第18章
ここはラジーン洞窟という場所である
壁面が蒼く反射しており、不思議な雰囲気の漂う洞窟だ
『うわぁ……すごい綺麗なところだね!』
リルハは辺りを見渡しながら、感嘆の声を上げた
『ここはラジーン洞窟ってな。プランスールの近くに抜けることができる隠し通路みてぇなもんだよ』
隠し通路、という言葉を聴いてリルハが瞳をキラキラ輝かせているのをほほえましく見つめながら、ふとライはルーシィの方を見る
彼女はこの洞窟が近付く少し前から、何かを感じているようでその瞳は先ほどからよく游いでいるのである
『……ルーシィ、さっきからどうしたんだ?なんか……』
ふとグレイが思っていたことを口にした
『んーとね……なんかさっきから胸の辺りがそわそわするというか………』
ルーシィは自身の胸元に、紋章がある手を添えるがその感覚が何なのかわからないようで
『ルーシィお姉ちゃん、どこか悪いの?大丈夫!?』
リルハがルーシィに駆け寄り、心配そうに彼女の片手を握った
『大丈夫よリルハ。元気元気!』
ルーシィは小さくガッツポーズをしてみせる
そんなルーシィが心配ではあるが、まずはプランスールに急ぐ必要がある
だがそれを遮る言葉が聞こえてきた
『なぁライ、ちょっと寄り道しようぜ。』
頭のなかに直接語りかけてきた張本人。あの一件からずっと黙り込んでいたジルファが唐突に言い出したことに、ライは訝しげに顔をしかめたが
『やっと機嫌直ったかよ。………いるのか?』
そのジルファの『寄り道』という単語にライは興味を示した
『あぁ。いるな。龍神の一人が。めんどくせぇやつだと思うが。…………それにルーシィがここに近付いていく度に、ソワソワしてるのは……多分、共鳴してるからだと思う』
それはつまり、ルーシィとその龍神が共鳴している、呼びあっているということである
そういえば、龍神は普通の人間にも、ごく普通に認知できると聞いていたが、ルーシィのように感知できるのは稀だと以前ジルファが話していた
その証拠にルーシィ以外の人間は龍神の魔力を感知できずに首をかしげている者ばかりである
『なぁルーシィ。その感覚はどの辺りから感じるんだ?』
ふとライがそう問いかけるとルーシィは少し首をキョロキョロさせたのち
『あっち。何かね、鈴の音がさっきから』
ルーシィの言葉に、ライ以外は更に首を傾げた
『……?あっちは行き止まりしかなかったはずだけど……』
シングの一言にこの場にいた全員が肩を震わせた
『ほっ、本当なのよ!みんなには聞こえないの?』
ルーシィの最もな答えに、全員顔を見合せた
ライは少し考えたのち
『…お前らはここで待ってろ。俺はルーシィと音がした方に行ってみる。もしかしたら続く地震で新しい道ができたのかも。珍しい鉱石とかあったりするかもだし。それに戦い詰めでみんな疲れてるだろ?ここいらで休憩しようぜ』
もちろん、これは建前である
とはいえ、半分は本当なのだろう。
カルセドニーから見ても、ずっと戦い詰めでみんなに少しずつ疲労の色も見えてきている。これから大一番が控えているし、その時に倒れてしまうと元も子もないからだ。
『───そうだな。辺りに魔物の気配もないし、少し休んでもいいかもしれない。騎士団の本部には何かあればすぐに僕に連絡が来るように手配しているしな』
それを聞いて、一行は束の間の休息を取ることになった
『よし、じゃあいこうぜルーシィ。』
ルーシィにそう促し、ライはここは皆に任せてルーシィと一緒に歩き始めた
『なら、リアンハイトの中で密かに仕込んでた軽食と、俺がさっきまでいた世界で助けてもらった人が作った弁当でも出そうかね。その人の食事どれも美味しくてさ。あ、リタ、和食もあるぜ?』
ユーリの言葉にエルリィがパッと顔を輝かせ
『やったぁー!!ユーリのご飯大好き!!』
『な、何であたしに振るのよ!?ま、まぁ。食べてあげないことも、ないけど?』
と、リタは頬を染めながら言った。
その様子を一瞥したあと、ルーシィとライは、彼女が示した方角へと足を伸ばすことになった
しばらく歩いて、仲間の姿が完全に見えなくなったところでルーシィが口を開いた
『ねぇライ、どうして?』
ルーシィの問いかけにライは『ん?』と首を傾げた
『どうしてあたしの言葉を信じてついてきてくれたの?この鈴の音、あたししか聞こえてないみたいだったし……』
予想通りの質問だったが、ライはしばらく考えたのち
『そうだな。お前、どう見ても嘘とか苦手そうだし、この状況でそんなこと言うのもおかしいと思ったからな』
『……うっ……まぁ、ね……』
ルーシィはばつが悪そうに苦笑した
『…それに、お前には話しておいた方がいいかもな。これも何かの縁かもしれない。』
『どういうこと?』
ルーシィは改めてライを見つめ返した
『……俺もその鈴の音は聞こえてるんだ。だから嘘じゃないってすぐにわかった。』
『じゃ、じゃあ珍しい鉱石のことは建前だったってこと?』
まぁそんなとこ、とライはおくびもなくそう答えた
『ルーシィ、多分お前に聞こえてる鈴の音の正体は魔力が形になっている音だ。ある種族独特のな。』
『……ある種族……ねぇ。気のせいかと思ってずっと黙ってたんだけど、あんたの方からも独特の音が聞こえるのよ。その…時計が針を刻む音みたいな……』
その一言に、ライだけではなく中にいたジルファも耳を疑った
その件に関して、ライの中にいるジルファは思わず『本物だ』と声を出した
『……ルーシィ、お前やっぱり……』
『え、え?な、なに?なんなの?』
ルーシィは若干慌てた素振りを見せるがそれには、ライが答えた
『ルーシィ、お前が聞いた鈴の音や時計の秒針の音は、ある種族が放つ独特の魔力の波長といっていい。本好きなお前なら、もしかしたら何処かでこの名前を聞いたことがあるかも知れないな。………龍神って名前は聞いたことあるか?』
ライの質問にしばらく考える素振りを見せたルーシィはしばらくして思い出したのか『あっ』と声を出した
『聞いたことあるわ!亀裂に飲まれる数日前に、あたしこの異変を調べるために図書館にこもっていたの。結局何もわからずじまいだったけど、なんとなく開いてみた書物の中に龍神って文字があった』
『さすがだな。そうだよ。龍神はおとぎ話なんかじゃなく、実在してる。その龍神という種族は独特な魔力の波長を放っているんだ。お前が聞いた鈴の音や、俺から聞こえる時計が針を刻む音みたいなのが正にそうだ』
ルーシィはしばらく呆けていたが、すぐに我に返る
『……えぇぇぇえ!?な、なら、そんな独特な魔力なのにどうしてあたし以外は気付かなかったの?そんな独特な魔力なら、妖精の尻尾のみんなだって魔力の感知はできるのに……』
『龍神の魔力の波は、資質のある人間でないと感知はできないのさ。それに、お前みたいにこうやってはっきり音として捉えれる人間は、俺が知ってる中じゃあ、俺とお前以外に3人しかいない』
そしてルーシィはもう一つ疑問に思ったことを口にした
『あたしやアンタ以外に3人しか?それは確かに少ないわね……
それで、その資質っていうのはなんなの?』
ルーシィの質問にライはこう答えた
『…単純な話、龍神と契約して、その力を行使できる資質ってとこだな』
『……契約、って……星霊と契約してその力を引き出してたかつてのあたし、みたいに?ってことは、ライも?』
『あぁ。契約してる。ほんの数年前にな』
どの属性を司る龍神かはわからないが、この先に龍神がいるということは間違いないようである。しばらくまた奥に歩くとやはり地震で新しい道ができていたようだ。
ぽっかり口を開けたその穴をくぐり抜けると、ライとルーシィを迎えたのは摩訶不思議な空間だった
辺りには透き通った結晶が突きだしていた。色合いは金と言ったところか。ルーシィの髪と同じ色の結晶といえば分かりやすいだろうか。
『………きれい………』
思わず見とれてしまうような、まるでこの空間だけをこの世界から切り離したような景色がそこには広がっていた
おそらく、魔力の塊でできたものであろう。あちこちから世界を構成する思念力のようなものを感じとれる
そして奥の方に、結晶でできた木の更に奥に巨大な結晶が見てとれた
ルーシィはふらりと導かれるままに、その結晶に足を運んだ
ライもその後を追いかけた
するとそこには先程の結晶より巨大な優しく光る黄金色の結晶があり、その中にまだ年端も行かないリルハよりも年下に見える少女が眠っていた
『……女の子?』
その結晶の中でその瞳を固く閉ざした少女を、ルーシィは不思議そうに見た
『……シュテルン』
ライの頭の中で、また声がした
つまりは予想通り、そこに眠っている少女は龍神の一人だということになる
『お前の幼馴染ってことか。』
話には聞いていた。ジルファにもそういった存在はいたということを
星の力を司る龍神、【星神龍】の【シュテルン・エストレージャ】というらしい
『ここに近付くたびに、わずかだが魔力を感じてはいたんだ。だが不安定すぎて確定には至らなかった。封印が弱まってきてるのかもしれない』
ジルファの言葉に、耳を傾けながらもルーシィの方を見るライ
『あたしを呼んでいたのは、貴女だったの?』
そっとルーシィはその結晶に触れるが、ヒビ1つも入ることはない
ジルファはふと口をまた開いた
『……ライ、ちっと身体貸せ』
その申し出に首を傾げたライに、ジルファは更に続ける
『…ここまで封印が弱まっているのなら、こちら側から干渉すればこの結晶の封印は解けるかもしれない。どのみちあちら側に龍神の力添えがあるならば、こっちもこっちで対策を練る必要がある。あの世界の彼奴等と同じようにな。』
『あぁ。なるほど。その前段階、ってことだな。』
どうやらシュテルンはルーシィにずっと呼び掛けていたようだ。この洞窟に入る前からずっと
そういうことならば
『ルーシィ、ちょっと離れてろ。彼女は龍神の一人だそうだ。今ここでその封印を解く』
ルーシィは我に返り、しばらく思考を巡らせたのち
『……お願い。この子、ここに来てからずっとあたしに呼び掛けてた。《わたしに答えて》って。助けることができるのね?』
ルーシィの揺らぐ瞳に、ライは安心させるように頭を軽く叩いてやった
『……任せとけって』
その一言で、ルーシィにも安堵が生まれたのかしっかり頷いた
『半分でいい。お前の思念力とオレの魔力を合わせてその結晶の台座に送り込むんだ。彼女と俺の属性の魔力は対となっている。オレが《闇》なら彼女は《光》。
相反する魔力、お前のいるこの世界の場合は《思念力》だな。闇属性のそれを注ぎ込めばいけると思うぜ。』
なるほど、確かに台座らしきものが目の前にあるのが見てとれた。ライも光と闇なら得意な思念属性である
そしてライはジルファに半分だけその身体を委ねた。左目がいつもの琥珀色から深紅に変わった
そしてルーシィはその姿のライを見るのはこれが初めてだった
『……この魔力……ライの場合は思念力か。ガルデニアにいたときも感じてた…ライ、だったの?』
いや違う。厳密には、ライ以外の誰かの魔力だった
ルーシィはガルデニアにいたときから、自身にある変化を感じ取っていた
今まで、仲間以外の魔力を探知したことはなかったのに、この世界に来てからずっと感じていたのがまさか龍神の魔力だったとは
ライの横でも幾度となく肩を並べて戦っているきに、彼の『純粋な思念力』とはまた別に、その思念力に何か異物が混じっていたようにも見え、そのせいか他の仲間たちに比べて彼の思念術は、威力、範囲ともに桁違いであった
いくらソーマが思念術の強化を可能にするという力があるとはいえ、あの威力は異質だったからだ
その考えは間違いではなかったようで、今、目の前で少女の封印を解こうとしているのを見て確信に変わった
だが、どれだけ異質な力を持っていたとしても、ライはすでにルーシィの中で、妖精の尻尾の皆や、剣咬の虎、魔導師ギルドに属している全ての仲間たちとはまた別の、この旅で出逢った仲間たちはかけがえのない存在になっていた
しばらく考えに耽っていた間に、ビキビキと皹の入る音が立て続けにその空間に響き渡った
そのあふれでる魔力の波動にルーシィは吹き飛ばされそうになりながらも耐えた
(………なんて魔力なの……!まるで今まで塞き止められていた壁が決壊して、水が溢れ出るような!)
