バレンタインにおける多重観点とその相違
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花形は感情の読み取れない表情でそう言うと、今度こそほんとうに参考書を読み始めた。
空気のように存在を消しているけれど、絶対にひとりにはしないとその姿勢が語ってくれている。
それがとてもうれしくて、心強かった。
「ありがと、透……っ!」
「……ああ」
結花は喘ぐ喉でなんとかそれだけ言うと、体の中をすべてからっぽにするように声をあげて泣いた。
結花が去った後、ロッカーのチョコを紙袋に詰めなおす気にもならなくて、藤真は仏頂面で自分の席に着いた。
騒動を遠くから眺めていた高野に、心配そうに声を掛けられたけれど、相手をする余裕など今はない。
不機嫌に視線だけを寄越してやれば、ヒッと喉の奥で小さな悲鳴をあげて、高野は逃げるように自分の席に戻っていった。
チャイムが鳴って、教師がやる気なさそうに教室に入ってくる。
自由登校になって、生徒もまばらな教室。
最近では遊びのような授業も多くなってきているし、推薦組の藤真からすれば、出席していること自体で全ての役割を終えたも同然のようなものだ。
教師がやろうとしていることになど興味が湧かず、遠慮のない態度で藤真は視線を窓の外に投げる。
必死で別のことを考えて気を紛らわせようとしても、常に瞳の奥にはさっきの結花の顔がちらついてしょうがなかった。
(チッ。なんだってんだよ……)
心の中だけで、藤真は忌々しそうに舌打ちをする。
(チョコをもらうことが、そんなに悪いことなのか!? くれるってんだからもらってるだけじゃねぇか。それの何がいけねえんだよ。モノはモノだろ!)
胸のうちで、どんなに悪態をついてみても、気が晴れない。
むしろそうすればするほど結花の泣き顔がくっきりと色濃くなっていって、心に巣くった黒い感情はいっそう広がるばかりだった。
「よお、藤真。随分ご機嫌斜めだな」
その時、ふと自分に陰がさした。顔をあげると、すぐ横に花形が立っていた。
「あ、花形?」
どうしてここに。
「授業なら、さっき終わったぞ」
「……あ?」
言われて時計を見ると、確かにもう休み時間をまわっていた。
全然気づかなかった。
まだ状況がうまくつかめていない様子の藤真を見て、花形が咎めるように瞳を細める。
その目を見て、花形がなぜここに来たのか藤真は瞬間的に理解した。
花形が、珍しく怒っている。
結花と花形は、同じクラスだ。きっと結花から事情を聞いて来たのだろう。
結花と花形は、妙に仲がいい。気の置けない親友である花形の、唯一気に入らないところだった。
「なんだよ」
「お前のほうが、俺より詳しく用件がわかってると思ったが」
「お前の、そういう訳知り顔が気にいらねえ」
「奇遇だな。俺も、お前のそのどうしようもないバカさ加減が気に入らないと思っていたところだ」
「あ、なんだと!?」
遠慮なく貶されて、藤真は大きく椅子を鳴らして立ち上がった。
自分ではきつく睨みつけているつもりでも、容赦ない身長差のせいで見上げる形になってしまうのが、余計藤真の苛立ちを助長させた。
花形は感情の読みとれない冷たい瞳を静かに藤真に注いで、淡々とした調子で言う。