笑顔の奥
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あ、と思った時には遅かった。
結花の腕の中から、するりと抱えていたものが滑り落ちる。
教科書。ノート。アルトリコーダー。
音楽への移動教室の最中、ぼんやりとしていたらついつい手がお留守になってしまった。
どうしてわたしはこう鈍くさいんだろう。情けない気持ちになって、結花は今しがた落としたものを拾い集める。
少し遠くまで転がってしまったアルトリコーダーに手を伸ばそうとした時、少し早く別の手がそれを拾い上げた。
「はい、これ。大丈夫?」
頭の上のほうから掛けられた優しい声音。結花はその響きにハッと顔をあげる。
「あ、神……くん……」
クラスメイトの神宗一郎が優しい微笑を浮かべてリコーダーを差し出してきていた。
「だ、大丈夫! ありがとう」
恥ずかしいところを見られてしまった。
咳き込むようにお礼を言って、ひったくるようにして宗一郎からリコーダーを受け取る。
結花の態度に驚いて目を丸くしている宗一郎をそのままに、結花は脱兎のごとくその場を逃げ出した。
「うあーん、またやっちゃったー!」
結花は学校から帰ると、自分の部屋で勢い良くベッドに突っ伏した。
昼間の宗一郎に対する自分のあの態度。なんてひどい態度だろう。せっかく宗一郎が好意で拾ってくれたというのに。
拾ってくれて嬉しかったのに。
気遣ってくれて嬉しかったのに。
「うう……。どうしよう、みぃちゃん」
結花はベッドの上に転がっていたうさぎのぬいぐるみを手に取った。
ころんとベッドに横になって、顔の前に掲げたぬいぐるみに話しかける。
けれどぬいぐるみが答えてくれるわけはなくて、結花の部屋に冷たい沈黙だけが落ちた。
むなしい。
ぼふっと顔の上にぬいぐるみを落として、両手を力なくベッドに投げ出す。
「どうして、ちゃんとありがとうって言えないんだろう……」
どんくさくて、たいした取り柄もない自分。
いつもいつも人目を気にして怖がって、なにもできない自分。
クラスにだっていまいち馴染めなくて、そんな自分にも宗一郎だけは普通に接してくれるのに。
もしかしたら、これでもう宗一郎にも嫌われてしまったかもしれない。
「…………」
でも、それでもいいような気がした。そのほうが気が楽だ。
だって人と関わるのがこわい。
海南大附属高校の生徒はみんな理性的で、結花が周りに馴染めないからといっていやがらせをされたりすることなどないけれど、小学校中学校ではそれなりに嫌なこともされてきた。
いじめとくくってしまうほど大げさなものではなかったけれど、でもそれと同じくらい心は傷つくものだ。
笑顔の、その裏に潜むものがこわい。
向けられた好意が、ほんとうに心からの好意だとは限らない。
人は、表面ではいくらだって装うことができる。
結花はそれを嫌というほど知っていた。
(神くんがそんなことする人とは思えないけど……)
それでもまだ、結花はこわかった。
結花の腕の中から、するりと抱えていたものが滑り落ちる。
教科書。ノート。アルトリコーダー。
音楽への移動教室の最中、ぼんやりとしていたらついつい手がお留守になってしまった。
どうしてわたしはこう鈍くさいんだろう。情けない気持ちになって、結花は今しがた落としたものを拾い集める。
少し遠くまで転がってしまったアルトリコーダーに手を伸ばそうとした時、少し早く別の手がそれを拾い上げた。
「はい、これ。大丈夫?」
頭の上のほうから掛けられた優しい声音。結花はその響きにハッと顔をあげる。
「あ、神……くん……」
クラスメイトの神宗一郎が優しい微笑を浮かべてリコーダーを差し出してきていた。
「だ、大丈夫! ありがとう」
恥ずかしいところを見られてしまった。
咳き込むようにお礼を言って、ひったくるようにして宗一郎からリコーダーを受け取る。
結花の態度に驚いて目を丸くしている宗一郎をそのままに、結花は脱兎のごとくその場を逃げ出した。
「うあーん、またやっちゃったー!」
結花は学校から帰ると、自分の部屋で勢い良くベッドに突っ伏した。
昼間の宗一郎に対する自分のあの態度。なんてひどい態度だろう。せっかく宗一郎が好意で拾ってくれたというのに。
拾ってくれて嬉しかったのに。
気遣ってくれて嬉しかったのに。
「うう……。どうしよう、みぃちゃん」
結花はベッドの上に転がっていたうさぎのぬいぐるみを手に取った。
ころんとベッドに横になって、顔の前に掲げたぬいぐるみに話しかける。
けれどぬいぐるみが答えてくれるわけはなくて、結花の部屋に冷たい沈黙だけが落ちた。
むなしい。
ぼふっと顔の上にぬいぐるみを落として、両手を力なくベッドに投げ出す。
「どうして、ちゃんとありがとうって言えないんだろう……」
どんくさくて、たいした取り柄もない自分。
いつもいつも人目を気にして怖がって、なにもできない自分。
クラスにだっていまいち馴染めなくて、そんな自分にも宗一郎だけは普通に接してくれるのに。
もしかしたら、これでもう宗一郎にも嫌われてしまったかもしれない。
「…………」
でも、それでもいいような気がした。そのほうが気が楽だ。
だって人と関わるのがこわい。
海南大附属高校の生徒はみんな理性的で、結花が周りに馴染めないからといっていやがらせをされたりすることなどないけれど、小学校中学校ではそれなりに嫌なこともされてきた。
いじめとくくってしまうほど大げさなものではなかったけれど、でもそれと同じくらい心は傷つくものだ。
笑顔の、その裏に潜むものがこわい。
向けられた好意が、ほんとうに心からの好意だとは限らない。
人は、表面ではいくらだって装うことができる。
結花はそれを嫌というほど知っていた。
(神くんがそんなことする人とは思えないけど……)
それでもまだ、結花はこわかった。
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