テスト勉強
「うーん……」
「大丈夫、ノブ?」
神宗一郎は取り組んでいた問題集から顔をあげると、隣りでうんうん頭を抱えて教科書とにらめっこしている清田信長を心配げに見つめた。
重くじめっとした空気の垂れ込める梅雨の六月。海南大附属高校はテスト週間を迎えていた。
宗一郎と信長と牧紳一の三人は、インターハイ出場を決めた部活動にのみ特別に許可されている午後五時までの自主練習後、学校近くのファミレスに集まってテスト勉強をしていた。
「どこがわからないの?」
「この問2なんすけど……」
信長の広げる数学Ⅰの教科書を覗き込んで、宗一郎はその指の先をみる。
それは、その単元の基礎問題だった。
「……それがわからないの?」
これはけっこう先行き不安な滑り出しなんじゃないだろうか。
宗一郎は表情を曇らせて信長をみる。
その視線を受けて、信長は焦ったように弁解をはじめた。
「うう、だって神さん! オレ勉強苦手なんですもん!」
「うん。そうみたいだね」
宗一郎は静かに嘆息した。
信長と知り合ってはや二ヶ月。あまり勉強が得意なほうではないのかもしれないと思ってはいたが、まさかここまでとは。
眉間に皺を寄せてどうしたものかと黙り込む宗一郎を見て、向かいの席に座っていた牧が勉強の手を止めて苦笑した。
「そんなにひどいのか?」
「そうですね。簡単に言えば、最初の一歩でつまづいてます」
「それは重症だな」
牧は呆れたように肩をすくめると、興味を失ったのか再び自身の勉強に戻っていった。
それを見た信長が、悲鳴のような声をあげる。
「ああ! 牧さん、見捨てないでくださいよ!」
「悪いが俺は三年だからな。お前に構っている暇はない。お前には神がいるだろう」
「ええ!? 牧さん、俺に信長の面倒を一人で見ろっていうんですか!?」
牧のその言葉に、今度は宗一郎が悲鳴をあげた。
信長は確かにかわいい後輩だ。できることなら助けてやりたい。
だけど、このレベルの信長を宗一郎一人でみるのには、さすがに無理があった。これでは自分の勉強がおろそかになってしまうではないか。
宗一郎の成績は学年でも上位のほうで、今さら慌てて勉強しなくてはならないようなものでもないが、だからといって勉強しないでいられるほど余裕なわけでもない。
困ったように眉尻をさげた宗一郎をみて、信長がしゅんとうなだれた。
「うう、そうっすよね、神さん。授業中寝てたオレが悪いんス。なので、大丈夫ッス。オレ、ひとりでがんばります!」
信長はそう言って小さく気合を入れると、再び教科書と向き直った。眉間に大きな皺を刻んで、ぶつぶつと真剣な表情で問題を解き始める。
書いては消し、書いては消しを繰り返しながら、やっとのことで答えを導き出した信長のその解答がまったくの見当違いなのを見て、宗一郎は諦めたようにため息をついた。
ほんとうに、世話のかかる後輩だ。
「しょうがないなあ……。いいよ、ノブ。俺が教えてあげる」
「――神さんっ、ほんとですか!」
「そのかわり、今回だけだよ。次からはちゃんと授業もしっかり聞いて、もう少しマシなレベルにまでなってること。わかった?」
信長が瞳を輝かせて、ぶんぶんと勢いよくうなずく。
「はいっ! ありがとうございますっ、神さん! うおー、やっぱり神さん大好きっす!」
「はいはい。お礼は良い点とって返してくれればいいから」
「ラジャーッス! オレ、やってやりますよ! 見ててください!」
「はは。期待しないでおくよ」
腕まくりして俄然やる気を出した後輩を見て、宗一郎は優しく笑った。
そんな二人を見て、牧が微笑ましそうに目を細めた。
「ほんとうに神は面倒見がいいな。よかったな、清田。神がいてくれて」
「はいっ!」
まだ人の少ないファミレスに、信長の元気な声がこだました。
――――――――――――――――
20180606 SDワンライ企画お題『テスト勉強』
「大丈夫、ノブ?」
