釣った魚は自由奔放
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「笠鷺ましろ! 好きだ! オレと付き合ってくれ!」
「おはよう。そしてお断り」
今日も、恒例となったこのやりとりからましろの一日は始まる。
だけど、最初の頃と少し違うのはましろの態度だった。
以前はぴくりとも表情を変えなかったましろが、三井と話すときだけ時折微笑みを浮かべるようになった。
これには、あのクールビューティにいったいどんな魔法を使ったんだ三井寿!? と教室中が一時騒然となったものだ。
もちろんきっかけはあの告白である。
三井がなぜ自分のことを好きなのか理由を語ってくれたあの日から、ましろの心はすこしずつ三井へと傾き始めていた。
自分の席へと向かうましろの後ろを着いて歩きながら、三井は拗ねたように唇を尖らせる。
「ちぇー、今日もダメか。なあ、いい加減いつになったらオレと付き合ってくれるんだよ」
「だから言ってるでしょ。わたしが寿を好きだと感じたら」
ましろは呆れたようにそう返すと、いつものようにカバンの中身を机へとしまう。
三井はましろの隣りの自分の席で、それを眺めながらつぶやく。
「でもよ、お前もうとっくにオレのこと好きだろ」
「最初よりはね」
「じゃあ付き合ってもいいだろ」
「わたしの恋愛感情が完璧に寿に向いてなくてもいいなら構わないけど」
「……それは、オレが嫌だ」
「でしょう? だから、まだ付き合えない。寿の頑張りいかんでは、永遠に付き合えない」
あっさりとそう言うましろに、三井はがっくりと肩を落とす。
「くそう、オレは負けねえ……。負けねえぞ……」
そんな三井にましろが微笑したそのとき、ましろの前の席の葛城涼子が姿を現した。
「やあやあおはよう諸君。今日もましろは端麗で、今日も三井は醜悪だね」
「おはよう涼子」
「てめえ、ぶっ殺すぞばかつらぎ!」
相変わらずな返事を返す二人。
しかし涼子は三井を呆れるように半眼で見やり、わざとらしく肩をすくめて見せる。
「うーん、三井。いい加減その切り返しは聞き飽きたぞ。他にもっと気の利いたセリフが思いつけないのかね?」
「ああ!?」
「残念だけどそれは無理ね、涼子。寿の語彙は応用力が効かないレベル」
「なるほど。知ってはいたけど、改めて聞くとやはり憐れ極まりないな、三井」
そういってましろと涼子は心底憐れそうに三井を見つめた。
その視線に耐えかねて、三井がぷいとそっぽを向く。
涼子はそれを心から楽しそうに見守って、ましろに顔を向けた。
「それにしてもましろ。いつから三井のことを寿と?」
その問いにましろは渋面を、三井は笑顔を作る。
「ははは、やっぱり気づいたかばかつらぎ! これはな、オレとましろの愛の証明……」
「ではなく、わたしは義理も人情も薄いけど、だからこそ交わした約束だけは守る。そういうことよ」
ましろが嬉々として語る三井の言葉を遮って淡々と言う。
涼子がそれにほほうと呟いた。
「なるほど。無理矢理賭けを迫られましろが敗北、その結果の寿呼び……とな」
ましろがこくりと頷き、三井は呆気にとられる。
「な、葛城……。お前よくいまの話だけでそこまで正確に理解できたな」
「ふふ。三井に理解できぬのは仕方あるまいが、世間一般のおバカの行動にはだいたいの一貫性があるのだよ」
「……なんか言われてる意味はよくわかんねえが、ムカつくぜ……っ」
「はっはっは」
快活に笑う涼子にましろも愉快な気持ちになって、三井を見てにこりと笑う。
三井はましろが笑うことには大分慣れてきたものの、何度見てもやはり顔が赤くなってしまう。
反対に涼子は驚いた様子でましろのその笑顔に目を丸くした。
「なんと、ましろが微笑んでいる……! 脳みそがゾウリムシ以下の三井寿に向かって……!」
「くっそ、マジムカつくこの女……!」
三井が拳を震わせて言うと、涼子は両眉をきっと吊り上げて三井をびしっと指差した。
「いいや、三井。わたしもお前に至極苛立ちを感じているぞ。なぜヒエラルキーのてっぺんに属するましろが、その最下層にいる三井なぞに微笑まなくてはならない! わたしにだって微笑んでくれたことはないのに!」
「つーか、てめえの場合最後のが本音だろ!」
