第4章

『あぁーーーーーっ!!!イライラするわぁぁああーーーーーっ!!!』

学術閉鎖都市アスピオ

リョウたちがリタの家について聞いた第一声がこれだった

『荒れてんな……』
『リタ、どうしたんでしょう?』
『明らかに不機嫌なんだが大丈夫かよ……』
『多分今回の件のせいだと思う。』

上からリョウ、エステル、ロリセ、エルリィである。

そういうとリョウは徐ろにリタの家の扉をノックしたのちに、彼女の家のドアを無遠慮に開いた

するとリョウの方に、ファイアボールが大量に飛んでくる

わかっていたのかリョウがそのファイアボールをひょいとかわしたことで、行き場をなくした剛速球の火炎弾は近くの岩場に炸裂し、爆発を起こした。
最近アスピオもようやく瓦礫の撤去作業が進み、掘り起こしたアスピオの魔導師が研究していた今までのそれらは、ヨーデルの指揮の元、ザーフィアス城に貯蔵されている。数年前の星喰みの一件で、タルカロン浮上と同時にアスピオは崩壊したも同然であった。山間にある都市だったので被害は甚大だったのである。

まぁそれはさて置き、その剛速球で飛んできた火炎弾をロリセは無表情で流し見、リョウとエステル、エルリィにしてはいつものことなのでさほど気にはならなかった。あの一撃を見て動じていないロリセもロリセだが。

『相変わらずだね、リタは』

『誰よ!?あたしは今機嫌が…………って、あんたか。なによ珍しい』

はたと動きを止めた彼女こそ、かの天才少女のリタ・モルディオその人である

魔導器研究の権威で、かつてリョウやユーリたちと共に星喰みを打ち砕いた仲間の一人である

『あんたノックぐらいしなさいよ!』
『したよ!?理不尽じゃない!?』

今にもリョウに食らいつかんとするリタに桃色の髪の少女は抱きついた

『リタ〜!お久しぶりです!』
『え、え、エステル!?何でここに!?ハルルにいたんじゃ……リョウ!あんたまたエステルを巻き込んだわね!?……って、エルリィもいるし!!』


とんだ思い違いだが、あながち間違ってはない気がしたので否定出来ないリョウである。

『違うんですリタ。わたしがリョウとエルリィに無理言って今回の件の調査に同行させてもらったんです』
『……あーもう。そんなところだと思った。いつものこととは言え、落ち付きない娘ねぇ。エルリィはどうしたのよ。』

『私はフレンから手紙を受け取ってリョウに同行するように言われたからだよ。』

リタに質問されて、エルリィはそう答えた。

『なんだ、あんたもか……』


『え?あんた「も」って……』

するとリタはしばらく考えたのちに口を開いた

『……フレンよ。先日ここに来たの』

なるほど合点がいった
ダングレストに行く前に、フレンはアスピオに来ていたらしい。

『フレンのやつ、この事件のこと知ってたんだな……』
『その人、騎士団長なんですよね。知っててもおかしくないか……』
『…ユーリ?、じゃないわね。あんた誰』
『あ。紹介が遅れました。ロリセ・シュトラウスです』
『デイドン砦で逢ったんだよ』

そうリョウが言うと、なるほどね、と一言言うと、リタはロリセの首にかかっているペンダントに目がいった

『………なにこれ?この石見たことないわね……』

ロリセは自身の肩から下げているペンダントに目をやった

『あぁ。これはお母さんの形見のペンダントですよ。結界石って言ってたかな。』
『……興味あるわね。見たことない色合いだし』

研究者魂に火がついたのか、リタはロリセのペンダントをまじまじと見つめた

『リタ、研究は後にして協力してくれない?』
『うるさいわね。あたしは今忙しいのよ』

一度火がついたら、彼女はろくに食事もせずに研究に没頭してしまう性格であり、数週間徹夜などザルである

そんなリタを見かねてエステルは口を開いた

『リタ、お願いします。貴女の力が必要なんです。今回の件、このテルカ・リュミレース全域に関わるような気がして…………』
『………う………っ…………ま、まぁ、エステルが行くなら…………あたしも行ってあげなくは、ない…………けど…………』

それを聞いたエステルは、ぱっと顔を輝かせて

『ありがとうございますリタ!大好きですっ』

再びリタに抱きついたのだった

『ど、どうせ外に出ようと思っていた頃だったし………とにかく!何処に行くつもりだったの?リョウ』
『……うん。次はヘリオードだよ』
『なるほど、ヘリオードの騎士団本部ね。』
と、なるとノールから船に乗りカプワ・トリムに向かう必要がある

