終
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伊理穂は広島へ向かう新幹線の中にいた。
窓際の席で、その奥を流れる景色をぼんやりと眺める。
窓の外では、みるみるうちに景色が移り変わっていった。
今日の朝まで自分のいた場所が、どんどんと景色の隅っこに追いやられて、やがて見えなくなっていく。
「…………」
こんなふうに、洋平も自分のことを忘れるのだろうか。
思って伊理穂の胸がちくりと痛んだ。
窓からうつる景色がどんどん新しいものに塗り替えられていくように、『水戸洋平』の中の『月瀬伊理穂』も、みるみるうちに記憶の隅に追いやられ、やがて消えていく。
(洋平……)
それが一番いい。そうわかっているのに、胸がきりきりと悲鳴をあげてしょうがなかった。
鼻の奥がツンと刺激されて、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
(夏子さんと……仲良くやってるかな)
ふと窓に、伊理穂の記憶の中にある、夏子に向けて柔らかく微笑んでいた洋平の顔が映った。
その笑顔がとても幸せそうで、伊理穂の胸を優しく締めつける。
(忘れなくちゃ……)
瞳を閉じて、伊理穂は思う。
そう決意するのはいったいこれで何度目だろう。
洋平を思い出すたびに、まるで呪文のように自分にそう言い聞かせ続けてきたけれど、てんで効果がなかった。
忘れられるわけがない。だけど、自分が忘れなければ、洋平は一生伊理穂の呪いにかかったままだ。
洋平がやっと掴んだ幸せも、このままだと壊してしまうかもしれない。
そんなことはあってはならないことだった。
(大学は……遠くへ行こうかな。洋平とは全然違うところ。お父さんたちが許してくれれば、どこか地方へ行くのもいいかもしれない。そうすればきっと、わたしも洋平のことを忘れられる……)
この高校三年間はしょうがないにしても、近くにいたままでは洋平のことを忘れられる自信がなかった。
だめだとわかっているのに、無意識で洋平を目で追ってしまう。
どんなに騒がしい場所にいても、洋平の声だけはまるで耳元で囁かれているみたいにクリアに拾ってしまう。
伊理穂の決意なんかそっちのけで、体が勝手に洋平を意識して求めてしまう。
それを止められることができないのであれば、洋平を感じられないくらい遠くへ行くのが一番だった。
玄関代わりに使っていた窓は、鍵を閉めて、昼間でもカーテンを引いている。
そうでもしないと、その奥にある洋平の気配を意識してしまってどうしようもなかった。
(ほんと……重症だなあ)
伊理穂の口もとに自嘲が浮かぶ。
洋平が好きなのに。
忘れると決めたいまでも、こんなにも洋平の存在が伊理穂の中心を占めているのに。
(どこで……間違っちゃったんだろう)
考えても答えは出なかった。
もしも神さまがいるのなら、どうして伊理穂と洋平をこんなに近くに置いたのだろう。
ただ激しく洋平に嫌悪されるだけの運命なのならば、そんなのってつらすぎる。
洋平に求めてもらえない自分なんて、いないのと同じだ。
この世に存在している意味も、価値もない。
そんな風に思うことは、伊理穂を大切に想ってくれる両親や結子たちに失礼だと重々わかっている。わかってはいるけれど、今は悲しみが強くてとても前向きな気持ちになれそうになかった。
(洋平がいないと、何も感じない……)
目に映るものはすべて色褪せて見えて、なにを食べてもなんの味もしなくて、なにを見てもなにを聴いても心が弾まない。
洋平の喪失感が大きすぎて、その悲しみが伊理穂から全ての感覚を奪っていた。
こんな日がいつまで続くんだろう。
いつまで伊理穂はこの闇の中を、手探りで歩んでいけばいいんだろう。
窓際の席で、その奥を流れる景色をぼんやりと眺める。
窓の外では、みるみるうちに景色が移り変わっていった。
今日の朝まで自分のいた場所が、どんどんと景色の隅っこに追いやられて、やがて見えなくなっていく。
「…………」
こんなふうに、洋平も自分のことを忘れるのだろうか。
思って伊理穂の胸がちくりと痛んだ。
窓からうつる景色がどんどん新しいものに塗り替えられていくように、『水戸洋平』の中の『月瀬伊理穂』も、みるみるうちに記憶の隅に追いやられ、やがて消えていく。
(洋平……)
それが一番いい。そうわかっているのに、胸がきりきりと悲鳴をあげてしょうがなかった。
鼻の奥がツンと刺激されて、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
(夏子さんと……仲良くやってるかな)
ふと窓に、伊理穂の記憶の中にある、夏子に向けて柔らかく微笑んでいた洋平の顔が映った。
その笑顔がとても幸せそうで、伊理穂の胸を優しく締めつける。
(忘れなくちゃ……)
瞳を閉じて、伊理穂は思う。
そう決意するのはいったいこれで何度目だろう。
洋平を思い出すたびに、まるで呪文のように自分にそう言い聞かせ続けてきたけれど、てんで効果がなかった。
忘れられるわけがない。だけど、自分が忘れなければ、洋平は一生伊理穂の呪いにかかったままだ。
洋平がやっと掴んだ幸せも、このままだと壊してしまうかもしれない。
そんなことはあってはならないことだった。
(大学は……遠くへ行こうかな。洋平とは全然違うところ。お父さんたちが許してくれれば、どこか地方へ行くのもいいかもしれない。そうすればきっと、わたしも洋平のことを忘れられる……)
この高校三年間はしょうがないにしても、近くにいたままでは洋平のことを忘れられる自信がなかった。
だめだとわかっているのに、無意識で洋平を目で追ってしまう。
どんなに騒がしい場所にいても、洋平の声だけはまるで耳元で囁かれているみたいにクリアに拾ってしまう。
伊理穂の決意なんかそっちのけで、体が勝手に洋平を意識して求めてしまう。
それを止められることができないのであれば、洋平を感じられないくらい遠くへ行くのが一番だった。
玄関代わりに使っていた窓は、鍵を閉めて、昼間でもカーテンを引いている。
そうでもしないと、その奥にある洋平の気配を意識してしまってどうしようもなかった。
(ほんと……重症だなあ)
伊理穂の口もとに自嘲が浮かぶ。
洋平が好きなのに。
忘れると決めたいまでも、こんなにも洋平の存在が伊理穂の中心を占めているのに。
(どこで……間違っちゃったんだろう)
考えても答えは出なかった。
もしも神さまがいるのなら、どうして伊理穂と洋平をこんなに近くに置いたのだろう。
ただ激しく洋平に嫌悪されるだけの運命なのならば、そんなのってつらすぎる。
洋平に求めてもらえない自分なんて、いないのと同じだ。
この世に存在している意味も、価値もない。
そんな風に思うことは、伊理穂を大切に想ってくれる両親や結子たちに失礼だと重々わかっている。わかってはいるけれど、今は悲しみが強くてとても前向きな気持ちになれそうになかった。
(洋平がいないと、何も感じない……)
目に映るものはすべて色褪せて見えて、なにを食べてもなんの味もしなくて、なにを見てもなにを聴いても心が弾まない。
洋平の喪失感が大きすぎて、その悲しみが伊理穂から全ての感覚を奪っていた。
こんな日がいつまで続くんだろう。
いつまで伊理穂はこの闇の中を、手探りで歩んでいけばいいんだろう。