はじまりの感触
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「そう怒るなって。――ほら、あの人、典型的なダメ上司だからさ。自分の非を認めないんだよ。ああいう相手には、自分が悪かろうと悪くなかろうと、とにかく謝っちゃうに限る」
それが世渡りの秘訣だよ、なんて仙道が憎らしいくらい爽やかにウインクをした。
結花はそんな仙道をじっとりと睨みつける。
そんなの納得いかない。悪くないのに非を認めるなんて、どうしてそんなことまでしてうまく世の中を渡らなくちゃいけないのか。
思いのままに仙道に感情をぶつけると、仙道はどこか昔を懐かしむような穏やかな笑顔を浮かべた。
「はは。うんうん、そうだよね。いいな、それ。その、まだ染まってない感じ」
「……もしかして、バカにしてます?」
「まさか。ただ、懐かしいなって思っただけだよ」
結花を見つめるその瞳が、結花でなく、仙道の胸のうちにあるなにかを見ているかのように緩く細められる。
もしかして、仙道も昔はそうだったのだろうか。
結花のように、間違ってることは間違ってると、そう主張していた時があったのだろうか。
「仙道さんも、昔はわたしみたいだったんですか?」
「オレ? オレは変わらないよ。昔っから世渡りだけは上手かったから」
「…………」
じゃあいったい何が懐かしいんだ。
(もしかして、やっぱりバカにされてる……?)
結花の眉間に、ぎゅっと皺が寄る。
「オレじゃなくてさ、オレの知り合いに同じようなやつがいてさ」
「知り合い……ですか?」
「そう」
頷くと、そのことを思い出したのか、仙道がくくくと愉快そうに肩を震わせて笑い始めた。
「そいつさ、すっごいマジメで、世話焼きで、口うるさいやつでさ。やっぱり結花ちゃんみたいに、曲がったことが許せない性分のやつなんだ。はは、入社当時はすごかったなー。しょっぱなから上司に食ってかかってさ。ほんと、おもしろかったんだよな~」
内容が内容なだけに、なんとなく他人事と思えなくて、まるで自分が笑われているような気分だった。
不愉快そうに鼻に皺を寄せる結花には気づかずに、仙道が腹を抱えて本格的に笑い始めた、そのとき。
仙道の後ろに、人影が立った。
「あ」
その人は、胸の前でこぶし固めると、それをなんの躊躇もなく仙道の頭に振り下ろした。
がつんと耳を覆いたくなるような音がして、仙道の顔がぐえっと呻き声をあげながら前に倒れる。
「うわわ、せ、仙道さん! 大丈夫ですか!?」
「いったぁ……! だれだよ! ……って、あら。越野……」
殴られたところを押さえて苛立ち紛れに背後を振り返った仙道が、ぴしっとまるで石にでもなったみたいに固まった。
そのままだらだらと冷や汗をかきながら、へらっと愛想笑いを浮かべる。
「おお、越野もお昼? よかったら隣り座る?」
「よかったら隣り座る? じゃねぇよ! てめぇ、なに人の恥ずかしい過去を話してやがる!」
越野が怒りを抑えきれないというように、声を張り上げた。
仙道がうるさそうに顔をしかめてそれに反論する。
「えー、だって結花ちゃんが越野とおんなじような失敗しそうだったからさ。ダメな社会人の見本として越野の話を……」
「すなっ! だいたいオレはダメな社会人の見本じゃねぇだろ! ダメなのは非を認めねえ上のほうだろうが! ……まあ、今はだいたい世の中そんなもんだって諦めはじめちまった、オレもオレだけどな……」
越野はぶつぶつと悔しそうに独り言を呟くと、仙道の隣りのイスをひいてどかっと腰をおろした。
それを見届けて、仙道が思い出しように結花に向き直る。