バレンタインにおける多重観点とその相違
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「藤真。お前は少し女心に理解がなさすぎる。反省しろ」
「お前に言われたくねえよ! じゃあお前には女心がわかるってのかよ! 彼女もいないくせに、えらそうに俺に説教してんじゃねえよ!」
「…………」
花形の目の奥が、冷たく光った気がした。
藤真はごくりと息を呑むと、バツが悪そうに悪態をついて、どかっと椅子に腰を下ろす。
「……口が過ぎた。悪かった」
「わかればいい」
抑揚なくそう言うと、花形も藤真の隣りに腰を下ろす。
幾分その目元がいつもの花形に戻った気がして、藤真も少しだけ素直な気持ちになった。
それを察したのか、花形がゆっくりと唇を持ち上げる。
「藤真。お前は少し即物的すぎる。確かにチョコはチョコかもしれないが、お前にそれをくれる女の子は、みんなお前への想いをそのチョコに込めるんだ。それを受け取るということは、その女の子たちの気持ちを受け取るということにもなるし、逆にあいつのチョコを受け取らないということは、あいつの気持ちを拒否するということになる。まあ、この場合だとあいつを振ったことになるのか」
「……は?」
きつく眉根を寄せて、藤真はあんぐりと口を開けた。
「んだよ、それ。振ってねぇし」
「わかってる。でも、あいつはそう取ってはいないだろうな」
「というか、そもそもチョコ受け取る受け取らないってことが、そんな大きな話になんのかよ。告白されたわけでもなし。飛躍しすぎじゃねぇの、それって。俺はただ大好物もらってるだけだろ」
「……この件に関しては、お前の感覚のほうが少し一般的なものよりずれていると自覚したほうがいい」
「んだよそれ知るかよ。世間が俺にあわせろよ」
剣呑な事を呟いて、藤真はチッと何度目かわからない舌打ちをする。
花形がそれを見て、少しだけ表情を緩めた。
「今回は観念して、お前が世間にあわせるんだな。じゃないと、大切なものを失うことになるぞ」
「…………」
「さっき、結花がお前に振られたと思って泣いていた」
「……花形になんか泣きついてんじゃねえよ、あのやろう」
「こちらから言わせてもらえば、結花を泣かせてんじゃねぇぞこのやろう、ってところだな」
口真似とはいえ、普段の花形の丁寧な言葉遣いからはかけ離れたそのせりふに、藤真はぎょっと花形を凝視した。
花形は意味ありげに口の端を持ち上げると、さも今思い出したといわんばかりにわざとらしく言う。
「ああ、そうだ。お前に渡そうと思っていたらしいチョコ、結花が俺にくれると言っていたんだが一応断っておいたぞ」
「! 花形、てめぇ……っ!」
「後はお前の腕の見せ所だな。あ、と、忘れるところだった。結花から伝言だ。明日、新監督と初顔合わせがあるそうだ。じゃ」
「あ、おい、花形!」
花形は言うだけ言うと、もうこちらを振り返りもせずにすたすたと教室を出て行った。
藤真は忌々しそうにそれを見送って、チッと舌打ちをする。
結花が、自分あてのチョコを花形にあげようとした……だと?
おもしろくない。断じておもしろくない。
あの時は衝動的に『お前のチョコはいらない』と言ってしまったが、ほんとうは一番欲しいに決まっているじゃないか。
「っくそ。わかってねぇのはどっちだよ、あのバカ!」
唇の裏でそれだけ呟くと、藤真は机に突っ伏した。
次の授業が終われば放課後、部活の時間だ。
その時になったら、真っ先に結花のもとへ向かおう。そう心に決めて、藤真は気持ちを落ち着けるようにゆっくりと瞳を閉じた。