第20章
『………………未来の俺たちは………………もう………………』
『お前を含めて一部を除いては、だがな。そして今日がその日のひとつでもある』
さざ波と潮風に浚われたその声は意味を成さないのかもしれない
流れる沈黙は先ほどよりも、波の音をよりはっきりと鮮明に際立たせた
先ほどから酷く喉が乾いている気がする
呼吸を忘れる
それでも何とか冷静さを保つ
『……随分と動揺しているようだな。まぁ無理もないな。少し予定は早まってしまったが、こちらの目的は自ずと達成される』
シリスの声にはっと我に返る
そうだ、今は動揺してる暇はなかった
何も言葉が出て来ないとはこの事である
それでも必死に言葉を探して手繰り寄せる
『……あいつらが死ぬなんて……絶対に有り得ない……!そんな未来認めるかよ!!』
言ってしまえばただの虚勢でしかなかったがそれでもライは認めたくなかった
『……だが現に未来から来た者達の言っていることは真実だ。お前にも覚えがあるだろう?』
またブレイブたちの悲しげな顔が浮かぶ。あれは嘘を言っている瞳ではなかった
そこにまた第三者の声がした
『その男が言ってることは本当よ。あなたもその男が嘘をつく男ではないということはよく知っているはずだわ』
その声に振り返る。そこにいたのは
『……イスリー……』
潮風はその美しく線の細いプラチナブロンドの髪をたなびかせた
『……その男の言うとおり、20年後の世界は荒廃し、災厄の時代を生き抜いた彼らの一部はすでにいないわ。私は未来の貴方からこの時代を託された一人』
イスリーが誰かと接触しているのは知ってはいたが、まさか未来の自分自身などと考えたこともなかったのが本当のところである
この事実が本当なら、いや、本当のことなのだろう
この戦いで誰かがいなくなるかもしれないということ
ならばすぐにでも助けに行かなくてはならないではないか
ただの魔物に遅れをとる彼らではない
恐らく『魔物以外の要因による攻撃』であろう
考えられるのは1つだけである
リョウが対峙したという幹部クラスの人間と、龍神というイレギュラーによって、この戦況が覆されるということ
『魔物の出所と原因に一番に気づき、そこを叩いたまではよかった。
───例の次代の刻神龍と封神龍の後継者の件は彼らがお前と同じ道を選んだりしなければ、あの世界は元々は不干渉な世界だったがそれも今更だな。
全力であの世界は先代の封神龍によって蹂躙されることになるだろうよ。最初から魔物などで奴らが消せるなどと思ってなどいない。』
シリスの言葉に嫌な汗が流れ落ちる
今すぐにでも駆け付けてやりたい
だがシリスはそれを許さなかった
『……っ!!』
絡み付く何かを感じた
それは風だった
風圧で押さえられてしまい、その足は、両腕、はすでにびくともしない
恐らくライがここに来るまでに練り上げていた思念術であろう
これでは術の詠唱も、武具解放すら叶わない。
ライはその風の奔流とシリスを忌々しげに睨み付けるしか出来なかった
『……っ……このやろ……ッ……イスリー!早くこのことをあいつらに!魔物は囮だ……、本当の狙いは………ぐあっ!!!』
ライが最後まで言い終わる前に、シリスはそのライのしなやかな身体を風の奔流ごと砂浜に叩き付けた
『ライ!!!』
焦燥したイスリーの声
叩き付けられた反動で、口の端から鉄の味が広がる。恐らく口腔内を切ってしまったのだろう
その鉄の味に眉をしかめる。情けなさすぎる
そしてそのままの態勢でシリスはライの口をその骨張った手で塞いだ
『余計なことはするな。今この場でこの女を逃すほどオレは甘くはないぞ』
イスリーは岩影に複数人の気配を感じた
恐らく囲まれている
イスリーが坂を登ろうとすれば、問答無用でライと共にその銃弾で撃ち抜かれることを悟った
『……くっ……ごめん無理っぽい……』
こちらも声を出すことも許されない状況である。その証拠にそのライの頸動脈間近に、シリスの隠し持っていたナイフが宛がわれていた
その冷たい白銀の刃に、わずかだがライの赤い鮮血が流れ、砂浜を赤く染める
絶望的状況
策を練る
しかし口を塞がれているせいで、息ができない
それは頭の回転と思考を鈍らせるには充分すぎた
外部からの干渉がないことにはこの状況を打破することなど無理に等しかった
◆◇◆◇
一方その頃、リョウはというと
『見えた!』
戦う見慣れた3人の影が見えた。そして、今まさに、敵が襲いかかっている瞬間であった
『はあぁぁぁぁ!!!揺らめく焔…猛追!ファイアーボール!!からの!蒼破刃ッ!』
3人に襲いかかっている敵に追撃を与え3人の中心にジャンプして入り込む
『ったく、テメェはいつもいつもおいしいとこ持って行きやがる』
黒髪の青年の皮肉ともとれる発言はさらりと流して、リョウは剣を構え直した
『本当だね。でも、1人増えたことだから形勢はこちらに向く!』
『ちゃっちゃっと倒してみんなのところに行こう!』
エルリィは敵を見据えたままいい放つ
『こいつら…どこの世界いっても変わんないんだから…はぁ…』
武器を構え、背中合わせにしている黒髪の男に、リョウは貯まっていた鬱憤をぶちまける
『言いたいことが山ほどあんだよ!特にユーリ!今までどこ行ってた!』
リョウは敵を切りつけ、ユーリに言う、そしてそのユーリも負けじと敵を切り裂きつつ
『どこだって…オレの勝手だろ!つかテメェこそ、1ヶ月とかおせぇんだよ!』
ユーリは相変わらずである。その態度が更にリョウの不機嫌さを増幅させてしまったようだ。
『亀裂に落ちたフレンとエルリィ、ファルスさんはともかく、君等がいなくなったせいで帝都も混乱状態だったんだよ!?敵さんに攻め込まれるし!』
リョウは手を止めてユーリの方を向く
フレンは帝国騎士団の団長であり、隊に指示を出すのもフレンであるので敵の判断は正しかったわけなのだが、リョウもリョウでここに来るまでに、何度も敵の幹部と龍神に襲われていたというのもあるし、そしてまさか自分自身が2000年前の人間だなんて思ってなどいなかったし、とりあえず受け入れはしたが、まだ少し引っ掛かっていることもあるのだ
更にあのライの機嫌の悪さを目の当たりにしたのは初めてだった
『亀裂に落ちたあれは僕もエルリィも予想外だったから……。君たちが原界に渡ったすぐ直後にロリセの世界から、ダングレストにまで態々訪ねて来てくれたクリスティさんやリッグ隊長、ロトさんたちにも迷惑を……』
『あ〜。それは…そっか。完全にタッチの差だったんだね。面目ない……。
フレンたちはロリセの世界から来た人たちに会ったんだ。』
それを遠目で見ていた沙羅は何とも居た堪れない顔をしていた。
『君だって落ちて1ヶ月戻ってこなかったのだからおあいこだろ?まぁ連絡寄越さなかったユーリよりマシだと思うけど。変わらないな君は。』
『僕の場合は自分からだよ。とりあえずそのおかげで色々と戦力強化は出来たから許してよ』
そう言われて、フレンは辺りを見渡した。戦闘に集中して気付かなかったが、よく見ればリョウの部隊の者達や、カロル、それに見慣れない軍服の茶色の髪が印象的な軍人だろうか?その他にも見慣れない面々を確認できた。
彼らもこのプランスールへ魔物の制圧へと駆けつけてくれたようである
このまま形勢が少しずつこちらへと傾いてくれることを願うばかりだ。
『待てよお前ら。なんでオレだけ悪いみたいな流れなんだよ。』
さすがにユーリもフレンの言い分には頭に来たようである
しかし無駄話をしつつも確実に敵の数を減らしている3人は流石としか言いようがなかった
どうやら、現在進行形で大変なことになっているライの方よりは幾分は平和のようである
苦労して次元の歪みを閉じた成果は出ているようだ。そんな問題ではないのだが
