番外編 信長くんの答案用紙
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「…………」
「…………」
海南大附属高校男子バスケ部。
放課後練習も終え部員のほとんどが帰宅したその部室で、一年生マネージャーである鈴村伊織と、唯一の一年生レギュラーである清田信長の二人が静かに睨み合っていた。
目の前には複数の紙切れ。
信長の答案用紙だった。
「…………」
伊織が答案用紙に視線を落として声も出せないでいると、信長が重そうに口を持ち上げて言った。
「伊織、ごめん」
だけど伊織は答えない。
「伊織、ほんとうにごめんったら」
「…………」
「なあ、伊織。オレが悪かったって……」
「…………」
「伊織ってば!」
「違う」
ふいに伊織は言った。
そうだ。違う。悪いのは信長じゃない。
悪いのは……。
「ノブの頭じゃぁあああああ!」
言うが早いか、伊織は手近にあった筆箱をむんずと掴んで、信長の顔面に投げつけた。
至近距離のその攻撃に信長が避けきれず、見事に顔の真ん中でそれをキャッチする。
ブッという鼻から空気の抜けるような情けない音を出して、信長が悲鳴を上げた。
「ぃいってええ! なにしやがる伊織! おま、この距離から投げるならせめて避けられるようゆっくり投げるか、当たっても痛くない場所狙えよっ」
「いやよバカッ! なんなのこの点数! なんなのこの点数! わたしが……わたしがせっかく……っ!」
伊織は喉の奥で声にならない悲鳴をあげて、がっくりとうなだれた。
自然、目線に入ってくる信長の答案用紙。
伊織の視界が、情けなさから思わずぼんやりにじんだ。
「な、泣くなよ伊織。オレが悪かったって」
「うう……。だって、だってせっかくわたしがノブのためにテストの要点まとめた必勝ノート作ってあげたのに、なんで赤点が三つもあるのよー!!」
「いや、だって、ほら……」
「ほら、なによ!」
「…………ノート眺めただけでお勉強した気になってました」
「!! バカノブ~~~~っ!」
信長の答えに、伊織はうわああああんと声を上げて机に泣き伏せた。
「伊織!?」
その声を聞きつけた宗一郎が、何事かと部室に飛び込んで来る。
「伊織、どうしたの!?」
「宗くん!」
伊織は宗一郎に気づくと、伏せていた顔をあげて宗一郎にしがみついた。
「宗くん、ノブが……ノブが……っ!」
「ノブ?」
宗一郎は伊織の髪を優しく撫でながら、視線を鋭くして信長を見た。
信長が宗一郎の眼差しに怯んで、喉の奥でヒッと小さく悲鳴をあげる。
「――ノブ。お前、伊織に何したの? 返答いかんによっては、容赦しないよ」
「いや、違うんです神さん! 何かしたというよりは、むしろ何もしなかったことが原因っていうか……」
「え? なに、どういうこと?」
宗一郎の言葉に、伊織はのろのろと顔をあげた。
机の上においてある信長の答案用紙を掴むと、静かにそれを宗一郎に手渡してくる。
宗一郎はそれを受け取ると、そこに赤くでかでかと書かれた点数に思わず顔をしかめた。
「うわ……。なにこれ、ひどい点数……! ノブ、またこんな点数とったの?」
「……ハイ」
信長がしゅんと答える。
宗一郎はそれに「あれ?」と首を捻った。
「でも今回、伊織がノブのために特製ノート作ってくれてなかった? それでなんであかて……。ああ」
それでなんで赤点なんて取るの?
