第13章
結晶界に足を運んで、そろそろ1週間ぐらいである
あれから魔物もゼロムも現れることなく、ライたちは、各々休息を楽しんでいた
『みんな~朝ごはんできたぞ~』
ライの声が響き、それぞれ好きなことをやっていた仲間たちは一部を覗いて顔を出した
『いいにおい~』
ルーシィとリルハが仲良く同じ言葉を口にする
片付けたテーブルの上には美味しそうないかにも和食と言われる朝ごはんが並んでいた
ちなみに食材に関しては、ライの次元を移動する力により毎回新鮮な食材を買いにいっている
日保ちする缶詰などもそうである
そして面白いのが、毎回メニューが違うのだ
リョウはガッツリ食べれるボリューム重視、ライは和洋食、ロリセは基本的に何でも作れるオールラウンダーである。
ちなみにライもとある女性からスイーツ系の作り方を教えてもらっており、かなりの腕前である。
ライの得意料理はグラタンとハンバーグ
と、まぁこのメンバーで旅をするようになってからは食事は交代制にしたのだ
今日の朝ごはんはライの当番である
白いご飯にほかほかの味噌汁、卵焼き、焼鮭、ほうれん草の胡麻和えとバランスも完璧な和食の朝ごはんがそこには並んでいた
『………………』
リョウはそんなライを見ながら何か言いたそうな顔をしていた
『どしたリョウ。冷めるぞ?』
『あ、うん。ライって本当にそうしてるとお兄ちゃんだよなって』
最もである。本当にこうしているとライがあの国を担う商人であるということを忘れそうになる
ライは苦笑しながら全員のグラスにお茶を入れていった
『得意料理がグラタンとハンバーグ、更には意外とスイーツ系もいけるなんて』
『家庭的といえ。まぁ妹と弟が好きなだけだよ。グラタンとハンバーグが』
ただそれを頑張って作っていたら得意料理になっただけである
早くに両親を亡くしたライは弟と妹と過ごしてきたので、必然的にライが家事全般を担ってきたのだった
昔から病気がちの妹のために、弟と一緒に妹の面倒を見ていた
今は弟も妹も大きくなり、弟は何処とも知らない場所を旅し、妹は叔父の家で過ごしている
全員揃って食事を終えて、食後のお茶でのんびりしている時だった
『みんな今日はどうするの?』
リョウの質問にライは少し考えたのち
『俺はリルハちゃん、というか中にいるリチアと一緒にクンツァイトの様子を見に行くつもりだよ』
『クンツァイトさん?』
リルハが首をかしげた。
『クンツァイトはわたしたちの仲間よ。多分リチアがリルハに宿って、クンツァイト探してるだろうし』
イネスである
クンツァイトはかつてライやシングたちと共に旅をしたリチアの守護機士の機械人の仲間である
機械人は様々な用途によりクラスがありクンツァイトは主人のリチアを守るために作られた機械人である
それぞれクラスが、ナンバーズ、ジャック型、クィーン型、キング型、エース型、ジョーカー型とあり
ジャック型は守護機士の一般的な型
クィーン型は思念術が得意な守護機士
キング型は人形を取らない大型の設備
エース型は戦闘能力が高い守護機士
ジョーカー型は研究や管理性能に特化という特徴がある
クンツァイトはジャック型だが、戦闘においてはかなりの腕前の守護機士である
『あぁ。今のリチアの宿主はリルハちゃんだからな。ついてきてくれるか?』
ライの質問にリルハは
『うん!わたしもそのクンツァイトさんって人気になるし、リチアの大切な人なら逢ってみたい』
リルハの言葉にライはそうか、と微笑んで頭をポンポンとした
『あたしはジュディスとライが持ち帰ったあのヘルメス式の魔核の術式を施設を借りて解析してみるわ。』
リタだ。リタにあのノールで拾った魔核を渡してあるのだ。もしかしたら何か分かるかもしれない
『頼むよ、リタ』
ライの言葉にリタは『任せなさい』とうなずいた
食事を済ませたのち、ワンダリデルの研究施設では、リタとエステルがライとジュディスが持ち帰った魔核を解析していた
『ここの施設すごすぎる…見たことない技術がたくさん』
リタがパネルを叩きながら素直に称賛を口にする
『たしか、リチアがここでライたちが使っているソーマを、お姉さんとその恋人が作っていたと聞きました。』
エステルの言葉にリタは『そうなんだ』と一言口にしてまた画面にかじりついた
『それにしてもこの魔核、やっぱり変だわ。なんていうのかしら……』
リタがケースに入った魔核の欠片を見ている
『なんといいますか、私たちが知ってる魔核とはちょっと違いますね。』
複雑な術式、数少ないこのサイズの魔核をここまで完璧に復元するなどほぼ無理に近い
特殊な技術、それも『この世界にもテルカ・リュミレースにも存在しない技術』を使わない限りは
リタは半信半疑だ。ただ書物でたまたま見かけただけの技術だった
だが、実際のその研究書の著者である人物はその技術をほぼ完成させていたのだ。何らかの原因があり、その技術をその研究書の著者は放棄した
その技術自体は、その世界では希に見掛けることがあるが
リタはますます難しい顔をした
すると
『り、リタ!』
エステルの焦りと驚愕を孕んだ声音にリタははっと我に返り
『どうしたのエステル!』
『魔核が……』
『………?』
エステルの困惑した声に、魔核に視線を移す。リタはその光景に目を見張った
眩い光とともに、その魔核はまるで光の粒子のごとく散り、やがてそのサンプルを入れておいたケースだけが残った
『………うそ!?今の現象は………』
リタの額から嫌な汗が流れる。
『……消えてしまいました………』