『大体ユーリ、君が数ヶ月も行方をくらませてるのがいけないんだろう!カロルだってエステリーゼ様だって心配してたんだ!』
『それは、エステルにもお前にも謝っただろ!リョウ!テメェがフレンを見てねぇせいでオレにこういうのが降りかかるんだよ』
ユーリは飄々とした態度で続けるが、今のリョウにはむしろ逆効果のようだ
『知るか!』
この3人、このライ不在の絶望的状況でもあるが、普段と変わらないやりとりである
しかしそのやりとりにいい加減にしびれを切らした存在が1人だけいた
『やめて!!!!』
戦場に鈍い音が3つ響き渡る
ただしぶっ飛んだのは魔物ではない
現在進行形で喧嘩を繰り広げていた3人はエルリィの回し蹴りをもろに食らい、10mほど飛んで敵を巻き込んで倒れた
『リョウその、ごめんなさい。私もフレンも気を付けてたのに結果的に落ちちゃって帝都を……』
とりあえず、連絡を取れるのにも関わらず、ユーリが連絡を一切よこさなかったのが悪いのは正解だったが。
そしてこの一撃で頭が冷えた3人
まず折れたのはリョウだった
『みんなごめん…熱くなった。その、ライから聴いた。そっちも色々とあったのにまた僕は……』
『ライから聞いたんだね。次代の刻神龍と封神龍の力の適正者のこと。あれは完全に僕らが油断していたせいだ。あの場にいたのに僕とエルリィは僕たちより歳下である彼らに重荷を背負わせてしまった。
それに僕の方も…帝都の混乱は……それは敵を倒してから聞くことにする』
静かな声で剣を支えにして立ち上がるフレン
『ちっ……それは異世界に迷い込んだオレとラピードが世話になった組織のトップたちも同じか……。あんなまだ学生の年齢の子供たちに世界の重荷を結果的に背負わせてんだしな。大人がやることじゃねぇよな。───悪かったよ。』
それを聞いたユーリの瞳は目の前の魔物の群れへと移ったのだった。
『そういうこと!!みんな、次この件で喧嘩したら問答無用で爆砕拳だかんね』
エルリィの威圧感を感じて、フレンとユーリとリョウは
『それは勘弁』
しかしユーリはこの敵の数に違和感を感じていた
頭に血がのぼってはいるとはいえ、明らかに数が少ないぐらいはすぐにわかった
だが今はそんなことはどうでもよかった
ブレイブから聞いた未来の話が真実ならば
先ほどから胸騒ぎが止まらないのだ
戦いの最中、ライが魔物や仲間たちを放って別の方向に駆けていったことがどうしても引っ掛かる
色々な感情がない交ぜになっている
ユーリが思考しながら剣を走らせていると突如、ライが向かった方向から爆発音が響いた
◆◇◆◇
『あれはライが向かった方向!?カルセドニー!!』
ルーシィがシュテルンの力で敵を蹴散らしながら叫んだ
しかしカルセドニーは
『気持ちはわかるが、助けに行こうにもこれでは無理だ!!』
雪崩れ込んでくる魔物と敵の兵を押さえるので精一杯である
更にカルセドニーは指揮を飛ばす
『結晶騎士団、近接部隊は方針の如く進発!!更に鶴翼で展開!!思念術隊オープンファイア!!焼き払え!!!』
カルセドニーの指揮にあわせ、思念術隊と近接部隊が魔物と兵士たちを切り裂き、術師は思念術を放つ
爆ぜる爆音、武器と武器が火花を散らす音、魔物と敵兵の断末魔が響き渡る
『いくぞアステリア!!はぁあぁああっ!!!』
シングの神速の剣閃が魔物たちを切り裂いていく
敵の攻撃はうまく盾で弾き、隙を見て鋭い一撃を見舞ってやる
覚悟を決めたシングに迷いなどなかった
ただ見定めたスピリアに従い、無心で剣を振るった
『彼我戦力差は見た感じレベルフェイタル……かな!!リタさん!!全開サーチ出来ますか!!』
八雲は砦の上から、無線で指示を飛ばしつつそのスナイパーライフルで敵を確実に葬り去っていた
しかしそのスナイパーライフルは、独特の形をしており、大軍の魔物たちですら一瞬で葬り去るエネルギー波を放っていた
もちろん八雲自身の正確無比な射撃力とロリセの援護射撃もあってこその成果であるが、八雲が炸裂させているのはセレナと同じ力を持つ存在である
それでないと、この数を相手にするなど無理である
炸裂させたエネルギー波で取り残した余りの魔物たちは、ロリセが確実に仕留めていた
『やってるわよ!!うるさいわね!!』
ユーリたちとも離れてしまったが、恐らくは無事だろう。
遠目に緋炎の焔翼が見えていたのでそれが証拠だ。
リタが自分の周囲に術式を展開しつつ、敵をサーチする。
これもパスカルから預かったアンマルチアの技術の粋を集めた策敵装置である
『……この数、想定よりずっと少ない……このまま押し切れれば勝てるとは思うけど……八雲とミレイシアはこのままその砲身で焼き払って!!エステルとヒスイは回復に専念、結晶騎士団はカルセドニーを中心に陣形整えつつ、軽傷のメンバーは特攻かけたほうがいいかも!!これだけ戦力が揃ってるんだもん、多少の無茶をしてもいけるわ!!!』
『了解です!!ミレイシア、【モード・リーサル】』
『いいだろう。この姿は久しぶりだな』
八雲とミレイシアの、確実に敵を仕留めるための砲身の銃口は、更に姿を変え、エイムアシストとスコープ付きの姿へと変える。
『……【システムオールグリーン】、【味方識別反応良好】。【目標、敵主力部隊】行けるぞ』
機械的な声でミレイシアは敵に照準を合わせる
そして伏せた態勢でスコープ越しに敵を視界に入れつつ、八雲は躊躇いなくそのトリガーを引いた。
激しい衝撃と共に、銃口が吼える
範囲内の敵は、オートターゲットで残らず焼き払われた
『回復なら任せてください!!ヒスイもいますし!』
『OKだ!!』
そうしてヒスイとエステルは後ろへ下がる。
リタが索敵をしている背後から、魔物が複数襲いかかってきた
『現状だとざっと………。そんでもって以下省略!!!!!!』
リタは自分が集中しているときに邪魔をされるのが大嫌いだ。それは戦闘中でも変わらない。
ほぼ無意識でファイアボールが炸裂するのだ。
天才魔導少女の激怒を込めた無詠唱のタイダルウェイブが炸裂し、魔物と潜んでいた伏兵をプランスールの海峡へと押し流した
かなり怒り心頭のようである。目が据わっている。
無理もない。魔物は対して問題にはならないが、他にも伏兵もいるこの状況である
そして何より心配なのは、仲間たちのコンディションであった
まだ数は残っている。リタは思わず自分の髪をぐしゃぐしゃと掻き回し、熱くなった頭を冷やした。
『聖堂は何とかなりそうだけど、孤立しちゃったアスベルとシェリアは消耗戦に持ち込まれたら勝ち目ないわよ!!あっちはアタッカー増やさなきゃキツい!!』
そのリタの言葉にカルセドニーはバルハイトを武具解放する
『ロリセさんは孤立したアスベルさんとシェリアさんの援護に行って下さい!!ここは僕たちに任せて!!』
聖堂に避難している住民たちの耳には、次々と焼き払われていく魔物の断末魔が響き渡る。
泣きじゃくる子供を抱き締める親、見守る住民たち。
この場所は絶対に落とさせてはならないと戦場に集った仲間たちは決意し、武器を振るう。持てる限りの力を。
『…その方がいいみたいっすね。こりゃやベーわ…ここは頼みます!!!』
ロリセはそう言って、その華奢な身体を翻し、そのままアスベルたちがいるであろう市街地とルーシィたちが布陣している正門の間にある大橋の方へと街の屋根を伝って駆け抜ける。
『…ったく…どんだけ出てくんだよ……邪魔くせぇな!!』
ロリセの激昂と共に、その銃の一撃で魔物は更に地に伏していく
襲い来る有翼種の魔物は次々とその自慢の射撃能力で心臓を撃ち抜く
敵の攻撃を交わしつつ、弾丸を込める。
ロリセは襲い来るウルフの鳩尾に蹴りを叩き込み、そのまま銃弾で脳天をぶち抜いてやる
なんと頼もしいことか。これが15歳の少女などと誰が思うだろうか
