第19章
吹き付ける潮風は延びた髪を激しく煽った
『………また、か………』
ライはアーシアの墓に添えられた花を見つめた
まだ自分の手にはシオンの花束が握られている
つまりは自分以外の誰かが、自分が来る前に墓にきたということになる
命日にはまだ早いので、恐らくアーシアの親族やジルファーン一家ではないだろう
ライはプランスールに帰ってくると必ずここを訪れているのだ
アーシア・ラリマー
前十三番隊副隊長にして『氷雨の戦乙女(フリージングヴァルキュリエ)』と唄われた女結晶騎士
そしてライと将来を誓い合った者
マリンブルーの色の髪とシオンの花と同じ色をした美しい瞳を持つ女性だった
ペリドットが目標としている結晶騎士でもあった
誰からも好かれ、愛に溢れた笑顔をいつも携えていた
料理は苦手だったが
いつも酷い弁当を持ってきていたので、ジルファーン一家に引き取られ、学校に行っていたローズやフレオの弁当を詰めるついでにアーシアの分もいつの間にか詰めるようになっていたその延長線ではあったが
アーシアの墓石を見つめながら、ライは気づいた
その台座に置かれた花はロベリアの花だった
ライはロベリアの花言葉を何となく思い出す
『優秀』『卓越さ』
まさに彼女に相応しい花であった
それに比べて自分がいつも選ぶ花はなんと女々しいものであろうか
こんな花しか選べない自分に嫌気が差すがこの花を送った主に一人心当たりがあった
この花を置いていった人物を、今すぐにでも殴りたいと思ってしまったが生憎とその人物も行方を眩ましてしまい何処にいるかすら分からない
労力の無駄である
と、いうよりくだらない嫉妬心のようなものでも感じているのかもしれない
それにその人物とは近い将来すぐにでも再会しそうな気がするからである
〝美しい銀の髪と瞳を持った男よ〟
ガルデニアでの戦いの後のレイリアの答えでライの考えが大方、いや、確信に変わってしまった
『………っ………てめぇは……行く先々で俺の邪魔をするってのか………ふざけやがって………』
思わず花を握っていない方の拳を強く握り締めた
〝相変わらず彼とは折り合いが悪いのね〟
学生時代、彼女に言われた言葉はライもしっかり覚えていた
〝まるで双子ね。考え方も何もかもが同じだなんて〟
認めたくなかったが、誤魔化しようもない真実であった
思えばここに来る度にあの頃を思い出している
俺はまだ引き摺っているのか
いや違う
これは一生引き摺ると決めたライの〝傷痕〟である
あの時、シングたちと旅をしていたときに訪れたレーブ村での決意は決して嘘ではない
前にクリードに寄生されていたジルコニア、パライバの大叔父の先代皇帝に故郷を焼かれ、幼き日のライは先代皇帝を憎んでいた
しばらくフレオとローズ、フレオの世話係であった者と孤児院に引き取られ、そこでペリドットと出逢った
それがライにとっての〝始まり〟
『……あ。何かごめんな。また一人で塞いじまった。今呆れただろ』
ライはアーシアの墓石を撫でながら苦笑した
今ここに彼女がいたら、絶対に殴られていただろうと思った
〝女々しいのよ。いつもの貴方はどうしたの?〟
全くその通りだと思った
『……ここにいるときぐらいは許してくれよ。アーシア』
自分でもわかってはいるのだが、ここにくるとどうしても弱くなってしまう自分が情けなかった
仲間たちの前では仮面を被り、一人になると途端にその仮面が剥がれ落ち、音を立てて壊れていく
シングたちはアーシアのことも、ライの過去も全て知っている
知っている上で、いつも支えになってくれている
そんなシングたちに、何度も助けられていた
一人じゃない
『……わかってる』
貴方には背中を押してくれる仲間がたくさんいるじゃない
『…そうだな』
〝彼女と一緒だと随分強気だな〟
弱いままだ
皆に支えてもらわないと一歩だって前に進めない
そういえばシングも同じ事を言ってたな
もう少ししたら、いつもの俺に戻るから
空から降り注ぐ水滴は波の飛沫なのかそれとも雨なのか
やはり雨が降ってきたようである
雨は嫌いではなかった
全てを洗い流してくれるから
『また泣いてるのかよ』
溢れ出る魔力と共にその漆黒は姿を現した
聞き覚えのあるその声の主を忌々しそうに睨み付けた
『泣いてねぇし』
ジルファである
『どーだかな。そいや、お前と出逢ったのもこんな風に雨が降っていた日だったな』
隣り合ったロベリアの花とシオンの花を見つめながらジルファは言った
そういえば、と思いながらライはコートについていたフードを深く被る
雨避けの代わりである
大した量ではないが、早く戻らないと風邪を引いてしまうだろう
ジルファはそんなライの姿を見
『…風邪引く前に戻ろうぜ。孤児院への挨拶は明日でいいだろ。……傷に響く』
気付けば夕刻近くになってしまっていたらしい
雨雲のせいで時間が分からなくなってしまいそうである
『……そうだな。』
まだ傷も塞がりきっていない
これ以上雨に打たれていると、傷も濡れてしまい悪化しかねないだろう
浄化された水道の水ではないのだ。泥も入ってしまったら化膿してしまうかもしれない
さらに潮風もある。身体も冷えてしまうだろう
ジルファは目の前の相方の髪を伝い流れるその雨雫をその指で拭ってやった
『……やめろ』
その手をそっと握りどかしたその顔は苦笑混じりの微笑みであった
ジルファ
彼は龍神だ。ライなんかより遥かに年上である。
つい兄心的な感覚で接してしまうことがあるのだ。
その度にライには嫌がられている。このプライドの塊の男だ。
当たり前と言えば当たり前なのだが
『…手間のかかる相方だぜ全く』
ジルファはつい手が出てしまった自分に何とも言えない顔をしたのであった
ライはそんなジルファを見つめて、ふと思ったことを口にした
『お前ってさ。龍神の里時代絶対モテただろ。老若男女問わず』
ライのその一言にジルファは急に吹き出した
『んなわけねぇだろ。モテたのはうちの親父だよ』
笑えばまだ幼さが残るジルファの微笑みと、その答えの返事に今度はライが喉の奥で笑い始めた
『……だろうな。お前の記憶共有してっから、お前ら龍神がどんな人なのか、とかめちゃくちゃわかる』
『分からなくていいこともある』
ジルファの言葉にライはふと口元が緩むのを感じた
『帰るか。しばらくはここに滞在することになりそうだし……また来るよ、アーシア』
そう言ってライとジルファはその踵を返す。白い鳥たちがその気配を察してか一斉に羽音を立てて飛び立った。
ひらひらと、その白い羽がライとジルファの周りを舞う
お互いにその身に纏う白と黒はまるで対比するかのように、そのコントラストをより一層際立たせた
アーシアの眠る大理石の石碑は何も言わずにただ、その二つの後ろ姿を見つめていた
『おかえりなさい』
家の玄関を潜った先、そこにいたのはタオルを携えたセレナであった
一瞬、アーシアの髪色と面影を重ねてしまった
しかしその意識は、セレナのその声で吹き飛んだが
『……ただいま……』
タオルを素直に受け取り、軽く微笑んだ
不機嫌そうだね。と、セレナの瞳が訴えかけている
その瞳を見つめて、『まぁちょっとな』と苦笑した
アーシアの墓参りから帰ってきたライが今まで不機嫌ではなかったことなどないに等しかった
理由は前述した通り、自分以外の誰か、いや、よく知っている人物がいつも先にアーシアの墓に花を添えているからである
その人物とは昔から折り合いが悪く、顔を合わせればいつも言い合いになっていた
学生時代と騎士時代の話だ
例をあげるとユーリとフレンのような間柄のようだった気がする
ライが先を行けばその人物もその先を行く。考え方も行動原理もよくにていた
だけど一番信頼をしていたのも事実だったのかもしれない
彼は生真面目な人物だった
対するライは適度にハメを外していたような気がする
いつもその人物には怒られていた
同じ隊に配属になった時もである
ライは上着を脱いで、頭を渡されたタオルで拭きながらかつて共に寝食を共にした仲間だった男のことを思い出していた
やがて雨は雷雨に変わり、閃光とともに音をたてた
廊下にある窓の外を見つめるライの瞳には今までにはなかった剣呑とした光が灯っている
蒼の少女とその相棒の漆黒の外套はその後ろ姿をただ黙って見つめていた
『おいこらぁあぁ!!雨が降るなんて聞いてない!!』
何故か先ほどまでライがいた墓地に声が響いた
こんな雨の中、墓地に来るのもおかしいとは思うだろうが〝彼女〟は降りしきる雨の中走っていた
『あ。やっぱり来たのか』
彼女が立っているのはアーシアの墓の前であった
頭に深くローブについているフードを被り、そのアーシアの墓を見ている女性はちらりと覗くブロンドの髪色が印象的な美しい女性であった
