どきどきしてる
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大失敗だ。
結花は、少し前の自分を呪った。
こんなことにならないように、気をつけていたのに。何度も何度も確認をしたのに。それなのに。
(忘れ物をしちゃうなんて……)
足を進めるたびに、ぱたぱたと乾いた音がしんと静まりかえった暗い校舎に吸い込まれていく。
夏も本格的にはじまった七月上旬。周りの空気は夜でも生ぬるいのに、足元のリノリウムの床からはひんやりとした感触が返ってきて、そこだけ違う次元に繋がっているみたいだった。
結花は思わず身震いする。
時刻は二十二時。インターハイへ向けての強化合宿で泊まり込みをしているバスケ部以外、学校に残っている人間はいない。
そのバスケ部も今は全員体育館で就寝している。
この広いマンモス校の校舎に今いるのは、自分ただひとりだった。
「…………」
ふいにそのことをはっきりと自覚してしまって、結花はごくりと唾を飲み込んだ。
余計なことを考えてしまった。
心臓が、なにか怖ろしいものに手で掴まれたように、ぎゅっと冷たくなって、冷水でも浴びせかけられたように背筋が凍った。
全身が緊張して、一気に恐怖が結花を包み込む。
途端、狂ったように心臓が強く拍動した。
耳鳴りがするような静寂の中、どきどきとその音だけがやけに大きく体の内側から響いてくる。
結花は思わず足を止めた。
校舎には誰もいない。そのはずなのに、誰かに見られているような気がして、全身がざわざわした。
(ど、どうしよう……)
足が竦んでしまって、もうこれ以上前にも後ろにも進むことができない。
目的地である自分の教室は体育館から遠く、既に結花はその道のりを半分まで来てしまっている。
さっきまでなんてことない、ただ暗いだけの見慣れた校舎だったのに、急にまったく知らない場所に放り込まれてしまったような、心細い気持ちがした。
明かりといえば、窓から入る微かな月明かりだけで、その心もとない光では廊下をすべて照らすことは叶わず、数メートル先は深い闇に包まれていた。
怖い。
その奥に、なにか怖ろしいものが、ぽっかりと大きな口をあけて結花を待っているような気がした。
怖い。
狭い廊下の両の壁から今にも無数の手が伸びてきて、自分をここならざる場所へと引きずり込もうとしているような錯覚がする。
その手に捕まってしまったら、もう二度とここには戻ってこれないような気がした。
がたがたと、恐怖に突き動かされて勝手に体が震えた。
その恐怖と震えを抑えるように、結花は自分で自分を守るように抱きしめる。
(大丈夫。大丈夫。怖くない。ここにはなにもいない……)
きつく目をつぶり、自分に暗示をかけるようにぶつぶつと心の中でくりかえし唱えていた、その時。
ふいに、背後で足音がした。
びくりと、全身が鞭で打たれたように硬直した。
その足音は、ひたひたとリノリウムの床を打ち鳴らし、確実に結花のほうへと近づいてきている。
「……っ」
喉の奥から、声にならない悲鳴が漏れた。
もう心臓はばくばくと全身で脈打っている。
その鼓動が結花にここから逃げろと強く警告しているのに、頭からの指令に反して体はまったく言うことを聞かなかった。
足に力が入らない。
遠かった足音は、もうすぐ近くまで迫ってきている。
早く逃げなきゃ。
つかまってしまう。
思うのに体は石になってしまったかのように動かない。
(どうしようどうしようどうしよう)
頭がパニックになる。
足音が、すぐそこの角を曲がって、結花と同じ直線上に来たのを感じる。
逃げなきゃ。早くここから動かなきゃ。早くしなきゃ、とてつもなく怖いなにかに、つかまってしまう……!
(やだ……っ、神くん……っ!)
