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「お父さんに……怒られちゃいました」
「親父さんに?」
「はい」
病室で目覚めたときのことが伊理穂の脳裏に浮かぶ。
心配そうに瞳を潤ませて抱きついてきた千鶴と、伊理穂が意識を取り戻したことにホッと息を吐き出していた秀一。
その後千鶴は疲れて眠ってしまい、二人になった病室で秀一に諭された言葉。
「……世界は、お前と洋平の二人だけで回ってるんじゃないって。つらいのはわかるけど、こんな状態がずっと続けば、お前を大切に思う人みんなを苦しめるんだということを忘れるなって……」
「……へえ。お前の親父さん、いいこと言うな」
「ふふ。それだけ後ろ暗い青春送ったみたいですから」
「後ろ暗い……?」
三井が難しい顔をして考え込んだ。
伊理穂はそれにくすくすと笑いを零して眺めると、もう一度空を見上げた。
独白のように、言葉を続ける。
「その言葉に、ハッとしました。ほんと、その通りですよね。三井先輩や、結ちゃん。それに、楓くん……。こんなにたくさんの人がわたしのこと気にかけてくれてるのに、お父さんに言われるまでわたし、自分のことしか見えてなかった……。なんか、情けなくて泣けてきちゃうっていうか……」
「伊理穂……」
「三井先輩。わたし、もう大丈夫です。……洋平のことは、つらい、ですけど。でも、これがきっと、わたしたちの本来あるべき姿だったんだと……思います。だから、これからはちゃんとみんなに心配かけないように、前を向いて元気に過ごします」
伊理穂は泣きそうに歪む頬を無理矢理引っ張って、三井に微笑んでみせた。
三井は、伊理穂のその笑顔を、胸がつぶれる思いで見つめていた。
今にも泣き出しそうな顔で、ぎこちなく笑顔を浮かべる伊理穂。ふいにその視線が足元に落とされて、伊理穂がまるで祈るように言葉を紡ぐ。
「そうしたら、いつか……いつかまた、洋平と話せるときが来るかなあ。恋人になりたいとか、昔みたいに戻りたいなんて、そんな大それたこと望まないから、いつか、わたしがちゃんと洋平に頼らないでしっかり自分の足で立てるようになったら……また、あの笑顔をわたしに向けてくれるときが来るかなあ……」
「伊理穂……」
じっと地面を見つめて、微かに口角を持ち上げて。聞いているこちらの胸が苦しくなるくらい、切ない響きを持って放たれた伊理穂のその言葉に、その儚い姿に、三井の胸に狂おしいくらいの感情が渦巻いた。
洋平が好きなんだという想いが、痛いほど伝わってきた。
だけど、それが一生叶うことはないんだと諦めてしまっていることも、同時に苦しいくらい伝わってきた。
必死に前を向こうとして、せめて、いつか言葉だけでも交わせるようになりたいと望む伊理穂があまりに健気でいじらしくて、三井は今すぐ伊理穂を抱きしめてしまいたくなった。
無理矢理にでも自分のものにして、洋平のかわりでもいいから、愛してくれなくてもかまわないから、恋人として自分が伊理穂をそばで支えてやりたかった。
だけど。
三井はその感情を閉じ込めるように、きつくきつく拳を握りしめた。
伊理穂がそんな風にずるく自分に甘えられるわけがない。
そんなことを言えば、伊理穂を苦しめることになるのは目に見えている。
せっかく前向きに自分の足で立とうと頑張っているのに、その邪魔をしたくはなかった。
応援してやりたい。
伊理穂がつらさに耐えかねて後ろを向いたときには、なにやってんだよこっちじゃねえだろと、背中を優しく押してやれる存在でいてやりたい。
だから。
「――大丈夫だよ」
心のうずきを伊理穂に悟られないように細心の注意を払いながら、三井は声を押し出した。
いつもと変わらぬ自分の声の響きにホッとして、その調子のまま言葉を続ける。
「大丈夫だ、伊理穂。よく考えても見ろよ。いくら水戸が優しい男だとしてもよ、嫌いだって気持ちをずーっと抱えたまま、16年間もお前のそばにいれるわけねーだろ? 毎日毎日、お前のことあんなに大切そうにしてよ。あんなん、ほんとうに嫌いだったら、水戸の精神がとっくに参っちまうよ」