16
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「泣くな、伊理穂。いーんだ。お前はなんも悪くない。オレが、知ってて近づいたんだ。お前の心に誰が住んでんのか、オレははじめから気付いてた。お前がそれに気付いてねーってことも気付いてた。……オレに、ほのかな好意を寄せてくれてることも気付いてた。全部全部、いつかこうなるってこともわかってて、それでもオレは、お前を手に入れたかったんだ」
「楓くん……っ!!」
伊理穂の瞳からとめどなく溢れ続ける涙に、流川が優しく瞳を細める。
「泣かなくていい、伊理穂。オレは、お前が好きだから手をのばした。お前を幸せにしたかったから付き合った。……お前が、オレのことで苦しむのは、オレの望みじゃねー。だから、こんな風に涙しなくていいんだ、伊理穂」
流川の指が、優しく優しく、伊理穂の涙を拭ってくれる。
その優しさに、伊理穂の胸が激しく軋んだ。
自分の愚かな行為が、目の前のこの優しい人をどれだけ傷つけたのかがわかって、だけどその傷の大きさを想像することすら許されないような気がして、心臓が今にも潰れそうだった。
「違う、違うの! わたし……が、弱かったから! もっとちゃんと、洋平への気持ちに向き合ってたら……! そうしたら、楓くんのことこんな傷つけることもなかったのに……!」
「伊理穂……」
名前を呼ばれて、伊理穂は流川に抱きしめられた。
流川の逞しい腕が、伊理穂のからだを優しくあたためるように包み込んでくれる。
胸がつまって涙が溢れた。
嗚咽を漏らす伊理穂の頭にそっと流川が頬を寄せて、落ち着かせるように髪を撫でてくれる。
「そしたらオレは、お前に名前で呼んでもらえることもなくて、お前を抱きしめることも出来なくて、この唇に……」
言いながら流川が少しだけ伊理穂からからだを離して、伊理穂の唇を愛しそうに指でなぞった。
「触れることもできなかったな」
「……っ」
「伊理穂。オレは、お前と付き合えて充分幸せだった。お前にはわかんねーかもしれねーけど、オレは、一度でもお前を手に入れられて、本当に幸せだったんだ。――それとも、お前はオレと付き合ったこと、後悔してんのか?」
流川のその言葉に、伊理穂は弾かれたように顔をあげて、懸命に首を横に振った。
「そんなこと……ない! すごく、嬉しかった……! すごくしあわせだ……った! だって、わたし、ちゃんと……!!」
楓くんのことが好きだった。その言葉はもう喉に引っかかって音にならなかった。
流川が伊理穂の顔を見て優しく微笑んで、それから今度は力強く伊理穂を抱きしめる。
耳元で、流川が穏やかな声で囁いた。
「伊理穂。だったらもう泣くな。オレもお前も幸せだった。それでいい」
「楓くん……!」
「伊理穂」
流川はからだを離して、伊理穂の瞳を真剣に覗きこむ。
「水戸と、なんかあったんだろ?」
「――え?」
伊理穂はその言葉に涙で濡れる瞳を大きく見開いた。
心臓がどきんと拍動する。
流川は伊理穂の頬に手を伸ばして優しく涙を拭くと、心配そうにその瞳を細めて、伊理穂の頬を撫でた。
「お前、最近元気ねー」
「……そ、れは……」
「いい」
「え?」
「今は、オレには話しにくいんだろ? それはオレにもわかる。だから、ムリに話そうとしなくていー。だけど……」
流川は何かを考えるように一度目を伏せると、再び視線を持ち上げて伊理穂の目をまっすぐに見つめてきた。