番外編 出来るのならいつまでも……
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深夜零時。
バイトから帰って疲れたからだをお風呂で癒し、空腹のおなかに母親の弥生お手製のあたたかい夕御飯をいれて、さあ眠ろうかと洋平がベッドに潜り込んだときだった。
「ようへぇ~」
どこからか、自分の名前を呼ぶか細い声が聞こえてきた。
「よ~へ~、もう部屋にいるの~?」
間を置かず再び聞こえてきたその声に、洋平はベッドから立ち上がるとカーテンを開けた。
その先にある向かいの窓から、幼馴染みの伊理穂が不安そうな表情で身を乗り出しているのが見えた。
洋平はそれをみて苦笑すると、窓を開く。
「どうした、伊理穂? また怖い夢でも見たのか?」
「うん……。そっち行っていい?」
「――どうぞ」
承諾すると伊理穂がパッと顔を輝かせた。
洋平の部屋の窓枠に手をかけて、滑り込むように洋平の部屋へと移動する。
洋平の部屋の窓と、隣に住む伊理穂の部屋の窓は、間が50センチもない。
二階の部屋とはいえ、特にたいした危険もなく行き来できるので、二人は夜はこの窓を玄関がわりに使っていた。
着地! と呑気に腕をあげてポーズを決める伊理穂を横目にみながら、洋平は伊理穂の部屋の窓と、自分の部屋の窓とカーテンを閉める。
「それで? 今日はどんな夢をみたんだ?」
洋平はベッドの上にあぐらをかいて座ると、髪にぐしゃっと手を突っ込みながら伊理穂に問いかけた。
普段整髪料でがちがちに固められているそこは、今は重力にしたがっておとなしく下に垂れている。
伊理穂は小さくうん、と頷くと、洋平の隣にちょこんと腰をおろした。
伊理穂の体重を受けて、ベッドが小さく上下に揺れる。
「聞いても笑わない?」
「笑わないよ」
「絶対?」
「絶対」
不安そうに洋平を見つめ、なかなか話し出そうとしない伊理穂に洋平は手を伸ばした。
安心させるように、その小さな頭を優しく撫でてやる。
「大丈夫だから、オレに話してみな?」
「……あのね、洋平がいなくなっちゃう夢見たの」
「…………はぁ!?」
予想外の夢の内容に、洋平はぽかんと大口を開けた。
伊理穂は洋平のその反応にもおかまいなしに、大きな栗色の瞳をみるみる涙で滲ませていく。
「すっごくすっごく淋しかったんだから! 洋平、もうお前と一緒にいてやれなくなったとか言って、遠くに引っ越していっちゃうの。わたしがどんなに泣いて叫んでも、やめて行かないでってお願いしても、振り向いてもくれなくて……!」
喋りながらその時の感情が甦ってきたのか、伊理穂は壊れた人形のようにぽろぽろと大粒の涙をこぼして泣き始めた。
洋平はそんな伊理穂を呆気にとられたように見つめると、ふいに泣き出しそうな表情で微笑む。
そんなことで涙するなんて。
(オレが伊理穂を見捨てるわけないのに……)
ずっとずっと小さな頃から、伊理穂を守るためだけに生きてきたのに。
洋平の胸が愛しさでいっぱいになって、息苦しいくらいにぎゅっと痛んだ。
「ばかだなぁ……」
言って、伊理穂を抱き寄せる。
腕の中の伊理穂は小さく震えながら洋平の胸にしがみつき、しゃくりあげるようにして泣いている。
洋平は安心させるように伊理穂の頭を撫でてやった。
諭すように、落ち着かせるように、ゆっくりと言い聞かす。
「伊理穂、大丈夫だよ。オレはお前をおいていなくなったりなんかしないから」
「ほんと?」
「ほんと」
「じゃあ、弥生さんが引っ越しを急に決めてきちゃったら?」
洋平はその突拍子もない発想に、ははっと小さく笑った。
「ここに立派な持ち家があんだから、いくらぶっとんでるあの人でもそんなことしないだろ」
「例えばの話をしてるの!」
伊理穂が拗ねたように声をあげる。
洋平はそれにはいはいと言って笑うと、う~んと上を向いて考える。
「そうだな。おふくろには悪いけど、オレはここに残るかな」