恐怖に震える結花の脳裏に愛しい人のあたたかい笑顔が浮かんで、心の中でその名前を呼んだ時。
「柏木?」
ふいに、思い描いたその人の声が鼓膜を打った。
そのやわらかい声音に全身の呪縛を解かれたかのように、結花の体がゆっくりと自由を取り戻す。
おそるおそる後ろをふりかえった。
「じ、神くん……?」
「うん、俺だよ。どうしたの柏木。こんな時間にひとりでこんなところで」
大きな目をくりくりとさらに丸くして訊ねてくる宗一郎の顔をみて、結花は大きな安堵に包まれた。
こわばっていた筋肉が弛緩して、体にあたたかみが戻ってくる。
それと同時に、張り詰めていた気持ちが緩んで、ふいに目頭が熱くなった。
ぽろぽろと、熱い涙が頬を伝ってこぼれていく。
「柏木!?」
それを見て、宗一郎がうろたえたような声を出した。
結花は慌てて目を抑えると、小さく首を横に振る。
「ご、ごめん神くん。忘れ物を取りに教室に向かってたんだけど、途中で怖くなって動けなくなっちゃったの。だから、神くんの顔を見たら、なんだか安心しちゃって……」
「そうなんだ」
あたたかい、包み込むような声音で宗一郎がそう言ったと思ったら、ふいに頭に優しいぬくもりを感じた。
宗一郎の手だった。
その大きな手で結花を落ち着かせるように、優しくゆっくりとそこを撫でてくれる。
「大丈夫。もう怖くないよ。俺がそばにいるから、大丈夫。安心して」
「うん」
まるで幼子に言い聞かせるようなそのやわらかい声音は、結花を簡単に恐怖から解き放った。
さっきまで恐怖に脈打っていた心臓は今はあたたかみを取り戻して、今度は違う温度の鼓動を繰り返す。
そこからどくどくと熱い血が全身に巡って、結花の頬を薄く染めた。
ここが暗がりでよかった。おかげで、この赤くなった顔を宗一郎に見られなくてすむ。
さっきまで暗闇は恐怖でしかなかったのに、今度は打って変わって味方のように思って、結花はおかしくなった。
小さく笑みをもらすと、それに気づいた宗一郎が頭を撫でる手を止めた。
おろされるその掌を名残惜しそうに見送る結花に、宗一郎が優しく瞳を細めて微笑む。
「落ち着いた?」
「うん。神くんのおかげ。ありがとう」
結花も微笑み返してお礼を言うと、宗一郎が嬉しそうに笑ってくれた。
その笑顔を見ただけで、心が満たされた気持ちになった。
「そういえば、神くんはどうしたの? 神くんも忘れ物?」
教室からの帰り道、ふいに結花は訊ねた。
そういえば、宗一郎はなにをしに来たんだろう。
結花の忘れ物を取りに行くのを付き合ってくれると言ってくれた宗一郎は、けれど自分の用事をこなしていないように思えた。
宗一郎もなにかしたいことがあるのなら、お礼も兼ねてぜひそれに付き合わせてもらいたい。
そう思って宗一郎を見上げると、宗一郎は悠然とした表情でにこりと微笑んだ。
「うん? 柏木を探しに来たんだよ」
「え、わたしを?」
「そう。あの時柏木が出て行ったのには気づいてたんだけど、トイレかと思ってたからさ。全然帰ってこないから、何かあったのかと思って心配した」
優しげに瞳を細めてこちらを見つめてくる宗一郎のまなざしに、なにか熱いものを感じて、直視できずに結花はぱっと宗一郎から顔を背けた。
となりを歩く宗一郎の視線を感じながら、結花はじっと前を見る。
心臓が、どきどきと早鐘を打つ。
結花は動揺を悟られぬように、必死で平静を装った。
「そ、そうなんだ。ありがとう、神くん。おかげでとても助かりました」
「どういたしまして。でも、どうせお礼を言ってくれるなら、しっかり目を見て言ってほしいな」
その言葉に、結花は固まった。
それは無理な相談だ。
いま、結花の顔はきっと真っ赤だ。
胸だって激しくどきどきしてる。
こんな状態で宗一郎の顔を見たら、好きですと言ってるようなものだ。
