キミのいろんな顔が見たいんだ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
貸してたノートが返ってきた。
結花はそれを開いて、状態を確認する。
途端に目に飛び込んできたのは、なんともへったくそな落書きの数々だった。
結花はそれを見て拳を硬く握り締めた。
あいつめ。直接じゃなく無言で机の上にノートを置いていったのはこのせいか。結花は心の中で舌打ちをする。けしからんことこのうえない。
ギリッと歯を鳴らすと、立ち上がり足音も荒く教室の後方へ向かった。
目的の人物の背後に立つと、その耳をつまみあげ、大声で叫ぶ。
「寿ぃいいいい! あんったなんってことしてくれんのよー!」
「うおおおお!?」
結花の彼氏、三井寿の情けない叫び声が教室に響きわたった。
放課後の教室。結花と寿は、仲良く並んで机に向かっていた。
寿が机にへばりつくようにして書いているノートを横から覗き込んで、結花は辛辣に指摘する。
「ちょっと。そこの字、読めない。なんて書いてあんの? もっと心を込めて丁寧に書いてよ」
「ったく。っるせぇなあ! 読めりゃいいだろ読めりゃ!」
「だから読めないって言ってんじゃないのよ! あのね! だいたい誰のせいでこんなことやってると思ってんのよ! わたしは毎日毎日ちゃあんと授業にも出席して、眠りもせずにこつこつこつこつとノートを取っているのに! 誰の! せいで! こんな! ことに! なってんの!?」
結花は寿の耳を引っ張ると、そこへ向けてご丁寧に一文節ずつ区切って叫んでやった。
寿はうるさそうに身をよじって、ぶうぶうと唇を尖らせる。
その後頭部を忌々しそうに叩いて、結花はフンと鼻から息を吐き出した。
結局、返ってきたノートは使い物にならなかった。というより、そこかしこと意味のない落書きだらけで、使いたくないというほうが正しい。
おバカな寿は、なんとまだ結花が手をつけていない空白のページにまで落書きをしていたのだ。
そこに書かれていた安西監督とやらの似顔絵が、やたらめったら愛情こもっていて上手かったのがやけに憎らしい。
同い年の赤木剛憲なんて、完全にゴリラとして描かれていたのに。
(どうせ描くなら、愛しの彼女の似顔絵とかにしてくれればかわいげもあるのに)
結花は、ぱらぱらと使えなくなったノートをめくりながら思う。
寿には新しく買ってこさせたノートに、これまでの範囲を書き写させていた。
滅多に字を書かないからか、手が痛くなったとぼやく寿がちょっぴりかわいそうに思えたけれど、ここで仏の顔を出すわけにはいかない。
写し終えたのはまだたったの二ページだ。何ページにも渡って落書きができたのだから、それくらいでへこたれさせてなるものか。
ほだされそうになった心を引き締めて、結花は引き続き寿のノート写しの監視をする。
と。
「なあ」
ふいに寿が顔をあげた。
「なに?」
不機嫌に返事をすると、寿がバツが悪いように目を伏せて、尖らせた唇でぼそぼそと言った。
「悪かったよ。そろそろ機嫌直せよ」
「却下ね」
「なんで。そんなに怒ることかよ」
「怒ることでしょ! 授業寝てたって言うからノート貸してやったのに、なんっでそれに落書きなんてしてんのよ! そもそも返し方からしてなってないのよ! 素直に謝って返してくれるならともかく、黙って机の上に置くなんて、犯人は寿しかいないのにバッカじゃないの!? 何分間か怒られるの回避したところで、結局あとで倍怒られるのがオチでしょうが!」
「ったく、るっせぇなあ」
寿がまるで反省していないような口ぶりで言う。
けしからんとさらに説教してやろうとしたそのとき。
「――!」
ふいに、結花の言葉が途切れた。
目の前には真っ黒な寿の髪。
唇にはやわらかな感触。
(キ、キス……っ!)
