番外編 電気を大切にね
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「節電パーティー!?」
夏の大会も終わって、少しだけのんびりとした日常を送っている海南バスケ部。
その部室から、素っ頓狂な叫び声があがった。
「そう! 節電パーティー!」
部室に残っていた伊織、宗一郎、まりあが一様に眉をしかめる中、ただひとり、信長だけが嬉々とした表情で胸を張る。
「題して、『あっつい夏も三人寄ればなんとやら! 心頭滅却為せば成る! 飛んで火に入る夏の虫大作戦!』だぜ。いい考えだろ!? 今から伊織んち行ってやろーぜ!」
「ええ!?」
唐突に自宅を開催場所に指定された伊織は、嫌そうに顔を歪める。
「わたしんちでやろうって……。いったい何をやるの? そもそも作戦名がめちゃくちゃでよくわからないし」
「だーかーら! 節電パーティーだろ、節電パーティー!」
「はあ……さいですか」
追求を諦めた伊織は、隣りに立つ彼氏の宗一郎に救いを求めて視線を向けた。
それまでのんびり信長の話を聞いていた宗一郎が、伊織の視線を受けて困ったように微笑む。
「うーん。ここで助けを求められてもなぁ」
「がんばって、宗くん! ノブは後輩でしょ?」
「……それを言うなら、伊織は親友だよね」
「…………。じゃあ宗くんは、わたしがなんだかよくわからないものに巻き込まれて犠牲になってもいいんだ」
伊織はわざとらしくしなを作って、スンと鼻をすするしぐさをする。
「どーせどーせ宗くんのわたしに対する愛情なんてそんなものだよね。いーもんいーもんわかってたもん」
わああっと泣き真似をしてわざとらしく両手で顔を覆う伊織に、宗一郎がおかしそうに笑った。
「ははは。ごめんごめん。冗談だよ、伊織。愛してるよ」
宗一郎はその大きな手で、伊織の頭を優しく撫でると、言葉とともに伊織の頬に軽くキスを落とした。
「!!」
一瞬で顔を真っ赤に染めて黙り込む伊織の頭をもう一度優しく撫でると、宗一郎は信長を見る。
「それで、ノブ。節電パーティーってなにするの?」
宗一郎の行動に赤面していた信長は、その声にハッと我に返った。
誤魔化すように一度咳払いをして、もったいをつけるように口の端を持ち上げる。
「なにって、神さん! エアコンつけずに涼しくなる方法っていったら、アレしかないでしょう!」
「アレ?」
「そう、アレっすよ」
首を傾げる伊織たちをよそに、信長はにやりとひとり楽しそうに笑った。
「……それで、その方法ってのが怪談大会なわけ?」
伊織の部屋で、まりあが呆れたように嘆息した。
どこから調達したのか、部屋の中央には信長の手によって立派な白いろうそくが準備されていた。
まりあの言葉に、信長は鞄の中からごそごそとマッチ棒を取り出しながら答える。
「おう、そうだぜ! みんなで怖い話をして盛り上がれば、熱帯夜なんてへっちゃらだろー!」
「…………ノブは単純だね」
自信満々に言う信長に、同じく呆れたように信長を眺めていた宗一郎が呟いた。
ちなみに、部屋の主である伊織は、今は下で飲み物の準備をしていてこの場にはいない。
伊織が戻ってくる前にと、信長は手早く準備を進めていく。
「ノブ。盛り上がるのはいいけど、あんまり長居したら家の人に悪いだろ? 今日は早めに帰るよ」
「あ、それなら大丈夫ッスよ神さん! 学校出る前、伊織に家に電話させて今日オレたちが泊まるってこと伝えてもらいましたから」
「え!? 今日伊織ちゃんちにお泊まり!? やったー、嬉しい!!」
「だろだろ!? 追試対策以来だよな~!」
きゃっきゃとまりあと一緒に盛り上がる信長を、宗一郎は冷めた瞳で見つめる。
「ふうん。伊織んちに泊まるの? お前も?」
「え?」
抑揚のない宗一郎の声音に、信長がぎくりと表情を止める。
「神……さん?」
「別に俺は気にしないけどさ。よくヒトの彼女の家に泊まる承諾を勝手に取るよね、お前も。俺は別に気にしないけどさ」
「ってめっちゃ気にしてるじゃないッスか、神さ~ん!!」
「いや、全然気にしてないよ、微塵もね」