『あの二人ってホントに仲がいいのか悪いのか分からないから、見ているこっちもヒヤヒヤしちゃうよ』
誰に言うでもなく、墓場で独り言など怪しいの一声に限るが返ってくるはずのない声がその場に響く
『イスリー、あまり調子に乗らないでくれよ?悟られてはもとも子もない。あと、まぁ、未来の俺とあいつはもう仲良しだけどさ』
男の声である。しかしその声は、聞き覚えのある声であった
『わかってるよ。それより、体調は大丈夫?あれからまた倒れたんだよね?』
イスリーと呼ばれた女性は、その男の声にそちらに振り返る
いつの間にかその場には黒の外套を羽織り、右目に包帯を巻いたダークブラウンの髪の男
その男がわずかにため息をついた
『……今のところは、な。ただあまり時間もなさそうだ。……手はず通りに頼む』
その声を聞いて、イスリーはふと真面目な顔に戻った
『わかってるよ。……私達が君の期待を裏切るような真似を今までした?』
イスリーは口元を吊り上げ、問いかける
しばらくの間ののち
『……いいや。ないな。』
イスリーは依然微笑んだまま
『例の彼らも動き出したみたいだね。三日後にここは戦場になる。………間に合えばいいのだけど。』
イスリーとはまた別の少年が女の子と共に茂みから出てきた。
『……おっ。そっちも首尾は上々じゃん。イネスたちなら、それに間に合うルートでくるさ。それよりも難しい問題はまだまだ山積みだろ』
黒外套の男はアーシアの墓を見つめた
『昔を懐かしむのは私たちも同じよ』
ブロンドの髪を靡かせ、マリン服風の衣装の少女がいた
もう片方の男の子も、似たような髪色で癖毛が特徴的なセーラー服の少女と同じくらいの年の男の子だ。
『お前らのこと頼りにしてるよ。キルシュにもよろしくな』
今まで色々な異世界を渡り歩いてきた彼女たちにはわかる。これから先も死闘が続くだろうと。
だが、その運命を避けて通ることは出来ないのだ
『うん。任された。これでもイスリーとウィズとは組んで長いからね。』
いつもイスリーの横にいるはずの黒猫は今は情報収集に行っておらず、今この場にいるのはこの3人だけだ。
『頼むよ。ブレイブたちが生きて来た世界線の、……ややこしいな。18歳のあの子たちが未来のあの子達のようにならずに龍神の力を扱えるようになるには必要なことだし………。』
『仕方ないよ。どの世界線もどうしても時代の流れが違うから。ね、リュディ、リザ?』
イスリーの言葉に、リュディとリザと呼ばれた少年少女は2人顔を見合わせる
『あぁうん。そうなるね』
『ルシエラとアルは元気かしら。あの二人ならいつも通りだと思うけどね』
『違いない。』
◇◆◇◆
ライたちがプランスールに入ってから次の日
それは突然に起こった
居住区で、倒壊していた家屋が倒れたのである
幸いその家の住人はすでに聖堂の方へ逃げていたので無事ではあったが、魔物と地震による被害は当然二次災害も引き起こした
夫婦が朝、ライの家を訪ねてきて、家屋が倒壊してしまったと聞いたのだ
ライはその家の住人と一緒にその家があった場所で、倒壊した家屋を見つめていた
大理石とレンガでできたその家は無残にも崩れてしまい、辺りに白い粉塵がまだ舞っていた
恐らく原因は昨日降った雨のせいであろうと瞬時にその答えに行き着いた
しかしこのプランスールは海峡に面している割には津波の被害はなかったと聞いた。
恐らく街と要塞自体が高い場所に位置しているからだとは思うが
『ライ、どうだろう?新しく作り直すことはできると思うか?』
中年ぐらいの男性と、その奥さんである女性がライを見つめる
『恐らく昨日の雨のせいだと思いますけど…………骨組みの状態を見る限り結構古い建物だったようだし、どのみち修繕と補強は何処かで必要だったんじゃないんですか?』
ライの言葉に女性が
『そうなのよ。やっとリフォームできる資金が溜まった矢先だったし、ちょうどよかったのかも知れないわね。だって、建物壊すにも費用が必要でしょ?』
しかし、家具はすべてダメになってしまった。写真だけはまだ持ち運べる状態だったので、避難勧告が出た時にそれだけはと夫婦は必死にかき集めたそうだ
『あれでしたら、倒壊した家屋の資材と家具の再調達請け負いますよ。いい仕入れ先があるんですけどどうします?』
夫婦は顔を見合せると
『そうねぇ……ライの仕入れ先なら安心と信用すごくあるし、少々値は張ってもそうしてもらおうかしら』
確かにライの仕入れる商品は質がよく、幅広い世代に人気である
ライは女性の答えを聞いて
『非常事態ですから、通常の値段より倍以上高くなってる可能性があるかも……それでもいいですか?』
その答えには夫の方が答えた
『それはもう覚悟しているよ。壊れた家具の中にはお前が譲ってくれたものもあるからな。』
『たしかテーブルセットと、食器棚ですよね。資材さえあれば作り直しはできますから大丈夫ですよ。それよりも長く使ってくれていたことの方が俺は嬉しいですしね』
『だからこそお前に改めて依頼したんだよ。リフォームに当てる資金の中から、その食器棚とテーブルセット買うよ』
『ありがとうございます。倒壊した家屋を新しくするまでは聖堂が寝泊まりする場所になりそうですね。あそこなら安全は確保されてますし、お風呂もありますから、奥さんも安心だと思うよ。』
ライのフォローに婦人は『お気遣いありがとう』と苦笑した
リチア様の加護かもな、と旦那の方が苦笑混じりにわらった
ライはその日、町の被害状況を改めて把握するために散歩がてら必要な物資や食材の在庫状況など、流通経路をすべて確認するために一件一件、家や店を丁寧に見て回った
ここは昔から贔屓にしている道具屋である。
『じゃあ、エストレーガからの物資の補給は今のところ問題はなさげなんだな?』
店主の初老の男にライが問いかける
『あぁ、そうじゃな。だがこの状態が続くのは少しだけいかんな。そのうち資材も補給物資も尽きる可能性もあるだろうのぉ……お前さんとこは大丈夫か?』
『俺のところはまだ当面は大丈夫だよ。でも、やっぱ速めに対策は練るべきかな』
そしてあらかた様子見を終えた。どこも当面は非常食や水、着替えなど諸々はあるとのことだ。幸い断水した所もないらしく、水不足の心配はなさそうである。
『最悪近くの海岸から取ってきたのをろ過して飲料水にする』
という人もいたが
そしての物資の流通経路であるエストレーガの状態をライは昔から懇意にしている情報源を所持したイスリーに再会して、エストレーガの状況を聞いていたところである
再会した途端、猛烈なアピールを食らってしまったが
『とにかく、エストレーガからの物資の補給は今のところ問題はなさそうってことだな?』
イスリーに近くの店で売っていた缶ココアを渡す
イスリーはそれを素直に受け取り
『うん。パライバ皇帝陛下と、グロシュラー上将が中心になって物資の流通経路を押さえてくれているみたいだよ。当面は心配なさそうだけど、この状況を長引かせるのはあまり得策ではないと思う。あ、これ数ある戦場で暴れ回ってきた時の経験談だから。』
ココアを一口イスリーは飲み、そのカカオの甘い薫りにほっとした表情を見せた
『……ま、空軍で切り込み隊長やってた、だったり、地上で闇の軍勢とやり合ってきたお前が言うならそうだろうな。
やっぱ、敵の巣を叩いちまう必要性があるってことだよな。たしか、ここに来るまでの中間地点に魔物たちが発生している時空の歪みがあるって聞いた』
ライはコーヒーを開ける
缶の開く小気味良い音が響き渡った
『時空の歪みを閉じてしまえば、魔物たちが増えることはないと思う。彼らを有利に立たせることも可能だよ。だけど、それができるのは君のそのヴァルキュリアの力しかないじゃん?』
イスリーはライのヴァルキュリア、今は腰のベルトにコアクリスタルを引っ掻けているそれを見つめる
『なら、あいつらの負担を少しでも減らすために一肌脱ぐとしますかね。』
ライの言葉にイスリーは
『まぁ当然そうなるか。いいよ。手伝ってあげる。』
家族や住民の命が掛かっているのだ
それに時空の歪みを開くのも閉じるのもライにしか出来ない仕事である
正確には『ヴァルキュリアが時空を操る能力を持っている』のではなく、ライのスピリアの中にいるジルファの刻神龍の力がソーマを通して、その魔力を纏い、時空を操る能力を有している
つまりはジルファを中で飼っているせいではあるのだが
『だけど、時空の歪みを閉じるにしても俺だけじゃ、ちと役不足だな。イスリー、戦力を集めれるか?』
『そういうと思ったから、すでに集めてきた』
そこに姿を現したのはセレナと
『…魔物退治と聞いて』
八雲である