「許しませんって言われたら?」
「ええ? 言うかぁそんなこと」
「だから――」
「はいはいわかってるよ。例えばの話だろ?」
洋平は伊理穂を宥めると、再び上を向いた。
「そうだな……。まあ、なんとかするさ」
「……できるの?」
あの弥生さんを相手に? という言葉を言外に匂わせながら、伊理穂が疑わしげに洋平を見上げる。
洋平はそんな伊理穂の頭をくしゃっと撫でた。
「当然。オレ、こう見えておふくろの弱味もわりと握ってんだぜ?」
「ダメな息子だね」
「それ、お前が言うか?」
「あはは、だよね」
伊理穂は腕の中で小さく肩を揺らして笑う。
だいぶ安心してきたのか、伊理穂の目からもうすっかり涙は引いていた。
洋平はそれを見て、ほっとしたように微笑む。
「じゃあ、最後の質問ね」
「ん」
「もしも、わたしに恋人ができても洋平は傍にいてくれる?」
「!」
洋平はその質問に息をつまらせた。
衝撃に止まった呼吸を取り戻すように、ゆっくりと酸素を肺に送り込むと、ふうと思いきりそれを吐き出す。
「伊理穂チャン。それってわざと言ってる?」
「? なにを?」
伊理穂はきょとんとした顔で小首を傾げた。
……これは、マジでわかっていない。洋平はさらに深刻な気持ちになって、深く深く嘆息した。
「……なんでもねえよ」
洋平は伊理穂を抱き締めていた腕を解くと、わしわしと乱暴に伊理穂の髪を掻き回した。
「わぷっ、なにするの!?」
抗議の声をあげる伊理穂に、洋平はけっと悪態をついて見せる。
「うるせえよ。もう寝ろバカ伊理穂」
「ええ、なんで!? いきなりどうしたのよう! それにさっきの質問の答えは?」
「…………」
「ちょっと、洋平!?」
「…………よ」
「え?」
何を言われたかわからず聞き返す伊理穂に、洋平は拗ねたように言う。
「教えねえよ。いいからもう寝ろ」
「ええー! なんで? なんで? きゃっ!」
ぎゃあぎゃあ騒がしい伊理穂を洋平は自分のベッドに押し倒すと、この話はこれで終わりと言うように上から布団を被せた。
小さな子を寝かしつけるようにそれをぽんぽんと一定のリズムで叩いてやる。
「ほら、おやすみ伊理穂チャン」
「うう。こんなことでごまかしたって無駄だからね! わたし絶対洋平から離れないからね!」
普段優しい洋平がこんなふうに強行な態度に出たときは、もう何を言っても聞き入れてもらえないことを伊理穂は長い幼馴染み経験で知っている。
それなのに伊理穂はまだ諦めがつかないのか、じっと洋平を見つめて拗ねたような言葉を繰り返す。
洋平はそんな伊理穂を見て、苦笑を浮かべた。
「はいはい、わかったわかった」
「絶対なんだから!」
「わかったよ。わかったからもう寝ろ。な?」
「うう……」
布団から半分顔をだし、伊理穂はしばらく恨めしげに洋平を睨み付けていたが、十分もするとすうすうと穏やかな寝息を立てはじめた。
洋平はその顔を愛しそうに見つめて、泣きそうな顔で苦笑する。
「ったく。ひでぇこと言うよな」
洋平はぽつりと呟いた。
いれるわけがないのに。
伊理穂に自分以外のオトコができて、それでも伊理穂のそばになんていれるわけがないのに。
なんて残酷な質問をするんだろう。
まるで、もとから自分など恋愛対象ではないのだと釘を刺されたような気持ちになる。
「オレも覚悟しとかないとってことかな……」
つくづく幼馴染みなんて損な役回りだ。
伊理穂が自分の腕から離れていくのを、止めることもできず、ただ見送ることしかできないなんて。
洋平は胸の苦しさを吐き出すように息をついた。
まだ幼さの残るあどけない表情で眠る伊理穂の頬を、洋平は壊れ物に触れるかのように優しく撫でた。
本当は君を守る役目は、誰にも譲りたくはないけれど。
君の幸せをオレは一番に願うから。
「好きだよ、伊理穂」
洋平は伊理穂のおでこに優しくキスを落とすと、自分も伊理穂の眠るベッドに潜り込んだ。
伊理穂に背を向けて転がると、静かに目を閉じる。