エステルもまだ信じられないといった表情を浮かべていた。リタは慌てて解析したデータをライに渡された今までライが訪れた世界の構成成分、酸素濃度等、すべてのデータをメモリの中に保存する。
『唯一の手がかりだったのに!!いつもあと一歩のとこで……!!あぁあぁあ!!ムカつくわぁあぁあっ!!!』
これでは調べようにも調べることは出来なくなっていた
ただモニターの画面には解析したデータと、こう表記があるだけだった
成分に『第七音素』
この成分がある世界の元素の名前だけを残して
『こうなったら、ライに直接聴いてやるしかなさそうね!!』
リタはつい熱くなっているようだが、エステルは画面を見つめ
『……第七音素……オールド……ラン、ト……どこかの世界の名前、でしょうか?』
テルカ・リュミレースの文体でなんとかそう読めた文字である
オールドラントが仮に惑星の名前だとして、この『第七音素』という単語はリタもエステルも聞いたことはなかった。
おそらくライあたりなら、色々な世界に渡り歩いているはずなのでなにか分かるかも知れないが、生憎と今は彼は仲間と留守である
残っているのは、自分たちとリョウたちぐらいだろう
すると研究施設に、八雲が顔を出した
『リタさん、エステルさん、ライ先輩たち戻ってきましたよ。話があるそうなので、来てくれと』
八雲の呼び出しにリタが
『グッドタイミングだわ!いくわよ、エステル!』
『はい。ありがとうございます、八雲』
エステルの御礼ののち、リタとエステルはライたちがいる部屋に駆けていった
『慌ただしいな。』
ミレイシアは放置されたままの液晶に視線を向けてそう口にした
『まぁ後で戻ってくるんじゃないかな?』
『八雲、画面を見てくれ。おもしろいことが書いてある』
『おもしろいこと?』
八雲がミレイシアの横に並び、その点けっぱなしで放置されたままの液晶を見ると
『えっ!?あの魔核の成分が第七音素!!?……まさかあの魔核……』
『八雲、シャーレに入ってあった魔核がない。微妙に光ってる』
ミレイシアの指摘に、八雲は魔核が入ってあったシャーレに駆け寄った
『乖離してる……レプリカか……』
八雲は眉を顰めたのだった
エステルとリタが揃ったところで、コハクがいの一番に口を開いた
『…リチアが目を覚ましたのはいつぐらいなの?』
コハクの質問に、クンツァイトは少し考えたのち
『一月ほど前だ。』
『それって、この異変が起きたときとほぼ同時期じゃねぇか!』
ヒスイの言葉にクンツァイトは
『肯定。その時リチア様と自分は、ラプンツェルでガルデニアの観測をしていた。』
『ガルデニア?』
リョウが首をかしげた
ガルデニアとはかつてシングたちが戦った緋色の髪の魔王こと、クリード・グラファイトによって作られ、世界中のスピリアすべてを吸収できるまでに進化した巨大な女王ゼロムのことである
クリードのスピリアを模した擬似スピリアを搭載しており、彼の貪欲な『渇望』がそのまま反映されていた
そのため、2000年前に発動された際はすべてのスピリアを際限なく吸収してしまい、結晶界を白化させるという事態になった
その別名を『黒い月』といい、封印状態では球体だが、覚醒するにつれ暗黒の口を備えた蝶のような形態に変形する
『ガルデニアの観測をしていたときにあの地震が地上で起きた。それと同時にガルデニアに変化が起きた』
クンツァイトの淡々とした声音に、リルハとシングたち、そしてリョウたちは黙って彼の話を聞いた
『封印状態のガルデニアが再び活性化を始めたのだ。あの地震が起きたその数日後に』
『!!?』
クンツァイトの衝撃的な言葉にこの場にいた全員が目を見開いた
『待ってくれ、それはどういうことだ?たしかにここに来るまでに何度もゼロムを見掛けたが……』
確かに、ライやリョウたちもここにくるまでに何度もゼロムの存在、更にはそれに取りつかれた人間を目の当たりにしてきた。
ライの言葉に、今まで黙っていたリチアがリルハに身体を借りたようで
『そうです。つまりはガルデニアが復活しかかっているということ。このまま異変が続けば、間違いなく遠くない未来にあのときのような悲劇が……』
リチアの言葉に、その場にいた全員が絶望を露にした
『やっ…ヤバすぎるよそれ!!あんなものがまた復活したりしたら、また!!』
ベリルは頭を抱えて叫ぶ
『そんなこと絶対にさせない!せっかくこの世界の皆が新しい一歩を踏み出したばかりなのに!』
『つまりは、そのガルデニアってのが、また復活しようとしていて、このゼロムの大量発生はそれが原因だと、シングさんたちはそういいたいんですよね?』
ロリセの言葉に『そういうことだ』とカルセドニーが肯定の意を示す
『あれは2度と復活したらいけないんだ!!もし復活したら、リチアとお姉さんのフローラさんが報われないよ!』
シングの言葉にヒスイはこう返した
『なら、こいつらも連れて一回ラプンツェルまで行ってみねぇか?コランダームが今はあのガルデニアの管理コアだ。なにか分かるかも知れない』
何はともあれ、そのラプンツェルという場所にいけばなにか分かるかもということで、一行はその観測基地ラプンツェルに足を運ぶことになるのだった
『リタ、解析に回していたあの魔核はどうなってる?』
ライの質問に、リタはバツの悪そうな顔をした。
『解析の途中に霧散してなくなってしまったわ。跡形もなく』
どうやら、先ほどから不機嫌そうに眉間に皺を寄せていたのはそれが理由だったようだ
無理もあるまい。あと一歩のところで唯一の手がかりとも言えるそれが遠ざかってしまったのである