ロリセが市街地に消えたのを確認してカルセドニーは思念力を更にバルハイトに込め、その鋭い凪ぎ払いで広範囲の敵を一撃のもとに消滅させた
『僕も前線に出る!!バイロクスとペリドットは教会の直衛に当たれ!!!』
『了解!!!』
拒否などするはずもなかった。更にカルセドニーは指示を飛ばす
『結晶騎士団前へ!!総員、厳しいと判断すれば退避も視野に入れろ!!!こんな戦いでその命、無駄に散らすことなど絶対に認めない!!!…全くあの状況であの男は仕事はキッチリこなすのだから負けてられないな!』
そう言い残し、カルセドニーはその翼を広げ、敵陣のど真ん中に急襲を仕掛けた
弾け散る閃光とともに、その光の羽根を散らし、飛び立つカルセドニーをバイロクスとペリドットは眩しそうに見上げた
『……しばらく見ない間に立派になっちゃってまぁ………』
ペリドットは優しい瞳でそのカルセドニーの背中を見つめた
『そうだな。カル様はもう立派な、我ら結晶騎士団の団長だ………少し寂しくもあるがな』
バイロクスの言葉にペリドットは苦笑して、そのバイロクスの背中をバシンと叩いた
『こんな時だからこそ、てめぇが必要なんだろうがっ………あのバカ野郎!!』
ヒスイは住民を襲おうとした魔物をその疾風で貫いた
『ヒスイ!気持ちはわかるけどダメコンに集中して!!私だって、あの子を助けたくて仕方ないわよ!!』
ダメコン、ダメージコントロールである。被害を最小限に抑えるために尽力しろということだ
なかなか難しいことを要求するイネスであるが、今はそれしか方法がなかった
『あの野郎帰ってきたら説教だな』
ヒスイは1つ深呼吸をしてなんとか頭を冷やす
『……ライ大丈夫かしら……。まぁこの場合、ここを死守するより、大元を退陣させた方がいいのは正解だけどね!』
イネスのフォルセウスの一撃は魔物たちがこちら側に来ようとするのを分厚い氷壁のバリケードを作り防いだ
『ライはボクらを信じてるからこそ、ここを託してくれたんだよ!!だからそのライのスピリアを信じる必要があるんだろ!!?一番の親友と理解者のヒスイとイネスがそんなんじゃ駄目じゃないかぁぁぁぁぁ!!』
更にベリルがだめ押しとばかりにその氷壁にトラップを仕掛ける
近付こうとするものならその氷がまとった電流で感電死するであろうえげつないトラップである
『………ライ………無事でいて……』
コハクが三日月浜に線を戻して祈るように言葉を口にした
『コハク、今は目の前のできることを!』
リチアの声が響く。コハクはキッと目の前の敵を睨みつける
『ベリルの言う通りだ!!だから一緒に行こう、コハク!みんな!!』
シングの声に、コハクもイネスたちも笑顔で頷いた
◆◇◆◇
『なっさけねぇなぁ兄貴!!しばらく見ないうちに腕鈍ったんじゃないの!……はぁあぁああっ!!!』
ライは目を疑った。シリスはその空中からの影と剣気に気付きライを押さえていた身体を方向転換し、その重い一撃を術式を展開し受け止めた
逆光で見えにくいが、シリスを急襲したその男は、燃える赤髪をはためかせそのまま勢いよくシリスを後退させた
『っ!!……げほっ!!げほっ!!ま、まさかこの声っ…………』
その隙を逃さずにライはシリスから距離を取るが、急に空気を取り入れたせいで激しく噎せ返った
『………お前は………』
後退させられたシリスはその大剣の主を睨み付けた
『ぐぁあぁあぁぁ!!!』
『何だお前たち!?魔物がなぜ!!?うわぁあぁあぁぁ』
銃口のある方向の茂みから男二人の声が聞こえた
『……くっ!?女だけでもっ!』
それを聞いて焦ったのか、イスリーの首にナイフを突き付けていた男が、イスリーのその左胸を突こうと叫ぶ
しかしイスリーは瞬時にそれをかわす。少々服が破けてしまったが気にするでもなく逆にナイフを奪い取り、男の首に突き付けていた
瞬時に形勢逆転され、男は微動だにしなかった。できなかった
『おあいにくさま。一応これでもあの人のビジネスパートナーだから………ね!!』
破けてしまった胸元の服など気にもとめず、男の鳩尾に一撃、強烈な回し蹴りを入れる
その反動で余計に服が破けてしまったが気にしている余裕などない
男はそのままの勢いに海に投げ飛ばされ、飛沫と共に気絶した
『魔法使わなかっただけ感謝しなさいよ。』
破けてしまった服を残念そうに見つめながらボヤくイスリー
『……大丈夫でありますか、ライ殿。』
少年が背負っている長刀から男の声が聞こえる
『……この声、妖刀丸……!?ってことはやっぱり………』
ライとシリスの間に割り込んで立っている赤髪の少年はライの声に気付いて、振り返る
『……久しぶり、兄貴。その、げ、元気、だった?』
少し照れながらもライに言葉をかけるその少年の顔をみてライは
『………フレオ………』
小さくぼんやりとした声で答えた
『……間抜け面なんだけど!ライしっかりしろ!』
呆けていたライの頭を全力で殴ってやるイスリー
『あだっ!?あー………わりぃ………』
殴られた箇所を擦りながら苦笑したライを見てシリスはぼやいた
『全く変わらないなお前たち兄弟は……今回は分が悪いか……ここは退くのが得策だな。あとはあの女のお手並み拝見としよう。』
『…あ!ちょっと待ってシリスさん!聞きたいことがあるんだ!』
引き留めようとするフレオに視線を向ける。しかしシリスは闇に紛れて消えたのだった
『あのヤロ何考え……、………うっ!!』
後を追おうとしたライだが、脇腹の抉れた傷が酷く痛み、その場に跪く
その手には傷口が開いたのか、赤い血がこびりついていた
『ライ!』
幼刀丸の武器化を解いたフレオがそれを見ながら黙る
『……くっそ……身体さえ万全なら………』
その整った顔の額から痛みに耐え兼ね一筋の汗が流れる
いつ以来だろうか
ここまで何も出来なかったのは
相手がシリスだということもあるのだが。ライは生まれてこのかたあの男と決着をつけたことは一度たりともなかった
相性が本当に最悪な男である。
『…アスベルたちは無事なのか…』
こんな時までにも自分の心配よりも仲間の心配をするなんて変わらないとフレオは思った
『…うまいこと凌げれたね。………プランスールがヤバいって聞いて、すぐに戻ってきたんだけどさ。おばさんたちは大丈夫なの兄貴』
フレオの声に顔をあげるライ
『あぁ…きっと教会か地下のシェルターに逃げ込んでるはずだ…シングたちがうまくやってくれてると……思う……戻らねぇと……』
尚も立ち上がろうとするが、身体が言うことを聞いてくれないのがもどかしい
『そんな身体でどうするの!?今の君が行っても足手まといにしからならないでしょ』
隠し持っていた救急箱を取り出し、ライの赤く染まった包帯を新しく変える
『さんきゅ。それと』
そう短く答えて、ライはゆっくりと立ち上がり、着ていた自分の上着をイスリーの肩に掛けた
ナイフで服を切り裂かれていたのをライは見ていたのだ
『……ありがと……じゃなくて!ちょっと!私が言ったことわかってる!?』
イスリーは不満あらわに止めたが、それでもライの足は止まらなかった
『………イスリーさん。ああなった兄貴は何言っても無駄だよ。めちゃくちゃ癪に触るけど、ここは俺が兄貴をサポートするから、イスリーさんはおばさんたちの様子見てて。兄貴もバカじゃないから死ぬような真似はしないと思うし。』
ライのおかげで魔物はこれ以上増えることはないだろうが今のこのプランスールの状態では、ライも動かざるを得ない
ここが正念場というのは戦いに出ている全員が理解していた
『……………わかった。彼をお願い………フレオくん…………』
まだ少々不服そうだが、イスリーは頷いた
『うん。じゃあ!』
フレオたちはうなずいて、ライの後を追いかけた
そして場所は移って再び戦場は街中に移る
◆◇◆◇
『はぁ…はっ……っ………』
