第15章

『もやくる闇に謀りて、瀬瀬のしめらに わな刺さん』


その高らかな謳の旋律に呼応するかのようにみるみる巨大になっていくその闇の螺旋に、ライとセレナはただ顔を覆って立ち尽くすしかできなかった

『この一撃を食らって、まだ立っていられたら大したもんだぜ』

ゼルファイナの漆黒の大剣に集まる闇の雷に、ライはこれをまともに食らえば確実に致命傷になると察した

バチバチと嫌な音を立て、その雷はますます鋭さを増していく

『くるぞ!!』

ライは防御態勢に入るがしかしそれよりも速く

『呼号螺旋(ラウドスネーカー)!!!』

ライとセレナをその螺旋を描いた雷が容赦なく切り裂いた

『うわぁぁっ!!』

その雷をまともに食らったライは思わず叫び声を上げた

『ライ!!』

セレナの動揺を含んだ声が谺する

身体中が針で刺されたみたいに痺れる………

『く…………』

まともに食らったライは、身体の至るところを裂かれたせいで、地面に鮮血が滴り落ちた

『どうだ?大蛇に全身の骨を砕かれたようだろう?』

恐らくあの技は

大剣の刃の部分から雷のようなエネルギーを発生させ、それを柄の部分の核石で増幅しその柄から延びている鞭のような闇のエネルギーで、その雷を螺旋を描くように操り、絡み付くように攻撃する

まさしく蛇のような攻撃である

ゼルファイナはそのまま動けないライの鳩尾を蹴り飛ばす

そのせいで腹の底から出てくる鉄の味が広がった

『ったく……あんま手間かけさせんなよな。そいや、あんたらを全滅させろと命令が降ってたんだっけな』
『………っ……かはっ……』

ライはその一撃のせいで、激しく噎せる

なんとか息を調え、ライはゼルファイナを鋭く睨み付けた

相変わらず痺れは取れないが、まだ戦えなくなるほど傷は負っていなかったが

『一応雇われの身としては報酬分は働かないといけねぇし……』

そこで、ゼルファイナはある違和感に気付いた

あれだけの攻撃を受けながら、一撃も届いていないように見えたのだ

浅かったか?

『で、俺がどうしてあんたを狙ってきたか、だな』

ライからしてみればそんな話聞きたくもないし、見逃してくれるならば、それに越したことはない

そのライの視線に気付いたゼルファイナは皮肉な笑みを浮かべた

『あんたの力が、組織にとっては邪魔なんだと』
『………………』

さすがにライはそれを聞いて黙る他なかったそれを隠せずにいた。そんなライに構わずゼルファイナは続ける

『当たり前の反応だよな。正確にはあんたとその中に眠っている存在の力と、他の異世界にもこの刻神龍の力の適正があるっていう存在が邪魔だとか言ってた気がするが』

紡がれる言葉にライは口元を流れる血をぬぐいながら、ゼルファイナを見た

ライの中にあるその力

それは恐らく自分と身体を共有しているジルファのことであろうと瞬時に悟ったし、この力の適正がある存在もライは知ってはいる。

確かに彼の力は、身体を共にしている時間も長くなっているので力の強大さは理解していた。

【……………………】

中にいるならば、ジルファ本人にも聞こえているだろうが彼は声すら出さなかった

だがしかし、少しだけ動揺しているのはライにも汲み取れたけれど

『……その反応……ってことは、あの情報はマジもんだったらしいな。2000年前に滅びたと言われるあの種族の件のことも知ってるんだろう?ライフェン=ジルファーン』
『…………………』

