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番外編 追試突破大作戦

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「なんっじゃこりゃー!!」

海南大附属高校男子バスケットボール部専用体育館。
もう部員もほとんどいないこの体育館の部室で、午後七時、鈴村伊織の絶望的な叫び声が響き渡った。








「バカ! マジでバカ! 救いようのないバカ! このザルバカ!!」

伊織は隣りでしょぼんと肩を落とす信長に向けて声を荒げた。
その視線は信長ではなく、机の上に注視されていた。
そこに置かれている紙。
それこそが、伊織に冒頭の悲鳴をあげさせた最大の要因であった。

「なんっなのこの点数! どうしたらこんな破滅的な点数取れるの!? 丸のかず数えた方が早いじゃないこれじゃあ!」

わなわなと体を大きく震わせて伊織が声を荒げる。
その声に信長はびくりと肩を震わせ、小さく丸めた背中をさらに小さく縮こませていく。

「返す言葉もありません……」
「当たり前よっ! あったらぶっ飛ばすわよ容赦なく!」

鼻息も荒くそう言い放ち、伊織は机の上の紙――中間テストの答案用紙を手に取った。
ほんとうに、言葉を失うくらい見事な斜線の嵐だった。
現文、古文、英R、英G、地理……。なんと五教科もの科目が赤点だった。
おまけに古文は100点満点中10点だ。しかも、丸のうちのひとつは、枠内に元気いっぱい書かれた清田信長の文字につけられていた。

「…………」

伊織は軽いめまいを覚えてしゃがみこんだ。

「わー! 伊織頼むよ~、謝る! 謝るから見捨てないでくれ!」
「別に見捨てないけど! うーん、どこから手をつけよう」

赤点には追試がある。
それを突破しなければ、信長は一週間部活動停止処分になる。
それは困ると伊織は信長に家庭教師を頼まれたのだった。
なんとか合格ラインをキープするのに、どうすれば効率が良いのか考え、伊織はきりきり痛む頭を押さえながら嘆息した。

「あれ、どうしたの伊織ちゃん。もうとっくに帰ったと思ってた」

そこに、シューティングを終えた宗一郎が、まりあを伴って部室に現れた。

「あ、宗先輩。見てくださいよこれ……」

伊織はげっそりと悪夢の答案用紙を神に渡した。
まりあもその横から覗き込むようにしてその紙に見入ると、ぎゅっと眉根を寄せた。

「うわ……。これひどーい! え、ノブくん結構おバカさんなの?」
「…………ノブ。これはないよ」
「じ、じんさ~ん……。まりあちゃ~ん……」

なんのオブラートにも包まず感想を述べる二人に、ぐすっと信長が涙ぐむ。
伊織はそんな二人に心の底から賛同して頷いた。

「ね。ひどいですよね。これはもう致命的ですよね」
「これは、信長部活停止処分かな……」
「!」
「あはは、ノブくん残念だったね」
「!!」
「まあ、一週間停止くらいなら大丈夫だろ? レギュラー入れ代わるかもしれないけど」
「!!!」
「そっか、残念だねノブくん。じゃあまりあたち帰るね」
「健闘を祈るよ」
「!!!! そ、そんな……。二人ともひでえ……!」

血も涙もない宗一郎とまりあに、信長が肩を震わせてうちひしがれた。
その背を、伊織があははと笑いながらさすってやる。

「まあまあ。大丈夫だって、ノブ。勉強は要は効率なんだよ。ポイントさえ掴めばなんとかなるし、追試は同じ問題が出るから、なんとか丸暗記でもイケるはず……」

伊織はうーんと唸ったあと、何かを思いついたようにぽんと手を打った。

「そうだ! ノブ、今日ヒマ? 予定ないならうちに泊まりにおいでよ」
「えっ!?」
「!?」

伊織のその言葉に信長が救いの神よ、という表情で伊織を見つめた。
まりあと部室を出ようとしていた宗一郎も、それを聞いて勢いよく伊織を振り返る。

「追試、明日からでしょ? とりあえず明日の教科だけでも叩きこんであげるから」
「い、いいのか……!?」
「うん、構わないよ。うちのお父さんもお母さんも賑やかなの好きだし……」
「いや、だめだめだめ! だめだよノブ。絶対だめ」