きっと微かな月明かりだけでははっきり見えなくて、その薄闇が結花の気持ちを隠してくれると思ったけれど、だからといって危険はおかせない。
気持ちを知られたら、きっと宗一郎とのこの居心地の良い関係も終わりになってしまう。
そう思うと、やはり宗一郎の顔を見ることができなかった。
「ごめん、神くん。今は無理」
「なんで?」
「えっと、足元暗いし、しっかり前を見てないと危ないから!」
勢い込んで言うと、宗一郎がおかしそうに笑い声をあげた。
「さっきまで俺の顔を見て話してたくせによく言うよ。柏木はほんとに嘘が下手だよね」
簡単に嘘を見抜かれて、ぐっと結花の喉がつまる。
そんな結花の手が、ふいに宗一郎に掴まれた。
どくんと心臓が飛び跳ねる。
反射で思わず宗一郎の顔を見上げた。
「神くん?」
どうして手を? その問いは意地悪く口の端を持ち上げた宗一郎の笑みに封じ込まれた。
吸い寄せられたようにその笑顔を見つめていると、宗一郎が悪戯に笑った。
「ね。ほんとは俺にどきどきしてるからでしょ」
「――え!?」
核心をつかれて、息が詰まった。
宗一郎は腰を屈めて、そんな結花の瞳をまっすぐ覗きこんでくる。
「俺はしてるよ、どきどき。柏木は違うの?」
ぎゅっと、つかまれた手を強く宗一郎が握りこんでくる。
そこから一気に宗一郎の熱が入り込んで来て、自分のそれと混ざってなにがなんだかわからなくなった。
「えっと……」
ぐるぐるとまわる視界をなんとかなだめて、まわらない頭でなにかを言おうと必死に考える。
けれど、結花がそれをまとめる前に、宗一郎が結花の耳元に唇を寄せて来た。
どきりと心臓がさらに加速して、まとまりかけた思考が遠くに飛んで行く。
自分を保つのに必死になる結花の努力をあざ笑うかのように、宗一郎がとどめの一言を囁いた。
「好きだよ」
唇があつい熱で塞がれる。
ばくんと強く心臓が跳ねて、結花はそれを受け入れるようにきつく目を閉じた。
――――――――――――――――
20180704 SDワンライ企画お題『どきどきしてる』
結花は、少し前の自分を呪った。
こんなことにならないように、気をつけていたのに。何度も何度も確認をしたのに。それなのに。
(忘れ物をしちゃうなんて……)
足を進めるたびに、ぱたぱたと乾いた音がしんと静まりかえった暗い校舎に吸い込まれていく。
夏も本格的にはじまった七月上旬。周りの空気は夜でも生ぬるいのに、足元のリノリウムの床からはひんやりとした感触が返ってきて、そこだけ違う次元に繋がっているみたいだった。
結花は思わず身震いする。
時刻は二十二時。インターハイへ向けての強化合宿で泊まり込みをしているバスケ部以外、学校に残っている人間はいない。
そのバスケ部も今は全員体育館で就寝している。
この広いマンモス校の校舎に今いるのは、自分ただひとりだった。
「…………」
ふいにそのことをはっきりと自覚してしまって、結花はごくりと唾を飲み込んだ。
余計なことを考えてしまった。
心臓が、なにか怖ろしいものに手で掴まれたように、ぎゅっと冷たくなって、冷水でも浴びせかけられたように背筋が凍った。
全身が緊張して、一気に恐怖が結花を包み込む。
途端、狂ったように心臓が強く拍動した。
耳鳴りがするような静寂の中、どきどきとその音だけがやけに大きく体の内側から響いてくる。
結花は思わず足を止めた。
校舎には誰もいない。そのはずなのに、誰かに見られているような気がして、全身がざわざわした。
(ど、どうしよう……)
足が竦んでしまって、もうこれ以上前にも後ろにも進むことができない。
目的地である自分の教室は体育館から遠く、既に結花はその道のりを半分まで来てしまっている。
さっきまでなんてことない、ただ暗いだけの見慣れた校舎だったのに、急にまったく知らない場所に放り込まれてしまったような、心細い気持ちがした。
