指先 ver.仙道
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連絡先を、もらってしまった。
結花はひとり自分の部屋で受け取った紙を見つめる。ノートの切れ端に、丁寧に書かれた電話番号とメールアドレス、そして名前。
『もしよかったら連絡して』
そう言って爽やかに笑って、この紙だけを渡して去っていたその人の顔を思い出す。
一方的に連絡先を渡されるのは、選択の自由を与えられているようで、その実、ひどく残酷な行為なんじゃないだろうか。
じっとその紙を見つめながら、結花は考える。
相手はこちらの連絡先を知らないぶん、こちらから連絡をしなければ、それすなわち拒絶になってしまうし、それはあまりにもひどい気がする。かといって、今までそんなに話したことない相手に、いきなりメールを送るのにも勇気がいる。それならいっそ、連絡先を交換して相手からの出方を待つ方が数倍マシだ。
どうしよう。
唇から、もう何度めになるかわからない重いため息が漏れる。
結花はそのため息に乗せて肺の中の空気を全て吐き出すと、その紙を折り畳んだ。
今日はもう悩むのはやめだ。寝よう。
そう心を決めると、部屋の電気を消して布団に潜り込んだ。
「うーっす」
気怠げな様子で、幼なじみの越野宏明が教室に入ってきた。
結花は席を立つと、待ってましたと言わんばかりに宏明に駆け寄って挨拶とともにその腕をむんずと掴む。
「おはよう、宏明! ちょっと付き合って!」
「うえぇ、おい、結花!?」
とっさのことで抵抗するタイミングを逃した宏明を、結花はぐいぐいと廊下の先へ引っ張っていく。
「おい、なんだよ結花。どこ行くんだよ。もうHRはじまるだろ」
「いいの、今日はサボり。そんなことよりわたしの相談に乗って!」
「はあ? 相談ってなんだよ!」
「それは着いたら話す」
言って、宏明の腕を引く力を強めた。
宏明は観念したように息を吐くと、「わかったよ、自分で歩くから離せよ」と優しく結花の腕を引き剥がした。こういう時の結花には何を言っても無駄だと、長年の経験で知っているのだ。
不機嫌そうな顔で、それでも黙って結花の横を歩く宏明を満足げに見ながら、結花は足を速める。
目的地は屋上だ。陵南高校の屋上は一般開放されていないけれど、立ち入り禁止の貼り紙がしてあるだけでなぜかそのドアに鍵はかかっていなかった。そのことを知る生徒は少なく、屋上には滅多に人が来ない。相談にはうってつけの場所だ。
階段を登って、目的のドアを開ける。
横の宏明が、驚いたように口を開いた。
「あれ? 鍵開いてんのか?」
「そうなんだよー! びっくりでしょ?」
得意になって言うと、宏明が結花に続いて屋上に出ながら、眉を寄せる。
「なんでお前はそんなこと知ってんだ?」
「んー。前にすっごく嫌なことがあって海を見たくなってね。屋上からなら見えるんじゃないかなーなんて思って、試しにここに来てみたら開いたの。それからたまに来てるけど、ここが閉まってたこと一回もないんだ」
「ふうん。なるほどな。じゃあ今度からお前が消えた時はここを探しにくればいいってわけか」
「えっ。いいよ、探しに来なくて」
「なんでだよ」
「だっていない時はサボりたい気分の時だし! 宏明来たら無理にでも教室に連れてくじゃん!」
「当たり前だろ! 学生の本分は勉強なんだから!」
「ええ~……」
そうだった。宏明はまじめなやつだった。
違うところで相談すればよかったと結花が後悔し始めた時、宏明が小さくボソリと言う。
「まあ、そん時お前がつらそうだったら、俺も付き合ってやるからよ」
「――宏明っ!」
結花の胸に喜びが広がる。その衝動の任せるままに、結花は宏明に抱きついた。
「ありがとうっ! 大好きっ!」
「はいはい、わかったよ」
ぎゅっと抱きつく結花を嫌そうに引き剥がして、宏明が結花に向き合う。
「で? 相談ってなんだよ」
その宏明の言葉に、結花は表情を引き締めた。
「うん。あのさ、仙道くんってどんな人?」
「はあ!? 仙道!?」
訊ねたら、宏明がすごく嫌そうに顔をしかめた。
「んだよ、仙道って。お前今まであいつに全然興味なかったじゃねえか。まさか好きとか言うんじゃないだろうな」
