はじまりの感触
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言うと、仙道は再びこちらを見ずに歩きだす。
「あ、ちょっと待ってください仙道さん! 話はまだ終わってないんですよ!」
結花は慌てて前を行く仙道の後を追いかけた。
お昼休みより少し早めだからか、社員食堂はいつもより人が少なかった。
結花は15品目の和食膳を、仙道は生姜焼き定食ご飯大盛り、てんぷらうどん、サラダを持って窓際近くのテーブルにつく。
「へえ。さっすが女の子。選ぶものが健康的だね」
「……仙道さんはなんですか、その見るからに胸焼けしそうな数のご飯は」
結花は目の前に並べられた仙道のお昼を見て口をへの字に曲げた。
一体そんなに食べて、午後からの勤務に支障がでたりしないんだろうか。
いぶかしむような眼差しでじっと見つめていると、仙道が眉尻を下げて笑う。
「はは。これくらい普通だって。これでも若い頃よりは食べる量が減ってるんだよ」
「うげえ、ほんとうですか?」
「ほんとうです」
仙道はしれっと言うと、いただきますと両手を合わせてお昼ご飯を食べ始める。
結花もそれにならうようにしてご飯を食べ始めた。
おかずの中で一番苦手なゴーヤチャンプルを口に運ぶ。
思わず顔をしかめたくなるほどの苦味が口内にじんわりと広がって、それに刺激されたように、さっきの上司とのやりとりが脳裏をかすめた。
『ふん。次からは気をつけるんだな』
ふんぞり返って忌々しそうにそう吐き捨てた上司の声が、すぐ耳元でよみがえる。
屈辱と悔しさが込み上げてきて、結花の鼻の奥をつんと刺激した。
仙道はどうして事情も聞かずに結花を謝らせたりしたんだろう。
もっと、こちらの言い分にもしっかり耳を傾けてくれてもいいのに。そうしたら、きっと仙道だって結花は悪くないってわかってくれるはずなのに。
(それともやっぱり、仙道さんは最初っからわたしのことなんか信じてないのかな……)
仙道にまるで信用されていない自分がなんだかひどく情けなく思えて、喉元まで熱い何かが込み上げてきた。
結花は必死でその熱を飲み下す。
どうしてこんなにも落ち込んだ気分なのかが、いまはっきりとわかった。
(わたし……きっと……)
自分が上司に不当に怒られたことよりも、仙道に話を聞いてもらえなかったことが、なにより信じてもらえなかったことが悲しかったんだ。
仙道は入社してから今までずっと、優しく結花のことを見守ってくれていた。
時に厳しく指導されることもあったけど、さっきみたいな凍てつくような冷たい瞳で見られたことなど一度もない。
その眼差しを思い出して、結花の胸がぎしりと音を立てて痛んだ。再び喉元に熱が迫ってきたけど、今度はそれをうまく押し返すことが出来そうにない。
視界が揺らめいて、その雫がこぼれてしまいそうになったとき、再び頭に仙道の手が触れた。
驚いて顔をあげると、仙道が慈しむような光を瞳に浮かべて、結花を優しく見つめていた。
「せん……どう、さん?」
まぶたの裏によみがえっていた冷たい眼差しとのギャップに戸惑いながらその名を呟くと、仙道がやわらかく瞳を細めた。そして、結花の傷ついた心を優しく包み込むようなあたたかい声を出す。
「さっきは事情も聞かずにごめんな」
言葉とともに、わしわしと頭を撫でられる。
驚きで引っ込んでいた涙が、不意の優しさに触れて再び結花の瞳に盛り上がった。
「いまさら……なんですか……」
拗ねた気持ちになって吐き出した言葉に、仙道が微笑した。