その魔力に呑まれまいと、必死に意識を繋ぎ止める
そしてその魔力は今まで結晶のあった場所に再び収束していき、だんだんと人の姿になった
成功したのだろうか?
ルーシィが収まった魔力の先に目線を向けるとその少女は宙に浮いていたが背中にある羽根を羽ばたかせながら、ゆっくりと地上に舞い降りた
『………ジルジル』
開口一番に、その短く切り揃えた美しい金色の髪を持った少女はその名前を口にした
『…久しぶりだな。シュテルン。つーかその呼び方やめろ』
声はライのままだが、その魔力は別のものになっていた
しかししばらくして、そのライの中から漆黒が溢れ、同じように人の形を取る
ルーシィはその不思議な光景に、口をつぐむ
しかしその漆黒をその目に焼き付ける
ライから聞こえる時計の針の音は、彼のものだったのだ
するとルーシィに気付いたシュテルンとジルファがふと微笑んだ
『……初めまして、ルーシィ・ハートフィリア。そう。君を呼んでいたのはあたし。やっと逢えたね』
ゆっくりとルーシィに近付くシュテルン
その姿にルーシィは瞳が釘付けになった
『……どうしてあたしを?』
シュテルンを見つめながらルーシィは問い掛ける
『答えは簡単だよ。瞬く星の中から君の光を見つけ出したの』
『あたしの、光……?』
おそらく、魔力のことだろうがそれでも疑問は浮かぶ
その思考を読み取ったかのごとく、目の前の少女はにこりと微笑んだ
『あたしはシュテルン・エストレージャ。星を司る龍神。君の光というのは、星霊たちの加護のことだよ。彼らも星の力を司る存在。まぁ今は君以外のところにいるようだけど』
おそらく、リルハのことであろう
確かに黄道十二門の星霊たちは、十二の星座を司る存在だ。シュテルンは星を司る龍神と言っている。ならば、それに関連した力を持っているということになる
『君からは強くなりたいという気持ちがすごく伝わってくるんだ。あたしにならその力添えができるかもしれない』
シュテルンの言葉にルーシィは、はっと我に返った
『……どういう……こと?』
少し動揺しているのが見てとれる。それはそうだろう。初めて逢った、それも龍神が力添えするなど。
ライのような死の間際からの蘇生のような能力が、ルーシィに備わるなど、可哀想ではないか
するとシュテルンは真っ直ぐとルーシィを見つめた
『…あたしと契約してほしい。ルーシィ・ハートフィリア。そこのライフェン・ジルファーンとジルファ・クロスノートのように。』
ルーシィはライとジルファを振り返った
ただ何も言わずにその場で見守っている二人
『あたしの能力は、主に星座を題材にした技が多くてね。簡単に言えば星霊たちの技を彼らの力を借りずに使えるようになるの。あたし、君とならいい関係が築けるような気がするんだよね』
星霊との契約が切れてもルーシィの魔力から、その光は全く衰えていないとシュテルンは言った
そして黙っていたライが付け足した
『…龍神と契約するのには、必ず何かしらのデメリットが発生する。俺はジルファと契約した制約として、不老に近しい命と身体、瀕死の重傷を負ったとしても絶命寸前のところで、契約者の命が続く限り決して死ねないというデメリットだ。もう一人の適正者は、刻神龍の力を使った時間に比例して身体が小さくなり、1週間ほど高熱に晒される』
『……人によって違うんだ。なるほどね。シュテルンと契約する場合のあたしは?』
ルーシィがジルファに問いかける。ジルファはルーシィをしばらく考え込んだのち、その真紅の瞳で見た。
『お前の場合は、【星詠み】だってさ。これはシュテルンが常にやっている星を見て過去を知るのが契約時に発生するデメリットだが、ちゃんと訓練すれば制御できて知りたいものだけ引き出せるようになるぜ。……だが、それまで自分が知りたくない事も知り得る可能性がある』
『星の記憶を見る』ということ
それは星が今まで見てきた数多の、それも数えきれない『世界の記憶』を覚えてしまうということだ。精神力の弱く自我が不安定の人間だと確実に人格崩壊を起こすらしい。その記憶と混ざって自分であるが自分でなくなるとそうジルファは説明してくれた。
『あの娘、リルハちゃんに星霊を譲り渡してからずっと思うとこはあったんでしょう?あたしの星神龍としての力は、星が見てきた世界を知覚する能力と、きみが契約していた星霊たちの力をある程度使えるようになる』
その言葉を聞いて、ルーシィは右手に拳を作った
『それって、星霊がいなくても彼らの力を使えるようになるって意味よね。でもそのかわり、その星、この場合は惑星になるのかしら?その記憶、ってのを共有するって訳なのね』
シュテルンは『話が早くて助かる。そういうことだね』と相づちを打った
流れる沈黙
まるでこの場だけ時間の流れが止まったかのような静かに張り詰めた空気が、辺りを支配する
龍神と契約するということは、それだけの危険性があるということなのだろう。
───だがルーシィは異世界に飛ばされ、ずっと考えていた。自分にとって何が出来るのだろうかと
皆の足を引っ張っている。ルーシィはずっとそう思ってしまっていた
『リルハに星霊を譲り渡したことは後悔はしていない。あの子なら星霊を大切にしてくれるって思ったから。だけど、星霊たちと離れてみて、やっぱり星霊のいないあたしはいまいち、みんなの力になれていないような気がして』
まだ答えは見付かってない。だけど、1つだけずっと変わらないことがある
ライたちは黙って、ルーシィの胸の内を聞いていた
やがてルーシィは決意を顕にしたその真っ直ぐな瞳をシュテルンに向けた
『どこにいても、世界が違っても、あたしは妖精の尻尾の魔導士なんだってこと。だからみんなの力になりたいんだ。妖精の尻尾のみんなや、この旅で出逢った仲間は……あたしの家族だから。あたしにもし、その資格があるのなら…………』
シュテルンはふと瞳を閉じた後こう答えた
『資格なんて誰しもあるもんだよ。まぁ、あたしら龍神は誰かを護りたいっていう人ほど、好きなものはないから。ここにいるライくんとジルファ以外にも同じ気持ちを持ってる人をいっぱい知っているから』
ならばルーシィの答えは1つしかなかった
『シュテルン、あたしに力を貸してほしい』
『さっきも言ったけど、デメリットは必ずある。それでも?』
シュテルンの問いかけに、ルーシィの瞳は揺らぐことはなかった
『うん。大丈夫!あたしだって妖精の尻尾の魔導士なんだから。あたしが一番怖いのは、ギルドのみんなや今までのこの旅で出逢った仲間を失うことだけ。他はなにも怖くないわ』
その言葉を待っていたかのように、シュテルンはまたにっこりと微笑んだ
『ふふ。わかった。ならあたしもきみの仲間を守る手助けをするよ!』
手を差し伸べられ、そのシュテルンの手を取ったと同時にルーシィの頭の中に流れてきたのは情報の嵐だった。《バシン!!》と頭の中に何かフラッシュが瞬いたような音が響いたと思えば超高速でルーシィの脳内に焼き付けられたのは、2000年前の記憶だった。
その映像の中にいたのはまだ幼かった頃のジルファとシュテルン、そして長い黒髪の女性と、その横には見覚えのあるような無いような、幼い少女が泉と思われる場所で遊んでいた映像だった。
記憶はそこで途切れてしまったが、ルーシィにはまだそれが何かなのかは分からない。しかしその映像が終わったと同時に、瞬く金色の光にルーシィが包まれ、それが収まる頃にはルーシィの衣装はエメラルドブルーとカナリヤイエローをベースにした太腿迄の長さのパレオとエメラルドブルーのリボンで結われた美しい腰まで伸びた母親譲りのブロンドの髪は、その衣装が引き立つツーサイドアップへと変わっていた。
このスタイルはルーシィにはあまりにも馴染みのあるそれであった
ライが徐に指を小気味よく鳴らすと、ルーシィの目の前に水鏡のような物を出現させた。これもライの思念術の一種なのだろう。それに映ったルーシィ自身も、今の自分の衣装を確認して瞠目したのだった。まさかと思いつい水鏡を2度見したがどうやら間違いではないらしい。
『ええええ!!?こ、これ、《アクエリアスフォーム》!!?星霊の鍵がないのに、どうして……!?』
まぁ当然の反応であろう。このルーシィのスタイルは《星霊衣-スタードレス-》。黄道十二門の星霊の鍵を使わないと出来ない、あの時に彼女が編み出した御業である。
『まぁ簡単に言うと、これがシュテルンの力だ。今回はお前と一番縁の深い黄道十二門の星霊の記憶を読み取り、その力を反映させたみたいだな。』
そうジルファが説明してくれて、思わずルーシィは目頭が熱くなるのを感じた。
あの時から会えなくなってしまった最初の友人である《彼女》のことを思い浮かべたのだった。
『あたしと契約してくれた小さな御礼みたいなものさね。君ならそのうち本当の彼女を見つけると思うけどね。それまではこの力を存分に使ってほしい。』
と、シュテルンは微笑んだ。
『ありがとう、シュテルン、ライ、ジルファ!!うん!!あたし、頑張るわね!!』
そして、その余韻を味わうのも束の間、それを吹き飛ばすような爆発音が響き渡る。
爆発のせいか少しだけその洞窟内が揺れて流石にこの場にいた全員は驚いたのは最早不可抗力だ。
『な、なに!?』
ルーシィが音のした方に振り返る。明らかに仲間たちが待っている方角からだった
『あっちにはみんなが!!』
ライとルーシィたちは一気に来た道を戻った
シュテルンの気配を辿ってずいぶん奥の方まできてしまったようだ。距離的にはそうではなかったが
先ほどまで魔物の気配など微塵もなかったこの洞窟内は一気に魔物の気配で溢れ返っていた
そして洞窟内に特徴的な魔物の声と共に、赤い血のような光が迸った
……今の鳴き声はまさか……!