宗一郎は顔を俯けて、口許だけ笑みの形にして答えた。
怪談話はまだひとつもしていないというのに、信長の背中を尋常じゃないほどの悪寒が走る。
「ち、違う……! 違うんスよ神さん! オレは別にそんな変な意味とかではなく……っ」
「裾が伸びるから引っ張らないでくれない、清田」
「わああ、なんで清田って言うんスか~! いつもみたいにノブって呼んでくださいよ! ねっねっ?」
「…………」
「わああああん、神さ~ん! お願いだから嫌いにならないでください~! 頼む、まりあちゃん! 助けてくれぇええええっ!!」
「え~、まりあ知らな~い」
まりあは信長の必死の訴えを一蹴すると、部屋の本棚から勝手にマンガを抜き取って読み始めた。
「うう、まりあちゃん……。ひどすぎるぜ……」
信長の顔が絶望に染まる。
だけど信長はこの節電パーティーをやめるつもりなどさらさらなかった。
真夏の夜にみんなで集まって怪談話。怖い話をして冷えた部屋で、仲良く雑魚寝。これぞ青春の1ページではないか。
ただでさえ忙しいバスケ部、めったにこんな機会には恵まれない。今日は千載一遇のチャンスだった。
かくなるうえは土下座で許しを請うしかない。
そう決意した信長が床に両手を着いたときだった。
「おまたせ~」
伊織が呑気に部屋に入ってきた。
手には人数分のコップ、ウーロン茶、それからポテトチップスを載せたお盆を持っていた。
「伊織、大丈夫?」
宗一郎はそれを素早く伊織の手から受け取ると、ゆっくりと床に下ろした。
伊織は宗一郎にお礼を言うと、今にも頭を床にこすりつけようとしている信長に気付いて目を丸くした。
「ノブ? なにやってるの?」
「うう、伊織聞いてくれよ! 実は……」
「なんでもないよ、伊織。ノブ、ちょっと頭を打ったみたいでさ。さっきから言動がおかしいんだよね」
「えっ!?」
さらりとウソをつく宗一郎の言葉をすっかり信じて、伊織が顔を青くした。
勢い良くしゃがんで、心配そうに信長の顔を覗き込む。
「ノブ、大丈夫? ちょっと横になる? わたしのベッド使っていいから」
「い、いや。大丈夫。むしろそんなことをしたら命がないっていうか……」
「え?」
聞き取れずに訊き返す伊織に、信長は勢い良く首を横に振る。
「とにかく大丈夫だから! もう治った! もう治ったから!」
「そう? それならいいんだけど……」
伊織はまだどこか釈然としない様子ながらも、宗一郎の隣りに座りなおした。
中央に置かれている大きな白いろうそくと、そのまわりに配置されているひとまわり小さなろうそくを見て、ははーんと納得したように声を漏らす。
「ノブ。節電パーティーって怪談大会?」
「おう、正解だぜ! よくわかったな伊織!」
さっきまでの意気消沈ぶりはどこへやら、一転して顔を輝かせて信長が答えた。
その得意げな様子に、伊織はやれやれと肩をすくめてみせる。
「あのねえ。この状況みたら誰だってわかるって。でもさ、わたし怪談話なんて全然知らないよ? 宗くんとまりあちゃんは知ってる?」
訊ねると、ふたりはゆるゆると首を振る。
伊織は眉を寄せて信長を見た。
「……ノブ。こんなんで大丈夫なの?」
信長はニッと笑うと、伊織にグッと親指を立てた。
「まかせろよ伊織。じゃじゃーん!」
陽気な効果音をつけながら、信長は鞄からiPodとスピーカーを取り出した。
「これに、かの有名なじゅんじーいな○わ様の読んだ話が入ってる! これで涼しくなるぜ、絶対!」
「へえ、稲川淳○。わたし聞いたことない」
「伊織は怖い話平気なの?」
宗一郎の言葉に、伊織は考えるように上を向いた。
「うーん、どうだろう? お化け屋敷とかは大丈夫だし、そういうの一切信じてないから、多分平気だと思うんだけど。宗くんは?」
「俺? 俺は平気だよ」
「宗くんもそういう非科学的なことは信じない?」
「いや、信じないとかじゃなくて……」
ふいに宗一郎の目が何かを追うようにさまよった。
伊織と信長もつられて視線の先を辿るが、その先には何もない。
「…………」