リタでなくとも、不機嫌にはなるだろう
『でも、解析画面にこう書いてありました。出所には【第七音素】と【オールドラント】という単語が』
エステルが引き継ぎ、その単語を口にした
『オールドラントと第七音素……』
ライが考えるそぶりを見せて、リタに視線を向けた
『確証がないことは口にしたくないの。もう少し調べさせて』
ライの視線にリタは溜め息混じりに返事をした
『かまわないよ。そっちは任せた』
ライの肯定に、リタは納得したのか腕を組んで、また思考に耽った
そして一番気になっていたことをグレイが聞き出した
『それと、何故あんたが俺の娘のスピリアに宿っていたのかをまだ聴いてなかったな』
グレイがリチアに向き直る
『…申し訳ありません。私も完全に覚醒したのは先日でした。私の肉体はクンツァイトのスピリアの奥深く、まだ深い眠りについていますが……』
リチアのどうと説明しづらそうな反応に、ヒスイが引きついだ
『リチアは前は、コハクのスピリアに宿っていた。さっき話したガルデニアがあるだろ?その全能力を制御できる管理コアだ。当時、っても2000年前だが……そのクリードってヤツから逃げ続け、戦い続けてきたんだ』
『いばらの森』という要塞と姉、フローラの力を得て、ガルデニアとゼロムを封じ込めてきたが、シングやライたちと旅をしていた時は寿命が尽きようとしており、封印力が低下していた
命が尽きる前にガルデニアを消滅させようとクリードや、その守護機士の女魔導師のインカローズに捕獲される危険を承知で宿主であったコハクとともに旅立った
そのガルデニアの消滅手段は自身をガルデニアと融合させ、自食消滅させるというものであった
ガルデニアの消滅を持って、死を覚悟していた彼女であったが、クンツァイトの申し出により、彼を宿主にして半永久的に眠りについていたはずだった
リチアは続ける
『そう。あれは異変が起きて間もないころ……その時でした。リルハがテルカ・リュミレースと言われる場所に舞い降りたのは』
それを聞いて、ライははっと目を見開いた
『あの時か!』
そう
ライにだけ聞こえたあの自分を呼ぶ鈴のようなどこか懐かしく、覚えのある声は、リチアのものだったのだ
それは恐らく、ソーマリンクによるものである。
ライたちが使うソーマには人々のスピリア同士を繋げ、結びつけるという機能がある。
シングたちはそのクリードとの戦いで幾度となくその力を手に、危機を乗り越えてきた
その暖かな無限の力は、シングやライたちに暖かな、そして強いスピリアの在り方を教えてくれたのだ
『私が彼女……リルハに宿ったのは、彼女の一番近くにライ、貴方がいたからですよ』
つまりはリチアは、ソーマリンクを通してライの存在を身近に感じたらしい。
リチアのスピリアがクンツァイトの中から何らかの干渉によってリルハのスピリアに転送させられたと言っている
『スピリア自体に干渉……』
ライの思案顔に、イネスが口を開き
『確証はないかもしれないけど、こんなことを出来るのはごく一部の者だけな気がするわ。例えば、リチアにもひけをとらない、腕の立つ思念術士……とかね』
イネスの言葉に、シングたちはまさかと思われる反応をした
『…思念術士…もしかしてインカローズ……』
コハクの言葉にはライが返した
『まぁ今までの戦いからするに、もう何が起きても驚きはしないけど』
『少しは驚けよ!タンパクだなぁ!ライは!』
ベリルの突っ込みに、ライは苦笑したのだった
『とりあえずまずはラプンツェルだね。そこにいるコランダームに話を聞きに……』
シングがそう言った直後、また激しい揺れが響いた
『うわわわっ!?また地震だ!!』
驚くベリルに、ライはまたなにかを感じた
『また何処かで、次元が裂けた!?』
『え……?』
ライの言葉に、横にいたリョウがライに視線を向けた
言っている間に、まだ揺れは続いている。ミシミシと地面が割れる嫌な音が響いた
『てかやべぇリョウ!!イネス!上条!御坂!早くこっちに!!』
と、ライが叫ぶが、地割れは鳴り止むことなくやがてその口をまるで龍の顎のごとく開いたまま、四人の足場を崩した。
亀裂の先に今正に落下しようとするイネスをライはその手を伸ばして掴んだ。御坂は上条に腕を掴まれ、なんとか耐えているがこれではそちらも時間の問題だろう
『重っ!……イネス……ちょっと最近太ったんじゃねぇか…』
『なっ……この状況でいきなり何言ってんのよ!離しなさい!貴方まで巻き込まれるわよ!』
それでもライはイネスのその手を離そうとはしなかった
『バカいえ!ここで離したら何処かわからない場所に飛ばされるだろ!偶然とはいえ、騎士やめて一番最初に俺を助けてくれたお前を見捨てるなんてできるか……!』
ライの言葉に、イネスは軽く目を見開いたが、ふと目を細め
『そっちこそバカ言わないで!私が好きでやったことなんだから…早く…離しなさい!彼らにはあんたが必要なの!落ちたからって死ぬわけじゃない!』
イネスの叱責に、ライは唇を血が滲むほど噛み締めた。シングが何か言っているようだったが、その声は音に掻き消されて聞き取れなかった
更に地震は続き、ライとイネスの身体を激しく揺らす
周りの仲間も、なんとかしてリョウやイネスたちを助けようとするが、激しい揺れのせいで、そこから動くことすら出来なかった。
助けは期待できそうにない
そうしている間に、お互いの手はどんどん滑り落ちていく
まるでその間にある二人の見えない糸を切り裂こうとでも言わんばかりに
…もう、限界だっ!!