白い地面に赤い滴が滴り落ちる
決して油断をしていたわけではない
ただ実力差がありすぎた
話に聞いていた通り、目の前の相手はかなりの術使いであった
『…アスベル!!』
後ろで最愛の人の悲痛な声が響く
また泣かしてしまっていることにアスベルは歯を食い縛った
『…よく耐えた…と、いいたいところだけど、ちょっと痛め付け過ぎたかしら。』
目の前の思念術師は悠然と微笑んだ
『アスベルもうやめて!!このままじゃ貴方がもたない!!』
シェリアの声は痛いほどにその背中に響いていた
『……大丈夫だ、シェリア……お前は休んでろ……』
肩を負傷したシェリアに代わり、目の前の思念術師、アリア・エキドニアと対峙していたアスベルはそう答えた
『…でも!!』
とはいえ、彼女の術を練る速さは常人とは到底思えなかった
術を練る速さといえば、パスカルとマリクも同じく煇術(きじゅつ)と呼ばれる術を使うが、その二人とは詠唱の速さも威力も桁違いなのだ
あちこち傷を負わされてしまった
そしてここまで来るまでに幾度となく暴星魔物と戦っていたのもあり、体力的にも危険と察しているのは自分自身が一番よくわかっていた
同居人のラムダがいるとはいえ、危機的状況なのは変わらなかった
【どうした人間。我にこの先の世界を見せたいのではなかったのか】
不意に頭に聞こえた声に、アスベルは目を張った
(……ラムダか……もちろんそのつもりだ……あのときの約束を忘れた訳じゃない……)
その言葉に、アスベルは心のなかで答えた
【暴星魔物は我の力で押さえることもできよう。しかし目の前の女術師はなかなかの手練れだ。お前が師と仰ぐあの男やアンマルチアの娘よりも遥かに実力は上。お前はこの状況をどう乗り切るつもりだ?】
ラムダの言葉に、アスベルは握っていた剣を強く握り直した
(…わかっている。負傷したシェリアに無理はさせれない。ここは俺が何とかしなくては…)
その言葉にラムダは少し考えたのち
【……俺が、か。お前とは長くなってきている。だから少しずつお前の考えていることが少しずつだがわかってきた。相も変わらずその頑固なところは変わらぬよな】
(……お前に言われたくはないさ。お前こそ頑固なのは俺とよく似ているじゃないか……)
『まだやるの?いい加減諦めれたらいいのに』
いつでもトドメを刺すことなど出来るだろうに、アリアはそれをしようとはしなかった
あちこちでまだ戦火が上がっている
自分だけがリタイアするわけには行かなかった
『それはできない。まだ皆戦ってるんだ……俺だけがあきらめる訳にはいかない!』
再びその双貌に光を宿したアスベルを目の前の女は見つめる
『いいわね……それでこそ殺りがあるってものだわ』
依然として余裕綽々といった感じのアリアに視線を向ける
とは言え、目の前のこの女こそがリチャードやマリクを瀕死に追い込んだ張本人でもあるのだが
いくら暴星魔物がいたとは言え、マリクとリチャードをあそこまで追い込んだのは事実だ
決して油断はならない相手だというのはこうして対峙している自分が一番わかっていた
滴る鮮血を手の甲で拭う
まだ、戦える。負けてはいない
そんなアスベルを嘲笑う目の前の女は手傷すら負っていない
実力の差はかなりあると聞いてはいたが、これほどとは思わなかった
この状況で助けを求めるなど愚か者がすることだし、シェリアに無理をさせることは出来ない
ライもあの傷だ
前線に出るのも難しいレベルの手傷を負わされていた
まさに八方塞がりという言葉が相応しかった
自分一人の命ならば、この場で投げ出しも出来よう
だが、生憎とアスベルのこの身体は自分一人だけのものではない
中にいるラムダももちろんのこと、ラントで待っている者たち
今この場でこの正門の向こう側で戦っているこの争乱で出逢った、日は浅いが認め合っている仲間たち
そして、今も目の前の自分を不安そうに見つめている将来を誓い合った幼なじみであり婚約者も
たくさんの存在や経験が今のアスベルを作り上げたのだ
こんなところで倒れる訳にはいかない
『俺がここで倒れても、後を引き継ぐ者たちはたくさんいるさ。だけど今は倒れるつもりなんてない。必ず突破口はあるはずだ。……ここから先は絶対に行かせない』
柄についた自分の鮮血で、それを握る掌はすでに赤黒く染まっていた
肩から流れる生ぬるい液体は、泥と汗と埃でもうベタベタになっている
早く手当てをしないと、化膿して細胞が壊れてしまうかもしれない
シェリアに頼めばこの程度の傷など一瞬で完治させてしまうだろう。
だが、相手はそれすらも許さないようだ
先ほどからシェリアは一歩もその場から離れていない、いや『離れられなかった』
シェリアの足元にある術式のせいである
あの術式は、トラップだ
シェリアがその身で得意とする神聖術の力に反応して起動するように仕掛けられている
ゆえにシェリアは何も出来ない歯がゆさに唇を噛み締めて耐えていた
目の前で最愛の人が窮地に立たされているにも関わらずだ
これではあのときと同じではないか
幼少期に病気がちだった自分は、アスベルに気を遣わせてばかりだった
素直じゃなかったアスベルは、いつも自分を気に掛けてくれていたことなど分かっていたはずだったのに
アスベルが幼いながらに体験した、あのソフィをバロニアの王都の地下で
それを切っ掛けに楽しかった幼少期は唐突に幕を下ろした
そのままヒューバートはアスベルが目覚める前にオズウェルに養子に出され、何も知らされなかったアスベルは父親のアストンに反抗して、騎士になるという夢、今思い返せばただの反抗でしかなかった
そのままラントを飛び出したアスベルとは7年の時を経てアストンの戦死を知らせる手紙をケリーが送ったというのに返事すらなかった
アスベルにそれを知らせるためにシェリアはラントからバロニアに訪れる
最初はまともに顔を合わせることなど出来なかった幼なかった自分
色々と確執を乗り越えて、やっと繋ぎ直された糸の修復に、随分と遠回りしてしまったが、それがあってこその今、未来だった
今ではソフィもラント家のアスベルの養子として一生懸命にアスベルや家の仕事を手伝っている
呑み込みが早く、アスベルよりも要領よく仕事をこなしてしまうソフィは今ではラント家には欠かせない存在となっていた
たまにアスベルが『俺よりも仕事が早くていつも申し訳なく思ってる』とポツリと漏らしていたことがあり、弟のヒューバートに呆れられていたのを思い出した
今では故郷のラントでソフィは街の人気者だ
今は別行動をしているが、きっとエリシアもソフィも頑張ってラントを守ってくれている。ここで倒れる訳には行かなかった
約束したんだ。必ず無事に帰ると。
その想いを汲み取ったかのごとく、ラムダはそれ以上は何も言わなかった
『さて。そろそろアイツも撤退したころかしら。あとは貴方たちを仕留めればここでの仕事は終了』
高まるアリアの魔力に身構える。大きなものがくると
【さすがに次は防ぎきれぬぞ。……人間、あとはお前次第だ】
ラムダの声が頭に響いたのと同時にアリアの術式は完成した
たしかにそろそろラムダの力で跳ね返すのも苦しくなってきたし、あちこち傷だらけで動くのも難しくなる頃合いだ。一刻も早くこの場を切り抜けなくてはと
焦りだけが先走るも、閉ざされた策ではもう何もできない。少しでも動こうものなら、おそらくシェリアが犠牲になってしまう
考えるのは今まで弟のヒューバートの仕事だったが、あいにくとヒューバートは今この場にはいない
もう一押し足りないのだ。あと一押し。
この状況を打破するには……
アスベルが思考に耽っている時だった
『…お困りのようっすね。手、貸しますよ』
突然アスベルの背後から女性の声がした。
聞き覚えのある声であった
『ロリセ!!』
そう。アスベルたちの目の前に舞い降りたのは彼のシャルストラの黒き天使だった