どのみちノールにいるはずのライを回収して協力を仰ぐつもりだったし、彼がいればかなりパーティーの強化が図れるのだ。無視する手立てはないはずである

『そうと決まれば善は急げ、だね。早速出発しよう!』
『リョウ、ついでなんだけど、エフミドの丘に寄ってくれる?気になることがあるのよ』

リタの申し出に、リョウは快く頷いた

こうしてリタを加えたリョウ一行はアスピオを出てエフミドの丘に向かうことになったのだった。

カプワ・ノール

テルカ・リュミレースにおける港町のひとつである。かつてラゴウという役人がおり、その欲のまま非道の限りを尽くしてきた。
しかし、そのラゴウは突如として姿を消す。一人の男が断罪したのだった。
その男はライもよく知る人物であり、自分と似ているとこが多々ある。

そんな曰く付きの場所に、ライはいた

『……手掛かりゼロ。参ったねこりゃ……』

つい最近まで魔物に蹂躙されかけていたノールは、ライの働きにより、いつもの活気を取り戻しつつあった
正確にはライだけの働きではない

商談の相手がたまたまリョウの知り合いで、騎士団の隊長クラスのファルスだったのだ。今回の商談、というより依頼だったがその内容が『ノール付近に出没している正体不明の魔物の討伐』だった

たしかにこのテルカ・リュミレースにはいない魔物だったが、ライには見覚えのある魔物が多数いた

ゼロムと呼ばれる類いで、魔物というより兵器だったか

ライがいた世界には『ねむり姫』というおとぎ話があり、そのおとぎ話に出てくる『夢を食らう魔物』それがゼロムである


人間の心をエサとしており、心を食い尽くされた人間はまるで石膏像のように白く固まり、2度と目が覚めなくなり所謂、死を迎えることになる

ゼロムは人間の心に入り込み、人間の心を食らう。それを防ぐ手立ては1つしかない

『ソーマ』と呼ばれる武具で取りつかれた人間の心に直接入り込み、ゼロムを殲滅する必要がある

ライもそのソーマ使いの一人である
この度の一件で、何人かゼロムに取りつかれた者がいた

まだライの手が伸びる人数だったので、被害はそんなになかったが

かなりの重労働だったが、ノール付近の実体化したゼロムはなんとか殲滅することができた

しかし、肝心のゼロムの出所は掴めずじまいだった

原界にしかいないゼロムが何故この世界にいたのか全く見当がつかないまま、ライがノールに滞在して数日が立とうとしていた時だった

『今回の件、なかなか面倒なことになっているようだな』
『あ、ファルスさん。仕事終わったんですか?』

ファルス、と呼ばれた隻腕の男に声をかけられ『敬語はいらない』と一言言われ、ライは一度思考を中断することにした

『すみません、手がかり全くゼロで………』
『気にすんな。こっちもだ。その、ゼロム、だったか?がこの世界の魔物ではないとわかっただけでも収穫はあった。対処法がわかればいくらでも手は打てるからな』
『そうだな。………こっちもゼロムに対する対策はすぐにでも練れる。だから安心してくれ』

ライは軽く溜め息をついたのち、思いっきり背伸びをした

『疲れてるようだな。わりぃな。お前にばかり頼りきりで』
『いやいや。慣れてるから大丈夫だ。それに、こっちにも頼もしい仲間が一人増えたからな』

ライは一緒にいた一人の人物に振り返り、ふと笑みをこぼした
そこには長い耳に髪を結わえた女性が立っていた

『あら、それって私のことかしら?』

女性は鈴のような声でクスリと微笑んだ

『そりゃ、たまたまこのノールで見つけたら協力してほしくはなるって。ジュディス』

ジュディスと呼ばれた女性は、またにこりと微笑んだ

『……私も今回の件は気になっていたし、丁度よかったわ。だって、一人じゃあの数は荷が重かったもの』
『……よく言うぜ。一番生き生きしてたのお前じゃんか』
クリティア族の放浪者であり、バウルとともに各地を放浪している女性である。
ミステリアスな雰囲気を漂わせる美女だ。
佇まいこそ上品だが活動的で好戦的な性格をしており、ふらりとどこかへ行ってしまったり、相談事もなく突拍子のないことをしでかしたりする

『そういえば私のことは気にしなくていいのだけど、またそこで魔物が出たそうよ。』
『それを早くいえ!ファルスさん、町のみんなにしばらく街から出ないよう伝えてくれ!魔物は俺とジュディスが!』
『あぁ、頼んだぜ二人とも!』

