はじまりの感触
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「なんでですか!? だってそれはわたしのミスじゃないじゃないですか!」
お昼休みを終えて活気を取り戻したオフィス。その一角で、一段とにぎやかな声があがった。
過分に怒りを含んで放たれた聞き馴染みのあるその声音に、仙道は条件反射のようにそちらを振り返る。その瞬間目に飛び込んできた光景に、思わずあんぐりと口を開けた。
「あらぁ。あいつ、なにやってんだ」
そこでは入社して三年目になる仙道が初めて教育係としてついた新卒の女の子が、上司に真っ赤な顔で牙を剥いていた。
結花は怒っていた。
たぶん、こんなはらわたの煮えくりかえるような思いは、人生で初めてなんじゃないだろうか。
深呼吸してみても、頭の中にどんなに楽しいことを思い浮かべてみても、ふつふつと沸きあがるマグマのような怒りを抑えることが出来ない。
ぎりっと奥歯を噛み締めると、結花は目の前の人物をにらみつけた。
薄くなった頭髪に、まんまるのあぶらぎった顔。だらしなくたるんだ頬と顎の肉に、からだをくるむようにしてついた質の悪そうな脂肪。肉団子のような、見てるだけで暑苦しい風体をした、忌々しい上司。
結花の鋭い刃物のような視線に怯むこともなく、目の前の上司は不快そうに眉をしかめると、ふうと大きくため息を吐いた。
侮蔑の光を瞳に浮かべ、結花にちらりと目を向ける。
これだからいまどきの若いモンは。
顔にそう書いてあるのがありありと見てとれて、結花は噛み締めた奥歯にさらに力を入れた。
ギシッと歯が軋む嫌な音が、骨を通して耳の奥で響く。
くやしい。
わんわんとその言葉だけが頭の中いっぱいに反響した。
目の前の肉団子が、いかにももっともらしい言葉を並べ立てて、結花を責めたてていく。
だけど、その言葉は結花の耳の横を通り過ぎるだけで、ひとつとしてとらえることができない。
だって自分のせいじゃないのに。
事の発端は、一枚の発注用紙だった。
送り主は結花が入社してからずっと担当していた会社で、ここからの注文はいつも決まっていてあまり変動がない。
それなのに、昨日受け取った発注用紙には、いつも注文される商品数よりも、ゼロがひとつ多かった。
もしかしたら突然多数要りようになったのかもしれないけれど、それにしたって、今まで10だったものがいきなり100も必要になるだろうか? これは明らかに先方のミスだ。
思って結花は上司に確認を取った。
この日は、いつも面倒を見てくれている教育係の仙道が、所属している実業団のバスケの試合で会社を休んでいて、だから一足飛びで仕方なしに上司に相談しにいったのに。
上司はあの時たしかに、『先方が100というなら100なのだろう。余計なことは考えず、いいから早く判子を押して事務へもって行け』と言った。
だから、その内容に首を捻りながらも、事務に発注を頼んで来たというのに。
それなのに!
「だいたい、その口の聞き方はなんだ! まだ入りたてのひよっこのクセに生意気な。そもそも、確認を取るほどおかしな発注なんだとしたら、なぜ自分で責任を持ってその意志を貫こうとしない! 簡単に引き下がっておいて、その責任を上司になすりつけようとするなど、なんて新人だ!」
(はあ!?)
目の前の肉団子が、醜い巨体を揺らしながら信じられない言葉を次々と吐き出してゆく。
結花の体が小さく震えだした。
恐怖からではない。これは悔しさと怒りからくる震えだ。
なんて身勝手な言い分だろう。
こんなことをのうのうと臆面もなく言えるなんて。そんな人が上司だなんて。
(信じられない……!!)