「ち、違うよ! そういうんじゃなくて!」
「じゃあなんなんだよ」
不機嫌そうに、宏明がぐいと結花に顔を近づける。結花はウッとそれにたじろいだ。負けじと口を開く。
「実はね。昨日、仙道くんから連絡先をもらったの」
「は? なんでだよ」
「それをわたしに聞かないでよ。わたしだって不思議なのに。……だから、仙道くんってどんな人なのか教えて欲しくって。宏明仲良いでしょ?」
仙道彰は、強豪で有名なバスケ部において、二年生にしてエースを獲得した有名人だ。バスケの技術はさることながら、その甘いマスクでも校内の人気を欲しいままにしている。
結花も宏明の応援でよくバスケ部の試合を見に行っているから、仙道の顔と名前は知っているけれど、人となりまでは知らない。
だから、近くにいる宏明に聞いてみることにしたのだ。
「どんな人か……ねえ。ちなみにそれ、連絡したのかよ?」
「ううん。まだ」
「じゃあ絶対やめとけ」
「なんで?」
宏明が友達のことを悪く言うなんて珍しい。仙道はよっぽど悪い人なんだろうか。
目を丸くする結花に、説明するのもめんどくさいと言うように宏明が顔をしかめる。
「なんでって、決まってんだろ。お前が泣きをみるからだよ」
「……な、なんで?」
本格的に訳がわからなくて、結花は眉根をよせた。
結花が仙道を好きで連絡したいという話ならわかるけれど、そうでないのになぜ結花が泣きをみるのだ。さっぱりわからない。
「なんでって……。とにかく! ろくなことにならないからやめとけ」
宏明の剣幕に、結花の頭の中に疑問符が踊る。
普段、口を開けば仙道のことを褒めているくせに。
たしかに、だらしないところもあるらしく、宏明が迷惑を被っている部分が多くあるようなことはよく愚痴を言われて知っているけれど、でもその物言いも親しさのうえに成り立つものだ。
普段の宏明の言動からは、仙道への友情と信頼が見え隠れしているのに、なんでなんだろう。
釈然としないものの、そこまで宏明が言うならとわかったと答えようとした時。
「ひどいなあ」
ふいに、のんびりとした声が上から降って来た。
「!?」
驚いた結花と宏明が、同時に声のしたほうを見上げる。
屋上の、給水塔のある一段高くなっている場所。そこから、話題の人、仙道彰がひょっこり顔を出して、ひらひらと手を振っていた。
「せ、仙道くん!?」
「仙道!?」
二人、ほとんど同時にその名を呼ぶ。
はあいと気の抜けた返事をして、仙道がひょいと下に降りて来た。
「な、なんでいるんだよ」
「んー? いやあ、昨日、結花ちゃんから連絡くるかなあなんて考えてたら、どきどきして眠れなくなっちゃって。寝不足だからここでちょっと寝ようかな、なんて思ってたとこ」
にこにこと仙道が言う。
その内容に、結花は慌てた。どうやら随分気を揉ませてしまっていたみたいだ。
「ごめん仙道くん。ちょっとどうしていいかわからなかったから」
「うん、いいよ。結花ちゃんは気にしないで」
優しく笑って仙道が言う。
その笑顔を見ながら、結花はしみじみ良い人だなあと思った。
連絡先をもらっておきながら、連絡をしなかった結花を責めることもなく、優しく笑って許してくれる。
結花には、仙道がとても良い人に見える。
そうなってくると、宏明がなぜあんなにも止めたのかが謎だった。
「おい、仙道。どういうつもりだよ」
「うん? なにが?」
仙道がわからないというように小さく首をかしげる。
宏明が苛立たしげにチッと舌打ちをした。
「結花のことだよ。お前、連絡先渡したって。いったいどういうつもりなんだよ?」
「どうもなにも……。恋、しちゃったんだよね、オレ。結花ちゃんに」
ふいに目をまっすぐ見て言われ、結花は素っ頓狂な声をあげた。
「うえぇ!? 恋!?」
「そう」
にっこりと、曇りのない笑顔で仙道が笑う。
その笑顔を、結花は信じられない気持ちで凝視した。
信じられない。だって、仙道とはほとんど話したことがないのだ。なのに、恋だなんて。
「なんで?」
疑問がそのまま口をついてでた。
仙道が瞳を細めて結花をみる。
その眩しいものを見つめるようなまなざしに、結花の心臓がどきりと跳ねた。
