その名は王子
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神様、事件です……。
「おはよ」
「お、おはよう」
結花は冷や汗を浮かべながら、この隣の席でにこにこと自分を見てくる人物に挨拶を返した。
たくさんの光を受けて透けるように輝く、色素の薄い茶色の髪。
きりっと持ち上がった線の細い眉に、くっきりとした二重の睫毛の長い目。
すっと通った鼻梁に、自信の表れのように口角の持ち上がった綺麗な唇。
この翔陽高校いちの美男子と言っても過言ではない、王子・藤真健司。
そろそろ卒業も近づいてきた三年の一月。
その王子の様子が、最近変だ。
「よお、お前この飴好きだろ? この前コンビニで見かけたから買ってやった。ほれ」
「う、うん。ありがとう……」
大変だ。王子から下賜品をいただいてしまった。
差し出された飴を、結花は少しの恐怖と共に受け取る。
隣りの席の王子は結花が受け取ったのを見ると、嬉しそうに少年のような笑顔で歯を見せて笑った。
ニカッという形容がぴったりくるその笑顔。
キラースマイルだ。
結花の心臓が、ばくんと跳ねる。
それと同時に突き刺さる、クラス中の女子の嫉妬の目。
もしも視線を具現化することが出来るのなら、今頃結花は無数の視線の刃で串刺しになって死んでいるに違いない。
それくらい、伝わってくるまわりからの空気がぴりぴりして痛かった。
まだ横の王子はにこにこしてこちらを見ている。
結花はその二種類の視線を一身に浴びながら、強張る顔に笑顔を無理矢理はりつけて席についた。
これは一体どうしたことだろう。
結花と藤真は高校一年生から三年生まで、三年間同じクラスだった。
昔からそこそこ話す仲だったけど、特別仲が良かったわけでは決してない。
そりゃあ結花はこっそり藤真に憧れていたりもしたけれど、正直三年間絶賛片想い中だったりもするけれど、でもこの翔陽の王子はバスケ一筋で、女の子なんか顧みもしない。
その事を知っていたし、なにより自分の命が惜しかったから、この王子に迂闊に近寄ったりしなかった。
それなのに。
「なあ、お前次の日曜日暇? 俺、その日なんもなくって暇なんだよな。映画付き合えよ」
「……わたしは、王子と違って受験生ですが……?」
一足早くスポーツ推薦で大学が決まっている藤真が呑気にそんなことを言ってきた。
お誘いは嬉しい。だがやっぱり命が惜しい。
ほんとうは結花も推薦で一足早く合格を手にしていたけれど、藤真がそんなこと知るわけないだろう。
それにこの手の話題にはみんなナーバスになっているから、あまり誰も話そうとしない。結花も推薦が決まった事をまだ誰にも話していなかった。情報が漏れてることはきっとない。
受験生ですと嘯いて丁重にお断りしようと結花がそう言うと、藤真の眉毛が「あ?」と不機嫌そうにつりあがった。
結花の肩が思わず恐怖に飛び上がる。
「お前、俺をなめんなよ。お前だって推薦で早々に大学決まってんじゃねーか。どうせ日曜暇なんだろ? 付き合えよ」
「……Oh。いつのまにわたしが推薦だったことをご存知で」
「バーカ。俺にかかれば、三年全員の受験事情もカンタンに手に入んだよ」
「…………」
そんなもの手に入れてどうするつもりだ。
胸に湧いた疑問は、心のうちにそっと秘めておく。
この王子は見た目の爽やかさにそぐわない、天上天下唯我独尊男だった。
命が一番。余計なことを言えば打ち首獄門に決まっている。
黙り込む結花に、藤真が不機嫌そうに言葉を続ける。
「ついでに言えば、お前に彼氏がいないことも確認済み。お前が俺と映画に行ったところで、誰も困るやついねーだろ?」
「…………」
(翔陽中の女子が、お困りになると思いますが……)
「ほら、行くって言えよ」と、ほとんど借金取りのような目で脅迫してくる藤真に、結花の背中を伝う冷や汗が止まらない。