ライとジュディスは魔物を討伐するために、ノールを飛び出した

『ほんとに最近多くて参るな。………エアスラスト!!』

ライが風の思念を溜めて、それを魔物に炸裂させる。魔物はあっけなく切り裂かれて消えたがまだ数はいる

『そうかしら?これぐらいがいい運動になって私には丁度いいけど。…月牙!』

空中から奇襲をかけ、敵を貫くジュディス。槍を自在に操る姿は舞うようでもあり、思わず見惚れてしまうぐらいだが今は少しでも早く魔物を掃討しなくてはならない

『ユーリといい、お前といい、どんだけ戦闘マニアだよ……ホーリーランス!!』

眼にも捉えれない光の槍の軌跡でライは一気に回りの魔物たちを切り裂いていく

ジュディスがいるならば、思念術で援護に徹することができるので大いに助かっている。


『相変わらず素敵な術捌きだこと。リタといい勝負じゃないかしら?』
『ありがとさん、ってな!』
『貴方と肩を並べて戦ってると、何だかユーリのこと思い出しちゃうのよね』
『はは!なるほどな。わからんでも………つーか!喋ってる暇あんなら、手動かせよ!ジュディス!!』
『ふふ。ごめんなさい。そういうところもユーリに似てるのよね』

ユーリと自分が似ている箇所があるのはいくつか覚えがあったライである

そんなくだらない会話をしているうちに、魔物は殲滅出来たが端から見れば男女二人が楽しそうに魔物を狩ってるようにしか見えないわけだが…………
まぁそこにはあえて突っ込まないようにしよう

◆◇◆◇


『今回は少なくてよかったな』
『私はまだ暴れ足りないのだけど………』
『はいはい……』

魔物たちを殲滅してきたふたりは、拠点にしているノールの宿屋の部屋で今後のことについて話し合いをしていた

『……俺はこの辺りの魔物が落ち着いたらダングレストに向かうつもりなんだが』
『そうね……私もカロルやおじさまに用事があったし』

なら当面は一緒に行動することになりそうである。それはそれでいいのだが、ライにはもうひとつ気掛かりなことがあった。ライはふと、ベッドの方に目をやった

そこには青い髪をしたまだ年端も行かない少女が目を閉じて眠っていた

2日ほど前に遡ろう

ライはファルスに頼まれ、魔物の討伐を一人で行っていた
確か場所は近くの砂浜だった

相手はゼロムと、テルカ・リュミレースには存在しないはずの暴星魔物

暴星魔物(ぼうせいモンスター)とは、ある体組織から産み出された魔物で、ある惑星に一時的に大量出現した種族である。

この魔物たちは、厄介なバリアを張ることが出来、そのバリアは破壊しない限り攻撃が通ることはない

たまたまライはそのバリアを破ることが出来るデリス鉱という鉱石を加工した弾丸を持っていたので、事なきを得たのだが

その砂浜で魔物を殲滅した直後のことだった

突然大きな地震が起き、地割れが起きる嫌な音と共にその場から退避した
しばらくして地震は収まったが

一瞬、空間が歪む感覚と共に妙な感覚に襲われたすぐあとだ

上空から何か降ってきたのだった

いや何かと言うと語弊がある

上空から落ちてきたのは紛れもなく少女だったのだ

『えっ……女の子……?え?』

流れ的に察しがつくだろう。その少女はライの腕の中に収まるぐらいの体格だった

『………空から女の子たぁ…………またベタな展開だな………』
『さすが、一級フラグ建築士』
『ちげぇよ!!』

中に飼っているジルファのそんな嫌味に律儀に突っ込みつつ、少女を見やる

どうやら外傷はなく、気を失っているだけのようである。それに少し安堵した

このまま砂浜に投げ捨てる訳にもいかなかったので、ライはその少女をノールまで連れ帰ったのだ

そして現在に至る

ライが気掛かりなのは、まだ一向に目が覚める気配のないこの少女をどうするかである。少女の回復を待ち出るのも悪くはない。なんせライはこういった年下の女の子をみるとつい助けてしまう傾向にある
まぁ妹がいるせいだが、それを以前ジルファにからかわれて鉄拳制裁を下したことは記憶に新しかった。