角を曲がり、仲間たちがいるであろう拓けた場所に出た。そこにいたのは悪魔のような姿をした魔物と、丸い身体のその真ん中に巨大な瞳を携え、仲間たちを見つめている魔物、さらにトカゲのような身体をした魔物が数体見てとれた
『なっ、なんなのこいつら……あたしたちの攻撃が通っていないの!?』
リタがその魔物たちを睨み付けながら言った
『……バカな……』
剣を構え直しながらフレンも焦燥しきった声色で目の前の魔物たちを見つめた
『……術どころか、剣も通らねぇとは予想外だぜこりゃ……』
ヒスイだ
『…【暴星魔物-ぼうせいモンスター-】…奴らこんなのも味方につけてたのか』
ライの声に気付いたのはシングだった
『あ!ライ!、ジルファ、ルーシィおかえり!!……と、その女の子は?』
ジルファとシングたちは面識があるようだが、シュテルンのことは流石にわからなかったようである
『こいつはシュテルン・エストレージャ。オレの幼馴染。久しぶりだなシング』
ジルファはつとめて冷静な声で返すが、その瞳は笑っていなかった
『ライとソーマリンクして、僕もジルファの存在はずっと感じていた。でも再会を喜ぶのは後にしないとな』
カルセドニーだ。
『ルーシィ!!?お前その姿!!』
グレイとリルハは一番にルーシィの衣装がアクエリアスフォームへとなっていたのに言及した。
そしてルーシィは『ふふーん、ちょっとね♪後でゆっくり話すわよ。』と、先程とは打って変わってその瞳の色は何かを決意した瞳の色だった。
こんなルーシィは久しぶりに見たグレイとリルハ、ジュビアだったが、ルーシィにこの短時間で何があったのかは分からなかった
その前にまずリタが言及したのは【暴星魔物】という単語である。
『【暴星魔物】?なによそれ』
リタの言葉に口を開いたのはシュテルンだった
『ある惑星を脅かしたラムダという存在の体組織を移植された生物のこと。
非常に凶暴であり、黒い体色と眼に赤い光を宿していることが特徴。暴星バリアと呼ばれる障壁を張る能力を持ち、通常の攻撃に対して高い耐性を持つ』
シュテルンの一言に場の空気が更に張りつめた
シュテルンの説明している魔物と外見は完全に一致していたからである
『…つまり、私たちでは骨が折れる相手、ってことです?』
エステルの一言に、『そういうことだね』とシュテルンは冷静に返した
『…弱点はプロトス1(プロトスヘイス)の持つ光子だが、生憎と俺たちの中には彼女はいない』
ライは銃のカートリッジを差し換えながら暴星魔物を見据えた
『……じゃあどうすることもできねぇじゃねぇかよ。逃げるが勝ちか?』
ヒスイがため息を吐きながら肩をならすが横にいたクンツァイトがこう答えた
『否。自分たちが目指すプランスールはこの魔物の向こう側だ。戦って道を切り開く他はないだろう』
クンツァイトの言葉にコハクが準備運動をしながら臨戦態勢に入るのを見て、シングも武器を構えた
『とりま、やるしかねぇってことだろ?まどろっこしいの嫌いだし別にいーけど』
ロリセの一言に横にいたリルハも『そうだね!』と強くうなずいた
『やれやれ、なら俺も手伝うとしますかねー。』
そのライの言葉を聞いたベリルが目をぎょっとさせた
『でもライ、あんたまだお腹のケガ治ってないじゃん!!』
『そうも言ってらんねぇだろ?プランスールは目と鼻の先なんだし。』
ルーシィがライの横に並ぶ
『じゃあるんるん!あたしたちもやろうか!』
シュテルンがルーシィの更に横に並んだ
『るんるん!?』
ルーシィの突っ込みに答えたのはジルファだった
『あー……そいつ、親しい人間にはあだ名つけて呼ぶんだ。悪気はないから許してやってくれ』
ジルファの言葉にルーシィは苦笑しかできなかった
そして目の前の暴星魔物がルーシィたちに飛びかかってきた
悪魔の魔物、コミスデーモンは術の詠唱に入った
前衛であるユーリたちはその詠唱を阻止せんと一気に駆け出すも、しかしユーリたちよりも速く詠唱は完成した
空中から漆黒の刃が洞窟内に降り注いだ
レストレスソードと言われる術のひとつだ
『ちぃっ!!』
前衛の者達を襲う無慈悲な黒刃は容赦なくその身体を切り裂こうとユーリたちに牙を向いた
『させるかよ!!!』
ライの声と共にそこに展開されたのはシングたちを何度も助けてきたライのヴァルキュリアの固有結界であった
その固有結界、『結晶の境界(クリスタリゼイション)』は、あらゆる攻撃を受け付けなくする不可侵の領域を作り出し、敵を寄せ付けなくするものだ
その強大な思念力を使った思念結界はあらゆるものを粉砕し、弾き、砕いてしまう最強の固有結界でもある。アメジスト色のクリスタルキャッスルが敵の攻撃を無に帰していく
『おいおいそんなかくし球今まで持ってたのかよライ。もちっと速く出してくれりゃよかったのに』
ユーリの皮肉めいた言葉にライは苦笑した
『でも攻撃が通らないんじゃこっちが消耗するだけだよ!』
ベリルの思念術すら遠さないそのバリアは強力の一言である
コハクが果敢にもその自慢の格闘技で暴星魔物を吹き飛ばそうとするが、しばらく真紅のバリアと足に纏った思念力が拮抗したのち、コハクの方が力負けしてしまいその身体を宙に投げ出され、そのままミーソスアイがコハクにレーザーを放つ。空中では態勢の立て直しなど利くはずはないと思ったのか、かなり知能の高い魔物のようである
『コハク!!!』
急いでカルセドニーがその羽根を開き、コハクをキャッチして地面に着地する
コハクを貫こうとした発光はむなしく空を切り裂き、近くの岩壁に激突した
『ありがとうカルセドニー!』
なぜかシングとヒスイが悔しそうな顔をしていたがそこには突っ込まないカルセドニーとライだった
『走れ、極光!!エクレールラルム!!』
ライは結界を展開したまま暴星魔物に光の十字が炸裂する
その暴星魔物が張る暴星バリアはなかなかに固く、ライの思念術でもヒビが入る程度だった
『ライの一撃でも破れないなんて、固すぎです!』
エステルの最もな指摘で、ライは思わず舌打ちした
結晶の境界はその思念力を防御に回している分、若干だが思念術の威力が落ちてしまうのだ
ライも日々鍛練は欠かしてはいないが相手が相手である
専門家がいれば楽なんだけどな、と、ある惑星系にいる8人を思い浮かべたときだった
『トドメよ!!全弾・・・行くわよ!泣いた所で・・・許してあげない!トリリオン・ドライブ!!』
その美しい深紅の髪を翻し、上空に展開した魔法陣に敵を張り付けた後に円陣から12本の短剣を発し、分身のように操り敵を貫く
その攻撃の正体の主は、まるで戦場に舞い降りた天使と見紛うほどの美しさを持った女性だった
見た目ほど攻撃範囲は広くないが、敵はその一撃で明らかに消滅していた
『終わらせてやる!!行くぞ!ラムダ!天を貫く!断ち切れ!極光!天覇!神雷断!!』
その白を基調とした美しい模様の入った羽織と共にその身に宿る力を右腕に集中、獣のように敵を引き裂いた後、超上空から迅雷の剣を振り下ろし、地面をえぐるほどの衝撃破を発生させる。
衝撃波部分の攻撃範囲は広く、周辺の多くの敵を巻き込んだ
正直この場にいた全員が何が起こったのかは理解ができなかっただろう
噂をすればなんとやらは本当らしい
辺りの暴星魔物が全て消滅したのを確認して、ライはその思念結界を解いた
『わりぃ。ぶっちゃけ助かったわ。二人とも』
剣を鞘に収めて、その青年は振り返った
『珍しいな、お前が苦戦するなんて。ケガはないか?』
その青年は、左右色違いの瞳を携えた20代ぐらいの男性だった
『そりゃいきなり暴星魔物に出くわすなんて誰が予想するかよ。』
『すまない、それはこちらのミスだ。紹介が遅れたな。俺はアスベル・ラント。』
『私はシェリア・バーンズ。よろしくね』
『あ!シェリアさん!?』
そこで声を出したのは意外にもリルハだった
『リルハ、知り合いなのか?』
グレイが不思議に思い、リルハに声をかける
『うん!あのね、この世界に来る前に、わたしシェリアさんが住んでるラントって街、あっ、この世界とはまた別の……えっと、えふぃねあ?だったかな?そこに落とされて、助けてくれたメイとスパーダさんとルカさんと、アルヴィンさん、それにシェリアさんたちにすごくお世話になったんだ!』
リルハの口にした名前に、ライが知っている人物が一人いた
『なに!?アルヴィンの旦那に逢ったのか!こりゃびっくりだ』
『ライお兄ちゃん、アルヴィンさんのこと知ってるの!?』
『あぁ。同じ商人仲間だよ』
まぁそれだけではなく、たまに裏の仕事でも昔何度か出くわしたことがある。数年前にトリグラフという街で出逢ったきりだったが。
『……リルハよかった。無事だったのね。あのあとすぐいなくなっちゃったからずっと心配だったのよ。まぁ、これだけ異世界同士が繋がっているなら、また逢えるかもって思っていたけど。』
シェリアは柔らかい笑みを浮かべながら、リルハの頭を少しだけ撫でた。
面倒見のいい彼女らしい姿だった
『…ところで、さっきアスベルさんが暴星魔物がここに来たのは自分たちのミスだって言っていたけど、どういう意味ですか?』
シングの最もな意見に、全員がアスベルとシェリアを見やった
『それを話すには、俺とシェリアがどうしてここにいるか、からだな。長くなるから歩きながら話そう』
そうアスベルに促され、ライたちは再び歩みをプランスールに向けた
アスベルとシェリアがこの原界に来たのは数日ほど前だった