『……私がいない間シングやここにいる仲間たちを……ラピスをお願い!プランスールで落ちあいましょう!』
イネスはどさくさに紛れて、ライの懐に何かを忍ばせ
ついにはイネスはその深い闇の中に飲まれていった
『イネスーーーーっ!!!』
ライの叫びはただ、深い闇に吸い込まれていったが、次はリョウがとんでもないことを口にした。いや、リョウだから、かもしれないが
『ライ!僕はイネスさんを追う!だから、安心して!生きてたらまた絶対逢えるさ!』
『リョウ!?てめえまで!?同じ亀裂に落ちたからって、同じ場所にたどり着くとは限らねぇんだぞ!?』
ライの一言にリョウは『それでもだよ!』と力一杯叫んだ
すると御坂の手を握っていた上条がなんとか口を開き
『なら、リョウが行くならオレも助けにいくまでだ!!わりぃ美琴!許してくれ!』
上条の言葉に、美琴はため息をついて
『わかったわよ!本当に当麻はお人好しなんだから!!しっかり守ってくれなきゃ痛いのかましてやるからね!』
果ては美琴までもが、自ら亀裂に飛び込むのを容認してしまった
しばらくライは迷いを見せるがやがて
『わかった!!お前らを信じる!!合流場所はプランスールだ!!イネスを頼んだ!!うまくやれよ!』
その一言を聞いたリョウたちは、満足そうに笑みを浮かべて、自らその亀裂に飛び込んでいった
やがて、正にそれを狙っていたかのように地震も揺れは止まり、そこには静寂だけが残された
『くっそぉ!!!』
シングが悔しそうに、床を叩いた
『シング落ちつけ!イネスなら大丈夫だ!』
カルセドニーが一先ず落ち着くように、シングを押さえた
『カル……そうだね。ごめん』
シングは頭をガシガシと掻いた
『シング、イネスはリョウたちが必ず連れて帰ってくるって約束してくれたよ。俺たちは俺たちで、できることをしよう』
ライは声を押さえてそう口にした
『ライ、口から血が……』
コハクが懐からハンカチを取りだし渡してくれた。ライはありがとうと、素直にそれを受け取った
『どうせリョウのことだから、自分から亀裂に飛び込んだんでしょ。相変わらず無茶苦茶なんだから』
リタが軽くため息をついたのを、エステルは苦笑しながら見つめていた
『なら、そのラプンツェルって場所にいけば、何か分かるかも知れないのね』
今まで黙っていたルーシィが口を開く
『そうだな。ガルデニアの異変と地震の関連性もどうやらたまたまじゃなくなっちまったらしいからな』
ヒスイである
『肯定。ラプンツェルに行けば何かしらわかるだろう』
クンツァイトも肯定の意を示す
『ならば、すぐにリアンハイトで向かうとしよう。』
カルセドニーがバルハイトを起動しようとした時だった
『?』
ウィンルがピクリと何かを気取った。
ウィンルは魔物であるので、周りの気配にはかなり敏感である
『ウィンル、どうしたの?』
ライラがウィンルに視線を移した直後、その声は追い討ちをかけるよう谺した
『残念ながらラプンツェルはすでに壊滅している。お前らが追っている奴らの仕業でな』
『!?』
この場所にいる存在以外の声が響き、ライは視線を向けるが力が高まる感覚がした
声が聞こえた方から黒い波動が自分たちを狙って飛んでくる
ライは咄嗟に思念結界を張り、その衝撃を受け流した
『こ、今度は何よ!!』
リタだ。
『……やるじゃねぇか兄さん。確実に仕留める一撃を軽く受け流しちまうなんざ、できるな』
煙が晴れたと同時に、リタたちの目の前に見えた光景はすでに武器を抜き放ち、思念結界の術式を起動したライの姿だった
『…感傷に浸ってる暇はなさそうだな。カル!!全員連れて今すぐラプンツェルに向かえ!!ここは俺が引き受けた!!』
『まさか一人でやる気か!?リョウといい、お前といい全く無茶な!』
カルセドニーが怒鳴るが、ライは苦笑するだけだった
少なくとも目の前に現れた男は、自分たちに友好的ではないのはこの場にいる全員が察していたが
『いいから!後で必ず追い付く!』
カルセドニーはライの一言にしばらく瞬順したのち
『わかった。まぁお前なら大丈夫だろう。……全員乗り込め!』
カルセドニーは素早くバルハイトをリアンハイトにエボルブさせ、ライ以外の仲間たちを半ば強引に押し込んだ
リョウだってどことも知らない場所に飛ばされているかもしれない
ならば自分にできることはただ1つしかなかった
自分以外の仲間を、ラプンツェルに送り届け、真偽を確認させなくては
『ライ!!必ず!必ずラプンツェルの皆を助けてみせるから!!』
シングの言葉を背に、ライはふと笑みを浮かべた
やがて希望の名を冠する飛行艇『リアンハイト』は一気に上空へと翼を広げ、ラプンツェル目指して遥か上空に飛び立っていった
『……逃がしちまったか。まぁいいさ』
尚も下がろうとしない目の前の男に
『そうか?俺から見たらあいつらをわざと見逃したように見えたんだが?』
ライはいつでも一撃を放てるように構え直した
目の前の男は何も答えることなく、ただ不敵に笑うだけだった
それに、先にカルセドニーたちを行かせたのには、ちゃんとした理由があってのことだ。そう。男が放ったあの一撃は、魔術、思念術とも違う力だった
ライにはその力には覚えがあった
『ある種族』のみが行使できる能力そのものだった
俺の推測が正しければ、あの力はおそらく………
ならばこちらもやることは1つだった
高まるその『力』とともに、ライのすぐ横に、その蒼の少女は舞い降りた
あれから魔物もゼロムも現れることなく、ライたちは、各々休息を楽しんでいた