『久しぶりだね、ライくん。お兄ちゃん元気?』
そこにいたのは薄い青色の髪を高い位置で結い、黒のスーツに身を包んだ少女だった
『八雲は当然来ると思ったけど、めーちゃんも来てくれたってことは、彼奴等は?あの子の主治医をしているめーちゃん的にはもう大丈夫なのか?』
青色の髪の少女はにこりと微笑んだ
『ええ。とりあえず山は越えたわ。本当にあの子の【生きる】っていう想いはすごいよ。いくら彼の手にした《絶対遵守の力》も作用しているとはいえ、だけどね。あとは彼ら次第かなってところ。これでフレンとエルリィも安心だと思う。後で教えておくよ。』
一連の会話を聞いていたライ、イスリー、セレナ、八雲も安堵の息を漏らした。
すると、ジルファがライの中から姿を現したのだった
『……明妃……』
『…お兄ちゃん久しぶり!あの会合以来かな?』
ライは以前、取引でポート・マフィアの根城に顔をだしていた
その時に、ポート・マフィアの幹部の中原中也の横にこの少女は立っていた
ジルファから話は聞いていたがまさかこんなところで再会するとは予想はしていなかったのだが
『そうだ先輩。やっぱりこの状況に乗っかって、不正をやらかす奴らも出てきてますよ』
八雲の言葉に、ライとイスリーは眉を寄せた
『エストレーガからの支援物資の荷馬車を襲撃して、ひったくるバカ共が出てきたみたい』
明妃がそう言うとライは一つ舌打ちしたのち
『……だと思ったぜ。プランスールを一通り見て回った時に、怪しい連中を見かけた。善良な商人に混じって不正を働いてる奴らがな。』
イスリーが『ぁ』と思い出したような声をあげた
『そいつら確か、最近悪さばっかやってるエセ商人たちだよきっと。確かその次元の歪みの近くの小屋に腰を据えてるって聞いた』
ライはそれを聞いてますます眉間のシワを深くした
『そいつらぶっ飛ばすついでに、次元の歪み閉じてしまえばいいな』
『おい本来の目的が逆になってんぞくそ先輩様』
八雲の毒を聞いたライは八雲の頭の両端をぐりぐりした
八雲は声にならない叫びを上げてその場にうずくまったのだった
クソ先輩様と聴いてイスリーはなんとなくリザのことを思い出して笑った。
リザも割と『クソ野郎様』とか可憐な見た目に似合わずたまに口が悪いことがある。多分魔界育ちのせいかなー。とココアを飲み干した。
少しプランスールから外れた森の街道の先にそこはあった
『…あそこだな』
小屋の周りには警備の者が二人いた
二人とも装備は軽装だが、その腰には物騒な短剣とダガーを携えている
ただの店なのに、何で警備が必要なんだよ
真っ当な商売なら、街の中で開業すればいいものの
『…疚しいことがある証拠ね』
イスリーの声に、ライは黙って警備の二人を見つめていた
『どう出ます?』
八雲の言葉に、美月は少し考えたのち
『……いつものように、八雲くんが先行するのは?』
確かに常に気配を気取られにくい八雲が奇襲にはうってつけである
『構いませんが』
八雲は乱れたスーツを直してうなずいた
数分後
警備の者が倒れる音を聞き、ライたちは茂みから出てきた
『さすが八雲くん』
明妃の称賛に素直に八雲は『ありがとうございます』と一礼した
小屋の前でライが耳を傾けると、中から話し声が聞こえてきた
『騙されてはいけません。この店の防具はどれも半額の価値もない粗悪品ですよ』
中には客がいた。
その客は一般人のようだが、突然の第三者の言葉に動揺を隠せないといった様子が見てとれた
しかし、その第三者の客の後ろ姿は見慣れたものであった
銀の髪をポニーテールにした少女、エルリィである
エルリィがどうしてここに?
街から散歩でもしてたのか?
そして店の店主は案の定激昂した
『なんだこのアマ!!言いがかりつける気か!?』
エルリィは怯むことなく口を開く
『なら試してみる?貴方がその鎧を着て、私の拳でひと殴りしてみると』
すると店主は苦虫を噛み潰したかのような顔をしワナワナと震えていた
しばらくしたのち、店主の男は手下らしき者を呼び出した
おそらくエルリィを口封じするためなのだろう
それをみたライはこれ以上会話を聞いてやることは必要ないと判断したらしく、その長い足で扉を蹴り破った
その扉が吹き飛び、壊れる小気味良い音に、八雲が『派手にいきますねぇ』と小言を申していたが聞こえないフリをした
『!!!な、なんだてめぇら!!?』
店主は思わず身構えた
エルリィの方はふと不敵な笑みを浮かべてライをみた
ライは剣呑にその琥珀色の瞳を光らせこう告げた
『派手にやりすぎだろ。街の方にまで苦情が届いてんぜ。チェン大人からのお達しだ。〝わきまえろ〟だとさ。』
チェン大人(ターレン)とは、この原界全体の貿易を担っている大商人である
裏と表両方に顔を持っており、ライも贔屓にしている商人だ
『…もはやここまでか…だがタダでは返さねぇぞ!!やっちまえ!!』
店主の命令で手下たちはライたちにその獲物を手に襲いかかってきた
『わかりやすくて結構!!』
ライは素早くそのソーマを武具解放しようとしたが、その手を止めた。
こんな店の中でまさかそれを使う訳にもいくまい
『ところでどうしてエルリィがここに?』
今まで黙っていたセレナが聞いてみる
『その話は後で後で。ほら、くるよ!』
数分後、悪徳商人たちはライたちに制圧され、イスリーが結晶騎士団に通報したのだった。
その結晶騎士団を率いていたのはカルセドニーだったのだが、傷が癒えていないまま行動をしていたライにはほとほと呆れ果てていたのは数分前のことである
『これに懲りたら2度と悪どい商売なんて辞めるこったな。チェン大人怒らせたら店ごと潰されんぜ。』
ライがニヤリと冷たい笑みを浮かべると、その悪徳商人たちは悔しそうに縛られながら
『お前たち、この状況でよくも不正を働いてくれたな。リチアさまと羽クジラの元で厳しい沙汰があることを覚悟しろ』
カルセドニー・アーカム結晶騎士団長が自ら出向いて捕縛された悪徳商人たちを見ながらライはカルセドニーを見た
『結晶騎士団長自ら出向く必要あったのかよ。』
そんなライの質問にカルセドニーは
『人手が足りなくてな。前はこんな雑務はペリドットかバイロクスに頼んでいたのだが……まぁそれももう出来ないからな。』
ライはそれを聞いて、近くに見える火山での出来事を思い出し、拳をキツく握った。これもまた、ライの傷の1つだ
その後、結晶騎士団本部に悪徳商人たちは連行されるも、カルセドニーの背中は少しだけ寂しそうだったがそれはすぐに消えた。
お互いのソーマを通じて少しだけ伝わってきたその感情は2度と消えることはないと言わんばかりに
『……んで?なんでエルリィがここに?』
結晶騎士団長とその部下数人に引っ捕らえらた悪徳商人たちを見送りながらライはセレナと全く同じ質問をエルリィにしてみた
『昨日ライとセレナが家に帰ったあと、カルセドニーがまだ戦いの準備はかかるから、ってことで自由行動になったの。んで、暇だったから観光ついでに、プランスールの街を見て回ってたらね……』
街で怪しい連中を見かけたから、後を付けていったらここにたどり着いたらしい
『そうしたら、道行く人たちを引き留めて、粗悪品を売り付けようとしてたから、つい』
なるほど。確かにエルリィは武具屋の娘である。しかもあのガウスの娘。粗悪品を見切る瞳は本物であったということだ
『さ、さすがガウスさんの娘ですね……』
八雲は苦笑混じりに言った
『ったく、本当にエルリィにはいつも驚かされるわ。』
ライは喉を鳴らしながら笑った
『商人の家に生まれてっから、こんなの当たり前さね。私もこういった悪徳商人は許せないんだ。』
エルリィはいたずらっぽい笑みを浮かべた
『あ、そうだエルリィ。あとでフレン連れてきてくれるか?お前らが気になってた例の件について進捗があったんだ。
で、その前にこれから俺らこの先にある次元の歪みに行って、そこの歪みを閉じる仕事あるんだけど、魔物の一掃を手伝ってくれねぇ?』
エルリィとフレンが気になっていた例の件と聴いてエルリィに思い当たる節があるのか『うん、わかった。あとでフレンと行くね』と肯定した後、イスリーへとエルリィは視線を向けた。
『ところで、あのお姉さんは?』
『あぁ。彼女はイスリー。俺の昔からのビジネスパートナーの情報屋で、異世界を旅し続けている黒猫の魔法使いだよ。』
イスリーはエルリィの方を見て、にこりと微笑んだのち、軽く手を振って見せた
『セレナさんのらいば……ぐふっ!?』
八雲が妙なことを口走ろうとしたせいか、セレナがその丸い頭を叩いた
『……大丈夫八雲?』
ライは蹲っている相方に声をかけた
その場所は魔物の巣窟と化しており
次元の歪みに近付くにつれて、その数と凶暴さは増してきていた