少し前に散々苦労してフォドラの核まで足を伸ばし、フォドラの核を停止させ一時期はかなり落ち着いて平穏な日々が続いていた
しかしそのフォドラの核を停止させたのにも関わらず、ここまで事が発展するに至る経緯を話そう
まずは『港が魔物に荷を荒らされている』というよくある案件から始まった
アスベルたちは魔物の巣を見つけて、退治をしたのだが、その魔物の出所はかつて激しい戦いのあったガルディアシャフトという名の世界の中心部。星の核(ラスタリア)の中枢でだった
その証拠にガルディアシャフトには暴星魔物の他、見たことのない、姿かたちはよく似た魔物たちの巣窟になっていた
その件について話し合いをしないかという名目でラントに来たリチャード、マリクをエリシアが港にまで送り届ける途中のことだった
暴星魔物に襲われ、対処していたところ見たことのない魔物、その中に混じっていたのはゼロムだった
その時点で『未来からきたライの贈り物と例の手紙』はすでにフーリエの研究所に厳重保管されていたので奪還される心配はなかったまではよかった
しかしそのゼロムのせいで、彼女たちは見るに耐えないぐらいにぼろぼろでアスベルたちの屋敷に再び帰って来た
彼女たちがこんな失態を晒すのはいつ以来だったろうかと戦慄したものだ
〝私が……私がいけなかったの……私が油断していたせいで、教官と陛下が………〟
そうエリシアは泣きながら話していた
彼女の話によると、エリシアをゼロムの攻撃から庇ってリチャードとマリクは倒れてしまったらしい
幸いシェリアの回復術のおかげで二人は一命をとりとめたが、エリシアの方は身体の傷より精神面の方がダメージを負ってしまったようである
彼女のそばには今はソフィがついているらしい
アスベルとシェリアは、エリシアとリチャード、マリクの代わりに援軍にきたヒューバートとパスカルと一緒にその暴星魔物とゼロムたちを退治していたところ、例のごとく地震に見舞われ、アスベルとシェリアはこのラジーン洞窟にたどり着いたのだ
亀裂に落ちた翌日に、パスカルとヒューバートは無事だと、パスカルの天才的頭脳と、アタッシュケースに入っていた『未来からのライの贈り物』を元に、改造された例の通信機でフーリエからの連絡も先ほどあったのだった
そして何故ここに暴星魔物がいたかという理由である
プランスールは今、魔物の襲撃に見舞われ、暴星魔物とゼロムの混成部隊に脅かされているらしい
そしてゼロムは結晶騎士団が、暴星魔物はアスベルとシェリアが対処しているということである
暴星魔物、奴らはシェリアとアスベルしか今は倒せる人間はいないからだ
『そして取り逃してしまった暴星魔物を追ってこのラジーン洞窟に足を踏み入れたところ奴らと対峙しているライたちを見つけたんだ』
アスベルたちの話で、今の状況を理解したライたち
『…街の住人や騎士団の皆は大丈夫か?』
その話を聴いて黙ってしまったライを見越して、代わりにカルセドニーが問いかけた
『ええ。ほとんどが軽傷よ。それと、ライのご家族もみんな無事よ』
シェリアの答えに、ライは顔を上げ、その続きをアスベルが引き継いだ
『と、いうよりこちらが助けられてばかりだよ。ライの叔父殿、フリット殿は腕利きの医者と聞いた。彼は救護院で怪我人を見てくれている。妹のローズさんもシルヴィアさんと炊き出しをしてくれているんだ。』
叔父とローズ、そして叔母のシルヴィアが無事と聴いて、ライはどっと肩の荷が降りたのを感じた
長いため息を吐き出したのち、頭をガシガシと掻き
『……ったく。フリット叔父さんもローズもシルヴィア叔母さんも、無茶ばかりしやがる……』
『それ多分、ライには言われたくないと思うよ?』
コハクの指摘には、さすがのライも黙るしかなかったのだった
今まで二人の気配を全く感じなかったのはおそらく自分がスピリアを閉ざしかけていたからだろう
そのおかげで、ここまでくる道中、仲間たちとの連繋がうまく行かなかったことが数回あった
にも関わらず、シングたちは何も言わなかった。信じてくれたのだろう
アスベルからの報告でそのスピリアは何とか定まってきたので、シングは笑みを浮かべ頷いた
そしてヒスイはまたいつものようにライの頭をはたいたのだった
『ごめん。もう大丈夫だ』
ヒスイにだけ聞こえるように言った
『ったく、お前はほんと手のかかるやつだぜ……』
言葉こそ悪いが、その言葉にはヒスイの心配していたという気持ちが見え隠れしている
『とにかく、俺とシェリアの経緯と、今この世界が置かれている状況はそういうことだよ。せめてお前たちが戻るまではプランスールは守らなくてはと思っていたんだ。エストレーガの方も今のところ大丈夫だということだ』
それならば
『……暴星魔物とゼロムの混成部隊……きっと戦力は計り知れないでしょうね』
ジュビアは一度ゼロムに取りつかれたことがある。その恐ろしさを一番知っているのはジュビアなので、不安になるのも無理はないだろう
『心配すんな。オレがお前とリルハを守ってやるから。』
グレイの言葉に、ジュビアは少し頬を染めたのち頷いた
『ならパパとママはわたしが守るよ!』
リルハである
『ふふ。頼もしいですね。』
リチアの声がソーマを通して聞こえてくる。
『そうだな。よっしゃ。なら一発やってやろうじゃねぇか』
ヒスイは手のひらを拳を作り、音をならした
とにもかくにも、プランスールはこの先である。一刻も早く辿り着かなければならない
そういえば内密にとある探偵社と組織にも協力要請を出してはおいたが、その辺りに関しては未だに連絡がつかないのがライは気がかりではある
1人時空を越える能力を持つものがいれば、異世界同士の行き来などたやすいはず、だが
ふとジルファにも考えていることが分かってしまったらしく微妙に怪訝そうな顔をされてしまった
『…まぁ歪みが消えたわけじゃないからな。大元から塞がないと亀裂は開いたままなんだろう?』
アスベルの問いかけに、ライは頷いた
『……大元……うぅーーーん……この場合、どっちなんだろう………』
シュテルンも唸っているようだ
ジルファもシュテルンの横で難しい顔である
『とにかく、まずはプランスールの救援を急がないと!ローズさんや、フリットさん、シルヴィアさんや騎士団の皆が心配だよ!』
まずは目の前の厄介ごとを片付けるのが先である
この問題の攻略のヒントはおそらく、あの手紙が全てであろうことは明白だ
リョウたちのことも気になるが、もし同じことを聞かされたときリョウならきっと自分たちと同じ行動をするだろう。
もとより合流先はプランスールである
流れる滝の音はすぐ近くにまでいつの間にか迫っていた
壁面が蒼く反射しており、不思議な雰囲気の漂う洞窟だ
『うわぁ……すごい綺麗なところだね!』
リルハは辺りを見渡しながら、感嘆の声を上げた
『ここはラジーン洞窟ってな。プランスールの近くに抜けることができる隠し通路みてぇなもんだよ』
隠し通路、という言葉を聴いてリルハが瞳をキラキラ輝かせているのをほほえましく見つめながら、ふとライはルーシィの方を見る
彼女はこの洞窟が近付く少し前から、何かを感じているようでその瞳は先ほどからよく游いでいるのである
『……ルーシィ、さっきからどうしたんだ?なんか……』
ふとグレイが思っていたことを口にした
『んーとね……なんかさっきから胸の辺りがそわそわするというか………』
ルーシィは自身の胸元に、紋章がある手を添えるがその感覚が何なのかわからないようで
『ルーシィお姉ちゃん、どこか悪いの?大丈夫!?』
リルハがルーシィに駆け寄り、心配そうに彼女の片手を握った
『大丈夫よリルハ。元気元気!』
ルーシィは小さくガッツポーズをしてみせる
そんなルーシィが心配ではあるが、まずはプランスールに急ぐ必要がある
だがそれを遮る言葉が聞こえてきた
『なぁライ、ちょっと寄り道しようぜ。』
頭のなかに直接語りかけてきた張本人。あの一件からずっと黙り込んでいたジルファが唐突に言い出したことに、ライは訝しげに顔をしかめたが
『やっと機嫌直ったかよ。………いるのか?』
そのジルファの『寄り道』という単語にライは興味を示した
『あぁ。いるな。龍神の一人が。めんどくせぇやつだと思うが。…………それにルーシィがここに近付いていく度に、ソワソワしてるのは……多分、共鳴してるからだと思う』
それはつまり、ルーシィとその龍神が共鳴している、呼びあっているということである
そういえば、龍神は普通の人間にも、ごく普通に認知できると聞いていたが、ルーシィのように感知できるのは稀だと以前ジルファが話していた
その証拠にルーシィ以外の人間は龍神の魔力を感知できずに首をかしげている者ばかりである
『なぁルーシィ。その感覚はどの辺りから感じるんだ?』
ふとライがそう問いかけるとルーシィは少し首をキョロキョロさせたのち
『あっち。何かね、鈴の音がさっきから』
ルーシィの言葉に、ライ以外は更に首を傾げた
『……?あっちは行き止まりしかなかったはずだけど……』
シングの一言にこの場にいた全員が肩を震わせた
『ほっ、本当なのよ!みんなには聞こえないの?』
ルーシィの最もな答えに、全員顔を見合せた
ライは少し考えたのち
『…お前らはここで待ってろ。俺はルーシィと音がした方に行ってみる。もしかしたら続く地震で新しい道ができたのかも。珍しい鉱石とかあったりするかもだし。それに戦い詰めでみんな疲れてるだろ?ここいらで休憩しようぜ』