「結花ちゃん、よく越野の応援に来てたでしょ? その時の一生懸命な姿が本当にかわいくてさ。はじめてそれを見たとき、越野じゃなくて、オレを応援して欲しいって思ったんだ。越野じゃなくて、オレを見て欲しいって」
すっと仙道の瞳が細められる。まるで視線に捕えられた気持ちになって、結花はごくりと唾を飲む。
「それからずっと結花ちゃんのこと見てたけど、いつも楽しそうにしてて、姿を見るたびに元気もらった。オレ、ほんとうに結花ちゃんのこと好きなんだ」
結花を見つめて、仙道がやわらかく微笑む。
どうしていいかわからなくて、結花は思わず顔をうつ向けた。
さっきから心臓はばくばくと痛いくらいに脈打っている。全身の血が沸騰しそうだ。
宏明が結花と仙道の間に割って入る。口を開きかけた宏明を、仙道が制止した。
「止めようとしても無駄だよ、越野。だからオレ、この前聞いたでしょ? 結花ちゃんのこと好きなのかって。いまさら止めようとしても遅いよ。オレ、もう止まれない。走りだしちゃったから」
言い終わると、仙道は宏明の体を押しのけて、結花と向き合った。
「結花ちゃん。誤解しないでね。状況的に思わず告白しちゃったけど、すぐに付き合ってほしいってわけじゃないんだ。そりゃあ付き合ってもらえたらオレとしては嬉しいけど、結花ちゃん、オレのことよく知らないだろうし、なにより今はオレのこと好きじゃないでしょ?」
問われて、結花は正直に頷いた。
仙道のことは嫌いじゃない。けれど、好きかと言われれば、違う。それを判断するだけの月日の積み重ねが、結花にはまだない。
頷いた結花を、仙道は少し切なそうに見つめて微笑む。
「うん。だから、お友達からはじめようか。嫌じゃなかったら、今日オレにメールして。来なかったらちゃんと結花ちゃんのこと諦めるから。……たぶん」
神妙な気持ちで聞いていた結花は、最後付け加えられたたぶんという言葉に、思わずブッと吹き出した。
「たぶんってなにそれ!」
「うーん、結花ちゃんは知らないだろうけど、オレ、相当結花ちゃんのこと好きなんだよね。だから、たぶん。諦められなくてアタックし続けたらごめんね」
へらっと仙道が笑う。
その憎めない笑顔に、結花は破顔した。
その時、チャイムが鳴った。HR終了のチャイムだ。
「おら、教室に戻るぞ」
しばらく不機嫌そうにぶっつり黙っていた宏明が、唸るように言った。
はーいと返事する結花の横で、仙道がじゃあねと手を振っている。
どうやら仙道はここに残って昼寝をするらしい。そんな仙道の耳を、宏明が般若の形相で掴む。
「じゃあね、じゃねえよ! お前も教室に帰るんだよ!」
「えー! 越野の鬼! 寝不足だって言ったじゃん!」
「知るかバカ、自業自得だろ!」
「なんだよ、越野。そんなに怒るなら、オレがちゃんとおまえの気持ち聞いた時に好きだって言えばよかっただろ。そうすればオレだって結花ちゃんには手を出さなかったのに」
「うるせえ!」
ぼかりと、宏明が仙道の頭を殴る。その笑えない音に、結花はひえっと呟いた。
今のは、本気の殴りだ。
「いったああ!? なにするの越野! なんでオレ殴られてんの!?」
「うるせえバカ! 人の気持ちも知らねえで、結花に告ってんじゃねえよ!」
「ええ~、理不尽!」
「うるせえ!!」
おら、行くぞ! と、宏明が仙道の耳を引っ張ったまま屋上を出て行く。
結花は笑いながらその後に続いた。
仙道の教室で別れ、宏明と二人、自分たちの教室へ歩く。
「宏明、わたしのこと好きだったんだ?」
冗談ぽく言うと、宏明が盛大に顔をしかめた。
「ああ!? 自惚れてんじゃねえよ! お前を好きなんじゃなくて、お前と仙道がくっつくのが嫌なんだよ!」
「あはは、なんで」
「なんか気持ち悪りぃじゃんか、身近なところでくっつかれんの」
「ふうん。でもわたし、仙道くん、ちょっと気になっちゃった」
「――あ!?」
あっけに取られる宏明を置き去りに、結花は教室に入ると自分の席へと歩く。
そこに座ると、ポケットから携帯を取り出した。
登録しておいた仙道の連絡先を読み出して、メール画面を起動する。
文字を打つその指先に、力を込めた。
――――――――――――――――
20180718 SD版ワンライ企画お題『指先』