『やっぱり魔物の巣が近くになると増えてきてるねぇ』
明妃が手に鋭い氷の刃を作り上げ、素早く魔物の急所を正確に貫いていった。彼女の異能力『新雪の柘榴パズル』である
彼女の異能力は、氷を操る能力で、その氷を武器として扱うことも可能にしたり、薄い氷の膜を張り建物を守ったりもできる異能力だ
ポート・マフィアと武装探偵社の面々はそれぞれ異能力と言われる力を持っており、その全てに同じ能力はないという
身体を虎に変化させたり、手帳に書いたものを具現化し、使えるようにするという能力も。
そして、触れた全ての異能力を無効にするという能力など、多彩な異能力があるのだ
明妃のポート・マフィアとしての異能力は『新雪の柘榴パズル』だが、龍神としての能力は主に治癒であり、生きている限りはどんな状態でも治療できるという能力の持ち主だ。
とある世界でとある騎士の主治医を担当しているのである。
『癒神龍』の称号を持つ龍神であり、ジルファの4つ下の妹だ
『ビリビリくるぜ。すぐそこだ』
ジルファの言葉にライたちは森の最深奥にたどりついた
そこにそれは確かにあった
緑溢れるこの森に、異形の形をした存在『次元の歪み』である
『………お出ましだ』
その次元の歪みは怪しく揺らいだのち、その口から巨大なゼロムを呼び出した
『こいつを倒して歪みを封じちまえば、これ以上魔物が増えることはねぇだろ。』
ジルファの言葉に、全員は頷いた
そしてゼロムは更に暴星魔物も呼び出した
数は少ないとはいえ、暴星魔物。少し骨が折れそうである
『せっかくだし新武器試してみるか』
ライは暴星魔物を見つめながらその銃のカートリッジを腰から引き抜いた。
そのカートリッジは黄金色のカートリッジ
特殊な鉱石のデリス鋼で加工されたヴァルキュリアの専用カートリッジである
『それ、デリス鋼じゃないですか!どこでそれを?』
八雲がその黄金色のカートリッジを見ながら目を見開いた
『アスベルからの手土産。パスカルが俺専用にデリス鋼を加工してくれたらしい。』
これさえあれば、暴星魔物のバリアも割ることができる
戦況は大きく変わることだろうと
アスベルの話によると、フォドラにあるバシス軍事基地という場所にあったデリス鋼をあるだけ加工して、パスカルはマリクやパスカルが使っているデリスリングと呼ばれる、ソフィの力を擬似的に使えるようにした装備品を仲間たちにも渡したという
一般の兵士たちに、暴星魔物の相手は少ししんどいので、実力も信用もあるシングたちや、ユーリたちにもそのデリスリングを渡したらしい
パスカルの突拍子もない閃きは何度もアスベルたちを救ってきたのだ
本当に強力な後方支援である
ライに専用のカートリッジとはわかっている技術者だ
今度パスカルの好きなバナナパイでも差し入れしてやろうとライは思った
だがここで疑問が生じた
〝何故パスカルがヴァルキュリアの情報を知っているか〟
だった。しかしそれにはイスリーが答えた
『未来のライがパスカルに情報を渡したのよ。これから必要になるからって』
『なるほどねぇ。未来のライかぁ。ブレーブたちは未来から来たもんね。対策は完璧ってことか』
『この時代に起きた全ての事象が未来に直結してるとも聞いたしね』
セレナも納得したらしい
そうこうしているうちに、魔物たちが襲いかかってきた
まずは八雲とエルリィがゼロムへと駆け出した
ゼロムは獲物を定めたと同時にエルリィと八雲のそのスピリアに食い付こうと飛び掛かる
暴星魔物はライと明妃の二人が
セレナは援護態勢をいつでもとれるようにいつでも謳える準備をする
高らかな旋律と共に、セレナのエディルレイドとしての能力が発動した
『守護の水天使(アクエ・シュットゥエンゲル)!』
セレナの謳が作り出すその水の衣は火を多様してくる魔物の攻撃を軽減するという謳である
エディルレイド単体で謳うこの謳は、響応の謳といい
響応の謳はエディルレイドが自分の身を守るための特殊能力を使うときに詠う謳である
水の衣を纏ったエルリィと八雲はそのゼロムの巨体を、エルリィは足、八雲はその拳で吹き飛ばした
『おー。この水の衣がセレナのエディルレイドとしての力なんだ!優しい水の音だね』
エルリィが身体に纏った水衣を見ながら言った
ライと明妃は暴星魔物と相対している
出てきた暴星魔物はドラゴン種のようだ。ブレス攻撃が厄介な種類である
『また面倒くさいヤツらを呼び出したなぁ』
銃のトリガーのロックをはずしながらライは暴星魔物に視線を向けた
そのドラゴンはブレス攻撃を美月とライに放つ
そのブレス攻撃をライは右に、明妃は空中に別れて散らし、明妃は空中からそのまま氷の刃をドラゴンに向けて放った
『奥義・氷針乱舞!!』
乱れ舞う氷の針を無数に放ち、広範囲の敵を攻撃する
地面に突き刺さった氷の針はそのままバキバキと音を立てて肥大化し、ドラゴンを牽制した
『穿て光の思念!!ホーリーランス!!!』
ライの思念術もだめ押しで追撃に充てる
しかしなかなかの防御力を持つ硬い竜の鱗はなかなか削ぎ落とせないようである
『肉と皮、ごっそり削いでやろうか』
明妃のとある風天族のような言葉にライは苦笑しながら次の詠唱を開始した
あまり長引かせてはいけない気がしたので、さっさと倒して歪みを封印したいところである
エディルレイドの刃の一撃でやはり傷の治りも鈍化しているような気がする。今さらだが本当によく生きていたと心底自分の悪運の強さを呪った
不利と察したか、敵の暴星魔物はその身体に赤い光を纏う
お得意の暴星バリアである
『無駄だっての!!ヴァニッシュレイン!!』
ライが上空にデリス鋼で加工されたカートリッジで光の一閃を放つ
その一閃した光は暴星魔物の頭上で枝分かれし、二匹の暴星魔物を貫きガラスの割れるような音と共に、その真紅の防壁はあっけなく砕け散った
『さすがパスカルちゃんの発明品だねぇ』
明妃が指をならすと暴星魔物の周囲を円上に無数の氷の刃が浮遊し
『これで終わりね!異能力、〝新雪の柘榴パズル〟!!』
明妃がそう叫ぶと氷色の文字の羅列が彼女の周囲に展開する
異能力が発動するときに発されるオーラのようなものであるが、その文字のオーラの羅列はまるで小説や文献で見る文章のようだ
その文章の羅列が一瞬にして氷をまとい、暴星魔物の周囲にあった氷の刃と共に、明妃自身が放ったその氷の帯が一直線に暴星魔物をまとめて切り裂いた
ひとたまりもないといった断末魔をあげて、その暴星魔物のドラゴン2匹は凍り付き、無惨にも砕け散るのを確認した
ライの横で、ゼロムを倒した八雲とエルリィがハイタッチをしていたのを確認し、ライはヴァルキュリアの剣を解放。そしてそのまま次元の歪みを切り裂き、そのぽっかりと口の開いた闇色の空間を閉じる
これでこれ以上魔物も増えることはないだろう
『すごい威力ですね。明妃さんの異能力。さすが龍神の妹』
八雲の称賛に明妃は振り返り
『お母さんも氷の能力を使う龍神だけど、ちょっとゴタゴタがあって、私は日本の横浜に流されたの。………当時太宰さんと中也さんに拾われて、仕事こなしてるときに異能力が覚醒しちゃってさ。私の龍神としての能力は主に治療が専門だから、この異能力自体は龍神の力ではないんだ』
なるほどそういうことかと八雲は頷いた
『いきなり異能力って覚醒しちゃうものなんだね。』
エルリィの最もな質問に、明妃は少し考えたのち
『…異能力なんて大層な名前だけど、誰しもが異能力自体は持ってるもんだよ。分野は多種多様だけどね』
明妃の言葉に、ライはヴァルキュリアを仕舞いながら耳を傾けていた
『例えばイスリーちゃんは情報能力に長けていたり、その魔法使いとしてのスペックとか?八雲くんとエルリィちゃんはその格闘技。』
『この能力も異能力というの?』
イスリーが首をかしげる
『太宰さんの仲間に、異能力をもたずして探偵社の仲間にいる人がいる。彼はその鋭い観察眼と情報能力を合わせて探偵をしているから。』
なるほどな、とライは頷いた
『さて、そろそろ帰らなきゃ日が暮れちゃうね。』
ここまで来るのに、だいぶ時間をかけてしまったのか時間は昼の15:00を回ろうとしていた
そろそろ帰らないと、プランスールで待っている仲間たちに感付かれそうだ
『帰るか。明日ぐらいにはリョウたちも合流すんだろ。』
イスリーに視線を向ける
『そうね。何もなければだけど』
まぁ何かあったとしてもあのリョウたちである。簡単には倒れはしないだろう
辺りが静けさを取り戻したのを確認してライたちは再びプランスールへの帰路へついた
だが今まで黙っていた古傷が急に疼き出す
その傷口は、シングたちと旅をしていたときにあの女魔導師に受けた箇所だった
嫌な予感がする
