はじまりの感触
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「あ、結花ちゃん。これ、越野。さっき話してたオレのダメな知り合い」
「だからんな紹介の仕方すなっ!」
再び仙道にゲンコツをお見舞いすると、越野は気を取り直すように咳払いをひとつする。
「どうも、営業二課の越野です。仙道とは高校からの付き合いで、同期なんだ。よろしくな。それと、こいつの言ったことあんま真に受けんなよ? こいつ、昔っからいい加減なんだよな。いっつもへらへら笑ってのらりくらりと生きてきてっから。なのに、人並み以上の成果をあげちまうから本気でむかつくんだけどな」
言いながらもう一度越野は仙道の頭をぽかりと殴った。
仙道が痛いなぁもうと情けない声をあげて眉尻を下げる。
「で。なんでオレの昔話なんてしてたんだよ」
首を傾げる越野に、結花はさっきの顛末を話して聞かせた。
越野が、ふむ、と眉間に深く皺を刻んで呟いたかと思うと、すぐに大きくため息をつく。
「なるほどなぁ。確かにそりゃ、ひでえ話だよなあ」
「ですよね! だって明らかに悪いのは向こうですし!」
「だよな! だいたい、おかしいと思うならその意志を貫き通せなんて、んなの無理に決まってるっての! 何年か働いてるやつならまだしも、まだ日数も浅い新入社員にそんなこと言ったって、できるわきゃねぇだろ!」
「ですよねー! 嬉しい! 越野さんって話がわかる!!」
結花は立ちあがると、越野とがっちりと握手を交わした。
そんな二人を、仙道が呆れたように見つめる。
「ちょっとちょっと、越野。結花ちゃんに変なこと吹き込まないでよ」
「ぁあ!? 変なことなんて吹き込んでねぇだろ! それがまかり通ってるこの世の中が変なんだよ」
「そうですよ!」
息巻く越野に賛同するように、結花も声を張り上げる。
仙道は困ったように嘆息すると、お昼の載っていたお盆の裏側で、思いっきり越野の頭を叩いた。
「いたっ! 仙道、てめぇなにしやがる!」
仙道は聞く耳持たずでお盆をテーブルに戻すと、がっちりと固く繋がれていた結花と越野の手を乱暴にほどいた。
「なにしやがる、じゃないでしょ。越野の言ってることも、結花ちゃんの言ってることもわかるよ。わかるどころか、はっきり言ってオレだってそれが正論だと思ってるよ。だけど、大人の世界って正論が必ずしも通るわけじゃないだろ? むしろ、通らないことの方が多い。越野だって、それをもう充分わかってるはず」
仙道の瞳がきつく絞られる。
越野がグッと言葉につまった。
「それは……そうだけどよ」
「残念だけど、オレらが生きてる今の世の中は不条理の塊なの。キング オブ 不条理。そこで生きてかなきゃいけなんだから、なんの役にも立たない正論振りかざして同調しあったってしょうがないだろ。結花ちゃんがこの先余計会社でやりにくくなるだけだ」
「あー、もう。わかったよ。確かにお前の言うとおりだよ。こえーから珍しく本気で怒んなって。オレが悪かった」
越野はがしがしと後ろ頭を乱暴に掻き毟ると、結花に向き直る。
「まあ、悔しいけど仙道の言うとおりだ。だけど、愚痴っちゃいけないっていうわけじゃねぇから。なんかあったらまたオレんとこ来いよ。いつだって話聞いてやるし、お前のこともできるだけ守ってやるから」
「越野さん……!」
なんていい人なんだろう。
再び越野と握手を交わそうと結花は手を差しだした。
と、その手をにゅっと横から伸びてきた仙道に掴まれた。
驚いてそちらを見ると、仙道がにっこりと不敵に微笑む。
「ダメだよ、結花ちゃん。越野なんて頼っちゃ。結花ちゃんを守るのはオレの役目なんだから」
「――え?」
仙道はそれだけ言うと、まるで中世の騎士が姫に誓いを立てるときのように結花の手の甲に唇を押し当てた。
「――!!」
その柔らかな感触に、結花の思考が停止する。
驚いた越野が仙道をひどく叱っていたようだったけれど、結花の耳にはその声は聞こえてこなかった。
なんかもしかして、これって恋の予感……?
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