明かりといえば、窓から入る微かな月明かりだけで、その心もとない光では廊下をすべて照らすことは叶わず、数メートル先は深い闇に包まれていた。
怖い。
その奥に、なにか怖ろしいものが、ぽっかりと大きな口をあけて結花を待っているような気がした。
怖い。
狭い廊下の両の壁から今にも無数の手が伸びてきて、自分をここならざる場所へと引きずり込もうとしているような錯覚がする。
その手に捕まってしまったら、もう二度とここには戻ってこれないような気がした。
がたがたと、恐怖に突き動かされて勝手に体が震えた。
その恐怖と震えを抑えるように、結花は自分で自分を守るように抱きしめる。
(大丈夫。大丈夫。怖くない。ここにはなにもいない……)
きつく目をつぶり、自分に暗示をかけるようにぶつぶつと心の中でくりかえし唱えていた、その時。
ふいに、背後で足音がした。
びくりと、全身が鞭で打たれたように硬直した。
その足音は、ひたひたとリノリウムの床を打ち鳴らし、確実に結花のほうへと近づいてきている。
「……っ」
喉の奥から、声にならない悲鳴が漏れた。
もう心臓はばくばくと全身で脈打っている。
その鼓動が結花にここから逃げろと強く警告しているのに、頭からの指令に反して体はまったく言うことを聞かなかった。
足に力が入らない。
遠かった足音は、もうすぐ近くまで迫ってきている。
早く逃げなきゃ。
つかまってしまう。
思うのに体は石になってしまったかのように動かない。
(どうしようどうしようどうしよう)
頭がパニックになる。
足音が、すぐそこの角を曲がって、結花と同じ直線上に来たのを感じる。
逃げなきゃ。早くここから動かなきゃ。早くしなきゃ、とてつもなく怖いなにかに、つかまってしまう……!
(やだ……っ、神くん……っ!)
恐怖に震える結花の脳裏に愛しい人のあたたかい笑顔が浮かんで、心の中でその名前を呼んだ時。
「柏木?」
ふいに、思い描いたその人の声が鼓膜を打った。
そのやわらかい声音に全身の呪縛を解かれたかのように、結花の体がゆっくりと自由を取り戻す。
おそるおそる後ろをふりかえった。
「じ、神くん……?」
「うん、俺だよ。どうしたの柏木。こんな時間にひとりでこんなところで」
大きな目をくりくりとさらに丸くして訊ねてくる宗一郎の顔をみて、結花は大きな安堵に包まれた。
こわばっていた筋肉が弛緩して、体にあたたかみが戻ってくる。
それと同時に、張り詰めていた気持ちが緩んで、ふいに目頭が熱くなった。
ぽろぽろと、熱い涙が頬を伝ってこぼれていく。
「柏木!?」
それを見て、宗一郎がうろたえたような声を出した。
結花は慌てて目を抑えると、小さく首を横に振る。
「ご、ごめん神くん。忘れ物を取りに教室に向かってたんだけど、途中で怖くなって動けなくなっちゃったの。だから、神くんの顔を見たら、なんだか安心しちゃって……」
「そうなんだ」
あたたかい、包み込むような声音で宗一郎がそう言ったと思ったら、ふいに頭に優しいぬくもりを感じた。
宗一郎の手だった。
その大きな手で結花を落ち着かせるように、優しくゆっくりとそこを撫でてくれる。
「大丈夫。もう怖くないよ。俺がそばにいるから、大丈夫。安心して」
「うん」
まるで幼子に言い聞かせるようなそのやわらかい声音は、結花を簡単に恐怖から解き放った。
さっきまで恐怖に脈打っていた心臓は今はあたたかみを取り戻して、今度は違う温度の鼓動を繰り返す。
そこからどくどくと熱い血が全身に巡って、結花の頬を薄く染めた。
ここが暗がりでよかった。おかげで、この赤くなった顔を宗一郎に見られなくてすむ。
さっきまで暗闇は恐怖でしかなかったのに、今度は打って変わって味方のように思って、結花はおかしくなった。
小さく笑みをもらすと、それに気づいた宗一郎が頭を撫でる手を止めた。
おろされるその掌を名残惜しそうに見送る結花に、宗一郎が優しく瞳を細めて微笑む。