結花はギリッと奥歯を噛み締めた。
もうクビになってもいい。
就職氷河期の今、次の働き口が見つかる自信なんて全然ないけど、でもだけどそれでも、こんな腐った上司の下で何年も働くよりはよっぽどいい。
そう考えて、結花が肉団子を罵倒してやろうと大きく息を吸い込んだ時だった。
突然、後ろから現れた大きな手に、結花の口は塞がれた。
お昼休みを終えて活気を取り戻したオフィス。その一角で、一段とにぎやかな声があがった。
過分に怒りを含んで放たれた聞き馴染みのあるその声音に、仙道は条件反射のようにそちらを振り返る。その瞬間目に飛び込んできた光景に、思わずあんぐりと口を開けた。
「あらぁ。あいつ、なにやってんだ」
そこでは入社して三年目になる仙道が初めて教育係としてついた新卒の女の子が、上司に真っ赤な顔で牙を剥いていた。
結花は怒っていた。
たぶん、こんなはらわたの煮えくりかえるような思いは、人生で初めてなんじゃないだろうか。
深呼吸してみても、頭の中にどんなに楽しいことを思い浮かべてみても、ふつふつと沸きあがるマグマのような怒りを抑えることが出来ない。
ぎりっと奥歯を噛み締めると、結花は目の前の人物をにらみつけた。
薄くなった頭髪に、まんまるのあぶらぎった顔。だらしなくたるんだ頬と顎の肉に、からだをくるむようにしてついた質の悪そうな脂肪。肉団子のような、見てるだけで暑苦しい風体をした、忌々しい上司。
結花の鋭い刃物のような視線に怯むこともなく、目の前の上司は不快そうに眉をしかめると、ふうと大きくため息を吐いた。
侮蔑の光を瞳に浮かべ、結花にちらりと目を向ける。
これだからいまどきの若いモンは。
顔にそう書いてあるのがありありと見てとれて、結花は噛み締めた奥歯にさらに力を入れた。
ギシッと歯が軋む嫌な音が、骨を通して耳の奥で響く。
くやしい。
わんわんとその言葉だけが頭の中いっぱいに反響した。
目の前の肉団子が、いかにももっともらしい言葉を並べ立てて、結花を責めたてていく。
だけど、その言葉は結花の耳の横を通り過ぎるだけで、ひとつとしてとらえることができない。
だって自分のせいじゃないのに。
事の発端は、一枚の発注用紙だった。
送り主は結花が入社してからずっと担当していた会社で、ここからの注文はいつも決まっていてあまり変動がない。
それなのに、昨日受け取った発注用紙には、いつも注文される商品数よりも、ゼロがひとつ多かった。
もしかしたら突然多数要りようになったのかもしれないけれど、それにしたって、今まで10だったものがいきなり100も必要になるだろうか? これは明らかに先方のミスだ。
思って結花は上司に確認を取った。
この日は、いつも面倒を見てくれている教育係の仙道が、所属している実業団のバスケの試合で会社を休んでいて、だから一足飛びで仕方なしに上司に相談しにいったのに。
上司はあの時たしかに、『先方が100というなら100なのだろう。余計なことは考えず、いいから早く判子を押して事務へもって行け』と言った。
だから、その内容に首を捻りながらも、事務に発注を頼んで来たというのに。
それなのに!
「だいたい、その口の聞き方はなんだ! まだ入りたてのひよっこのクセに生意気な。そもそも、確認を取るほどおかしな発注なんだとしたら、なぜ自分で責任を持ってその意志を貫こうとしない! 簡単に引き下がっておいて、その責任を上司になすりつけようとするなど、なんて新人だ!」
(はあ!?)
目の前の肉団子が、醜い巨体を揺らしながら信じられない言葉を次々と吐き出してゆく。
結花の体が小さく震えだした。
恐怖からではない。これは悔しさと怒りからくる震えだ。
なんて身勝手な言い分だろう。
こんなことをのうのうと臆面もなく言えるなんて。そんな人が上司だなんて。
(信じられない……!!)
結花はギリッと奥歯を噛み締めた。
もうクビになってもいい。
就職氷河期の今、次の働き口が見つかる自信なんて全然ないけど、でもだけどそれでも、こんな腐った上司の下で何年も働くよりはよっぽどいい。
そう考えて、結花が肉団子を罵倒してやろうと大きく息を吸い込んだ時だった。
突然、後ろから現れた大きな手に、結花の口は塞がれた。
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