『みんな~朝ごはんできたぞ~』
ライの声が響き、それぞれ好きなことをやっていた仲間たちは一部を覗いて顔を出した
『いいにおい~』
ルーシィとリルハが仲良く同じ言葉を口にする
片付けたテーブルの上には美味しそうないかにも和食と言われる朝ごはんが並んでいた
ちなみに食材に関しては、ライの次元を移動する力により毎回新鮮な食材を買いにいっている
日保ちする缶詰などもそうである
そして面白いのが、毎回メニューが違うのだ
リョウはガッツリ食べれるボリューム重視、ライは和洋食、ロリセは基本的に何でも作れるオールラウンダーである。
ちなみにライもとある女性からスイーツ系の作り方を教えてもらっており、かなりの腕前である。
ライの得意料理はグラタンとハンバーグ
と、まぁこのメンバーで旅をするようになってからは食事は交代制にしたのだ
今日の朝ごはんはライの当番である
白いご飯にほかほかの味噌汁、卵焼き、焼鮭、ほうれん草の胡麻和えとバランスも完璧な和食の朝ごはんがそこには並んでいた
『………………』
リョウはそんなライを見ながら何か言いたそうな顔をしていた
『どしたリョウ。冷めるぞ?』
『あ、うん。ライって本当にそうしてるとお兄ちゃんだよなって』
最もである。本当にこうしているとライがあの国を担う商人であるということを忘れそうになる
ライは苦笑しながら全員のグラスにお茶を入れていった
『得意料理がグラタンとハンバーグ、更には意外とスイーツ系もいけるなんて』
『家庭的といえ。まぁ妹と弟が好きなだけだよ。グラタンとハンバーグが』
ただそれを頑張って作っていたら得意料理になっただけである
早くに両親を亡くしたライは弟と妹と過ごしてきたので、必然的にライが家事全般を担ってきたのだった
昔から病気がちの妹のために、弟と一緒に妹の面倒を見ていた
今は弟も妹も大きくなり、弟は何処とも知らない場所を旅し、妹は叔父の家で過ごしている
全員揃って食事を終えて、食後のお茶でのんびりしている時だった
『みんな今日はどうするの?』
リョウの質問にライは少し考えたのち
『俺はリルハちゃん、というか中にいるリチアと一緒にクンツァイトの様子を見に行くつもりだよ』
『クンツァイトさん?』
リルハが首をかしげた。
『クンツァイトはわたしたちの仲間よ。多分リチアがリルハに宿って、クンツァイト探してるだろうし』
イネスである
クンツァイトはかつてライやシングたちと共に旅をしたリチアの守護機士の機械人の仲間である
機械人は様々な用途によりクラスがありクンツァイトは主人のリチアを守るために作られた機械人である
それぞれクラスが、ナンバーズ、ジャック型、クィーン型、キング型、エース型、ジョーカー型とあり
ジャック型は守護機士の一般的な型
クィーン型は思念術が得意な守護機士
キング型は人形を取らない大型の設備
エース型は戦闘能力が高い守護機士
ジョーカー型は研究や管理性能に特化という特徴がある
クンツァイトはジャック型だが、戦闘においてはかなりの腕前の守護機士である
『あぁ。今のリチアの宿主はリルハちゃんだからな。ついてきてくれるか?』
ライの質問にリルハは
『うん!わたしもそのクンツァイトさんって人気になるし、リチアの大切な人なら逢ってみたい』
リルハの言葉にライはそうか、と微笑んで頭をポンポンとした
『あたしはジュディスとライが持ち帰ったあのヘルメス式の魔核の術式を施設を借りて解析してみるわ。』
リタだ。リタにあのノールで拾った魔核を渡してあるのだ。もしかしたら何か分かるかもしれない
『頼むよ、リタ』
ライの言葉にリタは『任せなさい』とうなずいた
食事を済ませたのち、ワンダリデルの研究施設では、リタとエステルがライとジュディスが持ち帰った魔核を解析していた
『ここの施設すごすぎる…見たことない技術がたくさん』
リタがパネルを叩きながら素直に称賛を口にする
『たしか、リチアがここでライたちが使っているソーマを、お姉さんとその恋人が作っていたと聞きました。』
エステルの言葉にリタは『そうなんだ』と一言口にしてまた画面にかじりついた
『それにしてもこの魔核、やっぱり変だわ。なんていうのかしら……』
リタがケースに入った魔核の欠片を見ている
『なんといいますか、私たちが知ってる魔核とはちょっと違いますね。』
複雑な術式、数少ないこのサイズの魔核をここまで完璧に復元するなどほぼ無理に近い
特殊な技術、それも『この世界にもテルカ・リュミレースにも存在しない技術』を使わない限りは
リタは半信半疑だ。ただ書物でたまたま見かけただけの技術だった
だが、実際のその研究書の著者である人物はその技術をほぼ完成させていたのだ。何らかの原因があり、その技術をその研究書の著者は放棄した
その技術自体は、その世界では希に見掛けることがあるが
リタはますます難しい顔をした
すると
『り、リタ!』
エステルの焦りと驚愕を孕んだ声音にリタははっと我に返り
『どうしたのエステル!』
『魔核が……』
『………?』
エステルの困惑した声に、魔核に視線を移す。リタはその光景に目を見張った
眩い光とともに、その魔核はまるで光の粒子のごとく散り、やがてそのサンプルを入れておいたケースだけが残った
『………うそ!?今の現象は………』
リタの額から嫌な汗が流れる。
『……消えてしまいました………』