「黙りたまえ三井! ましろ、あのような者に微笑んではましろの美しさが霞んでしまう。さあ、その朝露に濡れた花びらが甘くかぐわしく匂い立つような麗しき笑みを、それを受けるにふさわしいわたしに向けてくれたまえ!」
「…………」
さあっと恍惚とした表情で両手を広げて言ってくる涼子を、ましろはしばらく冷めた目で眺めた。
三井とちらりと視線をかわすと、ましろは肺の底から深いため息をつく。
「……別に構わないけど、涼子って百合?」
その言葉に、涼子がガッツポーズを決める。
「わたしは男がだいっすきだ! だけれども、それと同じくらい麗しいものがだいっすきだ!」
「……あ、そ」
ましろと三井は疲れたようにつぶやくと、仲良くそっぽを向いた。
なんだキミたちノリが悪いねぇと席に着く涼子を無視して、ましろは三井に話しかける。
「ねえ、寿。ちょっとした興味なんだけど、寿って釣った魚に餌あげるタイプ?」
「!! 付き合ってくれるのか?」
「ましろ、ダメだ考え直せ! そんな画ヅラ、わたしは見たくない!」
「……繰り返そうか。ちょっとした興味なんだけど……」
「あー、わかった! わかったから繰り返さなくていい! でも付き合うんじゃねえならその質問意味あんのかよ」
言われてましろは考える。
それからおもむろに筆箱から消しゴムと定規を取り出した。
「これが、寿と付き合う境界線」
ましろが机の上に定規を縦に置く。
「で、これがわたしの気持ち」
三井にわかりやすいように、ましろは一度その消しゴムを三井の目の前に掲げて見せると、それを定規から3cmくらい離れた場所に置く。
「寿の答えいかんでは、わたしの気持ちが変わる」
言いながらましろは、消しゴムを前進・後退させ、元の位置に戻した。
視線を上げて、ましろは三井をじっと正面から見つめる。
「寿はどっち?」
その質問に三井はうろたえた。
「……っこれ! めちゃくちゃ重要な質問じゃねえか!」
「あー……。そうかもね。答えによって、たとえばわたしたちが付き合ったとして長続きするかとかにも、関わってくるかもね」
「……ぐっ」
真剣に頭を悩ませる三井に、ましろは小さく苦笑いした。
「寿、正解は探さないでいいよ。その場だけ取り繕っても意味がない。精神一到何事か成らざらんって言葉があるけど、わたしはその実践者じゃない。嘘はいらない。正直に答えて」
三井がううと眉根を寄せて悩む。
それまで楽しそうに事の成り行きを見守っていた涼子が、にやりと口の端を持ち上げた。
「はっはっは。悩むな凡人。お前の中に正解はひとつ。探すまでもなく答えはでているだろう? それを言えばいいだけだ。ちなみにわたしは、釣った魚にわたしのための餌を探しに行かせるタイプだ」
「「ああ、ぴったり」」
自信満々に言う涼子に、ましろと三井は仲良く声をそろえて同意した。
まさにそれは涼子にぴったりの言葉だった。
ましろは再び三井に視線を向ける。
「寿は?」
三井は覚悟を決めたように口を開く。
「……わりぃ、オレは釣った魚にあんまりエサはやんねえタイプかも」
その答えに、ましろは無表情のまま三井を見つめた。
しばらく二人の間を沈黙が支配する。
ダメだったかと三井が落胆しかけたそのとき、ましろが静かに消しゴムを持ち上げた。
それを定規にぴったりくっつけるように前進させる。
「!」
三井が驚いたように目を見開いてましろを見つめた。
ましろはそれに唇を持ち上げて薄く微笑む。
「ちなみにわたしは、欲しいときに自分で餌を取りに行く魚なの。だから餌は与えてくれなくていいのよ」
「……もしお前が取りに来たときも、オレがエサをやらなかったら?」
恐る恐る訊ねる三井に、ましろがうーんと眉根を寄せて答える。
「餌を欲しがるわたしに、寿が勝てるとは思えないんだけど……」
「……!」
「ちがう?」
くりっとかわいらしく首をかしげて問うましろに、三井は顔を真っ赤に染めた。
涼子が楽しそうに大声をあげて笑う。
「ははは。これは一本とられたな、三井」
ちょうどそのとき、授業開始のチャイムがなった。
ましろはその音に三井から視線をはずし、机の中の教科書を探る。
三井はそれを呆然としながら眺めハッと我に返ると、教師が教室に入ってきたのにもかまわずに、ガッツポーズをして大声で叫んだ。
「いやったぜー!」
途端、三井に向けて飛ぶ教師の怒りの声。
「何だ三井、授業始まるぞ!」
ましろはそれを横に聞きながら、くすくすと微笑んだ。
机の上の、定規と消しゴムに目をやる。