『お前を含めて一部を除いては、だがな。そして今日がその日のひとつでもある』
さざ波と潮風に浚われたその声は意味を成さないのかもしれない
流れる沈黙は先ほどよりも、波の音をよりはっきりと鮮明に際立たせた
先ほどから酷く喉が乾いている気がする
呼吸を忘れる
それでも何とか冷静さを保つ
『……随分と動揺しているようだな。まぁ無理もないな。少し予定は早まってしまったが、こちらの目的は自ずと達成される』
シリスの声にはっと我に返る
そうだ、今は動揺してる暇はなかった
何も言葉が出て来ないとはこの事である
それでも必死に言葉を探して手繰り寄せる
『……あいつらが死ぬなんて……絶対に有り得ない……!そんな未来認めるかよ!!』
言ってしまえばただの虚勢でしかなかったがそれでもライは認めたくなかった
『……だが現に未来から来た者達の言っていることは真実だ。お前にも覚えがあるだろう?』
またブレイブたちの悲しげな顔が浮かぶ。あれは嘘を言っている瞳ではなかった
そこにまた第三者の声がした
『その男が言ってることは本当よ。あなたもその男が嘘をつく男ではないということはよく知っているはずだわ』
その声に振り返る。そこにいたのは
『……イスリー……』
潮風はその美しく線の細いプラチナブロンドの髪をたなびかせた
『……その男の言うとおり、20年後の世界は荒廃し、災厄の時代を生き抜いた彼らの一部はすでにいないわ。私は未来の貴方からこの時代を託された一人』
イスリーが誰かと接触しているのは知ってはいたが、まさか未来の自分自身などと考えたこともなかったのが本当のところである
この事実が本当なら、いや、本当のことなのだろう
この戦いで誰かがいなくなるかもしれないということ
ならばすぐにでも助けに行かなくてはならないではないか
ただの魔物に遅れをとる彼らではない
恐らく『魔物以外の要因による攻撃』であろう
考えられるのは1つだけである
リョウが対峙したという幹部クラスの人間と、龍神というイレギュラーによって、この戦況が覆されるということ
『魔物の出所と原因に一番に気づき、そこを叩いたまではよかった。
───例の次代の刻神龍と封神龍の後継者の件は彼らがお前と同じ道を選んだりしなければ、あの世界は元々は不干渉な世界だったがそれも今更だな。
全力であの世界は先代の封神龍によって蹂躙されることになるだろうよ。最初から魔物などで奴らが消せるなどと思ってなどいない。』
シリスの言葉に嫌な汗が流れ落ちる
今すぐにでも駆け付けてやりたい
だがシリスはそれを許さなかった
『……っ!!』
絡み付く何かを感じた
それは風だった
風圧で押さえられてしまい、その足は、両腕、はすでにびくともしない
恐らくライがここに来るまでに練り上げていた思念術であろう
これでは術の詠唱も、武具解放すら叶わない。
ライはその風の奔流とシリスを忌々しげに睨み付けるしか出来なかった
『……っ……このやろ……ッ……イスリー!早くこのことをあいつらに!魔物は囮だ……、本当の狙いは………ぐあっ!!!』
ライが最後まで言い終わる前に、シリスはそのライのしなやかな身体を風の奔流ごと砂浜に叩き付けた
『ライ!!!』
焦燥したイスリーの声
叩き付けられた反動で、口の端から鉄の味が広がる。恐らく口腔内を切ってしまったのだろう
その鉄の味に眉をしかめる。情けなさすぎる
そしてそのままの態勢でシリスはライの口をその骨張った手で塞いだ
『余計なことはするな。今この場でこの女を逃すほどオレは甘くはないぞ』
イスリーは岩影に複数人の気配を感じた
恐らく囲まれている
イスリーが坂を登ろうとすれば、問答無用でライと共にその銃弾で撃ち抜かれることを悟った
『……くっ……ごめん無理っぽい……』
こちらも声を出すことも許されない状況である。その証拠にそのライの頸動脈間近に、シリスの隠し持っていたナイフが宛がわれていた
その冷たい白銀の刃に、わずかだがライの赤い鮮血が流れ、砂浜を赤く染める
絶望的状況
策を練る
しかし口を塞がれているせいで、息ができない
それは頭の回転と思考を鈍らせるには充分すぎた
外部からの干渉がないことにはこの状況を打破することなど無理に等しかった
◆◇◆◇
一方その頃、リョウはというと
『見えた!』
戦う見慣れた3人の影が見えた。そして、今まさに、敵が襲いかかっている瞬間であった
『はあぁぁぁぁ!!!揺らめく焔…猛追!ファイアーボール!!からの!蒼破刃ッ!』
3人に襲いかかっている敵に追撃を与え3人の中心にジャンプして入り込む
『ったく、テメェはいつもいつもおいしいとこ持って行きやがる』
黒髪の青年の皮肉ともとれる発言はさらりと流して、リョウは剣を構え直した
『本当だね。でも、1人増えたことだから形勢はこちらに向く!』
『ちゃっちゃっと倒してみんなのところに行こう!』
エルリィは敵を見据えたままいい放つ
『こいつら…どこの世界いっても変わんないんだから…はぁ…』
武器を構え、背中合わせにしている黒髪の男に、リョウは貯まっていた鬱憤をぶちまける
『言いたいことが山ほどあんだよ!特にユーリ!今までどこ行ってた!』
リョウは敵を切りつけ、ユーリに言う、そしてそのユーリも負けじと敵を切り裂きつつ
『どこだって…オレの勝手だろ!つかテメェこそ、1ヶ月とかおせぇんだよ!』
ユーリは相変わらずである。その態度が更にリョウの不機嫌さを増幅させてしまったようだ。
『亀裂に落ちたフレンとエルリィ、ファルスさんはともかく、君等がいなくなったせいで帝都も混乱状態だったんだよ!?敵さんに攻め込まれるし!』
リョウは手を止めてユーリの方を向く
フレンは帝国騎士団の団長であり、隊に指示を出すのもフレンであるので敵の判断は正しかったわけなのだが、リョウもリョウでここに来るまでに、何度も敵の幹部と龍神に襲われていたというのもあるし、そしてまさか自分自身が2000年前の人間だなんて思ってなどいなかったし、とりあえず受け入れはしたが、まだ少し引っ掛かっていることもあるのだ
更にあのライの機嫌の悪さを目の当たりにしたのは初めてだった
『亀裂に落ちたあれは僕もエルリィも予想外だったから……。君たちが原界に渡ったすぐ直後にロリセの世界から、ダングレストにまで態々訪ねて来てくれたクリスティさんやリッグ隊長、ロトさんたちにも迷惑を……』
『あ〜。それは…そっか。完全にタッチの差だったんだね。面目ない……。
フレンたちはロリセの世界から来た人たちに会ったんだ。』
それを遠目で見ていた沙羅は何とも居た堪れない顔をしていた。
『君だって落ちて1ヶ月戻ってこなかったのだからおあいこだろ?まぁ連絡寄越さなかったユーリよりマシだと思うけど。変わらないな君は。』
『僕の場合は自分からだよ。とりあえずそのおかげで色々と戦力強化は出来たから許してよ』
そう言われて、フレンは辺りを見渡した。戦闘に集中して気付かなかったが、よく見ればリョウの部隊の者達や、カロル、それに見慣れない軍服の茶色の髪が印象的な軍人だろうか?その他にも見慣れない面々を確認できた。
彼らもこのプランスールへ魔物の制圧へと駆けつけてくれたようである
このまま形勢が少しずつこちらへと傾いてくれることを願うばかりだ。
『待てよお前ら。なんでオレだけ悪いみたいな流れなんだよ。』
さすがにユーリもフレンの言い分には頭に来たようである
しかし無駄話をしつつも確実に敵の数を減らしている3人は流石としか言いようがなかった
どうやら、現在進行形で大変なことになっているライの方よりは幾分は平和のようである
苦労して次元の歪みを閉じた成果は出ているようだ。そんな問題ではないのだが
『大体ユーリ、君が数ヶ月も行方をくらませてるのがいけないんだろう!カロルだってエステリーゼ様だって心配してたんだ!』