ライはそこまで聞いて全てを悟ったが黙秘である。駄目だ、これ以上は……

『龍神と呼ばれる種族が存在していたということを』

その名前を聞いて、ライは奥から何か膨れ上がる感覚を覚えた

激しく冷たい彼特有の魔力の感覚だった

━━━━その名前を……出すんじゃ……ねぇよ……

膨れ上がるその力とともに、ライは頭の中に直接声が流れてきたのを聞き取った

聞き覚えのある耳にすっかり馴染んだその声は、今まで聞いた声音より一段と低く、明らかに怒りを孕んでいるとすぐに気付いた

『ジルファ!てめえは出てくんな!!』

ジルファ、という名前にゼルファイナはニヤリと笑みを浮かべた

まるで待ち望んでいたかのような反応

そう、ゼルファイナはこれを待っていたのだった

しかしそのゼルファイナの手は激しく払い除けられてしまった

『てめぇらの勝手な都合で……オレたち龍神の力を……オレの仲間を……ここにはいないにしろ、あいつらはまだ成人にもなってない!!そんな子供のことを追い詰めようとするんじゃねぇよ!!』

その叫び声が聞こえた刹那、ライの呼びかけも虚しく、ライの意識は深く闇に閉ざされたのだった。途端に膨れ上がるその魔力の波動はこの世の者ではないほどの強さである。


『出やがったな、偉大なる龍神様!そこまで自分たちの里を汚され、恋人を…消されたのが腹ただしいか!!』

尚も挑発するゼルファイナに目の前のライ、いや、ジルファは怒りを隠そうともせず、その有り余る強大な魔力を迸らせた

どうやら強制的にライの身体の主導権を奪ったようである

その証拠にライの瞳は薄い金の瞳から、燃える激しい怒りを露にした深紅の瞳へとその双貌を変化させていた

つい先ほどまで武器を交えた男の意識は、目の前の化け物に完全に沈められてしまったようだ

『うるせぇよガキ共が!!てめぇらに何がわかる!!てめぇらみたいな人間たちがいるから争いは収まるどころか、ますます拡がっていくんだ!!』

至るところで災害が起きているのが、その証拠だと目の前の男は叫んだ

その魔力は収まるどころか、更に勢いを増し、辺りの建物を無差別に破壊していった

龍神の持つ属性の魔力の中でも2番目に位置する魔力属性の『刻』を司る力である

ライ自身もジルファと契約をしたとき、彼の記憶を共有していたので、ジルファが刻を司る龍神の『刻神龍』だということも知っていた

自身の中に眠る思念力も、ジルファと契約したとき爆発的に増加していったのは昨日のことのように思い出せる

そしてこの力は、今のライでは到底コントロールできない暴れ馬のような能力である

そう。刻神龍本人でないと制御不能の力だ

なので、普段はジルファによってこの刻の魔力は何重にもロックがかかっており、封印されているのだ

ライがこの力を狙う人間がいないと思っていた理由としては、龍神の魔力はこの世では到底計り知れない強力な力であり、その存在を知るのはごくわずか、いやほぼいないに等しいからである

ただ、『幻想郷』と呼ばれる場所にその龍神が暮らしていたと言われる里はあったとジルファから聞いたことはあったので、そこにいる住人は知っていたのかもしれない


しかし当時の真実、ましてや2000年も前のお伽噺のような話を知っている人物など、関わった当人にしかわからないのだが

『さっき、こいつが何であのガキどもを守ろうとしたのか話してなかったよな』

ジルファの言葉に、ゼルファイナは訝しげに眉を寄せた

『あの中にオレの2000年前からの腐れ縁の人間がいるからだよ。2000年経ってもちっとも変わってねぇ、てめぇが言う甘ったれた天然バカがな』

天然バカとは大した言われような旧友だとゼルファイナは素直に思った

ゼルファイナはまたしても笑みを浮かべたが次の言葉にその余裕は消えることになる

『………てめぇらが、あいつらとうちの宿主、引いてはあんな子供たちまで殺そうとしてんなら、オレにはそれを止める理由がある。戦うには充分な理由だな。…………罪状は重いぞ。』

