これが最後
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「これが最後だから」
向かい合って座った机の先で、仙道彰が無慈悲にそう告げる。
まるで最後の審判を受けた心地がして、結花の目の前が真っ暗になった。
「うそでしょ?」
「ほんとだよ」
「お願い彰。うそだって言って」
「うそだって言ってあげたいけど、そんな事したって現実は変わらないからなあ」
ごめんね、なんて眉尻を下げて仙道が言う。
その顔は本当に困っているようで、結花はもうそれ以上何も言えなくなった。
そんな。これが最後だなんて。
結花はスッと手をあげた。震える指先を、仙道のほうへ伸ばす。
その手に触れたカードを、名残惜しげに引き抜いた。
「はい、あがり」
仙道が軽やかに宣言する。
越野が忌々しげに舌打ちをした。
「チッ。まーた仙道が一番かよ」
「ごめんね越野。どうやらオレ、勝利の女神に愛されてるみたい」
「うぜえ!」
にこやかに言う仙道に、越野が吐き捨てるように言った。
結花はそれを暗く沈んだ気持ちで見つめる。大きくため息を吐いた。
昼休み。結花と仙道と越野、それから植草の四人は、教室で食後の飲み物を賭けてババ抜きをしていた。同じクラスのバスケ部三人と、それからマネージャーの結花の四人で戦うこのババ抜きはもはや恒例行事となっており、毎週月曜日、負けた人が勝った人全員に缶ジュースをおごるという過酷なルールで行われていた。
ちなみに結花の勝率はすこぶる悪い。特に、結花が仙道のあがりの決め手になってしまった勝負は、100%の確率で結花は負ける。
結花は再び、深く重い息を吐く。
この勝負、もはや負け確だ。
がっくりと扇状に並べた手元のカードを見る。
そこに鎮座している、道化の描かれたカードを憎々し気に見つめた。
心なしか、その道化の笑顔が結花をあざ笑っているような気がする。
結花からカードを引く植草は、器用にこのジョーカーを避けてカードを引くので、このゲーム中まだ一度もジョーカーが結花の手札からいなくなることはなかった。
きっと今日はこのまま最後まで一緒にいるに違いない。
また植草がカードを引く。結花の願いとはうらはらに手の中に留まり嗤う道化。
絶望だ。
結局このゲーム中、ジョーカーが結花の元を離れることはなかった。
「あーあ。もう最悪」
結花はぶつぶつと毒づきながら、自動販売機の前に立った。
口の中で頼まれたものを反芻する。
ポカリの500ミリリットル缶に、午後の紅茶のレモンティー、それからアイスココア。
六月も後半に差し掛かり、もう日差しは夏へと変わり始めている。
結花は、このじっとり張り付くような暑さを忘れられるような清涼感を求めて、炭酸を飲もうと心に決めた。
バスケ部の監督、田岡茂一の教えで、バスケ部員は炭酸飲料を飲むことを禁止されている。いわく、体力が落ちるかららしい。
これは結花の、彼らに対するささやかな復讐だった。
せいぜい炭酸を飲む結花を見て、羨ましがればいい。
あくどい笑みを浮かべながら財布を探る。千円札を取り出して投入しようとしたその時。
「ストーップ」
ふいにお札を持つ腕をつかまれた。
驚いて顔をあげると、そこには教室で越野たちと待っているはずの仙道がいた。
「彰? どうしたの? リクエスト変更?」
「んーん。違うよ」
ゆるゆると首を振る仙道に、結花は首を傾げる。
「それじゃあどうしたの?」
「今回はオレが買うよ」
「えっ!?」
仙道の思ってもみない申し出に、思わず結花の声音が弾んだ。
高校の自動販売機は学生に優しい親切価格とはいえ、四本も買うとなれば話は別だ。大出費このうえない。それを、勝負弱い結花は幾度となく払い続けている。
今月もまだ一度も勝てておらず、そのせいで発売を心待ちにしてずっと欲しかったお気に入りの作家の新刊も買えなかったのだ。仙道が肩代わりしてくれるなら、甘えてしまいたい。
「嬉しい! いいの?」
「うん。その代わり、結花には別のお願いを聞いてもらいたいんだけど」
「うん、いいよ! なんでもする! なんでも言って!」
仙道のお陰で、諦めた新刊を買えそうだ。嬉しい。結花の脳内が新刊の物語の世界に飛ぶ。
ああ、次はどんな話が描かれているんだろう。それを読むことができるのも、全て仙道のおかげだ。結花にできることならなんでもしてあげたい。
結花の勢いに、仙道が眉尻をさげて笑う。優しく結花を見つめる瞳を細めて、言った。
「はは、ありがと。――じゃあさ、オレの彼女になってよ」
「うん! ……うん? ――えっ!?」
瞬間、結花の頭の中が真っ白になった。
仙道は今何て言った? 彼女? 誰が? 誰の?
