はじまりの感触
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「もがっ」
吐き出される予定だった言葉が、情けないくぐもった音になって掌に消えていく。
状況がまったくつかめず、驚いて目を白黒させている結花の上から、のんびりした声がした。
「いやー、すみません。こいつがなんかやらかしたみたいで」
教育係の仙道だ。
仙道は上司にへらっと困ったような笑顔を向けると、結花の口を塞いでいた手をそのまま結花の後頭部へ持っていき、無理矢理結花の頭を下げさせる。
「ほら、お前もちゃんと謝れ」
「! な、なんでですか! だって……!」
仙道の言葉に、結花は愕然とした。
どうしてこんなやつに謝罪なんか。こっちはなんにも悪くないのに。
反論してやろうと、押さえつけられた手の下から仙道を見て、結花は息を呑んだ。
そこにはいつもの優しい仙道はいなかった。厳しい表情で結花を見つめ、そのきつく絞られた瞳が結花に早く謝罪をするよう、冷たく促してきている。
「……っ」
どうして。結花の胸中にさまざまな思いがうずまいた。
どうして話を聞いてくれないんだろう。どうしてわたしをかばってくれないんだろう。どうして。どうして。
だけど、はじめて見る仙道の怖いくらいに尖った瞳におされて、結花は悔しい思いを噛み締めながら、なるべくその感情を出さないように謝罪を口にする。
「……申し訳、ありませんでした」
「ふん。次から気をつけるんだな」
さもえらそうに踏ん反りかえって言う上司に、結花の胸に言いようのない感情が込み上げた。
もう心の中はいろんな感情が入り混じってぐちゃぐちゃだ。
どうして、仙道は謝れなんていったんだろう。
わたしは全然悪くなんてないのに。
どうして。
顔をあげたら瞳にたまった涙がこぼれてしまいそうで、しばらく自分のつま先を見つめて歯を食いしばっていると、ぽんと頭にあたたかくて大きな手が触れた。
きっと仙道の手だ。
触らないでと払いのけてしまいたかったけれど、体が感情に追いつかない。
しばらくそのままおとなしくしていると、その手が肩に移動して、優しく結花のからだを押した。
「じゃあ、こいつにはよく言って聞かせておきますんで。ほんとうにすみませんでした」
「まったく。仙道、しっかり指導してくれよ」
「はは。はーい」
ひょこっと気のないように仙道は頭を下げると、そのまま上司の前から歩き出す。
いくぞというようにポンと背中を叩かれ、結花もその後に慌てて続いた。
「……仙道さん。どうして謝ったりなんかしたんですか。わたしは全然悪くないのに」
自分のデスクに近づいたところで、結花は今にも爆発してしまいそうな感情を押し殺すようにして仙道に訊ねた。
振り返った仙道が、結花の小さく尖らせた唇を見て、おもしろそうに表情を崩す。
「はは。いかにも不満ですって顔だな」
「実際不満なんです! ……わたし、悪くないのに」
俯きがちにボソッと呟くと、仙道のあたたかな手が頭に触れた。
「ん、わかってるよ」
ウソだ。信じてくれなかったくせに。
仙道はそのままそこを優しく撫でると、壁に掛かった時計を見て、よしと小さく呟いた。
「少し早いけど、昼にしよっか。結花ちゃん、ご飯は?」
「あ、今日は社食にしようかと」
「よし、じゃあ今日はオレが奢るよ。行こう」