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当時の伊織のほぼ全てを占めていたと言ってもいいテニス。
まだ、失ったなんて信じられない。
今でもこんなに未練が残ってる。
宗一郎の包み込むような優しい声音に、伊織の口がどんどんなめらかになっていく。
「彰さん、は、中学の頃の、先輩……で。わたしたち、とても近いところにいて……。それで、わたし、彰さんと、約束をしたんです」
「約束?」
「はい。すごく……すごく大切な、約束……。あと、もうちょっとで、それを守れるってときに、わたし……、わたし……」
よみがえる。
耳元で、ボールをつく音がする。
あのとき、わたしは対戦相手の若松佳織を追い詰めるのに、コートの端から端へと走らせていた。
試合はこちらが優勢。6ゲーム1セットマッチでゲームカウントは伊織が5-4でリード。おまけに最終ゲームは伊織のサービスゲームで、ポイントは40-15。あと1ポイント取れば、優勝。全中三連覇の偉業達成まで。仙道との約束まで、あと少しだった。
息をつめるような均衡状態が続く中、ふと甘い球が返ってきた。
今思えば、それは誘い球だったのかもしれない。
しかし、その時の伊織はチャンスボールと踏んで、ネット際まで詰めてそれをボレーで打ち返した。
佳織は、ボールの着地点に詰めてきていた。
佳織のもっとも得意とする球。トップスピンロブ。
伊織の頭上を越えて、飛んでいく球。
焦らなくても平気だったのに。その球を見逃してもポイントは40-30。
伊織の優勢は変わらないのに。
佳織の諦めない表情が、きっと伊織に勝負を急がせた。
慌てて球をおいかけて……、それで……、それで……。
そこまで考えた時、突然目の前がまっくらになった。
鼻腔をくすぐる宗一郎の匂いに、自分が宗一郎に抱きしめられているのだと悟る。
ゴガンと鈍い音が響いて、手からコーラの缶が滑り落ちる。
まだ残っていた中身がだくだくと流れ出す。
「ごめん、伊織ちゃん。ごめん……!」
「え!? そ、宗先輩!?」
戸惑って名前を呼ぶと、さらにきつく抱きしめられる。
またからだに熱がもどってきた。
ばくばくと激しく鼓動を繰り返す心臓。
こんなに密着したら、きっと宗一郎に聞こえてしまう。
「あ、あの! 宗先輩どど、どうしたんですか?」
「伊織ちゃんごめん。無理に聞いたりしてほんとうにごめん……! 辛いならいいから。伊織ちゃんが話したいと思ったタイミングでいいから……。だから、泣かないで、伊織ちゃん」
「え?」
伊織はその言葉にきょとんとした。
泣く? 誰が?
思って自分の頬に手を伸ばすと、そこは濡れて冷たかった。
「え……。あれ……?」
自覚すると、今度はなんだか涙が止まらなかった。
ぽろぽろととめどなく溢れる涙。
あの時くりかえしくりかえし後悔したことが、再び脳内でリフレインする。
どうしてあのとき、勝負を急いでしまったんだろう。
どうして冷静になれなかったんだろう。
たった一度の判断ミスが、すべてを失う引き金になってしまうなんて……!
伊織は目の前の宗一郎の服をぎゅっと掴んだ。
安心する。宗一郎の温かいぬくもり。
涙が止まらない。
「そ……せんぱい。ちょっと、このまま……、泣いても、い……ですか?」
「……ん。いいよ」
言って、宗一郎は伊織を抱きしめる腕の力を少し緩めた。
腕の中で声を押し殺して泣く伊織を安心させるように、宗一郎は伊織の頭に頬を寄せて、その頭を優しく撫でてやる。
伊織の背中が、泣き声にあわせて時折上下する。
宗一郎はそれを胸が詰まるような思いで見つめて、腕の中の伊織をぎゅっと抱きしめた。
まだ、失ったなんて信じられない。
今でもこんなに未練が残ってる。
宗一郎の包み込むような優しい声音に、伊織の口がどんどんなめらかになっていく。
「彰さん、は、中学の頃の、先輩……で。わたしたち、とても近いところにいて……。それで、わたし、彰さんと、約束をしたんです」
「約束?」
「はい。すごく……すごく大切な、約束……。あと、もうちょっとで、それを守れるってときに、わたし……、わたし……」
よみがえる。
耳元で、ボールをつく音がする。
あのとき、わたしは対戦相手の若松佳織を追い詰めるのに、コートの端から端へと走らせていた。
試合はこちらが優勢。6ゲーム1セットマッチでゲームカウントは伊織が5-4でリード。おまけに最終ゲームは伊織のサービスゲームで、ポイントは40-15。あと1ポイント取れば、優勝。全中三連覇の偉業達成まで。仙道との約束まで、あと少しだった。
息をつめるような均衡状態が続く中、ふと甘い球が返ってきた。
今思えば、それは誘い球だったのかもしれない。
しかし、その時の伊織はチャンスボールと踏んで、ネット際まで詰めてそれをボレーで打ち返した。
佳織は、ボールの着地点に詰めてきていた。
佳織のもっとも得意とする球。トップスピンロブ。
伊織の頭上を越えて、飛んでいく球。
焦らなくても平気だったのに。その球を見逃してもポイントは40-30。
伊織の優勢は変わらないのに。
佳織の諦めない表情が、きっと伊織に勝負を急がせた。
慌てて球をおいかけて……、それで……、それで……。
そこまで考えた時、突然目の前がまっくらになった。
鼻腔をくすぐる宗一郎の匂いに、自分が宗一郎に抱きしめられているのだと悟る。
ゴガンと鈍い音が響いて、手からコーラの缶が滑り落ちる。
まだ残っていた中身がだくだくと流れ出す。
「ごめん、伊織ちゃん。ごめん……!」
「え!? そ、宗先輩!?」
戸惑って名前を呼ぶと、さらにきつく抱きしめられる。
またからだに熱がもどってきた。
ばくばくと激しく鼓動を繰り返す心臓。
こんなに密着したら、きっと宗一郎に聞こえてしまう。
「あ、あの! 宗先輩どど、どうしたんですか?」
「伊織ちゃんごめん。無理に聞いたりしてほんとうにごめん……! 辛いならいいから。伊織ちゃんが話したいと思ったタイミングでいいから……。だから、泣かないで、伊織ちゃん」
「え?」
伊織はその言葉にきょとんとした。
泣く? 誰が?
思って自分の頬に手を伸ばすと、そこは濡れて冷たかった。
「え……。あれ……?」
自覚すると、今度はなんだか涙が止まらなかった。
ぽろぽろととめどなく溢れる涙。
あの時くりかえしくりかえし後悔したことが、再び脳内でリフレインする。
どうしてあのとき、勝負を急いでしまったんだろう。
どうして冷静になれなかったんだろう。
たった一度の判断ミスが、すべてを失う引き金になってしまうなんて……!
伊織は目の前の宗一郎の服をぎゅっと掴んだ。
安心する。宗一郎の温かいぬくもり。
涙が止まらない。
「そ……せんぱい。ちょっと、このまま……、泣いても、い……ですか?」
「……ん。いいよ」
言って、宗一郎は伊織を抱きしめる腕の力を少し緩めた。
腕の中で声を押し殺して泣く伊織を安心させるように、宗一郎は伊織の頭に頬を寄せて、その頭を優しく撫でてやる。
伊織の背中が、泣き声にあわせて時折上下する。
宗一郎はそれを胸が詰まるような思いで見つめて、腕の中の伊織をぎゅっと抱きしめた。