結花はひとり自分の部屋で受け取った紙を見つめる。ノートの切れ端に、丁寧に書かれた電話番号とメールアドレス、そして名前。
『もしよかったら連絡して』
そう言って爽やかに笑って、この紙だけを渡して去っていたその人の顔を思い出す。
一方的に連絡先を渡されるのは、選択の自由を与えられているようで、その実、ひどく残酷な行為なんじゃないだろうか。
じっとその紙を見つめながら、結花は考える。
相手はこちらの連絡先を知らないぶん、こちらから連絡をしなければ、それすなわち拒絶になってしまうし、それはあまりにもひどい気がする。かといって、今までそんなに話したことない相手に、いきなりメールを送るのにも勇気がいる。それならいっそ、連絡先を交換して相手からの出方を待つ方が数倍マシだ。
どうしよう。
唇から、もう何度めになるかわからない重いため息が漏れる。
結花はそのため息に乗せて肺の中の空気を全て吐き出すと、その紙を折り畳んだ。
今日はもう悩むのはやめだ。寝よう。
そう心を決めると、部屋の電気を消して布団に潜り込んだ。
「うーっす」
気怠げな様子で、幼なじみの越野宏明が教室に入ってきた。
結花は席を立つと、待ってましたと言わんばかりに宏明に駆け寄って挨拶とともにその腕をむんずと掴む。
「おはよう、宏明! ちょっと付き合って!」
「うえぇ、おい、結花!?」
とっさのことで抵抗するタイミングを逃した宏明を、結花はぐいぐいと廊下の先へ引っ張っていく。
「おい、なんだよ結花。どこ行くんだよ。もうHRはじまるだろ」
「いいの、今日はサボり。そんなことよりわたしの相談に乗って!」
「はあ? 相談ってなんだよ!」
「それは着いたら話す」
言って、宏明の腕を引く力を強めた。
宏明は観念したように息を吐くと、「わかったよ、自分で歩くから離せよ」と優しく結花の腕を引き剥がした。こういう時の結花には何を言っても無駄だと、長年の経験で知っているのだ。
不機嫌そうな顔で、それでも黙って結花の横を歩く宏明を満足げに見ながら、結花は足を速める。
目的地は屋上だ。陵南高校の屋上は一般開放されていないけれど、立ち入り禁止の貼り紙がしてあるだけでなぜかそのドアに鍵はかかっていなかった。そのことを知る生徒は少なく、屋上には滅多に人が来ない。相談にはうってつけの場所だ。
階段を登って、目的のドアを開ける。
横の宏明が、驚いたように口を開いた。
「あれ? 鍵開いてんのか?」
「そうなんだよー! びっくりでしょ?」
得意になって言うと、宏明が結花に続いて屋上に出ながら、眉を寄せる。
「なんでお前はそんなこと知ってんだ?」
「んー。前にすっごく嫌なことがあって海を見たくなってね。屋上からなら見えるんじゃないかなーなんて思って、試しにここに来てみたら開いたの。それからたまに来てるけど、ここが閉まってたこと一回もないんだ」
「ふうん。なるほどな。じゃあ今度からお前が消えた時はここを探しにくればいいってわけか」
「えっ。いいよ、探しに来なくて」
「なんでだよ」
「だっていない時はサボりたい気分の時だし! 宏明来たら無理にでも教室に連れてくじゃん!」
「当たり前だろ! 学生の本分は勉強なんだから!」
「ええ~……」
そうだった。宏明はまじめなやつだった。
違うところで相談すればよかったと結花が後悔し始めた時、宏明が小さくボソリと言う。
「まあ、そん時お前がつらそうだったら、俺も付き合ってやるからよ」
「――宏明っ!」
結花の胸に喜びが広がる。その衝動の任せるままに、結花は宏明に抱きついた。
「ありがとうっ! 大好きっ!」
「はいはい、わかったよ」
ぎゅっと抱きつく結花を嫌そうに引き剥がして、宏明が結花に向き合う。
「で? 相談ってなんだよ」
その宏明の言葉に、結花は表情を引き締めた。
「うん。あのさ、仙道くんってどんな人?」
「はあ!? 仙道!?」
訊ねたら、宏明がすごく嫌そうに顔をしかめた。
「んだよ、仙道って。お前今まであいつに全然興味なかったじゃねえか。まさか好きとか言うんじゃないだろうな」
「ち、違うよ! そういうんじゃなくて!」
「じゃあなんなんだよ」
不機嫌そうに、宏明がぐいと結花に顔を近づける。結花はウッとそれにたじろいだ。負けじと口を開く。