『それは、エステルにもお前にも謝っただろ!リョウ!テメェがフレンを見てねぇせいでオレにこういうのが降りかかるんだよ』
ユーリは飄々とした態度で続けるが、今のリョウにはむしろ逆効果のようだ
『知るか!』
この3人、このライ不在の絶望的状況でもあるが、普段と変わらないやりとりである
しかしそのやりとりにいい加減にしびれを切らした存在が1人だけいた
『やめて!!!!』
戦場に鈍い音が3つ響き渡る
ただしぶっ飛んだのは魔物ではない
現在進行形で喧嘩を繰り広げていた3人はエルリィの回し蹴りをもろに食らい、10mほど飛んで敵を巻き込んで倒れた
『リョウその、ごめんなさい。私もフレンも気を付けてたのに結果的に落ちちゃって帝都を……』
とりあえず、連絡を取れるのにも関わらず、ユーリが連絡を一切よこさなかったのが悪いのは正解だったが。
そしてこの一撃で頭が冷えた3人
まず折れたのはリョウだった
『みんなごめん…熱くなった。その、ライから聴いた。そっちも色々とあったのにまた僕は……』
『ライから聞いたんだね。次代の刻神龍と封神龍の力の適正者のこと。あれは完全に僕らが油断していたせいだ。あの場にいたのに僕とエルリィは僕たちより歳下である彼らに重荷を背負わせてしまった。
それに僕の方も…帝都の混乱は……それは敵を倒してから聞くことにする』
静かな声で剣を支えにして立ち上がるフレン
『ちっ……それは異世界に迷い込んだオレとラピードが世話になった組織のトップたちも同じか……。あんなまだ学生の年齢の子供たちに世界の重荷を結果的に背負わせてんだしな。大人がやることじゃねぇよな。───悪かったよ。』
それを聞いたユーリの瞳は目の前の魔物の群れへと移ったのだった。
『そういうこと!!みんな、次この件で喧嘩したら問答無用で爆砕拳だかんね』
エルリィの威圧感を感じて、フレンとユーリとリョウは
『それは勘弁』
しかしユーリはこの敵の数に違和感を感じていた
頭に血がのぼってはいるとはいえ、明らかに数が少ないぐらいはすぐにわかった
だが今はそんなことはどうでもよかった
ブレイブから聞いた未来の話が真実ならば
先ほどから胸騒ぎが止まらないのだ
戦いの最中、ライが魔物や仲間たちを放って別の方向に駆けていったことがどうしても引っ掛かる
色々な感情がない交ぜになっている
ユーリが思考しながら剣を走らせていると突如、ライが向かった方向から爆発音が響いた
◆◇◆◇
『あれはライが向かった方向!?カルセドニー!!』
ルーシィがシュテルンの力で敵を蹴散らしながら叫んだ
しかしカルセドニーは
『気持ちはわかるが、助けに行こうにもこれでは無理だ!!』
雪崩れ込んでくる魔物と敵の兵を押さえるので精一杯である
更にカルセドニーは指揮を飛ばす
『結晶騎士団、近接部隊は方針の如く進発!!更に鶴翼で展開!!思念術隊オープンファイア!!焼き払え!!!』
カルセドニーの指揮にあわせ、思念術隊と近接部隊が魔物と兵士たちを切り裂き、術師は思念術を放つ
爆ぜる爆音、武器と武器が火花を散らす音、魔物と敵兵の断末魔が響き渡る
『いくぞアステリア!!はぁあぁああっ!!!』
シングの神速の剣閃が魔物たちを切り裂いていく
敵の攻撃はうまく盾で弾き、隙を見て鋭い一撃を見舞ってやる
覚悟を決めたシングに迷いなどなかった
ただ見定めたスピリアに従い、無心で剣を振るった
『彼我戦力差は見た感じレベルフェイタル……かな!!リタさん!!全開サーチ出来ますか!!』
八雲は砦の上から、無線で指示を飛ばしつつそのスナイパーライフルで敵を確実に葬り去っていた
しかしそのスナイパーライフルは、独特の形をしており、大軍の魔物たちですら一瞬で葬り去るエネルギー波を放っていた
もちろん八雲自身の正確無比な射撃力とロリセの援護射撃もあってこその成果であるが、八雲が炸裂させているのはセレナと同じ力を持つ存在である
それでないと、この数を相手にするなど無理である
炸裂させたエネルギー波で取り残した余りの魔物たちは、ロリセが確実に仕留めていた
『やってるわよ!!うるさいわね!!』
ユーリたちとも離れてしまったが、恐らくは無事だろう。
遠目に緋炎の焔翼が見えていたのでそれが証拠だ。
リタが自分の周囲に術式を展開しつつ、敵をサーチする。
これもパスカルから預かったアンマルチアの技術の粋を集めた策敵装置である
『……この数、想定よりずっと少ない……このまま押し切れれば勝てるとは思うけど……八雲とミレイシアはこのままその砲身で焼き払って!!エステルとヒスイは回復に専念、結晶騎士団はカルセドニーを中心に陣形整えつつ、軽傷のメンバーは特攻かけたほうがいいかも!!これだけ戦力が揃ってるんだもん、多少の無茶をしてもいけるわ!!!』
『了解です!!ミレイシア、【モード・リーサル】』
『いいだろう。この姿は久しぶりだな』
八雲とミレイシアの、確実に敵を仕留めるための砲身の銃口は、更に姿を変え、エイムアシストとスコープ付きの姿へと変える。
『……【システムオールグリーン】、【味方識別反応良好】。【目標、敵主力部隊】行けるぞ』
機械的な声でミレイシアは敵に照準を合わせる
そして伏せた態勢でスコープ越しに敵を視界に入れつつ、八雲は躊躇いなくそのトリガーを引いた。
激しい衝撃と共に、銃口が吼える
範囲内の敵は、オートターゲットで残らず焼き払われた
『回復なら任せてください!!ヒスイもいますし!』
『OKだ!!』
そうしてヒスイとエステルは後ろへ下がる。
リタが索敵をしている背後から、魔物が複数襲いかかってきた
『現状だとざっと………。そんでもって以下省略!!!!!!』
リタは自分が集中しているときに邪魔をされるのが大嫌いだ。それは戦闘中でも変わらない。
ほぼ無意識でファイアボールが炸裂するのだ。
天才魔導少女の激怒を込めた無詠唱のタイダルウェイブが炸裂し、魔物と潜んでいた伏兵をプランスールの海峡へと押し流した
かなり怒り心頭のようである。目が据わっている。
無理もない。魔物は対して問題にはならないが、他にも伏兵もいるこの状況である
そして何より心配なのは、仲間たちのコンディションであった
まだ数は残っている。リタは思わず自分の髪をぐしゃぐしゃと掻き回し、熱くなった頭を冷やした。
『聖堂は何とかなりそうだけど、孤立しちゃったアスベルとシェリアは消耗戦に持ち込まれたら勝ち目ないわよ!!あっちはアタッカー増やさなきゃキツい!!』
そのリタの言葉にカルセドニーはバルハイトを武具解放する
『ロリセさんは孤立したアスベルさんとシェリアさんの援護に行って下さい!!ここは僕たちに任せて!!』
聖堂に避難している住民たちの耳には、次々と焼き払われていく魔物の断末魔が響き渡る。
泣きじゃくる子供を抱き締める親、見守る住民たち。
この場所は絶対に落とさせてはならないと戦場に集った仲間たちは決意し、武器を振るう。持てる限りの力を。
『…その方がいいみたいっすね。こりゃやベーわ…ここは頼みます!!!』
ロリセはそう言って、その華奢な身体を翻し、そのままアスベルたちがいるであろう市街地とルーシィたちが布陣している正門の間にある大橋の方へと街の屋根を伝って駆け抜ける。
『…ったく…どんだけ出てくんだよ……邪魔くせぇな!!』
ロリセの激昂と共に、その銃の一撃で魔物は更に地に伏していく
襲い来る有翼種の魔物は次々とその自慢の射撃能力で心臓を撃ち抜く
敵の攻撃を交わしつつ、弾丸を込める。
ロリセは襲い来るウルフの鳩尾に蹴りを叩き込み、そのまま銃弾で脳天をぶち抜いてやる
なんと頼もしいことか。これが15歳の少女などと誰が思うだろうか
ロリセが市街地に消えたのを確認してカルセドニーは思念力を更にバルハイトに込め、その鋭い凪ぎ払いで広範囲の敵を一撃のもとに消滅させた
