってこいよ?』

騎士の言葉に『ありがと』と、手をひらひらと振り、セレナとライは居住区の方へ足を伸ばした

◆◇◆◇

ライは随分と久しぶりにプランスールの門を潜ったように思えた

だが久しぶりに帰ってきた故郷は、いつもの穏やかな雰囲気とかけ離れ、非常に殺伐とした空気が漂っている

無理もない。根絶していたと思っていたゼロムが未知の魔物、暴星魔物と共にこのプランスールを脅かしているのだ

どうやらあちらは本気でこのプランスールを落とすつもりである

あまり時間はないと、ライは思っていた

『きっと叔父様たち、いきなりこんなことになって不安でしょうね。事情説明も兼ねて、早く顔を見に行こ?』

セレナに促され、ライはその重い足を動かした

二人はシングたちと別れたあと、住宅地にあるジルファーン夫妻の家を目指している

『……叔母さんたち元気かな。この間手紙出したのいつだっけ』

ライの言葉にその蒼い髪を揺らしてセレナは振り返る

『確かもう半年ぐらい前じゃないかしら?』

そんなにもなるのか。ならば叔父たちはカンカンに怒っているかもしれない

出来れば弟のフレオも連れて、家に戻りたかったが彼も何処ともわからない場所を旅しているのだ。

探す方が無理な話だった

この街にいると、どうしても思い出してしまう

結晶騎士団だったときのこと

カルセドニーたちとの出逢い

あの旅のこと

一度はシングたちと袂を別とうとしてしまったこと

そして

『彼女』のこと

辛かったことも、楽しかったことも

たくさん、たくさん

すべてが

昨日のことのように思いだせれる

今でこそこんなろくでもない人間になってしまったが、ここに至るまでのすべての出来事が、今のライを形作っていた

ぼんやりそんなことを考えていた時、唐突にそれは起こった

この角を曲がれば、目指す家はすぐそこだった


『きゃあっ!』

『うわっ!?』

誰かとぶつかったと気付いたのはお互いに尻餅をついてしまった時だった

なにかが派手にぶちまける音と共に、ライはあわてて起き上がり

『す、すみません!急いでいたものですから……』

『いえ、こちらこそうっかりよそ見していたせいで……』

どうやら相手は買い物の帰りだったのか袋の中にあったオレンジと林檎が地面に転がってしまっている

しかしライとセレナがオレンジを拾い上げた時、何か違和感を感じた

女性の声があまりにも聞きなれたものだったからである

もしやと思って振り返ってみるとそこにはライと同じダークブラウンの髪を揺らしていそいそと林檎を拾い上げる姿があった

『……ローズ……!?』

ライに名前を呼ばれたと同時に、女性は弾かれたように顔を上げそのライと同じセピアの瞳を大きく見開いた

彼女は間違いなく、ライの妹であるローズ・ジルファーンであった

『……え。兄さん!!?セレナも!帰ってきてたのね!ど、どうしよう……』

口元に手を添えて、ライを見上げるローズの姿はまだ幼さが残っていた

『……あ、その……た、ただいま……ローズ。元気そうだな……』

ライは照れ臭そうに頭をガシガシと掻いた

『………そんなことはどうでもいい!無事だったのね!!半年前から手紙が途絶えてしまっていたから叔父さんたちもずっと心配していたんだから!』

開口一番、早口で捲し立てるわが妹にライは最早何も言えなかった

セレナも何も言わずにその光景を見守っていた

『…うっ…やっぱりか…本当にごめん。ここに来るまで色々あってさ……手紙出せなかったんだよ……叔父さんたちは元気か?』

ローズの頭をぽんぽんと軽く撫でてやると、少し頬を染めてローズは頷いた

『えぇ、元気よ。だけどここ最近の地震の影響で怪我人が絶えなくて、叔父さん救護院にかかりっきりなの。騎士の皆さんも忙しなく動いているから……』

ローズがその眉をはの字に歪めた

ライはそれを聞いて、しばらく考え込むように黙り込んだのちセレナと顔を見合わせた

『その事について、叔父様たちにもお話しておきたいことがあるの。』

セレナの言葉に、ローズが首をかしげた

血の繋がった兄と、その伴侶の言葉を聞いてローズはしばらく考えたのち、わかったわ、と頷いたあとそのオレンジと林檎が大量に入った紙袋をライに渡した

2つとも球状の果物なので、袋が二袋とはいえなかなかに重たかった