とにかく早く帰らなくては
『………また、か………』
ライはアーシアの墓に添えられた花を見つめた
まだ自分の手にはシオンの花束が握られている
つまりは自分以外の誰かが、自分が来る前に墓にきたということになる
命日にはまだ早いので、恐らくアーシアの親族やジルファーン一家ではないだろう
ライはプランスールに帰ってくると必ずここを訪れているのだ
アーシア・ラリマー
前十三番隊副隊長にして『氷雨の戦乙女(フリージングヴァルキュリエ)』と唄われた女結晶騎士
そしてライと将来を誓い合った者
マリンブルーの色の髪とシオンの花と同じ色をした美しい瞳を持つ女性だった
ペリドットが目標としている結晶騎士でもあった
誰からも好かれ、愛に溢れた笑顔をいつも携えていた
料理は苦手だったが
いつも酷い弁当を持ってきていたので、ジルファーン一家に引き取られ、学校に行っていたローズやフレオの弁当を詰めるついでにアーシアの分もいつの間にか詰めるようになっていたその延長線ではあったが
アーシアの墓石を見つめながら、ライは気づいた
その台座に置かれた花はロベリアの花だった
ライはロベリアの花言葉を何となく思い出す
『優秀』『卓越さ』
まさに彼女に相応しい花であった
それに比べて自分がいつも選ぶ花はなんと女々しいものであろうか
こんな花しか選べない自分に嫌気が差すがこの花を送った主に一人心当たりがあった
この花を置いていった人物を、今すぐにでも殴りたいと思ってしまったが生憎とその人物も行方を眩ましてしまい何処にいるかすら分からない
労力の無駄である
と、いうよりくだらない嫉妬心のようなものでも感じているのかもしれない
それにその人物とは近い将来すぐにでも再会しそうな気がするからである
〝美しい銀の髪と瞳を持った男よ〟
ガルデニアでの戦いの後のレイリアの答えでライの考えが大方、いや、確信に変わってしまった
『………っ………てめぇは……行く先々で俺の邪魔をするってのか………ふざけやがって………』
思わず花を握っていない方の拳を強く握り締めた
〝相変わらず彼とは折り合いが悪いのね〟
学生時代、彼女に言われた言葉はライもしっかり覚えていた
〝まるで双子ね。考え方も何もかもが同じだなんて〟
認めたくなかったが、誤魔化しようもない真実であった
思えばここに来る度にあの頃を思い出している
俺はまだ引き摺っているのか
いや違う
これは一生引き摺ると決めたライの〝傷痕〟である
あの時、シングたちと旅をしていたときに訪れたレーブ村での決意は決して嘘ではない
前にクリードに寄生されていたジルコニア、パライバの大叔父の先代皇帝に故郷を焼かれ、幼き日のライは先代皇帝を憎んでいた
しばらくフレオとローズ、フレオの世話係であった者と孤児院に引き取られ、そこでペリドットと出逢った
それがライにとっての〝始まり〟
『……あ。何かごめんな。また一人で塞いじまった。今呆れただろ』
ライはアーシアの墓石を撫でながら苦笑した
今ここに彼女がいたら、絶対に殴られていただろうと思った
〝女々しいのよ。いつもの貴方はどうしたの?〟
全くその通りだと思った
『……ここにいるときぐらいは許してくれよ。アーシア』
自分でもわかってはいるのだが、ここにくるとどうしても弱くなってしまう自分が情けなかった
仲間たちの前では仮面を被り、一人になると途端にその仮面が剥がれ落ち、音を立てて壊れていく
シングたちはアーシアのことも、ライの過去も全て知っている
知っている上で、いつも支えになってくれている
そんなシングたちに、何度も助けられていた
一人じゃない
『……わかってる』
貴方には背中を押してくれる仲間がたくさんいるじゃない
『…そうだな』
〝彼女と一緒だと随分強気だな〟
弱いままだ
皆に支えてもらわないと一歩だって前に進めない
そういえばシングも同じ事を言ってたな
もう少ししたら、いつもの俺に戻るから
空から降り注ぐ水滴は波の飛沫なのかそれとも雨なのか
やはり雨が降ってきたようである
雨は嫌いではなかった
全てを洗い流してくれるから
『また泣いてるのかよ』
溢れ出る魔力と共にその漆黒は姿を現した
聞き覚えのあるその声の主を忌々しそうに睨み付けた
『泣いてねぇし』
ジルファである
『どーだかな。そいや、お前と出逢ったのもこんな風に雨が降っていた日だったな』
隣り合ったロベリアの花とシオンの花を見つめながらジルファは言った
そういえば、と思いながらライはコートについていたフードを深く被る
雨避けの代わりである
大した量ではないが、早く戻らないと風邪を引いてしまうだろう
ジルファはそんなライの姿を見
『…風邪引く前に戻ろうぜ。孤児院への挨拶は明日でいいだろ。……傷に響く』
気付けば夕刻近くになってしまっていたらしい
雨雲のせいで時間が分からなくなってしまいそうである
『……そうだな。』
まだ傷も塞がりきっていない
これ以上雨に打たれていると、傷も濡れてしまい悪化しかねないだろう
浄化された水道の水ではないのだ。泥も入ってしまったら化膿してしまうかもしれない
さらに潮風もある。身体も冷えてしまうだろう
ジルファは目の前の相方の髪を伝い流れるその雨雫をその指で拭ってやった
『……やめろ』
その手をそっと握りどかしたその顔は苦笑混じりの微笑みであった
ジルファ
彼は龍神だ。ライなんかより遥かに年上である。
つい兄心的な感覚で接してしまうことがあるのだ。
その度にライには嫌がられている。このプライドの塊の男だ。
当たり前と言えば当たり前なのだが
『…手間のかかる相方だぜ全く』
ジルファはつい手が出てしまった自分に何とも言えない顔をしたのであった
ライはそんなジルファを見つめて、ふと思ったことを口にした
『お前ってさ。龍神の里時代絶対モテただろ。老若男女問わず』
ライのその一言にジルファは急に吹き出した
『んなわけねぇだろ。モテたのはうちの親父だよ』
笑えばまだ幼さが残るジルファの微笑みと、その答えの返事に今度はライが喉の奥で笑い始めた
『……だろうな。お前の記憶共有してっから、お前ら龍神がどんな人なのか、とかめちゃくちゃわかる』
『分からなくていいこともある』
ジルファの言葉にライはふと口元が緩むのを感じた
『帰るか。しばらくはここに滞在することになりそうだし……また来るよ、アーシア』
そう言ってライとジルファはその踵を返す。白い鳥たちがその気配を察してか一斉に羽音を立てて飛び立った。
ひらひらと、その白い羽がライとジルファの周りを舞う
お互いにその身に纏う白と黒はまるで対比するかのように、そのコントラストをより一層際立たせた
アーシアの眠る大理石の石碑は何も言わずにただ、その二つの後ろ姿を見つめていた
『おかえりなさい』
家の玄関を潜った先、そこにいたのはタオルを携えたセレナであった
一瞬、アーシアの髪色と面影を重ねてしまった
しかしその意識は、セレナのその声で吹き飛んだが
『……ただいま……』
タオルを素直に受け取り、軽く微笑んだ
不機嫌そうだね。と、セレナの瞳が訴えかけている
その瞳を見つめて、『まぁちょっとな』と苦笑した
アーシアの墓参りから帰ってきたライが今まで不機嫌ではなかったことなどないに等しかった
理由は前述した通り、自分以外の誰か、いや、よく知っている人物がいつも先にアーシアの墓に花を添えているからである
その人物とは昔から折り合いが悪く、顔を合わせればいつも言い合いになっていた
学生時代と騎士時代の話だ
例をあげるとユーリとフレンのような間柄のようだった気がする
ライが先を行けばその人物もその先を行く。考え方も行動原理もよくにていた
だけど一番信頼をしていたのも事実だったのかもしれない
彼は生真面目な人物だった
対するライは適度にハメを外していたような気がする
いつもその人物には怒られていた
同じ隊に配属になった時もである
ライは上着を脱いで、頭を渡されたタオルで拭きながらかつて共に寝食を共にした仲間だった男のことを思い出していた
やがて雨は雷雨に変わり、閃光とともに音をたてた
廊下にある窓の外を見つめるライの瞳には今までにはなかった剣呑とした光が灯っている
蒼の少女とその相棒の漆黒の外套はその後ろ姿をただ黙って見つめていた
『おいこらぁあぁ!!雨が降るなんて聞いてない!!』
何故か先ほどまでライがいた墓地に声が響いた
こんな雨の中、墓地に来るのもおかしいとは思うだろうが〝彼女〟は降りしきる雨の中走っていた
『あ。やっぱり来たのか』
彼女が立っているのはアーシアの墓の前であった
頭に深くローブについているフードを被り、そのアーシアの墓を見ている女性はちらりと覗くブロンドの髪色が印象的な美しい女性であった
