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そうして高頭のもとへ歩くと、ゆっくりと頭を下げる。
「監督。練習中にご迷惑をおかけして大変申し訳ありません」
高頭は深刻な表情でゆるやかに首をふると、月の肩に手を置く。
「そんなことより鈴村は大丈夫なのか?」
「そうだよ、いったいどういうことなんだよ?」
高頭の言葉に同意するように、信長が身を乗り出した。
月は苦しそうに瞳を細めると、重い唇を持ち上げた。
月はなんとか平静を取り繕いながら、順を追って経緯を説明した。
高頭や牧、小百合、宗一郎、信長、まりあをはじめ、体育館にいた全員がその話を息をつめたように聞いていた。
伊織が中学三年の夏頃までテニス選手だったこと。
6歳の頃からテニススクールに通いはじめ、そこでテニス界でも有名なコーチに師事していたこと。
テニス界からもっとも期待され、その将来を嘱望されていたこと。
伊織がその期待に充分すぎるほど応えることができる才能を持ち合わせていたこと。
しかし、中学三年の夏の全中大会のとき、試合中に負ったケガが原因で、二度と選手としてコートに立つことができなくなったこと。
月はそこまで話すと苦しそうに表情をゆがめた。
「多分、姉はそこまでだったらきっと耐えられた。自分がただテニスができなくなるって、きっとそれだけだったらまだあんな風にはならなかった。姉は自分だけのことだったら我慢ができてしまう人だから……。でも……。まわりに将来を期待されているって、どういうことだかわかりますか……?」
言ってみんなを見上げる月の目尻に涙が浮かぶ。
「苦楽を共にしてきたコーチが見せた絶望も、交わした約束を守れなかった罪悪感も、金銭面で苦労させてる両親に恩返しができなくなったことも……。自分のことだけで精一杯なはずなのに、テニスを失って一番つらいのは姉のはずなのに、だからこそ自分のことだけ考えていればいいのに、姉はそんなときにもまわりのことを考えてしまう人だった……!」
月が手の平をぐっと握り締めた。
悔しそうに唇を噛み締めて、絞りだすように言う。
「ある日、親戚が家に押しかけてきたんです……。なんの援助もしなかったクセに、いつもいつも姉に会うと調子いいことばっかり言って……! 勝手に姉の将来の賞金を当てにして、いつかそれで自分たちは楽して暮らせるって、勝手に考えてて……! そんな私利私欲の塊みたいなひとたちだったから、姉がもうプロにはなれないって……自分たちが姉の賞金で楽な暮らしができないってわかると、血相を変えて姉を責めたてたんです。聞いたでしょう、さっきの姉の言葉。なんで姉はそれでも生きているのかって、のうのうとあいつらは吐き捨てた。テニスのできないお前なんてただの抜け殻だって。両親の金を食いつぶすだけ食いつぶして、この先も生きて学費だなんだって出させるつもりなのかって。生きる価値がないって、……死んでしまえってあいつらは言いやがった!」
月の目から涙が零れ落ちる。
握り締めたこぶしの関節が白くなり、過度の力に手の平に刺さった爪がその皮膚をえぐって、じんわりと血が滲み出す。
「そうして次は、父さんと母さんを侮辱したんだ。遺伝子がどうとか育て方がどうどか。なんの根拠も脈絡もない言葉を並べ立てて。それで、次は俺たちを生んだことも非難し始めた。姉ひとりにしておけば、こんなことにはならなかったって。俺たちを生んだから遺伝子が薄まってこんな結果になったって。バカみたいだろ、そんなわけあるか、頭の悪い言いがかりだ! ――でも、あのときの姉ちゃんの顔が、今でも忘れられない……!」
どれほどの苦しみだっただろう。
いつだって他人の気持ちを優先させてしまう伊織。
その伊織が愛してやまない人たちが、目の前でいわれのない中傷を受けている。
他でもない自分が原因で。
テニスを失った苦しみと、愛してやまない人たちの絶望を感じて、ただでさえぎりぎりだった伊織の心が、そのとき限界を超えた。
愕然と、目を見開いて。
怯えるようによろめいて。
頭を抱えて。