その言葉に、ゼルファイナは目を見開いたと同時に、開いたジルファの手に咲いた魔力の花は散った

『ジルファ、あまり彼の身体に負担は……』

武器化したままのセレナがジルファに話しかけた

『…わかってんよ。オレ一応弓とか使えるから』

『絶対わかってないわよね!?』

セレナはため息をついた

身体はライとはいえ、中身は全く別人なのだから、セレナが心配をするのは当たり前だが

『!!』

ゼルファイナは更に目を疑った
先ほどまで弓だった姿は、明らかに形を変えていく

『姿を変えれるエディルレイドがいるのはたまに見かけるが……』

ジルファの手にあるセレナの姿は、その形を剣に変えた

その剣にはまばゆい光が宿っていた

『……属性を変えれるエディルレイドなんて聞いたことねぇぞ』

ゼルファイナの言葉にセレナは苦笑したのち

『わたしは少し特殊なの。属性自体は水で間違いないけどね』

『ていうか、同契者が全く別人なのに同契できるのも不自然ですよ!』

『そういやそうだな』

神聖帝國騎士団に属している人はみんな抜けているところでもあるのだろうか

シィムとゼルファイナのやり取りにセレナはたっぷりとした間ののち

『………………………身体はライ本人だから問題はないわ』

『あぁ……そう……』

そんなざっくばらんな解答にゼルファイナとシィムは納得するしかなかった

『納得したならいくぜ!!セレナ!』
『ちゃんと手加減しなさいよ。貴方たちはただの人間じゃないんだから!』

セレナとジルファの言葉に、当然のごとき反応を示したゼルファイナはその俊速を誇る速さで間合いを詰めた

『嘗められたもんだな!シィム!!』
『お任せを!』

瞬間交わる刃と刃

その衝撃で力の拮抗が生じ、闇と光が激しくせめぎあい、爆ぜた

『っ!!』
『……ちっ……!』

お互いに飛び退き、受け身をとり舌打ちをこぼした

その衝撃はお互いの顔に傷をつける

『……それで手加減してるってのか?恐ろしいなまじで』

ゼルファイナは辺りの惨状を目の当たりにする

たったひと振りで、せめぎ合っていた場所にはクレーターができていた

『力加減を間違えたら、今のこいつじゃ身体がもたねぇけどな』

ジルファは頬から流れる血を手の甲で拭いながら言った

強制的に身体の主導権を掌握をしているわけなので長時間は危険であるのは当たり前である

持って10分が限界だろう

それまでには決着をつけなくてはならない

【てめぇこらジル!!アレだけ出てくんなって言ったのに!!てめえは!!人の身体で好き勝手やってんじゃねぇよ!!】

目覚めるの速ぇじゃねぇか

そう、ライである

『ライ、起きたのならこの人どうにかしてくれないかしら?わたしには無理だわ押さえるの』

セレナもあきれながら、ゼルファイナの一撃一撃をいなし、かわし、反撃の機会を伺っていた

【わりぃセレナ。それ俺にも無理】

『どうにもならないじゃない!』

元々、龍神という種族は武術や魔術のような術(わざ)を極限にまで極めた人間のことである

つまりは己が術を磨くため、日頃から鍛練は欠かさず、強い者を求めて旅をするという放浪癖がある龍神もいた

そういえば、ライの弟であるフレオもかなり前にプランスールの孤児院を出てどことも知れない場所を旅していると聞いたことがある

もしかしたら彼も龍神の力を秘めていたりするかもなとジルファが言っていた

主な使用属性は確か火だと記憶している

龍神の中にも、煉獄の炎を司る龍神がいるらしい。その煉獄の龍神の力の適正者も、それ以外の龍神の適正を持つ者もライとジルファ、そしてセレナは知っている。

シングたちとほぼ年齢も変わらない、とある世界である者は軍へと身を置いた翡翠の瞳の男、もう1人はラベンダー色の瞳と艷やかな黒髪が印象的な皇族の男、もう1人はその軍へと反旗を翻す燃えるような紅の髪と、アイスブルーの瞳が印象的な女の子だ。