「ええっ!?」
結花が言葉の意味を理解するより早く、仙道はさっさと自動販売機にお金を入れはじめた。
待ってと止める間もなく、仙道の男らしいごつごつとした逞ましい手が、次々と目的の飲み物を買っていく。
越野と植草と仙道の分を買ったところで、不意に仙道がこちらを振り向いた。
呆然とする結花に、にこりと微笑む。
「結花は何が飲みたいの?」
「あ、メッツのガラナ味」
「りょーかい」
仙道が再び自動販売機に手を伸ばし、そのボタンを押す。
がこんとジュースが吐き出されて、仙道がそれを拾い上げた。
「はい、どーぞ」
「あ、ありがと……って、ちょっと待って、彰! わたし、そういうお願いだって聞いてなかったよ……!?」
「あれ。やなの?」
「いやとかそういうことじゃなくて!」
我に返った途端、結花の心臓がばくばくと狂ったように暴れはじめた。
アドレナリンが一気に放出されて、思考がまとまらなくなっていく。
嫌なわけない。むしろ、仙道にほのかな想いを寄せていた結花からすれば願ってもない申し出だ。だけど、この展開はなんか違う。なんていうか、夢も希望もない。
好きな人に告白される瞬間は、もっと甘くて優しくてくすぐったくなるようなものだと思っていた。
それが、まさか缶ジュースの肩代わりの礼とは。
これじゃあ、仙道が本当に結花を好きなのかどうかもわからないではないか。
「あれえ!?」
結花は混乱した。必死に考えようとしても、どきどきと速いペースで身体中をめぐる血の熱さで、なにも考えられない。
そんな結花をおかしそうに見つめて、仙道が笑った。缶ジュースを持つのとは反対の手で、優しく結花の頭を撫でてくる。
「はは、あれえって。ほんとかわいいなあ、結花は。だから大好きなんだよ」
「え、あの、ええ……!? でもだけど、なんで今……?」
せっかくもらった大好きって言葉も、こんなムードもへったくれもない、人通りも多いがやがやとした自販機の前では埋もれてしまう。
動揺したままそう聞くと、仙道が一度何かを考えるように上を向いて、すぐに結花を見た。飄々とした表情にわずかに不安を滲ませて、口元だけで笑む。
「んー。なんか、この夏の結花をひとりじめするには、これが最後のチャンスだと思ったんだよね。部活の時は忙しいし、そろそろ学期末でお弁当の時間もなくなるし。次また結花が負けるとも限らないしさ」
仙道が、頭を撫でる手を止めて、じっと真剣に結花を見つめてくる。
そのまなざしに、結花の心臓がばくんと大きく拍動した。
雑踏が遠のく。
仙道の視線に絡め取られて、身動きが取れない。
体が、熱い。
「さっきは軽い調子で言っちゃったけど、オレ本気だよ。結花が好き。オレの彼女になってくれる?」
「う、うん! 嬉しい! わたしも彰が好き!」
「はは、そっか。……うん。しあわせだ」
仙道は噛み締めるようにそう言うと、強く結花を抱きしめた。
長身の仙道にすっぽりと包み込まれて、結花の胸にも幸福感がつのっていく。
友達の時間は、これが最後。
いまからは彼女として、新しい時間がはじまる。
――――――――――――――――
20180621 SDワンライ企画お題『これが最後』
向かい合って座った机の先で、仙道彰が無慈悲にそう告げる。
まるで最後の審判を受けた心地がして、結花の目の前が真っ暗になった。
「うそでしょ?」
「ほんとだよ」
「お願い彰。うそだって言って」
「うそだって言ってあげたいけど、そんな事したって現実は変わらないからなあ」
ごめんね、なんて眉尻を下げて仙道が言う。
その顔は本当に困っているようで、結花はもうそれ以上何も言えなくなった。
そんな。これが最後だなんて。
結花はスッと手をあげた。震える指先を、仙道のほうへ伸ばす。
その手に触れたカードを、名残惜しげに引き抜いた。
「はい、あがり」
仙道が軽やかに宣言する。