宗一郎は慌てたように二人の元へ取って返すと信長にまくしたてた。
伊織と信長は、普段穏やかな宗一郎のその剣幕にきょとんと目を丸くする。

「宗先輩? どうしたんですか?」
「そうっすよ、そんなに慌てて……」
「ふふ。神くんは、伊織ちゃんの家にノブくんが泊まるのが心配なのよね。ノブくんだって腐ってもオトコノコだもの。ね、神くん?」
「さっ、小百合さん……!」

突然現れた小百合に、宗一郎はぎょっと身を引いた。
小百合は神くんったらかわいいわね、なんて言いながらにっこり微笑んでくる。
動揺を隠しきれない宗一郎に、牧も小百合の脇から、いじわるく口端を持ち上げる。

「なるほど。神、お前もちゃんとした高校男児なんだな」
「なっ! 牧さんまで何言ってるんですか! いや、俺は別にそういうつもりじゃなくて、勉強は自力でするものだと……」
「あら。でもノブくんのこの点数じゃ自力は無理よ。伊織ちゃんの力がなくちゃね?」
「はい! 任せてください!」

にっこり笑う小百合に、伊織はグッと力こぶを作ってみせる。

「ははは。頼もしいな、鈴村
「ほら、神くん。伊織ちゃんもこう言ってるわよ」

小百合がほんとうに楽しそうに無邪気な笑顔を見せる。
宗一郎には、その微笑みが悪魔の微笑みに見えた。

「……小百合さんって、やっぱり間違いなく意地悪ですよね」
「うーん。神くんにそんなこと言われるとは思ってなかったわ」

しみじみと言う小百合に、宗一郎は疲れたように嘆息した。
宗一郎はくるりと身をひるがえし、にこにこ笑う伊織に向き直る。

伊織ちゃん。ノブの勉強、俺も手伝っていい?」
「え!? いいんですか!?」
「神さん!」

伊織と信長は、嬉しそうに頬を紅潮させて宗一郎を見た。
その二人の反応に、宗一郎は柔らかく微笑む。

「うん。どんなに遅くなっても、俺がノブ連れて帰るからさ」
「え、何言ってるんですか! ノブの勉強なんて明日になっても終わりませんよ! 宗先輩も泊まってってください」
「え!? 宗ちゃん泊まるの!? えー、まりあは!?」

言って、まりあはくるりと伊織の腕に巻き付いた。

「もちろんいいよ。まりあちゃんもおいで」
「え、伊織ちゃん、大丈夫なの? そんなに大勢でおしかけたら、お家に迷惑じゃあ……」

困惑する宗一郎に、伊織は笑顔をかえす。

「大丈夫です。さっきも言ったとおり、うちの家族は賑やかなのが大好きなんで。寝るときはまりあちゃんはわたしの部屋で、ノブと宗先輩は弟たちの部屋で寝てもらえれば問題ないと思います。まあ、ちょっと狭くはなっちゃうんですけど……」
「弟? へえ、伊織ちゃん弟がいるの?」
「はい。海南の附属中学に通う二年生です。バスケ部なんで、多分迷惑どころか大喜びしますよ」

そう言って伊織は笑う。

「あらあら、楽しくなりそうね」
「そうだな」

小百合と牧はそれを見て小さく笑った。








「ただいま~」
「おかえり、ねーちゃん!」

信長、宗一郎、まりあの三人を伴って伊織が家に帰ると、ドタドタという足音と共に星が元気な声で迎え入れた。
快活な印象が伊織とよく似た少年だった。

「ただいま、星。メール見た?」
「見た見た! 母さんと父さんには連絡しといた! でも、二人とも今日は仕事で帰ってこれないって」
「あ、そうなの? じゃあご飯準備しなきゃね」
「それは今、月がやってるから大丈夫! だから今日はカレーだけどな」

いししと星が歯を見せてやんちゃに笑う。
その頭をガツンと誰かがお玉で殴りつけた。

「いたっ」
「俺の仕事じゃなくて、俺たちがやるんだろ? 姉ちゃんたちは勉強するんだから、お前も手伝え」

星とまったく同じ顔をした月が、呆れたように自身の弟を見やった。こちらは利発そうな瞳が伊織とよく似ている。
まりあはあまりにもそっくりな二人を交互にみて驚いたように口を開いた。

「ふ、双子……!? すごい、そっくり!」

月と星はそう言われ、まりあを見て同時に口をヘの字に曲げた。
伊織は双子のそんな反応に苦笑をこぼしながら、宗一郎たちを振り返る。

「紹介します。これが、うちの弟たちです。お玉で殴った方が双子の兄の月、殴られた方が双子の弟の星です」
「ちょっとねーちゃん、その紹介の仕方はあんまりだろ!? って、ああー! 清田センパイだ、清田センパイ!」

