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「さ。服ぬいで。傷に湿布貼ったげるから」
「サンキュ、夏子さん」
「どういたしまして」
言われて洋平は上半身だけ裸になって、床に腰を降ろした。
夏子が背後で湿布の箱を開けている音がする。
「少し冷たいわよ」
言葉と共に、洋平の背中にひんやりとした湿布が触れた。
その心地よさに目を閉じながら、洋平は夏子のことを思った。
夏子が自分を想ってくれていた気持ちは本物だった。
その気持ちに洋平は応えるどころか、利用しただけで終わってしまったのに、変わらず接してくれる夏子がとても眩しく思えた。
「夏子さん」
「うん?」
「ほんとうに、ありがとな。――アンタ、最高にいいオンナだよ」
「――!」
ぴたりと、洋平の背中に触れていた夏子の手がとまった。
背中に夏子の頭がもたれてきたと思ったら、しばらくして夏子のくぐもったような声が言う。
「そんなこと……言われなくても知ってるわよ、バカ……!」
湿布とは違う冷たいものが、幾筋も洋平の背中を濡らした。
長かった合宿が終わって、伊理穂はひとり家路に着いていた。
合宿が終わったのは夜の9時だった。あたりはすっかり暗くなって、街灯がおぼろげに伊理穂の行く先を照らしている。
その光を頼りに、伊理穂はゆっくりと足を踏み出しながら、小さくため息をついた。
洋平の前から逃げ出した後、伊理穂は一日洋平と夏子を避け続けてしまった。
二人のキスを目撃した後に流れた涙はなかなか止まる事を知らなくて、練習には真っ赤に泣き腫らした目で参加することになってしまった。
伊理穂の目を見た花道が大慌てで「ルカワとケンカしたのか!?」と騒ぎ立てたけど、結子が「わたしとケンカしたのよ文句ある!?」と凄んで、その場を収めてくれた。
きっとあれ以上花道に追及されていたら、また泣き出してしまっていただろう。
優しい結子に感謝してもしきれない。
家の前に着いて、伊理穂は顔をあげた。
門を開けて玄関へ向かうと、鍵を開けて中へと入った。
今日は千鶴の実家に顔を出すとかで、家族は誰も家にいない。
本来なら伊理穂も行くはずだったのだが、バスケ部の合宿と重なってしまい、さらに秀一がそこしか連休を取ることができなかったので、伊理穂は置いてけぼりをくらうことになった。
伊理穂は暗い家を二階に上がり自分の部屋へ入ると、電気もつけずに、そのまま崩れるようにベッドに腕を乗せて床に座り込んだ。
堪えていた涙が一気に押し寄せてくる。
「…………っ」
ベッドに押し付けた顔から、くぐもった嗚咽が漏れた。
それはしんと静まり返った部屋に、すうっと吸い込まれていく。
伊理穂の脳裏に、合宿中のことがよみがえる。
近くにいることで改めて痛感した、洋平との遠い距離。いつかちゃんとひとりで立てるようになったら洋平と話せる日が来るかもしれないという、微かな望みの絶たれた日。夏子の存在。洋平が夏子にだけ見せる表情。洋平に負わせてしまったケガ。そして、洋平と夏子のキス。その後に自分を見たときの、洋平の氷のような眼差しと言葉。
「……っ!」
全てが冷たい鎖となって心臓を締め上げ、伊理穂の呼吸を奪った。
「よ……へ……っ。よう……へい……っ!」