出来るのなら、いつまでも君のそばにいれますように……。
バイトから帰って疲れたからだをお風呂で癒し、空腹のおなかに母親の弥生お手製のあたたかい夕御飯をいれて、さあ眠ろうかと洋平がベッドに潜り込んだときだった。
「ようへぇ~」
どこからか、自分の名前を呼ぶか細い声が聞こえてきた。
「よ~へ~、もう部屋にいるの~?」
間を置かず再び聞こえてきたその声に、洋平はベッドから立ち上がるとカーテンを開けた。
その先にある向かいの窓から、幼馴染みの伊理穂が不安そうな表情で身を乗り出しているのが見えた。
洋平はそれをみて苦笑すると、窓を開く。
「どうした、伊理穂? また怖い夢でも見たのか?」
「うん……。そっち行っていい?」
「――どうぞ」
承諾すると伊理穂がパッと顔を輝かせた。
洋平の部屋の窓枠に手をかけて、滑り込むように洋平の部屋へと移動する。
洋平の部屋の窓と、隣に住む伊理穂の部屋の窓は、間が50センチもない。
二階の部屋とはいえ、特にたいした危険もなく行き来できるので、二人は夜はこの窓を玄関がわりに使っていた。
着地! と呑気に腕をあげてポーズを決める伊理穂を横目にみながら、洋平は伊理穂の部屋の窓と、自分の部屋の窓とカーテンを閉める。
「それで? 今日はどんな夢をみたんだ?」
洋平はベッドの上にあぐらをかいて座ると、髪にぐしゃっと手を突っ込みながら伊理穂に問いかけた。
普段整髪料でがちがちに固められているそこは、今は重力にしたがっておとなしく下に垂れている。
伊理穂は小さくうん、と頷くと、洋平の隣にちょこんと腰をおろした。
伊理穂の体重を受けて、ベッドが小さく上下に揺れる。
「聞いても笑わない?」
「笑わないよ」
「絶対?」
「絶対」
不安そうに洋平を見つめ、なかなか話し出そうとしない伊理穂に洋平は手を伸ばした。
安心させるように、その小さな頭を優しく撫でてやる。
「大丈夫だから、オレに話してみな?」
「……あのね、洋平がいなくなっちゃう夢見たの」
「…………はぁ!?」
予想外の夢の内容に、洋平はぽかんと大口を開けた。
伊理穂は洋平のその反応にもおかまいなしに、大きな栗色の瞳をみるみる涙で滲ませていく。
「すっごくすっごく淋しかったんだから! 洋平、もうお前と一緒にいてやれなくなったとか言って、遠くに引っ越していっちゃうの。わたしがどんなに泣いて叫んでも、やめて行かないでってお願いしても、振り向いてもくれなくて……!」
喋りながらその時の感情が甦ってきたのか、伊理穂は壊れた人形のようにぽろぽろと大粒の涙をこぼして泣き始めた。
洋平はそんな伊理穂を呆気にとられたように見つめると、ふいに泣き出しそうな表情で微笑む。
そんなことで涙するなんて。
(オレが伊理穂を見捨てるわけないのに……)
ずっとずっと小さな頃から、伊理穂を守るためだけに生きてきたのに。
洋平の胸が愛しさでいっぱいになって、息苦しいくらいにぎゅっと痛んだ。
「ばかだなぁ……」
言って、伊理穂を抱き寄せる。
腕の中の伊理穂は小さく震えながら洋平の胸にしがみつき、しゃくりあげるようにして泣いている。
洋平は安心させるように伊理穂の頭を撫でてやった。
諭すように、落ち着かせるように、ゆっくりと言い聞かす。
「伊理穂、大丈夫だよ。オレはお前をおいていなくなったりなんかしないから」
「ほんと?」
「ほんと」
「じゃあ、弥生さんが引っ越しを急に決めてきちゃったら?」
洋平はその突拍子もない発想に、ははっと小さく笑った。
「ここに立派な持ち家があんだから、いくらぶっとんでるあの人でもそんなことしないだろ」
「例えばの話をしてるの!」
伊理穂が拗ねたように声をあげる。
洋平はそれにはいはいと言って笑うと、う~んと上を向いて考える。
「そうだな。おふくろには悪いけど、オレはここに残るかな」
「許しませんって言われたら?」
「ええ? 言うかぁそんなこと」