そう言いかけて、宗一郎は言葉を止めた。
さきほどの話を総合して考える。
『なにかしたというよりは、むしろなにもしなかったことが原因っていうか……』
なるほど、そういうことか。
思って宗一郎は納得する。
「つまり、ノブは伊織にノートを作っておいてもらいながら、まったく勉強をしなかったわけだ」
「そうなの、宗くん!」
宗一郎の言葉に伊織が弾かれたように顔をあげた。
答案用紙を指して、必死に訴えかけてくる。
「でもね。それでもね。ただ勉強しなかったってだけならわたしも想定の範囲内だし、しょうがないなあまったくともなるんだけど、でも見てこれ、宗くん! 間違い方がひどいの! ハンパないの! なんかもう、情けなくって泣けてきちゃうっていうか!」
「間違い方?」
言われて宗一郎は伊織の示した箇所に視線を落とした。
「えーと、なになに……? 次の諺のカッコを埋めよ?」
問題文は、『壁に耳あり 障子に()』。
当然カッコ内の答えは目ありだ。
が、しかし。
「…………。なにこれ、壁に耳あり 障子にメアリー? いや、音だけで考えたらおしいのかもしれないけど、どういうシチュエーションなの、これ?」
障子に金髪碧眼のメアリーが張り付いているとでも言うのだろうか。
いや、別に金髪碧眼でなくても構わないけれど。
思っていると、信長が慌てたように口を開いた。
「いや、違うんスよ神さん! これは、オレの大好きなマンガにそういう風なことが書いてあって……!」
「……へえ、そう。まあ、それはいいとして、次は……」
次の意味に該当する言葉を答えよ。
若さにまかせ無分別な行いをしてしまうこと。若気の()。
当然答えは若気の至りだ。
しかし信長の答えは……。
「若気のイタリー……。なに、ノブは外国人女性が好きなの?」
「いや、そういうわけじゃ……! でもメアリーと来たらイタリーかと……!」
「ふうん……」
もうまともに取り合う気力もわかない。
宗一郎はなんだか軽く頭痛がしてきた。
伊織が半分涙目になって、宗一郎に「これも見てっ」と今度は歴史のテストを手渡してくる。
伊織の指した箇所に、宗一郎は目を落とした。
「えーと。徳川8代目将軍徳川吉宗は別名何将軍と呼ばれていたか。答えは……暴れん坊将軍んんん!?」
思わず宗一郎は素っ頓狂な声をあげた。
暴れん坊将軍……だと!?
そんなばかな!
それはあれだ。
軽やかなトランペットのイントロと共に、白い馬に乗ったお殿様が海辺を駆けるオープニングの時代劇の話だ。
確かにあれのモデルは徳川吉宗だけど、テストでそんなことを聞くわけがない。
当然答えは米将軍だ。
軽くめまいを覚える宗一郎に追い討ちをかけるように、伊織がさらに別の欄の解答を示してくる。
問題。板垣退助の最後の言葉を答えよ。
答えは、板垣死すとも自由は死せず、だ。
しかし信長の答えは。
Q.板垣退助の最後の言葉を答えよ。
A.ぐふっ。
「いやいやいや。ちょ、これノブ本当に?」
目を疑う解答だ。思わず二度見してしまった。
宗一郎の怯えにも気付かずに、信長が解答用紙を覗き込んで「ああ、これッスか!」と声をあげる。
「そこの答えは最後までぐああと迷ったんスよ! やっぱりぐああの方でしたか?」
でも最後の言葉なんて候補ありすぎッスよねー。だってぎゃあああかもしれないじゃないッスか! と頬を膨らませていう後輩を、宗一郎は心底疲れた気持ちで見つめた。
「……もう、なんだっていいんじゃないの」
宗一郎は脱力して答えると、がっくり項垂れている伊織の頭を撫でた。
かわいそうに。
伊織はわざわざ自分の勉強時間を割いてまで、信長のために一生懸命必勝ノートを作ってあげていたのに。
「伊織、大丈夫? これはひどい目にあったね」
「でしょう!? しかも、間違い方がひどすぎるでしょう!? ひどいっていうかもう怖いんだよ、ここまで来ると! どうしてノブは海南に受かったの!?」
「だってオレスポーツ推薦だもん」
信長が小さく唇を尖らせて、拗ねたように答える。
伊織がそれに発狂寸前のように頭を抱えた。