神宗一郎は取り組んでいた問題集から顔をあげると、隣りでうんうん頭を抱えて教科書とにらめっこしている清田信長を心配げに見つめた。
重くじめっとした空気の垂れ込める梅雨の六月。海南大附属高校はテスト週間を迎えていた。
宗一郎と信長と牧紳一の三人は、インターハイ出場を決めた部活動にのみ特別に許可されている午後五時までの自主練習後、学校近くのファミレスに集まってテスト勉強をしていた。
「どこがわからないの?」
「この問2なんすけど……」
信長の広げる数学Ⅰの教科書を覗き込んで、宗一郎はその指の先をみる。
それは、その単元の基礎問題だった。
「……それがわからないの?」
これはけっこう先行き不安な滑り出しなんじゃないだろうか。
宗一郎は表情を曇らせて信長をみる。
その視線を受けて、信長は焦ったように弁解をはじめた。
「うう、だって神さん! オレ勉強苦手なんですもん!」
「うん。そうみたいだね」
宗一郎は静かに嘆息した。
信長と知り合ってはや二ヶ月。あまり勉強が得意なほうではないのかもしれないと思ってはいたが、まさかここまでとは。
眉間に皺を寄せてどうしたものかと黙り込む宗一郎を見て、向かいの席に座っていた牧が勉強の手を止めて苦笑した。
「そんなにひどいのか?」
「そうですね。簡単に言えば、最初の一歩でつまづいてます」
「それは重症だな」
牧は呆れたように肩をすくめると、興味を失ったのか再び自身の勉強に戻っていった。
それを見た信長が、悲鳴のような声をあげる。
「ああ! 牧さん、見捨てないでくださいよ!」
「悪いが俺は三年だからな。お前に構っている暇はない。お前には神がいるだろう」
「ええ!? 牧さん、俺に信長の面倒を一人で見ろっていうんですか!?」
牧のその言葉に、今度は宗一郎が悲鳴をあげた。
信長は確かにかわいい後輩だ。できることなら助けてやりたい。
だけど、このレベルの信長を宗一郎一人でみるのには、さすがに無理があった。これでは自分の勉強がおろそかになってしまうではないか。
宗一郎の成績は学年でも上位のほうで、今さら慌てて勉強しなくてはならないようなものでもないが、だからといって勉強しないでいられるほど余裕なわけでもない。
困ったように眉尻をさげた宗一郎をみて、信長がしゅんとうなだれた。
「うう、そうっすよね、神さん。授業中寝てたオレが悪いんス。なので、大丈夫ッス。オレ、ひとりでがんばります!」
信長はそう言って小さく気合を入れると、再び教科書と向き直った。眉間に大きな皺を刻んで、ぶつぶつと真剣な表情で問題を解き始める。
書いては消し、書いては消しを繰り返しながら、やっとのことで答えを導き出した信長のその解答がまったくの見当違いなのを見て、宗一郎は諦めたようにため息をついた。
ほんとうに、世話のかかる後輩だ。
「しょうがないなあ……。いいよ、ノブ。俺が教えてあげる」
「――神さんっ、ほんとですか!」
「そのかわり、今回だけだよ。次からはちゃんと授業もしっかり聞いて、もう少しマシなレベルにまでなってること。わかった?」
信長が瞳を輝かせて、ぶんぶんと勢いよくうなずく。
「はいっ! ありがとうございますっ、神さん! うおー、やっぱり神さん大好きっす!」
「はいはい。お礼は良い点とって返してくれればいいから」
「ラジャーッス! オレ、やってやりますよ! 見ててください!」
「はは。期待しないでおくよ」
腕まくりして俄然やる気を出した後輩を見て、宗一郎は優しく笑った。
そんな二人を見て、牧が微笑ましそうに目を細めた。
「ほんとうに神は面倒見がいいな。よかったな、清田。神がいてくれて」
「はいっ!」
まだ人の少ないファミレスに、信長の元気な声がこだました。
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20180606 SDワンライ企画お題『テスト勉強』