第19章

そして

翌日それは唐突に起きた

翌日

『きたぞ!!!魔物だ!!!』

大聖堂の扉が大きく開かれた

『わかった!!動けるものはすぐに出撃を!!このプランスールを落とさせるな!!』

カルセドニーの響く号令に、動ける騎士たちやシングたちはすぐに聖堂を飛び出した

そしてここは孤児院である

遅れてしまった孤児院のシスターやスピンとネルたちへの挨拶にきていたとき、急に外が騒がしくなりライは窓の外を見た

セレナは買い出しにでているが大丈夫だろうか。

目の前を慌ただしく複数の騎士たちが駆けていったのを見つめながら

『……来やがったか……』

忌々しそうにライは眉を寄せた

『…魔物…?』

不安そうにライを見上げるネルの頭をひとなでして『大丈夫だよ』と優しく微笑んだ

先日次元の歪みを閉じ、魔物の数は大方減ってきているはずだ

ここが正念場と言ったところだろう

すると孤児院のドアの前で様子を伺っていた赤髪の少年、ネルの兄であるスピンが驚いた顔をした


『え!?ペリドット姉ちゃん!!』

と、スピンの声に気づいて、ライは痛む体に鞭を打ちながら奥からでてきた

しかし今、スピンは確かに聞き覚えのある名前を口にしたのだ

そう『ペリドット姉ちゃん』と

そんなはずはない。ペリドットとバイロクスは確かにあのときにカルセドニーから死んだと聞かされたのだ

そう。シングたちと旅をしていたとき、クリードとの最終決戦のために必要な素材をバメル火山というところに採取しに行ったときのことである

最深部へ続く道が崩落し、カルセドニー、ペリドット、バイロクスと分断されたとき、彼らはインカローズという女魔導師の襲撃に合ったのだ

応戦する彼らだったが、一瞬の油断が致命傷となりバイロクスとペリドットはその身体をインカローズに貫かれた。

カルセドニーだけでも逃がし、シングたちと合流させるためにあの二人は火山の溶岩と爆発に飲まれて絶命したと聞いた

なのに

『つつつ…ペリドット?あいつは……死んだってあの時カルセドニーたちが話しただろ?………!!!』

脇腹を抑えつつ、孤児院の入口に足を運ぶ

するとそこにはここにはいるはずもない姿が確認された

その桃色の髪の快活な女性は、昔と変わらない笑顔で微笑んだ

『スピン、ライ。ただいま』

と、ペリドットはプランスールがこんな状況であってもいい笑顔を2人に見せた。その姿を幻ではないと認識したスピンが嬉しそうに声をあげた

しかしその声は涙声だったが

『シスター!ネル!!ペリドット姉ちゃんが帰ってきたぞ!』

と スピンはその泣きそうな顔を拭って孤児院の中へと入っていった。

そして目の前の黒髪のこいつは、少し汚れてはいるものの相変わらずの姿であった

『ライにしちゃ、手こずってるようだけど?』

リョウはいまだ状況を理解できていないであろうライに皮肉をたっぷりと込めて言い放った。

状況は何一つ理解できないが、1つだけ理解できたことがある。今、ライはこの目の前の憎たらしい顔の存在にはっきりと皮肉を言われたということである

思わずそののほほんとした整った中性的な顔面と眼鏡をたたきわってやりたいと思ったがそれをなんとかこらえる

『テメェもテメェで帰ってくんのが遅えんだよ……それにしてもペリドット…あの爆発からよく生きてたな』

『まぁ、遅れたのは謝る』と、素直にリョウは口にした

確かに、ライたちはペリドットとバイロクスは死んだと思っていた。なのにひょっこり帰ってきたので少し苛立ちながら

『……何でペリドットがここいるんだ。それもまとめて詳しく聞かせてもらうぞ』

本気でライは苛立っているということをペリドットは察した

これはお説教を覚悟する必要があるかもしれない

『そんな怖い顔すんなって。まとめて話すからさ』

ペリドットはライの機嫌が一番まずいときに帰って来てしまったことに、恐怖を覚え、戦慄しながら答えた

この男、ライは気に食わない事がある時は、あからさまに空気と言葉が刺々しくなるのだ。
長い付き合いのペリドットにはわかる。完全にキレている。こうなるとシングたちでもしばらくは近寄り難いのである。