『……あの。ローズちゃんこれは一体……』

『重くて大変だったの。全部兄さんが持ってね』

ものすごくいい笑顔でローズは天下無敵と言われても過言ではないこの男を

見事にただの荷物もちに降格させたのだった

『…………へいへい』

ここは素直に従った方がよさそうである

角を曲がるとそれはすぐに見えた

変わらず手入れの行き届いた庭先には色とりどりの花が植えてある

叔母のシルヴィアは花が好きだった

度々珍しい花を見つけては、その庭先に植えて毎年花が種をつけていたのを思い出す

玄関のドアをローズが開いたすぐ右側の靴箱の上にある洒落た白の陶磁器の花瓶は叔父のフリットのお気に入りである。いつも磨いているのを幼い頃横で見ていた。

その花瓶には見事に色を合わせ、それぞれの色や特徴を引き立てている花が枯れることなく飾られていた

これはきっとシルヴィアが選んだのだろう

少し廊下を行ったところにあるキッチンからは、何かを煮詰めている甘酸っぱい香りが漂ってきている

恐らく叔母が端正込めてまた苺のジャムを煮詰めているのだろう

叔母の得意料理のひとつである

久しぶりに帰ってきた家は、変わらずライとセレナを出迎えてくれた

だがしかしライは少々緊張しているらしく

……何かすげぇ緊張してきた

『無理もないわね。いつぶりよ帰ってくるの』

セレナである

『シルヴィア叔母さん、ただいまー』

ローズの声が聞こえたのか、台所から火を止める音が聞こえた

奥の台所から長い髪を後ろで一つに三つ編みにまとめた女性が出てきた

ライの叔母のシルヴィア・ジルファーンである

『おかえりなさいローズ。悪かったわね。重かったでしょ……あら。まぁ珍しい!!』

シルヴィアが後ろにいるライとセレナに視線を向ける

『…ただいま。シルヴィア叔母さん。お久しぶりです……』

『こんにちは。叔母様』

セレナは頭を丁寧に下げた

『ライにセレナちゃん!まぁーびっくりしたわ!!ライ、あなた今までどこほっつき歩いていたの!!』

久しぶりに聞くシルヴィアのお説教にライは『…あぁ、本当に帰ってきたんだなぁ』と狼狽しながらも安心感を覚えていた

『……なんだ、玄関先で大声出して、シルヴィア……。おっと。これはどこの放蕩息子かと思ったぞ』

ライの背後から聞こえた聞きなれた声

その声にライは思わず肩を震わせたのだった

『…放蕩息子だって。』

ローズのいたずらっ子のような微笑みにライは

『…別に遊んでいたわけじゃないんですが……』

と、返した


『いや驚いたな。着替えが必要になって帰ってきたらお前とセレナちゃんがいたんだもんな』

フリットに促され、テーブルに置かれた紅茶に口をつける

その紅茶はシルヴィアがいれたもので、アールグレイの爽やかな柑橘系の香りがふわりとライの鼻腔をくすぐり、ライはホッと息をついた

『本当にすみません。いきなり連絡もなしに帰ってきて驚かせてしまって……』

ライの他人行儀な返しに、フリットたちは顔を見合わせたのち、盛大に吹き出した

『なっ、なんだよ!笑わなくてもいいだろ!?ローズまで!』

ライはフリットたちが吹き出したのを見て、顔をこれ以上ないまでに赤く染めている

『いや、すまない。だってここはお前の家だろ?なのに家族に敬語を使うなんておかしくてな』

『そうよ。そんな改まらなくてもいいのよ』

何年たっても変わらない夫婦にライは心の底から感謝と畏敬の念を抱いていた

『シングくんたちは元気?ここに帰ってきたってことは一緒なの?』

『あぁ。相変わらずだよ。今は聖堂で休んでる』

『そう。よかったわ』

ライの答えにシルヴィアはにこりと微笑んだ

『セレナも元気そうでよかったよ。兄さんに連れ回されて大変だったでしょう?』

ローズがセレナに話しかける

『……まぁ色々あるけどそれなりに充実してるかな。』

セレナの一言にライは苦笑してしまった

『妹のスプリィちゃんは一緒じゃないのね。』

『……まあ、ね。今頃どこで何をしてるのかしら』

スプリィはセレナの妹である。同じエディルレイドなので悪い人間に利用されないように、アークエイルの本部に二人して助力を求めようと向かっている時に、二人揃ってとある富豪の家に連れていかれてしまった

