6
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
頭の中が真っ白で、何も考えることが出来ない。
小百合と、自分と、二人だけが、世界に取り残されてしまったような感覚に陥る。
「あ、えっと……」
伊織は、気付かず後退していたらしい。
じゃりりという地面を踏みしめる音が、まるで他人のもののように耳に遅れてとどいて、それから腰に軽い衝撃を受ける。
外水道にぶつかったようだ。
バランスを崩しそうになった体を、外水道の淵を掴んでなんとか支える。
その冷たさに、少しだけ現実感が甦ってきた。
耳に、さっきまで聞こえていなかった体育館の喧騒がゆっくりと戻ってくる。
ばくばくと激しく脈打つ、自分の心臓の音が聞こえる。
頬を伝う冷や汗の感覚。
伊織は、やっとのことで声を絞り出す。
「そう――だったん、ですか……」
同情するような、哀れむような小百合の瞳。
その色には、覚えがある。
そう遠くない昔、何度となくそれで射抜かれた。何度となく。同じ色をたたえたいくつもの瞳から。
「伊織ちゃん、知られたくないようだったし、わたしも言うつもりはなかったんだけど……」
伊織は無意識に右腕を自分の体を抱きしめるようにまわした。
「もし、アノことで何かあったなら、事情も少しは知ってるし、力になれるんじゃないかと思って」
「――!」
その言葉に、カッと伊織の全身を熱い炎のようなものが駆け巡った。
怒りなのか悲しみなのか、わからない。
だけど苦しい。
事情なんて。誰も。
外側からなんかじゃ、誰も何もわからないくせに。
脳裏によみがえる。
苦しかったでしょう。辛かったでしょう。でも大丈夫。あなたには別の未来があるんだから。
そう言って差し伸べられる、無数の手。手。手。
やめて。忘れたいのに。やめて。忘れたくなんかないの。
大丈夫。大丈夫よ。伊織、あなたは大丈夫。
うるさい。もう放っておいて。
何も悲観することないのよ。ほんの些細なことじゃない。
うるさいうるさい。
世の中には、もっと苦しんでる人がたくさんいるのよ。それに比べたら、あなたは幸せでしょう。
うるさいうるさいうるさい!
「うるさいっ!」
「えっ!?」
小百合の驚いたような声で、伊織はハッと我に返った。
知らず、声に出していたらしい。
口許を押さえた指先がひどく冷たかった。
違う。小百合は違う。興味本位で言った言葉じゃなかったのに。本気で心配してくれてるのに。
「ご、ごめんなさい!」
伊織は体をがばりと折り曲げた。
そのまま顔を上げずに、言葉を続ける。
「わたしっ、どうか、してました。……ちょっと、昔の記憶にとらわれて……」
顔を蒼白にして、必死になんとか伝えようとする伊織を、小百合は労わるように見つめた。
そっと伊織の体を起こしてやると、小百合はゆるゆると首を振る。
「ううん。伊織ちゃん、わたしのほうこそごめんなさい。ちょっと不用意だったわ。ほんとうにごめんなさい」
「違うんです、わたしがまだ未熟なんです。もう半年以上も前のことなのに……いまだにこんな動揺して……。自分が情けないです」
眉尻を下げて、伊織は微笑む。
「それと、気にかかることはソレじゃないですから。大丈夫です。――もし、ソレで困ったら、小百合さんのところに駆け込みますね」
おどけるように笑って、伊織は体育館に体を向ける。
早くこの場から離れたかった。
「待って。伊織ちゃん、顔色が悪いわ。ドリンクボトルはわたしが片しておくから、少し保健室で休んでいらっしゃい。なんなら早退しても」
「いえ、大丈夫です」
小百合の言葉をさえぎって、伊織は言った。
「大丈夫です。ちゃんとやれますから」
自分に言い聞かせるように伊織はそう言うと、ドリンクボトルを抱えて体育館へと入っていった。
まさか知っていたなんて。しかも小百合が。よりにもよって、なんで。
(わざわざテニス部が弱小の、この高校を選んできたのに……)