『それにしても、空から女の子なんて一体何が起きているのかしら』

ジュディスは少女に布団をかけ直してやりながら言う

『………さぁ、な。まぁただ事じゃないのは確かだよな』

ジルファが言うには、地震が起きる度に何か妙な感覚に襲われるという

それが何かはわからないが、異変はどうやら各地で起こっているらしい

何故テルカ・リュミレースにいるはずのないゼロムや暴星魔物が出没しているのかも不明のままである

ライはこのままノールにいても何も得れないと思ったのか、ずっと難しい顔をしていたのだった

『あまり根を詰めすぎると疲れてしまうわ。今日はもう休みましょう?明日もまた魔物が襲ってくるかもしれない』
『…………あぁ。そうするか』

ジュディスの言葉に、ライは思考を中断して『食事にするか』と一言告げた

◆◇◆◇◆

食事のあと、ライは騎士団の訓練施設にきていた。騎士団の本部があるということは訓練施設も併設されているということである

ファルスからは特別に許可を得てこの場に出入り可能にしてもらっている

最初は何処の馬の骨ともしらないやつに訓練施設を使わせるなどと抗議したやつもいたが、ノール付近でのこの男の働きに文句など言えるはずなく……
結果的に、ライとジュディスはノールの騎士たちに信頼を寄せられるようになった

ライは銃を抜き放つ。
あらかじめオートに設定しておいたホログラムがフィールド上に3体、浮かび上がってきた。機械音とともに二人がライに襲いかかる。

ライはその攻撃を難なくかわすと、銃のトリガーを引き、弾丸を放つ
その弾丸は確実にホログラムの眉間をぶち抜いた
ホログラムは呆気なく断末魔を上げることなく掻き消えた

休まず次の動作にかかる
切っ先を向けられた剣先を銃で防御し、片方にゼロ距離でそのまま穿つ
そうしている間にも術の予備動作にかかり始めた魔術師風のシルエットは魔術の詠唱に入っていた
ライは顔色ひとつ変えずに、ノールックで弾丸を魔術師に放ち、詠唱キャンセルさせたのち、片方の銃をくるりと一周し、更に追い討ちの一撃、銃から放たれる弾丸で敵を吹き飛ばした
『…精が出るな』
頭のなかに響いた声に、自然と反応する。どうやらお目覚めのようである

『あ。ジルファ。わりぃ。起こした?』
『別に』
淡々と交わされる会話に、ライは苦笑した。すると魔力が高まる感覚とともに、どこからともなく黒いシルエットが浮かび上がる

漆黒の肩で切り揃えた髪に深紅の瞳、黒いロングコートを翻して何処と無くライに雰囲気が似ているまだ20半ばの若い男だ

名をジルファという。いつからかライと共に行動を共にしている男である

ある日突然、ライの目の前に降り立ったこの男は肉体はすでになくしており、ある力の行使の代償として魂だけの存在になってしまったらしい

まぁそれはまた別の話だがこのジルファとは長々と旅を続けている、ライのよき理解者である

『……お前が目を覚ましたってことは……』
『…そうだな。ただ事ではないらしい』

ライは黙り込み、ジルファに座るように促した

ライの横に座り込み自分の手を握ったり開いたりしている様は何故か滑稽に見えて思わず苦笑した

『……なんだよ………』
『いや。機嫌悪そうだなってさ』
『別にそんなことはねぇよ。ただ急にたたき起こされた気がしてイラついた』
『イラついてんじゃねぇか。』

この男、寝起きが最悪であり、無理に起こすとその身に大量のデモンズランスが降り注ぐ。

だからジルファは絶対に無理に起こすなと誰かから聞いたことがある

誰だったかは全く覚えていないのだが、ジルファとは初めてあった気がしなかったのだった

なんやかんやと世話を焼いてるうちに、ジルファとはもう何年も旅をしていることになる

普段ジルファはライの身体に同居しており、たまにライの身体を乗っ取ろうと仕掛けてくる時があるのだが、あまりのしつこさにライは自身の体内に封印用の術式を何重にも重ね掛け、ジルファの行動を制限していたのだった

しかしその術式が破られたとなると、どうやら本当にただ事ではないということになる

自ら破って出てきたとなると、今回の件はジルファの力を借りることになるのかもしれない。

『……とにかく用心しろよライ。オレが起きたとなると、他の奴等もまもなく目覚めることになる。中には人間大好きってやつもいるにはいるが、その思想に嫌気がさし、離反したやつもいたってことだ。』
『……了解。そんなのに遭遇しないことを祈るしかないか』

これも因縁なのかと
ジルファとライは思ったのだった

一頻り話したあと、宿に戻る道を行く。宿に帰る途中にジュディスから例の少女が目覚めたと報告を聞いた

青い髪の少女はここがどこなのかわからないまま、両手にしっかりと鍵のようなものを握りしめ不安げにライたちを見つめ返していた。
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