もちろん、これは建前である
とはいえ、半分は本当なのだろう。
カルセドニーから見ても、ずっと戦い詰めでみんなに少しずつ疲労の色も見えてきている。これから大一番が控えているし、その時に倒れてしまうと元も子もないからだ。
『───そうだな。辺りに魔物の気配もないし、少し休んでもいいかもしれない。騎士団の本部には何かあればすぐに僕に連絡が来るように手配しているしな』
それを聞いて、一行は束の間の休息を取ることになった
『よし、じゃあいこうぜルーシィ。』
ルーシィにそう促し、ライはここは皆に任せてルーシィと一緒に歩き始めた
『なら、リアンハイトの中で密かに仕込んでた軽食と、俺がさっきまでいた世界で助けてもらった人が作った弁当でも出そうかね。その人の食事どれも美味しくてさ。あ、リタ、和食もあるぜ?』
ユーリの言葉にエルリィがパッと顔を輝かせ
『やったぁー!!ユーリのご飯大好き!!』
『な、何であたしに振るのよ!?ま、まぁ。食べてあげないことも、ないけど?』
と、リタは頬を染めながら言った。
その様子を一瞥したあと、ルーシィとライは、彼女が示した方角へと足を伸ばすことになった
しばらく歩いて、仲間の姿が完全に見えなくなったところでルーシィが口を開いた
『ねぇライ、どうして?』
ルーシィの問いかけにライは『ん?』と首を傾げた
『どうしてあたしの言葉を信じてついてきてくれたの?この鈴の音、あたししか聞こえてないみたいだったし……』
予想通りの質問だったが、ライはしばらく考えたのち
『そうだな。お前、どう見ても嘘とか苦手そうだし、この状況でそんなこと言うのもおかしいと思ったからな』
『……うっ……まぁ、ね……』
ルーシィはばつが悪そうに苦笑した
『…それに、お前には話しておいた方がいいかもな。これも何かの縁かもしれない。』
『どういうこと?』
ルーシィは改めてライを見つめ返した
『……俺もその鈴の音は聞こえてるんだ。だから嘘じゃないってすぐにわかった。』
『じゃ、じゃあ珍しい鉱石のことは建前だったってこと?』
まぁそんなとこ、とライはおくびもなくそう答えた
『ルーシィ、多分お前に聞こえてる鈴の音の正体は魔力が形になっている音だ。ある種族独特のな。』
『……ある種族……ねぇ。気のせいかと思ってずっと黙ってたんだけど、あんたの方からも独特の音が聞こえるのよ。その…時計が針を刻む音みたいな……』
その一言に、ライだけではなく中にいたジルファも耳を疑った
その件に関して、ライの中にいるジルファは思わず『本物だ』と声を出した
『……ルーシィ、お前やっぱり……』
『え、え?な、なに?なんなの?』
ルーシィは若干慌てた素振りを見せるがそれには、ライが答えた
『ルーシィ、お前が聞いた鈴の音や時計の秒針の音は、ある種族が放つ独特の魔力の波長といっていい。本好きなお前なら、もしかしたら何処かでこの名前を聞いたことがあるかも知れないな。………龍神って名前は聞いたことあるか?』
ライの質問にしばらく考える素振りを見せたルーシィはしばらくして思い出したのか『あっ』と声を出した
『聞いたことあるわ!亀裂に飲まれる数日前に、あたしこの異変を調べるために図書館にこもっていたの。結局何もわからずじまいだったけど、なんとなく開いてみた書物の中に龍神って文字があった』
『さすがだな。そうだよ。龍神はおとぎ話なんかじゃなく、実在してる。その龍神という種族は独特な魔力の波長を放っているんだ。お前が聞いた鈴の音や、俺から聞こえる時計が針を刻む音みたいなのが正にそうだ』
ルーシィはしばらく呆けていたが、すぐに我に返る
『……えぇぇぇえ!?な、なら、そんな独特な魔力なのにどうしてあたし以外は気付かなかったの?そんな独特な魔力なら、妖精の尻尾のみんなだって魔力の感知はできるのに……』
『龍神の魔力の波は、資質のある人間でないと感知はできないのさ。それに、お前みたいにこうやってはっきり音として捉えれる人間は、俺が知ってる中じゃあ、俺とお前以外に3人しかいない』
そしてルーシィはもう一つ疑問に思ったことを口にした
『あたしやアンタ以外に3人しか?それは確かに少ないわね……
それで、その資質っていうのはなんなの?』
ルーシィの質問にライはこう答えた
『…単純な話、龍神と契約して、その力を行使できる資質ってとこだな』
『……契約、って……星霊と契約してその力を引き出してたかつてのあたし、みたいに?ってことは、ライも?』
『あぁ。契約してる。ほんの数年前にな』
どの属性を司る龍神かはわからないが、この先に龍神がいるということは間違いないようである。しばらくまた奥に歩くとやはり地震で新しい道ができていたようだ。
ぽっかり口を開けたその穴をくぐり抜けると、ライとルーシィを迎えたのは摩訶不思議な空間だった
辺りには透き通った結晶が突きだしていた。色合いは金と言ったところか。ルーシィの髪と同じ色の結晶といえば分かりやすいだろうか。
『………きれい………』
思わず見とれてしまうような、まるでこの空間だけをこの世界から切り離したような景色がそこには広がっていた
おそらく、魔力の塊でできたものであろう。あちこちから世界を構成する思念力のようなものを感じとれる
そして奥の方に、結晶でできた木の更に奥に巨大な結晶が見てとれた
ルーシィはふらりと導かれるままに、その結晶に足を運んだ
ライもその後を追いかけた
するとそこには先程の結晶より巨大な優しく光る黄金色の結晶があり、その中にまだ年端も行かないリルハよりも年下に見える少女が眠っていた
『……女の子?』
その結晶の中でその瞳を固く閉ざした少女を、ルーシィは不思議そうに見た
『……シュテルン』
ライの頭の中で、また声がした
つまりは予想通り、そこに眠っている少女は龍神の一人だということになる
『お前の幼馴染ってことか。』
話には聞いていた。ジルファにもそういった存在はいたということを
星の力を司る龍神、【星神龍】の【シュテルン・エストレージャ】というらしい
『ここに近付くたびに、わずかだが魔力を感じてはいたんだ。だが不安定すぎて確定には至らなかった。封印が弱まってきてるのかもしれない』
ジルファの言葉に、耳を傾けながらもルーシィの方を見るライ
『あたしを呼んでいたのは、貴女だったの?』
そっとルーシィはその結晶に触れるが、ヒビ1つも入ることはない
ジルファはふと口をまた開いた
『……ライ、ちっと身体貸せ』
その申し出に首を傾げたライに、ジルファは更に続ける
『…ここまで封印が弱まっているのなら、こちら側から干渉すればこの結晶の封印は解けるかもしれない。どのみちあちら側に龍神の力添えがあるならば、こっちもこっちで対策を練る必要がある。あの世界の彼奴等と同じようにな。』
『あぁ。なるほど。その前段階、ってことだな。』
どうやらシュテルンはルーシィにずっと呼び掛けていたようだ。この洞窟に入る前からずっと
そういうことならば
『ルーシィ、ちょっと離れてろ。彼女は龍神の一人だそうだ。今ここでその封印を解く』
ルーシィは我に返り、しばらく思考を巡らせたのち
『……お願い。この子、ここに来てからずっとあたしに呼び掛けてた。《わたしに答えて》って。助けることができるのね?』
ルーシィの揺らぐ瞳に、ライは安心させるように頭を軽く叩いてやった
『……任せとけって』
その一言で、ルーシィにも安堵が生まれたのかしっかり頷いた
『半分でいい。お前の思念力とオレの魔力を合わせてその結晶の台座に送り込むんだ。彼女と俺の属性の魔力は対となっている。オレが《闇》なら彼女は《光》。
相反する魔力、お前のいるこの世界の場合は《思念力》だな。闇属性のそれを注ぎ込めばいけると思うぜ。』
なるほど、確かに台座らしきものが目の前にあるのが見てとれた。ライも光と闇なら得意な思念属性である
そしてライはジルファに半分だけその身体を委ねた。左目がいつもの琥珀色から深紅に変わった
そしてルーシィはその姿のライを見るのはこれが初めてだった
『……この魔力……ライの場合は思念力か。ガルデニアにいたときも感じてた…ライ、だったの?』
いや違う。厳密には、ライ以外の誰かの魔力だった
ルーシィはガルデニアにいたときから、自身にある変化を感じ取っていた
今まで、仲間以外の魔力を探知したことはなかったのに、この世界に来てからずっと感じていたのがまさか龍神の魔力だったとは
ライの横でも幾度となく肩を並べて戦っているきに、彼の『純粋な思念力』とはまた別に、その思念力に何か異物が混じっていたようにも見え、そのせいか他の仲間たちに比べて彼の思念術は、威力、範囲ともに桁違いであった
いくらソーマが思念術の強化を可能にするという力があるとはいえ、あの威力は異質だったからだ
その考えは間違いではなかったようで、今、目の前で少女の封印を解こうとしているのを見て確信に変わった
だが、どれだけ異質な力を持っていたとしても、ライはすでにルーシィの中で、妖精の尻尾の皆や、剣咬の虎、魔導師ギルドに属している全ての仲間たちとはまた別の、この旅で出逢った仲間たちはかけがえのない存在になっていた
しばらく考えに耽っていた間に、ビキビキと皹の入る音が立て続けにその空間に響き渡った
そのあふれでる魔力の波動にルーシィは吹き飛ばされそうになりながらも耐えた
(………なんて魔力なの……!まるで今まで塞き止められていた壁が決壊して、水が溢れ出るような!)