我に返ると、結花は勢い良く寿を突き飛ばした。
羞恥で滲んだ涙を瞳にためて、寿を睨みつける。
「ちょ、いきなりなにすんのよ! ここ教室……」
「だれもいねぇよ」
寿は結花に覆いかぶさるように体勢を立て直すと、結花の耳元で艶っぽく囁いた。
結花のからだに緊張が走る。
寿が楽しそうに唇を持ち上げた。
「なんでお前のノートに落書きしたか教えてやろうか」
「な、なんでよっ」
なけなしの気合を振り絞って、結花は目の前に迫る三井の二つの目を睨み返す。
その双眸が悪戯に光った。
「お前の、怒った顔が好きだから」
「!」
カッと全身が熱くなった。
寿が骨ばった大きな手を結花の頬に添える。
「だけど、こんな風に照れた顔は、もっと好きだ」
親指の腹で頬をそっと撫でられる。
ぐらっと上体が傾いだ。
結花の席は窓際の、ちょうど柱になってる場所だ。
自分の席に座って寿のノート写しを監視していたはずの結花の背が、寿に体重をかけられてその柱に触れる。
ばくばくと焦ったように心臓が速くなった。
(まさか。いくらなんでも、こんなところでってのはないよね……!?)
戸惑う結花をよそに、寿は再び唇を寄せてくる。
「ちょ、寿! ま……っ」
「待たない」
食い止めようとした右手を寿に掴まれて、そのまま強引に口づけられた。
そのまま寿の唇が首もとに滑ってくる。
身をよじって抵抗しても、がっちり体を押さえつけられていてどうにもできなかった。
「ちょ、寿! や……だ!」
「じゃあ、オレのこともう許すよな?」
寿が手を止めて、結花をじっと見つめた。
結花はそれに盛大に顔をしかめる。
「は!?」
「だから、ノートのこと。もう許すよな?」
「それとこれとは話が別でしょ!」
「……あっそ」
「うわ、ちょっと寿!」
寿は据わった目で言うと、再び手を動かしはじめた。
結花は必死で腕をつっぱって、寿の体を押しのける。
だめだ。びくともしない。
結花のからだを冷や汗が流れた。
まさかほんとうにこんなところでするつもりだろうか。
(ひぃいー、絶対にいや!)
だけど、寿は確実に結花に迫ってきている。
諦めにも似た気持ちで、結花はぎゅっと目を閉じた。
と、耳元で寿が甘く囁いた。
「許すか?」
軽く耳をはまれ、結花の頭が羞恥と焦りと混乱で白くなった。
もうこれから解放されるのならなんでもいい。
「ゆっ、許す! 許すから離れてよっ!」
「絶対だな?」
「絶対!」
「二言はないな?」
「ないわよっ! ないから離れて~っ!」
何度も問答を繰り返してやっと信用したのか、寿がにんまりとした表情で結花から体を離した。
「卑怯者!」
満足げなその顔に向けて、結花は叩きつけるように言う。
寿が、おっ、という表情で結花を見た。
「な、なによ」
「いや、その悔しそうな顔もかわいいなと思って」
「! バ、バカ!」
殴ってやろうと振り上げた拳は、むなしく空を切った。
きぃっと地団駄を踏む結花の横で、寿がごそごそと部活へいく準備を始める。
そのカバンの中に、先ほど寿が写していた途中のノートが放り込まれて、結花は目を丸くした。
それは、結花が許したからもう写さないんじゃないのか。
「あれ、寿、ノート」
「ああ。もう部活はじまっちまうから、家でやる」
「え? だってノートを写すのがいやだから許して欲しかったんじゃないの?」
わけがわからない。
首を捻る結花に、寿が呆れたように瞳を細める。
「バーカ。言っただろ、お前の照れた顔が好きだって。お前の色んな表情見たくてやったに決まってんじゃんか。というわけで、ノートは責任持ってちゃんと書いてきてやる。少しくらい字がきたねぇのは見逃せよな。じゃーな!」
それだけ言うと、寿は颯爽と吹き抜ける春の風のように、爽やかな笑顔を残して教室を去っていった。
一人残された教室で、結花はがっくり膝をつく。