宗一郎はしばらく部屋の右隅を眺めていたと思ったら、唐突に視線を持ち上げて今度は天井の一点を見つめた。
まさか。
伊織と信長の背中がぞくりと寒くなる。
急に全身が総毛立つような恐怖を感じて、伊織と信長はぶるっと身を震わせた。
「そ、宗くん……?」
恐る恐る伊織が声をかけると、宗一郎はハッとしたようにこちらに視線を戻してきた。
いつもの柔和な笑みを浮かべて、穏やかに言う。
「あ、ああ。ごめん。えーと、怖い話を信じるか信じないか、だっけ? それは……」
「わーーーー!!」
にこやかに答えようとした宗一郎を、伊織と信長は声を張り上げて必死で止めた。
その先の言葉は絶対に聞いてはいけないような気がした。さっきの反応からして、宗一郎は間違いなく本物だ。そんな話を聞いたら、今日は確実に眠れなくなってしまう。
「もういい! もういいよ宗くん! わかったから! 充分だから!」
「じ、神さん、オレが悪かったッス! もう言わないッスから!」
「はは。二人ともかわいいよね」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
宗一郎は肩を揺らしてくつくつと笑った。
耳を塞いで、小さく震えている伊織の頭を撫でると、ぐっとその肩を引き寄せる。
「わっ、宗くん!?」
「怖いなら近くにおいで、伊織。さっきのは冗談だから。俺、霊感なんてないよ」
「……ほんとう?」
にわかには信じられずに、伊織は宗一郎をじっと見つめた。
さっきのが演技だとしたらアカデミー賞ものだ。それほどに真に迫ったものがあった。
疑いの眼差しを向ける伊織に宗一郎はやわらかく笑う。
「はは、ほんとうだって。さ、稲○淳二の怪談聞くんだろ? まりあもこっちおいで」
「はーい!」
まりあはマンガを閉じると、信長と伊織の間に腰を降ろした。
宗一郎の発言に半信半疑の様子の信長が、気を取り直してろうそくに火をつけていく。
全てに点火が終わると、伊織は部屋の電気を消した。
再生ボタンを押した信長のiPodから、静かな声が流れ出した。
伊織はもう何度目になるかわからない寝返りを打った。
怪談大会は先ほど終わって、今は伊織の部屋で全員で川の字になって横になっていた。
伊織以外の全員はもう夢の中なのか、健やかな寝息を立てている。
「…………」
伊織は小さくため息をついた。
さっきまで聞いていた怪談話が頭を離れなくて、眠ることができない。
目を瞑るとまぶたの裏に浮かびあがる鮮明なイメージ。
かといって、目を開けていたら開けていたで、何かが視界をよぎったような気や、ぼんやり窓の外が光ったような気がしてとても落ち着けなかった。
「…………」
伊織は嘆息した。まいったな、と思う。
怖い話なんか全然大丈夫だと思ったのに。
(さすが怪談話のプリンス。話し方がうますぎる……!)
再び走った悪寒に伊織は身を震わせると、それから身を守るように布団を頭までかぶった。
「伊織?」
その時、宗一郎の声が聞こえた。
伊織が布団から顔を出すと、さっきまで隣りで眠っていたはずの宗一郎が、焦点の定まらない顔でこちらを見ていた。
伊織は起こしてしまったことと眠れないのがバレてしまったこととでバツが悪くなって、眉尻を下げて微笑む。
「ごめん、宗くん。起こしちゃった?」
「ううん、平気だよ。それより伊織、眠れないの?」
少し掠れた声で、宗一郎が問いかける。
伊織は素直に頷いた。
「うん。なんか、思ったより怖い話ダメだったみたい。さっきからいろいろ思い出しちゃって」
「はは。伊織、きゃーきゃー叫んでたもんね」
「だってほんとに怖かったんだもん。うるさかった?」
「ううん。かわいかったよ」
「…………」
さらりと言う宗一郎に、伊織は顔を赤く染めて黙り込んだ。
宗一郎は伊織を見つめる瞳を細めて微笑むと、ふいに自分の布団をめくって言った。
「おいで、伊織」
「え?」
「怖くて眠れないんでしょ? 一緒に寝よう」
「え、ええ……っ!?」
予想外の言葉に伊織の心臓が飛び跳ねた。
おいでってことはつまり宗一郎の布団で一緒に寝るってことで。それってつまり。
(…………!)