エステルもまだ信じられないといった表情を浮かべていた。リタは慌てて解析したデータをライに渡された今までライが訪れた世界の構成成分、酸素濃度等、すべてのデータをメモリの中に保存する。
『唯一の手がかりだったのに!!いつもあと一歩のとこで……!!あぁあぁあ!!ムカつくわぁあぁあっ!!!』
これでは調べようにも調べることは出来なくなっていた
ただモニターの画面には解析したデータと、こう表記があるだけだった
成分に『第七音素』
この成分がある世界の元素の名前だけを残して
『こうなったら、ライに直接聴いてやるしかなさそうね!!』
リタはつい熱くなっているようだが、エステルは画面を見つめ
『……第七音素……オールド……ラン、ト……どこかの世界の名前、でしょうか?』
テルカ・リュミレースの文体でなんとかそう読めた文字である
オールドラントが仮に惑星の名前だとして、この『第七音素』という単語はリタもエステルも聞いたことはなかった。
おそらくライあたりなら、色々な世界に渡り歩いているはずなのでなにか分かるかも知れないが、生憎と今は彼は仲間と留守である
残っているのは、自分たちとリョウたちぐらいだろう
すると研究施設に、八雲が顔を出した
『リタさん、エステルさん、ライ先輩たち戻ってきましたよ。話があるそうなので、来てくれと』
八雲の呼び出しにリタが
『グッドタイミングだわ!いくわよ、エステル!』
『はい。ありがとうございます、八雲』
エステルの御礼ののち、リタとエステルはライたちがいる部屋に駆けていった
『慌ただしいな。』
ミレイシアは放置されたままの液晶に視線を向けてそう口にした
『まぁ後で戻ってくるんじゃないかな?』
『八雲、画面を見てくれ。おもしろいことが書いてある』
『おもしろいこと?』
八雲がミレイシアの横に並び、その点けっぱなしで放置されたままの液晶を見ると
『えっ!?あの魔核の成分が第七音素!!?……まさかあの魔核……』
『八雲、シャーレに入ってあった魔核がない。微妙に光ってる』
ミレイシアの指摘に、八雲は魔核が入ってあったシャーレに駆け寄った
『乖離してる……レプリカか……』
八雲は眉を顰めたのだった
エステルとリタが揃ったところで、コハクがいの一番に口を開いた
『…リチアが目を覚ましたのはいつぐらいなの?』
コハクの質問に、クンツァイトは少し考えたのち
『一月ほど前だ。』
『それって、この異変が起きたときとほぼ同時期じゃねぇか!』
ヒスイの言葉にクンツァイトは
『肯定。その時リチア様と自分は、ラプンツェルでガルデニアの観測をしていた。』
『ガルデニア?』
リョウが首をかしげた
ガルデニアとはかつてシングたちが戦った緋色の髪の魔王こと、クリード・グラファイトによって作られ、世界中のスピリアすべてを吸収できるまでに進化した巨大な女王ゼロムのことである
クリードのスピリアを模した擬似スピリアを搭載しており、彼の貪欲な『渇望』がそのまま反映されていた
そのため、2000年前に発動された際はすべてのスピリアを際限なく吸収してしまい、結晶界を白化させるという事態になった
その別名を『黒い月』といい、封印状態では球体だが、覚醒するにつれ暗黒の口を備えた蝶のような形態に変形する
『ガルデニアの観測をしていたときにあの地震が地上で起きた。それと同時にガルデニアに変化が起きた』
クンツァイトの淡々とした声音に、リルハとシングたち、そしてリョウたちは黙って彼の話を聞いた
『封印状態のガルデニアが再び活性化を始めたのだ。あの地震が起きたその数日後に』
『!!?』
クンツァイトの衝撃的な言葉にこの場にいた全員が目を見開いた
『待ってくれ、それはどういうことだ?たしかにここに来るまでに何度もゼロムを見掛けたが……』
確かに、ライやリョウたちもここにくるまでに何度もゼロムの存在、更にはそれに取りつかれた人間を目の当たりにしてきた。
ライの言葉に、今まで黙っていたリチアがリルハに身体を借りたようで
『そうです。つまりはガルデニアが復活しかかっているということ。このまま異変が続けば、間違いなく遠くない未来にあのときのような悲劇が……』
リチアの言葉に、その場にいた全員が絶望を露にした
『やっ…ヤバすぎるよそれ!!あんなものがまた復活したりしたら、また!!』
ベリルは頭を抱えて叫ぶ
『そんなこと絶対にさせない!せっかくこの世界の皆が新しい一歩を踏み出したばかりなのに!』
『つまりは、そのガルデニアってのが、また復活しようとしていて、このゼロムの大量発生はそれが原因だと、シングさんたちはそういいたいんですよね?』
ロリセの言葉に『そういうことだ』とカルセドニーが肯定の意を示す
『あれは2度と復活したらいけないんだ!!もし復活したら、リチアとお姉さんのフローラさんが報われないよ!』
シングの言葉にヒスイはこう返した
『なら、こいつらも連れて一回ラプンツェルまで行ってみねぇか?コランダームが今はあのガルデニアの管理コアだ。なにか分かるかも知れない』
何はともあれ、そのラプンツェルという場所にいけばなにか分かるかもということで、一行はその観測基地ラプンツェルに足を運ぶことになるのだった
『リタ、解析に回していたあの魔核はどうなってる?』
ライの質問に、リタはバツの悪そうな顔をした。
『解析の途中に霧散してなくなってしまったわ。跡形もなく』
どうやら、先ほどから不機嫌そうに眉間に皺を寄せていたのはそれが理由だったようだ
無理もあるまい。あと一歩のところで唯一の手がかりとも言えるそれが遠ざかってしまったのである
リタでなくとも、不機嫌にはなるだろう