悔しい。完全に手のうちで転がされている。
(でも、それが少し嬉しい……なんて、わたしもちょっと重症かもしんない……)
結花は重いため息をつくと、寿の部活を見に行くために自分も帰り支度を始めた。
結花はそれを開いて、状態を確認する。
途端に目に飛び込んできたのは、なんともへったくそな落書きの数々だった。
結花はそれを見て拳を硬く握り締めた。
あいつめ。直接じゃなく無言で机の上にノートを置いていったのはこのせいか。結花は心の中で舌打ちをする。けしからんことこのうえない。
ギリッと歯を鳴らすと、立ち上がり足音も荒く教室の後方へ向かった。
目的の人物の背後に立つと、その耳をつまみあげ、大声で叫ぶ。
「寿ぃいいいい! あんったなんってことしてくれんのよー!」
「うおおおお!?」
結花の彼氏、三井寿の情けない叫び声が教室に響きわたった。
放課後の教室。結花と寿は、仲良く並んで机に向かっていた。
寿が机にへばりつくようにして書いているノートを横から覗き込んで、結花は辛辣に指摘する。
「ちょっと。そこの字、読めない。なんて書いてあんの? もっと心を込めて丁寧に書いてよ」
「ったく。っるせぇなあ! 読めりゃいいだろ読めりゃ!」
「だから読めないって言ってんじゃないのよ! あのね! だいたい誰のせいでこんなことやってると思ってんのよ! わたしは毎日毎日ちゃあんと授業にも出席して、眠りもせずにこつこつこつこつとノートを取っているのに! 誰の! せいで! こんな! ことに! なってんの!?」
結花は寿の耳を引っ張ると、そこへ向けてご丁寧に一文節ずつ区切って叫んでやった。
寿はうるさそうに身をよじって、ぶうぶうと唇を尖らせる。
その後頭部を忌々しそうに叩いて、結花はフンと鼻から息を吐き出した。
結局、返ってきたノートは使い物にならなかった。というより、そこかしこと意味のない落書きだらけで、使いたくないというほうが正しい。
おバカな寿は、なんとまだ結花が手をつけていない空白のページにまで落書きをしていたのだ。
そこに書かれていた安西監督とやらの似顔絵が、やたらめったら愛情こもっていて上手かったのがやけに憎らしい。
同い年の赤木剛憲なんて、完全にゴリラとして描かれていたのに。
(どうせ描くなら、愛しの彼女の似顔絵とかにしてくれればかわいげもあるのに)
結花は、ぱらぱらと使えなくなったノートをめくりながら思う。
寿には新しく買ってこさせたノートに、これまでの範囲を書き写させていた。
滅多に字を書かないからか、手が痛くなったとぼやく寿がちょっぴりかわいそうに思えたけれど、ここで仏の顔を出すわけにはいかない。
写し終えたのはまだたったの二ページだ。何ページにも渡って落書きができたのだから、それくらいでへこたれさせてなるものか。
ほだされそうになった心を引き締めて、結花は引き続き寿のノート写しの監視をする。
と。
「なあ」
ふいに寿が顔をあげた。
「なに?」
不機嫌に返事をすると、寿がバツが悪いように目を伏せて、尖らせた唇でぼそぼそと言った。
「悪かったよ。そろそろ機嫌直せよ」
「却下ね」
「なんで。そんなに怒ることかよ」
「怒ることでしょ! 授業寝てたって言うからノート貸してやったのに、なんっでそれに落書きなんてしてんのよ! そもそも返し方からしてなってないのよ! 素直に謝って返してくれるならともかく、黙って机の上に置くなんて、犯人は寿しかいないのにバッカじゃないの!? 何分間か怒られるの回避したところで、結局あとで倍怒られるのがオチでしょうが!」
「ったく、るっせぇなあ」
寿がまるで反省していないような口ぶりで言う。
けしからんとさらに説教してやろうとしたそのとき。
「――!」
ふいに、結花の言葉が途切れた。
目の前には真っ黒な寿の髪。
唇にはやわらかな感触。
(キ、キス……っ!)
