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結子の座る席の一段上の通路に、洋平が同じく驚いたように足を止めて立っていた。
洋平はハッと我に返ると、どこか気まずそうに眉尻をさげて結子に微笑んできた。
「久遠さんも、応援に来てたんだ。……一緒に観戦する?」
あっちに仲間がいるからさ。そう言って誘ってきた洋平に、結子はそっけなく首を振る。
「いいえ、結構よ。今はとてもあなたと話したい気分じゃないもの」
「はは、厳しいな。でも、ま、その通りか。……じゃ」
「まって、水戸くん」
言って立ち去ろうとした洋平に咄嗟に声をかけてしまって、結子は固まった。
「なに、久遠さん」
洋平が瞳に無言の圧力を込めて結子を見つめてくる。
何も聞くな。何も言うな。
だけどそんな瞳で見られるまでもなく、結子はこの場で言うべき言葉を持たなかった。
無意識につめていた息をゆっくり吐き出して、結子は静かに首を振る。
「いえ、ごめんなさい。なんでもないわ。……湘北、勝つといいわね」
「――そうだな」
それだけ言い残して、洋平は今度こそ去っていった。
その背中を見送って、結子は席を立つ。
(場所を変えよう)
なるべく、洋平の目に入らない遠い席へ。
結子はだんだん人の入り始めた観客席を、人の波を縫うようにして歩いていった。
結子から少し離れたところで、洋平は後ろを振り返った。
さっきまで結子のいた席は、今は空になっていた。
(帰ったのか?)
思って視線をさまよわせると、人の波をすり抜けるようにして自分から遠ざかるように歩いていく結子の背中が見えた。
出口は反対側だ。
帰るのではなくて自分を避けたのだとわかって、なんとなく洋平はホッと息をつく。
あの様子なら、自分と伊理穂の間に何があったのか結子はもう知っているんだろう。
本来なら結子に直接伊理穂を頼むと言いたいところだけれど、今は自分の方に余裕がなくて、とてもそれは出来そうになかった。
だけど。
(あの調子なら、わざわざオレが頼むまでもない、か……)
洋平は瞳に憂いを滲ませながらも、クッと口角を持ち上げて微笑んだ。
(よかったな、伊理穂)
観客席から、コート上で部員のサポートにくるくると動き回る伊理穂をじっと見つめる。
いつもはバラ色に染まっている伊理穂の頬が、今日はすこし青ざめて見えた。
昨日一昨日と、隣接する伊理穂の部屋から、夜中に何回か怯えた様な叫び声が聞こえてきた。
きっとまた悪夢にうなされてるんだろう。
そのたんびに何度、自分の部屋の窓を開けて伊理穂のもとへ行こうとしたことか。
どれほどの苦しみとともに、自分には資格がないと言い聞かせて思いとどまったことか。
おかげで、洋平の手は表も裏も傷ついてぼろぼろだった。
手の甲は一昨日床を殴りつけた打撲で(幸いにも骨には異常がなかった)。
手の平は伊理穂のそばへ行こうとする自分の気持ちに拳を握り締めて耐えた時に、爪が食い込んでつけた傷で。
(もしも、右手一本引き換えにするだけで伊理穂の傍に戻れるっていうなら、こんなもの、喜んで差し出すのに……!)
洋平はハッと我に返ると、どこか気まずそうに眉尻をさげて結子に微笑んできた。
「久遠さんも、応援に来てたんだ。……一緒に観戦する?」
あっちに仲間がいるからさ。そう言って誘ってきた洋平に、結子はそっけなく首を振る。
「いいえ、結構よ。今はとてもあなたと話したい気分じゃないもの」
「はは、厳しいな。でも、ま、その通りか。……じゃ」
「まって、水戸くん」
言って立ち去ろうとした洋平に咄嗟に声をかけてしまって、結子は固まった。
「なに、久遠さん」
洋平が瞳に無言の圧力を込めて結子を見つめてくる。
何も聞くな。何も言うな。
だけどそんな瞳で見られるまでもなく、結子はこの場で言うべき言葉を持たなかった。
無意識につめていた息をゆっくり吐き出して、結子は静かに首を振る。
「いえ、ごめんなさい。なんでもないわ。……湘北、勝つといいわね」
「――そうだな」
それだけ言い残して、洋平は今度こそ去っていった。
その背中を見送って、結子は席を立つ。
(場所を変えよう)
なるべく、洋平の目に入らない遠い席へ。
結子はだんだん人の入り始めた観客席を、人の波を縫うようにして歩いていった。
結子から少し離れたところで、洋平は後ろを振り返った。
さっきまで結子のいた席は、今は空になっていた。
(帰ったのか?)
思って視線をさまよわせると、人の波をすり抜けるようにして自分から遠ざかるように歩いていく結子の背中が見えた。
出口は反対側だ。
帰るのではなくて自分を避けたのだとわかって、なんとなく洋平はホッと息をつく。
あの様子なら、自分と伊理穂の間に何があったのか結子はもう知っているんだろう。
本来なら結子に直接伊理穂を頼むと言いたいところだけれど、今は自分の方に余裕がなくて、とてもそれは出来そうになかった。
だけど。
(あの調子なら、わざわざオレが頼むまでもない、か……)
洋平は瞳に憂いを滲ませながらも、クッと口角を持ち上げて微笑んだ。
(よかったな、伊理穂)
観客席から、コート上で部員のサポートにくるくると動き回る伊理穂をじっと見つめる。
いつもはバラ色に染まっている伊理穂の頬が、今日はすこし青ざめて見えた。
昨日一昨日と、隣接する伊理穂の部屋から、夜中に何回か怯えた様な叫び声が聞こえてきた。
きっとまた悪夢にうなされてるんだろう。
そのたんびに何度、自分の部屋の窓を開けて伊理穂のもとへ行こうとしたことか。
どれほどの苦しみとともに、自分には資格がないと言い聞かせて思いとどまったことか。
おかげで、洋平の手は表も裏も傷ついてぼろぼろだった。
手の甲は一昨日床を殴りつけた打撲で(幸いにも骨には異常がなかった)。
手の平は伊理穂のそばへ行こうとする自分の気持ちに拳を握り締めて耐えた時に、爪が食い込んでつけた傷で。
(もしも、右手一本引き換えにするだけで伊理穂の傍に戻れるっていうなら、こんなもの、喜んで差し出すのに……!)