多分、レイヴン辺りが好みそうな顔をしていた。
まぁそんなことをすればその真紅の彼女に燃やされてしまうだろうが。

それはさておき、この分だとジルファは恐らくライの身体に風穴を開けようが、何をしようが絶対に獲物を狩るのに躊躇いはないだろう

それが龍神というものであり、ジルファの本質である

血の気が多いといえば、今この場にいないあの熱血天然くんを思い出す。


『宿主になった旦那も大変だな。血の気の多い龍神に、恋人のパートナーのお小言に板挟みとはな』

ゼルファイナの皮肉に、中にいるライは本気で不機嫌そうなのが見てとれた

ただひとつだけ説明しておくと、これはライが自ら選んだ道であり、またジルファを受け入れたのも自らの意志だということ

その人生を揺るがした存在に振り回されつつも、それもまたひとつの道だったのかもしれない

全く恐れ入る繋がりの深さである

この3人の繋がりというものは

『……何がおかしい?』

ジルファは訝しげにゼルファイナを見やった

『全く恐れ入ると思ったんだよ。そうまでして旦那たちを突き動かすものはなんだ?』

何度身体を貫かれようが、その身体を焼かれようが

そしてその身体に宿る血が流れようが

ジルファは長い沈黙の末、答えた

『………やらなければならない使命がある。……………そんだけさ』

ジルファの一言に、場の空気が張りつめた

『……使命、ね。そういうのって重いけどよ。いざ見据えちまうとそれがやりたいことに繋がって、どかりと真ん中にいつの間にかあるもんだよな』

そのジルファの言葉を聞いた直後、ゼルファイナの雰囲気が今までとは違うものになったのを、その場にいた全員が察知した

おそらく強烈な一撃が来る。その証拠にゼルファイナの大剣は先ほどよりも巨大になっている。

空気がゆれ、辺りの白化した景色が壊れていく

リチアたちになんと説明すればいいのかとか色々言い訳を考えているが、今はこの状況を切り抜けることが最優先である

『正真正銘、最後の一撃だぜ。これ食らって生きてられたら兄さんたちとは一度酒でも交わしてみてぇな』

その一言とともに、ゼルファイナの姿は一瞬で視界から消えたのだった

速い。だが刻を司るジルファには『視えて』いた

とはいえ、彼の一撃を確実に止める方法など、ひとつしかなかった

極限にまで高められた音もない一撃など

思えば刻神龍の力を使えば、目の前の男など武装していようがしていまいが簡単に捩じ伏せれていたのかもしれない

しかしそれにはリスクを伴う

そう、今のライでは到底刻神龍の力など操れるわけがない

『まだ』その時ではないのだ

恐らく今ここでその力のロックを外したとして、ライなら制御できるかもしれない。だが、それをしてしまうと後戻りが出来なくなる

ジルファはライに普通の人間として生きて欲しいとずっと思っている

わざわざ、2000年前の龍神の歴史の因縁など背負わせたくなかった

でも、もしお前がそれを望んだとしたらオレは………

"オレたち"は……








『おい、ジル』

ライの声にジルファは軽く舌打ちをしたのちなんだ、と苛ただしげに答えた

『………………俺が死んだらてめぇを一生恨むからな』
『死んでるのに一生もなにもあるかよ』

ジルファの一言に、ライも覚悟を決めたのか軽くため息をついた

『ほんとに貴方たちってバカよね。介抱する方の身にもなってちょうだい』

セレナもあきれ果て、全てを二人に預けることにした

『あのバカやアホ星、母さんたち皆が傷つくのは見たくはない』

だから……

ジルファの魔力が高まったのと、ゼルファイナが消えたのはほぼ同時だった

どちらのものか分からない肉を裂く嫌な音と、血飛沫が舞い散った