無理もない。無事ならそうと伝えて欲しかったということもあったのだろう。

ライの機嫌が悪いのは半分は自分たちのせいだ。ペリドットだけはそう気付いた。

リョウは気付いてないらしいが。
そしてもう半分の理由はきっと

とにかく、プランスールが落ち着いたら、バイロクスと一緒に説教と床磨きコースは確定案件だろう

そして彼女はライにどういう経緯で助かったのかを伝えた

『なるほどな。バイロクスやイネスたちはラジーン洞窟を通って向かってんだな』

ライは最初は半信半疑だった。しかし彼女の瞳を見て、嘘はないとわかったのか、それに軽くため息をついたが納得してくれたようである

実のところ本当はまだ半信半疑だ

だが、ペリドットは曲がったことは大嫌いな性分である

コハクを拐ったとき、カルセドニーたちとはその後のグースという村でひと悶着あったがシングの健闘でコハクは無事だったしそれでその時はよかったのだが


『リョウの方はほぼ完治してるけどアンタらって、何で2人して大怪我負うのさ?似た者同士ってやつ?』

と、ペリドットがTシャツから見え隠れするライの包帯を見ながら呟いた。軽い舌打ちが聞こえた気がしたか聞かなかったことにしよう

『リョウの方はって…リョウも誰かと一戦交えたのか?』

と、ライは率直に聞いてみた

そのあとに、まぁ中に入れといってライたちは再び孤児院の中へと入っていった。

『ペリドットは、人気なんだね。ここの子供達に』

リョウは出されたコーヒーを片手にペリドットたち見ていった。

『あいつは、小さい頃からあんな姉御肌だからな。俺も小さい頃から助かってたよ…そんなことより、さっきの話だが』

話を逸らされていることに少しの苛立ちを感じながらライは話の続きを促した

『そんな顔しないでよ……オルガブレイドを使って僕らの命を狙ってる輩の正体は掴めたよ』

と、リョウはライに伝える。そう、オルガブレイドを使って命を狙っていた傷のある男と、銀髪の男もあの組織の一員だったからである

その銀髪の男、という単語に更にライは眉を寄せた。不機嫌そうだ

イネスも銀髪だし、銀髪に何か恨みでもあるのだろうか、とリョウは頭のすみでそんなことを考えたがあえて口にしなかった

口にしてはいけない気がしたからである

『そうか…俺の方はオルガブレイドの幹部二人ほどと交えてな。それで?敵さんの組織の名前はわかってんのか?』

いまだに言葉にトゲがある気がする。傷のせいだろうかとリョウは思ったが

そうではないのだ。

先ほどからライの方は感情が抑えきれない原因はやはり

オルガブレイドの幹部二人とか…と、リョウは苦笑した

自分の怪我に関しては重症すぎるのであとから詳しく聞かれる可能性がありそうではあるが

『神聖帝國騎士団という組織だよ。しかも、3人の幹部を相手にしてきた』

リョウがそう言い放つとライは、呆れ顔で

『不幸だなぁ』

といった。

『いわないで、自分でもわかってるから』

突っ込みたくもなるだろう。自分より相手にしてきた数が1人多いのだから


『幹部3人か…それでお前よく生きて帰ってこれたな』

幹部3人ときくと絶対に生きて帰れないレベルだと思っていた

『まぁ、重症負わされたのが最初のやつ…パフィルっていうやつだけだから…』

そう、リョウが重症負わされた直接の原因はパフィルという男だけである

『……愛刀含む2本を折られた上に、そいつの太刀筋すら見えなかったぐらいだから…差は素人とその道30年の剣豪ぐらいの差はあった』

ライは正直驚いていた

自分が言うのもおかしい話だが、リョウ自身の剣の腕には何回か剣を打ち合い、その腕には覚えもあるし、騎士団内では1、2を争うほどの腕前だと認めてはているのにだ

