笑顔の奥
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「ありがとう」
なんの計算もなく素直にそう言ってくれた宗一郎の言葉に、結花の顔が思わず笑顔になった。
嬉しい。こんな風に褒められたのははじめてだ。
宗一郎が結花の笑顔を見て一瞬驚いたような表情を見せる。が、すぐに笑顔を返してくれた。
「……うん」
どこかはにかんだようなその微笑に、結花もまた顔をほころばせた。
高校に入学してから、はじめて心から笑顔になれた気がした。
それをきっかけに、結花と宗一郎はよく話すようになった。
結花が困っているとき、宗一郎は必ず助けてくれた。
授業で誰かとペアにならなくてはいけないのに相手が見つからなくて困っている時、先生にプリントの整理を頼まれてひとりで放課後遅くまで居残っていた時、どこからか宗一郎がひょっこりと現れて、手助けをしてくれる。
今日もまた、結花は宗一郎に助けられていた。
先生に教室の時計の電池を交換してくれるよう頼まれたのだが、身長が女子の標準サイズの結花は時計に届かず、なんとか教卓の上に乗って時計を取ろうとしているところに宗一郎が来たのである。
宗一郎は手近にあったイスに乗ってひょいと時計を取ると、
「教卓の上に乗るなんて危ないよ。そんな無理しないで、俺を呼べばいいのに」
と、電池貸してと手を差し出してきた。
結花はそれにぶんぶんと首を横に振る。
「そ、そんなことできないよ! それに、取ってもらっただけでもう充分だよ。ありがとう。あとはわたしひとりでも出来るから」
「ふうん? 電池交換して、それでまた時計をあそこに戻せるんだ? ひとりで?」
からかうように言われたその言葉に、グッと喉が詰まる。
そうだ。すっかり忘れていた。電池を交換したらまたあそこに戻さないといけないんだった。
結花はしゅんと肩を落とす。
「できません……」
「でしょ? 俺もまた教卓の上に登るなんてそんな危ないこと柏木さんにさせたくないし。はい、わかったら電池貸して」
せめてそれくらいは自分でとも思ったけど、宗一郎の有無を言わせない笑顔を見て、結花も観念したように電池を差し出した。
宗一郎はよくできましたとそれを受け取って手早く電池を交換すると、また時計を元の位置に戻す。
「はい、おしまい」
手のほこりを払いながら言う宗一郎に、結花は頭を下げた。
「ありがとう、神くん。すごく助かりました」
「どういたしまして。そんなかしこまらなくていいのに。もっと普通にしてよ」
「そんなわけには……っ」
ぎょっと身を引く結花に、宗一郎がおかしそうに笑う。
「はは、なんで? 俺たちクラスメイトじゃない」
「でも、わたしはいつも神くんに迷惑かけてばかりで……」
結花はそっと目を伏せる。
宗一郎もきっと、ほんとうは迷惑だと感じているに違いない。
そう考えると胸が詰まった。
もっとうまく行動できたら。もっと器用になれたら。
いつも憧れるばかりで、からだは思うように動いてはくれない。
どうして自分はこんなにもだめなんだろう。これだからいつもいつもだれにもあてにされないのだ。
きっと宗一郎にもそのうち愛想をつかされてしまうに違いない。