「謝って! 全国のスポーツ推薦のひとに謝って!」
「ええ!? なんでだよ!」
「理由説明しないとダメなの!? この解答で、理由を説明しなくちゃダメなの!? ねえ、ノブ! もう一度聞くけど、この解答で理由を説明しなくちゃダメなの!?」
「うるせー、伊織! 三回も言うな!」
「何度でも言うわよ! ノブのばかばかばか!」
「ノブ。恩を仇で返しておいて、よく伊織にうるさいなんて言えるよね。もう色んなことすべて最初からやり直したら?」
さらりと冷たく言うと、信長が顔を青く染めて宗一郎にしがみついた。
「神さぁん! 見捨てないでくださいよ~! オレ、この後追試があるんですよ!!」
「追試……」
これは問題を作る先生だってかわいそうだ。
思わず絶句する宗一郎の横で、伊織が信長にかわいらしくべっと舌を出す。
「ノブなんか追試おっこっちゃえ!」
「伊織! ほんとごめん! 反省してるから! だからそんな血も涙もないこと言うなよ! 助けてくれぇえ~!」
とその時。
「何騒いでるの~?」
表の片づけをすませたまりあが部室に現れた。
宗一郎はまりあに黙って信長の答案用紙を手渡す。
まりあはそれに静かに目を通すと、一言。
「うぅわ、ノブくんマジキチ。まりあ、バカな男には興味なぁ~い」
言って、どうでもいいと言うように手元の答案用紙をぽいと投げ捨てた。
そしてぐったり疲れた様子の伊織と宗一郎の腕を取ると、にこりと天使の笑顔で微笑みかける。
「ね、宗ちゃん伊織ちゃん! キチガイはほっといて、これから三人でご飯食べに行こう! 駅前に新しく洋食屋さんできたでしょ? あそこのオムライス、すっごい絶品なんだって!」
「そうだね。ノブなんかほっといて行こうか。伊織、今日は伊織の分は俺が奢ってあげるよ」
「あ、まりあも伊織ちゃんにデザート奢ってあげる! 伊織ちゃん、あの必勝ノートノブくんの知能レベルに合わせてかなりわかりやすーく作ってあげてたのに、ノブくんは更にその斜め上をいってたなんて伊織ちゃんがかわいそすぎる。あそこ、デザートもおいしいって評判だから、それ食べて元気出して? 伊織ちゃん」
「うう。宗くん……まりあちゃん……っ! ありがとう!」
言うと、三人は呆然と佇む信長を置いてにぎやかに部室を出て行った。
誰もいなくなった部室を見渡して、信長はひとり地面にうずくまる。
「誰か……っ! 誰か助けてくださーいっ!!」
信長の切実な叫びは、誰に聞かれることもなく静寂に吸い込まれていった。
「…………」
海南大附属高校男子バスケ部。
放課後練習も終え部員のほとんどが帰宅したその部室で、一年生マネージャーである鈴村伊織と、唯一の一年生レギュラーである清田信長の二人が静かに睨み合っていた。
目の前には複数の紙切れ。
信長の答案用紙だった。
「…………」
伊織が答案用紙に視線を落として声も出せないでいると、信長が重そうに口を持ち上げて言った。
「伊織、ごめん」
だけど伊織は答えない。
「伊織、ほんとうにごめんったら」
「…………」
「なあ、伊織。オレが悪かったって……」
「…………」
「伊織ってば!」
「違う」
ふいに伊織は言った。
そうだ。違う。悪いのは信長じゃない。
悪いのは……。
「ノブの頭じゃぁあああああ!」
言うが早いか、伊織は手近にあった筆箱をむんずと掴んで、信長の顔面に投げつけた。
至近距離のその攻撃に信長が避けきれず、見事に顔の真ん中でそれをキャッチする。
ブッという鼻から空気の抜けるような情けない音を出して、信長が悲鳴を上げた。
「ぃいってええ! なにしやがる伊織! おま、この距離から投げるならせめて避けられるようゆっくり投げるか、当たっても痛くない場所狙えよっ」
「いやよバカッ! なんなのこの点数! なんなのこの点数! わたしが……わたしがせっかく……っ!」
伊織は喉の奥で声にならない悲鳴をあげて、がっくりとうなだれた。
自然、目線に入ってくる信長の答案用紙。
伊織の視界が、情けなさから思わずぼんやりにじんだ。
「な、泣くなよ伊織。オレが悪かったって」