伊織の胸が狂ったように拍動をはじめた。
まるで全身が心臓になったみたいだ。
手足がびりびりしびれて、心臓がぎゅっと痛い。
今も宗一郎の隣りで寝ていたけど、布団は別だ。同じ布団で寝ることとは次元が違う。
「あ、あの……」
顔を赤くしてしどろもどろになっていると、宗一郎が小さく笑った。
伊織の頬に手を触れて、優しく微笑む。
「大丈夫、伊織。何もしないよ。第一、ここには信長もまりあもいるだろ? 安心しなよ」
「で、でも……」
「それとも俺って信用ない?」
「う、ううん! そうじゃなくて、わたしの心臓が持たないっていうか……!」
今だってこんなにどきどきして死にそうなのに、耐えられる自信がなかった。
目をきつく閉じて言うと、宗一郎が笑った気配がした。
そのまま頭を撫でられる。
「じゃあ伊織。手を繋いで寝ようか」
「手?」
「うん。それなら大丈夫でしょ?」
「うん。でも、宗くん疲れない?」
「大丈夫だよ。俺も伊織と手を繋いで寝たい」
宗一郎の言葉に、伊織の顔も自然とほころぶ。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて……」
言いながら、伊織は差し出されている宗一郎の手に自分の手をすべりこませた。
宗一郎が繋がった手に優しく力を込めてくれる。
その瞬間、うそみたいに伊織を取り巻いていた恐怖の感情が凪いだ。
手から伝わってくる宗一郎の体温に、守られてるような安心感が胸に広がる。
「ふしぎ。ただ手を繋いだだけなのに、すごく安心する。もう怖くない」
ポツリと零した伊織の言葉に、宗一郎が優しく微笑んだ。
「眠れそう?」
「うん」
「よかった。俺がついてるから安心しておやすみ、伊織」
「うん。ありがとう、宗くん。――おやすみなさい」
「おやすみ」
宗一郎の返事を聞いて、伊織はそっと目を閉じた。
まぶたを閉じても、感じるのは宗一郎のぬくもりだけで、もう怖いイメージは浮かんでこなかった。
「宗くん、大好き……」
「俺もだよ」
宗一郎のあたたかい愛情に包まれて、伊織は安心して眠りへと落ちていった。
夏の大会も終わって、少しだけのんびりとした日常を送っている海南バスケ部。
その部室から、素っ頓狂な叫び声があがった。
「そう! 節電パーティー!」
部室に残っていた伊織、宗一郎、まりあが一様に眉をしかめる中、ただひとり、信長だけが嬉々とした表情で胸を張る。
「題して、『あっつい夏も三人寄ればなんとやら! 心頭滅却為せば成る! 飛んで火に入る夏の虫大作戦!』だぜ。いい考えだろ!? 今から伊織んち行ってやろーぜ!」
「ええ!?」
唐突に自宅を開催場所に指定された伊織は、嫌そうに顔を歪める。
「わたしんちでやろうって……。いったい何をやるの? そもそも作戦名がめちゃくちゃでよくわからないし」
「だーかーら! 節電パーティーだろ、節電パーティー!」
「はあ……さいですか」
追求を諦めた伊織は、隣りに立つ彼氏の宗一郎に救いを求めて視線を向けた。
それまでのんびり信長の話を聞いていた宗一郎が、伊織の視線を受けて困ったように微笑む。
「うーん。ここで助けを求められてもなぁ」
「がんばって、宗くん! ノブは後輩でしょ?」
「……それを言うなら、伊織は親友だよね」
「…………。じゃあ宗くんは、わたしがなんだかよくわからないものに巻き込まれて犠牲になってもいいんだ」
伊織はわざとらしくしなを作って、スンと鼻をすするしぐさをする。
「どーせどーせ宗くんのわたしに対する愛情なんてそんなものだよね。いーもんいーもんわかってたもん」
わああっと泣き真似をしてわざとらしく両手で顔を覆う伊織に、宗一郎がおかしそうに笑った。
「ははは。ごめんごめん。冗談だよ、伊織。愛してるよ」
宗一郎はその大きな手で、伊織の頭を優しく撫でると、言葉とともに伊織の頬に軽くキスを落とした。
「!!」
一瞬で顔を真っ赤に染めて黙り込む伊織の頭をもう一度優しく撫でると、宗一郎は信長を見る。
「それで、ノブ。節電パーティーってなにするの?」
宗一郎の行動に赤面していた信長は、その声にハッと我に返った。
誤魔化すように一度咳払いをして、もったいをつけるように口の端を持ち上げる。
「なにって、神さん! エアコンつけずに涼しくなる方法っていったら、アレしかないでしょう!」
