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伊理穂はそれからしばらく結子と楽しく過ごした。
テレビを見たり、買って帰ってきたケーキの感想を言い合ったり……。
それが一段落したところで、ふいに結子の真剣な声が耳をついた。
「ねえ、伊理穂。……水戸くんに、流川と別れたこと言わないの?」
結子のその言葉に、伊理穂の表情が一瞬で強張った。
なんとかそれを取り繕いながら、伊理穂は小さく首を振る。
「言わないよ。……言って、どうなるの?」
瞳を伏せて答えると、結子が膝の上に置かれた伊理穂の手を握ってきた。
伊理穂を勇気づけるように強く力を込めてくる。
「――ねえ、伊理穂。わたしは今でも、水戸くんは伊理穂と流川がうまくいくようにそんなことしたんだって思ってる。だからきっと、伊理穂が流川と別れたことを伝えれば……」
「やめて、結ちゃん!」
事のほか鋭い声が出て、伊理穂は自分の声にハッとした。
結子も矢に射抜かれたかのように動きを止めている。
伊理穂はそんな結子の目を見て、気まずさを押し隠すように素早く口を動かした。
「そんな事したって意味ないよ。もう、洋平とは二度と関わらないで生きていくって約束したんだから」
「でも、じゃあ伊理穂の気持ちはどうするの? 水戸くんに伝えないの?」
「伝えないよ。――伝えられるわけないよ。そんなことしたって、洋平に嫌な思いさせるだけだもん」
言葉にすると、伊理穂の心にぴしりと強烈な亀裂が入った。
そこから静かに、血が流れ出していく。
伊理穂はその痛みを庇うように胸に手をあてた。
呼吸が苦しかった。
結子が悲しそうに眉を八の字にする。
「わからないじゃない、そんなの」
「――結ちゃん」
「だって、ケンカしたわけじゃないんでしょう?」
結子の言葉に、伊理穂の口元に薄い笑みが浮かんだ。
確かに、ケンカしたわけじゃない。……だけど。
「ケンカよりも、もっとひどいよ……」
脳裏に、洋平にもう二度と近づくなと言われた日のことが、まざまざとよみがえった。
あれからあの日のことを忘れたことなんて、一日だってない。
今もくりかえしくりかえし夢に見る。
苦渋に歪む、洋平の顔。
伊理穂のからだを貫く、洋平の氷のような眼差し。
伊理穂の瞳を、静かに涙が流れていく。
「わたし、生まれてからずっと洋平のそばにいたけど、洋平が……あんな苦しそうな顔をしたの、生涯で二回しか知らない。一回目は三年前、洋平に初めて嫌いって言われたとき。二回目がこの前、嫌いって言われたとき。……洋平、すごく苦しそうだった。つらそうだった。心底、わたしから離れたいんだって、痛いくらい伝わってきたの……」
「伊理穂……」
「あのね、結ちゃん。わたし、ほんとうにダメで……。こうなってから、自分が洋平にどんなに依存してたか、それと同時にどんなに洋平を苦しめてたのか、毎日……毎日、ほんと情けないくらいに思い知るの」
伊理穂の脳裏に、洋平の優しい笑顔がひらめいた。
今だって鮮明に思い出せる。少し眉尻を下げて。困ったように笑いながら優しく髪を撫でてくれて。
『なにやってんだよ、伊理穂』
そうやって、優しい瞳で見つめてくれていた洋平。
取り戻せないその時間に、伊理穂の胸が激しい悲鳴をあげる。
「朝起きても、ご飯を食べてても、学校に行くときもいるときも帰るときも。家にいても、テレビを見てても、勉強してても、本読んでても、寝るときでさえ……。ほんとうに、何をしてても洋平のことが思い浮かぶの。無意識で、名前……呼んじゃったりなんかして……」
ぼろぼろと伊理穂の瞳から大粒の涙が零れ落ちていく。
おいしいものを食べたとき、綺麗な景色を見たとき、おもしろいテレビを見たとき、楽しいことがあったとき、嬉しいことがあったとき、苦しいことがあったとき、いつだって最初に思い浮かぶのは洋平の顔で。
