この手の先に
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「うん。だって、中学生くらいから……かな。彰くん、段々わたしと話してくれなくなっちゃったじゃない? 高校の時も何度か試合でうちの学校来たこともあったけど、彰くんわたしに気づきもしなかったし。だからもうてっきり忘れられてるんだとばかり思ってた」
琴梨がふふと吐息のような笑みを零す。
実は彰くんの試合毎回見に行ってたんだよなんて言うその表情はどこか淋しげで、仙道の胸を切なくさせた。
とくとくと速まる心臓。
ああ。なんて。
「……オレが、琴梨のこと忘れるわけないよ」
「え?」
仙道は用意できた紅茶を手に琴梨の待つテーブルに行くと、そこへ腰掛けた。
琴梨の前に紅茶を置いて、そして琴梨の目を真剣に見つめながら、もう一度繰り返す。
「オレが、琴梨を忘れるわけない」
「――あは、嘘っぽいなあ。……でも嬉しい。ありがとう」
何かを誤魔化すように笑った琴梨の瞳が、切なげに揺れる。
「ほんとうは、わたし……彰くんがね、どんどん遠くへ行ってしまうようで、ずっと寂しかった。高校も神奈川に行っちゃうし……距離的にも遠く離れちゃって。試合で彰くんが来るって知ったとき、すごく嬉しかったの覚えてる。久々に会ったら話せるかなあなんて思って……ほんとうはね、最初の試合のときに、彰くんに話しかけようと思ってたの。久しぶり、元気だった? って。だけど、たくさんの女の子の歓声を一身に浴びてバスケをしてる彰くんを見たら、なんだかもうわたしとは住む世界が違っちゃったんだなってはっきりわかっちゃって、とてもそんなことできなくなっちゃった。おかしいよね。……昔は、あんなに近くにいたのに……」
琴梨の瞳が、遠い昔を見つめるように細められる。
「毎日一緒に笑って泣いて、時には怒られて……。誰よりもそばにいたのになあ……」
「違うよ、琴梨」
仙道の喉から、掠れた頼りない声が出た。
琴梨がその響きに驚いたように仙道を見る。
その声の弱々しさに自分でも驚いて、仙道はそれを誤魔化すように琴梨に笑顔を向ける。
「……直視できなかったんだ」
「――え?」
「琴梨があまりにも綺麗で、まぶしすぎて……。オレは、そんな自分の心が琴梨にばれちゃう様な気がして、恥ずかしくなってだんだん話せなくなっちゃったんだ」
仙道の瞳もまた、遠い昔を見つめるように細められる。
綺麗で、まぶしくて、大好きな琴梨。
誰よりもそばにいたくて、誰も近づけたくなくて。
だけど、そんな気持ちがバレて琴梨を失うのが怖かった。
そう思ったら途端にどうすればいいのかわからなくて、ごまかすことに必死になって、少しずつ琴梨と距離が開いていって。
すっかり離れてしまった後には、それを埋めるにはどうしたらいいのかわからなくなっていた。
「高校の時、琴梨のこと見つけてたよ。オレの試合、見ててくれてるんだって嬉しかった。ほんとうはすごく話しかけたかった。だけど、たった半年会わなかっただけなのに、琴梨は見違える様に綺麗になってて、もうどうしたらいいかわからなかった。一度そうやって避けちゃったら、二年生になっても三年生になっても話しかける言葉も見つからなくて……。ガキだったんだよな。他のオンナには簡単に手を伸ばせたのに、琴梨を前にするとまるで子供みたいに心臓がドキドキして、右も左もわからなくなって……」
「彰くん……」
琴梨が、驚いたように息を飲んだ。
仙道はそんな琴梨を、静かに見つめる。
「――ねえ、琴梨。オレ、成長したと思わない?」
「え?」
「今も心臓は狂った様にドキドキしてるけど、だけどあんなに手を伸ばすのが怖かった琴梨に、今はこうして触れられる」
言いながら、仙道は琴梨の髪に手を伸ばした。
蛍光灯の光を受けて輝くそれを一房手にとって、その柔らかい髪に口づける。
カッと琴梨の顔が、火をつけたみたいに赤くなった。