「落ち着いた?」
「うん。神くんのおかげ。ありがとう」
結花も微笑み返してお礼を言うと、宗一郎が嬉しそうに笑ってくれた。
その笑顔を見ただけで、心が満たされた気持ちになった。
「そういえば、神くんはどうしたの? 神くんも忘れ物?」
教室からの帰り道、ふいに結花は訊ねた。
そういえば、宗一郎はなにをしに来たんだろう。
結花の忘れ物を取りに行くのを付き合ってくれると言ってくれた宗一郎は、けれど自分の用事をこなしていないように思えた。
宗一郎もなにかしたいことがあるのなら、お礼も兼ねてぜひそれに付き合わせてもらいたい。
そう思って宗一郎を見上げると、宗一郎は悠然とした表情でにこりと微笑んだ。
「うん? 柏木を探しに来たんだよ」
「え、わたしを?」
「そう。あの時柏木が出て行ったのには気づいてたんだけど、トイレかと思ってたからさ。全然帰ってこないから、何かあったのかと思って心配した」
優しげに瞳を細めてこちらを見つめてくる宗一郎のまなざしに、なにか熱いものを感じて、直視できずに結花はぱっと宗一郎から顔を背けた。
となりを歩く宗一郎の視線を感じながら、結花はじっと前を見る。
心臓が、どきどきと早鐘を打つ。
結花は動揺を悟られぬように、必死で平静を装った。
「そ、そうなんだ。ありがとう、神くん。おかげでとても助かりました」
「どういたしまして。でも、どうせお礼を言ってくれるなら、しっかり目を見て言ってほしいな」
その言葉に、結花は固まった。
それは無理な相談だ。
いま、結花の顔はきっと真っ赤だ。
胸だって激しくどきどきしてる。
こんな状態で宗一郎の顔を見たら、好きですと言ってるようなものだ。
きっと微かな月明かりだけでははっきり見えなくて、その薄闇が結花の気持ちを隠してくれると思ったけれど、だからといって危険はおかせない。
気持ちを知られたら、きっと宗一郎とのこの居心地の良い関係も終わりになってしまう。
そう思うと、やはり宗一郎の顔を見ることができなかった。
「ごめん、神くん。今は無理」
「なんで?」
「えっと、足元暗いし、しっかり前を見てないと危ないから!」
勢い込んで言うと、宗一郎がおかしそうに笑い声をあげた。
「さっきまで俺の顔を見て話してたくせによく言うよ。柏木はほんとに嘘が下手だよね」
簡単に嘘を見抜かれて、ぐっと結花の喉がつまる。
そんな結花の手が、ふいに宗一郎に掴まれた。
どくんと心臓が飛び跳ねる。
反射で思わず宗一郎の顔を見上げた。
「神くん?」
どうして手を? その問いは意地悪く口の端を持ち上げた宗一郎の笑みに封じ込まれた。
吸い寄せられたようにその笑顔を見つめていると、宗一郎が悪戯に笑った。
「ね。ほんとは俺にどきどきしてるからでしょ」
「――え!?」
核心をつかれて、息が詰まった。
宗一郎は腰を屈めて、そんな結花の瞳をまっすぐ覗きこんでくる。
「俺はしてるよ、どきどき。柏木は違うの?」
ぎゅっと、つかまれた手を強く宗一郎が握りこんでくる。
そこから一気に宗一郎の熱が入り込んで来て、自分のそれと混ざってなにがなんだかわからなくなった。
「えっと……」
ぐるぐるとまわる視界をなんとかなだめて、まわらない頭でなにかを言おうと必死に考える。
けれど、結花がそれをまとめる前に、宗一郎が結花の耳元に唇を寄せて来た。
どきりと心臓がさらに加速して、まとまりかけた思考が遠くに飛んで行く。
自分を保つのに必死になる結花の努力をあざ笑うかのように、宗一郎がとどめの一言を囁いた。
「好きだよ」
唇があつい熱で塞がれる。
ばくんと強く心臓が跳ねて、結花はそれを受け入れるようにきつく目を閉じた。
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20180704 SDワンライ企画お題『どきどきしてる』