我に返ると、結花は勢い良く寿を突き飛ばした。
羞恥で滲んだ涙を瞳にためて、寿を睨みつける。
「ちょ、いきなりなにすんのよ! ここ教室……」
「だれもいねぇよ」
寿は結花に覆いかぶさるように体勢を立て直すと、結花の耳元で艶っぽく囁いた。
結花のからだに緊張が走る。
寿が楽しそうに唇を持ち上げた。
「なんでお前のノートに落書きしたか教えてやろうか」
「な、なんでよっ」
なけなしの気合を振り絞って、結花は目の前に迫る三井の二つの目を睨み返す。
その双眸が悪戯に光った。
「お前の、怒った顔が好きだから」
「!」
カッと全身が熱くなった。
寿が骨ばった大きな手を結花の頬に添える。
「だけど、こんな風に照れた顔は、もっと好きだ」
親指の腹で頬をそっと撫でられる。
ぐらっと上体が傾いだ。
結花の席は窓際の、ちょうど柱になってる場所だ。
自分の席に座って寿のノート写しを監視していたはずの結花の背が、寿に体重をかけられてその柱に触れる。
ばくばくと焦ったように心臓が速くなった。
(まさか。いくらなんでも、こんなところでってのはないよね……!?)
戸惑う結花をよそに、寿は再び唇を寄せてくる。
「ちょ、寿! ま……っ」
「待たない」
食い止めようとした右手を寿に掴まれて、そのまま強引に口づけられた。
そのまま寿の唇が首もとに滑ってくる。
身をよじって抵抗しても、がっちり体を押さえつけられていてどうにもできなかった。
「ちょ、寿! や……だ!」
「じゃあ、オレのこともう許すよな?」
寿が手を止めて、結花をじっと見つめた。
結花はそれに盛大に顔をしかめる。
「は!?」
「だから、ノートのこと。もう許すよな?」
「それとこれとは話が別でしょ!」
「……あっそ」
「うわ、ちょっと寿!」
寿は据わった目で言うと、再び手を動かしはじめた。
結花は必死で腕をつっぱって、寿の体を押しのける。
だめだ。びくともしない。
結花のからだを冷や汗が流れた。
まさかほんとうにこんなところでするつもりだろうか。
(ひぃいー、絶対にいや!)
だけど、寿は確実に結花に迫ってきている。
諦めにも似た気持ちで、結花はぎゅっと目を閉じた。
と、耳元で寿が甘く囁いた。
「許すか?」
軽く耳をはまれ、結花の頭が羞恥と焦りと混乱で白くなった。
もうこれから解放されるのならなんでもいい。
「ゆっ、許す! 許すから離れてよっ!」
「絶対だな?」
「絶対!」
「二言はないな?」
「ないわよっ! ないから離れて~っ!」
何度も問答を繰り返してやっと信用したのか、寿がにんまりとした表情で結花から体を離した。
「卑怯者!」
満足げなその顔に向けて、結花は叩きつけるように言う。
寿が、おっ、という表情で結花を見た。
「な、なによ」
「いや、その悔しそうな顔もかわいいなと思って」
「! バ、バカ!」
殴ってやろうと振り上げた拳は、むなしく空を切った。
きぃっと地団駄を踏む結花の横で、寿がごそごそと部活へいく準備を始める。
そのカバンの中に、先ほど寿が写していた途中のノートが放り込まれて、結花は目を丸くした。
それは、結花が許したからもう写さないんじゃないのか。
「あれ、寿、ノート」
「ああ。もう部活はじまっちまうから、家でやる」
「え? だってノートを写すのがいやだから許して欲しかったんじゃないの?」
わけがわからない。
首を捻る結花に、寿が呆れたように瞳を細める。
「バーカ。言っただろ、お前の照れた顔が好きだって。お前の色んな表情見たくてやったに決まってんじゃんか。というわけで、ノートは責任持ってちゃんと書いてきてやる。少しくらい字がきたねぇのは見逃せよな。じゃーな!」
それだけ言うと、寿は颯爽と吹き抜ける春の風のように、爽やかな笑顔を残して教室を去っていった。
一人残された教室で、結花はがっくり膝をつく。
悔しい。完全に手のうちで転がされている。
(でも、それが少し嬉しい……なんて、わたしもちょっと重症かもしんない……)
結花は重いため息をつくと、寿の部活を見に行くために自分も帰り支度を始めた。
1/1ページ