「アレ?」
「そう、アレっすよ」
首を傾げる伊織たちをよそに、信長はにやりとひとり楽しそうに笑った。
「……それで、その方法ってのが怪談大会なわけ?」
伊織の部屋で、まりあが呆れたように嘆息した。
どこから調達したのか、部屋の中央には信長の手によって立派な白いろうそくが準備されていた。
まりあの言葉に、信長は鞄の中からごそごそとマッチ棒を取り出しながら答える。
「おう、そうだぜ! みんなで怖い話をして盛り上がれば、熱帯夜なんてへっちゃらだろー!」
「…………ノブは単純だね」
自信満々に言う信長に、同じく呆れたように信長を眺めていた宗一郎が呟いた。
ちなみに、部屋の主である伊織は、今は下で飲み物の準備をしていてこの場にはいない。
伊織が戻ってくる前にと、信長は手早く準備を進めていく。
「ノブ。盛り上がるのはいいけど、あんまり長居したら家の人に悪いだろ? 今日は早めに帰るよ」
「あ、それなら大丈夫ッスよ神さん! 学校出る前、伊織に家に電話させて今日オレたちが泊まるってこと伝えてもらいましたから」
「え!? 今日伊織ちゃんちにお泊まり!? やったー、嬉しい!!」
「だろだろ!? 追試対策以来だよな~!」
きゃっきゃとまりあと一緒に盛り上がる信長を、宗一郎は冷めた瞳で見つめる。
「ふうん。伊織んちに泊まるの? お前も?」
「え?」
抑揚のない宗一郎の声音に、信長がぎくりと表情を止める。
「神……さん?」
「別に俺は気にしないけどさ。よくヒトの彼女の家に泊まる承諾を勝手に取るよね、お前も。俺は別に気にしないけどさ」
「ってめっちゃ気にしてるじゃないッスか、神さ~ん!!」
「いや、全然気にしてないよ、微塵もね」
宗一郎は顔を俯けて、口許だけ笑みの形にして答えた。
怪談話はまだひとつもしていないというのに、信長の背中を尋常じゃないほどの悪寒が走る。
「ち、違う……! 違うんスよ神さん! オレは別にそんな変な意味とかではなく……っ」
「裾が伸びるから引っ張らないでくれない、清田」
「わああ、なんで清田って言うんスか~! いつもみたいにノブって呼んでくださいよ! ねっねっ?」
「…………」
「わああああん、神さ~ん! お願いだから嫌いにならないでください~! 頼む、まりあちゃん! 助けてくれぇええええっ!!」
「え~、まりあ知らな~い」
まりあは信長の必死の訴えを一蹴すると、部屋の本棚から勝手にマンガを抜き取って読み始めた。
「うう、まりあちゃん……。ひどすぎるぜ……」
信長の顔が絶望に染まる。
だけど信長はこの節電パーティーをやめるつもりなどさらさらなかった。
真夏の夜にみんなで集まって怪談話。怖い話をして冷えた部屋で、仲良く雑魚寝。これぞ青春の1ページではないか。
ただでさえ忙しいバスケ部、めったにこんな機会には恵まれない。今日は千載一遇のチャンスだった。
かくなるうえは土下座で許しを請うしかない。
そう決意した信長が床に両手を着いたときだった。
「おまたせ~」
伊織が呑気に部屋に入ってきた。
手には人数分のコップ、ウーロン茶、それからポテトチップスを載せたお盆を持っていた。
「伊織、大丈夫?」
宗一郎はそれを素早く伊織の手から受け取ると、ゆっくりと床に下ろした。
伊織は宗一郎にお礼を言うと、今にも頭を床にこすりつけようとしている信長に気付いて目を丸くした。
「ノブ? なにやってるの?」
「うう、伊織聞いてくれよ! 実は……」
「なんでもないよ、伊織。ノブ、ちょっと頭を打ったみたいでさ。さっきから言動がおかしいんだよね」
「えっ!?」
さらりとウソをつく宗一郎の言葉をすっかり信じて、伊織が顔を青くした。
勢い良くしゃがんで、心配そうに信長の顔を覗き込む。
「ノブ、大丈夫? ちょっと横になる? わたしのベッド使っていいから」
「い、いや。大丈夫。むしろそんなことをしたら命がないっていうか……」
「え?」
聞き取れずに訊き返す伊織に、信長は勢い良く首を横に振る。
「とにかく大丈夫だから! もう治った! もう治ったから!」
「そう? それならいいんだけど……」
伊織はまだどこか釈然としない様子ながらも、宗一郎の隣りに座りなおした。
中央に置かれている大きな白いろうそくと、そのまわりに配置されているひとまわり小さなろうそくを見て、ははーんと納得したように声を漏らす。
