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苦い気持ちが喉もとまで込み上げてきて、洋平はそれを苦労してなんとか飲み下した。
洋平の瞳に映る伊理穂。
やわらかそうな栗色の髪。同じ色の瞳をした、長い睫毛の縁取る大きな目。顔の中心に飾りのようにつけられた小さな鼻に、ふっくらとした頬。ぷくんとふくらむ形の良い唇は紅をささなくてもほんのり紅く色づいていて、まるで熟れた果実のようだ。
どくんと胸が高鳴る。
伊理穂の姿を見ただけで、狂ったように心臓が暴れ出す。
もう近づけないと、もう二度と触れられないと、わかったときからそれが更に激しくなった。
伊理穂に触れたい。心臓が、脳が、からだじゅうの細胞すべてが、洋平に必死に訴えかけてくる。
伊理穂が欲しい。伊理穂に触れたい。伊理穂の声が聞きたい。
今すぐ伊理穂の腕を取って、その細いからだを抱き寄せて、伊理穂のやわらかな唇に触れたい。
いつかそこに触れた感触を思い出して、洋平の脳が痺れたように白くなった。
途端に激しく痛む心臓。
瞼の裏にちらつく、伊理穂の怯えた顔。
洋平は胸のあたりをぎゅっと掴むと、はっと肺の中の息を全て吐きだした。
その反動を利用して大きく息を吸い込む。
ぴりぴりとひくついた肺に、棘の刺すような痛みが走る。
幾度かそれを繰り返してやっとその波が去ると、今度こそ洋平はホッと息をついた。
伊理穂と完全に離れてから、まだ二日しか経っていない。
それなのに、なんてザマだ。
情けなくて笑えてくる。
(伊理穂。お前は、オレがいなくても大丈夫だよな。お前には久遠さんも、流川も、秀一さんと千鶴さんもいる。お前はみんなに愛されてる。だから、大丈夫だよな。きっとすぐにオレなんて、いなくても平気な存在になる)
洋平の胸に熱いものが込み上げた。
こんなところで泣くわけにはいかない。
洋平は慌ててそれを押し返すと、ふうと息を吐いた。
(オレは……伊理穂がいねぇと、ほんとうにダメだな……)
自分が自分でいれる理由が伊理穂だったと、自分が強くあれる理由が伊理穂だったと、洋平は改めて深く思い知った。
だけど、慣れなくては。
自分と伊理穂の人生は、この先二度と交わることはない。
だから。
――だけど。
「……慣れる……気がしねぇよ……」
呻くように呟くと、洋平はその気持ちをすべて吐き出すようにもう一度深く息を吐いた。
そうして新しい空気を吸い込んで、無理矢理顔をあげる。
遠くにこちらに気づいた大楠たちが見えた。「こっちだぞ、洋平!」と馬鹿でかい声で叫んで、大きく手を振ってくる。
洋平は強張る頬を無理矢理引っ張って笑顔を浮かべると、片手を挙げてそれに応えた。
決勝リーグ最終戦。死闘の末、湘北はなんとか全国への切符を手にすることができた。
試合後に行われた表彰式に参加して、病院で入院している安西監督に全員で報告に行って、伊理穂はいま、流川と二人で近くの海に来ていた。
潮風が伊理穂の頬を撫でて、伊理穂の緊張を煽る。
ばくばくと、心臓が嫌な感じに脈打った。
伊理穂は今日、流川に別れを告げると決めていた。
それを伝えるために、試合後に疲れている流川にわざわざ時間をもらってここまで来たのだ。
さくりと流川が自分の後ろの砂を踏みしめる音が耳に響いて、伊理穂の肩がびくりと大きく震えた。
緊張が伊理穂を包む。
二人の間に落ちる沈黙に耐えられなくて、伊理穂はその空間を埋めようとする様に必死に口を動かした。