「あの……王子。なにゆえ、わたしのような下賤の民をお誘いくださるのでしょうか……? 王子にはもっとふさわしい女人が……」
だらだらと脂汗を浮かべながら強張った笑顔をはりつけて藤真に言うと、おでこをぺしんと叩かれた。
「あいたぁっ!」
予想をはるかに超えるその衝撃に、結花はおでこを両手で押さえる。
戯れのレベルを超えている! 鏡で見たら真っ赤に違いない。
目尻に涙を浮かべて痛みに呻いていると、藤真が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「普通にしゃべれよ、結花。殺すぞ」
(わぁお、クチ悪いっ)
凍てつくような眼差しで睨む藤真に恐れをなして、結花はごくりとつばを飲み込んだ。
それまではりつけていた笑顔を解いて、拗ねたように唇を突き出す。
「だってさ、藤真くん最近おかしいよ。わたしになんか恨みでもあるわけ?」
「は? 恨み? なんでだよ」
きょとんと藤真が目を丸くする。
ああちくしょう、その顔かわいいなんて胸をときめかせながら、結花は机に顎をのせて唇を尖らせたまま喋る。
「だってここのところ妙にいろいろモノくれるし、俺様で有名な藤真くんが不気味なほど優しいし、腹の中が気になるくらい爽やかな笑顔で見つめてくるし、豆腐の角に頭でもぶつけて脳内細胞の回路が支離滅裂になっちゃったのかと思うくらいなんだもん」
「……お前。それは俺に失礼だと途中で気づかねーのか?」
憤りを堪えるような低い藤真の声に、結花の体がハッと強張る。
「いやいやいや、そんなつもりはないですよ! 今の藤真くんがいかに異常事態発生中なのかわかりやすく説明しただけでっ」
「…………」
机から体を起こして慌てて弁解したものの、その言葉も地雷だったのか、藤真がじっとりとした目で結花を見つめてきた。
しばらく無言の攻防を空中で繰り広げた後、結花は観念したように再び唇をつきだす。
「ごめんなさい」
「わかればいいんだよ」
フンとでも言うように藤真が言って横を向く。
中心に寄せられた眉がしわを作って、不機嫌に伏せられた目が瞳に睫毛の影を落として、そんな姿もとっても綺麗だ。
なんだか胸に泣きたいような切ない気持ちが迫って、結花も目を伏せる。
「だって……。そんな風にしてもらったら期待しちゃうよ。藤真くんはみんなの王子で、頭の中はバスケ一本しかないくせに……。休みの日に映画なんて、それじゃあまるでデートみたい。暇つぶしの相手だったら、花形くんだっているでしょう? なのになんでわたしを誘うの? ――ハッ。それともやっぱり王子は、わたしが嫉妬に狂った女子の餌食になってるところを見て楽しみたいだけなんだっ!!」
突然頭に鳥肌が立つくらいしっくりくる考えが浮かんで、結花はうわああああんとウソ泣きして机に突っ伏した。
「なんでだよ……」
呆れたような藤真の声が聞こえたかと思うと、優しい手の平が結花の頭に触れた。
初めて感じる藤真のぬくもり。
結花の心臓がとくとくと速度を上げる。
「ふ、藤真くん……?」
驚いて顔をあげると、結花の頭に添えた手はそのままで藤真がやさしく微笑んだ。
「キングオブ鈍感のお前が、俺の態度の変化に気づいたことは褒めてやる。だけど、まだまだ甘いな」
「え?」
他にもっとひどい仕打ちを用意していたのだろうか。
(このひと、真性の悪魔やでえ……)
あまりの恐怖で、なぜか心の声が関西弁だ。
結花は生粋の関東っ子なのに。
ほんとうに込み上げてきた涙が零れないように結花がすんと大きく鼻を啜ると、藤真がははっと少年の笑顔で笑った。
結花の目尻に男の手とは思えないほど綺麗な人差し指を伸ばして、そっと溢れた涙を拭ってくれる。
「お前を映画に誘ったのは、好きだからに決まってんだろ?」
「――え? その映画が?」