『あの二人ってホントに仲がいいのか悪いのか分からないから、見ているこっちもヒヤヒヤしちゃうよ』
誰に言うでもなく、墓場で独り言など怪しいの一声に限るが返ってくるはずのない声がその場に響く
『イスリー、あまり調子に乗らないでくれよ?悟られてはもとも子もない。あと、まぁ、未来の俺とあいつはもう仲良しだけどさ』
男の声である。しかしその声は、聞き覚えのある声であった
『わかってるよ。それより、体調は大丈夫?あれからまた倒れたんだよね?』
イスリーと呼ばれた女性は、その男の声にそちらに振り返る
いつの間にかその場には黒の外套を羽織り、右目に包帯を巻いたダークブラウンの髪の男
その男がわずかにため息をついた
『……今のところは、な。ただあまり時間もなさそうだ。……手はず通りに頼む』
その声を聞いて、イスリーはふと真面目な顔に戻った
『わかってるよ。……私達が君の期待を裏切るような真似を今までした?』
イスリーは口元を吊り上げ、問いかける
しばらくの間ののち
『……いいや。ないな。』
イスリーは依然微笑んだまま
『例の彼らも動き出したみたいだね。三日後にここは戦場になる。………間に合えばいいのだけど。』
イスリーとはまた別の少年が女の子と共に茂みから出てきた。
『……おっ。そっちも首尾は上々じゃん。イネスたちなら、それに間に合うルートでくるさ。それよりも難しい問題はまだまだ山積みだろ』
黒外套の男はアーシアの墓を見つめた
『昔を懐かしむのは私たちも同じよ』
ブロンドの髪を靡かせ、マリン服風の衣装の少女がいた
もう片方の男の子も、似たような髪色で癖毛が特徴的なセーラー服の少女と同じくらいの年の男の子だ。
『お前らのこと頼りにしてるよ。キルシュにもよろしくな』
今まで色々な異世界を渡り歩いてきた彼女たちにはわかる。これから先も死闘が続くだろうと。
だが、その運命を避けて通ることは出来ないのだ
『うん。任された。これでもイスリーとウィズとは組んで長いからね。』
いつもイスリーの横にいるはずの黒猫は今は情報収集に行っておらず、今この場にいるのはこの3人だけだ。
『頼むよ。ブレイブたちが生きて来た世界線の、……ややこしいな。18歳のあの子たちが未来のあの子達のようにならずに龍神の力を扱えるようになるには必要なことだし………。』
『仕方ないよ。どの世界線もどうしても時代の流れが違うから。ね、リュディ、リザ?』
イスリーの言葉に、リュディとリザと呼ばれた少年少女は2人顔を見合わせる
『あぁうん。そうなるね』
『ルシエラとアルは元気かしら。あの二人ならいつも通りだと思うけどね』
『違いない。』
◇◆◇◆
ライたちがプランスールに入ってから次の日
それは突然に起こった
居住区で、倒壊していた家屋が倒れたのである
幸いその家の住人はすでに聖堂の方へ逃げていたので無事ではあったが、魔物と地震による被害は当然二次災害も引き起こした
夫婦が朝、ライの家を訪ねてきて、家屋が倒壊してしまったと聞いたのだ
ライはその家の住人と一緒にその家があった場所で、倒壊した家屋を見つめていた
大理石とレンガでできたその家は無残にも崩れてしまい、辺りに白い粉塵がまだ舞っていた
恐らく原因は昨日降った雨のせいであろうと瞬時にその答えに行き着いた
しかしこのプランスールは海峡に面している割には津波の被害はなかったと聞いた。
恐らく街と要塞自体が高い場所に位置しているからだとは思うが
『ライ、どうだろう?新しく作り直すことはできると思うか?』
中年ぐらいの男性と、その奥さんである女性がライを見つめる
『恐らく昨日の雨のせいだと思いますけど…………骨組みの状態を見る限り結構古い建物だったようだし、どのみち修繕と補強は何処かで必要だったんじゃないんですか?』
ライの言葉に女性が
『そうなのよ。やっとリフォームできる資金が溜まった矢先だったし、ちょうどよかったのかも知れないわね。だって、建物壊すにも費用が必要でしょ?』
しかし、家具はすべてダメになってしまった。写真だけはまだ持ち運べる状態だったので、避難勧告が出た時にそれだけはと夫婦は必死にかき集めたそうだ
『あれでしたら、倒壊した家屋の資材と家具の再調達請け負いますよ。いい仕入れ先があるんですけどどうします?』
夫婦は顔を見合せると
『そうねぇ……ライの仕入れ先なら安心と信用すごくあるし、少々値は張ってもそうしてもらおうかしら』
確かにライの仕入れる商品は質がよく、幅広い世代に人気である
ライは女性の答えを聞いて
『非常事態ですから、通常の値段より倍以上高くなってる可能性があるかも……それでもいいですか?』
その答えには夫の方が答えた
『それはもう覚悟しているよ。壊れた家具の中にはお前が譲ってくれたものもあるからな。』
『たしかテーブルセットと、食器棚ですよね。資材さえあれば作り直しはできますから大丈夫ですよ。それよりも長く使ってくれていたことの方が俺は嬉しいですしね』
『だからこそお前に改めて依頼したんだよ。リフォームに当てる資金の中から、その食器棚とテーブルセット買うよ』
『ありがとうございます。倒壊した家屋を新しくするまでは聖堂が寝泊まりする場所になりそうですね。あそこなら安全は確保されてますし、お風呂もありますから、奥さんも安心だと思うよ。』
ライのフォローに婦人は『お気遣いありがとう』と苦笑した
リチア様の加護かもな、と旦那の方が苦笑混じりにわらった
ライはその日、町の被害状況を改めて把握するために散歩がてら必要な物資や食材の在庫状況など、流通経路をすべて確認するために一件一件、家や店を丁寧に見て回った
ここは昔から贔屓にしている道具屋である。
『じゃあ、エストレーガからの物資の補給は今のところ問題はなさげなんだな?』
店主の初老の男にライが問いかける
『あぁ、そうじゃな。だがこの状態が続くのは少しだけいかんな。そのうち資材も補給物資も尽きる可能性もあるだろうのぉ……お前さんとこは大丈夫か?』
『俺のところはまだ当面は大丈夫だよ。でも、やっぱ速めに対策は練るべきかな』
そしてあらかた様子見を終えた。どこも当面は非常食や水、着替えなど諸々はあるとのことだ。幸い断水した所もないらしく、水不足の心配はなさそうである。
『最悪近くの海岸から取ってきたのをろ過して飲料水にする』
という人もいたが
そしての物資の流通経路であるエストレーガの状態をライは昔から懇意にしている情報源を所持したイスリーに再会して、エストレーガの状況を聞いていたところである
再会した途端、猛烈なアピールを食らってしまったが
『とにかく、エストレーガからの物資の補給は今のところ問題はなさそうってことだな?』
イスリーに近くの店で売っていた缶ココアを渡す
イスリーはそれを素直に受け取り
『うん。パライバ皇帝陛下と、グロシュラー上将が中心になって物資の流通経路を押さえてくれているみたいだよ。当面は心配なさそうだけど、この状況を長引かせるのはあまり得策ではないと思う。あ、これ数ある戦場で暴れ回ってきた時の経験談だから。』
ココアを一口イスリーは飲み、そのカカオの甘い薫りにほっとした表情を見せた
『……ま、空軍で切り込み隊長やってた、だったり、地上で闇の軍勢とやり合ってきたお前が言うならそうだろうな。
やっぱ、敵の巣を叩いちまう必要性があるってことだよな。たしか、ここに来るまでの中間地点に魔物たちが発生している時空の歪みがあるって聞いた』
ライはコーヒーを開ける
缶の開く小気味良い音が響き渡った
『時空の歪みを閉じてしまえば、魔物たちが増えることはないと思う。彼らを有利に立たせることも可能だよ。だけど、それができるのは君のそのヴァルキュリアの力しかないじゃん?』
イスリーはライのヴァルキュリア、今は腰のベルトにコアクリスタルを引っ掻けているそれを見つめる
『なら、あいつらの負担を少しでも減らすために一肌脱ぐとしますかね。』
ライの言葉にイスリーは
『まぁ当然そうなるか。いいよ。手伝ってあげる。』
家族や住民の命が掛かっているのだ
それに時空の歪みを開くのも閉じるのもライにしか出来ない仕事である
正確には『ヴァルキュリアが時空を操る能力を持っている』のではなく、ライのスピリアの中にいるジルファの刻神龍の力がソーマを通して、その魔力を纏い、時空を操る能力を有している
つまりはジルファを中で飼っているせいではあるのだが
『だけど、時空の歪みを閉じるにしても俺だけじゃ、ちと役不足だな。イスリー、戦力を集めれるか?』
『そういうと思ったから、すでに集めてきた』
そこに姿を現したのはセレナと
『…魔物退治と聞いて』
八雲である
『久しぶりだね、ライくん。お兄ちゃん元気?』
