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まりあがぼかっと伊織を殴った。
グーだった。その手はグーだった。
伊織は頭を押さえる。
「い、いたっ!」
「痛くしてるの痛くて当たり前なの!」
言いながらまりあは控え室のドアを乱暴に開けた。
あごをしゃくって伊織に先に入るように促す。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして!」
開けたときと同じようにまりあは乱暴にドアを閉めた。
所在なげに立つ伊織の正面のベンチにどかっと腰を降ろすと、伊織にも前に座るように目で促した。
伊織はおとなしくそれに従ってゆっくりベンチに座る。
「まりあのこと伊織ちゃんが気にするのは当たり前だと思うし、むしろ気にされなかったらほんと袋叩きなんだけど、でもそんなに過敏にならなくていいよ。まりあが許可してあげる」
「……ありがとう」
「伊織ちゃん、あれからもちゃんといろいろ話してくれたもんね。宗ちゃんに思い余って自分の気持ち言っちゃったこともさ。宗ちゃんは伊織ちゃんのこと好きで、そんな宗ちゃん相手に頑張ってるまりあを知ってて、なのに宗ちゃんと付き合える状態でもないのに好きって言っちゃった伊織ちゃんには本当に殺意が芽生えたけど、まりあに正直に話してくれた伊織ちゃんにはちょっと嬉しささえ覚えた。わかる? このジレンマ。まりあのキュートな胸は相反する思いが飛び交ってもうぱんぱん。宗ちゃんを奪う伊織ちゃんが憎い。でもまりあの友達の伊織ちゃんは好き。宗ちゃんに好きって言っちゃった伊織ちゃんが憎い。でもそれを正直に話してくれた伊織ちゃんは好き。ね?」
「……ご、ごめん」
「ねえ、伊織ちゃん」
「……はい」
まりあの纏う空気がすっと静かになる。
「まりあ、本当はね。こういう日がいつか来るんじゃないかって、ずっと思ってたんだ」
「え?」
伊織は驚いて正面に座るまりあの目を見た。
まりあが伊織を見つめ返して小さく微笑み、その瞳を伏せる。震える睫毛の影がそこに落ちて、その様子が儚げで息を呑むくらい綺麗だった。
「まりあちゃん……」
「あのね、伊織ちゃん。実はまりあ、見てたの」
「え?」
「入学式の朝。伊織ちゃんと宗ちゃんが初めて出会ったあの時。まりあ、見てたんだ」
「……!」
驚きで伊織の息が一瞬止まった。
入学式の日。よみがえる思い出。
東京から逃げるように神奈川に来た伊織を勇気付けるように迎えてくれた桜の花びら。
それに願掛けをして、向かった入学式の会場にいた宗一郎。
今でも鮮明に思い出せる。思い出すだけで胸が落ち着かなくなる。
あのときふわりと微笑んだ宗一郎の優しい笑顔。
その笑顔を見て、全てを失い右も左もわからない見知らぬ土地でひとり不安を抱えていた伊織の心に、まるで春が新しい命を吹き込む息吹のような優しい風が吹いた。
こんな優しい笑顔をする先輩が学校にいるなら、こんな自分でももう一度新しくスタートできるかもしれないと感じた。
あの時、まりあもあの場所にいたのか。
「ぜ、全然気付かなかった」
「そりゃそうだよ。わたし、体育館の入り口からこっそり見てたんだもん」
「な、なんで?」
「うん……。見てたっていうか、本当は入れなかったの」
まりあがゆっくりと目を閉じる。
「びっくりしたんだぁ……」
「え?」
「女の子に向けてあんな風に楽しそうに笑う宗ちゃん、初めて見たから。伊織ちゃんのこと気に入ったんだなって、すぐわかった。だから出られなかった。足がすくんじゃって、咄嗟に邪魔することもできなかった。悔やまれるな、ほんと。あの時邪魔してたら、今と違った未来があったのかもしれないのにね?」