妹のスプリィだけ売り手が見つかってしまい、そのままである

何とかしようと自力で牢獄をぶち破り地上を目指していた時にアークエイルのシスカたちから依頼され、その富豪の屋敷に乗り込んできたライと出会った

迫りくる追っ手を切り抜けるために、セレナとライは契約をしたのだった

それがこの二人の出逢いである

『見つかるといいね。スプリィちゃん』

『必ず探してみせるわ。どれだけかかっても。幸い時間だけはたくさんあるからね。ライとならそのうち逢えそうな気がするの』

セレナは口元をほころばせた

『……おあついことで。』

突然リビングに新たな声が響き渡る

ライとセレナがほぼ同時に振り返る

そこにいたのはライの義理の兄であるスフェンであった

『スフェン義兄さん、おかえり』

スフェンと呼ばれた男は仕事道具をいつもの場所に置いた

『おう。ただいま、………ってそれこっちの台詞だからな。』

スフェンは宝石の研磨を仕事にしている

実はライの宝石研磨の腕は義兄であるスフェン譲りのものなのだ

子供の頃にライたちが引き取られた時から、スフェンは珍しい鉱石を見つける度に持ち帰り、ライやローズ、フレオに語り聞かせてくれていた

いつかはプランスールの片隅に宝石の研磨の店を作りたいと夜遅くまで聞かされたものである

実際こうしてスフェンはプランスールの片隅に宝石研磨の専門店を開業していた

スフェンはいい仕事をする研磨師であり細工師でもあるのだ

時折、日々寧日でも原石の研磨を頼むこともあるほどである

これでライたちがお世話になっているジルファーン家はフレオを除いて全員揃ったことになる

『それでこの異変の原因は何かしらわかったのか?以前手紙でこの原因を調べていると聞いたが、それ以来連絡が途絶えてしまったからな。ヴァルキュリアはお前の父親とアーシアの形見であり、その能力は時空間の移動と稀有なソーマだし、また別の世界にでも行ってきたんだろう?』

フリットの指摘に『まぁな』と頷いた後、ライは紅茶を一口啜った

『この異変の原因、神聖帝國騎士団とかいう連中が起こしてるのはこの前八雲から聞いたよな』

実は先達として、八雲が一足早くプランスールの騎士たちにこのゼロムと暴星魔物の話の情報を直に提供していたのである

被害が最小限に留まっているのはそのせいでもあるが、一番の要因はアスベルとシェリアの存在である

アスベルのラムダに対して効果のある光を利用した抜刀剣術と、同じ力を行使するシェリアのあの強力な神聖術の力が大きい

アスベルとシェリアを軸に隊列を編成すれば暴星魔物に関してはほぼ恐れるものはないだろう

問題はゼロムの方である

ガルデニアを先日潰してきたとはいえ、神聖帝國騎士団のおかげでまだゼロムが蔓延っているのはここに来るまでに見たばかりだし、結晶騎士団のソーマもあのときに没収され、グロシュラー上将のおかげで結晶騎士団の所持していたソーマはほぼ使い物にならなくなってしまっている

まだ古代の遺物からちらほらソーマに加工できる素材は出てくるが、生き残っている騎士団全員に渡り行くのは夢物語に等しい

ならば生き残っているソーマだけで切り抜けるしかない

シングたちにはまた無理をさせることになってしまうが、今は充分に聖堂で休息をとってもらうのが最善策である

『まぁ詰まるところ、敵の拠点を見つけて一気に叩くしか策はなさそうだ。』

『つまり、アジトを少しでも早く発見する必要があるということなのよね。』

セレナの言葉に、フリットはひとつ相づちを打ったのち

『ならば、こちらもバックアップはしっかりしなくてはならないな』

『ねぇライ。ソーマは人を傷付けるための道具ではなく、人のスピリアを救うためのものだということはわかっているわね』

シルヴィアが確認するようにいうと、ライは頷いた

『やらなければやられる時もあるだろう。そして人を斬る痛みは、絶対に忘れちゃダメだぞ。』

スフェンの言葉は今のライには重くのし掛かった

『兄さんはすぐ一人で背負い込む癖があるし、すごく心配だけど、兄さんはもう一人じゃないもんね。セレナもジルファくんも、シングくんたちもずっと居てくれるもんね』

ローズである

『あぁ。俺にはセレナも、フリット叔父さんも、シルヴィア叔母さんも、ローズもフレオも、スフェン義兄さんもいるからな。それにシングたちや、この旅で出逢った仲間たちも。だから、このまま世界を終わらせたくなんてないんだ。』

