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夢小説設定
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「いやっ!」
耳を塞ぐ。
そうだ。思い出した。そうだ。
わたしは、いまは海南大附属高校の一年生で、男子バスケ部でマネージャーをしてて、その前はその前は……。
(わたし、テニスを……!)
「いやああ! いやっ! いやっ!」
伊織が混乱したように大声を上げた。
仙道が暴れようとする伊織の体を、その腕で抱きとめて押さえ込む。
「伊織ちゃん! 大丈夫! 大丈夫だから!」
「いやっ! やめて、大丈夫、ケガなんてしてない! わたし、これくらいならなんでもないから……! やめて、やめてやめてやめてわたしからテニスを奪わないで、約束してるの、コーチと、彰さんと……! いやあっ!」
「伊織ちゃん!」
伊織が錯乱したように暴れまわる。
仙道は必死でそれを離すまいと腕に力を込めた。
「伊織ちゃん、大丈夫だから!」
「だめ! だめ、だめなの! なんにもなくなっちゃう……。わたしからテニスとったらなんにもなくなっちゃうの!」
「伊織ちゃん!」
伊織の体から、だんだんと力が抜けていく。
伊織は自分の記憶の底にある、ずっと封印し続けていた箱のふたが開くのを感じた。
聞こえる。
聞こえてくる。
そこから、あの人たちの声が、親戚たちの声が……。
「聞いたの、だって。親戚のおばさんが、お母さんに言ってたの。とんだ失敗作だねって。お母さんの遺伝子が悪いから、わたしがケガをしてテニスができなくなるんだって……。あんな出来損ない生むなんて、ダメな嫁だって……。どうして? どうしてわたしのことでお母さんが悪く言われなきゃならないの? お父さんだって、とんだはずれくじをつかまされたって。コーチの夢も、彰さんとの約束も、全部全部勝手にダメにして……。二人がどれほどわたしを信頼してくれてたのか、わたし知ってたのに。お父さんもお母さんも、伊織がプロの選手になる日が楽しみねって言ってくれてて、恩返し……したかったのに。なのにわたしのせいで、悪く言われて、全部ダメになって……。どうして……? 知ってるのに。わたしからテニスをとったら存在価値なんてないって、生きてる資格なんかないって、そんなのみんなに言われなくてもわかってる。金食い虫って、生まれてこなきゃよかったのにって……そんなこと言うくらいなら、親戚のひとみんなで、いっそのこと、わたしを殺してくれればよかったのに……っ!」
「伊織ちゃん!」
伊織のその独白に、体育館にいた全員が息を呑んだ。
月と星は、それを聞いて呆然と立ちすくんだ。
もうダメだ。
思い出してしまった。
あの日の出来事を思い出してしまった。
せっかく、せっかく忘れていたのに。
伊織の将来の賞金を勝手に皮算用して、私服を肥やすことだけを考えていた愚かな親戚たち。
伊織がテニスをケガで失ったとなったら、その親戚たちは慰めるでもなく手の平を返すように、伊織にいわれのない中傷を向けて。
伊織は追い討ちを受けるように深く傷ついて心を閉ざし、人形のようになった。
でもいつの間にか、あの日のことだけ伊織の記憶からぽっかり抜け落ちて。
それを機に、感情を取り戻してくれたのに……。
「どうしよう、月……。ねーちゃんが……ねーちゃんが……」
「泣くなよ、星。俺だってどうしたらいいかわからないんだ」
ぐっと月が拳を握り締めた。
星が頭を抱えて泣き叫ぶ。
「いやだ、いやだよ! またねーちゃんあんときみたいになっちまうのかよ! せっかく、せっかくオレたちの大好きなねーちゃんが戻ってきてくれてたのに!」
「星! まだ決まったわけじゃないだろ!? あれからしばらく経ってるし、姉ちゃんだってきっと……」
「じゃあ、あれはなんなんだよ! あんなに取り乱してるじゃねえか!」
「俺に言うな!」
「だって、ねーちゃん、殺してくれたらなんて……!」
「……!」
月の瞳からも涙がこぼれた。
「姉ちゃん……」
目の前が真っ白だった。
消えてなくなりたいのに。
みんなの期待を裏切って、存在価値なんてすべてなくなって。
なぜそれでも生きてるのかなんて他人から言われてまで。
どうして生きなければいけないのか。
わからなかった。
愛してくれた人たちが、大切だった人たちが、自分のせいで不幸になっていく。
耐えられなかった。
自分がただテニスを失っただけなら、まだ耐えられたのに。
そのせいで、家族が非難されるなんて。
コーチが絶望するなんて。
彰さんを悲しませるなんて。
(こんなわたし、誰も愛せない……。誰にも必要とされていない……)
全身から力が抜けていく。
もう何もわからなかった。
伊織が意識を手放すその直前、遠くで自分を呼ぶ宗一郎の声を聞いたような気がした。
(そう……せんぱ……い)
To be continued…