「うう……。だって、だってせっかくわたしがノブのためにテストの要点まとめた必勝ノート作ってあげたのに、なんで赤点が三つもあるのよー!!」
「いや、だって、ほら……」
「ほら、なによ!」
「…………ノート眺めただけでお勉強した気になってました」
「!! バカノブ~~~~っ!」
信長の答えに、伊織はうわああああんと声を上げて机に泣き伏せた。
「伊織!?」
その声を聞きつけた宗一郎が、何事かと部室に飛び込んで来る。
「伊織、どうしたの!?」
「宗くん!」
伊織は宗一郎に気づくと、伏せていた顔をあげて宗一郎にしがみついた。
「宗くん、ノブが……ノブが……っ!」
「ノブ?」
宗一郎は伊織の髪を優しく撫でながら、視線を鋭くして信長を見た。
信長が宗一郎の眼差しに怯んで、喉の奥でヒッと小さく悲鳴をあげる。
「――ノブ。お前、伊織に何したの? 返答いかんによっては、容赦しないよ」
「いや、違うんです神さん! 何かしたというよりは、むしろ何もしなかったことが原因っていうか……」
「え? なに、どういうこと?」
宗一郎の言葉に、伊織はのろのろと顔をあげた。
机の上においてある信長の答案用紙を掴むと、静かにそれを宗一郎に手渡してくる。
宗一郎はそれを受け取ると、そこに赤くでかでかと書かれた点数に思わず顔をしかめた。
「うわ……。なにこれ、ひどい点数……! ノブ、またこんな点数とったの?」
「……ハイ」
信長がしゅんと答える。
宗一郎はそれに「あれ?」と首を捻った。
「でも今回、伊織がノブのために特製ノート作ってくれてなかった? それでなんであかて……。ああ」
それでなんで赤点なんて取るの?
そう言いかけて、宗一郎は言葉を止めた。
さきほどの話を総合して考える。
『なにかしたというよりは、むしろなにもしなかったことが原因っていうか……』
なるほど、そういうことか。
思って宗一郎は納得する。
「つまり、ノブは伊織にノートを作っておいてもらいながら、まったく勉強をしなかったわけだ」
「そうなの、宗くん!」
宗一郎の言葉に伊織が弾かれたように顔をあげた。
答案用紙を指して、必死に訴えかけてくる。
「でもね。それでもね。ただ勉強しなかったってだけならわたしも想定の範囲内だし、しょうがないなあまったくともなるんだけど、でも見てこれ、宗くん! 間違い方がひどいの! ハンパないの! なんかもう、情けなくって泣けてきちゃうっていうか!」
「間違い方?」
言われて宗一郎は伊織の示した箇所に視線を落とした。
「えーと、なになに……? 次の諺のカッコを埋めよ?」
問題文は、『壁に耳あり 障子に()』。
当然カッコ内の答えは目ありだ。
が、しかし。
「…………。なにこれ、壁に耳あり 障子にメアリー? いや、音だけで考えたらおしいのかもしれないけど、どういうシチュエーションなの、これ?」
障子に金髪碧眼のメアリーが張り付いているとでも言うのだろうか。
いや、別に金髪碧眼でなくても構わないけれど。
思っていると、信長が慌てたように口を開いた。
「いや、違うんスよ神さん! これは、オレの大好きなマンガにそういう風なことが書いてあって……!」
「……へえ、そう。まあ、それはいいとして、次は……」
次の意味に該当する言葉を答えよ。
若さにまかせ無分別な行いをしてしまうこと。若気の()。
当然答えは若気の至りだ。
しかし信長の答えは……。
「若気のイタリー……。なに、ノブは外国人女性が好きなの?」
「いや、そういうわけじゃ……! でもメアリーと来たらイタリーかと……!」
「ふうん……」
もうまともに取り合う気力もわかない。
宗一郎はなんだか軽く頭痛がしてきた。
伊織が半分涙目になって、宗一郎に「これも見てっ」と今度は歴史のテストを手渡してくる。
伊織の指した箇所に、宗一郎は目を落とした。
「えーと。徳川8代目将軍徳川吉宗は別名何将軍と呼ばれていたか。答えは……暴れん坊将軍んんん!?」
思わず宗一郎は素っ頓狂な声をあげた。
暴れん坊将軍……だと!?
そんなばかな!