「いっぺん死ね」
「わあ……」
瞬間冷凍された眼差しで射竦められて、結花は肩を飛び上がらせた。
藤真が気を取り直すように咳払いをして、照れたようにはにかみながら結花から視線を逸らして言葉を続ける。
「優しくしたのも、モノを与えたのも、俺を見て欲しかったから。――ああ、ついでに言うと、下僕が欲しかったっていうのもあるかもな」
かわいかった藤真の顔が、いきなり邪悪にぐにゃりと歪む。
ヒッと思わず結花の喉が鳴った。
それを見て藤真が今度こそ破顔する。
「……はっ。お前、何だその顔。なにマジにとらえて怯えてんだよ、ジョーダンに決まってんだろ、ジョーダンに。……好きなんだよ、お前が。三年間ずっと。それくらいわかれよな、バカが」
「うう、うそだぁ! だって藤真くん、今までわたしに興味なんてなんにも……!」
「ああ!? 示してただろ、興味! 今までだって試合見に来いって何度も誘ったし、なにかで女と組まなきゃいけないときは必ずお前を誘ってただろうが!」
「でもそれは王子の気紛れと、わたしを誘っておけば楽ができるからというウッシッシな考えだと思ってたんだもん!」
「あーのーなー! お前、俺をどういう目で見てんだよ!」
「俺は藤真健司。使えるものはなんでも使うぜっ」
キラッとキメ顔で親指を立ててそう言ってやれば、眉を凶悪に怒らせた藤真に思いっきり両頬を引っ張られた。
「~~~~っ!」
声にならならい悲鳴が口から漏れる。
「てんめえ、いい加減にしろよ! 優しくしてやってればつけあがりやがって! だから! 俺はお前が好きなの! 便利だからとかんなわけねーだろ! そんなんで女を横に置くか、バカ! 俺はたいがいのことは自分でできる! もちろん人も使うけどな!」
「いっひぇるほほがひりめふれふらよ~!」
「ああ!? なんだって!?」
両頬から藤真の手が乱暴に離れる。
そのぴりっとした痛みに再び声にならない悲鳴をあげながら両頬をさすると、もう一度さっきの言葉を繰り返す。
「だから! 言ってることが支離滅裂だって言ったの!」
「支離滅裂じゃねーよ! 便利に使い出すのは、お前が俺と付き合ってからだろ! 付き合う前の女を誰が便利に使うかってんだよ!」
「うわ、誇って言えるようなことじゃないよ藤真くんそれっ!」
「うるせえ、文句あんのか!」
「うわー、ないですっ!」
立ち上がりこぶしを振り上げた藤真から身を守るようにして防御の姿勢をとると、ふうと息を吐く音が聞こえた。
かたんと小さくイスを鳴らして座って、長い足を組んで頬杖をつきながら、斜めに顔を傾けて余裕の表情で結花をじっと見下ろしてくる。
「で?」
「はい?」
「はい? じゃねえよ、返事を聞かせろって言ってんだよ。イエス以外受け入れねーけどな」
「わぁお、強引!」
「あ!? 文句あんのか!?」
「……ないです。わたしも藤真くんが好き」
瞳を伏せて答えると、ぽんぽんと優しいぬくもりが再び頭に触れた。
そのあたたかな手に導かれるようにして目線を持ち上げると、ひどく優しい表情で瞳を細めて笑う藤真と目が合った。
「――!!」
ばくんと狂ったように暴れ出す心臓。
自分の体温が急激に上昇していく。
「バーカ、素直になんのがおせぇんだよ」
やわらかい声でそういうと、藤真が今度はクラスを見回した。
息をつめて成り行きを見守っていたクラスメートたちに、藤真が迫力の笑顔を見せて宣言する。
「と、いうわけだから。今後一切俺と結花にちょっかいだしてくんなよ」
言い終わると同時に、藤真の唇が結花の頬に触れた。
「!」
ぎゃあああと教室に響き渡る女子の悲鳴。
それさえもどこか遠くに聞こえる結花の耳に、藤真の唇がそっと寄せられる。
「好きだぜ、結花。これから俺がかわいがってやるからな」
先行きを不安にさせるような、そんな藤真の声だけが、しっかりと結花の耳に飛び込んだ。