ただしくじったとはいえ、端正込めたガウスの剣を2本折られたのは職人的にも悔しいだろう。あとでガウスに報告しておくか

『チートしてるお前でも見えない太刀筋……厄介だな…あと、2人のこと聞いていいか?』

ライはシスターに出されたコーヒーを飲みつつ答える。

力をつけてもその差はどこまで埋まるのかもわからないし、リョウのこれまでの経緯を聞くにつれて、疑心は確信に変わりつつあった

しかしこれはライ自身の問題であるのであえて口には出したくない

いや

出すことは許されなかった

『次に戦ったのがコルディという龍神』

ライは驚いた顔でこちらを見る

つい先日、その龍神である明妃と協力して次元の歪みを閉じたばかりであったからだ

コルディという名前を聞いて、中にいるジルファがピクリと反応したのをライは見逃さなかった

『それに、驚いたのが僕も龍神だったってことかな?』

ライはそれに関しては特に何も言わなかった。

確かに、それだけ人間離れしていれば考えられなくもない話ではあるが、ライはこのことに関しては当面の間は黙秘権を要することにしたからである。

それに、昔からリョウは同じく騎士時代からユーリたちよりも戦闘能力が頭1つ飛び抜けてたとユーリ本人から聞いていた

『相変わらずの間抜け面だわやっぱり』

中にいるジルファはそんなことを口にした

『その時に暴走したのかわかんないけどいつの間にか撃退してたな…あと、コルディは操られてることがわかったよ』

ライは、そうかと呟いた。その相づちはジルファに向けたものではあるが気付いてないのかリョウは続きを話す

『で、3人目が僕らが追っていた傷のある男…グレゴール=ローズだ。こいつは、ザーフィアスに戻ってしばらくしてからやってきて…そのグレゴールは僕の部下のカリィいるじゃない?あの子の父親、だってさ。まぁその人はドジやりまくってあいつの方から逃げたけど』

リョウそう答えるとライは黙りこんでしまった。

『そういえば、そのザーフィアスで暴動が起きた直前までユーリが異世界に飛ばされてたんだが……。』

それもそうだ。自分たちの命を狙うよう指示した男がそんな男だった上、暴動の件もだ

ユーリという単語に、今度反応したのはリョウであった

『え!?ユーリ見つかったの!?異世界に飛ばされてたって本当!?』

リョウは大きく立ち上がり、ライに詰め寄った

『近いわ!!あぁ。ガルデニアで合流した。同じようにフレンとエルリィも異世界に飛ばされてたんだけどさ。今は俺の代わりにプランスールに入り込んだ魔物を退治してくれてる。』

まぁ何にせよ、敵の組織の名前がわかったから調べれることに違いはない。後で八雲かイスリー辺りに走らせるとしよう

そう、組織名がわかれば調べることは容易くなるだろう

とはいえ、リョウが今まで渡り合ってきたその龍神の幹部2人、パフィルとコルディ。
この2人の存在はジルファからの情報で全てライは知っていた。教えてやろうとしたけども、これに関してはリョウ自らが知る必要があるからだ

そのための黙秘権でもある

とはいえ、組織名に関しては、これまで名前すら出てこなかったので情報がすぐに手に入るかは微妙なところでもある

と、そこへ突然孤児院のドアが派手に開く音がした

『ライ、寝てないとダメだろう!?』

そしてライは、ため息をついた。表情からうるさいやつが帰ってきたと物語っていた

カルセドニーである

『寝てられっかよ。シングたちだって戦ってんだ。俺だってお前らの手助けに行きたいけどさ。お前やフレンがうるさいから、寄り道食って遅れて追いついてきたリョウと情報交換をだな』