「実はね。昨日、仙道くんから連絡先をもらったの」
「は? なんでだよ」
「それをわたしに聞かないでよ。わたしだって不思議なのに。……だから、仙道くんってどんな人なのか教えて欲しくって。宏明仲良いでしょ?」
仙道彰は、強豪で有名なバスケ部において、二年生にしてエースを獲得した有名人だ。バスケの技術はさることながら、その甘いマスクでも校内の人気を欲しいままにしている。
結花も宏明の応援でよくバスケ部の試合を見に行っているから、仙道の顔と名前は知っているけれど、人となりまでは知らない。
だから、近くにいる宏明に聞いてみることにしたのだ。
「どんな人か……ねえ。ちなみにそれ、連絡したのかよ?」
「ううん。まだ」
「じゃあ絶対やめとけ」
「なんで?」
宏明が友達のことを悪く言うなんて珍しい。仙道はよっぽど悪い人なんだろうか。
目を丸くする結花に、説明するのもめんどくさいと言うように宏明が顔をしかめる。
「なんでって、決まってんだろ。お前が泣きをみるからだよ」
「……な、なんで?」
本格的に訳がわからなくて、結花は眉根をよせた。
結花が仙道を好きで連絡したいという話ならわかるけれど、そうでないのになぜ結花が泣きをみるのだ。さっぱりわからない。
「なんでって……。とにかく! ろくなことにならないからやめとけ」
宏明の剣幕に、結花の頭の中に疑問符が踊る。
普段、口を開けば仙道のことを褒めているくせに。
たしかに、だらしないところもあるらしく、宏明が迷惑を被っている部分が多くあるようなことはよく愚痴を言われて知っているけれど、でもその物言いも親しさのうえに成り立つものだ。
普段の宏明の言動からは、仙道への友情と信頼が見え隠れしているのに、なんでなんだろう。
釈然としないものの、そこまで宏明が言うならとわかったと答えようとした時。
「ひどいなあ」
ふいに、のんびりとした声が上から降って来た。
「!?」
驚いた結花と宏明が、同時に声のしたほうを見上げる。
屋上の、給水塔のある一段高くなっている場所。そこから、話題の人、仙道彰がひょっこり顔を出して、ひらひらと手を振っていた。
「せ、仙道くん!?」
「仙道!?」
二人、ほとんど同時にその名を呼ぶ。
はあいと気の抜けた返事をして、仙道がひょいと下に降りて来た。
「な、なんでいるんだよ」
「んー? いやあ、昨日、結花ちゃんから連絡くるかなあなんて考えてたら、どきどきして眠れなくなっちゃって。寝不足だからここでちょっと寝ようかな、なんて思ってたとこ」
にこにこと仙道が言う。
その内容に、結花は慌てた。どうやら随分気を揉ませてしまっていたみたいだ。
「ごめん仙道くん。ちょっとどうしていいかわからなかったから」
「うん、いいよ。結花ちゃんは気にしないで」
優しく笑って仙道が言う。
その笑顔を見ながら、結花はしみじみ良い人だなあと思った。
連絡先をもらっておきながら、連絡をしなかった結花を責めることもなく、優しく笑って許してくれる。
結花には、仙道がとても良い人に見える。
そうなってくると、宏明がなぜあんなにも止めたのかが謎だった。
「おい、仙道。どういうつもりだよ」
「うん? なにが?」
仙道がわからないというように小さく首をかしげる。
宏明が苛立たしげにチッと舌打ちをした。
「結花のことだよ。お前、連絡先渡したって。いったいどういうつもりなんだよ?」
「どうもなにも……。恋、しちゃったんだよね、オレ。結花ちゃんに」
ふいに目をまっすぐ見て言われ、結花は素っ頓狂な声をあげた。
「うえぇ!? 恋!?」
「そう」
にっこりと、曇りのない笑顔で仙道が笑う。
その笑顔を、結花は信じられない気持ちで凝視した。
信じられない。だって、仙道とはほとんど話したことがないのだ。なのに、恋だなんて。
「なんで?」
疑問がそのまま口をついてでた。
仙道が瞳を細めて結花をみる。
その眩しいものを見つめるようなまなざしに、結花の心臓がどきりと跳ねた。
「結花ちゃん、よく越野の応援に来てたでしょ? その時の一生懸命な姿が本当にかわいくてさ。はじめてそれを見たとき、越野じゃなくて、オレを応援して欲しいって思ったんだ。越野じゃなくて、オレを見て欲しいって」