越野が忌々しげに舌打ちをした。
「チッ。まーた仙道が一番かよ」
「ごめんね越野。どうやらオレ、勝利の女神に愛されてるみたい」
「うぜえ!」
にこやかに言う仙道に、越野が吐き捨てるように言った。
結花はそれを暗く沈んだ気持ちで見つめる。大きくため息を吐いた。
昼休み。結花と仙道と越野、それから植草の四人は、教室で食後の飲み物を賭けてババ抜きをしていた。同じクラスのバスケ部三人と、それからマネージャーの結花の四人で戦うこのババ抜きはもはや恒例行事となっており、毎週月曜日、負けた人が勝った人全員に缶ジュースをおごるという過酷なルールで行われていた。
ちなみに結花の勝率はすこぶる悪い。特に、結花が仙道のあがりの決め手になってしまった勝負は、100%の確率で結花は負ける。
結花は再び、深く重い息を吐く。
この勝負、もはや負け確だ。
がっくりと扇状に並べた手元のカードを見る。
そこに鎮座している、道化の描かれたカードを憎々し気に見つめた。
心なしか、その道化の笑顔が結花をあざ笑っているような気がする。
結花からカードを引く植草は、器用にこのジョーカーを避けてカードを引くので、このゲーム中まだ一度もジョーカーが結花の手札からいなくなることはなかった。
きっと今日はこのまま最後まで一緒にいるに違いない。
また植草がカードを引く。結花の願いとはうらはらに手の中に留まり嗤う道化。
絶望だ。
結局このゲーム中、ジョーカーが結花の元を離れることはなかった。
「あーあ。もう最悪」
結花はぶつぶつと毒づきながら、自動販売機の前に立った。
口の中で頼まれたものを反芻する。
ポカリの500ミリリットル缶に、午後の紅茶のレモンティー、それからアイスココア。
六月も後半に差し掛かり、もう日差しは夏へと変わり始めている。
結花は、このじっとり張り付くような暑さを忘れられるような清涼感を求めて、炭酸を飲もうと心に決めた。
バスケ部の監督、田岡茂一の教えで、バスケ部員は炭酸飲料を飲むことを禁止されている。いわく、体力が落ちるかららしい。
これは結花の、彼らに対するささやかな復讐だった。
せいぜい炭酸を飲む結花を見て、羨ましがればいい。
あくどい笑みを浮かべながら財布を探る。千円札を取り出して投入しようとしたその時。
「ストーップ」
ふいにお札を持つ腕をつかまれた。
驚いて顔をあげると、そこには教室で越野たちと待っているはずの仙道がいた。
「彰? どうしたの? リクエスト変更?」
「んーん。違うよ」
ゆるゆると首を振る仙道に、結花は首を傾げる。
「それじゃあどうしたの?」
「今回はオレが買うよ」
「えっ!?」
仙道の思ってもみない申し出に、思わず結花の声音が弾んだ。
高校の自動販売機は学生に優しい親切価格とはいえ、四本も買うとなれば話は別だ。大出費このうえない。それを、勝負弱い結花は幾度となく払い続けている。
今月もまだ一度も勝てておらず、そのせいで発売を心待ちにしてずっと欲しかったお気に入りの作家の新刊も買えなかったのだ。仙道が肩代わりしてくれるなら、甘えてしまいたい。
「嬉しい! いいの?」
「うん。その代わり、結花には別のお願いを聞いてもらいたいんだけど」
「うん、いいよ! なんでもする! なんでも言って!」
仙道のお陰で、諦めた新刊を買えそうだ。嬉しい。結花の脳内が新刊の物語の世界に飛ぶ。
ああ、次はどんな話が描かれているんだろう。それを読むことができるのも、全て仙道のおかげだ。結花にできることならなんでもしてあげたい。
結花の勢いに、仙道が眉尻をさげて笑う。優しく結花を見つめる瞳を細めて、言った。
「はは、ありがと。――じゃあさ、オレの彼女になってよ」
「うん! ……うん? ――えっ!?」
瞬間、結花の頭の中が真っ白になった。
仙道は今何て言った? 彼女? 誰が? 誰の?