「ノブ。節電パーティーって怪談大会?」
「おう、正解だぜ! よくわかったな伊織!」
さっきまでの意気消沈ぶりはどこへやら、一転して顔を輝かせて信長が答えた。
その得意げな様子に、伊織はやれやれと肩をすくめてみせる。
「あのねえ。この状況みたら誰だってわかるって。でもさ、わたし怪談話なんて全然知らないよ? 宗くんとまりあちゃんは知ってる?」
訊ねると、ふたりはゆるゆると首を振る。
伊織は眉を寄せて信長を見た。
「……ノブ。こんなんで大丈夫なの?」
信長はニッと笑うと、伊織にグッと親指を立てた。
「まかせろよ伊織。じゃじゃーん!」
陽気な効果音をつけながら、信長は鞄からiPodとスピーカーを取り出した。
「これに、かの有名なじゅんじーいな○わ様の読んだ話が入ってる! これで涼しくなるぜ、絶対!」
「へえ、稲川淳○。わたし聞いたことない」
「伊織は怖い話平気なの?」
宗一郎の言葉に、伊織は考えるように上を向いた。
「うーん、どうだろう? お化け屋敷とかは大丈夫だし、そういうの一切信じてないから、多分平気だと思うんだけど。宗くんは?」
「俺? 俺は平気だよ」
「宗くんもそういう非科学的なことは信じない?」
「いや、信じないとかじゃなくて……」
ふいに宗一郎の目が何かを追うようにさまよった。
伊織と信長もつられて視線の先を辿るが、その先には何もない。
「…………」
宗一郎はしばらく部屋の右隅を眺めていたと思ったら、唐突に視線を持ち上げて今度は天井の一点を見つめた。
まさか。
伊織と信長の背中がぞくりと寒くなる。
急に全身が総毛立つような恐怖を感じて、伊織と信長はぶるっと身を震わせた。
「そ、宗くん……?」
恐る恐る伊織が声をかけると、宗一郎はハッとしたようにこちらに視線を戻してきた。
いつもの柔和な笑みを浮かべて、穏やかに言う。
「あ、ああ。ごめん。えーと、怖い話を信じるか信じないか、だっけ? それは……」
「わーーーー!!」
にこやかに答えようとした宗一郎を、伊織と信長は声を張り上げて必死で止めた。
その先の言葉は絶対に聞いてはいけないような気がした。さっきの反応からして、宗一郎は間違いなく本物だ。そんな話を聞いたら、今日は確実に眠れなくなってしまう。
「もういい! もういいよ宗くん! わかったから! 充分だから!」
「じ、神さん、オレが悪かったッス! もう言わないッスから!」
「はは。二人ともかわいいよね」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
宗一郎は肩を揺らしてくつくつと笑った。
耳を塞いで、小さく震えている伊織の頭を撫でると、ぐっとその肩を引き寄せる。
「わっ、宗くん!?」
「怖いなら近くにおいで、伊織。さっきのは冗談だから。俺、霊感なんてないよ」
「……ほんとう?」
にわかには信じられずに、伊織は宗一郎をじっと見つめた。
さっきのが演技だとしたらアカデミー賞ものだ。それほどに真に迫ったものがあった。
疑いの眼差しを向ける伊織に宗一郎はやわらかく笑う。
「はは、ほんとうだって。さ、稲○淳二の怪談聞くんだろ? まりあもこっちおいで」
「はーい!」
まりあはマンガを閉じると、信長と伊織の間に腰を降ろした。
宗一郎の発言に半信半疑の様子の信長が、気を取り直してろうそくに火をつけていく。
全てに点火が終わると、伊織は部屋の電気を消した。
再生ボタンを押した信長のiPodから、静かな声が流れ出した。
伊織はもう何度目になるかわからない寝返りを打った。
怪談大会は先ほど終わって、今は伊織の部屋で全員で川の字になって横になっていた。
伊織以外の全員はもう夢の中なのか、健やかな寝息を立てている。
「…………」
伊織は小さくため息をついた。
さっきまで聞いていた怪談話が頭を離れなくて、眠ることができない。
目を瞑るとまぶたの裏に浮かびあがる鮮明なイメージ。
かといって、目を開けていたら開けていたで、何かが視界をよぎったような気や、ぼんやり窓の外が光ったような気がしてとても落ち着けなかった。
「…………」
伊織は嘆息した。まいったな、と思う。
怖い話なんか全然大丈夫だと思ったのに。
(さすが怪談話のプリンス。話し方がうますぎる……!)