「おはよ」
「お、おはよう」
結花は冷や汗を浮かべながら、この隣の席でにこにこと自分を見てくる人物に挨拶を返した。
たくさんの光を受けて透けるように輝く、色素の薄い茶色の髪。
きりっと持ち上がった線の細い眉に、くっきりとした二重の睫毛の長い目。
すっと通った鼻梁に、自信の表れのように口角の持ち上がった綺麗な唇。
この翔陽高校いちの美男子と言っても過言ではない、王子・藤真健司。
そろそろ卒業も近づいてきた三年の一月。
その王子の様子が、最近変だ。
「よお、お前この飴好きだろ? この前コンビニで見かけたから買ってやった。ほれ」
「う、うん。ありがとう……」
大変だ。王子から下賜品をいただいてしまった。
差し出された飴を、結花は少しの恐怖と共に受け取る。
隣りの席の王子は結花が受け取ったのを見ると、嬉しそうに少年のような笑顔で歯を見せて笑った。
ニカッという形容がぴったりくるその笑顔。
キラースマイルだ。
結花の心臓が、ばくんと跳ねる。
それと同時に突き刺さる、クラス中の女子の嫉妬の目。
もしも視線を具現化することが出来るのなら、今頃結花は無数の視線の刃で串刺しになって死んでいるに違いない。
それくらい、伝わってくるまわりからの空気がぴりぴりして痛かった。
まだ横の王子はにこにこしてこちらを見ている。
結花はその二種類の視線を一身に浴びながら、強張る顔に笑顔を無理矢理はりつけて席についた。
これは一体どうしたことだろう。
結花と藤真は高校一年生から三年生まで、三年間同じクラスだった。
昔からそこそこ話す仲だったけど、特別仲が良かったわけでは決してない。
そりゃあ結花はこっそり藤真に憧れていたりもしたけれど、正直三年間絶賛片想い中だったりもするけれど、でもこの翔陽の王子はバスケ一筋で、女の子なんか顧みもしない。
その事を知っていたし、なにより自分の命が惜しかったから、この王子に迂闊に近寄ったりしなかった。
それなのに。
「なあ、お前次の日曜日暇? 俺、その日なんもなくって暇なんだよな。映画付き合えよ」
「……わたしは、王子と違って受験生ですが……?」
一足早くスポーツ推薦で大学が決まっている藤真が呑気にそんなことを言ってきた。
お誘いは嬉しい。だがやっぱり命が惜しい。
ほんとうは結花も推薦で一足早く合格を手にしていたけれど、藤真がそんなこと知るわけないだろう。
それにこの手の話題にはみんなナーバスになっているから、あまり誰も話そうとしない。結花も推薦が決まった事をまだ誰にも話していなかった。情報が漏れてることはきっとない。
受験生ですと嘯いて丁重にお断りしようと結花がそう言うと、藤真の眉毛が「あ?」と不機嫌そうにつりあがった。
結花の肩が思わず恐怖に飛び上がる。
「お前、俺をなめんなよ。お前だって推薦で早々に大学決まってんじゃねーか。どうせ日曜暇なんだろ? 付き合えよ」
「……Oh。いつのまにわたしが推薦だったことをご存知で」
「バーカ。俺にかかれば、三年全員の受験事情もカンタンに手に入んだよ」
「…………」
そんなもの手に入れてどうするつもりだ。
胸に湧いた疑問は、心のうちにそっと秘めておく。
この王子は見た目の爽やかさにそぐわない、天上天下唯我独尊男だった。
命が一番。余計なことを言えば打ち首獄門に決まっている。
黙り込む結花に、藤真が不機嫌そうに言葉を続ける。
「ついでに言えば、お前に彼氏がいないことも確認済み。お前が俺と映画に行ったところで、誰も困るやついねーだろ?」
「…………」
(翔陽中の女子が、お困りになると思いますが……)
「ほら、行くって言えよ」と、ほとんど借金取りのような目で脅迫してくる藤真に、結花の背中を伝う冷や汗が止まらない。
「あの……王子。なにゆえ、わたしのような下賤の民をお誘いくださるのでしょうか……? 王子にはもっとふさわしい女人が……」