そこにいたのは薄い青色の髪を高い位置で結い、黒のスーツに身を包んだ少女だった
『八雲は当然来ると思ったけど、めーちゃんも来てくれたってことは、彼奴等は?あの子の主治医をしているめーちゃん的にはもう大丈夫なのか?』
青色の髪の少女はにこりと微笑んだ
『ええ。とりあえず山は越えたわ。本当にあの子の【生きる】っていう想いはすごいよ。いくら彼の手にした《絶対遵守の力》も作用しているとはいえ、だけどね。あとは彼ら次第かなってところ。これでフレンとエルリィも安心だと思う。後で教えておくよ。』
一連の会話を聞いていたライ、イスリー、セレナ、八雲も安堵の息を漏らした。
すると、ジルファがライの中から姿を現したのだった
『……明妃……』
『…お兄ちゃん久しぶり!あの会合以来かな?』
ライは以前、取引でポート・マフィアの根城に顔をだしていた
その時に、ポート・マフィアの幹部の中原中也の横にこの少女は立っていた
ジルファから話は聞いていたがまさかこんなところで再会するとは予想はしていなかったのだが
『そうだ先輩。やっぱりこの状況に乗っかって、不正をやらかす奴らも出てきてますよ』
八雲の言葉に、ライとイスリーは眉を寄せた
『エストレーガからの支援物資の荷馬車を襲撃して、ひったくるバカ共が出てきたみたい』
明妃がそう言うとライは一つ舌打ちしたのち
『……だと思ったぜ。プランスールを一通り見て回った時に、怪しい連中を見かけた。善良な商人に混じって不正を働いてる奴らがな。』
イスリーが『ぁ』と思い出したような声をあげた
『そいつら確か、最近悪さばっかやってるエセ商人たちだよきっと。確かその次元の歪みの近くの小屋に腰を据えてるって聞いた』
ライはそれを聞いてますます眉間のシワを深くした
『そいつらぶっ飛ばすついでに、次元の歪み閉じてしまえばいいな』
『おい本来の目的が逆になってんぞくそ先輩様』
八雲の毒を聞いたライは八雲の頭の両端をぐりぐりした
八雲は声にならない叫びを上げてその場にうずくまったのだった
クソ先輩様と聴いてイスリーはなんとなくリザのことを思い出して笑った。
リザも割と『クソ野郎様』とか可憐な見た目に似合わずたまに口が悪いことがある。多分魔界育ちのせいかなー。とココアを飲み干した。
少しプランスールから外れた森の街道の先にそこはあった
『…あそこだな』
小屋の周りには警備の者が二人いた
二人とも装備は軽装だが、その腰には物騒な短剣とダガーを携えている
ただの店なのに、何で警備が必要なんだよ
真っ当な商売なら、街の中で開業すればいいものの
『…疚しいことがある証拠ね』
イスリーの声に、ライは黙って警備の二人を見つめていた
『どう出ます?』
八雲の言葉に、美月は少し考えたのち
『……いつものように、八雲くんが先行するのは?』
確かに常に気配を気取られにくい八雲が奇襲にはうってつけである
『構いませんが』
八雲は乱れたスーツを直してうなずいた
数分後
警備の者が倒れる音を聞き、ライたちは茂みから出てきた
『さすが八雲くん』
明妃の称賛に素直に八雲は『ありがとうございます』と一礼した
小屋の前でライが耳を傾けると、中から話し声が聞こえてきた
『騙されてはいけません。この店の防具はどれも半額の価値もない粗悪品ですよ』
中には客がいた。
その客は一般人のようだが、突然の第三者の言葉に動揺を隠せないといった様子が見てとれた
しかし、その第三者の客の後ろ姿は見慣れたものであった
銀の髪をポニーテールにした少女、エルリィである
エルリィがどうしてここに?
街から散歩でもしてたのか?
そして店の店主は案の定激昂した
『なんだこのアマ!!言いがかりつける気か!?』
エルリィは怯むことなく口を開く
『なら試してみる?貴方がその鎧を着て、私の拳でひと殴りしてみると』
すると店主は苦虫を噛み潰したかのような顔をしワナワナと震えていた
しばらくしたのち、店主の男は手下らしき者を呼び出した
おそらくエルリィを口封じするためなのだろう
それをみたライはこれ以上会話を聞いてやることは必要ないと判断したらしく、その長い足で扉を蹴り破った
その扉が吹き飛び、壊れる小気味良い音に、八雲が『派手にいきますねぇ』と小言を申していたが聞こえないフリをした
『!!!な、なんだてめぇら!!?』
店主は思わず身構えた
エルリィの方はふと不敵な笑みを浮かべてライをみた
ライは剣呑にその琥珀色の瞳を光らせこう告げた
『派手にやりすぎだろ。街の方にまで苦情が届いてんぜ。チェン大人からのお達しだ。〝わきまえろ〟だとさ。』
チェン大人(ターレン)とは、この原界全体の貿易を担っている大商人である
裏と表両方に顔を持っており、ライも贔屓にしている商人だ
『…もはやここまでか…だがタダでは返さねぇぞ!!やっちまえ!!』
店主の命令で手下たちはライたちにその獲物を手に襲いかかってきた
『わかりやすくて結構!!』
ライは素早くそのソーマを武具解放しようとしたが、その手を止めた。
こんな店の中でまさかそれを使う訳にもいくまい
『ところでどうしてエルリィがここに?』
今まで黙っていたセレナが聞いてみる
『その話は後で後で。ほら、くるよ!』
数分後、悪徳商人たちはライたちに制圧され、イスリーが結晶騎士団に通報したのだった。
その結晶騎士団を率いていたのはカルセドニーだったのだが、傷が癒えていないまま行動をしていたライにはほとほと呆れ果てていたのは数分前のことである
『これに懲りたら2度と悪どい商売なんて辞めるこったな。チェン大人怒らせたら店ごと潰されんぜ。』
ライがニヤリと冷たい笑みを浮かべると、その悪徳商人たちは悔しそうに縛られながら
『お前たち、この状況でよくも不正を働いてくれたな。リチアさまと羽クジラの元で厳しい沙汰があることを覚悟しろ』
カルセドニー・アーカム結晶騎士団長が自ら出向いて捕縛された悪徳商人たちを見ながらライはカルセドニーを見た
『結晶騎士団長自ら出向く必要あったのかよ。』
そんなライの質問にカルセドニーは
『人手が足りなくてな。前はこんな雑務はペリドットかバイロクスに頼んでいたのだが……まぁそれももう出来ないからな。』
ライはそれを聞いて、近くに見える火山での出来事を思い出し、拳をキツく握った。これもまた、ライの傷の1つだ
その後、結晶騎士団本部に悪徳商人たちは連行されるも、カルセドニーの背中は少しだけ寂しそうだったがそれはすぐに消えた。
お互いのソーマを通じて少しだけ伝わってきたその感情は2度と消えることはないと言わんばかりに
『……んで?なんでエルリィがここに?』
結晶騎士団長とその部下数人に引っ捕らえらた悪徳商人たちを見送りながらライはセレナと全く同じ質問をエルリィにしてみた
『昨日ライとセレナが家に帰ったあと、カルセドニーがまだ戦いの準備はかかるから、ってことで自由行動になったの。んで、暇だったから観光ついでに、プランスールの街を見て回ってたらね……』
街で怪しい連中を見かけたから、後を付けていったらここにたどり着いたらしい
『そうしたら、道行く人たちを引き留めて、粗悪品を売り付けようとしてたから、つい』
なるほど。確かにエルリィは武具屋の娘である。しかもあのガウスの娘。粗悪品を見切る瞳は本物であったということだ
『さ、さすがガウスさんの娘ですね……』
八雲は苦笑混じりに言った
『ったく、本当にエルリィにはいつも驚かされるわ。』
ライは喉を鳴らしながら笑った
『商人の家に生まれてっから、こんなの当たり前さね。私もこういった悪徳商人は許せないんだ。』
エルリィはいたずらっぽい笑みを浮かべた
『あ、そうだエルリィ。あとでフレン連れてきてくれるか?お前らが気になってた例の件について進捗があったんだ。
で、その前にこれから俺らこの先にある次元の歪みに行って、そこの歪みを閉じる仕事あるんだけど、魔物の一掃を手伝ってくれねぇ?』
エルリィとフレンが気になっていた例の件と聴いてエルリィに思い当たる節があるのか『うん、わかった。あとでフレンと行くね』と肯定した後、イスリーへとエルリィは視線を向けた。
『ところで、あのお姉さんは?』
『あぁ。彼女はイスリー。俺の昔からのビジネスパートナーの情報屋で、異世界を旅し続けている黒猫の魔法使いだよ。』
イスリーはエルリィの方を見て、にこりと微笑んだのち、軽く手を振って見せた
『セレナさんのらいば……ぐふっ!?』
八雲が妙なことを口走ろうとしたせいか、セレナがその丸い頭を叩いた
『……大丈夫八雲?』
ライは蹲っている相方に声をかけた
その場所は魔物の巣窟と化しており
次元の歪みに近付くにつれて、その数と凶暴さは増してきていた