「だから――」
「はいはいわかってるよ。例えばの話だろ?」
洋平は伊理穂を宥めると、再び上を向いた。
「そうだな……。まあ、なんとかするさ」
「……できるの?」
あの弥生さんを相手に? という言葉を言外に匂わせながら、伊理穂が疑わしげに洋平を見上げる。
洋平はそんな伊理穂の頭をくしゃっと撫でた。
「当然。オレ、こう見えておふくろの弱味もわりと握ってんだぜ?」
「ダメな息子だね」
「それ、お前が言うか?」
「あはは、だよね」
伊理穂は腕の中で小さく肩を揺らして笑う。
だいぶ安心してきたのか、伊理穂の目からもうすっかり涙は引いていた。
洋平はそれを見て、ほっとしたように微笑む。
「じゃあ、最後の質問ね」
「ん」
「もしも、わたしに恋人ができても洋平は傍にいてくれる?」
「!」
洋平はその質問に息をつまらせた。
衝撃に止まった呼吸を取り戻すように、ゆっくりと酸素を肺に送り込むと、ふうと思いきりそれを吐き出す。
「伊理穂チャン。それってわざと言ってる?」
「? なにを?」
伊理穂はきょとんとした顔で小首を傾げた。
……これは、マジでわかっていない。洋平はさらに深刻な気持ちになって、深く深く嘆息した。
「……なんでもねえよ」
洋平は伊理穂を抱き締めていた腕を解くと、わしわしと乱暴に伊理穂の髪を掻き回した。
「わぷっ、なにするの!?」
抗議の声をあげる伊理穂に、洋平はけっと悪態をついて見せる。
「うるせえよ。もう寝ろバカ伊理穂」
「ええ、なんで!? いきなりどうしたのよう! それにさっきの質問の答えは?」
「…………」
「ちょっと、洋平!?」
「…………よ」
「え?」
何を言われたかわからず聞き返す伊理穂に、洋平は拗ねたように言う。
「教えねえよ。いいからもう寝ろ」
「ええー! なんで? なんで? きゃっ!」
ぎゃあぎゃあ騒がしい伊理穂を洋平は自分のベッドに押し倒すと、この話はこれで終わりと言うように上から布団を被せた。
小さな子を寝かしつけるようにそれをぽんぽんと一定のリズムで叩いてやる。
「ほら、おやすみ伊理穂チャン」
「うう。こんなことでごまかしたって無駄だからね! わたし絶対洋平から離れないからね!」
普段優しい洋平がこんなふうに強行な態度に出たときは、もう何を言っても聞き入れてもらえないことを伊理穂は長い幼馴染み経験で知っている。
それなのに伊理穂はまだ諦めがつかないのか、じっと洋平を見つめて拗ねたような言葉を繰り返す。
洋平はそんな伊理穂を見て、苦笑を浮かべた。
「はいはい、わかったわかった」
「絶対なんだから!」
「わかったよ。わかったからもう寝ろ。な?」
「うう……」
布団から半分顔をだし、伊理穂はしばらく恨めしげに洋平を睨み付けていたが、十分もするとすうすうと穏やかな寝息を立てはじめた。
洋平はその顔を愛しそうに見つめて、泣きそうな顔で苦笑する。
「ったく。ひでぇこと言うよな」
洋平はぽつりと呟いた。
いれるわけがないのに。
伊理穂に自分以外のオトコができて、それでも伊理穂のそばになんていれるわけがないのに。
なんて残酷な質問をするんだろう。
まるで、もとから自分など恋愛対象ではないのだと釘を刺されたような気持ちになる。
「オレも覚悟しとかないとってことかな……」
つくづく幼馴染みなんて損な役回りだ。
伊理穂が自分の腕から離れていくのを、止めることもできず、ただ見送ることしかできないなんて。
洋平は胸の苦しさを吐き出すように息をついた。
まだ幼さの残るあどけない表情で眠る伊理穂の頬を、洋平は壊れ物に触れるかのように優しく撫でた。
本当は君を守る役目は、誰にも譲りたくはないけれど。
君の幸せをオレは一番に願うから。
「好きだよ、伊理穂」
洋平は伊理穂のおでこに優しくキスを落とすと、自分も伊理穂の眠るベッドに潜り込んだ。
伊理穂に背を向けて転がると、静かに目を閉じる。
出来るのなら、いつまでも君のそばにいれますように……。