だらだらと脂汗を浮かべながら強張った笑顔をはりつけて藤真に言うと、おでこをぺしんと叩かれた。
「あいたぁっ!」
予想をはるかに超えるその衝撃に、結花はおでこを両手で押さえる。
戯れのレベルを超えている! 鏡で見たら真っ赤に違いない。
目尻に涙を浮かべて痛みに呻いていると、藤真が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「普通にしゃべれよ、結花。殺すぞ」
(わぁお、クチ悪いっ)
凍てつくような眼差しで睨む藤真に恐れをなして、結花はごくりとつばを飲み込んだ。
それまではりつけていた笑顔を解いて、拗ねたように唇を突き出す。
「だってさ、藤真くん最近おかしいよ。わたしになんか恨みでもあるわけ?」
「は? 恨み? なんでだよ」
きょとんと藤真が目を丸くする。
ああちくしょう、その顔かわいいなんて胸をときめかせながら、結花は机に顎をのせて唇を尖らせたまま喋る。
「だってここのところ妙にいろいろモノくれるし、俺様で有名な藤真くんが不気味なほど優しいし、腹の中が気になるくらい爽やかな笑顔で見つめてくるし、豆腐の角に頭でもぶつけて脳内細胞の回路が支離滅裂になっちゃったのかと思うくらいなんだもん」
「……お前。それは俺に失礼だと途中で気づかねーのか?」
憤りを堪えるような低い藤真の声に、結花の体がハッと強張る。
「いやいやいや、そんなつもりはないですよ! 今の藤真くんがいかに異常事態発生中なのかわかりやすく説明しただけでっ」
「…………」
机から体を起こして慌てて弁解したものの、その言葉も地雷だったのか、藤真がじっとりとした目で結花を見つめてきた。
しばらく無言の攻防を空中で繰り広げた後、結花は観念したように再び唇をつきだす。
「ごめんなさい」
「わかればいいんだよ」
フンとでも言うように藤真が言って横を向く。
中心に寄せられた眉がしわを作って、不機嫌に伏せられた目が瞳に睫毛の影を落として、そんな姿もとっても綺麗だ。
なんだか胸に泣きたいような切ない気持ちが迫って、結花も目を伏せる。
「だって……。そんな風にしてもらったら期待しちゃうよ。藤真くんはみんなの王子で、頭の中はバスケ一本しかないくせに……。休みの日に映画なんて、それじゃあまるでデートみたい。暇つぶしの相手だったら、花形くんだっているでしょう? なのになんでわたしを誘うの? ――ハッ。それともやっぱり王子は、わたしが嫉妬に狂った女子の餌食になってるところを見て楽しみたいだけなんだっ!!」
突然頭に鳥肌が立つくらいしっくりくる考えが浮かんで、結花はうわああああんとウソ泣きして机に突っ伏した。
「なんでだよ……」
呆れたような藤真の声が聞こえたかと思うと、優しい手の平が結花の頭に触れた。
初めて感じる藤真のぬくもり。
結花の心臓がとくとくと速度を上げる。
「ふ、藤真くん……?」
驚いて顔をあげると、結花の頭に添えた手はそのままで藤真がやさしく微笑んだ。
「キングオブ鈍感のお前が、俺の態度の変化に気づいたことは褒めてやる。だけど、まだまだ甘いな」
「え?」
他にもっとひどい仕打ちを用意していたのだろうか。
(このひと、真性の悪魔やでえ……)
あまりの恐怖で、なぜか心の声が関西弁だ。
結花は生粋の関東っ子なのに。
ほんとうに込み上げてきた涙が零れないように結花がすんと大きく鼻を啜ると、藤真がははっと少年の笑顔で笑った。
結花の目尻に男の手とは思えないほど綺麗な人差し指を伸ばして、そっと溢れた涙を拭ってくれる。
「お前を映画に誘ったのは、好きだからに決まってんだろ?」
「――え? その映画が?」
「いっぺん死ね」
「わあ……」
瞬間冷凍された眼差しで射竦められて、結花は肩を飛び上がらせた。