守りたい人たちがいる
守りたい約束がある
だから、強く、優しくなれる

亡き両親のため、今を精一杯生きる人たちのため、そして自分の命よりも大事な守るべき家族のために

『……それを忘れていないのなら、何も心配はいらないな。』

フリットは優しく微笑んでライの頭をがしがしと撫でた

子供扱いはしてほしくはないが、フリットにとってライは息子同然であるので仕方ないとは思っている

『…アーシアのところにはもう行ったのか?』

スフェンのアーシアという名前を聞いて、一瞬だけ持っていたティーカップが音を立てる

『…これから行こうとしたところだよ。あいつの好きだった花を店で買ってから』


◆◇◆◇

ここはサンテクス大聖堂の客間である

客間に通された仲間たちはそれぞれ部屋を割り当てられ思い思いの時間を過ごしていた

『すごくきれいな構造なのね。すごく歴史的価値を感じる建物だわ!』

ルーシィが正面玄関にある吹き抜けになった天井と、羽クジラの石像から流れる水を見ながら感嘆の声を上げる

『そういって貰えると、毎日床磨きをしている努力が報われるようだ。何だか誇らしいよ』

カルセドニーが喉をくつくつと鳴らしながら言った

『ほんと、くっきり自分の顔が映ってんなぁ。塵一つ落ちてねぇ』

グレイである

その中央広場の奥にはステンドグラスが陽の光を浴びて、きらきらと輝いていた。落ち着いた色のステンドグラスは目にも優しい色合いだ

聖堂にも使われている大理石にも見事に同化した様は圧巻の一言に限る

『結晶騎士団って、前にライさんがいた騎士団て聞いたんですけどやっぱり凄かったんですか?』

ロリセの質問にカルセドニーは少し考えたあとに『そうだな』と相づちを打った

『彼が僕の前に十三番隊を率いていたのは、彼が20歳のときだ。僕はまだ12.3歳ぐらいの時だったはず。よく覚えている』

カルセドニーは当時12歳ぐらいであり、まだ騎士学校にいた時と言う

カルセドニーは父親の教主のラブラド・アーカムに英才教育を施され、パライバの婚約者としてその将来を確実なものにしていく道程の途中で、ライと出逢ったらしい

当時のライはその騎士団の中の隊長格でも突出していた

その圧倒的な思念力とソーマの扱いの技術で、軍の試験を主席でパスし、他を寄せ付けないレベルの成績を残していたと言う

『何度か子供時代に手合わせもしてもらったこともある。当時は〝閃光〟と呼ばれていた。僕の直属だったバイロクスとペリドットはライと同期でな。
ペリドットは小さい頃孤児院に世話になっていた時に出逢ったとかなんとか』

ステンドグラスを見つめながらもの憂い気に話すカルセドニーの話をロリセたちは黙って聞いていた

『ライお兄ちゃんは孤児院の出なの?』

リルハは首を小さく傾げた

『正確には、統一戦争の時に焼き払われた名もない小さな村だ。両親と妹と弟、弟の世話係だった奴と一緒に住んでいたらしいぜ。』

ヒスイだ

焼き払われた、と聞いてこの場にいた全員の表情が強ばったのをカルセドニーとヒスイは目にしたが特に何も言うことはなかった

『ねぇ、カルセドニーは学生時代のライのことを知っているのよね?どんな人だったの?』

ルーシィの質問にまたカルセドニーは思案したのち

『尊敬できる先輩、といったところか……よく試験の山掛けとか勉強を教えてもらっていた。ほぼ百発百中といったところで、山が外れることはあまりなかったな』

カルセドニーの言葉に仲間たちは目が点になっていた

『へぇー……そんなに頭がよかったなら首席とかだったりしたんですかね』

ロリセである。

『聞いた話じゃ、常に他を寄せ付けない成績で首席だったらしいぜ。』

ヒスイの言葉に次はアスベルが言葉を発する

『すごいな。俺も騎士学校時代は訓練も勉強も頑張っていたけど、首席は取れなかったな。彼の強さもうなずける』

『そんなにすごいなら、もうライを抜けた人なんていないんじゃないです?』

エステルの質問にカルセドニーは静かに答えた

『……1人だけ……あいつの成績に追い付いていたやつがいた。』

『ええ!?』

リルハである

『……あれは確か卒業試験の親善試合の時だった。1人だけライと並んで首席をもぎ取っていたやつがいたんだ』

『よほどライに負けたくなかったんでしょうね、その人』

シェリアだ。

『あぁ。あの二人の戦いはいつも試験の時のイベントと化していたからな。勉強といい、実技といいあの二人には実力など大差はなかった』

大差ない実力、という単語に周りの仲間は戦慄した

カルセドニーの話によると、その人物は、ライの騎士学校時代からの知り合いであり、あらゆる点がライと似通っている存在だったという

おそらく唯一ライに傷をつけられる存在であり、騎士学校で同期、さらにライといつも首席争奪戦を繰り広げていたという

その親善試合の時に、あの二人がかち合った時決着がつかずに試合自体が無効になった伝説の卒業試験だったらしい

『考え方も行動も全てが同じ。その様はまるで写し鏡のような……いや、むしろ双子なのではと言われるほど似ていたぞ。決着などつくはずがない。ライが先をいけば、その男もその先を読み、の繰り返しだった』