再び走った悪寒に伊織は身を震わせると、それから身を守るように布団を頭までかぶった。
「伊織?」
その時、宗一郎の声が聞こえた。
伊織が布団から顔を出すと、さっきまで隣りで眠っていたはずの宗一郎が、焦点の定まらない顔でこちらを見ていた。
伊織は起こしてしまったことと眠れないのがバレてしまったこととでバツが悪くなって、眉尻を下げて微笑む。
「ごめん、宗くん。起こしちゃった?」
「ううん、平気だよ。それより伊織、眠れないの?」
少し掠れた声で、宗一郎が問いかける。
伊織は素直に頷いた。
「うん。なんか、思ったより怖い話ダメだったみたい。さっきからいろいろ思い出しちゃって」
「はは。伊織、きゃーきゃー叫んでたもんね」
「だってほんとに怖かったんだもん。うるさかった?」
「ううん。かわいかったよ」
「…………」
さらりと言う宗一郎に、伊織は顔を赤く染めて黙り込んだ。
宗一郎は伊織を見つめる瞳を細めて微笑むと、ふいに自分の布団をめくって言った。
「おいで、伊織」
「え?」
「怖くて眠れないんでしょ? 一緒に寝よう」
「え、ええ……っ!?」
予想外の言葉に伊織の心臓が飛び跳ねた。
おいでってことはつまり宗一郎の布団で一緒に寝るってことで。それってつまり。
(…………!)
伊織の胸が狂ったように拍動をはじめた。
まるで全身が心臓になったみたいだ。
手足がびりびりしびれて、心臓がぎゅっと痛い。
今も宗一郎の隣りで寝ていたけど、布団は別だ。同じ布団で寝ることとは次元が違う。
「あ、あの……」
顔を赤くしてしどろもどろになっていると、宗一郎が小さく笑った。
伊織の頬に手を触れて、優しく微笑む。
「大丈夫、伊織。何もしないよ。第一、ここには信長もまりあもいるだろ? 安心しなよ」
「で、でも……」
「それとも俺って信用ない?」
「う、ううん! そうじゃなくて、わたしの心臓が持たないっていうか……!」
今だってこんなにどきどきして死にそうなのに、耐えられる自信がなかった。
目をきつく閉じて言うと、宗一郎が笑った気配がした。
そのまま頭を撫でられる。
「じゃあ伊織。手を繋いで寝ようか」
「手?」
「うん。それなら大丈夫でしょ?」
「うん。でも、宗くん疲れない?」
「大丈夫だよ。俺も伊織と手を繋いで寝たい」
宗一郎の言葉に、伊織の顔も自然とほころぶ。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて……」
言いながら、伊織は差し出されている宗一郎の手に自分の手をすべりこませた。
宗一郎が繋がった手に優しく力を込めてくれる。
その瞬間、うそみたいに伊織を取り巻いていた恐怖の感情が凪いだ。
手から伝わってくる宗一郎の体温に、守られてるような安心感が胸に広がる。
「ふしぎ。ただ手を繋いだだけなのに、すごく安心する。もう怖くない」
ポツリと零した伊織の言葉に、宗一郎が優しく微笑んだ。
「眠れそう?」
「うん」
「よかった。俺がついてるから安心しておやすみ、伊織」
「うん。ありがとう、宗くん。――おやすみなさい」
「おやすみ」
宗一郎の返事を聞いて、伊織はそっと目を閉じた。
まぶたを閉じても、感じるのは宗一郎のぬくもりだけで、もう怖いイメージは浮かんでこなかった。
「宗くん、大好き……」
「俺もだよ」
宗一郎のあたたかい愛情に包まれて、伊織は安心して眠りへと落ちていった。