その魔力に呑まれまいと、必死に意識を繋ぎ止める
そしてその魔力は今まで結晶のあった場所に再び収束していき、だんだんと人の姿になった
成功したのだろうか?
ルーシィが収まった魔力の先に目線を向けるとその少女は宙に浮いていたが背中にある羽根を羽ばたかせながら、ゆっくりと地上に舞い降りた
『………ジルジル』
開口一番に、その短く切り揃えた美しい金色の髪を持った少女はその名前を口にした
『…久しぶりだな。シュテルン。つーかその呼び方やめろ』
声はライのままだが、その魔力は別のものになっていた
しかししばらくして、そのライの中から漆黒が溢れ、同じように人の形を取る
ルーシィはその不思議な光景に、口をつぐむ
しかしその漆黒をその目に焼き付ける
ライから聞こえる時計の針の音は、彼のものだったのだ
するとルーシィに気付いたシュテルンとジルファがふと微笑んだ
『……初めまして、ルーシィ・ハートフィリア。そう。君を呼んでいたのはあたし。やっと逢えたね』
ゆっくりとルーシィに近付くシュテルン
その姿にルーシィは瞳が釘付けになった
『……どうしてあたしを?』
シュテルンを見つめながらルーシィは問い掛ける
『答えは簡単だよ。瞬く星の中から君の光を見つけ出したの』
『あたしの、光……?』
おそらく、魔力のことだろうがそれでも疑問は浮かぶ
その思考を読み取ったかのごとく、目の前の少女はにこりと微笑んだ
『あたしはシュテルン・エストレージャ。星を司る龍神。君の光というのは、星霊たちの加護のことだよ。彼らも星の力を司る存在。まぁ今は君以外のところにいるようだけど』
おそらく、リルハのことであろう
確かに黄道十二門の星霊たちは、十二の星座を司る存在だ。シュテルンは星を司る龍神と言っている。ならば、それに関連した力を持っているということになる
『君からは強くなりたいという気持ちがすごく伝わってくるんだ。あたしにならその力添えができるかもしれない』
シュテルンの言葉にルーシィは、はっと我に返った
『……どういう……こと?』
少し動揺しているのが見てとれる。それはそうだろう。初めて逢った、それも龍神が力添えするなど。
ライのような死の間際からの蘇生のような能力が、ルーシィに備わるなど、可哀想ではないか
するとシュテルンは真っ直ぐとルーシィを見つめた
『…あたしと契約してほしい。ルーシィ・ハートフィリア。そこのライフェン・ジルファーンとジルファ・クロスノートのように。』
ルーシィはライとジルファを振り返った
ただ何も言わずにその場で見守っている二人
『あたしの能力は、主に星座を題材にした技が多くてね。簡単に言えば星霊たちの技を彼らの力を借りずに使えるようになるの。あたし、君とならいい関係が築けるような気がするんだよね』
星霊との契約が切れてもルーシィの魔力から、その光は全く衰えていないとシュテルンは言った
そして黙っていたライが付け足した
『…龍神と契約するのには、必ず何かしらのデメリットが発生する。俺はジルファと契約した制約として、不老に近しい命と身体、瀕死の重傷を負ったとしても絶命寸前のところで、契約者の命が続く限り決して死ねないというデメリットだ。もう一人の適正者は、刻神龍の力を使った時間に比例して身体が小さくなり、1週間ほど高熱に晒される』
『……人によって違うんだ。なるほどね。シュテルンと契約する場合のあたしは?』
ルーシィがジルファに問いかける。ジルファはルーシィをしばらく考え込んだのち、その真紅の瞳で見た。
『お前の場合は、【星詠み】だってさ。これはシュテルンが常にやっている星を見て過去を知るのが契約時に発生するデメリットだが、ちゃんと訓練すれば制御できて知りたいものだけ引き出せるようになるぜ。……だが、それまで自分が知りたくない事も知り得る可能性がある』
『星の記憶を見る』ということ
それは星が今まで見てきた数多の、それも数えきれない『世界の記憶』を覚えてしまうということだ。精神力の弱く自我が不安定の人間だと確実に人格崩壊を起こすらしい。その記憶と混ざって自分であるが自分でなくなるとそうジルファは説明してくれた。
『あの娘、リルハちゃんに星霊を譲り渡してからずっと思うとこはあったんでしょう?あたしの星神龍としての力は、星が見てきた世界を知覚する能力と、きみが契約していた星霊たちの力をある程度使えるようになる』
その言葉を聞いて、ルーシィは右手に拳を作った
『それって、星霊がいなくても彼らの力を使えるようになるって意味よね。でもそのかわり、その星、この場合は惑星になるのかしら?その記憶、ってのを共有するって訳なのね』
シュテルンは『話が早くて助かる。そういうことだね』と相づちを打った
流れる沈黙
まるでこの場だけ時間の流れが止まったかのような静かに張り詰めた空気が、辺りを支配する
龍神と契約するということは、それだけの危険性があるということなのだろう。
───だがルーシィは異世界に飛ばされ、ずっと考えていた。自分にとって何が出来るのだろうかと
皆の足を引っ張っている。ルーシィはずっとそう思ってしまっていた
『リルハに星霊を譲り渡したことは後悔はしていない。あの子なら星霊を大切にしてくれるって思ったから。だけど、星霊たちと離れてみて、やっぱり星霊のいないあたしはいまいち、みんなの力になれていないような気がして』
まだ答えは見付かってない。だけど、1つだけずっと変わらないことがある
ライたちは黙って、ルーシィの胸の内を聞いていた
やがてルーシィは決意を顕にしたその真っ直ぐな瞳をシュテルンに向けた
『どこにいても、世界が違っても、あたしは妖精の尻尾の魔導士なんだってこと。だからみんなの力になりたいんだ。妖精の尻尾のみんなや、この旅で出逢った仲間は……あたしの家族だから。あたしにもし、その資格があるのなら…………』
シュテルンはふと瞳を閉じた後こう答えた
『資格なんて誰しもあるもんだよ。まぁ、あたしら龍神は誰かを護りたいっていう人ほど、好きなものはないから。ここにいるライくんとジルファ以外にも同じ気持ちを持ってる人をいっぱい知っているから』
ならばルーシィの答えは1つしかなかった
『シュテルン、あたしに力を貸してほしい』
『さっきも言ったけど、デメリットは必ずある。それでも?』
シュテルンの問いかけに、ルーシィの瞳は揺らぐことはなかった
『うん。大丈夫!あたしだって妖精の尻尾の魔導士なんだから。あたしが一番怖いのは、ギルドのみんなや今までのこの旅で出逢った仲間を失うことだけ。他はなにも怖くないわ』
その言葉を待っていたかのように、シュテルンはまたにっこりと微笑んだ
『ふふ。わかった。ならあたしもきみの仲間を守る手助けをするよ!』
手を差し伸べられ、そのシュテルンの手を取ったと同時にルーシィの頭の中に流れてきたのは情報の嵐だった。《バシン!!》と頭の中に何かフラッシュが瞬いたような音が響いたと思えば超高速でルーシィの脳内に焼き付けられたのは、2000年前の記憶だった。
その映像の中にいたのはまだ幼かった頃のジルファとシュテルン、そして長い黒髪の女性と、その横には見覚えのあるような無いような、幼い少女が泉と思われる場所で遊んでいた映像だった。
記憶はそこで途切れてしまったが、ルーシィにはまだそれが何かなのかは分からない。しかしその映像が終わったと同時に、瞬く金色の光にルーシィが包まれ、それが収まる頃にはルーシィの衣装はエメラルドブルーとカナリヤイエローをベースにした太腿迄の長さのパレオとエメラルドブルーのリボンで結われた美しい腰まで伸びた母親譲りのブロンドの髪は、その衣装が引き立つツーサイドアップへと変わっていた。
このスタイルはルーシィにはあまりにも馴染みのあるそれであった
ライが徐に指を小気味よく鳴らすと、ルーシィの目の前に水鏡のような物を出現させた。これもライの思念術の一種なのだろう。それに映ったルーシィ自身も、今の自分の衣装を確認して瞠目したのだった。まさかと思いつい水鏡を2度見したがどうやら間違いではないらしい。
『ええええ!!?こ、これ、《アクエリアスフォーム》!!?星霊の鍵がないのに、どうして……!?』
まぁ当然の反応であろう。このルーシィのスタイルは《星霊衣-スタードレス-》。黄道十二門の星霊の鍵を使わないと出来ない、あの時に彼女が編み出した御業である。
『まぁ簡単に言うと、これがシュテルンの力だ。今回はお前と一番縁の深い黄道十二門の星霊の記憶を読み取り、その力を反映させたみたいだな。』
そうジルファが説明してくれて、思わずルーシィは目頭が熱くなるのを感じた。
あの時から会えなくなってしまった最初の友人である《彼女》のことを思い浮かべたのだった。
『あたしと契約してくれた小さな御礼みたいなものさね。君ならそのうち本当の彼女を見つけると思うけどね。それまではこの力を存分に使ってほしい。』
と、シュテルンは微笑んだ。
『ありがとう、シュテルン、ライ、ジルファ!!うん!!あたし、頑張るわね!!』
そして、その余韻を味わうのも束の間、それを吹き飛ばすような爆発音が響き渡る。
爆発のせいか少しだけその洞窟内が揺れて流石にこの場にいた全員は驚いたのは最早不可抗力だ。
『な、なに!?』
ルーシィが音のした方に振り返る。明らかに仲間たちが待っている方角からだった
『あっちにはみんなが!!』
ライとルーシィたちは一気に来た道を戻った
シュテルンの気配を辿ってずいぶん奥の方まできてしまったようだ。距離的にはそうではなかったが
先ほどまで魔物の気配など微塵もなかったこの洞窟内は一気に魔物の気配で溢れ返っていた
そして洞窟内に特徴的な魔物の声と共に、赤い血のような光が迸った
……今の鳴き声はまさか……!