境界線を越えるまで、あともう少し。
「おはよう。そしてお断り」
今日も、恒例となったこのやりとりからましろの一日は始まる。
だけど、最初の頃と少し違うのはましろの態度だった。
以前はぴくりとも表情を変えなかったましろが、三井と話すときだけ時折微笑みを浮かべるようになった。
これには、あのクールビューティにいったいどんな魔法を使ったんだ三井寿!? と教室中が一時騒然となったものだ。
もちろんきっかけはあの告白である。
三井がなぜ自分のことを好きなのか理由を語ってくれたあの日から、ましろの心はすこしずつ三井へと傾き始めていた。
自分の席へと向かうましろの後ろを着いて歩きながら、三井は拗ねたように唇を尖らせる。
「ちぇー、今日もダメか。なあ、いい加減いつになったらオレと付き合ってくれるんだよ」
「だから言ってるでしょ。わたしが寿を好きだと感じたら」
ましろは呆れたようにそう返すと、いつものようにカバンの中身を机へとしまう。
三井はましろの隣りの自分の席で、それを眺めながらつぶやく。
「でもよ、お前もうとっくにオレのこと好きだろ」
「最初よりはね」
「じゃあ付き合ってもいいだろ」
「わたしの恋愛感情が完璧に寿に向いてなくてもいいなら構わないけど」
「……それは、オレが嫌だ」
「でしょう? だから、まだ付き合えない。寿の頑張りいかんでは、永遠に付き合えない」
あっさりとそう言うましろに、三井はがっくりと肩を落とす。
「くそう、オレは負けねえ……。負けねえぞ……」
そんな三井にましろが微笑したそのとき、ましろの前の席の葛城涼子が姿を現した。
「やあやあおはよう諸君。今日もましろは端麗で、今日も三井は醜悪だね」
「おはよう涼子」
「てめえ、ぶっ殺すぞばかつらぎ!」
相変わらずな返事を返す二人。
しかし涼子は三井を呆れるように半眼で見やり、わざとらしく肩をすくめて見せる。
「うーん、三井。いい加減その切り返しは聞き飽きたぞ。他にもっと気の利いたセリフが思いつけないのかね?」
「ああ!?」
「残念だけどそれは無理ね、涼子。寿の語彙は応用力が効かないレベル」
「なるほど。知ってはいたけど、改めて聞くとやはり憐れ極まりないな、三井」
そういってましろと涼子は心底憐れそうに三井を見つめた。
その視線に耐えかねて、三井がぷいとそっぽを向く。
涼子はそれを心から楽しそうに見守って、ましろに顔を向けた。
「それにしてもましろ。いつから三井のことを寿と?」
その問いにましろは渋面を、三井は笑顔を作る。
「ははは、やっぱり気づいたかばかつらぎ! これはな、オレとましろの愛の証明……」
「ではなく、わたしは義理も人情も薄いけど、だからこそ交わした約束だけは守る。そういうことよ」
ましろが嬉々として語る三井の言葉を遮って淡々と言う。
涼子がそれにほほうと呟いた。
「なるほど。無理矢理賭けを迫られましろが敗北、その結果の寿呼び……とな」
ましろがこくりと頷き、三井は呆気にとられる。
「な、葛城……。お前よくいまの話だけでそこまで正確に理解できたな」
「ふふ。三井に理解できぬのは仕方あるまいが、世間一般のおバカの行動にはだいたいの一貫性があるのだよ」
「……なんか言われてる意味はよくわかんねえが、ムカつくぜ……っ」
「はっはっは」
快活に笑う涼子にましろも愉快な気持ちになって、三井を見てにこりと笑う。
三井はましろが笑うことには大分慣れてきたものの、何度見てもやはり顔が赤くなってしまう。
反対に涼子は驚いた様子でましろのその笑顔に目を丸くした。
「なんと、ましろが微笑んでいる……! 脳みそがゾウリムシ以下の三井寿に向かって……!」
「くっそ、マジムカつくこの女……!」
三井が拳を震わせて言うと、涼子は両眉をきっと吊り上げて三井をびしっと指差した。
「いいや、三井。わたしもお前に至極苛立ちを感じているぞ。なぜヒエラルキーのてっぺんに属するましろが、その最下層にいる三井なぞに微笑まなくてはならない! わたしにだって微笑んでくれたことはないのに!」
「つーか、てめえの場合最後のが本音だろ!」
「黙りたまえ三井! ましろ、あのような者に微笑んではましろの美しさが霞んでしまう。さあ、その朝露に濡れた花びらが甘くかぐわしく匂い立つような麗しき笑みを、それを受けるにふさわしいわたしに向けてくれたまえ!」
「…………」
