バレンタインにおける多重観点とその相違
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
低く抑えた声でなんとか返事をする結花を見て、花形が小さく嘆息する。
「藤真と、なにかあったのか?」
「…………」
「あいつが結花を怒らすようなことをした?」
「…………」
「たとえば、今年もバカみたいにチョコをもらいまくっている……とか」
表情を読み取られないように、視線を合わせることもせず、頑なに前を向いて沈黙を保っていたのに、ずばりと言い当てられて、結花は思わず花形を振り返ってしまった。
花形は読んでいた本を閉じると、優しく目元をゆるめて、結花を見る。
「大丈夫か?」
「……透ぅううう!」
花形が天使に見えた。
ぼろぼろと、それまで堪えていた涙が結花の頬をぬらしていく。
花形はそれを見て困ったように瞳を細めると、静かに立ち上がった。
ぽんとそれまで読んでいた参考書を開いて、結花の頭の上に乗せる。
「次の授業は……政経か。ちょうどいい。受験で使わない教科だ。部室に行くか?」
花形の問いに、こくこくと頷くだけで答える。
花形の優しさは、いつも紳士でスマートだ。
涙を他のクラスメイトから隠すように頭に乗せてくれた参考書も、受験が控えている花形を気遣うことなく結花が甘えられるよう配慮してくれたそのせりふも、すべてが結花の涙腺を刺激する。
藤真とケンカした直後だっただけに、余計に花形の優しさが身に染みた。
席を立った花形に先導されるようなかたちで、結花はその後ろをついていく。
途中、なんとなく周囲の生徒たちの視線を感じたけれど、もうそんなのどうだってよかった。
こちらからは彼らの表情は見えなかったし、なによりも、ただでさえ目立つ図体をした有名人の花形透の後を、頭に分厚い参考書を乗せた女子生徒がついていくなどという奇怪な構図に注目するなというほうが無理がある。
せめてもの救いといえば、今は自由登校期間で三年の校舎棟には生徒が少ないということだろうか。
花形も、人の少ないルートを選んで部室に向かってくれているのがわかる。
沈んだ結花の心が、少しだけ温かくなった。
「ありがとう」
部室棟について中に入ると、結花はまずそう口にした。
頭の上の参考書を花形に差し出すと、それを受け取った花形が驚いたように目を丸くして、すぐに瞳を和らげた。
「首、大丈夫だったか? 参考書乗せたままだったんだな。これ、かなり重量あるからきつかっただろ」
「ううん、大丈夫。泣き顔見られるよりはマシ」
「そうか。ならよかった」
言いながら花形は部室の真ん中に四つくっつけて並べられた机のひとつに近寄ると、ゆっくりとした動作でそこに腰掛けた。
それに引っ張られるようにして、結花も花形の前に腰を下ろす。
花形はちらりとそんな結花を一瞥すると、手元の参考書を開いた。
けれどその目が文字を追っていないことに気づいて、結花は微笑する。
三年間、共に歩んできた絆は薄くない。
じっと注目されるよりもこの方が結花が話しやすいことをわかって、わざとそうしてくれているのだ。
かたく強張っていた心がするすると解かれていく。
「健司にね、今日の朝、わたし以外のチョコ、もらわないでねってお願いしたの」
「ああ」
本に目を落としながら、花形が相槌をうつ。
後押しされるように、結花は喋り続けた。
「だけどね、健司、そのお願い聞いてくれなかった。聞いてくれないどころの騒ぎじゃなかったんだよ。ビジネスカバンが二個縦に入っちゃうような、おっきな紙袋いっぱいに女の子からのチョコもらってて」
「……それは、また……」
花形が顔を上げて虚空を見つめると、呆れたように数度まばたきした。
「藤真と、なにかあったのか?」
「…………」
「あいつが結花を怒らすようなことをした?」
「…………」
「たとえば、今年もバカみたいにチョコをもらいまくっている……とか」
表情を読み取られないように、視線を合わせることもせず、頑なに前を向いて沈黙を保っていたのに、ずばりと言い当てられて、結花は思わず花形を振り返ってしまった。
花形は読んでいた本を閉じると、優しく目元をゆるめて、結花を見る。
「大丈夫か?」
「……透ぅううう!」
花形が天使に見えた。
ぼろぼろと、それまで堪えていた涙が結花の頬をぬらしていく。
花形はそれを見て困ったように瞳を細めると、静かに立ち上がった。
ぽんとそれまで読んでいた参考書を開いて、結花の頭の上に乗せる。
「次の授業は……政経か。ちょうどいい。受験で使わない教科だ。部室に行くか?」
花形の問いに、こくこくと頷くだけで答える。
花形の優しさは、いつも紳士でスマートだ。
涙を他のクラスメイトから隠すように頭に乗せてくれた参考書も、受験が控えている花形を気遣うことなく結花が甘えられるよう配慮してくれたそのせりふも、すべてが結花の涙腺を刺激する。
藤真とケンカした直後だっただけに、余計に花形の優しさが身に染みた。
席を立った花形に先導されるようなかたちで、結花はその後ろをついていく。
途中、なんとなく周囲の生徒たちの視線を感じたけれど、もうそんなのどうだってよかった。
こちらからは彼らの表情は見えなかったし、なによりも、ただでさえ目立つ図体をした有名人の花形透の後を、頭に分厚い参考書を乗せた女子生徒がついていくなどという奇怪な構図に注目するなというほうが無理がある。
せめてもの救いといえば、今は自由登校期間で三年の校舎棟には生徒が少ないということだろうか。
花形も、人の少ないルートを選んで部室に向かってくれているのがわかる。
沈んだ結花の心が、少しだけ温かくなった。
「ありがとう」
部室棟について中に入ると、結花はまずそう口にした。
頭の上の参考書を花形に差し出すと、それを受け取った花形が驚いたように目を丸くして、すぐに瞳を和らげた。
「首、大丈夫だったか? 参考書乗せたままだったんだな。これ、かなり重量あるからきつかっただろ」
「ううん、大丈夫。泣き顔見られるよりはマシ」
「そうか。ならよかった」
言いながら花形は部室の真ん中に四つくっつけて並べられた机のひとつに近寄ると、ゆっくりとした動作でそこに腰掛けた。
それに引っ張られるようにして、結花も花形の前に腰を下ろす。
花形はちらりとそんな結花を一瞥すると、手元の参考書を開いた。
けれどその目が文字を追っていないことに気づいて、結花は微笑する。
三年間、共に歩んできた絆は薄くない。
じっと注目されるよりもこの方が結花が話しやすいことをわかって、わざとそうしてくれているのだ。
かたく強張っていた心がするすると解かれていく。
「健司にね、今日の朝、わたし以外のチョコ、もらわないでねってお願いしたの」
「ああ」
本に目を落としながら、花形が相槌をうつ。
後押しされるように、結花は喋り続けた。
「だけどね、健司、そのお願い聞いてくれなかった。聞いてくれないどころの騒ぎじゃなかったんだよ。ビジネスカバンが二個縦に入っちゃうような、おっきな紙袋いっぱいに女の子からのチョコもらってて」
「……それは、また……」
花形が顔を上げて虚空を見つめると、呆れたように数度まばたきした。