角を曲がり、仲間たちがいるであろう拓けた場所に出た。そこにいたのは悪魔のような姿をした魔物と、丸い身体のその真ん中に巨大な瞳を携え、仲間たちを見つめている魔物、さらにトカゲのような身体をした魔物が数体見てとれた
『なっ、なんなのこいつら……あたしたちの攻撃が通っていないの!?』
リタがその魔物たちを睨み付けながら言った
『……バカな……』
剣を構え直しながらフレンも焦燥しきった声色で目の前の魔物たちを見つめた
『……術どころか、剣も通らねぇとは予想外だぜこりゃ……』
ヒスイだ
『…【暴星魔物-ぼうせいモンスター-】…奴らこんなのも味方につけてたのか』
ライの声に気付いたのはシングだった
『あ!ライ!、ジルファ、ルーシィおかえり!!……と、その女の子は?』
ジルファとシングたちは面識があるようだが、シュテルンのことは流石にわからなかったようである
『こいつはシュテルン・エストレージャ。オレの幼馴染。久しぶりだなシング』
ジルファはつとめて冷静な声で返すが、その瞳は笑っていなかった
『ライとソーマリンクして、僕もジルファの存在はずっと感じていた。でも再会を喜ぶのは後にしないとな』
カルセドニーだ。
『ルーシィ!!?お前その姿!!』
グレイとリルハは一番にルーシィの衣装がアクエリアスフォームへとなっていたのに言及した。
そしてルーシィは『ふふーん、ちょっとね♪後でゆっくり話すわよ。』と、先程とは打って変わってその瞳の色は何かを決意した瞳の色だった。
こんなルーシィは久しぶりに見たグレイとリルハ、ジュビアだったが、ルーシィにこの短時間で何があったのかは分からなかった
その前にまずリタが言及したのは【暴星魔物】という単語である。
『【暴星魔物】?なによそれ』
リタの言葉に口を開いたのはシュテルンだった
『ある惑星を脅かしたラムダという存在の体組織を移植された生物のこと。
非常に凶暴であり、黒い体色と眼に赤い光を宿していることが特徴。暴星バリアと呼ばれる障壁を張る能力を持ち、通常の攻撃に対して高い耐性を持つ』
シュテルンの一言に場の空気が更に張りつめた
シュテルンの説明している魔物と外見は完全に一致していたからである
『…つまり、私たちでは骨が折れる相手、ってことです?』
エステルの一言に、『そういうことだね』とシュテルンは冷静に返した
『…弱点はプロトス1(プロトスヘイス)の持つ光子だが、生憎と俺たちの中には彼女はいない』
ライは銃のカートリッジを差し換えながら暴星魔物を見据えた
『……じゃあどうすることもできねぇじゃねぇかよ。逃げるが勝ちか?』
ヒスイがため息を吐きながら肩をならすが横にいたクンツァイトがこう答えた
『否。自分たちが目指すプランスールはこの魔物の向こう側だ。戦って道を切り開く他はないだろう』
クンツァイトの言葉にコハクが準備運動をしながら臨戦態勢に入るのを見て、シングも武器を構えた
『とりま、やるしかねぇってことだろ?まどろっこしいの嫌いだし別にいーけど』
ロリセの一言に横にいたリルハも『そうだね!』と強くうなずいた
『やれやれ、なら俺も手伝うとしますかねー。』
そのライの言葉を聞いたベリルが目をぎょっとさせた
『でもライ、あんたまだお腹のケガ治ってないじゃん!!』
『そうも言ってらんねぇだろ?プランスールは目と鼻の先なんだし。』
ルーシィがライの横に並ぶ
『じゃあるんるん!あたしたちもやろうか!』
シュテルンがルーシィの更に横に並んだ
『るんるん!?』
ルーシィの突っ込みに答えたのはジルファだった
『あー……そいつ、親しい人間にはあだ名つけて呼ぶんだ。悪気はないから許してやってくれ』
ジルファの言葉にルーシィは苦笑しかできなかった
そして目の前の暴星魔物がルーシィたちに飛びかかってきた
悪魔の魔物、コミスデーモンは術の詠唱に入った
前衛であるユーリたちはその詠唱を阻止せんと一気に駆け出すも、しかしユーリたちよりも速く詠唱は完成した
空中から漆黒の刃が洞窟内に降り注いだ
レストレスソードと言われる術のひとつだ
『ちぃっ!!』
前衛の者達を襲う無慈悲な黒刃は容赦なくその身体を切り裂こうとユーリたちに牙を向いた
『させるかよ!!!』
ライの声と共にそこに展開されたのはシングたちを何度も助けてきたライのヴァルキュリアの固有結界であった
その固有結界、『結晶の境界(クリスタリゼイション)』は、あらゆる攻撃を受け付けなくする不可侵の領域を作り出し、敵を寄せ付けなくするものだ
その強大な思念力を使った思念結界はあらゆるものを粉砕し、弾き、砕いてしまう最強の固有結界でもある。アメジスト色のクリスタルキャッスルが敵の攻撃を無に帰していく
『おいおいそんなかくし球今まで持ってたのかよライ。もちっと速く出してくれりゃよかったのに』
ユーリの皮肉めいた言葉にライは苦笑した
『でも攻撃が通らないんじゃこっちが消耗するだけだよ!』
ベリルの思念術すら遠さないそのバリアは強力の一言である
コハクが果敢にもその自慢の格闘技で暴星魔物を吹き飛ばそうとするが、しばらく真紅のバリアと足に纏った思念力が拮抗したのち、コハクの方が力負けしてしまいその身体を宙に投げ出され、そのままミーソスアイがコハクにレーザーを放つ。空中では態勢の立て直しなど利くはずはないと思ったのか、かなり知能の高い魔物のようである
『コハク!!!』
急いでカルセドニーがその羽根を開き、コハクをキャッチして地面に着地する
コハクを貫こうとした発光はむなしく空を切り裂き、近くの岩壁に激突した
『ありがとうカルセドニー!』
なぜかシングとヒスイが悔しそうな顔をしていたがそこには突っ込まないカルセドニーとライだった
『走れ、極光!!エクレールラルム!!』
ライは結界を展開したまま暴星魔物に光の十字が炸裂する
その暴星魔物が張る暴星バリアはなかなかに固く、ライの思念術でもヒビが入る程度だった
『ライの一撃でも破れないなんて、固すぎです!』
エステルの最もな指摘で、ライは思わず舌打ちした
結晶の境界はその思念力を防御に回している分、若干だが思念術の威力が落ちてしまうのだ
ライも日々鍛練は欠かしてはいないが相手が相手である
専門家がいれば楽なんだけどな、と、ある惑星系にいる8人を思い浮かべたときだった
『トドメよ!!全弾・・・行くわよ!泣いた所で・・・許してあげない!トリリオン・ドライブ!!』
その美しい深紅の髪を翻し、上空に展開した魔法陣に敵を張り付けた後に円陣から12本の短剣を発し、分身のように操り敵を貫く
その攻撃の正体の主は、まるで戦場に舞い降りた天使と見紛うほどの美しさを持った女性だった
見た目ほど攻撃範囲は広くないが、敵はその一撃で明らかに消滅していた
『終わらせてやる!!行くぞ!ラムダ!天を貫く!断ち切れ!極光!天覇!神雷断!!』
その白を基調とした美しい模様の入った羽織と共にその身に宿る力を右腕に集中、獣のように敵を引き裂いた後、超上空から迅雷の剣を振り下ろし、地面をえぐるほどの衝撃破を発生させる。
衝撃波部分の攻撃範囲は広く、周辺の多くの敵を巻き込んだ
正直この場にいた全員が何が起こったのかは理解ができなかっただろう
噂をすればなんとやらは本当らしい
辺りの暴星魔物が全て消滅したのを確認して、ライはその思念結界を解いた
『わりぃ。ぶっちゃけ助かったわ。二人とも』
剣を鞘に収めて、その青年は振り返った
『珍しいな、お前が苦戦するなんて。ケガはないか?』
その青年は、左右色違いの瞳を携えた20代ぐらいの男性だった
『そりゃいきなり暴星魔物に出くわすなんて誰が予想するかよ。』
『すまない、それはこちらのミスだ。紹介が遅れたな。俺はアスベル・ラント。』
『私はシェリア・バーンズ。よろしくね』
『あ!シェリアさん!?』
そこで声を出したのは意外にもリルハだった
『リルハ、知り合いなのか?』
グレイが不思議に思い、リルハに声をかける