すっと仙道の瞳が細められる。まるで視線に捕えられた気持ちになって、結花はごくりと唾を飲む。
「それからずっと結花ちゃんのこと見てたけど、いつも楽しそうにしてて、姿を見るたびに元気もらった。オレ、ほんとうに結花ちゃんのこと好きなんだ」
結花を見つめて、仙道がやわらかく微笑む。
どうしていいかわからなくて、結花は思わず顔をうつ向けた。
さっきから心臓はばくばくと痛いくらいに脈打っている。全身の血が沸騰しそうだ。
宏明が結花と仙道の間に割って入る。口を開きかけた宏明を、仙道が制止した。
「止めようとしても無駄だよ、越野。だからオレ、この前聞いたでしょ? 結花ちゃんのこと好きなのかって。いまさら止めようとしても遅いよ。オレ、もう止まれない。走りだしちゃったから」
言い終わると、仙道は宏明の体を押しのけて、結花と向き合った。
「結花ちゃん。誤解しないでね。状況的に思わず告白しちゃったけど、すぐに付き合ってほしいってわけじゃないんだ。そりゃあ付き合ってもらえたらオレとしては嬉しいけど、結花ちゃん、オレのことよく知らないだろうし、なにより今はオレのこと好きじゃないでしょ?」
問われて、結花は正直に頷いた。
仙道のことは嫌いじゃない。けれど、好きかと言われれば、違う。それを判断するだけの月日の積み重ねが、結花にはまだない。
頷いた結花を、仙道は少し切なそうに見つめて微笑む。
「うん。だから、お友達からはじめようか。嫌じゃなかったら、今日オレにメールして。来なかったらちゃんと結花ちゃんのこと諦めるから。……たぶん」
神妙な気持ちで聞いていた結花は、最後付け加えられたたぶんという言葉に、思わずブッと吹き出した。
「たぶんってなにそれ!」
「うーん、結花ちゃんは知らないだろうけど、オレ、相当結花ちゃんのこと好きなんだよね。だから、たぶん。諦められなくてアタックし続けたらごめんね」
へらっと仙道が笑う。
その憎めない笑顔に、結花は破顔した。
その時、チャイムが鳴った。HR終了のチャイムだ。
「おら、教室に戻るぞ」
しばらく不機嫌そうにぶっつり黙っていた宏明が、唸るように言った。
はーいと返事する結花の横で、仙道がじゃあねと手を振っている。
どうやら仙道はここに残って昼寝をするらしい。そんな仙道の耳を、宏明が般若の形相で掴む。
「じゃあね、じゃねえよ! お前も教室に帰るんだよ!」
「えー! 越野の鬼! 寝不足だって言ったじゃん!」
「知るかバカ、自業自得だろ!」
「なんだよ、越野。そんなに怒るなら、オレがちゃんとおまえの気持ち聞いた時に好きだって言えばよかっただろ。そうすればオレだって結花ちゃんには手を出さなかったのに」
「うるせえ!」
ぼかりと、宏明が仙道の頭を殴る。その笑えない音に、結花はひえっと呟いた。
今のは、本気の殴りだ。
「いったああ!? なにするの越野! なんでオレ殴られてんの!?」
「うるせえバカ! 人の気持ちも知らねえで、結花に告ってんじゃねえよ!」
「ええ~、理不尽!」
「うるせえ!!」
おら、行くぞ! と、宏明が仙道の耳を引っ張ったまま屋上を出て行く。
結花は笑いながらその後に続いた。
仙道の教室で別れ、宏明と二人、自分たちの教室へ歩く。
「宏明、わたしのこと好きだったんだ?」
冗談ぽく言うと、宏明が盛大に顔をしかめた。
「ああ!? 自惚れてんじゃねえよ! お前を好きなんじゃなくて、お前と仙道がくっつくのが嫌なんだよ!」
「あはは、なんで」
「なんか気持ち悪りぃじゃんか、身近なところでくっつかれんの」
「ふうん。でもわたし、仙道くん、ちょっと気になっちゃった」
「――あ!?」
あっけに取られる宏明を置き去りに、結花は教室に入ると自分の席へと歩く。
そこに座ると、ポケットから携帯を取り出した。
登録しておいた仙道の連絡先を読み出して、メール画面を起動する。
文字を打つその指先に、力を込めた。
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20180718 SD版ワンライ企画お題『指先』
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