『僕も前線に出る!!バイロクスとペリドットは教会の直衛に当たれ!!!』
『了解!!!』
拒否などするはずもなかった。更にカルセドニーは指示を飛ばす
『結晶騎士団前へ!!総員、厳しいと判断すれば退避も視野に入れろ!!!こんな戦いでその命、無駄に散らすことなど絶対に認めない!!!…全くあの状況であの男は仕事はキッチリこなすのだから負けてられないな!』
そう言い残し、カルセドニーはその翼を広げ、敵陣のど真ん中に急襲を仕掛けた
弾け散る閃光とともに、その光の羽根を散らし、飛び立つカルセドニーをバイロクスとペリドットは眩しそうに見上げた
『……しばらく見ない間に立派になっちゃってまぁ………』
ペリドットは優しい瞳でそのカルセドニーの背中を見つめた
『そうだな。カル様はもう立派な、我ら結晶騎士団の団長だ………少し寂しくもあるがな』
バイロクスの言葉にペリドットは苦笑して、そのバイロクスの背中をバシンと叩いた
『こんな時だからこそ、てめぇが必要なんだろうがっ………あのバカ野郎!!』
ヒスイは住民を襲おうとした魔物をその疾風で貫いた
『ヒスイ!気持ちはわかるけどダメコンに集中して!!私だって、あの子を助けたくて仕方ないわよ!!』
ダメコン、ダメージコントロールである。被害を最小限に抑えるために尽力しろということだ
なかなか難しいことを要求するイネスであるが、今はそれしか方法がなかった
『あの野郎帰ってきたら説教だな』
ヒスイは1つ深呼吸をしてなんとか頭を冷やす
『……ライ大丈夫かしら……。まぁこの場合、ここを死守するより、大元を退陣させた方がいいのは正解だけどね!』
イネスのフォルセウスの一撃は魔物たちがこちら側に来ようとするのを分厚い氷壁のバリケードを作り防いだ
『ライはボクらを信じてるからこそ、ここを託してくれたんだよ!!だからそのライのスピリアを信じる必要があるんだろ!!?一番の親友と理解者のヒスイとイネスがそんなんじゃ駄目じゃないかぁぁぁぁぁ!!』
更にベリルがだめ押しとばかりにその氷壁にトラップを仕掛ける
近付こうとするものならその氷がまとった電流で感電死するであろうえげつないトラップである
『………ライ………無事でいて……』
コハクが三日月浜に線を戻して祈るように言葉を口にした
『コハク、今は目の前のできることを!』
リチアの声が響く。コハクはキッと目の前の敵を睨みつける
『ベリルの言う通りだ!!だから一緒に行こう、コハク!みんな!!』
シングの声に、コハクもイネスたちも笑顔で頷いた
◆◇◆◇
『なっさけねぇなぁ兄貴!!しばらく見ないうちに腕鈍ったんじゃないの!……はぁあぁああっ!!!』
ライは目を疑った。シリスはその空中からの影と剣気に気付きライを押さえていた身体を方向転換し、その重い一撃を術式を展開し受け止めた
逆光で見えにくいが、シリスを急襲したその男は、燃える赤髪をはためかせそのまま勢いよくシリスを後退させた
『っ!!……げほっ!!げほっ!!ま、まさかこの声っ…………』
その隙を逃さずにライはシリスから距離を取るが、急に空気を取り入れたせいで激しく噎せ返った
『………お前は………』
後退させられたシリスはその大剣の主を睨み付けた
『ぐぁあぁあぁぁ!!!』
『何だお前たち!?魔物がなぜ!!?うわぁあぁあぁぁ』
銃口のある方向の茂みから男二人の声が聞こえた
『……くっ!?女だけでもっ!』
それを聞いて焦ったのか、イスリーの首にナイフを突き付けていた男が、イスリーのその左胸を突こうと叫ぶ
しかしイスリーは瞬時にそれをかわす。少々服が破けてしまったが気にするでもなく逆にナイフを奪い取り、男の首に突き付けていた
瞬時に形勢逆転され、男は微動だにしなかった。できなかった
『おあいにくさま。一応これでもあの人のビジネスパートナーだから………ね!!』
破けてしまった胸元の服など気にもとめず、男の鳩尾に一撃、強烈な回し蹴りを入れる
その反動で余計に服が破けてしまったが気にしている余裕などない
男はそのままの勢いに海に投げ飛ばされ、飛沫と共に気絶した
『魔法使わなかっただけ感謝しなさいよ。』
破けてしまった服を残念そうに見つめながらボヤくイスリー
『……大丈夫でありますか、ライ殿。』
少年が背負っている長刀から男の声が聞こえる
『……この声、妖刀丸……!?ってことはやっぱり………』
ライとシリスの間に割り込んで立っている赤髪の少年はライの声に気付いて、振り返る
『……久しぶり、兄貴。その、げ、元気、だった?』
少し照れながらもライに言葉をかけるその少年の顔をみてライは
『………フレオ………』
小さくぼんやりとした声で答えた
『……間抜け面なんだけど!ライしっかりしろ!』
呆けていたライの頭を全力で殴ってやるイスリー
『あだっ!?あー………わりぃ………』
殴られた箇所を擦りながら苦笑したライを見てシリスはぼやいた
『全く変わらないなお前たち兄弟は……今回は分が悪いか……ここは退くのが得策だな。あとはあの女のお手並み拝見としよう。』
『…あ!ちょっと待ってシリスさん!聞きたいことがあるんだ!』
引き留めようとするフレオに視線を向ける。しかしシリスは闇に紛れて消えたのだった
『あのヤロ何考え……、………うっ!!』
後を追おうとしたライだが、脇腹の抉れた傷が酷く痛み、その場に跪く
その手には傷口が開いたのか、赤い血がこびりついていた
『ライ!』
幼刀丸の武器化を解いたフレオがそれを見ながら黙る
『……くっそ……身体さえ万全なら………』
その整った顔の額から痛みに耐え兼ね一筋の汗が流れる
いつ以来だろうか
ここまで何も出来なかったのは
相手がシリスだということもあるのだが。ライは生まれてこのかたあの男と決着をつけたことは一度たりともなかった
相性が本当に最悪な男である。
『…アスベルたちは無事なのか…』
こんな時までにも自分の心配よりも仲間の心配をするなんて変わらないとフレオは思った
『…うまいこと凌げれたね。………プランスールがヤバいって聞いて、すぐに戻ってきたんだけどさ。おばさんたちは大丈夫なの兄貴』
フレオの声に顔をあげるライ
『あぁ…きっと教会か地下のシェルターに逃げ込んでるはずだ…シングたちがうまくやってくれてると……思う……戻らねぇと……』
尚も立ち上がろうとするが、身体が言うことを聞いてくれないのがもどかしい
『そんな身体でどうするの!?今の君が行っても足手まといにしからならないでしょ』
隠し持っていた救急箱を取り出し、ライの赤く染まった包帯を新しく変える
『さんきゅ。それと』
そう短く答えて、ライはゆっくりと立ち上がり、着ていた自分の上着をイスリーの肩に掛けた
ナイフで服を切り裂かれていたのをライは見ていたのだ
『……ありがと……じゃなくて!ちょっと!私が言ったことわかってる!?』
イスリーは不満あらわに止めたが、それでもライの足は止まらなかった
『………イスリーさん。ああなった兄貴は何言っても無駄だよ。めちゃくちゃ癪に触るけど、ここは俺が兄貴をサポートするから、イスリーさんはおばさんたちの様子見てて。兄貴もバカじゃないから死ぬような真似はしないと思うし。』
ライのおかげで魔物はこれ以上増えることはないだろうが今のこのプランスールの状態では、ライも動かざるを得ない
ここが正念場というのは戦いに出ている全員が理解していた
『……………わかった。彼をお願い………フレオくん…………』
まだ少々不服そうだが、イスリーは頷いた
『うん。じゃあ!』
フレオたちはうなずいて、ライの後を追いかけた
そして場所は移って再び戦場は街中に移る
◆◇◆◇
『はぁ…はっ……っ………』
白い地面に赤い滴が滴り落ちる
決して油断をしていたわけではない