『うん!あのね、この世界に来る前に、わたしシェリアさんが住んでるラントって街、あっ、この世界とはまた別の……えっと、えふぃねあ?だったかな?そこに落とされて、助けてくれたメイとスパーダさんとルカさんと、アルヴィンさん、それにシェリアさんたちにすごくお世話になったんだ!』
リルハの口にした名前に、ライが知っている人物が一人いた
『なに!?アルヴィンの旦那に逢ったのか!こりゃびっくりだ』
『ライお兄ちゃん、アルヴィンさんのこと知ってるの!?』
『あぁ。同じ商人仲間だよ』
まぁそれだけではなく、たまに裏の仕事でも昔何度か出くわしたことがある。数年前にトリグラフという街で出逢ったきりだったが。
『……リルハよかった。無事だったのね。あのあとすぐいなくなっちゃったからずっと心配だったのよ。まぁ、これだけ異世界同士が繋がっているなら、また逢えるかもって思っていたけど。』
シェリアは柔らかい笑みを浮かべながら、リルハの頭を少しだけ撫でた。
面倒見のいい彼女らしい姿だった
『…ところで、さっきアスベルさんが暴星魔物がここに来たのは自分たちのミスだって言っていたけど、どういう意味ですか?』
シングの最もな意見に、全員がアスベルとシェリアを見やった
『それを話すには、俺とシェリアがどうしてここにいるか、からだな。長くなるから歩きながら話そう』
そうアスベルに促され、ライたちは再び歩みをプランスールに向けた
アスベルとシェリアがこの原界に来たのは数日ほど前だった
少し前に散々苦労してフォドラの核まで足を伸ばし、フォドラの核を停止させ一時期はかなり落ち着いて平穏な日々が続いていた
しかしそのフォドラの核を停止させたのにも関わらず、ここまで事が発展するに至る経緯を話そう
まずは『港が魔物に荷を荒らされている』というよくある案件から始まった
アスベルたちは魔物の巣を見つけて、退治をしたのだが、その魔物の出所はかつて激しい戦いのあったガルディアシャフトという名の世界の中心部。星の核(ラスタリア)の中枢でだった
その証拠にガルディアシャフトには暴星魔物の他、見たことのない、姿かたちはよく似た魔物たちの巣窟になっていた
その件について話し合いをしないかという名目でラントに来たリチャード、マリクをエリシアが港にまで送り届ける途中のことだった
暴星魔物に襲われ、対処していたところ見たことのない魔物、その中に混じっていたのはゼロムだった
その時点で『未来からきたライの贈り物と例の手紙』はすでにフーリエの研究所に厳重保管されていたので奪還される心配はなかったまではよかった
しかしそのゼロムのせいで、彼女たちは見るに耐えないぐらいにぼろぼろでアスベルたちの屋敷に再び帰って来た
彼女たちがこんな失態を晒すのはいつ以来だったろうかと戦慄したものだ
〝私が……私がいけなかったの……私が油断していたせいで、教官と陛下が………〟
そうエリシアは泣きながら話していた
彼女の話によると、エリシアをゼロムの攻撃から庇ってリチャードとマリクは倒れてしまったらしい
幸いシェリアの回復術のおかげで二人は一命をとりとめたが、エリシアの方は身体の傷より精神面の方がダメージを負ってしまったようである
彼女のそばには今はソフィがついているらしい
アスベルとシェリアは、エリシアとリチャード、マリクの代わりに援軍にきたヒューバートとパスカルと一緒にその暴星魔物とゼロムたちを退治していたところ、例のごとく地震に見舞われ、アスベルとシェリアはこのラジーン洞窟にたどり着いたのだ
亀裂に落ちた翌日に、パスカルとヒューバートは無事だと、パスカルの天才的頭脳と、アタッシュケースに入っていた『未来からのライの贈り物』を元に、改造された例の通信機でフーリエからの連絡も先ほどあったのだった
そして何故ここに暴星魔物がいたかという理由である
プランスールは今、魔物の襲撃に見舞われ、暴星魔物とゼロムの混成部隊に脅かされているらしい
そしてゼロムは結晶騎士団が、暴星魔物はアスベルとシェリアが対処しているということである
暴星魔物、奴らはシェリアとアスベルしか今は倒せる人間はいないからだ
『そして取り逃してしまった暴星魔物を追ってこのラジーン洞窟に足を踏み入れたところ奴らと対峙しているライたちを見つけたんだ』
アスベルたちの話で、今の状況を理解したライたち
『…街の住人や騎士団の皆は大丈夫か?』
その話を聴いて黙ってしまったライを見越して、代わりにカルセドニーが問いかけた
『ええ。ほとんどが軽傷よ。それと、ライのご家族もみんな無事よ』
シェリアの答えに、ライは顔を上げ、その続きをアスベルが引き継いだ
『と、いうよりこちらが助けられてばかりだよ。ライの叔父殿、フリット殿は腕利きの医者と聞いた。彼は救護院で怪我人を見てくれている。妹のローズさんもシルヴィアさんと炊き出しをしてくれているんだ。』
叔父とローズ、そして叔母のシルヴィアが無事と聴いて、ライはどっと肩の荷が降りたのを感じた
長いため息を吐き出したのち、頭をガシガシと掻き
『……ったく。フリット叔父さんもローズもシルヴィア叔母さんも、無茶ばかりしやがる……』
『それ多分、ライには言われたくないと思うよ?』
コハクの指摘には、さすがのライも黙るしかなかったのだった
今まで二人の気配を全く感じなかったのはおそらく自分がスピリアを閉ざしかけていたからだろう
そのおかげで、ここまでくる道中、仲間たちとの連繋がうまく行かなかったことが数回あった
にも関わらず、シングたちは何も言わなかった。信じてくれたのだろう
アスベルからの報告でそのスピリアは何とか定まってきたので、シングは笑みを浮かべ頷いた
そしてヒスイはまたいつものようにライの頭をはたいたのだった
『ごめん。もう大丈夫だ』
ヒスイにだけ聞こえるように言った
『ったく、お前はほんと手のかかるやつだぜ……』
言葉こそ悪いが、その言葉にはヒスイの心配していたという気持ちが見え隠れしている
『とにかく、俺とシェリアの経緯と、今この世界が置かれている状況はそういうことだよ。せめてお前たちが戻るまではプランスールは守らなくてはと思っていたんだ。エストレーガの方も今のところ大丈夫だということだ』
それならば
『……暴星魔物とゼロムの混成部隊……きっと戦力は計り知れないでしょうね』
ジュビアは一度ゼロムに取りつかれたことがある。その恐ろしさを一番知っているのはジュビアなので、不安になるのも無理はないだろう
『心配すんな。オレがお前とリルハを守ってやるから。』
グレイの言葉に、ジュビアは少し頬を染めたのち頷いた
『ならパパとママはわたしが守るよ!』
リルハである
『ふふ。頼もしいですね。』
リチアの声がソーマを通して聞こえてくる。
『そうだな。よっしゃ。なら一発やってやろうじゃねぇか』
ヒスイは手のひらを拳を作り、音をならした
とにもかくにも、プランスールはこの先である。一刻も早く辿り着かなければならない
そういえば内密にとある探偵社と組織にも協力要請を出してはおいたが、その辺りに関しては未だに連絡がつかないのがライは気がかりではある
1人時空を越える能力を持つものがいれば、異世界同士の行き来などたやすいはず、だが
ふとジルファにも考えていることが分かってしまったらしく微妙に怪訝そうな顔をされてしまった
『…まぁ歪みが消えたわけじゃないからな。大元から塞がないと亀裂は開いたままなんだろう?』
アスベルの問いかけに、ライは頷いた
『……大元……うぅーーーん……この場合、どっちなんだろう………』
シュテルンも唸っているようだ
ジルファもシュテルンの横で難しい顔である
『とにかく、まずはプランスールの救援を急がないと!ローズさんや、フリットさん、シルヴィアさんや騎士団の皆が心配だよ!』
まずは目の前の厄介ごとを片付けるのが先である
この問題の攻略のヒントはおそらく、あの手紙が全てであろうことは明白だ
リョウたちのことも気になるが、もし同じことを聞かされたときリョウならきっと自分たちと同じ行動をするだろう。
もとより合流先はプランスールである
流れる滝の音はすぐ近くにまでいつの間にか迫っていた