君に触れない理由
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吐き出す息は白く、頬に当たる風も冴え冴えと冷たくなり始めた。
季節はもう冬だ。
海南大附属高校も冬休みに入り、バスケ部は今日は10時から17時まで練習だった。
その日程を終え、片付けをする一年生マネージャーの結花の手も、芯まで冷えて動きが鈍い。
(ふう……)
結花はボールを倉庫に戻すと、かじかむ手にはぁと息を吐きかけた。そのまま両の手をもみこむようにこする。
じんわりと上昇した熱は、けれどすぐに冬の気温に負けて冷えた。
結花はそれにふうとため息を吐く。
この手の平の冷たさは、まるで自分の心のようだ。
ひんやりと冷えて、少し温まってもまたすぐに元に戻る。
結花は部員たちが着替えている部室のドアを見つめた。
その奥には、これまで当たり前のようにそこにいた結花の彼氏、牧紳一がいなかった。
「…………」
(しょうがない。だって牧先輩は、大学のほうにお呼ばれしてるんだもん)
結花の彼氏、牧紳一。
結花よりも二学年年上で、強豪の海南大附属高校バスケ部の元キャプテンである彼は、この冬その類稀なるバスケセンスと戦歴で、早々に大学への推薦合格を手にしていた。
今日は、その大学のほうの練習に参加していて、高校にはいない。
ふいに結花の胸を冷たい風が吹きぬけた。
淋しい。
冬休みが終わったら、いよいよ三年生は卒業のシーズンだ。
大学が早くに決まったこともあって、新キャプテンを神に任命こそすれ、牧はまだ部活を引退していなかった。
(だけど、三学期になったらきっと……)
こんな風に牧のいない風景が当たり前になっていくんだろう。そんなこと、今の結花には考えられなかった。
想像しただけで、胸がぎゅうと縮こまる。
得体の知れない不安が、見えない膜になって結花を包んでいる気がした。
息が吸えない。窒息する。
と、その時、じっと見つめたままだった部室のドアが勢いよく開いた。
驚いて身を竦ませる結花の視線の先、信長がいた。
信長は結花に気づくと、こちらへ向かってのんびりと歩いてきた。
それを見た結花の喉が、うっと低く音を漏らす。
信長のことは嫌いではない。だけど、事ある毎に牧とのことに関して不安を煽るようなことを言ってくるから苦手だ。
特にこんな風に不安に陥っているときにはなおさら避けたい相手だった。だけども、目の前の信長はみるみるうちに距離をつめてきて、逃げることを許してくれそうもない。
結花は観念すると、信長にバレないように小さく息を吐き出した。
今日はいったい何を言われるんだろう。
信長はびくびく縮こまる結花の前に来ると、普段とは違う深刻そうな表情で唇を持ち上げた。
「なあ。牧さん……そろそろ卒業だな」
からかう調子でも、不安を煽るような調子でもない。
だけど、重苦しい口調で放たれたその言葉は、今までのどの信長の言葉よりも一番深く結花の心を抉った。
結花は途端泣き出しそうな心を叱咤してなんとか平静を取り繕うと、強張る頬を無理矢理引っ張って微笑んでみせる。
「うん。……さびしくなるね」
「ああ。……でも、あれだな。お前は大変だな」
「……なんで」
ぎくりとからだが緊張した。
それを察知したのか、信長の目に先ほどまでなかった悪戯な光がまたたく。
嫌な予感がする。
結花はこの先の信長の言葉を聞きたくなかった。
だけど、それを防ぐすべを結花は知らない。
信長はそれまでの深刻な表情を一変させて、にやりと口の端を持ち上げた。
「なんでって、大学に行ったら牧さんモテるに決まってんだろ。お前みたいなお子ちゃま、すぐにフラれるな」
「そ、そんなことないもん!」
季節はもう冬だ。
海南大附属高校も冬休みに入り、バスケ部は今日は10時から17時まで練習だった。
その日程を終え、片付けをする一年生マネージャーの結花の手も、芯まで冷えて動きが鈍い。
(ふう……)
結花はボールを倉庫に戻すと、かじかむ手にはぁと息を吐きかけた。そのまま両の手をもみこむようにこする。
じんわりと上昇した熱は、けれどすぐに冬の気温に負けて冷えた。
結花はそれにふうとため息を吐く。
この手の平の冷たさは、まるで自分の心のようだ。
ひんやりと冷えて、少し温まってもまたすぐに元に戻る。
結花は部員たちが着替えている部室のドアを見つめた。
その奥には、これまで当たり前のようにそこにいた結花の彼氏、牧紳一がいなかった。
「…………」
(しょうがない。だって牧先輩は、大学のほうにお呼ばれしてるんだもん)
結花の彼氏、牧紳一。
結花よりも二学年年上で、強豪の海南大附属高校バスケ部の元キャプテンである彼は、この冬その類稀なるバスケセンスと戦歴で、早々に大学への推薦合格を手にしていた。
今日は、その大学のほうの練習に参加していて、高校にはいない。
ふいに結花の胸を冷たい風が吹きぬけた。
淋しい。
冬休みが終わったら、いよいよ三年生は卒業のシーズンだ。
大学が早くに決まったこともあって、新キャプテンを神に任命こそすれ、牧はまだ部活を引退していなかった。
(だけど、三学期になったらきっと……)
こんな風に牧のいない風景が当たり前になっていくんだろう。そんなこと、今の結花には考えられなかった。
想像しただけで、胸がぎゅうと縮こまる。
得体の知れない不安が、見えない膜になって結花を包んでいる気がした。
息が吸えない。窒息する。
と、その時、じっと見つめたままだった部室のドアが勢いよく開いた。
驚いて身を竦ませる結花の視線の先、信長がいた。
信長は結花に気づくと、こちらへ向かってのんびりと歩いてきた。
それを見た結花の喉が、うっと低く音を漏らす。
信長のことは嫌いではない。だけど、事ある毎に牧とのことに関して不安を煽るようなことを言ってくるから苦手だ。
特にこんな風に不安に陥っているときにはなおさら避けたい相手だった。だけども、目の前の信長はみるみるうちに距離をつめてきて、逃げることを許してくれそうもない。
結花は観念すると、信長にバレないように小さく息を吐き出した。
今日はいったい何を言われるんだろう。
信長はびくびく縮こまる結花の前に来ると、普段とは違う深刻そうな表情で唇を持ち上げた。
「なあ。牧さん……そろそろ卒業だな」
からかう調子でも、不安を煽るような調子でもない。
だけど、重苦しい口調で放たれたその言葉は、今までのどの信長の言葉よりも一番深く結花の心を抉った。
結花は途端泣き出しそうな心を叱咤してなんとか平静を取り繕うと、強張る頬を無理矢理引っ張って微笑んでみせる。
「うん。……さびしくなるね」
「ああ。……でも、あれだな。お前は大変だな」
「……なんで」
ぎくりとからだが緊張した。
それを察知したのか、信長の目に先ほどまでなかった悪戯な光がまたたく。
嫌な予感がする。
結花はこの先の信長の言葉を聞きたくなかった。
だけど、それを防ぐすべを結花は知らない。
信長はそれまでの深刻な表情を一変させて、にやりと口の端を持ち上げた。
「なんでって、大学に行ったら牧さんモテるに決まってんだろ。お前みたいなお子ちゃま、すぐにフラれるな」
「そ、そんなことないもん!」
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