地面に赤い鮮血が水溜まりを作る

確実に致命的な一撃である

しかし、決着をつける一撃を与えたのにも関わらず、ゼルファイナは目を見開いて動かないでいた

いや、正確には『動けなかった』の方が正しい

ゼルファイナの刃と化したシィムは確実にライの脇腹を抉っていた

シィムの漆黒の刃を、その赤い鮮血が染め上げ、ゼルファイナの手を赤く染め上げる

『…………………驚いたか?』
『……!!』

ジルファの地を這うような声に、ゼルファイナはわずかに動揺を見せた

『まさか武装しているとはいえ、オレが人間に攻撃すると思ったか?殺しちまうよ。オレたち龍神の力はそういった力なんだよ…………』

腹部を完全に貫通しているせいか、その言葉を発する口からは血が大量に溢れていた

まさか自ら刃を受けてゼルファイナの動きを止めるとは誰が予想しただろうか

『……オレたち龍神は、無茶な戦いをするのが得意でな……』

途端、ゼルファイナの足元から闇色の鎖が音を立て、両手両足を縛り付け、動きを止めた

『きゃあっ!?』

『シィム!!』

その鎖のせいで、シィムとゼルファイナは強制的に同契を解除させられた

『……こいつらの手を煩わせるつもりもねぇんだよ。2000年前の尻拭いなんざ………だから、オレ一人で!この身が朽ち果てようともテメェらをぶっ潰してやる!一人残らずな!』


闇色の鎖から、己の力を全て飲まれていくのを感じた

そしてゼルファイナの意識はそこで途切れたのだった


『いってて……ジルの野郎……俺の身体に風穴開けやがって………無茶苦茶やりやがる……』

壁にもたれて、地面に座り込む

そのせいで壁には今しがたつけられた傷から溢れる血で赤い痕ができた

『ライ!しっかりして!』

同契を解除したセレナは、あわててライに駆け寄ってきた

その手には携帯していた救急箱が携えられていた

『わりぃセレナ……思ったより深いみてぇ………』

それはそうだろう。あれだけ深々と腹部を貫いたのである

普通の人間なら、致命的な一撃だ

そう。普通の人間なら

ライの身体はジルファと契約したときにすでに人間としての自然治癒力を優に越えている

少々深い傷だろうが、ある程度の時間が立てば跡形もなく消えていく

だがしかし、今回はエディルレイドによる切れ味抜群の大剣である

よく生きていたものだとライは思った

『今、手当するわ』

救急箱を開いて、セレナはライの応急処置を始めた

『………ありがとな。それにしても、奴らエディルレイドとその同契者までけしかけてくるとは………セレナがいなかったら危なかったな』
『……この件はアークエイルの彼らにも届いてるはずだわ。エディルレイドに関してはこと彼らの専門だし、何か手を打ってくれているといいのだけど』

セレナは手際よくライに手当を施していく

『そうだな……エディルレイドは現状、エディルレイドでしか対応できないしな……お前も妹のスプリィちゃんが心配だろ……逢えるといいな』

妹、という言葉にセレナは少し苦笑したのちそうね、と一言口にしただけだった

『でも、スプリィはしっかりしてるもの。案外もうだれかと契約しているかもしれないわ。いい人だといいのだけれど……』

そうは言っても、セレナはやはり妹が心配なのだろうとライは思った

奴らは龍神の存在を知っていた。
そうなると、あちら側にももしかしたらすでに龍神の仲間がいるのかもしれない

彼ら龍神は戦闘力の高い種族である

ライも、ジルファと契約したときにすべての記憶を共有したことでその存在は予てより知っていたが、敵の狙いが龍神の力であるということまではライも、そしてセレナもわからなかった