ただ実力差がありすぎた
話に聞いていた通り、目の前の相手はかなりの術使いであった
『…アスベル!!』
後ろで最愛の人の悲痛な声が響く
また泣かしてしまっていることにアスベルは歯を食い縛った
『…よく耐えた…と、いいたいところだけど、ちょっと痛め付け過ぎたかしら。』
目の前の思念術師は悠然と微笑んだ
『アスベルもうやめて!!このままじゃ貴方がもたない!!』
シェリアの声は痛いほどにその背中に響いていた
『……大丈夫だ、シェリア……お前は休んでろ……』
肩を負傷したシェリアに代わり、目の前の思念術師、アリア・エキドニアと対峙していたアスベルはそう答えた
『…でも!!』
とはいえ、彼女の術を練る速さは常人とは到底思えなかった
術を練る速さといえば、パスカルとマリクも同じく煇術(きじゅつ)と呼ばれる術を使うが、その二人とは詠唱の速さも威力も桁違いなのだ
あちこち傷を負わされてしまった
そしてここまで来るまでに幾度となく暴星魔物と戦っていたのもあり、体力的にも危険と察しているのは自分自身が一番よくわかっていた
同居人のラムダがいるとはいえ、危機的状況なのは変わらなかった
【どうした人間。我にこの先の世界を見せたいのではなかったのか】
不意に頭に聞こえた声に、アスベルは目を張った
(……ラムダか……もちろんそのつもりだ……あのときの約束を忘れた訳じゃない……)
その言葉に、アスベルは心のなかで答えた
【暴星魔物は我の力で押さえることもできよう。しかし目の前の女術師はなかなかの手練れだ。お前が師と仰ぐあの男やアンマルチアの娘よりも遥かに実力は上。お前はこの状況をどう乗り切るつもりだ?】
ラムダの言葉に、アスベルは握っていた剣を強く握り直した
(…わかっている。負傷したシェリアに無理はさせれない。ここは俺が何とかしなくては…)
その言葉にラムダは少し考えたのち
【……俺が、か。お前とは長くなってきている。だから少しずつお前の考えていることが少しずつだがわかってきた。相も変わらずその頑固なところは変わらぬよな】
(……お前に言われたくはないさ。お前こそ頑固なのは俺とよく似ているじゃないか……)
『まだやるの?いい加減諦めれたらいいのに』
いつでもトドメを刺すことなど出来るだろうに、アリアはそれをしようとはしなかった
あちこちでまだ戦火が上がっている
自分だけがリタイアするわけには行かなかった
『それはできない。まだ皆戦ってるんだ……俺だけがあきらめる訳にはいかない!』
再びその双貌に光を宿したアスベルを目の前の女は見つめる
『いいわね……それでこそ殺りがあるってものだわ』
依然として余裕綽々といった感じのアリアに視線を向ける
とは言え、目の前のこの女こそがリチャードやマリクを瀕死に追い込んだ張本人でもあるのだが
いくら暴星魔物がいたとは言え、マリクとリチャードをあそこまで追い込んだのは事実だ
決して油断はならない相手だというのはこうして対峙している自分が一番わかっていた
滴る鮮血を手の甲で拭う
まだ、戦える。負けてはいない
そんなアスベルを嘲笑う目の前の女は手傷すら負っていない
実力の差はかなりあると聞いてはいたが、これほどとは思わなかった
この状況で助けを求めるなど愚か者がすることだし、シェリアに無理をさせることは出来ない
ライもあの傷だ
前線に出るのも難しいレベルの手傷を負わされていた
まさに八方塞がりという言葉が相応しかった
自分一人の命ならば、この場で投げ出しも出来よう
だが、生憎とアスベルのこの身体は自分一人だけのものではない
中にいるラムダももちろんのこと、ラントで待っている者たち
今この場でこの正門の向こう側で戦っているこの争乱で出逢った、日は浅いが認め合っている仲間たち
そして、今も目の前の自分を不安そうに見つめている将来を誓い合った幼なじみであり婚約者も
たくさんの存在や経験が今のアスベルを作り上げたのだ
こんなところで倒れる訳にはいかない
『俺がここで倒れても、後を引き継ぐ者たちはたくさんいるさ。だけど今は倒れるつもりなんてない。必ず突破口はあるはずだ。……ここから先は絶対に行かせない』
柄についた自分の鮮血で、それを握る掌はすでに赤黒く染まっていた
肩から流れる生ぬるい液体は、泥と汗と埃でもうベタベタになっている
早く手当てをしないと、化膿して細胞が壊れてしまうかもしれない
シェリアに頼めばこの程度の傷など一瞬で完治させてしまうだろう。
だが、相手はそれすらも許さないようだ
先ほどからシェリアは一歩もその場から離れていない、いや『離れられなかった』
シェリアの足元にある術式のせいである
あの術式は、トラップだ
シェリアがその身で得意とする神聖術の力に反応して起動するように仕掛けられている
ゆえにシェリアは何も出来ない歯がゆさに唇を噛み締めて耐えていた
目の前で最愛の人が窮地に立たされているにも関わらずだ
これではあのときと同じではないか
幼少期に病気がちだった自分は、アスベルに気を遣わせてばかりだった
素直じゃなかったアスベルは、いつも自分を気に掛けてくれていたことなど分かっていたはずだったのに
アスベルが幼いながらに体験した、あのソフィをバロニアの王都の地下で
それを切っ掛けに楽しかった幼少期は唐突に幕を下ろした
そのままヒューバートはアスベルが目覚める前にオズウェルに養子に出され、何も知らされなかったアスベルは父親のアストンに反抗して、騎士になるという夢、今思い返せばただの反抗でしかなかった
そのままラントを飛び出したアスベルとは7年の時を経てアストンの戦死を知らせる手紙をケリーが送ったというのに返事すらなかった
アスベルにそれを知らせるためにシェリアはラントからバロニアに訪れる
最初はまともに顔を合わせることなど出来なかった幼なかった自分
色々と確執を乗り越えて、やっと繋ぎ直された糸の修復に、随分と遠回りしてしまったが、それがあってこその今、未来だった
今ではソフィもラント家のアスベルの養子として一生懸命にアスベルや家の仕事を手伝っている
呑み込みが早く、アスベルよりも要領よく仕事をこなしてしまうソフィは今ではラント家には欠かせない存在となっていた
たまにアスベルが『俺よりも仕事が早くていつも申し訳なく思ってる』とポツリと漏らしていたことがあり、弟のヒューバートに呆れられていたのを思い出した
今では故郷のラントでソフィは街の人気者だ
今は別行動をしているが、きっとエリシアもソフィも頑張ってラントを守ってくれている。ここで倒れる訳には行かなかった
約束したんだ。必ず無事に帰ると。
その想いを汲み取ったかのごとく、ラムダはそれ以上は何も言わなかった
『さて。そろそろアイツも撤退したころかしら。あとは貴方たちを仕留めればここでの仕事は終了』
高まるアリアの魔力に身構える。大きなものがくると
【さすがに次は防ぎきれぬぞ。……人間、あとはお前次第だ】
ラムダの声が頭に響いたのと同時にアリアの術式は完成した
たしかにそろそろラムダの力で跳ね返すのも苦しくなってきたし、あちこち傷だらけで動くのも難しくなる頃合いだ。一刻も早くこの場を切り抜けなくてはと
焦りだけが先走るも、閉ざされた策ではもう何もできない。少しでも動こうものなら、おそらくシェリアが犠牲になってしまう
考えるのは今まで弟のヒューバートの仕事だったが、あいにくとヒューバートは今この場にはいない
もう一押し足りないのだ。あと一押し。
この状況を打破するには……
アスベルが思考に耽っている時だった
『…お困りのようっすね。手、貸しますよ』
突然アスベルの背後から女性の声がした。
聞き覚えのある声であった
『ロリセ!!』
そう。アスベルたちの目の前に舞い降りたのは彼のシャルストラの黒き天使だった