まさか、そんな偶然って。
伊織は、にこやかに宗一郎を紹介してくるまりあの顔を、ぎこちない笑みを浮かべながら見つめた。
どうしよう、うまく笑えない。まさか、憧れの人が、まりあちゃんの言ってた幼馴染だなんて。
必死に笑顔を浮かべようとすればするほど、どんどん頬の筋肉が緊張してしまった。

（これじゃあ、変に思われちゃう……！）

焦ってぎゅっと目をつぶったそのとき。

「伊織～、まりあちゃ～んっ！」

信長の声が聞こえた。
伊織はホッと息を吐き出すと、こちらに向けて走ってくる信長に視線を向ける。
信長は目の前まで来ると、泣きそうになっている伊織の表情を見て、ぎょっとしたように目を見開いた。

「ノブ……」
「うお!? なんだよ、伊織。そんな顔して……。緊張で怖気づいたか？」

そう言って、カカカッと笑う信長のお腹に、伊織はパンチをお見舞いする。
ぐえっと小さく悲鳴を上げる信長に、自然と頬がほころんだ。
よかった。自分を取り戻せそうだ。

「違うわよ、バカノブ」
「だよな～。伊織が緊張なんてかわいらしいことするわけないよな、まりあちゃんじゃあるまいし」
「失礼ね。私だって緊張のひとつやふたつするに決まってんでしょ！」
「プーッ！ じゃあお前、本当に緊張して固まってたんだ？ 似合わね～っ！」
「うるさいな、もう！」

大笑いする信長に伊織が憤慨していると、静かな声が飛んだ。

「やめなよ、ノブ」
「じ、神さん……」

憧れの先輩に諫められて縮こまる信長をよそに、宗一郎は伊織に目を向けた。
微笑する宗一郎と目が合い、伊織の胸がどきんと脈打つ。

「久しぶりだね、鈴村伊織ちゃん」
「あっ、はっ、はい！」
（う、うわ～！ うわ～！ 神先輩、わたしのこと覚えててくれたの!?）

伊織は自分の体温が急激に上昇したような気がした。
どきんどきんと、胸の鼓動はどんどん早くなる。

「頭のたんこぶはよくなった？」
「た、たんこぶなんかできてないですよ！」
「そうなの？ 凄い音がしたから、てっきりこぶでもできてるかと思った」
「わたし、こう見えて結構頑丈にできてるんです」
「なるほど。でも、なんでもなくてよかったね」

そういって、宗一郎は伊織の頭を優しくなでた。

（うわ……！）

どきんと、心臓がひときわ大きく脈打つ。
顔に熱が集まっていくのが、自分でもわかる。

（どうしよう……！ わたしの顔、いま絶対真っ赤だ……）

頭に感じる宗一郎の優しい手のぬくもりに、どきどきと飛び出そうな胸の鼓動を必死で抑えようとしていると、それまでじっと二人の様子を黙ってみていたまりあが口を開いた。
その表情は、明らかに不機嫌そうだ。

「宗ちゃん。伊織ちゃんと知り合いなの？」
「うん。入学式のときにちょっとね。ね、伊織ちゃん？」

宗一郎はそういうと、いたずらっぽい笑顔を浮かべて、人差し指を自分の口元に当てた。
内緒のポーズ。ふたりだけの秘密といっているみたいで、伊織はなんだかこそばゆい気持ちになる。
それを見たまりあは、一瞬おもしろくなさそうに唇を尖らせた。が、すぐに笑顔になって宗一郎の腕に飛びつき、甘えた声でおねだりする。