さあっと恍惚とした表情で両手を広げて言ってくる涼子を、ましろはしばらく冷めた目で眺めた。
三井とちらりと視線をかわすと、ましろは肺の底から深いため息をつく。
「……別に構わないけど、涼子って百合?」
その言葉に、涼子がガッツポーズを決める。
「わたしは男がだいっすきだ! だけれども、それと同じくらい麗しいものがだいっすきだ!」
「……あ、そ」
ましろと三井は疲れたようにつぶやくと、仲良くそっぽを向いた。
なんだキミたちノリが悪いねぇと席に着く涼子を無視して、ましろは三井に話しかける。
「ねえ、寿。ちょっとした興味なんだけど、寿って釣った魚に餌あげるタイプ?」
「!! 付き合ってくれるのか?」
「ましろ、ダメだ考え直せ! そんな画ヅラ、わたしは見たくない!」
「……繰り返そうか。ちょっとした興味なんだけど……」
「あー、わかった! わかったから繰り返さなくていい! でも付き合うんじゃねえならその質問意味あんのかよ」
言われてましろは考える。
それからおもむろに筆箱から消しゴムと定規を取り出した。
「これが、寿と付き合う境界線」
ましろが机の上に定規を縦に置く。
「で、これがわたしの気持ち」
三井にわかりやすいように、ましろは一度その消しゴムを三井の目の前に掲げて見せると、それを定規から3cmくらい離れた場所に置く。
「寿の答えいかんでは、わたしの気持ちが変わる」
言いながらましろは、消しゴムを前進・後退させ、元の位置に戻した。
視線を上げて、ましろは三井をじっと正面から見つめる。
「寿はどっち?」
その質問に三井はうろたえた。
「……っこれ! めちゃくちゃ重要な質問じゃねえか!」
「あー……。そうかもね。答えによって、たとえばわたしたちが付き合ったとして長続きするかとかにも、関わってくるかもね」
「……ぐっ」
真剣に頭を悩ませる三井に、ましろは小さく苦笑いした。
「寿、正解は探さないでいいよ。その場だけ取り繕っても意味がない。精神一到何事か成らざらんって言葉があるけど、わたしはその実践者じゃない。嘘はいらない。正直に答えて」
三井がううと眉根を寄せて悩む。
それまで楽しそうに事の成り行きを見守っていた涼子が、にやりと口の端を持ち上げた。
「はっはっは。悩むな凡人。お前の中に正解はひとつ。探すまでもなく答えはでているだろう? それを言えばいいだけだ。ちなみにわたしは、釣った魚にわたしのための餌を探しに行かせるタイプだ」
「「ああ、ぴったり」」
自信満々に言う涼子に、ましろと三井は仲良く声をそろえて同意した。
まさにそれは涼子にぴったりの言葉だった。
ましろは再び三井に視線を向ける。
「寿は?」
三井は覚悟を決めたように口を開く。
「……わりぃ、オレは釣った魚にあんまりエサはやんねえタイプかも」
その答えに、ましろは無表情のまま三井を見つめた。
しばらく二人の間を沈黙が支配する。
ダメだったかと三井が落胆しかけたそのとき、ましろが静かに消しゴムを持ち上げた。
それを定規にぴったりくっつけるように前進させる。
「!」
三井が驚いたように目を見開いてましろを見つめた。
ましろはそれに唇を持ち上げて薄く微笑む。
「ちなみにわたしは、欲しいときに自分で餌を取りに行く魚なの。だから餌は与えてくれなくていいのよ」
「……もしお前が取りに来たときも、オレがエサをやらなかったら?」
恐る恐る訊ねる三井に、ましろがうーんと眉根を寄せて答える。
「餌を欲しがるわたしに、寿が勝てるとは思えないんだけど……」
「……!」
「ちがう?」
くりっとかわいらしく首をかしげて問うましろに、三井は顔を真っ赤に染めた。
涼子が楽しそうに大声をあげて笑う。
「ははは。これは一本とられたな、三井」
ちょうどそのとき、授業開始のチャイムがなった。
ましろはその音に三井から視線をはずし、机の中の教科書を探る。
三井はそれを呆然としながら眺めハッと我に返ると、教師が教室に入ってきたのにもかまわずに、ガッツポーズをして大声で叫んだ。
「いやったぜー!」
途端、三井に向けて飛ぶ教師の怒りの声。
「何だ三井、授業始まるぞ!」
ましろはそれを横に聞きながら、くすくすと微笑んだ。
机の上の、定規と消しゴムに目をやる。
境界線を越えるまで、あともう少し。
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