わたしさえいなければ……って、乱れた呼吸の合間に縫うように漏らして、そうして……。
「監督。練習中にご迷惑をおかけして大変申し訳ありません」
高頭は深刻な表情でゆるやかに首をふると、月の肩に手を置く。
「そんなことより鈴村は大丈夫なのか?」
「そうだよ、いったいどういうことなんだよ?」
高頭の言葉に同意するように、信長が身を乗り出した。
月は苦しそうに瞳を細めると、重い唇を持ち上げた。
月はなんとか平静を取り繕いながら、順を追って経緯を説明した。
高頭や牧、小百合、宗一郎、信長、まりあをはじめ、体育館にいた全員がその話を息をつめたように聞いていた。
伊織が中学三年の夏頃までテニス選手だったこと。
6歳の頃からテニススクールに通いはじめ、そこでテニス界でも有名なコーチに師事していたこと。
テニス界からもっとも期待され、その将来を嘱望されていたこと。
伊織がその期待に充分すぎるほど応えることができる才能を持ち合わせていたこと。
しかし、中学三年の夏の全中大会のとき、試合中に負ったケガが原因で、二度と選手としてコートに立つことができなくなったこと。
月はそこまで話すと苦しそうに表情をゆがめた。
「多分、姉はそこまでだったらきっと耐えられた。自分がただテニスができなくなるって、きっとそれだけだったらまだあんな風にはならなかった。姉は自分だけのことだったら我慢ができてしまう人だから……。でも……。まわりに将来を期待されているって、どういうことだかわかりますか……?」
言ってみんなを見上げる月の目尻に涙が浮かぶ。
「苦楽を共にしてきたコーチが見せた絶望も、交わした約束を守れなかった罪悪感も、金銭面で苦労させてる両親に恩返しができなくなったことも……。自分のことだけで精一杯なはずなのに、テニスを失って一番つらいのは姉のはずなのに、だからこそ自分のことだけ考えていればいいのに、姉はそんなときにもまわりのことを考えてしまう人だった……!」
月が手の平をぐっと握り締めた。
悔しそうに唇を噛み締めて、絞りだすように言う。
「ある日、親戚が家に押しかけてきたんです……。なんの援助もしなかったクセに、いつもいつも姉に会うと調子いいことばっかり言って……! 勝手に姉の将来の賞金を当てにして、いつかそれで自分たちは楽して暮らせるって、勝手に考えてて……! そんな私利私欲の塊みたいなひとたちだったから、姉がもうプロにはなれないって……自分たちが姉の賞金で楽な暮らしができないってわかると、血相を変えて姉を責めたてたんです。聞いたでしょう、さっきの姉の言葉。なんで姉はそれでも生きているのかって、のうのうとあいつらは吐き捨てた。テニスのできないお前なんてただの抜け殻だって。両親の金を食いつぶすだけ食いつぶして、この先も生きて学費だなんだって出させるつもりなのかって。生きる価値がないって、……死んでしまえってあいつらは言いやがった!」
月の目から涙が零れ落ちる。
握り締めたこぶしの関節が白くなり、過度の力に手の平に刺さった爪がその皮膚をえぐって、じんわりと血が滲み出す。
「そうして次は、父さんと母さんを侮辱したんだ。遺伝子がどうとか育て方がどうどか。なんの根拠も脈絡もない言葉を並べ立てて。それで、次は俺たちを生んだことも非難し始めた。姉ひとりにしておけば、こんなことにはならなかったって。俺たちを生んだから遺伝子が薄まってこんな結果になったって。バカみたいだろ、そんなわけあるか、頭の悪い言いがかりだ! ――でも、あのときの姉ちゃんの顔が、今でも忘れられない……!」
どれほどの苦しみだっただろう。
いつだって他人の気持ちを優先させてしまう伊織。
その伊織が愛してやまない人たちが、目の前でいわれのない中傷を受けている。
他でもない自分が原因で。
テニスを失った苦しみと、愛してやまない人たちの絶望を感じて、ただでさえぎりぎりだった伊織の心が、そのとき限界を超えた。
愕然と、目を見開いて。
怯えるようによろめいて。
頭を抱えて。
わたしさえいなければ……って、乱れた呼吸の合間に縫うように漏らして、そうして……。