『でも、解析画面にこう書いてありました。出所には【第七音素】と【オールドラント】という単語が』
エステルが引き継ぎ、その単語を口にした
『オールドラントと第七音素……』
ライが考えるそぶりを見せて、リタに視線を向けた
『確証がないことは口にしたくないの。もう少し調べさせて』
ライの視線にリタは溜め息混じりに返事をした
『かまわないよ。そっちは任せた』
ライの肯定に、リタは納得したのか腕を組んで、また思考に耽った
そして一番気になっていたことをグレイが聞き出した
『それと、何故あんたが俺の娘のスピリアに宿っていたのかをまだ聴いてなかったな』
グレイがリチアに向き直る
『…申し訳ありません。私も完全に覚醒したのは先日でした。私の肉体はクンツァイトのスピリアの奥深く、まだ深い眠りについていますが……』
リチアのどうと説明しづらそうな反応に、ヒスイが引きついだ
『リチアは前は、コハクのスピリアに宿っていた。さっき話したガルデニアがあるだろ?その全能力を制御できる管理コアだ。当時、っても2000年前だが……そのクリードってヤツから逃げ続け、戦い続けてきたんだ』
『いばらの森』という要塞と姉、フローラの力を得て、ガルデニアとゼロムを封じ込めてきたが、シングやライたちと旅をしていた時は寿命が尽きようとしており、封印力が低下していた
命が尽きる前にガルデニアを消滅させようとクリードや、その守護機士の女魔導師のインカローズに捕獲される危険を承知で宿主であったコハクとともに旅立った
そのガルデニアの消滅手段は自身をガルデニアと融合させ、自食消滅させるというものであった
ガルデニアの消滅を持って、死を覚悟していた彼女であったが、クンツァイトの申し出により、彼を宿主にして半永久的に眠りについていたはずだった
リチアは続ける
『そう。あれは異変が起きて間もないころ……その時でした。リルハがテルカ・リュミレースと言われる場所に舞い降りたのは』
それを聞いて、ライははっと目を見開いた
『あの時か!』
そう
ライにだけ聞こえたあの自分を呼ぶ鈴のようなどこか懐かしく、覚えのある声は、リチアのものだったのだ
それは恐らく、ソーマリンクによるものである。
ライたちが使うソーマには人々のスピリア同士を繋げ、結びつけるという機能がある。
シングたちはそのクリードとの戦いで幾度となくその力を手に、危機を乗り越えてきた
その暖かな無限の力は、シングやライたちに暖かな、そして強いスピリアの在り方を教えてくれたのだ
『私が彼女……リルハに宿ったのは、彼女の一番近くにライ、貴方がいたからですよ』
つまりはリチアは、ソーマリンクを通してライの存在を身近に感じたらしい。
リチアのスピリアがクンツァイトの中から何らかの干渉によってリルハのスピリアに転送させられたと言っている
『スピリア自体に干渉……』
ライの思案顔に、イネスが口を開き
『確証はないかもしれないけど、こんなことを出来るのはごく一部の者だけな気がするわ。例えば、リチアにもひけをとらない、腕の立つ思念術士……とかね』
イネスの言葉に、シングたちはまさかと思われる反応をした
『…思念術士…もしかしてインカローズ……』
コハクの言葉にはライが返した
『まぁ今までの戦いからするに、もう何が起きても驚きはしないけど』
『少しは驚けよ!タンパクだなぁ!ライは!』
ベリルの突っ込みに、ライは苦笑したのだった
『とりあえずまずはラプンツェルだね。そこにいるコランダームに話を聞きに……』
シングがそう言った直後、また激しい揺れが響いた
『うわわわっ!?また地震だ!!』
驚くベリルに、ライはまたなにかを感じた
『また何処かで、次元が裂けた!?』
『え……?』
ライの言葉に、横にいたリョウがライに視線を向けた
言っている間に、まだ揺れは続いている。ミシミシと地面が割れる嫌な音が響いた
『てかやべぇリョウ!!イネス!上条!御坂!早くこっちに!!』
と、ライが叫ぶが、地割れは鳴り止むことなくやがてその口をまるで龍の顎のごとく開いたまま、四人の足場を崩した。
亀裂の先に今正に落下しようとするイネスをライはその手を伸ばして掴んだ。御坂は上条に腕を掴まれ、なんとか耐えているがこれではそちらも時間の問題だろう
『重っ!……イネス……ちょっと最近太ったんじゃねぇか…』
『なっ……この状況でいきなり何言ってんのよ!離しなさい!貴方まで巻き込まれるわよ!』
それでもライはイネスのその手を離そうとはしなかった
『バカいえ!ここで離したら何処かわからない場所に飛ばされるだろ!偶然とはいえ、騎士やめて一番最初に俺を助けてくれたお前を見捨てるなんてできるか……!』
ライの言葉に、イネスは軽く目を見開いたが、ふと目を細め
『そっちこそバカ言わないで!私が好きでやったことなんだから…早く…離しなさい!彼らにはあんたが必要なの!落ちたからって死ぬわけじゃない!』
イネスの叱責に、ライは唇を血が滲むほど噛み締めた。シングが何か言っているようだったが、その声は音に掻き消されて聞き取れなかった
更に地震は続き、ライとイネスの身体を激しく揺らす
周りの仲間も、なんとかしてリョウやイネスたちを助けようとするが、激しい揺れのせいで、そこから動くことすら出来なかった。
助けは期待できそうにない
そうしている間に、お互いの手はどんどん滑り落ちていく
まるでその間にある二人の見えない糸を切り裂こうとでも言わんばかりに
…もう、限界だっ!!