それはあれだ。
軽やかなトランペットのイントロと共に、白い馬に乗ったお殿様が海辺を駆けるオープニングの時代劇の話だ。
確かにあれのモデルは徳川吉宗だけど、テストでそんなことを聞くわけがない。
当然答えは米将軍だ。
軽くめまいを覚える宗一郎に追い討ちをかけるように、伊織がさらに別の欄の解答を示してくる。
問題。板垣退助の最後の言葉を答えよ。
答えは、板垣死すとも自由は死せず、だ。
しかし信長の答えは。
Q.板垣退助の最後の言葉を答えよ。
A.ぐふっ。
「いやいやいや。ちょ、これノブ本当に?」
目を疑う解答だ。思わず二度見してしまった。
宗一郎の怯えにも気付かずに、信長が解答用紙を覗き込んで「ああ、これッスか!」と声をあげる。
「そこの答えは最後までぐああと迷ったんスよ! やっぱりぐああの方でしたか?」
でも最後の言葉なんて候補ありすぎッスよねー。だってぎゃあああかもしれないじゃないッスか! と頬を膨らませていう後輩を、宗一郎は心底疲れた気持ちで見つめた。
「……もう、なんだっていいんじゃないの」
宗一郎は脱力して答えると、がっくり項垂れている伊織の頭を撫でた。
かわいそうに。
伊織はわざわざ自分の勉強時間を割いてまで、信長のために一生懸命必勝ノートを作ってあげていたのに。
「伊織、大丈夫? これはひどい目にあったね」
「でしょう!? しかも、間違い方がひどすぎるでしょう!? ひどいっていうかもう怖いんだよ、ここまで来ると! どうしてノブは海南に受かったの!?」
「だってオレスポーツ推薦だもん」
信長が小さく唇を尖らせて、拗ねたように答える。
伊織がそれに発狂寸前のように頭を抱えた。
「謝って! 全国のスポーツ推薦のひとに謝って!」
「ええ!? なんでだよ!」
「理由説明しないとダメなの!? この解答で、理由を説明しなくちゃダメなの!? ねえ、ノブ! もう一度聞くけど、この解答で理由を説明しなくちゃダメなの!?」
「うるせー、伊織! 三回も言うな!」
「何度でも言うわよ! ノブのばかばかばか!」
「ノブ。恩を仇で返しておいて、よく伊織にうるさいなんて言えるよね。もう色んなことすべて最初からやり直したら?」
さらりと冷たく言うと、信長が顔を青く染めて宗一郎にしがみついた。
「神さぁん! 見捨てないでくださいよ~! オレ、この後追試があるんですよ!!」
「追試……」
これは問題を作る先生だってかわいそうだ。
思わず絶句する宗一郎の横で、伊織が信長にかわいらしくべっと舌を出す。
「ノブなんか追試おっこっちゃえ!」
「伊織! ほんとごめん! 反省してるから! だからそんな血も涙もないこと言うなよ! 助けてくれぇえ~!」
とその時。
「何騒いでるの~?」
表の片づけをすませたまりあが部室に現れた。
宗一郎はまりあに黙って信長の答案用紙を手渡す。
まりあはそれに静かに目を通すと、一言。
「うぅわ、ノブくんマジキチ。まりあ、バカな男には興味なぁ~い」
言って、どうでもいいと言うように手元の答案用紙をぽいと投げ捨てた。
そしてぐったり疲れた様子の伊織と宗一郎の腕を取ると、にこりと天使の笑顔で微笑みかける。
「ね、宗ちゃん伊織ちゃん! キチガイはほっといて、これから三人でご飯食べに行こう! 駅前に新しく洋食屋さんできたでしょ? あそこのオムライス、すっごい絶品なんだって!」
「そうだね。ノブなんかほっといて行こうか。伊織、今日は伊織の分は俺が奢ってあげるよ」
「あ、まりあも伊織ちゃんにデザート奢ってあげる! 伊織ちゃん、あの必勝ノートノブくんの知能レベルに合わせてかなりわかりやすーく作ってあげてたのに、ノブくんは更にその斜め上をいってたなんて伊織ちゃんがかわいそすぎる。あそこ、デザートもおいしいって評判だから、それ食べて元気出して? 伊織ちゃん」
「うう。宗くん……まりあちゃん……っ! ありがとう!」
言うと、三人は呆然と佇む信長を置いてにぎやかに部室を出て行った。
誰もいなくなった部室を見渡して、信長はひとり地面にうずくまる。
「誰か……っ! 誰か助けてくださーいっ!!」
信長の切実な叫びは、誰に聞かれることもなく静寂に吸い込まれていった。