「ええっ!?」
結花が言葉の意味を理解するより早く、仙道はさっさと自動販売機にお金を入れはじめた。
待ってと止める間もなく、仙道の男らしいごつごつとした逞ましい手が、次々と目的の飲み物を買っていく。
越野と植草と仙道の分を買ったところで、不意に仙道がこちらを振り向いた。
呆然とする結花に、にこりと微笑む。
「結花は何が飲みたいの?」
「あ、メッツのガラナ味」
「りょーかい」
仙道が再び自動販売機に手を伸ばし、そのボタンを押す。
がこんとジュースが吐き出されて、仙道がそれを拾い上げた。
「はい、どーぞ」
「あ、ありがと……って、ちょっと待って、彰! わたし、そういうお願いだって聞いてなかったよ……!?」
「あれ。やなの?」
「いやとかそういうことじゃなくて!」
我に返った途端、結花の心臓がばくばくと狂ったように暴れはじめた。
アドレナリンが一気に放出されて、思考がまとまらなくなっていく。
嫌なわけない。むしろ、仙道にほのかな想いを寄せていた結花からすれば願ってもない申し出だ。だけど、この展開はなんか違う。なんていうか、夢も希望もない。
好きな人に告白される瞬間は、もっと甘くて優しくてくすぐったくなるようなものだと思っていた。
それが、まさか缶ジュースの肩代わりの礼とは。
これじゃあ、仙道が本当に結花を好きなのかどうかもわからないではないか。
「あれえ!?」
結花は混乱した。必死に考えようとしても、どきどきと速いペースで身体中をめぐる血の熱さで、なにも考えられない。
そんな結花をおかしそうに見つめて、仙道が笑った。缶ジュースを持つのとは反対の手で、優しく結花の頭を撫でてくる。
「はは、あれえって。ほんとかわいいなあ、結花は。だから大好きなんだよ」
「え、あの、ええ……!? でもだけど、なんで今……?」
せっかくもらった大好きって言葉も、こんなムードもへったくれもない、人通りも多いがやがやとした自販機の前では埋もれてしまう。
動揺したままそう聞くと、仙道が一度何かを考えるように上を向いて、すぐに結花を見た。飄々とした表情にわずかに不安を滲ませて、口元だけで笑む。
「んー。なんか、この夏の結花をひとりじめするには、これが最後のチャンスだと思ったんだよね。部活の時は忙しいし、そろそろ学期末でお弁当の時間もなくなるし。次また結花が負けるとも限らないしさ」
仙道が、頭を撫でる手を止めて、じっと真剣に結花を見つめてくる。
そのまなざしに、結花の心臓がばくんと大きく拍動した。
雑踏が遠のく。
仙道の視線に絡め取られて、身動きが取れない。
体が、熱い。
「さっきは軽い調子で言っちゃったけど、オレ本気だよ。結花が好き。オレの彼女になってくれる?」
「う、うん! 嬉しい! わたしも彰が好き!」
「はは、そっか。……うん。しあわせだ」
仙道は噛み締めるようにそう言うと、強く結花を抱きしめた。
長身の仙道にすっぽりと包み込まれて、結花の胸にも幸福感がつのっていく。
友達の時間は、これが最後。
いまからは彼女として、新しい時間がはじまる。
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20180621 SDワンライ企画お題『これが最後』