すげー本物だあ~、と星が感動の声をあげる。
なんだお前見る目あんなあ、なんてったってノブくんはあの海南大附属のスーパールーキーだもんね、なんて言いながら信長とまりあは星の案内で家へと入っていく。
伊織は宗一郎にも部屋へ上がるよう勧めると、月からお玉を受け取ってキッチンへと消えて入った。
月はそれを横目で見ながら、玄関で靴を脱いでいる宗一郎に歩み寄る。

「いつも姉がお世話になってます」

ぺこりと頭を下げて言う月に、宗一郎は表情をやわらげた。

「いえいえ。こちらこそ今日は突然お邪魔しちゃって……」
「気にしないでください。うちの父も母も賑やかなのが好きなんです。今日も仕事で帰れないのを残念がってましたよ。姉が初めて高校の友達連れて来るのにって。……それに、姉もにぎやかな方が好きですから」
伊織ちゃんが? そうなの?」
「はい」

意外そうに返す宗一郎に、月が苦笑する。

「姉はああ見えて結構寂しがりなんですよ。でも寂しいって絶対言わないんです。ほんとはダメなくせに、なんか寂しさの克服は弱さの克服だとかなんかあつっくるしいこと言って隠そうとするんですよね……」

肩を竦めて月が言う。

「はは、そうなんだ。それにしても、伊織ちゃんは愛されてるんだね」
「姉ほど愛すべき存在はなかなかいないですよ」

月はにやりと笑って言ってみせる。

「あ、意外にシスコンなんだ?」
「否定はしないですけど……。危ない路線ではないことだけは言っておきます」
「はは。それはわかってるよ」

宗一郎は月のムッとしたその言い方に破顔して答えた。
月は同じようににこりと笑い、ふと表情をあらためる。

「神先輩。姉は学校でどうですか?」
「元気で明るいし、よく気がつくし、月くんの言う通りみんなに愛されてるよ」
「そうですか……」

月はほっと息をついて何かを考えるように目を伏せると、再び視線を持ち上げて宗一郎の目を真摯に見つめた。

「神先輩。お願いです。姉のこと、見ていてやってくれませんか? 姉にはちょっと……不安定な部分がありまして……。こんなこと神先輩に頼むのは筋違いだってわかってるんですけど……」
「そんなことないよ」

宗一郎は、まっすぐ月の視線をみかえした。

「安心して、月くん。伊織ちゃんのことは、俺がちゃんと見てる。彼女に無理なんてさせないようにするよ。……約束する」
「…………」

月は宗一郎のその真剣な言葉に驚いたように目を見開くと、ふわりと笑った。

「神先輩がそう言ってくれるなら安心ですね」
「どういたしまして」
「ちょっと月ー!?」

そのとき、キッチンに続くリビングのドアからひょこっと伊織が顔を出した。

「こら、いつまでお客様を玄関に立たせてるの? 料理の方はわたしが見とくから、宗先輩を早く二階に案内して」
「ん。ごめん姉ちゃん」
「あ、そうだ!」

月の返事を聞いて一度引っ込んだ伊織の頭が、再び現れた。

「宗先輩! すみませんがご飯の支度するのでノブに先教えてもらってていいですか?」
「いいよ。でも伊織ちゃんの方は大丈夫?」
「ありがとうございます、こっちはあとで月に手伝ってもらうから大丈夫です。今は、上のほうが気になりますし……」

言って伊織は上を見上げた。
そこからはきゃあきゃあ騒ぐ声が聞こえてきていて、勉強をしている気配はまったくない。
二人は顔を見合わせて同時にため息をついた。

「……これはゲンコツかな?」
「ですね。あのバカザルにゴツンと一発お願いします」
「よし、了解。じゃあお邪魔するね」
「はい。月、お部屋に案内お願いね」
「わかった」

伊織は二人が歩いていくのを見届けると、再びカレー鍋と向き直った。








深夜十一時。
伊織と宗一郎は信長になんとか明日明後日の追試問題の丸暗記に成功させた。
信長は疲れきって、伊織の部屋のテーブルに突っ伏して爆睡している。
最初から協力するつもりのなかったまりあは、さっきまで伊織のベッドでマンガを読んでいたが、いまはかわいらしい寝息を立てて眠りについていた。
伊織は信長の口元からだらしなく流れたよだれをティッシュで拭き取り、その肩に毛布をかけてやる。