世界には自分に似た人間が何人かいると言われているが、全く決着がつかなかったというその話を聞いた仲間たちは冷や汗を流していた

『どんな人だったの?』

リルハに聞かれてカルセドニーはゆっくりと話始める

『……美しい銀の髪をした男だった。それが一番鮮明に思い出せる。いつもライと喧嘩という名のじゃれあいをしていたな。』

勝手にライの過去を喋ってしまってもいいものかと少し悩んだが、話の種もない

暇潰しぐらいにはなるだろう






































吹き抜ける風を感じて、街を1人歩いていたライは足を止めた

この辺りは海峡であるが故に、少しの変化でもわかりやすい

『……湿気てきやがった。一雨くるか……』

それともまた別の何かか

生温い風に眉をしかめつつ、ライは街を少し外れた場所に足を伸ばしていた

その手には彼女が好きだったシオンの花束を携えている

『……アーシア……お前は俺を恨んでるか……?』

少しずつそれは顔を見せる

小高い島には墓地があるのだ

ライはそこに足を運んでいた

しばらく歩いて、大きな花の樹のすぐ下にその名前はあった


アーシア・ラリマー

海の名前を冠するその名前は二度と忘れることはないだろうとライはシオンの花束を見つめた

◆◇◆◇

その男は銀の髪を携え、姿を現した

『いい感じに湿気てきたな。全員準備はいいか?』

凛とした声が、城内に響き渡る

そこには複数人の人間が集まっていた

『イエスマイロード。あの方のためでしたらこの身体朽ち果てるまで』

男の声がした。暗がりで見えないが確固たる意思を感じた

『我らの計画に彼らは邪魔でしかありませんもの。いっそ一思いに殺されれば楽になれるのにね』

女の声だ。その髪色はオレンジ色の髪が印象的な女性だった

『…………………私は一足先にディオネへ向かうわ。』

暗がりからその様子を、一人の魔女が見つめていた。その姿はまるで黄昏のような印象を受ける

『よろしく頼むぞ、魔女よ』

銀の男がそういうと、魔女は闇に溶け込むかのようにその姿を消した

『………それにしてもこんな大事な時にゼルファイナとレイリアはどこに?』

『…もう彼らの行方はわからない。あの傷だ。すでに息絶えている頃だろう。刃こぼれを起こした刃はなまくら以下だ』

銀の髪の男の冷たい声に、女は問いかけた


『随分と今日は饒舌なのね。やっぱり嬉しいのかしら』

女の小馬鹿にした声に銀の男は喉の奥で笑った

『あぁそうだな。嬉しいさ』

その一言の後に羽織っていたマフラーを深く口元に上げた

『……何せ数年ぶりの再会だ。あの男には借りがある。自ら出向いてこの手で返さないと気が済まんのでな』










これを運命と呼ぶならばそれの紡ぎ手はなんと残酷なのだろう

一度は別れ、二度とは交わらぬ道程を歩んで来たというのに

銀の男とかつて閃光と呼ばれた黒の男と

兄妹に秘められた悲しき真実と

星霊との絆を持ち、次代へとその話を語り継ぐ少女2人と

過去を振り切り、今を走り抜ける精霊の血族の黒き天使とその友人たち

生涯を連れ添うと決めた一国のその皇子とその友人である騎士と

両者相克の定めが絡み合いもつれ

過去と現在、そして未来をも巻き込みその激しい渦へと呑み込まれていく

嵐のような過去

忌むべき未来に対峙した時

今まで見えていた世界が全てお伽噺だったかのように崩れ落ちていく

思えば恵まれた人生だったのかもしれない

だけど必死に何かにすがっていた

鏡の前に引き出され真実を晒されるまで誰も知らなかった

呪いの重さも

その変えることの出来ない運命のことも




























『………さぁ。滅びへの序章(プロローグ)を始めようじゃないか』




















物語は続く
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