やはり今日のライは不機嫌である。

ライにしては珍しいとリョウは素直に思ったが、カルセドニーは何となくだがライの機嫌が悪い理由を察しているように思える。

しかし、フレンと聞いたのち、リョウは若干目が泳いでいたのを横にライはその旨をカルセドニーに伝えた

『リョウ!戻ってこれたんだな』

カルセドニーは、安堵の表情を浮かべた。無理もない。リョウたちと別れてからというもの、かなり心配していたのでやっと胸の仕えも取れたことだろう

『カルの方も無事で何より!僕は、これから戦場の方に行くよ。その為に、社長たちより先に来たんだから』

リョウは立ち上がった。そう、ここに急いだのはライに会うためでもあるが、彼を助ける為に来たのだ

『そうか。なら、私も行こう』

と、カルセドニーも行くと言ったがリョウはそれを制止した。それを見て、カルセドニーは訝しげな目をした

『カルはここに残って彼女と積もる話もあるでしょ?』

リョウはあえてペリドットの名前を出さなかった。しばらく見ない間に性が悪くなってしまったのだろうか

『彼女?』

案の定の返事を返すカルセドニーのその後ろから誰かが思い切り抱きついてきた

『たぁ~いちょ!!会いたかった!ねえねぇ、パライバ様に聞いたよ!ぶちゅーしたんでしょ!ぶちゅー!』

まだ、ペリドットはそれを引っ張るのか…と、ライとリョウは呆れ返った

彼女とカルセドニーの仲だからやれることなのかもしれないけれど

『ぺ、ペリドット!!?ど、どうしてここに…お前はあの時確かに私の目の前で……』

リョウとライは空気を読んで外に出る。そのすぐあとに彼のペリドットを叱りつける声が聞こえた。間違いなくカルセドニーの声である

多分床磨き一年間とかそんなことを言われたんだろう

『若いねえ~』

と、リョウは一言。と、『あぁ?』と不機嫌そうに相槌を返されてしまった。

本当にどうしたというのか、と今までにないライの機嫌の悪さに、リョウは僅かばかり不安を覚えた。まさかライに限ってそんなこと………と、リョウは一瞬でも過ぎったその思考を振り払った