無意識で、いつも洋平のいた右側を振り返ってしまう。
そうして、ぽっかり空いたその空間に愕然と思い知る。
テレビを見たり、買って帰ってきたケーキの感想を言い合ったり……。
それが一段落したところで、ふいに結子の真剣な声が耳をついた。
「ねえ、伊理穂。……水戸くんに、流川と別れたこと言わないの?」
結子のその言葉に、伊理穂の表情が一瞬で強張った。
なんとかそれを取り繕いながら、伊理穂は小さく首を振る。
「言わないよ。……言って、どうなるの?」
瞳を伏せて答えると、結子が膝の上に置かれた伊理穂の手を握ってきた。
伊理穂を勇気づけるように強く力を込めてくる。
「――ねえ、伊理穂。わたしは今でも、水戸くんは伊理穂と流川がうまくいくようにそんなことしたんだって思ってる。だからきっと、伊理穂が流川と別れたことを伝えれば……」
「やめて、結ちゃん!」
事のほか鋭い声が出て、伊理穂は自分の声にハッとした。
結子も矢に射抜かれたかのように動きを止めている。
伊理穂はそんな結子の目を見て、気まずさを押し隠すように素早く口を動かした。
「そんな事したって意味ないよ。もう、洋平とは二度と関わらないで生きていくって約束したんだから」
「でも、じゃあ伊理穂の気持ちはどうするの? 水戸くんに伝えないの?」
「伝えないよ。――伝えられるわけないよ。そんなことしたって、洋平に嫌な思いさせるだけだもん」
言葉にすると、伊理穂の心にぴしりと強烈な亀裂が入った。
そこから静かに、血が流れ出していく。
伊理穂はその痛みを庇うように胸に手をあてた。
呼吸が苦しかった。
結子が悲しそうに眉を八の字にする。
「わからないじゃない、そんなの」
「――結ちゃん」
「だって、ケンカしたわけじゃないんでしょう?」
結子の言葉に、伊理穂の口元に薄い笑みが浮かんだ。
確かに、ケンカしたわけじゃない。……だけど。
「ケンカよりも、もっとひどいよ……」
脳裏に、洋平にもう二度と近づくなと言われた日のことが、まざまざとよみがえった。
あれからあの日のことを忘れたことなんて、一日だってない。
今もくりかえしくりかえし夢に見る。
苦渋に歪む、洋平の顔。
伊理穂のからだを貫く、洋平の氷のような眼差し。
伊理穂の瞳を、静かに涙が流れていく。
「わたし、生まれてからずっと洋平のそばにいたけど、洋平が……あんな苦しそうな顔をしたの、生涯で二回しか知らない。一回目は三年前、洋平に初めて嫌いって言われたとき。二回目がこの前、嫌いって言われたとき。……洋平、すごく苦しそうだった。つらそうだった。心底、わたしから離れたいんだって、痛いくらい伝わってきたの……」
「伊理穂……」
「あのね、結ちゃん。わたし、ほんとうにダメで……。こうなってから、自分が洋平にどんなに依存してたか、それと同時にどんなに洋平を苦しめてたのか、毎日……毎日、ほんと情けないくらいに思い知るの」
伊理穂の脳裏に、洋平の優しい笑顔がひらめいた。
今だって鮮明に思い出せる。少し眉尻を下げて。困ったように笑いながら優しく髪を撫でてくれて。
『なにやってんだよ、伊理穂』
そうやって、優しい瞳で見つめてくれていた洋平。
取り戻せないその時間に、伊理穂の胸が激しい悲鳴をあげる。
「朝起きても、ご飯を食べてても、学校に行くときもいるときも帰るときも。家にいても、テレビを見てても、勉強してても、本読んでても、寝るときでさえ……。ほんとうに、何をしてても洋平のことが思い浮かぶの。無意識で、名前……呼んじゃったりなんかして……」
ぼろぼろと伊理穂の瞳から大粒の涙が零れ落ちていく。
おいしいものを食べたとき、綺麗な景色を見たとき、おもしろいテレビを見たとき、楽しいことがあったとき、嬉しいことがあったとき、苦しいことがあったとき、いつだって最初に思い浮かぶのは洋平の顔で。
無意識で、いつも洋平のいた右側を振り返ってしまう。
そうして、ぽっかり空いたその空間に愕然と思い知る。