藤真が気を取り直すように咳払いをして、照れたようにはにかみながら結花から視線を逸らして言葉を続ける。
「優しくしたのも、モノを与えたのも、俺を見て欲しかったから。――ああ、ついでに言うと、下僕が欲しかったっていうのもあるかもな」
かわいかった藤真の顔が、いきなり邪悪にぐにゃりと歪む。
ヒッと思わず結花の喉が鳴った。
それを見て藤真が今度こそ破顔する。
「……はっ。お前、何だその顔。なにマジにとらえて怯えてんだよ、ジョーダンに決まってんだろ、ジョーダンに。……好きなんだよ、お前が。三年間ずっと。それくらいわかれよな、バカが」
「うう、うそだぁ! だって藤真くん、今までわたしに興味なんてなんにも……!」
「ああ!? 示してただろ、興味! 今までだって試合見に来いって何度も誘ったし、なにかで女と組まなきゃいけないときは必ずお前を誘ってただろうが!」
「でもそれは王子の気紛れと、わたしを誘っておけば楽ができるからというウッシッシな考えだと思ってたんだもん!」
「あーのーなー! お前、俺をどういう目で見てんだよ!」
「俺は藤真健司。使えるものはなんでも使うぜっ」
キラッとキメ顔で親指を立ててそう言ってやれば、眉を凶悪に怒らせた藤真に思いっきり両頬を引っ張られた。
「~~~~っ!」
声にならならい悲鳴が口から漏れる。
「てんめえ、いい加減にしろよ! 優しくしてやってればつけあがりやがって! だから! 俺はお前が好きなの! 便利だからとかんなわけねーだろ! そんなんで女を横に置くか、バカ! 俺はたいがいのことは自分でできる! もちろん人も使うけどな!」
「いっひぇるほほがひりめふれふらよ~!」
「ああ!? なんだって!?」
両頬から藤真の手が乱暴に離れる。
そのぴりっとした痛みに再び声にならない悲鳴をあげながら両頬をさすると、もう一度さっきの言葉を繰り返す。
「だから! 言ってることが支離滅裂だって言ったの!」
「支離滅裂じゃねーよ! 便利に使い出すのは、お前が俺と付き合ってからだろ! 付き合う前の女を誰が便利に使うかってんだよ!」
「うわ、誇って言えるようなことじゃないよ藤真くんそれっ!」
「うるせえ、文句あんのか!」
「うわー、ないですっ!」
立ち上がりこぶしを振り上げた藤真から身を守るようにして防御の姿勢をとると、ふうと息を吐く音が聞こえた。
かたんと小さくイスを鳴らして座って、長い足を組んで頬杖をつきながら、斜めに顔を傾けて余裕の表情で結花をじっと見下ろしてくる。
「で?」
「はい?」
「はい? じゃねえよ、返事を聞かせろって言ってんだよ。イエス以外受け入れねーけどな」
「わぁお、強引!」
「あ!? 文句あんのか!?」
「……ないです。わたしも藤真くんが好き」
瞳を伏せて答えると、ぽんぽんと優しいぬくもりが再び頭に触れた。
そのあたたかな手に導かれるようにして目線を持ち上げると、ひどく優しい表情で瞳を細めて笑う藤真と目が合った。
「――!!」
ばくんと狂ったように暴れ出す心臓。
自分の体温が急激に上昇していく。
「バーカ、素直になんのがおせぇんだよ」
やわらかい声でそういうと、藤真が今度はクラスを見回した。
息をつめて成り行きを見守っていたクラスメートたちに、藤真が迫力の笑顔を見せて宣言する。
「と、いうわけだから。今後一切俺と結花にちょっかいだしてくんなよ」
言い終わると同時に、藤真の唇が結花の頬に触れた。
「!」
ぎゃあああと教室に響き渡る女子の悲鳴。
それさえもどこか遠くに聞こえる結花の耳に、藤真の唇がそっと寄せられる。
「好きだぜ、結花。これから俺がかわいがってやるからな」
先行きを不安にさせるような、そんな藤真の声だけが、しっかりと結花の耳に飛び込んだ。
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