これはかなり有用な情報である

早く仲間たちと合流しなければならないが……

『っ……こりゃ治るのに時間かかりそうだな……おいジル……てめぇ後で覚えておけよ………』

聞いてはいるかわからないが、ライは皮肉たっぷりに中にいるジルファに言った
案の定、返事は返ってくることはなかったが

妹といえば、ジルファにも妹がいる。その少女、名前は美月というのだが彼女は確かとあるマフィアの幹部の元で奉仕をしているとつい最近知った

数ヶ月ほど前、取引に行った時にその幹部は美月を側に控えさせていた

ジルファはなんとなく察しがついていたが、それに関しては不問としておいた

『……とにかく……早くみんなと合流しなきゃな……合流先はプランスール、とは言っておいたが………』

なんとか壁に手をつき立ち上がる

『ダメよライ!ある程度傷が落ち着かないことには………』

セレナは慌てて自身のパートナーを支えた

ライも情けないが肩を借りなければ立てそうになかった

『あとでちゃんとお医者様に………』

急に立ち止まったライを疑問に思いつつ、セレナはライの視線を追うとそこには4つの影があった


『おいおい、てめえにしちゃずいぶんとこっぴどくやられてんじゃねぇか。相当派手にやらかしたやがったな。てめえといいリョウといい、相変わらず無茶苦茶やってやがる』

この皮肉混じりの声の主は黒い長髪を靡かせて、左手に愛用の剣を携え悠々と立っている

そしてその存在の後ろから続けざまにため息が響いた

『ユーリ、君が言えた義理ではないと思うよ。何ヵ月も帝都を空けて……ハンクスさんもエステリーゼ様も心配していたんだぞ。まぁ、確かにライに関しては同感だけど』

白銀の鎧を身につけ、漆黒を携えた主を嗜める声は、明らかにトゲのある一言であった

ライも思わずため息をついてしまい

『……そりゃこっちのセリフだぜてめえらはよ……なんでテルカ・リュミレースの要人であるお前らがこんな場所にいるんだっての………』

ライの質問を質問で返す言葉に、更にもう一人

『まぁまぁ!ユーリもフレンもライも落ちついて!理由はちゃんと話すからさ!ね、ラピード!』
『ワン!!』

まるで同意を示すかのような声は、ライの足元から聞こえた。

そこには青い体毛で口にキセルをくわえたユーリの相棒のラピードがいた

その横には銀髪のポニーテールを揺らした少女も

『エルリィまでどうして……あなたたちがここにいるってことは………テルカ・リュミレースは大丈夫なのね?』

セレナの言葉に目の前の4人はうなずき

『あぁ。帝都で暴動が起きたって情報が俺とラピードがぶっ飛ばされた世界で世話になってた人に届いてな。それを聞いて戻ってみたが、すでに暴動は鎮圧された後だった。ガウスのおっさんに聞いてみたら、リョウたちがうまいことやってくれたんだと』

つまりはラピードとユーリは、今の今まで異世界にふっ飛ばされていたということにさる。ユーリの口から出たリョウの名前を聞いたライは目を見開くが、すぐにいつもの表情に戻った


『………あぁなるほど………実はこっちもリョウが亀裂に飲まれてな。そっか。無事ならそれでいいんだ』

苦笑しながらライは相槌を打った

『まぁ僕とエルリィも同じような感じだけどね。
ライ、大丈夫……じゃなさそうだね。前線は僕たちに任せて君は少しでも傷を癒してほしいと思ってるんだが……………行くんだろう?』

フレンの言葉に、ライは苦笑するしかなかった

『……ったく、怪我人はおとなしくベッドでおねんねしとけって言いたいが、この状況じゃさすがにおちおち寝てもいらねぇか』

ユーリだ

『……とにかくここを離れたいと思ってる。いつ次の刺客が襲ってくるかわからねぇからな……』

ライはセレナに視線を向ける
すると、彼女はしっかりと頷いた

『……サポートは任せて。行き先は?』

ライはヴァルキュリアをセレナに渡した

『……もちろん、ガルデニアだ……ゼロムの発生源はそこだろうからな。……あと、気になることもある……』

セレナがガルデニアへの道を開く間、ライは近くの壁にまた背中を預けた

ユーリたちは近くの壁についたライの血痕を見る

そして一目で深い傷だとわかってしまった

エディルレイドや龍神という存在は驚異的な力を持っているのだと、その力を狙う人間が多くいるということを改めて実感した

『……許せねぇな……』

ライの言葉は、誰にも聞かれることなく風に浚われ掻き消えていった

『さぁ、ガルデニアへの道が開いたわ。行きましょう』

目の前のガルデニアへとつながる異空間にライたちは足を踏み入れた
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