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おそるおそる訊ねると、大楠が神妙な顔で小さく頷いた。
予想が的中して、伊理穂はホッと息を吐く。
「そっか。……なんか、気を使わせちゃってごめんね?」
「そんなことねーよ。伊理穂ちゃんこそ……大丈夫か?」
「――うん。大丈夫だよ。こんなの……洋平がいままで受けてきた苦しみにくらべたら、全然」
言ってにこりと笑いかけたら、大楠が複雑な顔で伊理穂をじっと見つめてきた。
伊理穂はそれに困ったように眉尻を下げて、大楠の背中を叩く。
「やあだ、なんでそんな怖い顔するの、大楠くん」
「だってよ……」
「……ほんとうに、大丈夫だから。だからあんまりそんな顔で見つめないで。……泣きたくなっちゃうから」
「伊理穂ちゃん……」
「洋平……かわいそうだよね。やっとわたしから解放されたのに……なのに……」
伊理穂の耳に、あの日の洋平の声がよみがえる。
伊理穂の面倒を見るのはもうごめんだと、解放してくれと、……目の前から消えてくれと、苦しそうに訴えていた洋平。
ずきりと伊理穂の胸が震える。
他のどんな洋平の記憶が薄れていっても、あの日の洋平の表情や言葉は、決して伊理穂の中から消えることはなかった。
今も鮮明に、色濃く伊理穂の心に残っている。
もう二度と自分が洋平に与えた苦しみを忘れてしまうことのないように、それは伊理穂の心にしっかりとナイフで抉るように刻まれていた。
その傷から滴る血が、今も止まることなく伊理穂の全身に巡り続けている。息が止まるほどの痛みとともに。
きっと、一生その血が止まることはないだろう。
伊理穂の鼓動にあわせて、ずきずきと流れた血が、絶えず全身に痛みを運んでいく。
「こんな風に、わたしが困ってること……気がついちゃうなんてさ……」
もうきっと条件反射のようなものだろう。
16年間過ごしてきた習慣が、すぐになくなるはずがない。
かといって洋平は、伊理穂が困っているのを気づいてなお、それを黙って見過ごせるほど冷たい人間ではなかった。
だけど、自分が助けるのはもう耐え難くて、だからきっと大楠に頼んだんだろう。
思って伊理穂の視界がじんわりにじむ。
「ほんと、因果だなぁ……」
「え?」
ぽつりと呟いた言葉に、大楠がこちらを振り向いた。
伊理穂はそれに慌てて涙を押し返すと、小さく首を横に振る。
「ううん、なんでもない。……大楠くん。大楠くんもさ、洋平に言われたからって、無理しなくっていいんだよ? わたしも、いつまでも助けてもらってばっかりじゃだめだもの。ちゃんと……ひとりで立てるようにならなくっちゃ。洋平の助けがなくても、ちゃんとひとりでやっていけるように……」
はちきれそうな胸の痛みとともに、決意を込めて伊理穂は言った。
大楠の手が、優しく伊理穂の頭に触れる。
「何言ってんだよ。まあ、たしかにオレが気付いてるわけじゃねーけど、でも洋平に言われてるから助けてるんじゃないぜ? オレが、伊理穂ちゃんを助けずにいられねーからだよ。いいじゃん。たまにはオレにも伊理穂ちゃんの役に立たせてよ」
「大楠くん……」
「それに、別に伊理穂ちゃん、無理してひとりで立とうとする必要なんてないだろ? 流川がいるんだからさ。それ聞いたら、流川のヤロー、きっと泣くぜ?」
「え!?」
大楠のその言葉に、伊理穂の心臓が一瞬固まった。
その動揺を悟られたくなくて、伊理穂はあははと笑ってその場を取り繕う。
「あ、あーあー、そうだよね。でもほら、あんまり楓くんに頼りっきりでも、嫌われちゃうかもしれないでしょう?」
大楠にまだ流川と付き合っているというウソをつく必要はなかったけれど、なんとなく今打ち明けるのははばかられて、伊理穂はそう言った。
その言葉に、大楠がそうかあ? と眉根を寄せる。