「うーん、目が覚めたら全部忘れてた……なんてことにならないといいんだけど」
「はは。ノブならやりそうだね」

宗一郎がまりあに布団をかけてやりながら言う。
伊織はその言葉に嫌そうに眉を寄せた。

「もー、ほんとにそんなことになったら、次は絶対に助けない!!」
「はは。手に負えない?」
「ですよ!」
「でも、俺はまたノブが困ってたら、伊織ちゃんは絶対ノブのこと助けると思うな」
「宗先輩、わたしのこと買い被りすぎですよ。わたしはそんなに優しくは――」
「ううん。伊織ちゃんは絶対に助けるよ」

宗一郎がどこか切なそうに、でも力強く言いきった。
伊織がその様子に首を傾げ、不思議そうに宗一郎を見つめる。
宗一郎はその視線をかわすように、目を伏せて床を見つめた。

「宗先輩?」
伊織ちゃんは、きっとノブだから助けるんだ……」
「…………」

伊織はしばらくじっと宗一郎を見つめたあと、その視界に入るように宗一郎の正面に体を移動した。
伏せられた宗一郎の瞳を覗き込むように、下からじっと見上げると諭すような口調で話し出す。

「何言ってるんですか、宗先輩! わたし、宗先輩が困ってても絶対助けますよ? もうそれは絶対です。天地がひっくり返っても揺るがない真実です。ノブだからとかそんなこと絶対ないですから。宗先輩が困ってても困ってなくても、宗先輩にはいつでもわたしがついてます!」
「はは、そっか」

むんとガッツポーズをする伊織を見て、宗一郎が今にも泣き出しそうな表情でくしゃりと笑った。
目の前の伊織の頭にそっと手を伸ばし、やわらかな伊織の髪をやさしく撫でる。
伊織の心臓が、どきんと大きく跳ねた。

「ありがと。じゃあさ、いまちょっと助けてくれる?」
「もちろん! なんでも言ってください」
「はは。……じゃあ、お言葉に甘えて」

宗一郎はそう言うと、正面に座る伊織の肩にこつんと頭をつけてきた。
伊織は驚いて身を震わせる。

「わわ、宗先輩!?」
伊織ちゃん、俺、ちょっとノブには敵わないって弱気になってた」
「え?」
「ありがとう」
「? ?」

宗一郎の言葉の意味が理解できず、伊織は頭に疑問符を浮かべながらも、こくこく頷いた。

「は、はい……」

それからしばらく、宗一郎は伊織の肩に顔を埋めたまま動かなかった。
宗一郎の体温が、肩から伊織にじんわりと伝わってくる。
伊織の鼓動はいつもより早いペースで音を立てている。
伊織も硬直したようになりながら、じっとその体勢のままでいたが、やがて唇を持ち上げた。
信長やまりあを起こさないように、声をひそめて宗一郎に話し掛ける。

「宗先輩?」
「…………」

少し待っても応答がない。
もう少し声を強めて伊織は呼び掛ける。

「宗先輩~?」
「…………」

返事の代わりに、すぅすぅという規則正しい吐息が伊織の耳に届いた。

(う、まさか……)

おそるおそる伊織は宗一郎の顔を盗み見る。

(――やっぱり!)

宗一郎は伊織の肩に頭を預けたまま、すやすやと眠りに落ちていた。
伊織の心臓が再び落ち着かなくなる。

(え、どうしよう。まさかこの体勢のまま朝まで過ごせって言うんですか~!)

もしそんなことになったら、きっと呼吸過多で死んでしまう。
かといって安心したように眠っている宗一郎を起こすこともためらわれた。

「…………」

伊織は観念したように息を吐き出すと、宗一郎を起こさないように細心の注意を払いながら手近にあったブランケットを引き寄せた。
目の前に広がる宗一郎の背中にそれをかけてやる。
視界にうつる、普段大人びた宗一郎の少年のような寝顔。
いまだけは、それはまぎれもなく伊織だけのものだった。
伊織はくすぐったいような幸福感に包まれて、口元を綻ばせる。

「宗先輩の寝顔、かわいい」

いつか、この寝顔を堂々と見られる距離になりたいな。
そんなことを考えながら、伊織も目を閉じた。
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