伊織はドリンクボトルの中身を補充しカゴに戻すと、自分の運命を呪うように手の平で顔を覆った。
To be continued…
小百合と、自分と、二人だけが、世界に取り残されてしまったような感覚に陥る。
「あ、えっと……」
伊織は、気付かず後退していたらしい。
じゃりりという地面を踏みしめる音が、まるで他人のもののように耳に遅れてとどいて、それから腰に軽い衝撃を受ける。
外水道にぶつかったようだ。
バランスを崩しそうになった体を、外水道の淵を掴んでなんとか支える。
その冷たさに、少しだけ現実感が甦ってきた。
耳に、さっきまで聞こえていなかった体育館の喧騒がゆっくりと戻ってくる。
ばくばくと激しく脈打つ、自分の心臓の音が聞こえる。
頬を伝う冷や汗の感覚。
伊織は、やっとのことで声を絞り出す。
「そう――だったん、ですか……」
同情するような、哀れむような小百合の瞳。
その色には、覚えがある。
そう遠くない昔、何度となくそれで射抜かれた。何度となく。同じ色をたたえたいくつもの瞳から。
「伊織ちゃん、知られたくないようだったし、わたしも言うつもりはなかったんだけど……」
伊織は無意識に右腕を自分の体を抱きしめるようにまわした。
「もし、アノことで何かあったなら、事情も少しは知ってるし、力になれるんじゃないかと思って」
「――!」
その言葉に、カッと伊織の全身を熱い炎のようなものが駆け巡った。
怒りなのか悲しみなのか、わからない。
だけど苦しい。
事情なんて。誰も。
外側からなんかじゃ、誰も何もわからないくせに。
脳裏によみがえる。
苦しかったでしょう。辛かったでしょう。でも大丈夫。あなたには別の未来があるんだから。
そう言って差し伸べられる、無数の手。手。手。
やめて。忘れたいのに。やめて。忘れたくなんかないの。
大丈夫。大丈夫よ。伊織、あなたは大丈夫。
うるさい。もう放っておいて。
何も悲観することないのよ。ほんの些細なことじゃない。
うるさいうるさい。
世の中には、もっと苦しんでる人がたくさんいるのよ。それに比べたら、あなたは幸せでしょう。
うるさいうるさいうるさい!
「うるさいっ!」
「えっ!?」
小百合の驚いたような声で、伊織はハッと我に返った。
知らず、声に出していたらしい。
口許を押さえた指先がひどく冷たかった。
違う。小百合は違う。興味本位で言った言葉じゃなかったのに。本気で心配してくれてるのに。
「ご、ごめんなさい!」
伊織は体をがばりと折り曲げた。
そのまま顔を上げずに、言葉を続ける。
「わたしっ、どうか、してました。……ちょっと、昔の記憶にとらわれて……」
顔を蒼白にして、必死になんとか伝えようとする伊織を、小百合は労わるように見つめた。
そっと伊織の体を起こしてやると、小百合はゆるゆると首を振る。
「ううん。伊織ちゃん、わたしのほうこそごめんなさい。ちょっと不用意だったわ。ほんとうにごめんなさい」
「違うんです、わたしがまだ未熟なんです。もう半年以上も前のことなのに……いまだにこんな動揺して……。自分が情けないです」
眉尻を下げて、伊織は微笑む。
「それと、気にかかることはソレじゃないですから。大丈夫です。――もし、ソレで困ったら、小百合さんのところに駆け込みますね」
おどけるように笑って、伊織は体育館に体を向ける。
早くこの場から離れたかった。
「待って。伊織ちゃん、顔色が悪いわ。ドリンクボトルはわたしが片しておくから、少し保健室で休んでいらっしゃい。なんなら早退しても」
「いえ、大丈夫です」
小百合の言葉をさえぎって、伊織は言った。
「大丈夫です。ちゃんとやれますから」
自分に言い聞かせるように伊織はそう言うと、ドリンクボトルを抱えて体育館へと入っていった。
まさか知っていたなんて。しかも小百合が。よりにもよって、なんで。
(わざわざテニス部が弱小の、この高校を選んできたのに……)
伊織はドリンクボトルの中身を補充しカゴに戻すと、自分の運命を呪うように手の平で顔を覆った。
To be continued…