『……私がいない間シングやここにいる仲間たちを……ラピスをお願い!プランスールで落ちあいましょう!』
イネスはどさくさに紛れて、ライの懐に何かを忍ばせ
ついにはイネスはその深い闇の中に飲まれていった
『イネスーーーーっ!!!』
ライの叫びはただ、深い闇に吸い込まれていったが、次はリョウがとんでもないことを口にした。いや、リョウだから、かもしれないが
『ライ!僕はイネスさんを追う!だから、安心して!生きてたらまた絶対逢えるさ!』
『リョウ!?てめえまで!?同じ亀裂に落ちたからって、同じ場所にたどり着くとは限らねぇんだぞ!?』
ライの一言にリョウは『それでもだよ!』と力一杯叫んだ
すると御坂の手を握っていた上条がなんとか口を開き
『なら、リョウが行くならオレも助けにいくまでだ!!わりぃ美琴!許してくれ!』
上条の言葉に、美琴はため息をついて
『わかったわよ!本当に当麻はお人好しなんだから!!しっかり守ってくれなきゃ痛いのかましてやるからね!』
果ては美琴までもが、自ら亀裂に飛び込むのを容認してしまった
しばらくライは迷いを見せるがやがて
『わかった!!お前らを信じる!!合流場所はプランスールだ!!イネスを頼んだ!!うまくやれよ!』
その一言を聞いたリョウたちは、満足そうに笑みを浮かべて、自らその亀裂に飛び込んでいった
やがて、正にそれを狙っていたかのように地震も揺れは止まり、そこには静寂だけが残された
『くっそぉ!!!』
シングが悔しそうに、床を叩いた
『シング落ちつけ!イネスなら大丈夫だ!』
カルセドニーが一先ず落ち着くように、シングを押さえた
『カル……そうだね。ごめん』
シングは頭をガシガシと掻いた
『シング、イネスはリョウたちが必ず連れて帰ってくるって約束してくれたよ。俺たちは俺たちで、できることをしよう』
ライは声を押さえてそう口にした
『ライ、口から血が……』
コハクが懐からハンカチを取りだし渡してくれた。ライはありがとうと、素直にそれを受け取った
『どうせリョウのことだから、自分から亀裂に飛び込んだんでしょ。相変わらず無茶苦茶なんだから』
リタが軽くため息をついたのを、エステルは苦笑しながら見つめていた
『なら、そのラプンツェルって場所にいけば、何か分かるかも知れないのね』
今まで黙っていたルーシィが口を開く
『そうだな。ガルデニアの異変と地震の関連性もどうやらたまたまじゃなくなっちまったらしいからな』
ヒスイである
『肯定。ラプンツェルに行けば何かしらわかるだろう』
クンツァイトも肯定の意を示す
『ならば、すぐにリアンハイトで向かうとしよう。』
カルセドニーがバルハイトを起動しようとした時だった
『?』
ウィンルがピクリと何かを気取った。
ウィンルは魔物であるので、周りの気配にはかなり敏感である
『ウィンル、どうしたの?』
ライラがウィンルに視線を移した直後、その声は追い討ちをかけるよう谺した
『残念ながらラプンツェルはすでに壊滅している。お前らが追っている奴らの仕業でな』
『!?』
この場所にいる存在以外の声が響き、ライは視線を向けるが力が高まる感覚がした
声が聞こえた方から黒い波動が自分たちを狙って飛んでくる
ライは咄嗟に思念結界を張り、その衝撃を受け流した
『こ、今度は何よ!!』
リタだ。
『……やるじゃねぇか兄さん。確実に仕留める一撃を軽く受け流しちまうなんざ、できるな』
煙が晴れたと同時に、リタたちの目の前に見えた光景はすでに武器を抜き放ち、思念結界の術式を起動したライの姿だった
『…感傷に浸ってる暇はなさそうだな。カル!!全員連れて今すぐラプンツェルに向かえ!!ここは俺が引き受けた!!』
『まさか一人でやる気か!?リョウといい、お前といい全く無茶な!』
カルセドニーが怒鳴るが、ライは苦笑するだけだった
少なくとも目の前に現れた男は、自分たちに友好的ではないのはこの場にいる全員が察していたが
『いいから!後で必ず追い付く!』
カルセドニーはライの一言にしばらく瞬順したのち
『わかった。まぁお前なら大丈夫だろう。……全員乗り込め!』
カルセドニーは素早くバルハイトをリアンハイトにエボルブさせ、ライ以外の仲間たちを半ば強引に押し込んだ
リョウだってどことも知らない場所に飛ばされているかもしれない
ならば自分にできることはただ1つしかなかった
自分以外の仲間を、ラプンツェルに送り届け、真偽を確認させなくては
『ライ!!必ず!必ずラプンツェルの皆を助けてみせるから!!』
シングの言葉を背に、ライはふと笑みを浮かべた
やがて希望の名を冠する飛行艇『リアンハイト』は一気に上空へと翼を広げ、ラプンツェル目指して遥か上空に飛び立っていった
『……逃がしちまったか。まぁいいさ』
尚も下がろうとしない目の前の男に
『そうか?俺から見たらあいつらをわざと見逃したように見えたんだが?』
ライはいつでも一撃を放てるように構え直した
目の前の男は何も答えることなく、ただ不敵に笑うだけだった
それに、先にカルセドニーたちを行かせたのには、ちゃんとした理由があってのことだ。そう。男が放ったあの一撃は、魔術、思念術とも違う力だった
ライにはその力には覚えがあった
『ある種族』のみが行使できる能力そのものだった
俺の推測が正しければ、あの力はおそらく………
ならばこちらもやることは1つだった
高まるその『力』とともに、ライのすぐ横に、その蒼の少女は舞い降りた