『……若いってお前まだ19だよな』


ライの最もな言葉にリョウは『言ってなかったっけ?』と返されてしまった

『僕は、肉体年齢は19だけど実年齢は31やぞ?』

と、答えるとライはばつが悪そうに『あー……うん。そか』と頭をがしがしと掻いた

『まぁ、こやつは特殊でな。19の時に幼児化してな。聞いとるだろ?7歳以前の記憶がないことを』

ライはその姿を特に驚くでもなく確認した。なるほど確かによく似ている

その薄い雪を思わせる髪色に、落ち着いた色の和服を身にまとい、雪のように白い肌。吹雪の音。当然空は晴天である。吹雪など吹くわけがない。それは魔力の音だった

そして、彼女がそこにいるだけで、周りの気温が下がったようにも感じた

『これはどうも。ライフェン=ジルファーンです。ライと呼んでください。えーと。………氷の龍神、サマ?』

ジルファとその記憶を共有しているであろうライの含みをもったその声に、目の前の女はただ悠然とたたずんで微笑んだだけだった

『やはり気付いておったか。……ご丁寧にどうも。まぁよい。妾は沙羅=クロスノート。こやつの師で氷神龍じゃ。………お主が飼っておるやつの知り合いでもあるな』

と、沙羅は片目をつむって最後の言葉を放ったがリョウにはなんのことかわからなかった

ただ中にいたジルファだけはばつが悪そうな顔しかしなかったが

彼女は、ジルファの母親であるので当然といえば当然の反応なのだが。

『ライ、動いて大丈夫なの?』

そこへ蒼の少女がやってきた。買い物袋を持っているので買い出しから戻ってきたようである

『セレナ、おかえり。あぁ、……いつつつ…』

ライは大丈夫だと言おうとしたが、まだ治っていない。傷口を押さえつつ声にした

『まだ、傷口も塞がってないんだから…寝てなきゃダメ』

そうパートナーに言われてライは『ごめん、ごめん』と笑った

『その声はセレナお姉ちゃん!!!』

リョウの腰に刺さっていた剣から声が響いた。その声の主は、武器化したままだったのを自分で解除して出てくる

エディルレイドである

そういえば、シスカたちが孤児院にライが向かう前に血相を変えてライの部屋に飛び込んできたのを思い出す

『ライさん大変です!!多分ですけど、この反応、もしかしてもしなくてもセレナさんの妹さんの反応かも知れないです!!』と。

生憎と入れ違いでセレナが買い出しに行ってしまったので報告はできなかったのだが

手に持っていた買い出しの袋をセレナは思わず落としてしまった

『スプリィ……よね。どうしてここに』

と、セレナは驚いた顔をしている。

『へへへぇ…リョウに助けられてさ。彼女と契約してここにいるんだ』

ライの視線はリョウに向けられる。そしてライがボソッと『やっぱロリコンか…』と呟いた。その言葉に目敏いリョウは全力で否定した

『リョウ、妹がお世話になってるみたいね。なんだかごめんなさい』

セレナは、頭を下げた。

『頭なんて下げないでよセレナも大変なのは知ってるんだから。
僕の方もスプリィには助けてもらってるし、スプリィと話したいことがあれば、ゆっくり話してください』

そしてリョウは駆け足でこの場をあとにした

恐らくユーリたちの支援に向かったのだろう

そしてライは再会を喜び合う姉妹を見て、無粋な魔物の気配が近づいていることに気づく

『…セレナ、スプリィちゃん。孤児院の中に入ってろ。ここならペリドットがいるから、安全だしな』

声のトーンは更に低くなる。最高潮に機嫌が悪い時の声。ここまで不機嫌になるのは久しぶりのような気がする。

そう。『いる』のだ。彼が

それを聞いたセレナははたと我に返り

『………気をつけて。』

逸る感情を何とか押さえたライはそのまま銃を武具解放してその場を立ち去った


襲い来る魔物たちをその銃で跡形もなく消しながら、ライは孤児院とは逆方向に向かった

大聖堂で奮闘する仲間たちを視界の端に捉え、コハクを襲おうとした有翼種の魔物たちはしっかりその銃で撃ち落とす。

それに気付いたコハクから、聖堂の方は自分たちに任せておけば大丈夫だとソーマリンクから感じた。

そのまま道を横に逸れる

誰かに名前を呼ばれた気がしたが、そんなことはどうでもよかったのだ。後でユーリ辺りに聞かれそうではあるが。

そしてそこは海岸につながる坂がある場所だ

その海岸は、形が三日月に似ているので『三日月浜』という名前で街の皆に親しまれている。ネルがいつも羽クジラにお祈りをしているところである

街へ続く坂の上は灰と煙が立ち込め視界が悪いにも関わらず、その三日月浜だけはただただ、さざ波が打ち寄せる音しかなかった

痛む傷に構っている余裕も仲間に耳を傾ける余裕も今のライにはなく、ただ感情に身を任せて坂を駆け降りる

切れる呼吸、痛む傷

それすらも忘れて長い長い坂を下り、足を止めた

波の音だけがその身を包み、息を整える

三日月浜にはライともう1人

この状況で外に出る町人などいるはずはないのだが、そこには確かに人影があった

ネルではないのは確かである

ただ黙って海を見つめるその端正な横顔はあまりにも見慣れたものであり

今、ライが最も逢いたくない横顔だった

そして先に口を開いたのはその横顔だった


































『この場所は変わらないな。まるで時が止まったかのようだ』