『やっぱり魔物の巣が近くになると増えてきてるねぇ』
明妃が手に鋭い氷の刃を作り上げ、素早く魔物の急所を正確に貫いていった。彼女の異能力『新雪の柘榴パズル』である
彼女の異能力は、氷を操る能力で、その氷を武器として扱うことも可能にしたり、薄い氷の膜を張り建物を守ったりもできる異能力だ
ポート・マフィアと武装探偵社の面々はそれぞれ異能力と言われる力を持っており、その全てに同じ能力はないという
身体を虎に変化させたり、手帳に書いたものを具現化し、使えるようにするという能力も。
そして、触れた全ての異能力を無効にするという能力など、多彩な異能力があるのだ
明妃のポート・マフィアとしての異能力は『新雪の柘榴パズル』だが、龍神としての能力は主に治癒であり、生きている限りはどんな状態でも治療できるという能力の持ち主だ。
とある世界でとある騎士の主治医を担当しているのである。
『癒神龍』の称号を持つ龍神であり、ジルファの4つ下の妹だ
『ビリビリくるぜ。すぐそこだ』
ジルファの言葉にライたちは森の最深奥にたどりついた
そこにそれは確かにあった
緑溢れるこの森に、異形の形をした存在『次元の歪み』である
『………お出ましだ』
その次元の歪みは怪しく揺らいだのち、その口から巨大なゼロムを呼び出した
『こいつを倒して歪みを封じちまえば、これ以上魔物が増えることはねぇだろ。』
ジルファの言葉に、全員は頷いた
そしてゼロムは更に暴星魔物も呼び出した
数は少ないとはいえ、暴星魔物。少し骨が折れそうである
『せっかくだし新武器試してみるか』
ライは暴星魔物を見つめながらその銃のカートリッジを腰から引き抜いた。
そのカートリッジは黄金色のカートリッジ
特殊な鉱石のデリス鋼で加工されたヴァルキュリアの専用カートリッジである
『それ、デリス鋼じゃないですか!どこでそれを?』
八雲がその黄金色のカートリッジを見ながら目を見開いた
『アスベルからの手土産。パスカルが俺専用にデリス鋼を加工してくれたらしい。』
これさえあれば、暴星魔物のバリアも割ることができる
戦況は大きく変わることだろうと
アスベルの話によると、フォドラにあるバシス軍事基地という場所にあったデリス鋼をあるだけ加工して、パスカルはマリクやパスカルが使っているデリスリングと呼ばれる、ソフィの力を擬似的に使えるようにした装備品を仲間たちにも渡したという
一般の兵士たちに、暴星魔物の相手は少ししんどいので、実力も信用もあるシングたちや、ユーリたちにもそのデリスリングを渡したらしい
パスカルの突拍子もない閃きは何度もアスベルたちを救ってきたのだ
本当に強力な後方支援である
ライに専用のカートリッジとはわかっている技術者だ
今度パスカルの好きなバナナパイでも差し入れしてやろうとライは思った
だがここで疑問が生じた
〝何故パスカルがヴァルキュリアの情報を知っているか〟
だった。しかしそれにはイスリーが答えた
『未来のライがパスカルに情報を渡したのよ。これから必要になるからって』
『なるほどねぇ。未来のライかぁ。ブレーブたちは未来から来たもんね。対策は完璧ってことか』
『この時代に起きた全ての事象が未来に直結してるとも聞いたしね』
セレナも納得したらしい
そうこうしているうちに、魔物たちが襲いかかってきた
まずは八雲とエルリィがゼロムへと駆け出した
ゼロムは獲物を定めたと同時にエルリィと八雲のそのスピリアに食い付こうと飛び掛かる
暴星魔物はライと明妃の二人が
セレナは援護態勢をいつでもとれるようにいつでも謳える準備をする
高らかな旋律と共に、セレナのエディルレイドとしての能力が発動した
『守護の水天使(アクエ・シュットゥエンゲル)!』
セレナの謳が作り出すその水の衣は火を多様してくる魔物の攻撃を軽減するという謳である
エディルレイド単体で謳うこの謳は、響応の謳といい
響応の謳はエディルレイドが自分の身を守るための特殊能力を使うときに詠う謳である
水の衣を纏ったエルリィと八雲はそのゼロムの巨体を、エルリィは足、八雲はその拳で吹き飛ばした
『おー。この水の衣がセレナのエディルレイドとしての力なんだ!優しい水の音だね』
エルリィが身体に纏った水衣を見ながら言った
ライと明妃は暴星魔物と相対している
出てきた暴星魔物はドラゴン種のようだ。ブレス攻撃が厄介な種類である
『また面倒くさいヤツらを呼び出したなぁ』
銃のトリガーのロックをはずしながらライは暴星魔物に視線を向けた
そのドラゴンはブレス攻撃を美月とライに放つ
そのブレス攻撃をライは右に、明妃は空中に別れて散らし、明妃は空中からそのまま氷の刃をドラゴンに向けて放った
『奥義・氷針乱舞!!』
乱れ舞う氷の針を無数に放ち、広範囲の敵を攻撃する
地面に突き刺さった氷の針はそのままバキバキと音を立てて肥大化し、ドラゴンを牽制した
『穿て光の思念!!ホーリーランス!!!』
ライの思念術もだめ押しで追撃に充てる
しかしなかなかの防御力を持つ硬い竜の鱗はなかなか削ぎ落とせないようである
『肉と皮、ごっそり削いでやろうか』
明妃のとある風天族のような言葉にライは苦笑しながら次の詠唱を開始した
あまり長引かせてはいけない気がしたので、さっさと倒して歪みを封印したいところである
エディルレイドの刃の一撃でやはり傷の治りも鈍化しているような気がする。今さらだが本当によく生きていたと心底自分の悪運の強さを呪った
不利と察したか、敵の暴星魔物はその身体に赤い光を纏う
お得意の暴星バリアである
『無駄だっての!!ヴァニッシュレイン!!』
ライが上空にデリス鋼で加工されたカートリッジで光の一閃を放つ
その一閃した光は暴星魔物の頭上で枝分かれし、二匹の暴星魔物を貫きガラスの割れるような音と共に、その真紅の防壁はあっけなく砕け散った
『さすがパスカルちゃんの発明品だねぇ』
明妃が指をならすと暴星魔物の周囲を円上に無数の氷の刃が浮遊し
『これで終わりね!異能力、〝新雪の柘榴パズル〟!!』
明妃がそう叫ぶと氷色の文字の羅列が彼女の周囲に展開する
異能力が発動するときに発されるオーラのようなものであるが、その文字のオーラの羅列はまるで小説や文献で見る文章のようだ
その文章の羅列が一瞬にして氷をまとい、暴星魔物の周囲にあった氷の刃と共に、明妃自身が放ったその氷の帯が一直線に暴星魔物をまとめて切り裂いた
ひとたまりもないといった断末魔をあげて、その暴星魔物のドラゴン2匹は凍り付き、無惨にも砕け散るのを確認した
ライの横で、ゼロムを倒した八雲とエルリィがハイタッチをしていたのを確認し、ライはヴァルキュリアの剣を解放。そしてそのまま次元の歪みを切り裂き、そのぽっかりと口の開いた闇色の空間を閉じる
これでこれ以上魔物も増えることはないだろう
『すごい威力ですね。明妃さんの異能力。さすが龍神の妹』
八雲の称賛に明妃は振り返り
『お母さんも氷の能力を使う龍神だけど、ちょっとゴタゴタがあって、私は日本の横浜に流されたの。………当時太宰さんと中也さんに拾われて、仕事こなしてるときに異能力が覚醒しちゃってさ。私の龍神としての能力は主に治療が専門だから、この異能力自体は龍神の力ではないんだ』
なるほどそういうことかと八雲は頷いた
『いきなり異能力って覚醒しちゃうものなんだね。』
エルリィの最もな質問に、明妃は少し考えたのち
『…異能力なんて大層な名前だけど、誰しもが異能力自体は持ってるもんだよ。分野は多種多様だけどね』
明妃の言葉に、ライはヴァルキュリアを仕舞いながら耳を傾けていた
『例えばイスリーちゃんは情報能力に長けていたり、その魔法使いとしてのスペックとか?八雲くんとエルリィちゃんはその格闘技。』
『この能力も異能力というの?』
イスリーが首をかしげる
『太宰さんの仲間に、異能力をもたずして探偵社の仲間にいる人がいる。彼はその鋭い観察眼と情報能力を合わせて探偵をしているから。』
なるほどな、とライは頷いた
『さて、そろそろ帰らなきゃ日が暮れちゃうね。』
ここまで来るのに、だいぶ時間をかけてしまったのか時間は昼の15:00を回ろうとしていた
そろそろ帰らないと、プランスールで待っている仲間たちに感付かれそうだ
『帰るか。明日ぐらいにはリョウたちも合流すんだろ。』
イスリーに視線を向ける
『そうね。何もなければだけど』
まぁ何かあったとしてもあのリョウたちである。簡単には倒れはしないだろう
辺りが静けさを取り戻したのを確認してライたちは再びプランスールへの帰路へついた
だが今まで黙っていた古傷が急に疼き出す
その傷口は、シングたちと旅をしていたときにあの女魔導師に受けた箇所だった
嫌な予感がする
とにかく早く帰らなくては