その唇から溢れる言葉と声も、何一つ変わっていなかった

『………そういうお前は随分変わっちまったようだけどな』

その言葉にその横顔はライに振り返る

美しい銀の髪を潮風に揺らし、その風でたなびく装飾品のマフラーは彼によく似合っていた

その切れ長の右目がその銀の髪から覗いている

瞳の色は髪と同じ、シルバーだ


『……変わってなどいないさ。お前が変わりすぎたんだろう?』

それは否定できない

四年前まで、ライは結晶騎士として13番隊を率いていたが、アーシアを当時の策略で失ったすぐ直後に騎士の服をライは脱ぎ捨てた


当時の騎士団の状態では当然統制など取れていなかったのだから

騎士を止めて数年後、エルリィとガウスに出逢い、旅先でイネスと出逢った

そして、その数年後、シングたちと出逢った


目の前の銀髪の男は、黙りこんだライを皮肉たっぷりに罵った

『……お前にしては重傷だな。仲間などという存在を持ったばかりに』

銀髪の男の言葉にライは顔を上げ

『そういうてめぇもその肩の傷どうしたよ。……………誰かの銃弾でもかすったか』

ライはその琥珀色の瞳に剣呑とした色を灯し、目の前の男を問い詰めた

『………ぬけぬけと………』


銀髪の男の声は明らかに不機嫌さを纏っていた

そう。目の前の男にその銃弾を当てたのは他でもないライ自身である

ガルデニアで銀髪の男の肩に、確かにヴァルキュリアで傷を残したのだ

『俺がてめぇを殺す準備に手を抜くはずねぇだろ。挨拶がわりさ。……………ワンダリデルとガルデニアでは随分と手荒な挨拶だったじゃん。シリス。グレゴールとオルガブレイド、更にはリョウたちを襲撃した龍神を仕向けたのはてめぇか。半信半疑だったがな』

その言葉にシリスは口元を吊り上げ

『……容易く気取っておいてよく言う……』

シリスは忌々しげに吐き捨てた

シリス・グレナーゼ

ライの軍学校時代の同期であり

更には同じ13番隊に配属されていた男である

何かとこの男とは学生時代からそりが合わないくせに、変なところが似通っており、当時よく思われてなかった不良連中に絡まれていたのを二人で蹴散らしていたこともあった

まるで騎士時代のフレンとユーリみたいな関係と似ているという風に思ってくれてよい

まぁあの二人と決定的に違うところは、あの二人は仲良く釣るんでいることもるが、ライとシリスに関しては完全にそんな馴れ合いなど、今は存在していないというところである

そう

シリスが〝あちら側〟にいて

今、この時にかつての故郷を蹂躙している

ライにとって、この男と戦うための理由としては充分すぎたのだから

そんなライの心情を知ってか知らずかシリスは喉の奥で笑った

『ずいぶんと機嫌が悪そうだ。やはりまだ引き摺っているのか。彼女のことを』

彼女、と聞いてライの機嫌は更に不快度数を増す。過る彼女の笑顔は今でもライを苦しめていた

『……それはてめぇも一緒だろうが。』

だから、いつもあの墓に花を供えていた

どうでもいい人間の月命日に、花など添えるはずがないのだから

『どうだかな。オレなどに構っている暇があるのならば、お仲間の援護にでも回ればいいものの』

そのシリスの感情の籠らない声音にライは

『……俺の援護なんてなくても魔物だけならあいつらだけで充分だ』

その言葉を聞いたシリスは依然としてその表情を崩さずに続ける

『…魔物だけ、ならか。オレが何の策もなしに白昼堂々とお前の前にこうやって姿を現すとでも?危険分子は早々に排除するのがオレの流儀さ』

シリスの一言に、ライはすぐに我に返る

ライがその言葉の真意に気付くと同時に市街地の方に激しい光が迸った

『市街地には確か、アスベルとシェリアが……。!!!てめぇらそういうことか!!』

シリスの言葉の真意

それは〝この時代において歴史を変えるほどの力を持った存在の排除〟

この場合該当するのは

今、正にこの場でこのプランスールを守ろうと奮闘している者たちのことであった

しかしただの魔物に彼らが消されることなどあり得ないと自負している

そうだ。ここには歴史を変えた人間たちが一同に介している。

とある者たちは災厄から世界を守り、またある者たちは、肉親と思っていた者をその同胞から奪われ、友情を誓い合った親友の身体を操り人間を滅ぼそうとした者と、そして世界を破壊するのは人間と捉えた幼き女王から二つの世界を守った者も

ライの仲間もそうだ

心を食らう魔物と魔王からの侵略に恐怖した者たちの心を、そしてこの世界を繋いだ存在である

ここでブレーブの言葉が思い出される

〝20年後の世界はこの時代であったこの異変が原因で……〟

そしてここで全てが繋がった

腑に落ちないと思っていた

ただ魔物の力だけで20年後の世界が聞いたように凄惨な惨状になるわけがないと

何故ならどの世界にも魔物を排除する人間たちがいるからである

ならばどうして、20年後の世界は滅びかけているのか

原因など1つしか浮かばなかった。そしてそれは一番考えたくなかった可能性である


『………………未来の俺たちは………………もう………………』


『お前を含めて一部を除いては、だがな。そして今日がその日のひとつでもある』

そしてその言葉はさざ波と潮風に浚われ、空に呑まれいった
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